転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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転生してから海が赤く染まるまでのあれこれ

「ああ! 何たる悲劇! 何たる不幸!」

 何もない空間で存在しないスポットライトの光を浴びて、一人の少女が芝居がかった所作で叫ぶ。

「青年は突然のマンホールの爆発で宙へと打ち上げられ、突風で飛ばされた看板へ激突しさらに飛翔、上昇気流にも乗り天高く舞い上がったのです!」

 両腕を高く掲げ全身をぴんと伸ばすと、数瞬停止し、腕を振り下ろした。

「そのまま地面に叩きつけられて病院へ運ばれて何事もなく退院して関係無い持病の方の医療ミスでお亡くなりになったのがあなたになりますわ」

「最初の必要だった?」

 飽きたのか唐突に普通に喋り出した少女はスポットライトからひょいと飛び出ると、その場に居たもう一人の肩をぽんと叩き、叩かれた方は呆れた様子で突っ込む。それに少女はにんまりとほほ笑んだ。

「あなたみたいなのって、結構記憶が曖昧な事が多いのですわ。だから現状の確認を、という事で」

「うん、まぁ確かにその通りみたいだけど」

 にまにまとしながら様子を伺ってくる少女を見ながら思い返せばなるほど、確かに自分が死んだところというのは確かに覚えていない青年なのだった。

「死んだ自覚はあるんだけどねぇ。医療ミスなんだ……」

「私としましてもあれだけの事故で後遺症一つ残らなかったのにと残念に思いましたわ。とても」

 残念そうどころか今にも吹き出しそうな表情で少女は告げた。

「ええ、とても残念だったのでこちらへあなたを拾い上げたという次第ですの」

「はぁ」

「気の無いお返事ですわー、悲しいですわー」

 そんな事を言われてもと青年は狼狽するしかなかった。二人の居る場所は本当に何もない空間だった。二人して同じ方向を上にして立っているが、地面も無く足元もなんとなくふわふわしているくらいだ。唐突にそんな場所に居て悲劇だ不幸だとまくし立てられたのが今である。なにがなんだかわからない。とかく自分が死んで、今は魂だけなのだろうという事だけが漠然と理解できた。

「えー……と君は天使とか死神とか何か、そういう死後がどうだとかいう感じのスピリチュアルなサムシングですか?」

「いえただの魔法使いですけれど」

「魔法使いってただのとかって頭につけていい存在だったんだ」

 全体的にゆったりとしたローブのような服装の少女は、言われてみればRPGとかに出てきそうな魔法使いの子供に見えない事もない。ただのと言われてもぴんと来ないが。

「まぁあなたの暮らしていた世界を作って遊んでたのは私ですけれどね」

「神様って言わないそれ」

「魔法使いですの。ただの」

「ただの」

「ただの」

 魔法使いとやらの平均レベルがどんなものなのか想像できない青年なのであった。

 

 

 

「さてそれでは本題に入りますけれど」

 ひとしきりただの、ただの? ただの! と言い合ったあと少女はおもむろに切り出した。

「チート能力持って異世界へGO! OK?」

「言いたい事は凄くよく分かった」

 青年はオタクであった。日本のオタク的サブカルチャーにどっぷりと浸り女人との交わりなど一切無いような、そんな状態を悲しいとすら感じない生粋のオタクであった。

 だから少女が言っている事がどういう意味なのかはすぐに分かったし、そういうシチュエーションだなというのも薄々感じていた事ではあった。だからといって急に言われてもだ。

「普通に生き返らしてもらうとかは駄目ですか」

「あなたが死んでからもう百年くらい経ってますわよ」

「あ、じゃあ異世界withチート能力でお願いします」

 百年も経った世界で生き返るなら異世界でも同じようなもんだなと即断する青年であった。

 その反応に少女はうんうんと満足げに頷くと、懐から一メートル四方のサイコロを二つ取り出し、はいと青年に手渡した。

「じゃあこれ振ってくださいまし」

「物理法則とかどうなってたの今の」

「魔法魔法」

 便利だなぁと呟きながら青年は二つのサイコロを見やる。そこには数字はなく、一つの面に一つの単語が書いてあった。

「さぁ振った振った!」

「押さないでも振るよ!」

 読もうとする青年の背をぽんぽんと叩きながら急かす少女に押され、青年はサイコロを高く放り投げた。思いの外高く投げ上げられたサイコロは、存在しない地面に叩きつけられるとほとんど転がらずに止まった。

『なんか』『つよい』

「なんかつよい」

「なんかつよい」

 青年は色々と腑に落ちなかった。

 

「というわけでー、あなたのチート能力は『なんかつよい』に決まりましたわ!」

 やったね! とサムズアップしてくる幼女に対して青年はスナギツネのような視線を返していた。

「アバウトすぎて何も伝わらないんだけど」

「私も詳細はなんにも考えておりませんわ!」

 えっへんと無発達の胸を張る少女に対し青年は不安しか覚えなかった。

「心配せずともちゃんと使える能力にはなりますわよ、その辺りの調整はお任せくださいまし」

「うん、まぁそもそも全部君に任せるしかないんだけどね」

 ただの死人である青年に、魔法使いと名乗る少女に意見する権利とかそもそもないのである。一方的に施されて得をするだけである。本当に得かは後々考える事にしよう。

「それじゃあ決める事も決めましたし、さっそく生きましょうか」

「決めるのそれだけなんだ……」

「他の事は私が面白くなるように決めますから大丈夫ですわ!」

 『面白くなるように』私が決めるのか、『私が面白く』なるように決めるのかでだいぶ安心感が違うなと思ったが、聞くに聞けない青年であった。

「生きるのに苦労しないくらいには強いと助かるんだけど」

 そう呟いた青年に、飛び切りの笑顔で少女は答えた。

「頑張ればどんな戦況でもひっくり返せるくらいにはしておきますわ!」

 その言葉を最後に青年の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 この世界は平和だ。

 謎の空間で謎の少女に謎の能力を与えられた私を待ち受けていたのは、安穏と退屈と既知に満ちた生であった。

 生まれた場所は日本の一般家庭で、時は前世の私が生まれた時分より数年だけ先の未来だった。

 当然のように現代で、魔法とか悪の組織とか超常の能力を持った異能者なんて前世に無かった要素の一切ない世界だった。

 普通に生まれた普通でない私は、チートなんて持ちながらも普通に見せかけて普通に育ち、普通に小学校を卒業し、普通に中学校へ進学した。

 それはとどのつまり、前世に一度体感したものと同じ時代を、同じ文化をもう一度過ごしているという事である。

 私はオタクだ。前世と今世で性別こそ違うが特に趣味も変わっていない。そんな状態で一度過ごした世界をもう一度やり直したらどうなるだろうか? 完全に残った前世の記憶を持っている状態でだ。

 そうだね、目新しいものが何もないね。

 世に輩出された新作、新規に開拓されたはずの概念、革新的なはずだったシステムの、それら全てが私にとっては既知だった。

 成程、手を出してはいけないものは分かる。やっておけば将来安心できるものもわかる。だがそこに冒険やなにやら、心が躍るような、新鮮な体験などは一切無かった。

 もちろん、前世の自分が死んだ時間を通り過ぎればまた私の知らないコンテンツが供給されてくるだろうという事は理解してた。せいぜい十数年待てばその時はやってくるし、それまでは普通に勉強でもして、目立たずに将来にでも備えておけばいい。時間に余裕の出来る職種に入れるようにしておけば、来るべきその日から十全に好ましい文化を堪能出来るはずだと思っていた。

 

 まぁ――そんな時は来なかったわけだが。

 

 

 

 春――出会いと別れの季節である。

 六年通った小学校に別れを告げ、少し大人気分で中学校に通い始める12歳の春。もしかしたらこの中学時代から何か、転生した時に貰った『なんかつよい』チート能力を活かさざるを得ないような特別な事態が起きたりするのだろうかと、ぼんやりと考えていた。

 おぎゃあばぶぅと普通の両親から生まれ、完全に世話をされる事への羞恥を乗り越え、ある程度動く事が出来るようになった私が最初にした事はこの世界の調査だった。

 もちろん、ようやく二足歩行が出来るようになった程度の赤子に出来る調べ物なんて、家の本を散らかす程度の事だったのだけれど。それでも四苦八苦しながら歴史書や漫画をひっくり返した結果、私にとっては意外な事に前世の知識との食い違いは全く無かった。前世で覚えた年表と寸分たがわぬ――と思う――事件や戦争の記録に、何度も読んだ覚えのある――こちらは確実に――漫画。とりあえず世間的には前世と何ら変わらない世界なんじゃないかなと考えるには十分な資料だった。

 幼稚園に入っても小学校へ進んでも前世の印象とこれっぽっちも変わらない世界で、次に私が警戒したのはこの世界にはいわゆる裏の世界が潜んでいたりしないだろうかという事だった。人知れず悪の秘密結社とヒーローが日夜闘争を繰り広げていないだろうかだとか、迫害された超能力者が寄り集まって世界征服を企んでないだろうかとか、謎の特権階級が遊びでデスゲームを開催していたりしないだろうかとか、そんな事を至極真面目に警戒していた。

 ……まぁ、一年くらいでそれらの心配も止めてしまった。そんなのが小学生に感知される程度の隠蔽しかされてないのなら、どう考えてもとっくに公になっているはずだと思ってしまったからだ。

 ちょっと運動神経が良くてそれなりに勉強もできる優等生として何かが起きるのを待ち、後半はもうこれ何も起きない平和な世界なんじゃないのかと思い始めた小学生時代は、本当に何事も起こらずに終わりを迎えた。そして私個人的にも世界的にも至極平和に中学生時代が始まりを迎えたわけなのである。

 転生者だからって私にとっての節目に何か特別な事が起こるような気がする、なんていうのはたぶん自意識過剰とかそっち方面に偏った思考だとは思うが、麗らかな日差しに包まれてぼんやりと通学路を歩いていると、始まりの季節に何か始まりそうだなー、なんて思ってしまうのだ。……起こって欲しいわけではないよ?

 

 

 

 と思ってたのがひと月前の話。その間、案の定何も起きなかった。

 何も起きなかったのだが、なんかこう、ちょっと怪しい連中は見つけたのだ。いや、怪しいというのは語弊がある。

 ハーレムである。ハーレム形成してる奴がいたのである。同じクラスに、女子四人ほど侍らせてハーレム状態の鈍感系男子が存在したのである。

 最初にそいつらが戯れてるのを見た時、学園ラブコメ、そういうのもあるのか! と私の脳裏に電撃が走った。それならこの世界が平和なのも納得がいくというものだった。転生前に言われた戦況というのも恋は戦争とかそういう方向性だったのかもしれないとか頭の沸き過ぎた思考まで飛び出した。その後ハーレムでもバトル展開のもよくあるじゃないかと思い直したが。

 それにしても一年の一学期、それもひと月目からハーレム展開とはやりおるわと思いちょっと聞き耳を立てると、どうやら一人は帰国子女で困っている所を助けられた上級生、一人はその妹でむしろ姉の方に構っていて、一人は幼馴染で一人はその親友のメガネっ子という構成らしかった。上級生は自分のクラスに帰っていただきたい。

 よく考えると好意を直接的に向けてるのはわざわざ上の階から来てる一人だけなんだが、全員その男子に対して嫌そうな態度とかは全くとらずにキャッキャウフフしている。というか近い。距離感が全体的に近い。たまにこっちがドン引きするようなラッキースケベとか出してますよあの男。先生に通報してやろうかと何回か思った。

 そんな観察を続けていたゴールデンウィーク明け。件のハーレム要員上級生から呼び出しを食らったわけだ。

 もしかしてハーレムの主の彼に気があるのかと。

 

 ねぇよ。

 

 今更だが今世の私は女で、それもかなりの美少女である。

 派手な印象のない地味目だが整った顔立ちに、短く切っているもののよく見れば分かる艶やかで張りのある黒髪。黙っていれば人形のようとまで言われたくらいである。口を開いたら完全に野郎である事は言うまでもない。だがしかし、それ故にか距離が近く感じるのだろう、小学生時代の被告白回数は二桁に乗っている。友達で居てくださいお願いします。

 そう、私は前世が男だった弊害なのか男を恋愛対象として見れないのである。と言えれば転生者の悲哀で済んだのだろうが、現実は少し違う。

 私は三次元の人間に欲情しないのである。二次専という奴だ。二次専なのだ。ハーレム男に対する感想も嫉妬ではなく純粋に、すげぇなあいつクソワロタwwwwwwとかそんな感じだったのである。そこに悪意は全くなかった。あ、全くなかったから勘違いされたのか。

 ともかく視線に気づかれてたとは思ってなかったけどそれは勘違いだから安心して求愛行動に励んでくださいという内容を最大限オブラートに包んで話した結果、若干疑わしげにではあるが引き下がってもらえた。

 ちなみに彼女が呼び出して問い質すなんて行動に出たのには理由がある。連休が明けたらハーレム要員が増えていたという切実な理由が。

 

 

 

(まさか現実で校舎裏に呼び出されるなんてなぁ)

 貴重な体験をした、と彼女は思った。創作ではよく見るシチュエーションでゲームなんかではよく体験したが、実際にそういう事が起こるのだとは全く知らなかったからだ。彼女は前世の影響で刺激に飢えているが、だからと言って悪い事をして親に心配をかけてまで求めようとは思っていない。故に偶然に起きたこの事態は彼女にとって妙に嬉しい出来事であった。

 そもそもこの元男、基本的には安定志向である。生まれてすぐに自分の能力をひけらかしたりする事のないように、特別視は出来る限りされないように振る舞いながら育った。ちょっと男の子っぽいとかぜんぜん手が掛からないとかそんな評価はされていたが、非行や奇行に走る事は無かったのである。だからちょっとした非日常みたいなのは大歓迎なのだった。

 そんなわけでルンルン気分で校舎へ帰ろうとする彼女の鼻頭でぽつん、と水滴が弾けた。

(やっべ降ってきた)

 その日は朝から曇っていて、呼び出しに応じた時点で空には厚い雲が浮かんでいた。天気予報では降るのは夕方以降と言っていたが、ちょっと早まってしまったらしい。駆け足になって下駄箱に向かう。校舎裏から少し遠いのが恨めしかった。

 角を曲がり下駄箱が見えた時、不意に三階建ての校舎の上の方から大きな音が聞こえてきた。

 悲鳴と、何かが割れる音。反射的にそちらを見上げた彼女が見たのは、破砕され宙に舞う窓ガラスと、勢い良く宙に投げ出された人間であった。

(ああ、あれは死ぬな)

 彼女は思った。あれは死ぬ。あの高さからあの勢いで落ちたら死ぬ。チート能力でいろいろと強化されている彼女にはそれが分かった。

 だから彼女は一瞬も迷わなかった。駆け足の勢いで一歩を踏み出し、チートに任せて二歩目を踏み出す。次の瞬間には数十メートルの距離は無かった事になった。落下地点に滑り込み、落ちてきた人間に負荷が掛からないように両手で受け止め、衝撃を殺すためにそのまま膝を折った。遅れてばらばらとガラスと雨が降り注いだ。

「非日常が過ぎるだろ……」

 雨だけでなく人が降ってくるとは思いもしなかったと彼女は独り言ちた。受け止めた人間――よく見たら某ハーレムの新人さんだった――をかかえ、気絶してしまったらしいその最上級生をどうしたものかと周囲を見回すと、茫然とした様子でこちらを見つめる人間が一人。強くなりだした雨に打たれながら、互いに見つめ合いになった。

(やべぇ見られた)

 彼女は焦った。オープンオタクでかつ法令順守で生きてきた彼女にとってチート能力と前世の記憶の事は彼女が抱えるほぼ唯一の秘密である。常識から逸脱しないように気を使って生きてきたこれまでの今生、誰かに自分の能力を悟られた事などはたぶん一度もなかった。悪行ではなく善行をしている場面であり恥ずべき事は何もないのだが、とりあえずで能力を隠していた彼女の肌着は内からも濡れた。

 二人が見つめ合い、雨脚は急激に強まる中、上の方も騒ぎが大きくなっていた。割れた窓の内からなんだどうした落ちた飛んでったとざわざわと声が聞こえる。人が集まってきたようだった。

 その声で我を取り戻したのか、彼女を見つめていた女性――担任の体育教師は駆け寄ってきた。

「だだ、大丈夫!?」

 明らかに動揺しながらも、彼女の事を心配してくる。わたわたと二人に怪我がないかを確認すると、はっと思い出し、懐から携帯電話を取り出すと病院へと連絡しだした。身体能力などの疑問はとりあえず棚上げしておいてくれる良い先生であった。

 

 

 診察、検査、異常ナシ!

 三階から落下した中学三年生を受け止めて普通に無傷とかこの体の耐久力すごいなぁ。どこまで無傷でやれるんだろう。と現実逃避した私です。いや反射的に人助けして困ると思わないじゃん?

 あの後病院へ運ばれた私と三年の先輩は検査を受けてどちらも問題なしと言われた。同伴した先生はほっとして胸をなでおろした後、普通は落ちてきた人を受け止めようとしたら怪我するし下手したら一緒に死んじゃいますから気を付けてくださいね、と叱ってくれた。私が完全に成功してしまっていたためものすごく言い辛そうだったし、周りも苦笑いだったが、駆け付けた私の両親はうんうんと頷いていた。心配させてしまったなぁとそこは反省している。

 落下した先輩は病院に着いた時にはもう目を覚ましていた。診察後に話を聞いてみたら急に何かに衝突されて落下したらしい。後で聞いた話によると、階段から落ちた別の生徒が防火扉に衝突し、開いた防火扉が積んであったダンボール箱をなぎ倒し、吹き飛んだダンボールが卓球のボールを運んでいた生徒に直撃し、ばら撒かれたボールで他の生徒が転倒し、転倒した生徒が抱えていた石膏像が先輩の背中に直撃したらしい。嫌なピタゴラスイッチである。昔から運が無くて……と本人は空を見上げながらぼやいていたが、私が居なかったら死んでたような事故に遭うのは洒落にならないからお祓いにでも行って欲しい。ちなみに石膏像は無事だったそうな。

 なお先輩は翌日は普通に登校してた。結構メンタル強いですね!?

 

 

 

 特に入院とかも無かった翌日のホームルーム。クラスメートの目が痛い。止めろ注目するなと言いたいが話しかけては来ない。入ってきた先生も昨日の事は話題に出さないが目線は滅茶苦茶こっちを向いている。どこまで話が回っているのか気になるが、実は私、友達が少ない。小学校時代男子を袖にしまくった結果である。私は悪くねぇと思うのだがどうだろう。

 放課後になり教室の周りに別学年が通りがかるようになると、その中にまでちらほらとこちらを伺う視線が混じっていた。どこまで流れてるんだ噂。というかそもそもどういう噂なのかと。三年の桑谷先輩キャッチしたゴリラが一年に居るらしいよ~とか言われてたら結構ショックである。

 いや私だって自己顕示欲くらいはある訳で、良い事をして注目されるの自体は嫌じゃないんだ。ただ、特に何も言わずに遠巻きに見てるだけというのは止めてほしい。凄く居心地が悪い。どうせなら褒めそやせと。叩き落とせるくらい持ち上げろと。

 そんな状況で迎えた次の日の体育。本日のメニューは50m走である。先生の目が痛い。でもごめんなさい先生、私、体育では完全に手を抜いてるんです。いつも通り適当に一緒に走るクラスメートより少し早いくらいの速度で走っておく。あまり制限しすぎると生活し辛いから、運動神経いいんだなと思われるくらいにはしておきたいのだ。

 とかやってたら授業の後先生に呼び止められて陸上部に誘われた。一緒に走った女子は陸上部だったらしい。先生は目を輝かせて私を勧誘するが、チート能力で競技会蹂躙無双はちょっと問題しかないだろうと思ったので断らせていただいた。先生は残念そうだったが、無理強いはしてこなかった。先生は。

 問題だったのは全力で走って流していた私に負けた陸上部員である。自分の足にかなり自信を持っていたらしく、体育のたびにこちらに張り合ってくるようになった。それだけなら良かったのだが、その娘、放課後になると私を捕まえて走らせようとしてくるのである。(私の頭が)悪い事に一回その娘に余裕で勝っているため、適当に負けてやるというのも難しい。というか、一回やったらふくれっ面になった。可愛かった。そしてそんな生活をひと月ほど続けていたら、なんかもういいやという気分になったので、私は先生に入部届を提出した。なんで部員でもないのにいつも居るんだろうという視線に耐えられなかった訳ではない。断じてそうではない。

 

 陸上部に入った私であるが、大会や記録会に出るつもりはなかった。それは当然、チートがチート過ぎてこの世界の人たちに失礼だからである。私の『なんかつよい』能力は本当に『なんかつよい』のだ。私はやろうと思えば震脚で地面を割ったり沈む前に足を前に出すことで水上を走ったり出来る。有体に言って人間の身体能力をしていないのである。

 だがそれで納得してくれないのが件の陸上部員の島さんだ。あんたが出ないなら私も出ないもんと駄々をこね始めたのである。なおこの陸上部、私を除くと一年の島さんが一番速い。二年三年のレベルが低いのではなく、純粋に島さんが全国レベルであるらしかった。そりゃ私スカウトされるわ。

 一般的に天才と呼び称されるレベルである島さんが、私という異物のせいで大会に参加しないというのは私としても憚られる事態である。かといって私が参加するのも問題がある。なので私はとりあえず参加登録だけして、仮病でも使って当日休もうと画策した。

 ちゃんと本気で走ってよねーと楽しそうに笑う島さんに罪悪感を覚えつつ迎えた記録会当日。早朝から、通り二本くらいしか家が離れてなかった島さんが家まで迎えにやってきて、動揺のあまり仮病とか使う暇も無く親に笑顔で送り出された私であった。

 

 普通に走るか。

 移動のバスと電車の中でさんざんどうするか考えた結果がこれである。

 いや最初は逃げる方法とかを検討していたんだ、わざと電車に乗り遅れるとか、途中で逸れて会場にたどり着けないとか。島さんに手繋がれてて無理だっただけで。この子距離近いよぉ……

 実際、普通に走ってもそこまで問題は無いはずなのだ。チートで超記録出そうが才能で高記録出そうが傍から見たら変わらない訳だし、私が地道な努力を重ねて一生懸命頑張っている人達への罪悪感に耐えられればどうにでもなる話である。一時的に注目されようがそこから記録を伸ばさなければそのうち忘れられる……はず。速いと言ってもまだ中学上位レベルしか出してない訳だから、高校レベルでは普通ってくらいに最終的に落ち着けばいいだけのはずなのだ。だから走ってしまえばいい。そしてそのうち今も速くなり続けている島さんにタイムで負けて、華麗にフェードアウト決めればいいのだ。

 この目論見には致命的な欠陥がある事に、この時の私はまるで気付いていなかった。

 

 迎えました一年女子100m走。第4レーンから、応援してくれる島さんや先生、陸上部のみんなに手を振り返し、クラウチングの態勢に。空砲の合図と同時に駆け出した周囲の女子から、わざと一瞬だけ遅れてコースへと飛び出る――人類のそれを超越した私の反射神経でスタートするとフライングを取られるからだ。そして、あんまり遅いと島さんがまた拗ねるだろうから、普段彼女と走っている時と同じくらいの力加減で走る。だが、それだけで私は一気に先頭へ躍り出て周囲をぐんぐんと引き離していった。

 本当に島さんって速いんだな。と思いながらあっという間に半分を過ぎる。その時点で私の『なんかつよい』気配感知能力は他の選手とは追いつきようのない差が出来ていると判断した。普段なら島さんから離れすぎないように、かつ手抜きしてるように見えないようにという謎の演技力を要求されるのだが、この時ばかりはそんな事は必要ない。私は自由だった。

 

 ここで問題です。普段島さんに合わせる事で一般的なタイムから逸脱しないように調整してきた私が、自由に走るとどうなるでしょう。なお私は走り始めて何秒目かカウント出来る能力を有してないものとする。

 

 

 

 10秒フラット。それが私の出したタイムである。女子100m走世界記録更新である。馬鹿じゃないの。

 

 もうね、会場全体ドン引きですよ。ざわ……ざわ……とかリアルに聞こえてくる感じ。先生も中学の仲間も唖然としていた。島さんだけ何故かドヤ顔だったけど。

 周囲からは計測間違いだろとかいやそれくらいは速かったとか聞こえてくるし、私はもう逃げ出したかった。もうフェードアウトどころじゃなかった。一人だけ寄ってきた島さん曰く、私は途中からどんどん速くなっていたらしい。自分でも途中からどれくらいの速度が丁度いいのか分からなくなってたからね、ペースメーカーって大事だね。島さんには失礼極まりないけどさ……

 100m走以外出る予定のなかった私はそのまま逃げるように帰宅。現実からも逃げるようにして自室で惰眠を貪った。

 

 

 

 翌日。家まで押しかけてきた島さんが、私の両親に見せつけるように広げたスポーツ新聞には、堂々と私の名前が載っていた。私は死にたくなった。

 ニコニコしながら歓談する両親と島さんを横目に、私はどうするか思い悩んだ。まずこれ以上スポーツの世界に関わらない。これは絶対にだ。ただの記録会ですら私の胃は悲鳴を上げている。生まれてこの方ここまでのダメージを受けたのは精神的にも肉体的にも初めてである。

 私はチート能力のせいなのかなんなのか、怪我も病気も今までした事がない。小学校なんて皆勤賞である。そのため病気がちだからとか言って誤魔化すのは不可能だ。わざと怪我するのは論外だし、なんらかのトラウマで走れなくなりましたとかそんな都合よく言い訳の出来る事態を起こせるとも思えない。ならばもう両親に絶対に走りたくない旨をぶちまけて遠い所で暮らさせてもらうか。そもそも普通に拒否したら別に走らなくていいんじゃね? とか考え始めた横で島さんが私の両親に私の身体能力の素晴らしさをプレゼンし始めていた。わざとやってんのか島ァ!!

 あわてて止めに入った私に対し、島さんは照れなくてもいいよちゃんと才能を知ってもらおうよと説得を始めた。確信犯(正用)な島さんの物言いに、両親も確かにこの記録はすごいし親としてはちゃんと支援した方が良いんじゃあないかという空気を醸し出し始める。止めろよぅ! 精神が死ぬぅ! 私が叫び出しそうになったその時、全員の携帯とスマホに同時に着信が入った。

 

 緊急事態宣言。

 

 は? と全員が急なそれに困惑する。読めば、家に帰り海岸線に絶対に近づかないように。海岸付近の住人は内陸部へ避難するように。要約するとそんな事が書いてあった。テレビを点けても詳細は言われずとにかく避難と安全確保をするようにとだけしか言わなかった。

 なんだか分からないがともかくこれはさっきまでの話を無かった事にするチャンスと思い、島さんに帰った方がいいんじゃないかと言ってみると、親が心配だからそうするね、と島さんは素直に返した。お邪魔しましたーとささっと靴を履いた島さんは、ちょいちょいと私を手招きする。なんだろうと思って近寄ると、耳元へ顔を近づけ囁きかけてきた。

 

 「逃がさないからね」

 

 確信犯(誤用)じゃねぇか島ァ!!!

 

 

 

 ちょっと怖い島さんが帰ってから暫くリビングで両親とテレビを眺めていたのだが、やはり何が起きているのかの情報は流れてこなかった。私としてはついに何か、チート能力が役に立ってしまう事態が起きたのではないかと気が気ではない。そわそわと携帯を弄るも、どうもネット回線がおかしいのか一部のサイトにしか繋がらない。はて携帯電話なせいだろうかと親に一声かけて自室に戻り、PCを立ち上げネットに接続した。

 PCからG〇〇gleやら某ちゃんねるやらようつべやらに接続を試みるが、どこにも繋がらない。だが、個人サイトや日本発祥の米付き動画サイトなどには繋がった。なんだこれ、と思いながら繋がった中で一番大きい掲示板を覗くと、やはりというべきか、緊急事態宣言総合スレがあった。緊急事態宣言とか日本終わったな始まってもいねぇよ何処の田舎だよなど序盤の糞レスの嵐を乗り越え、中盤の何が起きてんだ避難ってどこにだよという状況を把握してない人々の困惑に同調しながら、たまに張られているネタ画像に目を滑らせる。その画像群の中にその画像はあった。

 

 青い空、白い雲、白い砂浜、紅い海。

 

 それだけの画像だった。画像と一緒に投稿されたコメントは、マジでヤバイ。の一言だけ。最初はそのレスはコラだろうと笑われていた。だが、スレッドをさらに進めていくと、もう一枚、さらに一枚と別のIDの人間達が別々の写真を投稿し出していた。マジ? 赤潮? などの書き込みが増える中さらに読み進めた先には、混乱しながらスマホのカメラでどうにか撮影されたのだろう致命的な動画が待ち構えていた。

 

 

 

 動画は何を言っているか分からない複数の叫び声から始まった。カメラの先には煙と炎を上げながら崩れ落ちる複数のビル。その破片から逃げ惑う人々は一定の方向――端に映り込んだ赤く染まった海と逆側に向かっていた。人波に押されカメラがブレる。その瞬間、轟音が鳴り響き向かいのビルが爆発を起こした。悲鳴が上がる。恐怖に駆られた人々が撮影者を押しのけ逃げる。次の瞬間、また轟音が上がる。カメラがあらぬ方を向き、暫く滅茶苦茶な画面が映された。激突音。スマホが落とされたのだろう、青空が映し出された。数秒の停止の後、人影がスマホを拾い上げ直近に落ちてきたのであろうビルの看板が映し出されたところで動画は終了した。

 

 

 

 え、特撮? 最初に浮かんできた感想がそれで、その動画への最初のレスもそうだった。続きを読むと投稿者は落っこちてきた看板を避けてようやく撮ってる場合じゃないと気付いて、市街地を走り抜け崩れるもののない公園までたどり着き、避難民でごったがえすそこから動画を投稿したらしかった。

 戦争かはたまたテロか、海の色動画でも赤いぞ、何の映画の宣伝ですか? など混迷する掲示板の最新レスまで読み終えて、私は頭が痛くなった。まだ胃も痛いので今世の最大ダメージ記録更新である。誰だよこの世界が平和とか言った奴。

 水でも飲んで心を落ち着かせようとリビングに戻ると両親も騒いでいた。どうも某臨海に局のあるテレビのチャンネルが急に映らなくなったらしい。ネットのアレを見た後だから、私にはそれがどういう事なのか想像できてしまった。あの動画には映っていなかったが間違いなく、人が死んでいるんだろうなとぼんやり考える。

 思いっきり水を呷ると情報収集に戻る。増えていた画像や動画に目を通すと、そこにはやはりと言うべきか、グロ注意と書いておいてほしい類の物が含まれていた。

 もはや日本が何者かに攻撃されている事は明白だった。それが分かったからと言ってPCの前で何ができるわけでも無いのだが、私は情報収集を続けた。

 他の掲示板にも目を通し、動画投稿サイトもチェックする。その中にあった書き込みによると、どうやら現在アクセスできるのはサーバーが日本の、それも本州にあるサイトだけなのではないかという事だった。成程、海が赤くなったのと関係ありそうである。だがそうなると、我々は諸外国――どころか九州四国北海道沖縄などからも切り離されたという事になるのだろうか。これがネットだけの話ならまだいい。そう思ったのだが現実は非情で、国際通話も出来なくなっているらしかった。

 暫く調べて分かった事は、どうやら攻撃は海からの砲撃と謎の飛行物体による射撃ないし爆撃であるらしいという事だった。海を撮影した写真の中に謎の小さな船影らしきものが。攻撃されている町々の映像の中に飛び去る小さな機影が。それぞれ写っていたのだ。

 暇な人たちが合流してきたのか、掲示板のお祭り騒ぎは加速していた。今後の心配をする者、政府の批判を始める者、雑コラ作成に余念がない者、エロ画像を貼り付けだす者。普段通りの日本だなとある種の安心感を覚える。そんなネット上で私がその写真を見つけたのはまぁ必然だろう。

 それは赤い海の上に浮かんだ一隻のナニカの写真だった。それは全体的には金属に見えた。黒い船体から幾本も砲塔と思われる筒がそびえ立ち、陸地を向いたそれらからは煙が上がっている。だが目を引くのはそこではなく、船首に当たるだろう前方部分だ。そこには歯のような白いモノが並び下あごの様な形になっており、その中から白い、真っ白な人間の上半身が覗いていた。

 なんか異形の奴と戦う世界だこれ。私は確信した。そしてその数分後に投稿された動画で私は噴出した。

 

 それは赤い海の白いままの砂浜で、二人の色白の少女が口の付いたボールを次々取り出しては放り投げているほのぼの盗撮動画だった。よく似た二人の少女はどちらも白い長髪の左右に、角にも見える四角い髪飾りをしている。どちらも白いワンピース姿で、片方の服には猫のような模様が描かれていた。オレンジ色の目を陸地の方へ向けながら、一生懸命ボールを放っている。色白を通り越して真っ白な少女に高く投げ上げられたボールはそのまま空の向こうへと消え、時折空の向こうから帰ってきていた。なおタイトルは『幼女が海岸で遊んでたwwwwwwwwwwwwwww』である。

 

 どう見ても北方棲姫です、本当にありがとうございました。

 

 遊んでねーよそいつら、どう考えても攻撃してるよ! 艦載機飛ばして爆撃してるとこだよそれ! つーか北方棲妹も居るじゃねーかどうすんだこれ!!

 

 

 いやそれ以前にここ艦これ世界かよ!!

 

 

 思わず叫んでしまった伊吹 雪12才の梅雨であった。

 

 




全体にノリは軽くなる予定です。
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