転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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提督の胃は犠牲になったのだ

「嵌めてくれるかい、幸」

「勿論……どの指がいいか教えて貰える?」

 差し出された長門の左手を取り、素知らぬ振りで宮里は微笑んだ。片手に持った銀色の指輪には太陽の光が映り込み、祝福の輝きを放っていた。

 自分は何を見せられているんだ。龍驤は虚ろな目で二人の奥にある窓から覗く青空を見つめていた。

 

 

 

「で、自分らさぁ、呼び出されたと思ったらけったいなもん見せつけられた独り身のうちに、何か言う事あるよな?」

 ごめんなさい、と二人の声が完璧に重なった。仲良しか。はぁとため息を吐いて龍驤は長門の薬指に嵌められた指輪を睨んだ。

 適性値を上げる道具、そんな物が実在してしまったらしい。しかも自分には使えない――少なくとも恋人か親友レベルの仲でないと効果を発揮しないとなると、龍驤の眼には少しだけ憎く映ってしまう。割と焦りが出てくる年齢なのだ。

「それ、どれくらい上がるん? 吹雪レベルはともかく金剛とか島風レベルまで行ける?」

「それが、妖精さんの証言から作られたもので実際の効果がどれくらいになるかは不明らしくて……」

 宮里と長門が第一号であり、テストも兼ねての使用となる。着ければ一気に上がるというものではなく、あくまでも適性値上昇の補助であり目に見えた効果が出るまではそれなりに時間がかかるとか。性能にはそこそこの期待が持てるらしいが、おそらく万単位は厳しいし、吹雪並みは不可能だろうと楠木提督は言っていた。

「無しでも島風を一万オーバーまで引き上げた吹雪が規格外、という事だな」

「正確にはあれは相乗効果だろうという話ですが」

 吹雪の通っていた中学校の同教室には吹雪以外にも一人、提督の適性を持つ男子生徒が在籍していた。そしてその男子は、提督としては天才と呼べる能力を有していると言われている。

「金剛の三万越えは両者と仲が良かった結果みたいですね」

「コミュ力高い方が強くなれるし、強く出来るって事か……吹雪はちょっと持ち腐れとるなぁ」

 自分から新しく交友を広げようとしないのはだいぶ勿体ない。とはいえ、事情を説明してしまえば本当の友人になるのが難しくなるため、吹雪の意識を変えさせるなら何か別のアプローチが必要になる。勿論打算から始まる友情もなくはないだろうが。

「説明されちゃったうちはもう、絶望的やん……」

「そこは申し訳ないと思っています。でも、既に打算で近づこうとしていたでしょう?」

 まぁそうだけど。苦々しい顔つきになった龍驤も本気で不満がある訳ではない。ちょっと適性値目的で仲良くなってみようかな、などと不埒な考えを持っていたのは確かなので、それが無意味だと知れたのは良かったようにも思える。打算では駄目だと思いながら接するのと完全な打算で交流するのはどちらがいいのかまでは分からなかったが。

「普通にしているのが一番だろう。積極的に話をするべきだとは思うがな、悪い娘ではないし」

「苦手な癖によく言うわ」

 吹雪はむしろ、関わりの少なさの割には長門に懐いていた。あまり話す機会はないが宮里の秘書艦でもある以上、第四艦隊の旗艦として書類を提出に来る吹雪とはどうしたって顔を合わせる。その時に向けられる視線は好意的なものなのだが、その原因がネット上のアレらだろうと理解している長門からすると、あまり嬉しくない。というか、苦手意識の助長にしかなっていなかったりする。

 元々、吹雪に対して長門は警戒心を持っていた。敵だと思っていた訳ではなく、楠木提督の仕込みの可能性を考えていたのだ。何でも使う――それこそ必要なら自分の籍や体まで差し出す勢いのあの男なら、非合法に適性値の高い人間を作り出すとか、士気のために適性値を盛るとか、そのくらいはやり兼ねないと思っていた。

 吹雪は日本、延いては自衛隊にとっても都合が良すぎる。招集をかけてもどうにかなるか分からないような状況で、一度目の検査で発見され、今までの常識を覆す戦闘力を持ち、指示は素直に受け入れ、増長するような気配も無い。特に大人の手を煩わせるような事もせず、駆逐艦であるためコストパフォーマンスにも優れる。

 自己評価も低い――というか、自身の実力や挙げた戦果がどの程度のものであるか正確に理解しているにもかかわらず、出した結果を自分の功績と捉えていない節がある。全体主義という事ではないだろうが、報告書などを読むとむしろ自分という駒を使いこなす宮里や、必要なサポートをこなす仲間への評価が高いという有様である。

 どうしたらこんなのが生まれるのだろう、と長門は不思議に思うが、別にそれらは何も悪い事ではない。長門自身狭量な事だとは思うが、苦手意識の根底にあるのは結局、叩き込まれた拳でスクラップへと変えられたレ級の惨殺死体なのだ。

「悪い人間でないだろうとは本気で思っているんだがな……」

「まぁどうしても得意不得意は出るか。うちも加賀とか会話続かんし」

 無口というか不愛想というか。彼女が提督だったら大変だったろうと龍驤は口元に笑みを浮かべた。主に瑞鶴が。

 

「そういうわけなので、吹雪とは打算目的で近づくのではなく、出来るだけ普通に信頼関係を築いてください」

「さらっと難しい事を……」

 そうとしか言いようが無いのだろうが、酷いぶん投げっぷりである。

「それで本題なのですが」

「今の本題じゃないの!? じゃあなんでうちあんなの見せつけられたん!?」

 流れで。と宮里は顔を赤らめ、目線を泳がせながら長門の方へと流した。目の合った長門は微笑み、龍驤は頬を引きつらせた。

「二人の関係は知ってたけどさぁ……それで、本題って何?」

 龍驤の言葉に宮里は表情を暗くして一つ頷くと、重々しい声で言った。

「来週、この鎮守府に取材が来ます」

 長門と龍驤の動きが止まり、しばし沈黙が訪れる。彼女たちの知る限り、鎮守府の内情や艦娘の運用などは今まで秘匿されて来た。それをここに来て、取材などと言い出されるのは。

「あの男、ついにボケたか……!」

 宮里もフォローしたい所だったが、正直なところを言えば彼女も上層部の正気を疑っていた。取材は有りかもしれないが、これは無いだろう。鎮守府に送られてきた資料には、生放送の三文字が燦然たる輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の任務を受け取りに、みんなで作戦会議室までえっちらおっちらやってくると、既に準備を整えて皆が揃うのを待っている宮里提督と長門さんが室内にいる訳ですよー。前日の出撃ではほぼ被害も出なかったので今日は予定通り変色海域へ吶喊な予定だなーって思いつつ挨拶したわけですよー。そしたら長門さんの左の指辺りに何やら光る影があるわけですよー。よく見たら指輪な訳ですよー。しかも薬指ですよー。

 昨日まで何もなかったのにって思わずガン見したら何故か恥じらう宮里提督。長門さんは余裕の表情で居ようとしてるけど、ちょっとにやけそうになっている。教授!! これはいったい!?

 ケッコンカッコカリだよ。

 いや本当にそうかは知らないけども、雰囲気的には近い物を感じる。いやいや実際にあんなシステムあると思えないから普通に贈っただけかな? 薬指にするようなものを。

 うん、まぁ、なんだろう。本当に贈り主が提督か分からないし? そうだとしても問題ないだろうし? そういうのって人それぞれですし? もうそろそろ配慮が叫ばれる時代キテマシタワーでしたし? スルーでいいよね? よね?

 

 動揺を抑え込んでるうちにミーティングが始まり、今日の任務を言い渡され、内容はいつも通りの基地破壊だった。それはいいんだけど、今日から自衛隊の編入組を前線投入しますと提督が言い出したから大変だった。様子見一日で終わらせちゃったよこの人。私は個人個人の能力面では大丈夫だろうと思ってるけど、実際組み込まれる第一から第三艦隊からしたら連携面とかで混乱しそう。

 

 

 

 って思ってたのが数時間前。変色海域で核を叩き割って、通信で状況を聞いてみたら特に大きな問題もなく、深雪殿がまた大破しておられたくらいだった。なんか回避率悪いんだよなぁ深雪。

 とりあえず陽動で主力部隊同士の戦いになった向こうも優勢って事なので、私と島風はソナーとレーダーで雑魚狩りである。後で敵基地に残された資源を速吸さんと秋津洲さんに回収してもらわなきゃいけないから結構大事な仕事だったりするのだこれが。

 それにしてもこの海域はかなり面倒くさい。小さい核を各所に配置して変色海域を維持しているらしく、落とさなければいけない拠点が阿呆みたいに多いのだ。しかも陸地とは限らず、海上にぽつんと設置されて護衛が付いてるだけなんてのもあった。敵の数もやたらと多く、姫級も何体居るんだよって話だし。こいつらが攻め上がって来てたら日本ってもっと酷い事になってたと思うんだけど、どういうつもりなんだろう。

 そんな事を思いながら見つけた潜水艦に爆雷を投げつけていると、島風がオウッと鳴いて空の彼方を指差した。敵機である。普段見ている戦闘機や爆撃機なんかより大きいそれをとりあえず撃ち落としたら、着水した瞬間に赤い海が辺り一面に広がった。

 なんだそりゃと思いながら墜ちた場所へと急行した私達が見た物は、青い光を弱弱しく放つごくごく小さな核だった。それこそ、私達の視界内くらいまでしか効果が無さそうなくらいに。

 とりあえず握りつぶして海を青く戻したら、島風がまた鳴いた。視線を誘導されてさっきと同じ方角に目をやれば、そこにはさっきと同じ航空機が十九機。反射的に二機撃ち抜いてから気付く。輸送機じゃねーかあれ。

 なんか面倒くさい事態になっている気がする。そう思いながら散開して逃げようとするそれらを出来る限り撃ち壊すが、装填が間に合わずに五機は水平線の彼方へと消えて行った。当然のように海は撃ち落した輸送機から零れ落ちた微小な核によって変色海域化したし、どうしたらいいんだこれ。

 他にし様もないので海に落ちてしまった十四個を一つ一つ壊して艤装の中へ仕舞い込んで、とりあえず報告しようと思ったその矢先、遠くに見える水平線の一部が白く染まったのが見えた。

 今度は何だよと警戒しながら注視していると、その方向から大きな波が押し寄せてくる。私も島風もバランス感覚に優れているため転覆するような事態にはならなかったが、乗り越えた際に連装砲ちゃん達が若干流され隊列は崩れてしまった。

 水平線上の白い何かは先ほどよりもさらに大きくなっていて、今見えてる部分だけで全長千メートルは越えていそうに見えた。どうやら今の波はその妙なデカブツが浮上してきた余波だったらしい。その突然現れた島のような、異様に大きな白い何かを警戒しながら連装砲ちゃん達と合流し、撃つべきかどうか逡巡していると、白いそれの先端部分が開き、中にはこれまた真っ白い歯のような物が並んでいるのが見えた。口かあれはと呑気な事を考えた次の瞬間。飛来した何かに吹き飛ばされ、私と島風達は宙を舞った。

 

 

 

 空中で体を捻り、島風を受け止めて着水する。ざっと確認するが、私も島風も特に外傷はないようだ。なんだ今の。いやチート能力さんはなんだったのかきっちり判断しているのだけど、私自身が理解できない。っていうか、それは艦これでやる事じゃないと思うの。

 今のはたぶん、ただ声を上げただけ、なんじゃないだろうか。指向性も何もないただの大声。砲撃でもなんでもないから物理無効化能力を貫通してこなかったみたいな、攻撃ですらなさそうな何か。

 私の視線の先に君臨するそれは、下手な島よりも巨大な白いクジラだった。

 え、まさかあれ太平洋深海棲姫とかだったりする? 想像してたよりデカいんだけど。ああ、よく見ると申し訳程度に背中に大砲も乗っかってるわ。背中にちょこんと乗っかってて体の大きさに全くサイズ見合ってないけど。もしかしたら艤装は大きくなるけど武装は大きくならないとかそういう話なんだろうか。手足みたいなのもちょこんと生えてる。いや大本がでかいからちょこんってサイズ感でもないけど。つーか本体どこだよ、クジラしか見えないんだけども。

 たぶんあれも深海棲艦なのでとりあえず撃ってみる。発射、命中。そりゃそうだ、デカすぎて届けば当たるレベルだもの。だがしかし、弾が貫通して穴は開くけど効いてる感じが全くない。でっかい島レベルの巨体にただの砲弾が当たったからなんだって話である。貫通弾以外ならどうだろうと試してみるも、そうすると強いとは言っても駆逐艦レベルな訳で。表面が凹んだり傷ついたりはするけど致命傷には程遠い。

 駆逐艦吹雪として戦っている時の私って、ゲームで例えるとクリティカル率とクリティカル時のダメージ上昇率が異様に高いクリ特化キャラみたいな感じなんだよね。勿論攻撃力も高いんだけど、本当にヤバいのはそこじゃなくて、確実に急所を射抜けるところ。私が姫級を弐撃決殺出来るのは人間部分が丸出しだからっていうのが大きいんだ。弱点丸出しの相手は私にとってカモだったんだよ。

 つまりどういう事かと言うと、私の砲撃だとあのクジラ倒せません! 本体見えてれば他の姫級と同じだけど、見えないからムリムリかた陸奥りである。魚雷があれば……いやあれも威力はともかく範囲は微妙だもんなぁ、どうだろう。

 そう思いながらも十発ほどは撃ってみたが、やはり効いている様子はない。というか、特に反応が無い。島風も魚雷を撃つけれど、全弾命中しても微動だにしない。どういうつもりだろうと出方を窺いながら、提督に報告するために通信機を起動しようとしたら、空からさっき逃げた敵輸送機が舞い戻って来た。撃ち落すと変色海域化するしどうしたもんかと迷っているうちに一機が乗せてた荷物を投下して、海はやっぱり赤く染まった。

 連絡出来ないじゃねーかと思いつつ、とりあえず小さな核を今度は撃って壊したら、次にやって来た輸送機がまた投下して海は青くなってから即赤くなる。それも壊したらまた次のが置き土産をして行く。無限ループって怖くね?

 そもそもさっきまで敵の泊地を襲撃してたわけで、弾薬だってもうそんなに余裕が無い。これはもう、直接殴りに行くしかないか。そう思って水平線に向かって島風と走り出した。

 

 赤く染まった海を少し進んでクジラの影が大きくなってきたと思った頃。その大きな口元が少しだけ動いた気がした。さっきの推定ただの声がまた来るんじゃないかと島風に言って足を止め、海にしっかり足を着けてそれが来るのを待ち受ける。一呼吸おいて、音の嵐が私達を掬い上げ、遥か後方へとぶっ飛ばした。

 吹き飛ばされる私と島風に連装砲ちゃん達。それと、なんか小さな深海棲艦。なんだこいつと思ってよく見ると、赤ん坊のような小さな人型に帽子のような、頭と一体化してるのか被っているのか微妙な艤装を乗っけたようじょにすらなっていない何か。PT小鬼群とか呼ばれる連中の一匹だった。

 焦ったようにぱたぱたと手足を振り回すそいつは受け身を取れず、盛大に赤い海面へと叩きつけられた。普通に着水した私達に水飛沫が降り注ぐ。あのクジラ、敵味方無差別に吹っ飛ばしてるんだなぁ。浮き上がって来た小鬼は私達に気付くとそそくさと逃げようとしたので撃っておいた。

 私達が戻されたのはたぶん進んだ距離とほぼ同じかそれ以上で、こうなるともう普通に滑走して近づくのは無理じゃないかと思われる。連打出来るのかは不明だけど、わざわざ出て来たって事はこちらを認識しているのだろうし。飛ばされないように耐えようにもここは海のど真ん中、掴まる場所とかは一切無いのである。全力で走って行けばどうにかなりそうな気はするけれど、それをやっていいのかどうかの判断に困る。変色海域化してるから指示も仰げない。

 でもそもそもあのクジラ倒すのって今回の任務じゃないので無理をする理由もない訳で。一旦引いて提督に決めてもらう方がいいと判断して制圧した敵泊地まで引き返し、一息つく。輸送機もわざわざここまで追ってこないらしく、周辺の海は青いままである。一応の目標は達成してると言っていいかなたぶん。

 

 提督に報告を上げているうちに敵主力部隊を倒した本隊がこちらに向かって来たので、長門さんにも事情を説明する。長門さんはなんだそりゃって感じの反応だったけれど、ともかく事実確認だとしっかり偵察機を出してくれてた。

 飛ばした龍驤さんと飛鷹さん(New)の報告によると、やっぱり白クジラは水平線でぷかぷかしているらしく、しかも悪い事に私達の進行予定のルート上に鎮座ましましているとの事。倒してかないといけないのかアレ。

 

 

 

 戦艦の砲撃なら効くだろうかとみんなでクジラ見物に向かい、全員で撃ってみた。普段は的が小さいためやらないだけで、私以外の砲撃も水平線まで届くことは届くのだ。今回は相手がでかいので届けば当たる。なので魚雷も大砲も、速吸さんの積んだ帰り用の予備だけ残して撃ちまくった。

 がっ……!駄目っ……! いや削れてはいるんだ、数週間絶え間なく撃ち続ければ倒せるんじゃないかって程度には。当然ながらそんな事出来る訳ないし、そもそも続けてたら相手も反撃してくるだろう。今の所動かないけど。

 みんなが撃ってるうちに接近出来ないかと試してもみたんだけれど、私達が近づこうとするとやっぱり吹き飛ばしを喰らった。私達だけでなく主力部隊の面々も巻き込まれ、なんだこれはどうすればいいのだと大混乱が巻き起こった。水中の潜水艦二人も音でソナーがぐちゃぐちゃだったという。

 長門さんもこれには参ったようで、とりあえず今日の所は鎮守府に戻って提督となんらかの方策を考えるという。ううん。言い時なんだろうか。

 

 

 

 

 

 帰港して、一風呂浴びて、どうしたもんかと思い悩む。ぶっちゃけ、あのクジラは足下に辿り着けさえすればたぶん殴り殺せる。流石に一撃では無理だろうけど、ぶっ壊しながら掘り進めるんじゃないかと何となくわかるのだ。でもそれを提督に信じて貰う方法が分からないのである。

 チート転生者だっていうのが私の力の根源な訳だけど、それ説明して納得する奴は流石に居ないだろう。っていうか、それでじゃあやらせるかってなったらその方が困るわ。合ってる確信はあるけど倒せるってのも勘でしかないし。

 怪力を持ってるのは見せたけど、それが巨大深海棲艦を近接格闘戦でどうこうできる程だってのは分からないだろう。実演……って何見せればいいんだ、さっき制圧した島でも沈めりゃいいのか。

 そんな事を考えながら報告書を書き上げると、提督からの呼び出しアナウンスが来た。

 

 

 

「私の武装では、恐らく倒すのは難しいと思います。人部分が見えれば狙い撃つことは可能ですが」

 報告書を受け取った提督はそれをざっと読むと、私の最大火力であれを仕留められるのかを聞いてきた。私の返答は流石に予想していたらしくショックは受けていなさそうに見える。私はちょっとだけ悩んだけれど、とりあえず、まずは言うだけ言ってみる事にした。

「武装以外でなら、恐らく正面から倒せます」

「武装以外だと?」

 反応したのは長門さんである。秘書艦だから一緒に居るのは当たり前だなとずっと思ってたんだけど、指輪のせいで何やら意味深に思えてくる長門さんである。何を言い出すのかと宮里提督の顔にも疑問符が浮かんだ。

「殴れればなんとかします」

「お前は何を言っているんだ」

 流石に長門さんからツッコミを入れられた。

 

 

 

 

 

 そんな話をしたのが昨日の事である。その後ビルの素手解体を経て提督が作戦を立案、ちょっと特殊過ぎるので上層部の許可待ちになった。承認されたらすぐ実行できるように準備はしておこうって事で、今日は潜水艦のお二人との打ち合わせと練習である。

 艤装フェチ拗らせて徹夜とかしない方の明石さんと一緒に艤装とタンクを担いで演習場までやってくると、既に伊168さんと伊19さんは準備を終えて水面に佇んでいた。スクール水着のような制服の上にセーラー服を着た伊168さんと、スクール水着そのまんまな伊19さん。あんまりというか、まったくと言っていいほど話した事無いからちょっと緊張する。こちらに気付いた二人に挨拶すると伊168さんは心配気に、伊19さんは気楽そうに挨拶を返してきた。

「ねぇ明石、この作戦本当に大丈夫なの?」

「だから~それを今から確認するのー!」

 何度かされた遣り取りなのか伊19さんはちょっと呆れた様子で、明石さんもやってみないと何とも言えないと苦笑いだった。そんなことよりと伊19さんはこちらに寄って来て、にんまりと悪戯っぽく笑った。

「吹雪はどっちに抱かれたいのね?」

「語弊しかない言い方しますね!?」

 私に言われた伊19さんから、え? って感じの顔が返って来たんだけど。天然なのかまさか。

「ごめんね吹雪、イクは勘違いされやすい子だから……」

「アッハイ」

 すげぇや、これも艤装の影響なんだろうか。元々こんなだと周囲の男子大変だったろうしなぁ、デカいし。

「一応、こっちではイムヤの方が安定するかなと考えてたんだけど……」

 明石さんはお胸を凝視している。そんな理由で決まるのか……比べられた伊168さんも不満気で、セクハラ紛いの視線からはさっと胸を隠した。

「あはは……ごめんなさい。時間はあるしとりあえず両方試してみよっか」

 流石に気まずかったらしい明石さんの指示で、私達は試行錯誤する事になった。

 

 今回の作戦は……っていうか、今回の作戦もって感じだけど、単純明快。潜水艦の二人で私をクジラの所まで運んで行って、私がクジラをぶっ飛ばす。基本それだけである。あのクジラの大声は水中まではさほど効果が及ばないらしく、深い所なら進んで行けるだろうという話なのだ。他の戦闘部隊のメンバーは砲撃を飛ばしたりして囮役をやってくれるらしい。ちなみに提督の考えは乗り込んで本体を見つけ出して討伐だそうだけど、本当に出来るのなら素手でクジラをぶっ壊してもいいとの事。

 私達が行くのは当然海の底で、圧力は艤装が何とかしてくれても水中呼吸の出来ない私はフルフェイスのマスクを装備している。私は艤装と一緒に空気の詰まったタンクを背負って、潜水艦組のどちらかが私の艤装か私自身を掴んで抱えて潜水していく事になる。

 最初は伊168さんと試し、速度は落ちるものの潜るの自体は問題なく、やり辛いが魚雷だって撃てるとの事だった。長時間は腕が辛くないかと思ったのだけど、案外そこは平気らしい。

 次に試した伊19さんは明石さんの見立て通りというか、ご立派な二物がお邪魔あそばされて持ち辛かったらしい。こっちの方がいいかもーと言って私を逆さまにして地面に背を向けた形の私を海へと引きずり込むと、自身の双丘に私の頭部を埋めた。視界が完全に塞がれてちょっと怖かったです。

 どっちが良いかと言われたら誰がどう見ても完全に伊168さんだったので、特に相談らしきものもなくそちらに決まった。

 

 ちょっと潜りながら近海を回り、特に問題なさそうだったので途中見つけたイ級ロ級なんかを粉砕しつつ、明石さんも含めた四人で変色海域までお出かけして問題無いかのテストになる。この場合でも私が旗艦扱いらしい。報告書が厚くなるな……

 潜水すると吹雪の艤装に乗った妖精さんは耐えられないため、艤装を起動したら潜水艦の二人の艤装に分けて乗船させてもらい、目的地でこっちに戻ってきてもらう手はずになっている。この辺りは収集部隊で培った乗せ換えノウハウのちょっとした応用である。一人は残って貰わないといけないから可哀相な奴が発生するのはうん。

 到着した変色海域で伊168さんに抱えられ海中に飛び込むと、芯まで冷え込むような骨の奥底まで染み込む冷たさが襲い掛かって来た。だというのに別段体が震えるでもなく、冷え切り動かなくなるという事も無い。幻覚、という訳ではないのだろうが、肉体じゃなくて精神にだけ作用する冷たさなのかもしれない。なんだそれ。問題なのは麻痺もしないからひたすら冷たい事だろう。潜水艦の人達毎回こんな状態で戦ってるのかと驚かされた。

 視界は赤い以外はむしろ良好で、普通の海域より遠くまで見渡せるようだった。気づかれやすいって事だから今回の作戦だと嬉しくない。私も一応索敵には参加するので合図の出し方は決めてある、いつでもいいですよとサインを出していざ出発。

 と意気込んでみたはいいけど特になんにも居なかったので、十分くらいで無事浮上。タンクなどにも異常はなく明石さんからもOKが出たので、上のGOサインが出たら作戦は実行される運びとなった。

 

 許可ってどれくらいで下りますかねーとかそもそも下りるのかなぁとか雑談しながら鎮守府まで帰り着き、工廠にて明石さんの能力で艤装の受けたダメージを修理してもらっていると、心配と不安の入り混じった表情の伊168さんが近くまで寄って来て口を開いた。

「今回の作戦、吹雪は大丈夫なの?」

「えっと、はい。息苦しかったりとかはなかったので問題ないと思います。艤装も濡らしても大丈夫でしたし」

 訓練所でもやったので知っていたが、艤装は案外沈めてもちゃんと動くのだ。乗組員の妖精さん以外。戦力の足りなかった自衛隊でもその辺りの検証はやっていたらしく、意味のあるのか不明な実験シリーズの内の一つとしてデータが残っていたため今回採用になったらしい。吸うのが普通の空気と違うため喉が渇いたりはするけれど、流石明石さんに調整されただけあってマスクもしっかり機能している。でも、伊168さんが聞きたかったのはそういう事ではないようだった。そうじゃなくてと少し目線が逸らされる。

「今日初めて見せて貰ったけど、あれが普段通りなんだよね。ならきっと普段の吹雪なら大丈夫なんだと思う。だけど、この作戦だと吹雪は途中まで戦えない海中を進まなきゃいけないんだよ」

 潜水艦の二人とは交流も無ければ一緒に戦った経験も実は一回も無かった。今回ちょっと雑魚掃討したのが初めてだったりする。最初にこの鎮守府に来た時も空母の護衛に回されてて、一緒に突撃はしなかったし。

「あたし達に命を預けられる?」

 伊168さんは真剣な表情だったので、たぶん私は相対的に間抜け面だったのではなかろうか。いやなんて言うか、正直その発想が無かったというか――私、別に水中でも戦えちゃうんだよなぁ。潜水艦のように正しい方向へ正確に進み続けるとかは出来ないから潜水前提の運用は出来ないけれど、ちょっと潜って敵を殴り倒す程度は出来る。昔海へ遊びに行った時、海中で割と普通に動けたからまず間違いない。マスク外れたら息が出来ないからやりたくはないけど。

「さっきは居なかったけど、敵に見つかったら戦闘になる。攻撃された時は避け切れないかもしれない。吹雪には絶対に当たらないようにするけど、衝撃は来るかもしれない。魚雷が近くで爆発したら渦に巻かれちゃうかもしれない。でも、動かないで。私を信じてじっとしててくれる?」

「それは……」

 どうだろう。恐怖でってのは無いような……気がするけれど。もし私が恐慌状態にでもなって暴れたりしたら、私だけでなく伊168さんも危ない。

「たぶん……としか言えないです。でも伊168さんを信じられないとかじゃなくて……とにかく、気を付けます」

 伊168さんは腰に手を当てて、低めの姿勢から煮え切らない感じの返事をした私の顔を覗き込んだ。顔が近い。暫く見つめ合いになり、正直に答えない方が良かったのだろうかと考え始めた頃にようやくスッと下がって行った。

「なんか恥ずかしい事した気がする! でもそうね、私も信じる事にする」

 一緒に頑張ろうね、と言って小走りに去って行った伊168さんを見送ると、ちょっと遠巻きに見ていた伊19さんもそれに続いてまたねーと出て行った。私も帰ろうかと思い工廠を出ると、少し離れた所から二人が手を振りながら大声を上げるのが見えた。

「あたしの事はイムヤでいいからねー!!」

「イクもイクって呼んで欲しいのね~!」

 いいちろくはちさん呼びは気になったらしい。私も言い辛かったので許可貰えて助かった。っていうか、イクさん一人称イクになってるのは大丈夫なんだろうか……? 影響強くない?

 

 

 

 寮に帰ってお風呂でも入るべと歩いていたら、向かいから歩いてきた長門さんに呼び止められた。工廠の陰に誘導され、真剣な面持ちの長門さんと対峙する。でも指輪が気になるんですけどそれ本当になんなんですかね。

「先ほど、大本営から承認を得た」

 おお、と漏らした私を複雑そうに見据え、長門さんは案外かわいらしい方面と評判の声を紡ぎ出す。

「お前たちの方に問題が無ければ明日にも実行に移す事になるが」

「はい、特に問題はありませんでした。詳細は報告書でいいでしょうか」

「ああ。すまないが早めに頼む。出来る限り不備が無いか検討したい」

 明石さんの方から技術面の報告書も行くはず……行くよな? そういやあの人帰ってすぐ修理始めちゃったけど大丈夫だよな……?

 そんな思考が表に出ていたという事は無いだろうが、長門さんはこちらをほとんど渋面と言っていい表情で見ていた。暫くして、言い辛い事があるが、言わないといけない。そんな感じの声が喉から這い出て来た。

「次の作戦……いや、次だけじゃないな。今後もお前と、それ以外の艦娘――私も含めてだが、同じ艦隊として編成される場合が出てくると思う」

 今回の場合だとイムヤさんとイクさんが僚艦となる。普段は島風だけだけど、今回は逆に島風は別の部隊として働きに出るのだ。あのクジラみたいな変な奴があの一体だけとは思えないので、今後もこういう事はたぶんある。それは仕方ない。

「その時なんだが、場合によっては作戦が失敗する事もあるだろう」

 そりゃありますわな。今回だって大量の潜水艦が待ち受けていましたとか言われたら進めないだろうし。

「そうなった場合、ただ遂行不能になっただけで帰って来れる状況ならそれでいい。全員で帰ってこい。だがそうでない場合――例えば艦隊が壊滅状態の場合だ」

 あんまり考えたくないが、敵が強すぎて全員やられる事が無いとは言い切れない。私も今回の作戦みたいに制限が付く事もあるだろうし。普通はそうなる前に撤退するんだろうけども。

「どうあっても、お前だけは絶対に帰ってこい。他者を犠牲にしても、だ」

 変色海域において、離れた場所に居る上官に一々指示を仰ぐ事は不可能である。故に、最初からそう決めておかないといけない。そういう話なのだろう。

 それだけ私は戦力として大きい。他の鎮守府から精鋭と呼ばれ始めたらしい宮里艦隊戦闘部隊を犠牲にする価値があるくらい。それはまぁ、一応自分の出した戦果がヤバいのは承知してるから分かる。

 でもそれはそれとして、すぐに了解の返事をする事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 そして決行の朝が来た。昨晩のうちにやるよーと伝えられ、今朝に島風にがんばってねーと送り出され、やって来たのが一昨日制圧した島である。ここからこっそりと海底を通って大きなクジラっぽい深海棲艦みたいなものに向けて進んでいく計画だ。

 私の艤装を掴んで引っ張って行ってくれるのがイムヤさんで、索敵やなんかをやってくれるのがイクさん。私は一応目視での警戒はするけれど、それ以外は特に何が出来る訳でもないからただの荷物である。

 昨日ちょっと練習したとはいえ、ぶっつけ本番よりマシ程度で出動する羽目になったイムヤさんはちょっと緊張気味だった。まぁでも仕方ないのだ、なんせあのクジラゆっくりとだけど動いてこちらに向かってるらしいから。あんなもんが陸に到達した日には新しい山が誕生する。それは言い過ぎかもしれないけど、私達は吹き飛ばされるだけで済む咆哮も普通に町一個壊滅する奴だからねあれ。艦これってそんなんだっけ……?

 本隊という名の陽動部隊も配置についたくらいの時間になって、提督から作戦開始の指示が飛ばされた。一応変色海域内からでも艦娘から提督に合図程度なら出す方法があったりするので正確なタイミングのはずのそれを受けて、私達は海へと飛び込んだ。

 

 海の中は静かで、私の呼吸音が一番大きく聞こえる。そんな水中を粛々と進んでいくイムヤさんとイクさん。生物が居ないせいか視界はかなり澄んでいて、敵も味方も索敵には事欠かないだろう。私の耳はマスクでふさがれているものの、周囲の様子が全く分からないというほどではない。チート能力万歳である。

 艤装で繋がっているイムヤさんは時折手が震えていて、細かい振動が背に伝わってその緊張を感じた。周囲にはまだ敵影は無く、周囲を警戒するイクさんも無言だ。というか、基本的に潜水艦の人達は戦闘区域内でおしゃべりとかはしないらしい。ソナーに引っかかる可能性が上がるような気がするからと聞いたが、実際どうなのかは分からない。ともかく基本はハンドサインで、それが見えない深さではレーダーとソナーが目となり耳となる。なので私は発声厳禁なのだ。

 暫く静寂の海を進んでいくと、突然目の前が赤く染まり、水温に慣れたはずの肌に骨まで達する極寒の冷気が突き刺さった。変色海域の赤い水と通常海域の透明な海水は混じり合わないようで、両者の間を移動すると酷い落差に襲われる。その不快感に声を上げそうになったが、チートさんが抑え込んでくれた。ありがてぇ。

 ここからは敵が増えると予測されるため、殆ど光の届かない海底付近を進む事になる。なので私はもはや何も出来る事は無い。精々耳を澄まして何か無いか探り続けるくらいである。妖精さんがもっと残れればソナーを使えたんだろうけど、妖精さんだって出来ない事は出来ないので仕方ないのだ。残ってくれた一人には感謝の念が絶えない。

 私の耳にはイムヤさんの鼓動や、艤装の効果で出来るようになっているらしい呼吸の音がよく聞こえ、腕の震えが頻度を増しているのも伝わってくる。それでも指を離したりは無さそうで、ちゃんと目的地まで届けるという意思を感じる。

 その様子が明らかに変わったのは、艤装を軽く叩いて送られるサインで残り半分と伝えられた直後だった。少し速度を落とし呼吸もゆっくりとした潜めるような物に変え、水を掻いていた二人の足の動きも止められる。おそらくは索敵に集中し出したのだろうと思われた。私も周囲の様子を感じ取ろうとしてみたが、艤装が接しているイムヤさんと近くにいるイクさんの気配くらいしか分からない。殆ど音のしない真っ暗闇に自分の呼吸音だけは異様に大きく感じられた。

 暫くして、イムヤさんの指先の震えが私の体を揺らした。ゆっくりと二人が停止し、私にも敵発見のサインが送られる。停まったのは敵をやり過ごすためだ、私を抱いて戦闘とかかなり不利になるから仕方ねぇんだ。

 

 そのまま岩場の陰になっているらしき場所で数分待機して、状況の分からない私が焦れて来た頃に、突然、艤装を掴む腕がびくりと震え、イムヤさんは海水を思い切り蹴りつけ急発進した。私を振り落とさないようにしっかり握りしめながらも出来得る限りの速度でその場を離脱した十数秒後、後方から響いてきたのは爆発音だった。

 状況はよく分からないが、ともかく周囲にイクさんの気配がない。おそらくは交戦に出たか散開したかのどちらかで、たぶんやられてはいない。と思いたい。イムヤさんは前進を続け、私はそれに曳かれていくしか出来ない。分かってはいたけど滅茶苦茶歯がゆい。

 伝わってくる震えが酷くなるイムヤさんと何も出来ない私はそのまま進み続け、道程の3/4を過ぎようかという頃、私の耳に前方から赤い海を掻き分け迫る何らかの音が飛び込んだ。その瞬間、私はぐるりと180度回転し、さっきまで居た位置を何かの音源が通過して行った。おそらくは魚雷。正面から飛んできたそれは遥か後方へと飛んでいき、しばらくの後に音だけが小さく追いかけてきた。

 避け切ったはずのイムヤさんの呼吸は今までよりも遥かに荒くなり、がっちりと握られた拳からは細かな震えが嫌でも伝わってくる。この段になって、私はようやくはっきりとそれを認識した。

 

 イムヤさん滅茶苦茶怖がってるじゃねーか!!!

 失敗成功の重責から来る緊張じゃなくて、死への恐怖で震えてたわ!! つーか当たり前だ、ここ戦場、足手まとい抱えて突っ込めとか怖いに決まってる! そりゃ信じられるか聞くわ、今のも私が驚いて暴れてたらイムヤさん被弾案件だったわ! そうだよね、チート能力とか持ってて死の恐怖感じてない私と違って普通の学生やってたんだもんね!?

 っていうか、これも今気づいたけど、潜水艦って轟沈したらワンチャンも無く死亡だコレ!? 海の底だぞここ、僚艦の有無とか関係ねぇや! 呼吸も出来なきゃ圧力もやべぇ! 仮に浮き上がれても待ってるのは圧力差だわ!!

 長門さんの言ってた事もようやく分かった。イムヤさんがやられたら救助しなくていいからさっさと浮き上がって逃げろって事だね! 高確率でもう死んでるから!! 装甲薄いもんね潜水艦って。魚雷直撃即轟沈が有り得るんだねきっと!

 大破状態なら救助は可能だろうけど、大破と轟沈の判断をこの光のない中で私が出来るかというと普通に考えたら無理だ。轟沈してるかもしれないイムヤさんを探して私を危険に晒すくらいなら大破かもしれないイムヤさんは見捨てろって事だった訳だ。

 どんな気持ちで任務に就いたんだイムヤさん、私が助けなくていいと伝えられてる事はたぶん知っていると思うんだけど。提督はちゃんと説明して、同意を得てから発令してるはずだ。私もそうだったし。でもそんな自分を救わない、足は引っ張る相手を抱えて死線に潜るってなにそれ怖い。やらなきゃクジラがやってきて、失敗したら自分は海に一人沈んで行く。世界線によっては深海棲艦化待ったなしのシチュである。なんもかんも政治が悪い。 

 

 ごちゃごちゃ考えてる間に私は元の体勢に戻されて、イムヤさんも呼吸を整えた。再び魚雷が飛んできたが、これは掠りもせずに頭上を抜ける。でもその瞬間、イムヤさんの息は止まっていた。

 真正面から撃たれているために、このまま向かえば的中率は上がってしまう。しかしイムヤさんは迂回などは考えていない様子で、真っ直ぐ前へと進んでいく。再度飛来した魚雷を今度は思い切り沈む事で回避すると、そのまま私の艤装を握る手を左手一本に持ち替え、空いた右手で魚雷を掴み出した。

 出来得る限りの速度を乗せてイムヤさんは正面へと突進し、私にも感じ取れる距離にまで迫った敵潜水艦に向けてさらに加速する。次弾を放たんとする潜水ソ級に向かい、撃ち出されたそれを先ほどとは逆に、私を支点にして半回転する事で躱す。そして勢いを保ったまま敵性体に肉薄すると、その真横を逆さまになったまま通り過ぎ、すれ違いざまに右手の魚雷を叩きつけた。

 直近で爆発が起き、その衝撃を受けながらも体勢を立て直すイムヤさん。同時に私も向きが元に戻り、そして見つけてしまった。倒したソ級のさらに奥、今の私でも聞こえる距離で、潜水ヨ級が艤装の大口を開いている。イムヤさんの息が詰まった。

 爆音、衝撃、振動。私達に狙いを定めたそいつは、イムヤさんの隙を見てえたりと笑い、そのまま真横から突き刺さった魚雷によって爆発四散した。何事かと思った私の聴覚に伝わったのは、居場所をこちらに伝えるため発せられたイクさんの声。私という荷物を持っていないため迂回しても追いつけたらしい。私とイムヤさんは心底安堵した。

 

 合流したイクさんに先導され、私達は多少浅い位置を通り、しばらくの後に水面へと顔を出した。太陽の光が眩しい。チート能力さんが一瞬で適応してくれてすぐに周りを見れるようになるが、それが少しだけ惜しく感じられた。

 周りを見渡すと、真後ろは視界一杯に広がる白い壁で塗りつぶされている。見上げれば縞模様のような黒い部分も見えた。どうやら水中を通り抜けて、無事にクジラの裏側へと抜けたらしい。それを確認した私は壁面に指を突き刺し、無理矢理体を水中から引き上げた。イクさんからえっと声が上がったが、しょうがないじゃん出来るんだもん。

 そのまま引きつった表情のイムヤさんから預かってもらっていた妖精さんを受け渡してもらい、無事に水面に降り立った。妖精さんは艤装から必死に水を掻き出している。逆立ちしたら一気に排出できるかなとか思ったけれど、妖精さんも転がり出そうなので止めておいた。

 イクさんからも分乗させて貰っていた妖精さんを受け取り、さてここからは私のお仕事である。手始めに、腕を振るって装甲を引き裂く。そして出来た亀裂に両手を添え上下に無理矢理こじ開けた。えらい音を立てて、白いが感触としては金属のように感じるそれは歪曲し、やがて破断し、人一人が余裕で立てるだけの大穴が出来上がった。振り向けば、唖然としたイムヤさんと目が合ってしまった。無理もない。

 作戦通りなら、イムヤさんとイクさんはこの後は索敵しつつ私の後方を守ってくれる予定である。でも、たぶんそれは必要ない。起動したソナーにはもう何も映っていないから。私の知覚はどういう訳か、かつてない程研ぎ澄まされていた。

 

 それが海底で聴力だけに頼ったせいだったのか、それとも別の何かに触発されたせいだったのか、正直よく分からなかったのだけど。ともかく私は今、ものすごく昂っていた。

 私はこの世界に転生してから、一度たりとも真に死の恐怖を感じた事は無い。強すぎる弊害、とは単純に言い切れないが、それは割と、緊張感を私から奪っていたのだと思う。今回も、正直に言えば自分が死ぬ可能性は無かったと確信している。

 でもそれは私だけだ。私以外は普通に死ぬのだと、知識で知ってるだけで理解してなかったと今日気付いた。深雪が轟沈したと聞いた時だって、驚きはしたけど居なくなる可能性を考え込んだりしなかった気がする。まぁあれは本人がピンピンしてたのもあるけれども。

 私に勇気はない。というか今の所、勇気を試されたことが無い。私はそれを出さなくても状況に対処出来てしまうからだ。戦いに対して恐怖感が一切無いからなのだ。それは恐らく、力さえ持っていれば誰でも出来る。

 例えば、私が今持っているチート能力を奪われて、それでも戦いに赴く事が出来るか? 勇気とはそういう事なんだろう。出来るような気もするし、出来ないような気もする。実際に問われた事のない私はその答えを持っていない。

 イムヤさんはそれを持っていた。それはたぶん、心から振り絞ったもので、とても尊い物なのだ。艤装の影響とか、関係ない。今それを持って立ったのはイムヤさんなんだから。

 

 でもそれってよォ~~~~!! テメー等が来なけりゃあそもそも出さなくて済んだモンだよなァ~~~~~~!!??

 

 本当なら今頃みんなそれぞれの学校に通って、授業でも受けてるような時間だ。サボって昼寝とかしてるような奴も居るだろうけど、死の影に怯えながら昏い水底を震えて進むような目に遭わされる人なんて居なかったはずだった。

 平和で、退屈で、ちょっと恋愛だとか将来の心配とかに悩む時期。思い出になったり、黒歴史になったり。成長するには必要で、人によっては戻りたいとすら思う、青春時代。でも、そうはならなかった。ならなかったんだよ、ロック。だから、この話が始まったんだ。

 うだうだ思考が廻ったけれど、私の残念な頭じゃたぶんこの感覚は継続しない。経験則で言うなら一晩寝たら元に戻る。元々呑気な性分なんだ、そこは今も昔も変わらない。でも今は、今日この日は全部を乗っけて戦ってやろうって気になった。

 私が出来る事は実際あんまり多くない。それは力ずくで解決できる事にしか役立たないからで、命令でさらに制限されるからでもある。だけど、その範囲を拡張する方法が目の前にある。

 

 二人に見ていてくださいと声をかける。提督にちゃんと報告してもらいたいのだ、私が持っている破壊力がどれほどなのかを。

 片手にイムヤさんの中に勇を見た感動を、もう片方にそれを出さざるを得ない状況への怒りを込めて。私は巨大太平洋深海棲姫に全力の拳を叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 その日、太平洋深海棲姫と呼称される『姫』級の深海棲艦を討伐せんと編成された宮里艦隊の攻撃部隊は、大砲、魚雷、爆撃、そのどれもが効果的と言える成果を挙げないその巨体が、見る間に削れ、歪み、断末魔の叫びを上げながら水平線をのたうつのを見た。

 激しく波打つ赤い海面に、まき散らされる内臓がごとき巨大な金属塊。島ほどもあったその深海棲艦はさしたる時間を掛けず砕き均され、ついには海へと没して行く。

 そして水上へと取り残された人型の本体は何も分からぬまま、歩み寄った駆逐艦によってその頭蓋をへし折られた。

 

 

 




 日本の勝利である。
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