黒耀の騎士の様子がおかしくなったのは、水のマナストーンの元から帰ってきてからだった。何時もなら音も立てず、気が付いたら隣にいるというのに、その時はヤケに鎧をガチャガチャ鳴らしながら戻ってきたのだ。
しかもよく見ると、右手と右足が一緒に動いている。流石に様子がおかしいと思い「何かあったのか」と問えば「だった」と短い一言が返ってきた。主語がすっぽ抜けているせいで相手の伝えたいモノがさっぱり理解できず「何がだ」と再度問えば。
「息子だった。あの若い娘を二人連れている騎士」
と言われ、自分がフォルセナで痛めつけたあの小生意気な子供が、彼の息子だったと初めて気がついた。
* * *
「息子にパパだよって言えなくて辛い」
ハァと重い息を吐きながら、黒耀の騎士はカウンターに突っ伏す。ここはアルテナの城下にある酒場。外見同様に重苦しい雰囲気を辺りに撒き散らしているせいか、室内の空気は暗い。迷惑しつつも、客である以上は邪険にできないのだろう。店主は「あの、お客さん。ホットワインが冷めてしまいますよ」とオロオロしながらも声をかけてきた。優しい店主に罪悪感を覚えた紅蓮の魔導師は「すまない」と謝罪してから、黒耀の騎士の前に置かれているワインとツマミを、空になった自分のモノと交換する。口に含めばすっかり温くなっているワインに顔を顰めた。何でこの男は、飲めも食べもできないくせに注文するのか。店に悪いと思って頼んでいるのなら、時間が経っても変わらない物を頼めばいいものを。
「息子にパパだよって」
「その台詞はこれで五回目だぞ。他に言うことはないのか」
「……デュランに父さんだよって言えなくて辛い」
「変えるのはそこか」
オウムの用に同じ言葉を繰り返す黒耀の騎士に、もう突っ込むのは無駄だと悟った紅蓮の魔導師は、好きに言わせることにした。
同時に思う。こんな事になるのだったら、あの時にあの子供ーーーデュランを引っ攫ってこればよかったと。
* * *
デュランという傭兵を個人として認識したのは、フォルセナ城に侵入する当日だった。城内の構造をどう把握しようと思案していると、城で剣術大会をやると言う事で、一部を開放していたのだ。
不審に思われぬように観客として入り込み、興味がない試合をぼんやりと眺めていた時に若手部門で優勝し、身内であろう幼い少女に抱きつかれ笑顔を見せている少年の姿を見つけた。
その時は、アレがこの大会の優勝者か程度で興味も無かったが、その日の夜に再び彼を見ることになる。
対峙した時の感想はまだ子供か、だった。優勝しただけあって筋はいいのかもしれないが、直情的で動きは単純そのもの。周りにも気を配らずにいたので、追い詰めれば直ぐに身動きがとれない状態に陥り、的になる。魔法を食らって生きていたのは、単に運が良かっただけだろう。
とはいえ死の淵に片足を突っ込んだ状態でも剣を離さず、最後まで闘う意思を失わなかったのは戦士の心構えとしては見事と言ってもいいかもしれない。連れて帰って力を与えれば、ソコソコ使えるようになっていた可能性はあるので、今はそうしなかった事を少しだけ悔やんでいる。
何故なら、我らが竜帝様の陣営は深刻な人手不足にあるからだ。何しろ十二年前の戦いで、残っているドラゴンといえば名前にプチと付く小竜ばかり。加えてヤケに気が荒くて強い黒ラビが、竜帝様のいるドラゴンズホールで暴れまわるのだ。不幸中の幸いにして、その黒ラビは他にも縄張りがあるらしく、しばらく暴れると満足してどこかに移動してくれるのだが。
それでも、ドラゴンたちの怪我が治る頃にまた戻ってきて暴れまわるので使える駒が一向に増えず、おかげでマナストーンの解放が遅々と進まない。何とか手懐けられないかと、三人でアレコレ画策しても見向きもされないので、最近はドラゴンの数が減らないよう注意して放っておくことにしている。だから、思うのだ。後一人いれば、もうちょっと何とかなったのではないかと。
* * *
「それで、結局アレをどうするつもりなんだ? 引き込むのか?」
「……そうだな」
すっかり脱力し、顎をカウンターに乗せてだらけている黒耀の騎士の姿に呆れながらも、紅蓮の魔導師は肝心の彼の気持ちを訊ねてみる。彼の様子からして手元に置きたくてしょうがないのは解っている。問題は、それをいつやるかだが。
「まぁ、デュランにフェアリーが取り憑いている以上、少なくともマナの剣を抜くまでは泳がせておくしかないだろう。下手に手を出して、フェアリーに自死されては困る。やるとしたら神獣復活後……能力的に、全ての神獣を倒してからがいいだろう」
「ほう」
想像していた以上にマトモは返答が聞けたので、安心する。何だかんだ言っても、竜帝様に使える身。唯の親馬鹿ではなかったようだ。
「何だ、その顔は」
「いや、今の様子からして、てっきりマナの剣を奪うついでに連れ帰って育てたいとか言いだすのではないかと思ってな」
「……」
途端、黒耀の騎士が身を起こし鋭い目つきを丸くして紅蓮の魔導師を見つめた。その発想は無かったと言わんばかりに。
(あ、いらん知恵を付けてしまった)
「その考えは浮かばなかった。早速」
「いや、それをされると私が過労死するから止めてくれ。残り少ない寿命、少しでもゆっくり過ごしたい」
「……そうだな。すまない」
再びしょんぼりする黒耀の騎士。
「……まぁ、暇がある時に様子を眺めるくらいはいいんじゃないか。偵察を兼ねて」
「うむ。そうさせて貰おう」
その後、暇を見つけてはこっそりデュラン達の様子を見に行って「デュランが新しい武器と防具を装備していた」「ブロンズソードの手入れをしていた。アレは多分私が使っていた物だと思う」「アルテナの王女とイチャイチャしていた」等の報告を受けたり無理やり連れて行かれ説明を受けることによって、紅蓮の魔導師は本人の意思に関係なく、デュランについて詳しくなっていくのであった。
オマケ
雪の都エルランドの宿屋にて。
「あの黒い騎士……一体何者なんだ。どうしてオレの名前を知っていやがったんだ?」
(デュラン、本気で気づいていないのかなぁ)
「ねえ、リース。あの言い方からして黒い騎士って、デュランのお父さんよね。何で生きてるのかは分からないけれど……あ、挨拶した方がいいかしら!? どう思う?」
「ああ、妄想だと、ファンタジーだと解ってはいるんですが訊きたい。紅蓮の魔導師はデュランの事をどう思っているのかと!!」
聖剣の勇者一行は、相変わらずの通常運転だった。