「マジデアレヲ殴リ殺スノカヨ!」
馬鹿じゃないのかあいつ。転生者レ級は巻き起こされた破壊の嵐を飛ばした偵察機で見て、大笑いしていた。一応太平洋深海棲姫が吹雪によって倒される事は聞いていたのだが、素手で何もかもを終わらせていくとは思わなかったのだ。
「エー」「アンナニ大キカッタ」「ノニネー」「怖イ怖イ」「チョトsYレナランショコレハ」
レ級の周りに漂う小さな沢山の深海棲艦達もすごいなーひどいなーと感心しきりである。別々の口から順々に、繋がった文章が溢れ出す。ぱちぱちと拍手を送っている者も見受けられた。
「大事ニ育テタ」「ジックリコトコト」「煮込ンデハナイ」「クジラサン倒サレチャッタ」「ケドイイノ?」
「マァ、アンダケニナルマデ資材搔キ集メサセンノハ苦労シタケドナ。ソモソモソウイウ作戦ダゾ。ハハッ、アイツラドンダケ時間ト労力消費シタカネ?」
レ級がやった事は実の所そんなに難しい事ではない。元々自身の艤装を肥大、拡張したがっていた太平洋深海棲姫を唆して実行に移させ、他所へ送られるはずだった資材も掠め取ってノリノリで投入しただけなのだ。どれだけ大きくなろうが本体を撃たれれば吹雪に殺されると思ったからこその行動だったため、人間部分が中に隠れてしまった事に少し焦ったのは秘密である。
「ワァ」「鬼畜ー」「ヨッ」「極悪非道ー」「内憂ノ鑑ー」「最終的ニ吹雪任セッテドウナノ」
酷い評価をされたレ級は周りをぷかぷか浮かんでいるちっちゃなそいつらのうちの一匹の襟足あたりを掴み、自分の眼前まで持ち上げ、その人間部分を指で突っついてやった。幼児特有の柔らかさが返ってきて、ちょっと面食らう。一皮剥けば金属の塊みたいなイキモノな訳ではあるが。
「元々ヤル気ノアッタ奴手伝ッタダケダッツーノ。ツーカ普通ニ話セヨ、鬱陶シーゾ。聞キヅレーシ」
「エー」「デモ我々」「個性ヲ出シテ行キタイ」「ト」「思ッテルカラー」「ネ」
「音源コロコロ変エルンジャネーヨ……割リ当テ適当過ギテ一文字ノ奴居ルジャネーカ」
吹雪の方から目を離し呆れかえった瞳で振り返れば、そこは大量の幼児のような深海棲艦で溢れかえっていた。よちよちと水面に立つ者や仰向けになって水面を漂う者、何人か重なってわちゃわちゃしている者、レ級によじ登ろうとしている者など、思い思いの行動を取る数えるのも面倒なほどの大量の深海棲艦。とりあえずレ級は号令を掛けて、吹雪から離れるよう指示を出した。バレて撃たれたくなかったのだ。
「ツーカ、オ前今何匹居ンノ? 百万匹トカ言ッテタケド。一昨日一匹ヤラレタンダロ?」
「エッ」「サァ」「私ニモワカラン」「増エタリ減ッタリスルカラネー」「ノリデ」
「増エンノカヨ」
しかもノリで。流石転生者、意味不明な生態をしている。与えられる仕事に対して有用なので文句はないレ級だったが、理不尽過ぎて笑いも出なかった。
「我々ハ」「『いっぱい』」「『いる』」「カラー」「仕方ナイネ」
「何スレバイイカ理解シテンノカ不安ニナルンダヨナァオ前ラ……」
見た目には被り物をした赤ん坊より少し大きいくらいの子供が戯れているようにしか見えない。レ級からすれば真面目に喋っているようにも見えないために、信用に足る相手なのかが全く分からなかった。一体一体の力もかなり弱く、一緒に吹雪から避難するためにレ級はかなり速度を落として水上を滑っている。
「シテルシテル」「大丈夫大丈夫」「イケルイケル」
「本当カヨ……」
胡乱気な目つきになったレ級の登頂に成功した個体が、ぺちぺちと頭を叩いてくる。うざったいので摘まんで放り投げると、わーいと喜んで飛んで行った。子供かよ。そんな事を思っているレ級の足元をちょいちょいと突く幼女が一匹。そいつはレ級を見上げると、形の良い、目元が隠れているためにそこだけ目立つ口唇を開いた。
「コウ見エテモ一ツノ意思ニ統括サレタ一個人ダカラ大丈夫ダヨ。体ハ万単位デ見タ目モ子供ダケド、中身ハ大人ダカラ」
「急ニ真面目ニナラナイデ貰エマス?」
「我ガ名ハ」「PT小鬼群」「我々ハ」「大勢デアルガユエニ」
「急ニ不真面目ニナラナイデ貰エマス?」
本当にちゃんと仕事するんだろうか。話によると年上らしい幼女軍団を眺めて、レ級はむしろ不安が増した。
一対一で対面での報告を終えたら、提督に派手にやりましたねと呆れ半分感嘆半分くらいのトーンで言われた。
実は特殊個体の実例として正面から撃っていた戦闘部隊の方で動画を撮っていたらしく、何が起きたのかを提督は完全に把握していた。私もそれを見せて貰ったんだけど……なぁにこれぇ。
踊り狂うクジラが尻尾側から爆ぜていく衝撃映像、最後に出てきた人影が頭砕かれて終わる謎演出付き。ホラーかな? 体液が飛び散ったりとか無いからR-18Gとかにはならないと思うけど、成程。帰り道でイムヤさんの顔色が悪かったのはもしやこれのせいでは。至近距離で見せつけるのは不味かったかなー。イクさんは割と平気そうだったのでグロ耐性持ちなのかもしれない。
まぁ提督は私の身体能力がいろいろぶっ飛んでる事を正確に把握してくれたようだし、目論見は成功してるからいいんじゃないだろうか。いや気分悪くさせたのは良くないけど。
なおこの映像、巨大深海棲艦実在の証拠としてしっかり保管されるらしい。これは……恥になる奴じゃな? 将来的にドキュメンタリーとか歴史番組で取り上げられてうわああああああってなる奴。私映ってるとこ消したりとか……駄目? ですよねー。息苦しいからってマスク外したのが仇になるとは思わなんだ。いや待てよ個人の判別までは……どうだろう……出来ない? 出来ないといいなぁ。
色々聞かれて答えた結果、提督は私の純粋な攻撃力関係も上に報告してくれる事になった。心配そうに本当にいいのかと聞かれたけれど、私が考えるよりよっぽどまともな活用法を提示してくれるはずだしええやろ。
そのまま来週の話になったのだけど、提督がこれまた深刻そうな顔をするものだから何事かと思ったら、取材がこの鎮守府へとやってくるのだそうである。
基本は取材陣を入れて生放送、今後の私達の目標とか進捗とか敵の動きとかそういうのを発表したりするらしい。宮里提督も初めてメディアに顔を出す事になるのだとか。
じゃあ邪魔にならないようにしてないとですねーとか呑気な事言ってたら、提督はスッと私に計画書を差し出し、該当箇所を指差した。
正気じゃなかった。
とりあえず報告書を仕上げないといけないので詳しい話は明日にでも、という事になり執務室から退出し、ちょっと憂鬱な気持ちで部屋に帰る事になった。
寮に帰ろうと歩いていると裏手の運動場の方から騒がしい声が響いてきた。複数人で騒いでいるようで、気になったので覗いてみると、そこに居たのは深雪と叢雲、それに暁教官長だった。辺りにはボールが散乱していて、教官長も握っている。何やってんだろうと思って見ていたら、特に隠れている訳でもなかったので見つかってしまった。
いい所に居るじゃないかちょっとこっちに来なさいと呼ばれて行くと、今からボールを投げるから砲弾だと思って避けてくれとの事。戦場だと思ってやってくれってつまり訓練してたのね。
正面に立った深雪がその斜め後ろ辺りに立つ暁教官長に始めと言われ、私に向かって思いっきりボールを投げつける。でも、そもそも避けるまでもない。外れている。ありゃとぼやきながら叢雲から次のボールを受け取った深雪は、今度はよーく狙って放り投げた。ちゃんと当たる軌道だったので半歩だけズレて避けてみたら、叢雲に名状し難い物を見た顔をされてしまった。そういや陸でやって見せるのは初めてか。
その後も次々に投げつけられる深雪の球を躱したり見切ったりしていると、不意に、教官長から鋭い球が飛んで来た。深雪の球と同時だったそれらを一歩踏み込む事で両方回避すると、深雪はおーと歓声を上げ、叢雲はまぁそうなるわよねと呟いた。
「ほら、 吹雪レベルだと説明無しでもちゃんと避けられるのよ」
同じ事を叢雲相手に深雪もやったらしいのだけど、どうやら見事に教官長の球に撃沈されたらしい。他の人達は出来るのかって疑問を深雪が呈した時に、ちょうど私が通り掛かってやらされたわけだ。
「深雪は一点に集中し過ぎよ。一対一なら長所になり得るかもしれないけど、実際には多対多になるんだから、周囲にも目を配れるようにならないとね」
私は一緒に出撃しないのでよく知らなかったのだが、深雪はどうも自分が狙っている相手以外からの被弾率が高いらしく、それを自覚させるための訓練だったらしい。私のように説明無しでやらされて、叢雲に集中しすぎて視界内に居るはずの教官長の投擲が視えてなかったと。それは確かに不味いわ。訓練所だと普通に避けてた記憶があったので不思議だったのだけど成程、やたら大破してるのはそういう理由だったのね。
深雪も納得出来たところでじゃあ特訓しましょうか、という事になったのでささっとボールを搔き集め、マウンドに立つ。私も今日はもう特に予定もないので付き合う事にしたのだ。
「吹雪、出来るだけ強く投げて、集中しないと避けられないくらい……あー、でも怪我はさせない程度でよろしく」
「クジラの時くらい力入れたらボールが飛ばずに破裂しそうだなー」
「艤装無しであれは無理でしょ」
全員見てたらしい。うんまぁ、動画撮ってたの青葉さんらしいからそうだよね。引かれてないだけマシなんだけど。マシなんだけどさぁ、これ諦められてるだけだよね?
そんな恥ずかしさやらなんやらを込めて投げたボールは高速で深雪に直撃した。
他の艦隊に交ざって仕事した島風から、やっぱり航行速度が遅くて窮屈だったと言われながらクジラの向こう側の世界を探索した帰り。挨拶したらビクンと反応したイムヤさんとやほーいと手を振るイクさんと分かれ提督の下へ向かう。夕暮れだというのに汗ばみそうな陽気のその道すがら、こんな海でも夏は来るんだなぁと四季を感じていたら、そろそろ島風の誕生日じゃなかったかと急に思い出した。
去年は特に何も贈らなかった――というか、深海棲艦が来てそれどころじゃなかったしそもそも知らなかったんだけど、今年はちゃんと知っているし何も無しというのが不義理な程度には仲が良いと思っているので何かしたい。かと言って鎮守府で誕生会とかする訳にもいかんし。それやり始めたら年何回パーティするんだって話になるからね、非戦闘部隊の艦娘も寮に居るんだし。あんまり話した事も無いけど。
じゃあ何を贈るかって話なんだけど、これが難しい。なんせ島風、お金持ってるから。あいつ今月の給料ほぼ私のから旗艦手当引いた額になるからね。普通に億行っちゃうんだよ欲しい物があったら自分で買える。金銭感覚破壊されないか心配になるわ。
まぁ贈り物ってのはそういう問題じゃないんだろうけど、そうでなくても私達は鎮守府から基本出れない訳で。一番欲しいというか喜びそうなのはスポーツ関連の品だけど、そういうのって島風自身が選んだり直に着けてみたりしないとだから難しい。他の何かだって買おうと思ったら酒保か通販――これも酒保通すけど、ともかく二択になる。なーんかいい物無いかねぇ。私なら自分で買おうって程興味のない漫画とか贈られたら嬉しいんだけど。
宮里提督からの説明と当日の予定やなんやを話し合い、とりあえず納得はともかく理解はして退出。どうなんだろうこれはと思うが、とりあえず、私は出演予定である。
どうしてそうなったのかと言えば、まぁ注目度が高すぎるのと今回の企画……いや企画とか言う時点で色々おかしいんだが、それには私を出さない理由があんまり無かったからだろう。
私以外の戦闘部隊は普段通り居残り組を置いて通常海域内の哨戒任務に出て貰って、報道陣の撤収まで頑張ってもらうらしい。適性値が上がった三人はそっちに行って貰うためにこの間から前線送りにされていたんだそうな。教官長と飛鷹さんは非戦闘部隊として顔知られてるもんなぁ。
ちなみに私が居残りである関係で島風も待機である。珍しいんだが、当日は部屋から出してもらえないという可哀想な事になる。連装砲ちゃん達と遊んでるしか無いな。
いやしかし、私を選ぶのは人選ミスじゃないかなーと思う。失言しそうで嫌だなぁ。
「心配しないでください! 食料は私が何とかします!」
深海棲艦が現れてから一年以上。港街に住んでいた彼女達の一家は住処を追われ、困窮していた。逃げられただけでも幸運であるし、避難後も衛生面の悪化や医療体制の崩壊で死に追いやられる人間が後を絶たない中、七人家族の誰一人欠けていないのは奇跡に近かった。当日は全員ばらばらに出かけていたのに合流できたことも含め。
避難先で見知らぬ隣人たちと身を寄せ合い、時に衝突し、友情を育み、助け合って来た。その多くが病で失われたのが先月の話である。去年に何とか確保した農地も、活用できる知識のある人間が居なくなれば何も生み出してはくれない。果樹の類はある程度実を付けてくれる物もあるだろうが、足りるかと言われると心許ない。
だから彼女は奔走する。病が流行った時も海辺の医療機関を調べて回り、出来得る限りの薬を持ち帰り、疫病の拡大を押し留めた。仲間に医療従事者が居たため予防は出来たが、治療までは至らなかったのが悔しくてたまらない。
空気は最悪だった。謂われなく責められる医師に、電波の入らなくなったラジオ。解決へ向かうどころか悪化しているようにしか感じられない現状に、彼女は打開策を模索した。結果、とりあえず美味しい物でも食べたら落ち着くんじゃないかという発想に至った。美食は全てを解決するのだ。
彼女の能力を以ってすれば、食料調達は容易い。幸い深海棲艦は食料に興味を示さなかったため、保存の利く缶詰などは今でも食べられるものばかりだったのだ。もちろん長く続けば尽きてしまうだろうが、当面は全く問題ない。それくらいしか残らなかったから。
啖呵を切ったからには絶対にやってみせる。気合を入れてよく行った食料品店へ出掛け、何事もなく食料を手に入れ帰り着く。たまに足付きの深海棲艦がうろついているのを見かけたが、運よく気付かれる事は無かった。
家族は心配してくれたが、医療品や衣料品まで持ってくる彼女は避難当初から英雄扱いで、今に至っても頼られる存在であったのだ。失敗した人間の多さがそれを助長した。
必要な物があったら言って欲しい。そう言ったが、本当に皆が欲しい物は用意出来ないと彼女自身が一番よく分かっていた。
その日も彼女は食料を漁りに港までやって来ていた。もっと海から遠い場所で済ませてしまっても良かったのだが、一番深くまで忍び込めるのが自分であるため、他に調達へ向かうかもしれない誰かにそちらは残しておいたのだ。
目についた白骨を脇に寄せ手を合わせる余裕まで見せながら、今日はここにしようかと見上げた建物はどうやら砲撃を受けた跡があり、各所にはひびが走っていた。崩れる前に中の物を回収した方がいいだろうし、次回もここで良いかもしれない。屋上に旗が残っているため場所も分かりやすかった。
中に入り込み、今回はとにかく味が良くて豪華そうな保存食や缶詰を手早く見繕うと、手際よくリュックサックに放り込む。いくらチート能力のある転生者だからって、危険地帯に長居すればその分の危機はやってくるかもしれない。そう思いながらも上の階もしっかり覗いて、屋上への扉が開いているのを発見した。
屋上へ出るとなんだか色々散乱していて、どうやら複数の人間がここで亡くなったのだという事が理解出来る。外のものと同じく軽く弔っておこうと一歩踏み出して、それがこちらに近づいている事に気が付いた。
真っ白い顔をした人間のような二体のイキモノ。前世では姫と呼ばれたそれらを彼女は今世で初めて目撃した。
今まで見た中で一番強そうなのでもヲ級止まりだったのに、どうして今更になってあんなのが、と驚愕しながらも、身を潜めて観察する。片方は名前まで思い出せなかったが、もう片方はその高名故に一目で判別出来た。小さな体躯にワンピースのような服装、手にはミトンのような大きな手袋を付けた少女。北方棲姫、ほっぽちゃんだろう。
うわぁ可愛いと呑気な事を思いながら上からその二人の美少女を観察していると、不意に北方棲姫が顔を上げ、ばっちり目と目が合ってしまった。
「居ターーーーーーーー!!」
突如大声を上げた北方棲姫に驚かされ、流石に不味いと思い慌てて建物内に逃れようと屋上の床を強く踏みしめた瞬間。何故だか蹴った足場が突然に傾ぎ滑り出し、彼女は宙へと放り出された。
赤い赤い海を越え、北方棲姫と護衛棲水姫with浮輪三人衆は陸地へと辿り着いた。道中は方向を間違えたり他の深海棲艦の艦隊に混ぜられそうになったりと様々な苦労があったが、なんとか言われた日までに目標と思われる場所に到達し、二人と三匹は安堵の息を漏らした。
周囲を見渡せばそこは荒廃した港で、護衛棲水姫に確認してもらったが台湾で間違いないらしかった。彼女の翻訳能力は文字も行けるのだ。近くの商店と思しき場所を調べれば、無傷の缶詰が転がっていたりして、深海棲艦の攻撃から免れるために放棄された時のままなのだろうと窺い知れる。少し意外だったのは、行く道に遺体が転がっていたりはしなかった事だろう。余程避難がスムーズだったか、それともわざわざ片付けた何者かが居たのかまでは分からなかった。攻撃の跡はそこかしこに見られるため被害が出なかったわけではないと思われるのだが。
「目的ノ子ドコダロウネ」
「うん……ここに来れればすぐ会えるって聞いてたけど……」
多聞丸はそう言っていたが、人の生活している気配はない。それも当然の話で、今この瞬間にも海にはイ級の影が見えていたりするのだ。危険過ぎて海岸線での生活は不可能だろう。深海浮輪も周囲を見渡しているが、特に何も見当たらないという。
それにしても今日は暑い。北方棲姫には肌に太陽の光が焼けつくように感じられた。深海棲艦になっても感覚器官はしっかり仕事をしていて、寒い暑いに特に人間だった頃と変わった感じはない。中身は人間とは全く違っているらしいのに不思議なものだと思いながら辺りを窺っていると、ふっと、一瞬だけだが、雲も無いのに陽光が陰ったように感じられた。
何だろうと思い太陽を見上げると、眩しく感じはするが眩む事無い――こんな所で人間との差を感じさせられた――北方棲姫の眼には砲撃を受けたのだろう、無数にひびの入った建物と、その屋上で翻る何かの文字が書かれた旗と、その下に身を隠しているつもりで半分以上体を露出した少女と女性の中間くらいの人間が映った。
「居ターーーーーーーー!!」
つい大声を上げ、ついでに指まで差せば、その人間はびくっと反応して、逃げ出そうとして、突如崩れ出した建物から投げ出された。
突然の事に一瞬面食らったが、そこはチート能力者の反射神経。自分の身を宙を舞う女の子の直近まで跳ばすと手を伸ばし、触れた彼女と一緒に元の位置まで跳んで戻る。ついでに慣性も殺しておいた。
救助された側は何が起こったのか分からなかったらしく、突然地面に尻もちをついた事に驚き、周囲を見回し、目の前に居た北方棲姫に気付いて悲鳴を上げた。
ついでに護衛棲水姫も何が起こったのか分からなかったので、突然の悲鳴にびっくりしていた。
「大丈夫?」
声を掛けられキョトンとしたその娘の様子を見て、ああそうかと思い至り、北方棲姫は護衛棲水姫に振り返った。
「ベイ、通訳シテー」
「あっ、いえ、日本語分かります!」
台湾の娘は唐突に日本語が飛んできて戸惑ったが、無事に頭を切り替えて日本語で返した。ババっと立ち上がると、驚きと興味に目を輝かせて北方棲姫ににじり寄る。
「あの! もしかして助けていただきましたか!?」
「ア、アア、ウン。助ケタネ……」
何この娘近い。圧倒される北方棲姫におおーと感激した声を聴かせると、ちょっとだけ離れて勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございます! 死んじゃうところでした!!」
背中の大きなリュックから缶詰がごろんごろんと躍り出て地面にばら撒かれる。本当に大丈夫かこの娘、アニメのテンプレみたいな事してるけど。姫の二人は心配になった。
「こんな所で何を……って、どう見ても食料集めてたんだよね……? 出歩いて大丈夫なの?」
「大丈夫です! 一度も襲われてませんから!」
転がる缶を拾い集めながら女の子は元気一杯に返事をした。テンションが高い。
「隠レルノハ上手ソウジャ無カッタケド……」
「はい! 私、『とっても』『ラッキー』なので!」
「根拠薄クナイ?」
というか、根拠になっていない。ただの幸運で生き残っているのなら、一度の不運で死に至りそうなものだ。今だって危なかったわけだし。警戒心も強くなさそうで、なんだか見ていて不安になる。でも目の前の女の子は何にも心配ありませんとばかりに微笑んでいる。それがこの一年間で身に付いた、周囲を安心させるための処世術の一種だと知るのは少し先の話だった。
「ところで『艦これ』って知ってるかな……?」
護衛棲水姫は唐突にぶっこんだ。目の前の彼女で合っているのか確認したかったのだ。言われたその子は目をぱちくりと瞬かせ、暫くしてから今まで見せていた以上の弾ける笑顔と弾む声でもって返答した。
「それじゃあ、これからお世話になります! よろしくお願いしますね、しれぇ!」
家族や仲間への物資支援と安全な拠点の情報を対価に、その娘は協力すると約束をしてくれた。北方棲姫に連れられやって来た楠木が満足気に頷き握手を交わすと、その帽子の中から複数の妖精さんが溢れ出し、わーわーきゃーきゃーと地面に積み上がる。北方棲姫や護衛棲水姫を見て震え上がる者も居たが、ほとんどは自分達を見てわぁかわいいと撫ぜようとする新しい仲間に、期待の眼差しを向けていた。
「では早速だけれど、最初の仕事をしてもらおうかな。と言っても、君は指示をするだけなんだけれどね」
そう言って置いてあった釘のようなものの含まれた一セットと、それとは別のガスバーナーのようなものが含まれたもう一セットを手渡す。その後ろから、帽子から出てきた妖精さん達とは別の妖精さん達がえっちらおっちら鉄やらなんやらに見える物を運んできた。
「なんですこれ? 大工さんでもするんですか!?」
「いや、君にはまず、自分の使う艤装を建造して貰わないといけないんだ。日本では日本の艦しか建造出来なくてね」
この世界にはそういう縛りがある。おそらくは集合無意識の方に何かあるのだろうと楠木は思っていたが、詳しい理由はよく分かっていない。
「私の……で、日本で造れない……って事は、あっちですね! 分かりました!」
日本で造れないの微妙な感じですねと呟いたのはほんとに微妙な話だったので、みんな聞かなかった事にした。
「コノ世界ノ建造ッテ何造ルカ選ベルンダ、便利ダネ」
ゲームなら資材の量だけ選んでそこからランダムである。選ばせろよと北方棲姫も何度か思った事があった。特に大型。
「いや、妖精さん任せだよ。私の知る限り何を造るかまでお願いできるのは一人だけだねぇ」
でも彼女なら問題は無いと楠木は言う。何しろ『とっても』『ラッキー』だから。開発資材と高速建造材を両手に持って妖精さんと戯れる女の子を、楠木は頼もしげに見つめた。
なお楠木自身は妖精さんに話しかけるタイミングをずらしたりする事で完成品をある程度コントロール出来る模様。