悪魔の妹は下僕が欲しい【更新停止】   作:はるかなた

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第十五話

 魔道具の作成。それはある意味においては魔法という領域を離れ、ちょうど科学との中間あたりに位置するともいえる錬金術にも近しい技術である。

 

 話だけは前に聞いていたし、課業外には図書館から借りてきた関連書物に目を通したことだってある。けれど、それを実際に行う姿を見るということは初めてだったので、実にワクワクしていた。

 

 ――――の、だけれど……。

 

「はい、おしまい」

 

 楽しみにしていた魔道具作成。

 それは、パチュリーが刻んだ陣の上に選び出した素材を置き、僕らの血液をそれらに垂らす、というほんの二工程で終わってしまったのだ。

 

「え、これで終わり?」

「そう言ったでしょう」

 

 隣のフランも、如何にも消化不良です、と言わんばかりに不満げな顔で声を上げるも、さらりと受け流されてしまった。

 

 地味。

 その一言に尽きた。

 

 魔法陣が光り輝いて、なんてこともない。

 稲妻のようなエフェクトが駆け巡って、素材と素材が液状化したかのようにぐねりと蠢きながら交じり合う、なんてこともない。

 

 垂らされた血液が、まるで砂にでも落としたかのように、あまりにも自然に鉱石に吸い込まれていった。ただ、それだけであった。

 

「何を期待していたかは知らないけれど。私、言った筈よ。できることなんてあくまで錬金術の『真似事』程度だって」

 

 ……いや、まぁ。

 それは確かに、そう聞いていたけれども。

 

 思い描いていた理想の前に立ち塞がった、あまりにも高い現実という壁を前に、心の中でそっと項垂れる。

 

 とはいえ、これで僕とフランとのやり取りを補助する魔道具の完成、ということであるわけで。

 僅かに不安を燻らせながらも、僕は、僕とフランそれぞれの体液が吸い込まれたばかりの黒色の鉱石を摘まみ上げる。

 

「……それで、これ、どうすれば?」

 

 傾けてみたり、握り締めてみたり、光に翳してみたり。あれこれをアプローチをしてみたものの、イマイチ使い方が分からない。

 自分的本命だった魔力を流し込むこと、で反応が見られなかった時点で、正直、僕の戦いは敗北に終わっていたのだ。白旗を振ってパチュリーに説明を乞う。すると彼女は、呆れたとばかりに溜息を吐いて見せた。

 

「貴方、今自分でやっていたじゃない」

「やっていた、って……いやでも、何も反応しなくて」

「そっちじゃなくて、ほら、向こう。魔力を流しながら、フランの石を見てごらんなさい」

 

 言われるがままに魔力を流し込みつつ、視線を向ける。するとどうだろう。彼女の手の中にある鉱石が、ぼんやりと朱く輝き出したではないか。

 

「あ、なんかぶるぶるしてる」

 

 その様子がどうやら面白かったらしいフランは、掌の上で震える鉱石を指先で突いている。……なるほど、確かに意思疎通を図ることはできる、のかもしれないが。

 

「あの、僕、モールス信号とかできないです」

 

 果たして、それが今日だけで何度目になるのか。

 僕の言葉を聞いたパチュリーが、壮大に溜息を溢したのだった。

 

「……これは、貴方たちの繋がっていないパスの代用。正確には、魔道具でさえない代物なの」

「パスの、代用?」

「そう。そして、パスを用いた意思疎通というものは、ただ対象を特定する必要がない念話、魔法の一種に過ぎないというわけ」

 

 別にモールス信号でやり取りしてもいいけれど、と皮肉が付け足される。

 それには苦笑いで応えつつ、僕は頭の中で彼女の言葉を反芻した。

 

 念話。

 それなりに魔法の心得がある者が、遠方の相手に声を届ける技術だ。相手との『回線』さえ繋がっていれば、ただ魔力を用いて思い描くだけで、相手に言葉が届くという話だったけれど。

 つまり、契約によるパスを、『回線』代わりにするということ……?

 

 手の中の鉱石に目を落とす。

 僕と彼女の血を以って、形あるパスとなったソレが、ぼんやりと鈍い光を放つと。同時に、頭の中に直接何かが割り込んだようなノイズが、聴覚を埋め尽くした。

 

『――――あー、あー。てすてす、……聞こえる?』

『フランの声? これ、本当に……?』

 

 砂嵐の中に、僅かにフランの声が聞こえる。

 とてもクリアな音ではない。水中の中で聞くよりかはマシな程度の、辛うじて拾い上げることができる程度の声。けれど確かに、彼女の声だった。

 

『やった、できた!』

 

 今度は途端に大音量になって、罅割れた音の濁流が押し寄せた。思わず耳を塞いでも、直接響くソレから逃れる術はない。僕は、鉱石への魔力供給ができなくなって、それを取り落としてしまう。

 

 こつん、と転がり落ちた音に、フランもまた慌てて魔力供給を止めた。

 

「注いだ魔力の量が不足していれば、か細く、不確かな音に。許容量を上回れば、今のようにちょっとした嫌がらせにもなり得るわ。気を付けなさい」

「……はい。ごめんね、矢夜」

 

 叱責を受けて、フランはしょんぼりとした様子で謝罪を述べた。

 ……というか、その、なんだ。分かっていることなんだから、先に説明してくれても良かったんじゃないだろうか。

 

 フランには「大丈夫」と告げつつ、内心でちょっとだけ、そんな不満を零してみる。とはいえ、力を貸してもらったことは事実なので、決して口にはしないが。

 

「当面は魔力の扱いの練習も兼ねて、抑えめからやっていくことね。……それじゃ、目的も果たしたことだし」

 

 僕らがあれこれと騒いでいるうちに、粗方身支度を整えていたらしい。地面に広がっていた品々を再び袋に収めたパチュリーが、立ち上がった。

 

「フラン、あまり仕事の邪魔はしないようにね」

「はぁい」

「それから、矢夜。咲夜には許可を取ってあるから、この後、蔵書の整理を手伝ってもらえるかしら」

「分かりました」

 

 パチュリーに促されて、立ち上がる。

 

「それじゃ、仕事に戻るよ。また夜に」

「ええ、いってらっしゃい。頑張ってね」

 

 僕を送り出すフランの言葉になんだかむず痒い感覚を覚えながら、すたすたと去っていくパチュリーの背中を追い掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、大図書館。

 

 相も変わらず古びた紙とインクの匂い、そしてぼんやりと舞う埃ばかりが埋め尽くされていて。

 

 活字には抵抗がない、より正確には読書は好きな方であったらしい僕にとって、そこはこの紅魔館の中でも特に過ごしやすくお気に入りの場所でもあった。

 しかし、

 

「……パチュリー様。また、棚をひっくり返したんですね」

 

 こういう状態(、、、、、、)になっている場合においては、その限りではない。

 

 元より、棚の許容量を超えてしまっている分だけ積み重なった本の山が狭めてしまっている通路が、散乱した本の群れによって無造作に塗り潰されている。

 

「しょうがないじゃない、魔法が維持できなくなってしまったのだもの」

 

 開き直るような言葉を口にしつつも、多少の罪悪感があるらしいパチュリーは僕から目を背けた。

 

 僕の背丈の倍以上もある本棚の群れ。

 しかし、そこに上段に手を伸ばす為の梯子やなんかは用意されていない。

 では、パチュリーは普段、どうやってそこから本を出し入れしているのか。その答えは実にシンプルで、『空を飛んで』直接取り出しているのだ。

 

 流石魔法使い、と思ったけれど、吸血鬼姉妹の二人は兎も角として、何故か美鈴や咲夜なんかもさも当然とばかりに宙をうろうろしたりしているので、実際にはそう珍しいことではないのかもしれない。

 ちなみに、各々の飛行方法としては、パチュリーが魔法、吸血鬼姉妹が羽、美鈴が気合、咲夜に至っては詳細不明である。勿論僕は飛べない。

 

 魔法が使えて、空が飛べて、更には錬金術的なこともできてしまう、紅魔館の頭脳担当。そんな彼女には、如何にも頭脳担当らしい欠点が一つ、存在していた。

 ……或いは、魔法使いというイメージとして考えれば言わずもがな、であるかもしれないが。彼女はとてつもなく、体が弱いのだ。

 

 簡単に言えば持病持ち、喘息だった。

 魔法の行使において、呪文を唱えるという行為、いわゆる『詠唱』は比較的一般的なものであり、喘息という持病は彼女にとっては最大にして最強の敵といっても過言ではない。

 上段で作業していた彼女が、咳によって魔法が解けてしまい落下。その際に本棚をぶちまけてしまって大惨事、なんていうことは、実はそう珍しいことではなかったりする。

 

 ……換気をしたら少しはマシになるのでは、とか。そもそも持病じゃなくて、なるべくしてなった病気なのでは、とか。

 思うところはいろいろあるけれど、一先ず、胸の内に秘めておくことにする。

 

「まぁ、いいです。じゃあ早速始めますね」

 

 実際、病気に対して腹を立てても仕方がないし。

 少しむくれた様子のパチュリーに一言断りを入れてから、作業を開始する。

 

 先に述べた通り、僕は飛行魔法がまだ使えない。

 故に、作業は清掃時に使う脚立を使って行うわけだが。……覚えていなくとも、高所から墜ちて死に掛けた――無論、召喚の件だ――ことが本能的にトラウマにでもなっているのか、高所での作業はあまり得意ではない。

 

 大図書館の蔵書についてはそれなりに詳しいということもあって、こういった時には比較的頻繁に駆り出されているけれど、正直一、二を争う程度には苦手な仕事である。

 普段は他の子――勤務初日にちらと見かけた、赤髪の少女である――が蔵書管理をしている筈なのだが、こういう面倒な仕事の時に限って姿を消してしまうのだから困りものだ。尤も、彼女は紅魔館の住民というよりかは、近くに住み着いている野良の悪魔という話だから、義務があるわけでもないのだけれど。それはそれで、じゃあ普段はどうして仕事をしているのか、と疑問が増えてしまうわけだが。

 

 ――――閑話休題(それはさておき)

 

「……あ、すいません、そこの青の表紙のヤツ取ってもらえます? はい、それです、ありがとうございます」

 

 脚立に上り、パチュリーに魔法で持ち上げてもらった本を受け取って本棚へと収めていく。がら空きだった隙間が埋まっていく感覚自体は、どこかパズルゲームをしているみたいで少しだけ楽しい。

 

 一段目、二段目。一台目、二台目……と、次第に勢いづいて、みるみるうちに埋まっていって。

 そうして、ちょうど最後の棚に手を付け始めた、その時だった。僕がそれを口にしたのはほんの気紛れで、決して深い意味などなかった。

 

「そういえば、中々契約魔法って使えるようにならないんですね。そんなに難しいんですか?」

 

 僅かな沈黙。答えにくい質問でもないだろうに、と訝しみつつ下へと目をやれば、パチュリーは僕から目を逸らして、顔を俯かせているようだった。

 

 ほんの小さな、違和感。

 僅かに感じたそれは、間もなく、形となった。

 

「……わざと教えてないの」

 

 ポツリ、と。

 絞り出したような、小さな呟き。

 

「……今、なんて?」

「あんな初歩的な魔法、魔力の操作ができれば誰にだって使えるわ。勿論、あの子だって教えれば、きっと、今すぐにでも」

 

 躊躇うように、一瞬、そこで言葉が途切れて。

 

「――――私は、意図的に。わざと、フランに教えてないのよ」

 

 しかし、今度は躊躇うことなく。

 見上げるパチュリーが、僕をその双眸で捉えて、はっきりとそう口にした。


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