悪魔の妹は下僕が欲しい【更新停止】   作:はるかなた

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第九話

 その後、パチュリーは幾つかの本を抱えて戻ってきた。

 

 曰く、それらは魔導書であるという。

 中でも、「触れた者の性質や適性」を鍵として用いる類のものばかりであるらしく、彼女はこれらを測定器代わりに用いるのだとか。

 

 僕に本を抱えさせては、その際に起こる反応を逐一メモし、反応が収まり次第次の本を――――そのサイクルを繰り返すこと、実に数時間。単純作業の繰り返しに少しずつ心が摩耗し始めた、午前の時間が間もなく終わろうという頃。

 

「――――ええ、まぁ、こんなところかしら。お疲れ様」

 

 パチュリーの言葉によって、漸く解放が認められた僕はほうっと息を吐いた。

 

 魔導書は基本的にハードカバーであり、ものによってはそれなりの凶器になる程度の厚さを誇る物もあったりでそれなりに重たい。『開錠』には多少なりの時間が求められることも少なくないので、僕の目からは一切変化のない本を抱えながらの数時間は、ある種拷問のようであった。

 もっと簡単に、それこそただ適性を測ること自体を目的としたような魔導書があれば、こんな目に遭うこともなかっただろうに……。思わずそうごちると、

 

「その、能力を測る為の魔導書を書く為に、何人ものサンプルケースが必要なのよ」

 

 羊皮紙に落とした視線を上げることもなく、筆を動かし続けるパチュリーが言った。

 

「パチュリー様が書かれているのですか?」

「そう。誰かがやってくれていたなら、こんなことをしなくても良かったのだけれどね」

 

 曰く。

 魔法使いとは、基本的には自分勝手な連中なのだそうで。

 

 各々が好き勝手に研究を重ねては、それを書き残し。わざわざ残したのだから、結局は誰かに読んで貰いたい癖に、けれど無条件で読まれるのも癪だからと、気紛れに鍵を掛ける。

 自分の意図が、研究の意味が理解できる誰かの手によって開かれることを、期待して。

 

「でも、その癖して、誰も鍵を解く為の手段を残そうとはしないのよ。魔法が扱えなければ魔導書は読めず、魔導書が読めなければ魔法は扱えず。結局は、先天的に『魔法』を使えるような、私達のような者が殆どで、後天的に覚えた者なんてほんの僅か」

 

 その、魔法がある種の『固有の能力』と化している現状をよく思っていないのだと、彼女は続ける。

 

「魔法は、私にとって単なる手段に過ぎないのよ。この世のあらゆる未知を、既知へと置き換えていく為の。幸いにも、私には人のそれよりも長い寿命が与えれていて――――けれど、それでもまだ、足りないの」

「……だから、『残す』ことが必要なのだ、と?」

「ええ。私が暴いた神秘を、一代のモノにしない為に。次の世代が、より多くの既知をその上に積み重ねていけるように」

 

 それが彼女の想い。

 彼女が魔法に懸ける願いだと知って。

 

「凄いな、パチュリー様は」

 

 素直に、僕はそう思った。

 

 目的を胸に抱いて、それを達成する為に、努力を重ねる。

 それだけのことならば、言ってしまえば、その気があれば誰にだって到達し得る領域だ。『努力』とはある意味では、その人の匙加減、定義次第に他ならないのだから。

 

 けれどそれは、『結果を生むこと』とイコールで結び付いたりはしない。

 貫き通せば如何なる願いであっても叶う、諦めずに努力を重ねれば必ず届く、なんて根性論染みた考えもあるけれど、僕にはそうは思えない。特に、前人未到を目指そうとすれば、最短距離とは程遠い道のりを選んでしまうことだって少なからずあるけれど、それだって紛れもない努力だ。仮にあと一歩、というところまで迫っていたとして、それでも届かずに事切れてしまった者を、「どこかで諦めてしまっていたのだ」「努力不足だったのだ」などと謗ることは、僕にはできない。

 

 けれど彼女は。

 パチュリーは、それをも「努力不足なのだ」と謗ってみせたのだ。この身一つでは足りないのなら、それが分かっているのなら、その対応策を打てばいい、と。

 

 そこまで先を見据えて動いていることにも。

 そうしてまで叶えたいほどの、強い願いそのものも。

 いずれも僕の持ち得ない、本当に美しくて尊いものだと、心の底から思った。

 

「……さぁ、整理も終わったわ。自分のことだもの、貴方だって結果は気になるでしょう?」

 

 僕の呟きも聞こえないくらいに集中していたのか。

 これといった反応を示すこともなく、彼女は動かし続けていた筆を止めると視線を上げた。

 ……よく見ればその頬が、ほんの少しだけ上気しているようにも見えるのは。果たして、僕の気のせいだったのだろうか。

 

 ともあれ、研究のついでとは言え、せっかく彼女が纏めてくれたのだ。

 僕は首肯して続きを促す。

 

「とは言っても、まぁ……可もなく不可もなく、といったところなのだけれど」

 

 そう告げた彼女の様子には、どこか落胆のようなものが垣間見えた。

 僕としては、特別劣っているというわけでもないのならば、それはそれで十分だと思ったのだけれど……。

 

「適性のある魔法自体は豊富で、苦手とする属性はないけれど得意なものもまたない。そもそもの魔力の総量が多くないから、大規模な魔法の行使にも向いていない。あくまでサブウェポンとして運用するのがお薦めね」

「なるほど、サブ……って。僕、誰と戦うんです?」

「他の妖怪達に決まっているでしょう。戦って、殺して、力を示す。そして、それができなかった者から消えていく。今はもう、そういう時代なのだから」

 

 きっとこれまでの僕は、生き死にだとか、殺し殺されるだとか、そういったこととは無縁の世界で生きてきたのだろう。実感のない、あまりにも現実離れしたパチュリーの言葉に、僕は何一つ返すことなく口を噤ませた。

 

「……分からないのも当然ね。けれど、覚えておきなさい。妖怪は、私達は、人の『畏れ』によって生きている。生かされているの。けれど、ただそこに『在る』だけで、無条件に畏れられる時代は終わった。人は、それらを退けるだけの技術と力を得てしまったのよ。――――だから」

 

 生き残りたければ、強く在りなさいと。

 彼女は、変わらぬ表情のまま言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後。

 パチュリーとの会話がすっかり途切れた頃に、タイミングを見計らったように現れた咲夜に連れられて、図書館を離れた。

 

 妖精達とは異なり、確立された個と力、そして紅魔館における重要な役割を担う者が、あと一人残っているのだと言う。道中、咲夜が用意してくれたらしい昼食のサンドイッチを口へと運びつつ、件の彼女がこの時間にいるという中庭へと向かっている。

 

「食屍鬼の口には、人間の料理は合わなかったかしら?」

 

 すっかり考え込んでいた僕は、不意に掛けられたその言葉に思わず顔を上げた。すっかり見慣れた、表情の読めない咲夜の顔。その視線が、すっかり止まっていた僕の手に向けられていることに気付いて、慌てて謝罪する。

 

「ああ、いや、そうじゃなくて。……ごめん、ちょっと、考え事してて」

「パチュリー様に、魔法の才能がないとでも言われた? そこまで気にしなくても、生き残る為の術なんて、他に幾らでもあるわよ」

 

 生き残る為の術。

 ――――その一言が、先程のパチュリーのそれと重なって。僕は更に、表情を暗く翳らせる。

 

「戦わなくちゃいけないんだよね。自分が生きる為に、死なない為に、僕は誰かを……」

 

 咲夜は、こちらへと向けていた顔を正面に向け直すと、しかし足を止めた。

 

「数年前のことよ。私は、目の前で育ての親を殺されたわ」

 

 思わず顔を顰める。

 彼女が何を思って、どういう意図で話し始めたのかが、理解できなかったのだ。けれど、当然それが見えていない咲夜は、構わずに続ける。

 

「奇跡的にも、私は見つかることなく生き残れたけれど――――頼れる親族もいなければ、知り合いもいない。小さな、世間知らずの私に遺されたのは、この、義父の『仕事道具』だけだった」

 

 音もなく取り出されたナイフが、眼前へと突き付けられる。

 ……それが描いたのは、ただの鉄製品には有り得ない、仄かな銀の煌きを伴う一閃で。それが何で出来ていたのかを、僕はここに来て、初めて思い知った。

 

「他に道なんてなかった。……私のような人間は、貴方が思っている以上に、この世界には溢れている。そうでなくとも、幸せな普通の人間ですら、生きる為に何かの命を奪っている。かつての貴方だって、今手の中にあるものだって、そうでしょう?」

「……それ、は」

 

 それは、至極当然の話だった。

 妖怪とは、人を襲うモノ。それが生存本能に基づくものならば、それは、人が生きる為に命を消費する行為と変わりはない。

 

 ……だから、これは。

 普段から散々口にしている癖に、自分の手では一切殺めることができないような。生きる為の殺生を他人の手に押し付けてきた、人間特有のエゴでしかないのだ。

 

「それでも信念を持って、人も、妖怪も、誰も殺めることはしたくないというのならば、結構。今すぐにでも、その余りある力で心臓を引き摺り出して、握り潰せばいい。そうすれば、その手を汚す血は、貴方のものだけよ」

 

 視線を落とす。

 目の前に広げられた掌は、指先は、情けなく震えていた。

 

「それもできないというのならば――――」

 

 次の瞬間、鼻先を掠めるように向けられていた切っ先が僅かにぶれて、掻き消えた。それを正しく理解するよりも早く、反射的に目を瞑るも。しかし、訪れると思われた痛みはどれだけ待ってもやって来なくて。恐る恐る開かれた視界が捉えたのは、

 

「――――彼女に尋ねてみるのも、良いかもしれないわね」

 

 首筋を目掛けて、今まさに振り下ろされようとしていたナイフの刃を握り締めて押し留める、紅い髪を持つ少女の姿だった。

 

「人を喰らうありふれた妖怪の一人でありながら、ここ暫くの間、人を喰らうことも、その力を落とすこともなかった者」

 

 一滴。

 その刃を伝って、真紅の雫が滴り落ちる。

 

 けれど、それだけだった。

 刀身はそれ以上食い込むことも、引き抜くこともできずに、少女の掌の中で立ち往生していた。

 そして、当の彼女は、少しだけ困ったように、けれど実に涼しげな微笑を浮かべている。

 

(ホン)美鈴(メイリン)。……お嬢様が認めた、ただ一人の紅魔館の門番よ」




07/01 初登場の美鈴に読み仮名のルビを振り忘れていた問題を修正
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