悪魔の妹は下僕が欲しい【更新停止】   作:はるかなた

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第四話

 あまりにも濃密な殺気だった。

 

 見る者全てを圧倒し。

 ただ、完膚なきまでに叩きのめす為だけの、害意。

 

 それを、フランとそう変わらない体躯の、小さな少女が放っているという事実に、僕は驚きを隠せなかった。

 

「――――お姉様」

 

 フランの、小さな声が聞こえる。

 

 そこにはおおよそ感情と呼べるものは失われていて、ただ、その事実を認めただけのようでもあった。

 

 けれど、掌に未だ残った彼女の小さな震えが。

 僕の中に、不安と胸騒ぎを燻らせていた。

 

「ええ、久し振りね。フラン」

 

 返す少女の声は、氷のようで。

 想定していた一波乱が、早々に幕を開けたことを、僕は一人静かに悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 百年振りの姉妹の再会。

 

 字面だけならば実に感動的なそれは、しかし現実には、とてもそうとは思えないほどの緊張感に満ち溢れていた。

 

 ベッドの端に置いてあった、姉君が身に付けているそれによく似た赤いリボンの帽子を被ったフランは、その縁で表情を隠すように俯いたまま、無言を貫き。

 

 何かに怯えているような。

 何かを堪えているような。

 その姿は、どこか、そんな風にも見えた。

 

 一方の姉君は、そんな彼女を冷え切った眼差しで見据えている。

 そこに、姉妹間にあるべき親愛も、情もない。まるで敵対者を前にしているかのように、彼女はその警戒を緩めない。

 

 そこには、口を挟む余地などなかった。

 それは、僕が彼女達の間にあるであろう事情を知らないから、というだけでなく。僕の発言が許されるような空気が、そもそもなかったのだ。

 

 思考さえ絡め取られてしまうほどの重圧の中。

 僕がその行動に至ったのは、半ば無意識のことだった。

 

「――――ふうん。木端なりに、弁えているようね」

 

 僕は、ベッドを飛び降りるようにして首を垂れていた。

 頭上から聞こえる、姉君の声。僕が一切の抵抗を放棄し服従の姿勢を示したからか、開口一番に向けられた殺気に比べると、幾らかは和らいだようだった。

 

 頭を上げなさい、という彼女の声に従い、跪いたその姿勢のまま顔だけを上げる。フランのそれと同じ、血のように朱い瞳が、僕を真っ直ぐに射抜いている。

 

「私はレミリア・スカーレット。この紅魔館の主にして、偉大なるツェペシュの末裔――――まぁ、吸血鬼という奴ね。貴方は?」

 

 少女――――レミリアからの問いに、一瞬反応が遅れた僕は。

 しかし、向けられた視線が僅かに鋭くなったことを感じて我に返ると、慌てて口を開いた。

 

「矢夜、朧月矢夜と申します! 此度、主――――フランドール様に召喚された、使い魔にございます」

「そして、私の城に大穴を開けてくれた張本人、ってことで間違いないかしら」

 

 レミリアの指摘に、僕は思わず息を呑む。

 

 再び反応が遅れ、慌てて肯定の意を示そうとした僕だったが、僅かに笑みを湛えた彼女に「返事はいいわ」と遮られたことで閉口する。

 

 幾らかのやり取りを通して、僅かに和らいだレミリアから放たれる重圧。

 しかしそれは、彼女が再びフランへと向き直った時には、研ぎ澄まされたそれへと逆戻りしていた。

 

「……で? これ(、、)は貴方を主人だ、なんて宣っているけれど、本当かしら」

 

 鋭い殺気が、フランを捉える。

 それまで、どこか怯えたような、恐れているような弱気なそぶりを見せていたフランは、

 

「――――ええ、そうよ」

 

 思わず底冷えする、狂気を孕んだ声を響かせた。

 

 いつしか、その手には歪に捻れ曲がった黒い杖のようなものが握られ。

 その、特徴的な羽を広げて宙に浮き上がったフランは、ふわりと姉の前に降り立つ。

 

 その顔に浮かべられていたのは、笑顔。

 

 感情を前面に押し出した、少女らしいそれではなく。

 どこか妖しげな、魔性のそれでもなく。

 そこから感じられるのは、ただ、それら全てを煮詰めた成れの果ての如き、狂気であった。

 

それ(、、)は私の物。私が、私の意思で喚び寄せた物」

 

 違う。

 これまでに見てきた、フランとは。

 何かが、確かに違う。

 

 僕の知るフランが、彼女の全てだなんて思っていたわけじゃない。

 けれど、それが全て嘘だったのかと思ってしまうほどに、彼女は豹変を遂げていて。

 ――――そして、これこそが本当の彼女なのだと。

 僕の心が、どこかでそう感じていた。

 

 いつしか、膨れ上がる圧迫感はレミリアのそれを優に超え。

 部屋の全てを充満するほどの、おぞましい狂気を撒き散らしていた。

 

「――――壊そうとするのなら、お姉様が相手でも容赦しないわ。それを壊していいのは、私だけなんだから」

 

 それは、まるで小さな虫を容易く、躊躇なく踏み潰す子供のように。

 フランは、無邪気に笑った。

 

 水を打ったような沈黙。

 それ以上の言葉は、フランからはなく。

 レミリアもまた、瞑目したまま口を閉ざしている。

 

 そして、姉妹の話題の種でしかない僕には、当然の如く発言権などある筈もなく。

 

 気が狂うような、心臓の鳴る音だけが響く数秒間の末に。

 その沈黙を破ったのは、レミリアの方であった。

 

「……百年前と同じね」

 

 それは、幻聴と疑ってしまうほどに小さく、か細い呟きだった。

 憂うような、悲しむような。それまでに彼女が見せなかった、重たい感情の籠められた呟きの後に、

 

「まさか。それを壊そうだなんて思ってはいないわ。ただ、ここに住まわせるというのならば、相応の働きをしてもらわなきゃと思ってね」

 

 それが嘘だったかのように、彼女は笑った。

 

「尤も――――それも受け入れられないというのなら、止むを得ないけれど」

 

 その言葉を反芻するように、吟味するように小さく頷いたフランは。

 握られていた黒い杖を手放して、ベッドの上へと放り投げた。

 

「矢夜に任せるわ。構わないというのなら、私も文句なし。勿論、嫌だって言うなら……」

「だ、大丈夫! ちゃんと働いてくるよ」

 

 不穏な空気を漏らすフランを遮るようにして僕が言うと、彼女は「なぁんだ、つまらない」と零しつつも引き下がってくれた。

 

 完全になくなったわけではないものの、フランから滲む狂気は幾らか落ち着き始め。

 レミリアもまた、矛を収めるように殺気を消した。

 

 どうにか、事態は収束したらしい。

 ……尤も、それも一先ず、といったところではあるが。

 

「じゃあ、詳細を詰めましょう。……フラン、少し借りていくわね」

 

 レミリアは、目でついてくるようにと僕に命令しつつ、身を翻した。

 フランはどこかつまらなそうな顔をしているものの、特に妨害する意思はないらしい。

 

 僕はフランに向かって「行ってくる」とだけ伝えると、従者を引き連れ足早に部屋を出ていったレミリアを小走りで追いかけた。

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