転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

13 / 92
鎮守府へ行ったら

 出発の朝、移動は制服でなくてもいいらしいので普通の私服で朝食を頂き、荷物を持って訓練所へ向かう。校庭には九台のマイクロバス、道路の方には既に艤装を積み終わったトラックが待機していた。どちらも普通に走ってそうな奴なのはやっぱり目立たないようにするための工夫だろうか。

 荷物を載せ、同行する二人の自衛官に挨拶しようとそちらを見れば、片方はここに来るときにもお世話になった古橋さんだった。お久しぶりですと声をかけるとまさか覚えられているとは思わなかったらしく、光栄ですと言われてしまった。絶対動画見ただろこの人……

 

 駆逐艦の皆は最後の別れと言わんばかりに号泣する娘や、爽やかにまたねーと別れて行く娘など様々な反応をしていたが、私の知り合いは割とドライ寄りだった。初雪はちょっと嫌そうだったしさんざん嘆いていたが、それでもバスの前まで行くと観念して、またねと言って乗り込んで行った。たぶん一番いい席を確保したくてさっさと乗ったんだと思う。漣は友達になった娘が多く、私もその一人として挨拶代わりにピシガシグッグッさせられた。島風は知らん、いちばーんと言って寮から最初に飛び出してったのを見たのが最後だったし。

 まぁ、私の場合は友人と呼べるくらいの仲の娘がほとんど強者だったから仕方ないのだ。たぶんみんな大作戦があれば招集されるだろうからその時会える。死ななけりゃ。そもそも話したかったら電話でもメールでもなんでもすればいいんだ、現代っ子なんだし。鎮守府で通じるかは分からんけど。

 バスに乗り込み、特に席順は決まっていなかったので先に乗っていた深雪と叢雲に挨拶して適当に座る。そのうち他の面々も乗車し、最後に秋雲先生と夕雲さんが入ってきて8人全員が揃う。窓から外を覗いてみるともう殆ど誰も残っていなかった。夕雲型仲良いなぁ。

 

 大人しく出発を待っていると、最後に暁教官長がやって来た。人数を数えて全員揃ってるわね、と確認すると自分も前の方に着席する。あれ、と思った私は教官長に声をかけた。

「教官長も一緒に行くんですか?」

「ええ、私も宮里艦隊に所属になるのよ」

 えっ、と誰かから声が漏れる。戦えないのに大丈夫なのか、というか。

「教官長、やっぱり左遷……」

「違うわよ!」

 例の件で罰則を受けたのかと思ったのだが違うらしい。左遷? と事情を知らない皆から疑問の声が上がり、暁教官長は説明する事になった。

「次の適性検査が行われるまで訓練所自体の仕事ってほとんど無いのよ。でも艤装を扱える人間を遊ばせてはいられないから、私たちも通常の遠征任務に戻るの。それで何故か、何故か私も宮里艦隊へ一時異動になったの」

 鎮守府には戦闘部隊だけでなく、哨戒や収集その他色々をこなす戦えない艦娘達も一緒に仲良く所属する。海岸近くの霊地での収集任務だとは思うけど、場合によってはあなた達の世話になるからその時はよろしく、と笑う教官長に、私たちもよろしくお願いしますと声を揃えた。

 説明を終えて前を向こうとした教官長は、ふと思い出したかのようにちょっと来てと私を手招きした。近寄ると、他に聞こえないように小さな声で耳打ちされた。

「飛鷹と霰も宮里艦隊へ異動らしいわよ」

「……例の動画の関係者が一か所にまとめられたと」

「そういう事みたいね……」

 二人でため息をつく。監視か対処かなんだかは分からないけれど、なんやかんやでその方が上はやり易いんだろう。というかそれ、本当に左遷じゃないんですよね?

 

 運転手をしてくれる自衛隊のお二方によると、今日私たちは第二訓練所で戦艦と巡洋艦の艦娘達と合流して、そこからそれぞれの鎮守府へ向かうらしかった。第二訓練所までは三時間ほどで着くらしいので、そこで一旦休憩になる。

 マイクロバスが順々に出発し、同じ道を行く。流石に海岸線からは離れて行くようで、しばらくすると時折通行人が見えるようになった。まだ結構海岸線に近いと思うのだが、一応危険域からは出ているらしい。バスの中ではそれほど浮かれた娘もおらず、補助席を引き出して皆で静かにカードに興じた。初春が透視してないかってくらい強いんだけどなんなの霊能力なの。

 

 

 

 そろそろ日も高くなって来るかという頃、バスは第二訓練所に到着した。バスが停車すると私達もお手洗いに行ったりしても良いとの事で降車が許可される。一応行っておこうかと思いバスステップを踏んだその瞬間、目の前を夕立が駆けて行き、合流する艦娘の一人目掛けて猛突進した。

 何やってんだあのぽいぬ、と思い突撃された娘さんを見てみると、それは某ハーレムの一員である三山さん――榛名さんであった。夕立にお久しぶりっぽいぽいぽーいと滅茶苦茶懐かれている。夕立は訓練所まで私と同じ車で行ったのでそれなりにご近所さんだろうとは思っていたが、よもや榛名さんと知り合いとは。中学は違うので小学校が同じだったとかかもしれない。

 第二訓練所はどうやら市営の体育館とプール、それに併設されているやはり市営の建物を使っているようで、私達の第三訓練所とは少し趣が違う。トイレを済ませ、ちょっと挨拶しておきたい人が五人――さっきの榛名さん除けば四人――ほど居るはずなので探してみると、Hey! と向こうから声をかけてきた。行けば探していた五人全員が固まっていて、三山さんは解放され代わりに霧島さん――艦名でも霧島さん――が夕立に纏わりつかれていた。

 お久しぶりです、と呼びかけてくれた剛田先輩――金剛さんに挨拶すると、お久しぶりネー! と滅茶苦茶ハグされた。何故か既に暗い雰囲気を纏っている桑谷先輩――扶桑さんに挨拶して、何かあったのか尋ねてみると、どうやら金剛さんが提艦隊に配属され自分は違う鎮守府へ、訓練所で仲良くなった娘とも別々になってしまったんだとか。また五人全員に聞いてみたが、私と同じ宮里艦隊になった人は居なかった。ただ同学年の方の剛田さん――比叡さんと島風は同じ艦隊だった。

 

 金剛さんに初雪を、比叡さんに島風をそれぞれよろしくと――私が言うのはおかしい気もしたが――お願いし、みんなでまた集まってpartyしましょうネーと約束してバスの方へ戻ると、宮里艦隊行のバスの中は個性的な面々で溢れかえっていた。

 まず私が乗車した瞬間カメラを構えた娘、その奥に片目に眼帯をつけた娘、座席に座り昏いオーラを放ちながら姉さま姉さまと呟く娘、その隣に暗いオーラを放ちながら北上さん北上さんと呟く娘、最後に私を見て目を見開いた健康的な筋肉の付いた肉体に短めのサイドテールをした娘。

 サイドテールの娘はちょっとごめんとカメラの娘の横を通りこちらへ歩み寄ると、私の顔をまじまじと見て緊張した面持ちで口を開いた。

「あの、伊吹……雪さん……ですか?」

「あ、はい、そうです」

 肯定の返事に彼女は嬉しそうな声を上げた。どうやら私の事を知っているらしい、嫌な予感がする。金剛さんや扶桑さんは知っている様子ではなかったのだが、彼女は例の動画を見たんだろうか。第二訓練所もネットには通じないものだと思っていたんだけれど。

 暫くまごついていたサイドテールさんは、思い切ったように両手を差し出すと顔を紅潮させて大声で言った。

「あなたのファンです、握手してください!」

 後部座席の方から駆逐艦達の視線が突き刺さる。カメラの娘はその様子を激写し、眼帯の娘は興味深げにこちらを片目で見つめ、何事か呟いている二人は特に反応せずにそのままだった。私は内心困り果てながら、とりあえず愛想笑いを浮かべ、握手を交わしておいた。

 

「へぇ、長良が言ってたスゲー奴ってそいつなのか?」

 凄い偶然だな、と眼帯の娘――天龍さんが言う。それに反応したサイドテールの娘――長良さんが、止める間もなく語る語る。

 どうもこの長良さんは例のオールマイトな動画を見たのではなく、私がやらかした陸上の記録会に参加していたらしかった。生で私の走りを見て感動してファンになって誰かが撮影してネット上に流した動画も視聴していたんだそうな。ついでにスマホに動画保存してあるらしい。おい馬鹿止めろ見せようとするな。私が死ぬ方へ向かって全力疾走するんじゃあない。というかみんなでカードしてて忘れてたけどよく考えたら訓練所出たらスマホでニュース見れるから私の奇行もバレるじゃねーか。いやもうそれ以前に現在進行形で駆逐艦達の視線が痛い。悪い意味の視線じゃないんだろうけどチート能力でやらかしただけだから恥ずかしさマシマシで胸焼けしそう。つーかマジでいたのか短距離走者雪ちゃん12才のファン、掲示板でネタにされてるだけであって欲しかったわ。

 恥ずかしいから止めてくださいとお願いして鑑賞会は止めてもらったが、深雪とか明らかに興味あり気だったし絶対後で見るんだろうなぁ……

 

 第二訓練場の教官達に挨拶へ行っていた暁教官長が戻ってくると、全員揃っているわねと確認を取る。どうやら合流するのは戦艦1、重巡1、軽巡3で全員であるらしい。少なくね? と思って聞いてみたのだが、第二訓練場に艦娘は37人しか居なかったらしい。なのでこれでも平均以上の人数なのだとか。戦艦の艦娘などは9人を下回っていて、場所によっては一隻も配備されないという。そんなレアだったのか戦艦娘、うちの中学出身が半分以上じゃん、なに、あそこ秘密の艦娘養殖場か何かだったの?

 私はてっきり今回実戦投入される艦娘は200人くらい居るだろうと思ってたんだけど、もしかして駆逐艦が異様に多い艦これ仕様で第三訓練所が膨れてただけだったんだろうか。

 

 

 

 バスが出発し、一部の車はすぐに別の道へと分かれて行った。私達の目的地までは五時間ほどらしいので、夕方になる前には着けるだろう。そこで宮里提督の指揮の下戦う事になる……んだよな? いや艦これの感覚だとそうなるんだけど、この世界の場合、通常の鎮守府では自衛隊の艦娘の中でも作戦立案に優れた人らの指揮になるらしいんだ基本的には。提督は妖精さんとのコミュニケーションや艦娘への力の供給などでそれをサポートするのが主な役目で、本当に提督とは名ばかりなのである。書類仕事はさせられるようだが。

 ただ宮里提督だけは自衛隊の出身であるため本人がちゃんと提督(艦これ的な意味で)するらしいのだ。私も最近知ったが提督は自分の指揮下にある艦娘の状況をだいぶ大雑把にだが把握できるようなので、提督が指揮できるのなら効率面でも優れるだろう。

 では何が疑問なのかと言えばこの宮里提督、今までも――それこそ艤装や艦娘が公になった時点から存在は示唆されていたのだが、名前は元よりどこで何をやっているかなどの情報は全く発表されていなかった事である。精鋭部隊の指揮は楠木提督が執っていたらしいがその補助でもしていたんだろうか。妖精さんを上層部へ届けるファインプレーをしたとは習ったけど、普通に考えてそれは狂人一歩手前の行いではないだろうか。

「宮里提督ってどんな人なんですか?」

 通路を挟んで隣に座る暁教官長に話しかける。長良さんの視線とみんなの追及とあとなんか暗いオーラから逃れるために前の方へ座っていたのだ。私に問われた教官長は、ちょっと困った様子で答えを返した。

「私もよくは知らないのよね。話した事もないし……聞いたところによると貴女とはある意味近くてすごく遠いらしいけど」

「ある意味?」

 私に近いってなんだ、オールマイトか何かなのかその提督。すげぇ頼りになりそうだなオールマイト提督。絶対艦娘要らないわ。

 どういう意味なのか問おうとした時、後ろの方からどよめく声が上がった。ついそちらを見てみれば、そこにはスマホを持つ秋雲先生とそれを覗き込む天龍さんと駆逐艦達の姿。あっ、と思いながら聞き耳を立てれば、流れている音声は聞き覚えのあるモノだった。

 どう聞いても聞き覚えしかない私の叫び声とともに動画が終了し、ゆっくりと顔を上げこちらを向いた秋雲先生と目が合う。しばらくの沈黙の後、先生は口を開いた。

「Plus Ultra」

 やけに良い発音に、天龍さんが噴き出した。

 

 

 

 私が羞恥心で顔を覆っている間に、暁教官長は顛末の説明を終えた。駆逐の皆は何時の事だったかまで見当がついたらしく、驚き半分納得半分といった感じで、敵艦粉々に吹き飛ばした件に関しては吹雪だしで終わっていた。あなた方の中で私の評価はどうなっておいでで?

 一方第二訓練所からの面々はというと多種多様な反応だった。カメラの娘――青葉さんは恥ずかしがる私をカメラに収めようとしていたし、長良さんは艦娘としても凄いんですねと感心しきりだった。天龍さんはやるじゃねえかと笑い、姉さまオーラを放っていた娘――山城さんは私の様子を見て不幸なのねと同情的で、北上さんオーラを放っていた娘――大井さんは北上さんも強いと主張し出した。誰も引いたりはしてないのは良かったと思うんだけど、大井さんは大丈夫なんだろうか。逆に心配になった。

 

 恥ずかしさから復帰した私は深雪に呼ばれて後ろの席へと戻る。別に隠す事なかったぞと言ってくれるが、そもそも口止めされてたからね仕方ないね。空いてる所へ座ると天龍さんが肩を叩き、向こうじゃオレの実力も見せてやると宣言してきた。大井さんにあなたそんなに強かったかしらと言われていたが、天龍さんは自信ありげに世界水準越えの胸部を張っていた。

 私はもう同じ事だろうと思い、見せてもいいですよと言ったら、長良さんは嬉々として10秒フラットの動画を再生した。これに一番反応したのは山城さんで、やっぱり不幸なのねと激しく憐れまれた。他の皆もそれなりに思う所があったらしく、世が世ならトップアスリートの卵として君臨していたかもしれない私に同情的で、一部深海棲艦への怒りを激しく燃やしていた。私にそのつもりが無いと言えない雰囲気になってしまったので見せたのは失敗だった気がするが、知らないところで見られる方が恥ずかしかったからしょうがない。秋雲先生はめっちゃメモとってた。

 

 その後の数時間、最新の自衛隊の発表を調べて適性値一万越えがバレたりはしたが概ね平和にバスは運行した。途中で昼食を食べるためにバスから降りた時には同じ方向へ向かっているのは二台のみになっていて、そのうちの一台から飛び出した島風に比叡さんがひえーと手を焼いているのが、もう一台から初雪が笑顔の金剛さんに引っぱり出されているのが見えたりした。本当に世話してくれてるらしい。島風と比叡さんは同学年だし、初雪は年上のはずなんですけどねぇ。

 結局みんな同じ所で食事になったため、島風にやるねーと言われたり一部の人達から滅茶苦茶見られたりした。みんな動画見てやがるぜ、情報化社会ヤベェな!! 初雪に金剛さんに手加減するように言ってくれと頼まれたりもしたが、普通に断った。

 昼食を終えるとバスは散り散りに出発した。私たちはまたカードしたり、各々気になってた事をスマホで調べたりして時間を潰していたが、ふと外を見ると辺りからは人の気配が消えていて、海の近くの立ち入り禁止区域までやって来たのだと気が付いた。

 そろそろ鎮守府に到着か、と皆が少し緊張してきた頃にそれは見えた。

 

 赤い海。

 

 随伴員の一人が立ち上がり、海を確認すると無線で連絡を取り始める。私達も茫然と海の方を見つめた。誰ともなくマジか、と呟くと、車内は大騒ぎになった。青葉さんは海の方を撮影し、曙は怒りを滾らせた顔で海を睨み、深雪は本当にヤバい所だったと叫び、初春は厳しい顔をし、大井さんは北上さーんと助けを求め、山城さんは不幸だわと呟いた。

 混沌とする場の空気を収めたのは、天龍さんだった。手を打ち鳴らし自分に注目を集めると、オレ達ならやれる、と大きくはないが自信の籠った声で断言する。根拠も何も提示されない一言だったが、なんでかものすごい説得力を感じた。

 

 

 

 変色海域と化した海が見えてから一時間もせずにバスは港近くの建物へと到着した。なかなか立派な煉瓦風の建物で、クレーンや重機が辺りに見られる工廠と思しき場所なんかも見える。私達がバスから降りると、私たちの艤装を積んで後ろを走っていたトラックのさらに後ろからもう一台バスがやってきて、私達と同じように十人が降りて来た。

 空母や潜水艦であろうその娘達にこんにちはと挨拶していると、自衛隊の人達は私達に少し待つように言い建物へと走って行った。暁教官長の一声でとりあえず艦種別に整列して待っていると、さほど経たないうちに三人の女性が入り口の門から姿を現した。全員変わった服装をしており、艦娘だと分かる。そしてその中の一人は顔にも見覚えがあった。あり過ぎた。

 一人は特徴的なサンバイザーのようなものを被ったミニスカート姿の女性。恰好からしておそらくは龍驤さん……だと思われるのだが、なんだろう、身長はそこそこあるし立派な双丘がそびえている。自信が持てない。

 一人は肩や腰の一部分が露出したセーラー服のようなものに身を包み、頭にレーダーのような形の髪飾りを付け、長い髪をポニーテールにした女性。大和さんだろう。楠木提督の言っていた精鋭部隊の中には名前が無かったと思うので、戦闘部隊以外の所属だろうか。

 そして最後の一人はへそ出し脇出しルックに短いスカート、頭に触覚のような角のような不思議なデザインのものを付けたやはり髪の長い女性。それほど筋肉質ではないのだが、全体的に力強い印象を受ける。この人だけは間違いない、ネット上で幾度となく拝見したご尊顔。長門さんだ。

「雑コラの人だ……」

 秋雲先生が呟いた。流石にそれは失礼だと思うんですよ先生。私も思ったけど。

 

 赤い海を背景にした三人が私たちの前に辿り着くと、緊張感で一気に空気が硬くなる。やはり有名な長門さんに視線が集まる中、一歩前に出たのは推定大和さんだった。

「こんにちは皆さん、私は宮里 幸。この鎮守府では皆さんの司令官、提督を務めさせていただきます」

 何人かから驚いたような声が漏れる。私も驚いたし、なんなら訓練所から来た人たちは暁教官長以外みんな驚いていたように思う。前に立つこの女性、明らかに艦娘用の衣装を着ているが、提督であるらしい。おそらくは提督と艦娘の両適性持ち。私とある意味似てるってそういう事か、というかまず女提督だったのか宮里提督。あと名前も被ってるわ、ユキさんっておっしゃるのね。

「本来なら、これから寮へ荷物を置いて、鎮守府内を案内する予定だったのですが……」

 宮里提督が海に目線をやる。赤く変色した海面には何の生き物の気配も感じない。晴れているのだが、どこか空も暗く感じ、太陽の光は掠れて見えた。

「このような状況ですので、案内は後日、本日はこれより任務となります」

 山城さんが口の中で不幸だわと呟いたのを私のチート感覚が捉える。急に出撃になるのは他の娘達も不安そうで、明らかにやる気になっているのは天龍さんや曙、それに私くらいのものだった。

「宮里艦隊はこれより本日中に、担当海域内に発生した変色海域の攻略と、核の破壊を目指します。本来なら何日かに分けて行われる場合もある作戦なのですが、今回は拙速が求められると判断されました」

 説明によると、今目の前に広がっている赤い海はたった一時間前に発生したばかりで、さらに出現の瞬間を見張りに出ていた艦娘が観測、核の位置の特定まで成功しているのだという。

「過去の観測から変色海域の出現から敵艦の数が最大になるまで数日はかかる事が分かっています。ですから敵の数が少ない今のうちに核を破壊するのが、今回の目的です」

 そこまで言うと提督は一歩下がり、アイコンタクトの後に長門さんが前へと歩み出てた。

「本日よりお前たちと艦隊を組むことになる長門だ。今回の作戦では私が旗艦を務める。提督と明石二名、間宮……それと暁以外のここに居る艦娘全員が出撃になる、今すぐに覚悟を済ませてくれ」

 長門さんも宮里提督も、言葉の端々から済まなそうな気配を漂わせている。たぶん作戦を決めたのは彼女らじゃないんだろう。初日にいきなり敵拠点に突っ込めとか言ってるようなもんだしやらせたいとは思わないわな。

「作戦目標は本日中の対象の破壊だが、これは人命より優先されない。航行不能などの危険な状態になった者は随時護衛を付け撤退、場合によっては鎮守府の放棄も視野に入る。勿論それを前提とはしないがな」

「現在時刻1520、ですので1600までに制服と艤装を装着し、正門前に集合してください」

「トイレも済ませておくように」

 重要なんだろうが、突然トイレとか言われるとちょっと気が抜ける。しかしこの人数で全員が駆け込んだら時間までに支度は間に合うんだろうか。複数あるとは思うけれど。

「それと、吹雪は別の指令があるので残ってください」

 なんでか名指しで呼ばれた私に視線が突き刺さる。今日はこんなのばっかりで、ちょっと慣れてきたかもしれない。

 

 

 

 他の娘達がバス内に荷物を出して着替えに向かっている間に、私は宮里提督から戦闘部隊以外の自衛隊の艦娘達を紹介されていた。何故一人だけ呼び出してそんな事をと思ったら、彼女達にも貫通能力を使えるようにしておきたいからだという。宮里提督はそれほど最大供給数が多くないらしく、一人で全員に行きわたらせられなかったらしい。それでも私よりは多いみたいなのだけども。

 戦闘の出来ない自衛隊の人達はかなり数が居て、偵察機を飛ばしての哨戒や夜の見張り、工廠での作業や近場での資源収集などを行っている。ぱっと見た感じでは駆逐や軽巡、軽空母が多く、その中に飛鷹さんや霰さんも居た。暁教官長もそちらに合流し、私も自分の準備があるので余っている人達に集まってもらうようお願いすると、何故かその中に宮里提督も混ざっていた。曰く、宮里提督も艦娘だが戦闘部隊に入れる適性値は持ってないからであるらしい。私から遠いってのはそこの事だろうか。

 私の艤装は宮里提督が、宮里提督の艤装は私が無効貫通能力を付加する事になっているらしいのだが、これは私に何かあった時に提督がすぐに把握できるようにするためなんだそうな。羅針盤を使っての位置特定にも関わるらしいので、基本は私も提督から供給を受けなければならないらしい。

 そんな説明を受けながら、急いで集まった人たちの艤装へ提督の力の供給を開始する。私の脳内艦これ編成画面に暁、飛鷹、霰、川内、多摩、鳳翔などが配置され、そのうち一人だけ大和が混ざる。やっぱり提督は大和だった。他が小型ばかりなのもあり、大和の艤装が一際大きく見える。中には妖精さんが駆逐艦よりも大量に詰まっていて、それでいて居心地は良さそうだった。居住性がいいんだろうか。

 

 

 

 艤装を背負って正門へ向かうと、当然私が最後だった。別の事してたから仕方ないんだけど時間ギリギリで、提督がかなり申し訳なさそうにしていた。

 周りを見ればみんな艤装を背負ったからか先ほどまでより気合の入った表情をしている。それを頼もし気に見つめていた長門さんが時間だと告げ、点呼を取る。最初に呼ばれたのは山城さんだった。

 

 戦艦    長門 山城

 正規空母  加賀 瑞鶴

 軽空母   龍驤 隼鷹

 重巡洋艦  青葉

 軽巡洋艦  天龍 大井 長良

 駆逐艦   吹雪 深雪 叢雲 曙 初春 山雲 秋雲 夕雲

 潜水艦   伊168 伊19

 水上機母艦 秋津洲

 補給艦   速吸

 

 以上が宮里艦隊の戦闘部隊である。明石二名も前線に出れなくもないらしいが、今回はお留守番だそうな。

 名前を列挙すると駆逐艦がやっぱり多い。空母が結構居るのは安心できるのだが、秋津洲。え、大丈夫なの秋津洲。艦これの印象だとほんと秋津洲なんだけど。

 しかし、これでも宮里艦隊は人数が多い方だというのだから全体で戦えるのは150前後くらいしか居ないのではないだろうか。他の鎮守府って何人くらいいるんだろう。

 

「よし、それでは今回の作戦を説明する……と言っても、今回する事は単純極まりない」

 鎮守府の中から持ち出したのであろうホワイトボードに張りつけられた地図の一点、孤島になっているそこを指して長門さんは言う。

「この島へ最短ルートで進撃、存在する変色海域の核を破壊する。それだけだ」

 マジでこの作戦、それだけらしい。兵は神速を貴ぶって言うし、私的には敵をぶっ倒せばいいという分かりやすいのは大歓迎なのだけども。

 私と同じ脳筋思考の連中がいいねと笑う。慎重派な人たちは心配そうだが、難しい事を考えながら戦うよりはいいんじゃないだろうか、最初だし。初任務としてはだいぶハードだと思うが。

 

 提督が戦闘部隊全てを指揮下に入れる。これで全員深海棲艦に攻撃できるようになったわけだ。宮里提督からの供給でも自分でやる時と同じ感覚で扱えそうなので安心した。

 では行くぞと長門さんが音頭を取り、私たちはすぐ傍の港へと移動する。変色した海を初めて間近で見る事になったが、やはりすごく違和感がある。深雪のこんなの海じゃないという呟きが耳に残った。

 変色海域では艤装は少しずつ破損し、最終的には完全に機能を停止するためギリギリまで海には入らない。壊れる速度はそれほどでもなく、無傷なら24時間は持つらしいが、そもそもあまり長居したくないし。

 長門さんと宮里提督が頷き合い、提督が宣言する。

「それでは宮里艦隊、全艦出撃! 健闘を祈る!」

 往くぞと長門さんが力強く海へと踏み出し、よっしゃあと天龍さんが後に続いた。私は深雪、曙らと共にそのすぐ後に海へと飛び込んだ。

 海の水は冷たく、飛沫を浴びるだけでまるで体の芯まで底冷えしそうに感じる。訓練場ではそんな事はなかったし、変色海域だからなんだろうか。艤装からは小さく悲鳴を上げるような音が聞こえ、ほんの少しずつではあるが壊れて行っている事が分かった。期待はしていなかったけど、劇場版の吹雪さん仕様ではないらしい。

 妖精さん達はやる気十分といった様子で、がんばるぞーおーと気勢を上げていた。でも高速移動は勘弁して欲しいと漏らしている娘も居たが済まない、必要があったら使っていくつもりなんだ。本当に申し訳ない。

 

 

 




秋雲起用の理由の五割が今回の台詞一行です。
どこにも深い理由が存在しない。そんなライトなお話でした。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。