自由都市マイアにある宿の一室。その室内で青年が持っていた袋の中身の整理をしていた。
彼の名前はデュラン。フォルセナの剣士で城の警備の最中に出会い、手も足も出なかった紅蓮の魔導師を倒す力を手に入れる為に旅をしていた途中、ひょんなことからフェアリーに取り憑かれてしまい、知らない間にマナの剣を抜いて世界を救うという大役を押し付けられた人物である。
考え方によっては、自分の意思に関係なく勝手に決められたという被害者の立場にいるのだが、本人は「精霊を探すついでに色々な場所で修行できれば、クラスチェンジも出来て紅蓮の魔導師を倒す力も付くんじゃね?」と前向きに行動しているのが、せめてもの救いか。
そんな彼がマイアで何をしているのかと言えば、次の目的地に向かうための準備である。マナの聖域を開くために光・土・風・闇の精霊を仲間にすることができた。残りは水・火・月・木の四精霊。それぞれの精霊がいるマナストーンの場所を英雄王から教えてもらえたので、こうしてマイアに戻り二日程滞在して装備やアイテムを整えたら、水或いは火のマナストーンがあるアルテナかナバールに赴くつもりだ。
「うーん……」
回復アイテムの残りを調べ、後どれだけ補充すればいいか計算していると、悩むような声と共にフェアリーが隣に現れた。その表情は声色と同様、どこか沈んでいる。
「どうしたよ、深刻な顔して」
「マナが少なくなってきているのに、こんなに悠長にしていていいのかなって思っちゃって……」
「仕方ねーだろ。体調と道具を整えて出るのが、一番確実で安全なんだから」
別に、好きでのんびりと構えているわけではないのだ。自分たち以外にも、マナの聖域へ足を踏み入れようとしている勢力がいるのは知っている。それも一つではなくて複数。奴らに先を越されて、目的であるマナの剣を奪われたらなんて考えたくもない。
だが、それで焦って強行しては、勝てるものも勝てなくなる。精霊たちの近くには必ずと言っていいほど、彼らの力を取り込み強大になったモンスターや、彼らの力を使って召喚されたモンスターとの戦闘があった。更にこの先、謎の勢力とも戦いもあるだろう。先日、風のマナストーンの元でクラスチェンジをしたとはいえ、まだまだ自分たちは未熟だ。万全の状態で旅をし、充分に経験を積んで挑むのが最善の策だとデュランたちは考えている。
「砂漠も雪も、今まで旅をしてきた環境と全く違うんだ。考えなしに突っ込んだら、直ぐにぶっ倒れちまう。その為の準備は大切だ。言うだろ、急がば回れって」
「……うん、そうね! マナの女神様を救えるのは、私達だけだもんね! 肝心の私達が倒れたら元も子もないわ」
「そういうこった」
「よぉしっ、じゃあ私も頑張って体力つけないと。コレもらうね!」
そう言うとフェアリーは、袋から転がり落ちていたまんまるドロップを包から取り出すと、口を大きく開けて頬張った。口の中を飴でいっぱいにしていると「オイ」とデュランが呆れた様子で声をかける。
「何勝手に食べてるんだよ。オレはまだ回復魔法覚えたてで不安定な所もあるんだから、つまみ食いするな」
「いーじゃない、一つくらい」
「だったらせめてこっちの割れてる方食えよ。効果は変わんないはずだし」
「もー、変な所で細かいんだからぁ。……アレ、 そういえばアンジェラとリースは何処にいったの?」
「今頃気づいたのかよ。あの二人なら外のテーブルでなんか飲んでると思うぜ。さっきここの宿の親父に食事のチケット渡された時に、無料のドリンク券もらったって言ってたからな」
* * *
一方こちらは、宿の外に置かれているテーブル席。何時もはそれ程人通りは激しくないのだが、今だけは何人もの男たちが用があるような素振りをしながら、何度も前を通っていた。理由はチラチラと向けられる視線の先にある。
テーブルに頬杖をついて気怠気な表情でベリーのジュースを啜っている紫の髪の少女と、レモネードを両手で持ちながらゆっくりと飲み干している金髪の少女がいるのだ。二人共目が自然と吸い寄せられるような美しさに加えて紫髪が蠱惑、金髪が清楚というタイプが正反対なので見ていて飽きない。そんな男たちの遠巻きの視線を一身に浴びながらも、全く気にした様子もない紫髪の美少女・アンジェラは咥えていたストローを離すと、呻くような声を上げる。
「なんでアイツあんなにカッコイイのよ。心臓が保たないじゃない……好き……」
そして、レモネードを飲み干した金髪の美少女・リースは、右手を頬に当ててホウ、と息を吐くと。
「ナイト、清廉な騎士……汚してくださいといっているようなモノ……妄想が捗ります」
とんでもない言葉を口にする。
二人が話している人物は、旅の仲間であるデュランだ。元々アンジェラは、ここ数週間で彼に対する好感度が上がりっぱなしだったのだが、先日の風のマナストーンの元でクラスチェンジした際、デュランがナイトのクラスを選択し「こっちに進めばオレも回復魔法覚えられるし、盾が使えれば詠唱中のお前を庇って守ることもできるだろ」の台詞で底が見えないくらい深い恋の海にドボンし。
リースは紅蓮の魔導師との邂逅以降、二人の関係が彼女の琴線を刺激したらしく時折身悶えしていたのだが、アンジェラ同様彼がナイトにクラスチェンジして以降は、更に妄想が加速していた。
方向性は違えど、夢を見ている対象が一緒なので仲はいい。勿論最初はお互いの見解の相違に
「え、リースはデュランと紅蓮の魔導師をそういう関係で見ていたの?」
「アンジェラはあんなに女性がいるアルテナにいて、BLを教えてもらっていないんですか?」
と驚いていたのだが。
「あ、でもデュランをそういう目で見ているなら、ライバルにはならないってことよね。OK!」
「逆カプ派じゃなければ、これからハマってくれる可能性もありますね。大丈夫です!」
直ぐに納得して、今に至る。
とまぁ、こんな感じで互いに好き勝手な事を言っていた二人だったのだが、アンジェラがふと何かに気づいたように視線をリースへ向けると声をかけた。
「ねぇ、リース」
「どうしました? アンジェラ」
「別に貴女の夢を否定する気はこれっぽっちもないんだけれどさ、相手に対して執着しているのって、デュランの方が強そうじゃない? 逆は考えなかったのかなーって」
「うーん、確かに執着しているのはデュランの方かもしれませんが……正直、今のデュランで紅蓮の魔導師をどうこうできると思います?」
問われると、アンジェラはしばし目を瞑って思案する。
「無理ね。クラスチェンジしたとはいえ、今の私達じゃあ三人がかりで挑んでも敵いそうにないもの」
「でしょう? それにフォルセナの時、紅蓮の魔導師は私達を見逃して、直ぐに撤退したじゃないですか。やろうと思えば、簡単に勝てるのに。デュランの事も覚えていたし、きっと思う所があるんですよ」
「あー、確かに。デュランって笑うと可愛いし、たまに見せる表情にドキッとすることがあるしね。解るわ」
ここにデュランがいれば「どういう状況下で、オレが紅蓮の魔導師に笑顔を見せることになるんだ?」即ツッコミが入るのだろうが、生憎といないのでスルーされたまま会話は続く。
「因みに、リースは紅蓮の魔導師とデュランでどんな想像しているの?」
「今ですか? 紅蓮の魔導師が英雄王様に使っていた拘束魔法で、見動き取れなくなったナイトのデュランに無体な事をするのが主ですね」
「フーン……」
* * *
アルテナの玉座の間。指一本動かすのすら激しい痛みが走るような体力の中で、アンジェラは仲間の姿を探す。痛みに耐えながらも見つけたリースは、目を伏せたままピクリとも動かない。僅かだが背中が小さく上下しているので死んではいないようだが、立ち上がるのはおそらく無理だろう。
「アン……ジェラッ無事か?」
「デュラン……」
顔を顰めながら声のした方へ向き直れば、赤い輪の拘束魔法をかけられて這い蹲るように床に転がっているデュランの姿があった。銀の鎧は所々砕けたりひしゃげたりしてあちこちに血が滲んでいるが、それでも紫の瞳はしっかりと自分の姿を捉えている。
「ほう、この状況で他人の心配をするのか。流石はナイト、といったところか?」
「紅蓮の魔導師、テメェ!!」
上から降ってきた嘲るような声に、デュランは怒りに燃える瞳を声の相手、紅蓮の魔導師に向ける。殺気を多分に含んだ視線を受け、紅蓮の魔導師は愉快だと言わんばかりに目を細めると、デュランの髪を掴み無理やり顔を上げさせる。
「あぐっ!」
「小僧、貴様はいつもそうだな。勝てないと解っているくせに、眼だけは敗北を受け入れない」
「うっ……く」
「折角だ。今から屈辱を味合わせてやろうか。大事なアンジェラ王女の、目の前でな」
そうして、顔を近づけるとーーー。
* * *
「ちょっと……いいわね」
拳を強く握りしめ、ほんのりと頬を染めながらアンジェラは呟く。その様子にリースも満面の笑みでそうでしょうそうでしょうと、力強く頷いている。
要はデュランに関してはちょっと拗らせているので、彼の好意が自分以外に向いていないのなら、なんでも美味しくいただける状態なのだ。
「うーん。でもやっぱり私は、デュランはその……私とくっつくのがいいかも」
「まぁ、それが普通の反応だと思いますよ。私も応援しますから、頑張って下さいね、アンジェラ」
「え? いいの?」
「だって私の想像はファンタジーですし。受けには幸せになってもらいたいし」
「じゃ、じゃあ、頼んだわよ!」
「はい、お互いにいい妄想して頑張りましょう!」
硬く手を握り合って友情を深める二人。
マナの剣を抜くための旅は、まだ始まったばかりだ。