紅蓮の魔導師を仲間にし、更に連れ去られていた理の女王を救出したデュランたち。
見つけた時、女王は自分が何処にいるのか解っていないようだった。様子を見る限り、かなり前から心を操られたのだろう。フォルセナへの進軍が彼女の意思ではなかったことに安堵したし、見慣れない場所にいることをアンジェラの悪戯と思い、優しく嗜めながらも魔法の使えない彼女を心の底から心配する姿を見て、自分は母親にちゃんと愛されていたのだと理解したアンジェラは、泣きながら女王にすがりついた。
大変だったが、誰も何も失わない結果を得ることができたので、苦労は報われたと言っても問題ないだろう。そして、理の女王に事情を説明しアルテナに送り届けた後は、竜帝が向かったマナの聖域へと急ぐ。因みにまだ子供のフラミーでは五人を乗せるのは難しかったので、黒耀の騎士と紅蓮の魔導師には、ちびっこハンマーで小さくなってから乗ってもらう事になった。そうして、マナの聖域に一向がたどり着くと。
「あぁ、なんてこと……マナの聖域が……っ」
フェアリーの声が震え、嗚咽が漏れる。聖域は以前訪れた時の、緑溢れた神秘的な雰囲気は跡形もなく、茶色く枯れ果てた草木が広がる荒廃とした大地と化していた。あまりの変わりように、デュランたちも苦々しい表情になるが感傷に浸ってもいられない。マナの樹の元に辿り着かなければ、マナの女神が危ない。
世界を滅ぼそうとする竜帝を止める為、そして何より自分たちの願いを叶えて貰うため。デュランたちは道を急ぐ。
「クソ! 前と道が変わってるぞ、こっちじゃない!」
「あー、もう! 通れる道が解りづらいのよ!」
「以前作った近道が使えなくなっています。なんて酷い……!」
文句を口にしながら、奥を目指す。聖域が変質しまったせいか襲ってくる敵もラビではなく、液体が人の形をとったような奇妙な生物になっていた。時おりプチドラゴン等に変身し、姿だけでなく特技まで真似をする事に驚くが、そこまで驚異的な敵でもない。何度かの戦闘をへてマナの樹の前にまで向かうと、そこに立っているのは竜帝ただ一人。デュランたちを見つけると、ニヤリと笑って語りかけてくる。
「フ、フフフ……残念っ……だったな。マ、マナの女神はたった今死んだよ……ゴホッゴホッ」
「……なぁ、竜帝のヤツ、ドラゴンズホールにいる時よりも具合悪そうじゃないか?」
「足元ふらついてるわよね。なんかやっと立ってるって感じだし」
「お腹も抑えていますしね。一体どうしたんでしょう」
笑ってはいるものの、強がっているように見える竜帝を見て、ヒソヒソと話をするデュラン。すると、頬に手を当てながらフェアリーが現れ「ひょっとしたら」と呟く。
「女神様の渾身の腹パンを食らったのかも」
「え? 女神様ってそんなに強いの?」
目を見開いて驚くアンジェラにフェアリーは「うん」と頷いてみせる。
「だって杖一本で、あの神獣全部やっつけちゃうんだよ。一人で。強いに決まってるじゃない」
「言われてみれば、そうですね」
「功夫? が足りないっていうのが女神様の口癖だったし。なんか特別な技でも使えたんじゃないかな」
「死にかけで、マナの剣の力を得て超神になった竜帝にアレだけのダメージを与えられるのか……。女神様と一回手合わせしてみたかったぜ」
「いくらデュランが強くなったとはいえ、勝てないと思うけどなぁ」
「ところで、竜帝は今弱っているのよね?」
戦うなら、今が最大のチャンスなんじゃない?
アンジェラの言葉にハッとしたデュランとリースは、竜帝へと視線を戻す。よほど鋭い一撃だったのだろう、未だ足元が覚束ないままゴホゴホと噎せている。確かにやるなら、今が一番だ。
無言で武器を構え戦闘態勢に入ると、此方の殺意に気付いた竜帝が焦った様子を見せた。
「まて貴様ら、ワシはまだ万全の状態じゃないんだぞ! この調子では超神にも変身することもできん、それでもやるつもりか! 貴様らには騎士道がないのか!?」
「アークメイジに何言ってるのよ」
「私もドラゴンマスターなので、関係ありません」
女子二人にはけんもほろろに返され、唯一騎士道がありそうなデュランも。
「クリティカル狙いで、背後から斬りかかることなんかざらだったし。というか剣術大会みたいな試合ならともかく、命のやり取りをする戦いで、騎士道を守るとかできるわけないだろ」
この対応である。てっきり聖剣の勇者=正義感溢れる一行と思い込んでいたのか、絶句する竜帝。その隙に、デュランたちの準備は終わったようだった。
「というかフェアリー拐ってマナの剣奪ったり、オレたちに神獣退治させて自分はぬくぬくとその力だけをもらうとか、よくも好き勝手やってくれたな。今、その礼をたっぷりさせてもらうぜ」
「とりあえず弱点が解らないから、レインボーダストお見舞いしてあげるわ」
「その状態でプロテクトダウンをかけたら、さぞかし攻撃が効くでしょうね」
満面の笑みを浮かべる姿は、もはや完全に弱い相手をいたぶるモードに入っているが、三人とも闇属性が含まれているクラスだから仕方がない。
必殺技や呪文を唱えるデュランたちの声と、竜帝の悲痛な叫びが、マナの聖域へ響き渡った。
* * *
「ば、馬鹿な。超神が負けるなど……グハァ!」
全ての攻撃を浴び、倒れこむ竜帝。因みに変身はしていない為、人の姿のままである。超神ではない。
「待ってくれ、デュラン!」
そして、デュランたちがとどめを刺そうと再び剣の柄を握りしめた時、飛び出した者がいた。紅蓮の魔導師だ。
「紅蓮の魔導師、生きていたのか!? 後を追ってこないから、ワシはてっきり死んだものとばかり」
「申し訳ありません、竜帝様。マナの女神が捧げた寿命を返すという願いに誘われてつい……。しかし竜帝様への感謝の念は、忘れたわけではありませんので」
短いやり取りの後、紅蓮の魔導師はデュランたちへと向き直って頭を下げる。
「デュラン、これは私の身勝手な願いだと承知している。確かに竜帝様は、世界にとって悪と呼ばれる行いをしただろう」
「だが、私にとっては生きる喜びを与えてくれた恩人なんだ。頼む、どうか命まではとらないでもらえないか」
切々と、見逃して欲しいと訴える紅蓮の魔導師。おそらく仲間になった理由の中には、負けた時に助けられるのではという算段も含まれていたのかもしれない。
彼の願いに「解った」と最初に頷いたのはデュランだった。
「ドラゴンズホールで父さんと戦っていたら、絶対に許せなかったと思うけれど、それは無かったからいいぜ。勝って満足できたし。アンジェラとリースはどうだ?」
「私もいいわよ。お母様に何かしていたら、この程度じゃすまさなかったけれど」
「ローラント襲撃したのは、この人じゃないですからね。私もいいですよ」
「みんなありがとな。フェアリーはどうだ?」
「んー」
話を振られたフェアリーはしばらく思案するが。
「マナの女神様や、仲間のフェアリーを殺したことは許せないんだけれど、だからって倒したところで女神様が戻ってくるわけじゃないもんね。皆がやっつけてくれる姿を見て、溜飲が下がったからこれで良しとするわ」
とりあえず満場一致で、紅蓮の魔導師の頼みをきくことにしたようだ。勿論、釘を刺すことは忘れないが
「今回は許してあげますけれど、もしまた悪巧みをしたらどうなるか解ってますね? 私はドラゴンマスターですから、その辺はお見通しですよ」
「アッハイ」
「しかし、マナの女神様は助けることができなかったな。これじゃあ」
「あっそれなら大丈夫よ」
残念そうに呟くデュランに、フェアリーが穏やかな口調で答える。そして、折れてしまったマナの樹の前に立ち祈るように目を閉じれば、小さな身体が淡く輝き、形が変わっていく。
やがて現れた姿は、以前に一度だけ見たマナの女神の幻影にそっくりだった。
「フェアリー!?」
「フェアリーはね、マナの樹の種なの。本当に信じ会える人や理解しあえる人と出会った時に、新たなマナの女神になれるんだよ。デュランたちが最後まで私を信じて戦ってくれたから、こうして次のマナの女神に生まれ変われた」
「失われたマナを取り戻す為に、私はこれから眠りについてマナを作り続けるわ。マナが元に戻るには千年以上かかるかもしれないけれど、必ず以前のようなマナが溢れる世界に戻してみせるから」
「皆の事は絶対に忘れない。マナを取り戻して眠りから覚めたら、私は人々の力になることを約束するわ。だからありがとう、そしてさよう」
「ちょっと待って!」
別れの言葉を口にしようとするフェアリーこと、新たなマナの女神にを遮ったのはアンジェラだった。不思議そうに瞬きを繰り返す彼女を見据えながら、きっぱりと口にする。
「願い、叶えてくれるんでしょう!」
「あっ!」
指摘されて思い出す。自分は世界を救う見返りとして、四人の蘇生と一人の寿命の延長を約束していた事を。
(不味い、どうしよう)
「えっとね、アンジェラ。叶えたい気持ちはあるんだけれど、世界にはもうマナが残ってないの、だから」
「ヒールライト!」
間髪いれずに、デュランが回復魔法を唱えた。柔らかい光が三人を包み、竜帝との戦いで僅かに受けた傷を回復していく。
「今、魔法が使えたぞ! 多分、まだ少しは残ってる!」
「絞り出す気でやれば、なんとかなりますよ!」
「願いを叶えて貰うために頑張ったんだから、タダ働きなんて冗談じゃないわ!」
「え、えーと」
うまい言い訳が見つからない。
六つの瞳が強い意思で見つめている。「約束を守れ」と。
逃げ場は、無い。
「ヒーーーン、なんでこうなるのぉ!」
新たな女神の泣き声が辺りに木霊する。
もし、先代のマナの女神様が生きていたらこう言っただろう。
「自業自得ですよ、フェアリー」と。