樹海内で蠢いているあの茸は一体何なのか、気になって仕方ありません。
「ねぇ、今日はこの辺で終わりにしない? 私疲れちゃった」
先程から幾つも目にしてきたような巨大な木の幹に背中を預けながら、アンジェラが提案する。その声には疲労が滲んでおり、これ以上は動きたくないという願いが籠っていた。
「そうだな、水場もあるし開けている場所だし……夜営するにはちょうどいいか」
「欲を言えば女神像もあれば良かったのですが……先程の戦闘でこの辺りのモンスターは全て倒したので、襲ってくる可能性は少ないでしょうしね」
辺りを見回しながら、デュランとリースもアンジェラの案に賛成する。神獣討伐の為に、木のマナストーンがあったというワンダーの樹海をやって来ているのだが、見たことのない不思議な花が咲いていたランプ花の森の更に奥にあるだけあって、もはや秘境と呼んでも差し支えない場所だった。樹海を作り上げている木々の中には聖域で見たマナの木のような高さと太さを有しているものがあり、またそれが一本ではなく何本もあって空の視界を遮っているため、今が昼か夜かも判断しずらい。それでも、かなり進んだという手応えはしっかり感じていたし、道中自分たちと同じくらい或いはそれ以上の大きさの岩やキノコに飛び乗ったり飛び越えたりということを繰り返していたので、アンジェラ程ではないが疲労もあった。
おそらくもう少し進めば神獣戦になるだろうし、今日はこれ以上無理せずに、明日に備えて休息を取るのが最善の策だろう。
「じゃあ、オレはその辺回って食えそうな生き物を探してくるから、アンジェラとリースは寝床の準備と水の確保を頼む」
「解りました」
「気を付けなさいよ」
* * *
「ジン、シェイド、その棒もうちょっとこっちで」
「はいダスー」
「ふむ、ここか?」
アンジェラに言われて風と闇の精霊は、持っていた握りしめていた棒を指定された場所へと突き立てる。仕事を終えて戻ってきた精霊に「ありがと」と礼を言ってから、アンジェラはテキパキと広げた布を張っていく。数分もすれば簡素ながら、三人が眠るには充分な広さの天幕が出来上がった。
「ヒャッヒャッ、嬢ちゃんもすっかり手際が良くなったのー。出会った頃とはえらい違いじゃ」
「そりゃあ、もう半年以上こうやって旅をしているわけだし、覚えなきゃ困るわよ」
からかってくるノームをあしらいながらも、アンジェラの表情は満足気だ。彼の言葉通りフォルセナ目指していた頃の自分は、棒は真っ直ぐ立てられないわ布は綺麗に張れないわで、無惨な有り様の天幕を作ることがしょっちゅうで。それでも投げ出すことなく覚える事ができたのは、嫌な顔せずに手伝ってくれたリースと、文句を言いながらもコツを教えてくれたデュランがいてくれたからだろう。
(まぁ、最終的にはデュランに誉められたい一心で、覚えたんだけれど)
「アンジェラさん、アンジェラさん! コレどうッスかー!?」
物思いに耽っていた思考を呼び戻したのは、やけにテンションの高いウィスプの声だった。声の方へ振り向けば、ルナとある物を持ったドリアードもいる。
「あら素敵。コレドリアードが作ったの?」
ドリアードが持っていた物は、草で編んだ蛍籠だった。持ち手もついているので、カンテラのようにして使うこともできそうだ。漏れてくる優しい光は、明るすぎず暗すぎずといった感じで、寝る間際にそばに置いておくにはちょうどよさそうだ。
「凄いッスよねー。ドリアードさんがちょいちょいって作ったんスよ」
「私、これぐらいしかお役に立てませんから。すみません、すみません」
「蛍は水辺にいたのを私が頼んで、籠に入ってもらったの。一夜くらいならいいよって」
「へー、今回だけで使うにはもったいないくらい良い出来ね。ドリアード、もっと自信持ちなさいよ。ルナも蛍ありがとう」
「うう、ありがとうございます。頑張ります」
「これぐらい、お安いご用よ」
受け取った蛍籠は、早速天幕の中に置いてみる。グッと良くなった雰囲気に、何度も頷いてからアンジェラは水辺へと足を進めた。少し歩けば微動だにせずに、水面を見つめているリースを発見する。
「リース、何して……あぁ」
真剣な表情のリースにつられて小声で話しかけるが、彼女が見つめていた物が解ると同じように息を潜めた。
リースの視線が追っていたのは数匹の魚だ。やがてその内の一匹が、手の届く範囲にまでやってくると槍を構えながら呪文を唱える。
「スピードダウン!」
呪文を掛けられた魚は、目で見て解る程動きが鈍くなった。その魚を手で捕まえ、足元の桶に放り込む。よく見れば、水が張られた桶の中には既に十匹の魚が泳いでいた。
「随分頑張ったのね」
「デュランが手ぶらで帰ってくるとは思いませんが、せっかくならおかずの種類が多い方がいいかなと思いまして。明日は神獣と戦うことになるでしょうから、体力をつけておかないとですし。後一匹捕まえたら、早速料理しましょう」
「じゃあ私、ナイフとか準備しておくわね」
「お願いします」
そうして、デュランたちと精霊たちの分、合わせて十二匹の魚を採ったリースは、アンジェラと協力して魚を捌く。その後は、洗って水に浸けておいた枝に魚を刺し、塩を振って円を描くようにして並べれば、はりきった様子のサラマンダーがその中心に鎮座する。
「よぉし、オレの出番だな! この力で魚を絶品な味になるよう焼いてやるぜ! うぉぉ、やってやるー!!」
「たまに思うんですけれど、精霊たちの力をこんなことに使ってバチが当たりませんかね?」
「大丈夫じゃない? 皆率先してやってくれているわけだし。それよりデュランがいないうちに、身体洗わない? さっき手を洗ったけれど、魚の臭いが残っている気がして嫌なのよ」
「でもデュランが出てからだいぶ経ちますし、そろそろ戻ってくるんじゃ」
「だったら、ウチにまかしとき!」
言いながら飛び出してきたのはウンディーネだ。
「あんさん達が水浴びしている間、ウチが周りを見ておくさかい、安心しい! あのあんちゃんが戻ってきたら事情を話して、遠慮してもらうよう頼んどくわ」
「そうですか? だったら、手早くすませましょうか。時間の節約にもなりますし」
「ええ、頼んだわよ。ウンディーネ」
* * *
そして、二人が身体を洗ってサラマンダーの熱で濡れた髪を乾かしていると、デュランとフェアリーが戻ってきた。
「捕まえてきたぜ、ウズラ二羽と、何かの鳥の卵。足りないなら、もう少し粘ってくるけど」
「この森、モンスターが強いせいかあんまり動物っていないのよね。ラビもいなかったし」
「お疲れ様です。そこの水辺にいた魚を捕まえて焼いているので、充分だと思いますよ」
「ああ、もう下処理して羽根まで毟ってあるのね。焼くだけなら私たちでも出来るから、デュランも身体洗ってきたら? 出来上がるまで時間かかるだろうし」
「ん、じゃあそうさせてもらう」
そうして、デュランが水浴びから戻ってくる頃には準備が整い、そのまま食事となる。
「う~ん、美味しい♪」
「塩を振っただけでこんなに旨くなるんじゃから、素材がいいんじゃろうなぁ」
「ボクたち食べなくても平気ッスけど、やっぱり美味しい物食べると幸せを感じられるから、食べたいッスよねー」
「町の宿屋じゃあ、オレたち姿現せないからなぁ!」
上機嫌で魚を頬張るフェアリーたち。手が使えないシェイド・ルナ・ウィスプはデュラン・アンジェラ・リースがそれぞれもう一本持って食べさせてやる形をとっている。
魚を食べ終えたら、今度は鳥だ。デュランが小麦粉に卵と水溶いて生地を作り、ちょうどいい大きさの平らな石の上へサラマンダーに乗ってもらう。
熱くなった石へ生地を円を描くように流して焼けば皮が出来上がるので、後は切り分けた肉を好みの調味料で味付けし、くるんで食べる。手も汚れないし洗い物も最小限で済むので、夜営する時はもっぱらこの食事になっていた。
「ん~、美味しいんだけれど……こうもお肉ばっかりだと新鮮な野菜が食べたくなるわよねぇ」
「野菜って……この辺ならアレになるぞ?」
デュランが指で示すのは、直ぐ傍に生えている茸の群。人の大きさ程あるカラフルな物や、意思があるかのようにユラユラと揺れている物など始めて見る種類ばかりで、とてもじゃないが口にいれてみようとは思えなかった。
「いや、言ってみただけよ。私だって毒の溜まり場の直ぐ隣で、平気で生えてる茸なんか怖くて食べられないもの。アレ、でもプイプイ草使えば?」
「そもそも茸は基本、生食できないぞ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「言われてみれば。サラダに載っていた茸は、炒めてありましたね」
やがて食事は終わり、片付けが終わればそれぞれ毛布を引っ張りだして、寝る支度を始める。
「そういえば神獣のいる場所で、夜営するのはココが初ですね」
「火炎の谷も氷壁の迷宮も、人が長時間いていい場所じゃなかったからね」
「月読みの塔も、遠吠えが煩くて寝られる環境じゃなかったからな。じゃあフェアリー、頼んだぜ」
「うん、見張りは私たちに任せてゆっくり寝てて!」
「お休みなさい」
毛布にくるまれば、やがて三人分の健やかな寝息が聞こえてくる。
「……なぁ、なぁ、フェアリー。あの二人の仲、進展したんか? ウチ、もうそれが気になって」
「全然ダメ! デュラン、アンジェラの気持ちにちっとも気づいてないもの! この前だって」
「かーっ! あんな美人に想われて何もしてないなんて、男としてどうなんじゃ」
「とは言え世界の滅亡に関わる旅路にて、色恋に現を抜かされるのもどうかと思うが」
「シェイドの言う通り! おれにオレは、少し鈍いのも男らしくていいと思うぜ!」
「普通の恋愛もいいけれど、リースの言っている男同士も私はいいと思うわ」
「で、ですよねですよね! 私も大好きです。こう、想像が膨らむというか」
「ボク、よく解んないッス」
「でも、ローラントでは風に混じってたまに聞こえてきてたダスからね。一定の需要はあるとだと思うダスー」
囁き声ながらも、此方も此方で段々と盛り上がっていく精霊たち。
こうして、ワンダーの樹海での夜は更けていくのであった。