「なんじゃそれは、訳が分からん」
質問いいですかと言ったら良かろうと言われたので、オリジナル吹雪さんが何故か艤装から行ける空間に居ないって相談してみた。そしたら初春さんはちょっと考えてからそう言った。
私はたまにだけど吹雪さんの様子は見に行っていて、でもこれまで全く変化は無く、ずっと冊子だけがぽつんと船上に置いてある状態だった。艦の扉や窓は溶接でもされたように動かず、まさか壊してしまうわけにもいかないから船内には入れない。そのため探索出来ないから完全に手詰まりで、どうにもならない状態が続いていた。まぁ特にそれで問題があるかって言うと全く無かったんだけども。
「入れぬと言うのなら分からんでもないが……居らぬとはどういう事じゃ?」
「それはそのまま、あそこに入っても船の上にも周囲にも吹雪さんは見当たらないんです。最初は会うのも拒否されるくらい嫌われたのかと思ったんですけど……」
「何かしたのか?」
チート能力使って素手で深海棲艦ぶっ飛ばしました。って言ったら初春さんに怪訝な顔をされた。
「ちぃと……いや、言葉の意味はともかく、その能力とやらが他者に代償を求める類の物でもなければ問題は無いと思うが」
「や、人々の魂を生贄にとかそういうタイプじゃないです」
「なら貴様が嫌われている訳ではないじゃろう。まぁ、拗ねている可能性は否定せんが……いや、それ以前の問題でな。わらわ達はそもそもあの場所を弄る事など出来んはずなのじゃ」
入場拒否であるならともかく、冊子を置いて自分は引っ込むなど不可能である。初春さんは言い切った。じゃあこの脳内の冊子なんなんですかね。
「そも、貴様は艦娘とは何だと思っておる?」
「ええと……集合無意識の方の艦娘の事でしたら、軍艦の魂であると聞いています」
「半分は合っているがそれだと語弊があるのう」
この世界の艦娘とは、過去の軍艦に宿った魂を核に、その軍艦を建造や運用をした人々の思念、参加した戦いで発生した死者の魂の一部、船に対する畏敬の念や信仰、祈り、何か関係ありそうな要素、思い込みや誤解、逸話から想起された空想なんかが混ざり合い生じたある種の神霊である。
初春さんの解説によるとそういう事らしい。対応するエピソードがあればそれらも影響するふんわり具合で、時代によって結構姿形は変わるんだそうな。初春さんが言うならそうなんだろう。でもそうだとしてそれと艦の魂だけの場合で今の状況に対する違いが全然分からないんですけど。
「貴様には分かりやすい艦や人間体の方が本体に見えたのだろうがな、わらわ達は艦船のみを主体としている訳ではない。実際には艦の存在を許容するあの空間、あの風景そのものがわらわ達なのじゃ。故に、自分の力であの場所を改変する事は出来ん。それは己の魂を書き換えるのと同義だからのう」
「つまり……えーと、冊子が存在する事自体が不自然なんですか?」
「そうじゃ。そもそも、空間に入れたという事は貴様はその時点で吹雪に会っている事になる。故に、そんなものは必要が無いはずなのじゃ。だから置いてある意味が分からんし、どうやって置いたのかも分からん」
なんか思ってたより訳の分からない事態になってたらしい。眉を寄せた初春さんも本気で見当がつかないらしく、困ったような声色だった。
「可能性としては、意識のみで移動した……? いや、しかし、それは有り得るのか……?」
「今の初春さんのような状態にずっとなっているとか?」
霊能力で降霊……というか、神降ろしだなこれ。それをずっとやってるなんて事は無いだろうか。難しそうだけど。
「いや、今のわらわも本体が直接宿っている訳ではない。あくまで本体は思念体に留まっておって、そこから初依の体を操作しているだけというのが近いのじゃ」
この状態でも他の適性者が初春さんに会いに行けば普通に会えるらしい。こっちとあっちで別々の対応するくらいは余裕なんだとか。なので同じようにただ呼び出されただけであれば、吹雪さんも私に対応する事が出来るはずなのだと言う。魂を宿すのとは全く違う事柄なんだとか。
「すまぬが、わらわも知らぬ事の方が多い。わらわ達は全体で見れば末端の方でな、宮里提督にも艤装の影響の事を聞かれたが、正確な事は答えられなんだ」
悲報、初春さん、意外と艤装の仕様とか知らない。本人曰く、管轄違いだとか。妖精さんの方が詳しいまであるらしい。
っていうか、宮里提督と話したりしてたのね。全然知らなかったわ。
「まあ、吹雪の側に悪意はないと思うぞ。あれは真面目な性質じゃからな、話した事は無いが」
こちらに顕現でもしないとお互い話も出来んからな、と初春さんが話を纏めるとほぼ同時に、止んでいた風が急に吹き出した。それはかなり強い圧力で私達に纏わり付き、それと同時に初春さんは何かを悟ったようにため息を吐いた。
「時間切れじゃな。一度この艦隊の食堂へ行ってみたかったんじゃが……」
どうやら初春さん、お昼を食べに来てたらしい。美味しいって聞いてたんだろうか。
「ああ、すみません。お引止めしてしまって」
「いや元々声をかけたのはこちらじゃ。気にする事は無い」
そう言って初春さんはお腹を鳴らした。めっちゃお腹空いてるやん……
「……違うぞ? これは初依が昼餉を逃したせいであって、わらわの影響ではない。勘違いせんように」
じっと見つめてしまった私の視線に堪えられなかったのか初春さんは言い訳を始めた。まぁお昼時を少し過ぎてるから仕方ないと思う。
丁度持っていたので良かったらどうぞとお菓子の入った紙袋を渡すと、初春さんは良い心がけじゃと開けようとして、一瞬だけ強く発光するとその動きを止めた。うおっまぶしっ。
光が収まると初春さんはぼんやりとした顔で周囲を見渡し、手元の紙袋を訝し気に見つめ、正面の私に目を止めた。寝起きのようなものなのか、目の焦点も若干合ってない。
「どこじゃここは……?」
放っていたオーラは完全に無くなり、纏う雰囲気はいつもの初春のそれになっている。初春さんとの接続が切れたのだろう。そう思うと同時、稲光が差し、大粒の豪雨が私達に吹き付けた。慌てて屋根の下へと避難し風雨を凌ぐ。どうやら台風は過ぎ去ったわけではなく、丁度この辺りが台風の目か何かに入っていただけだったらしい。
食堂の軒先へと出戻りして話を聞けば、やはり艦娘の初春さんではなく人間の初春だった。なんでも初春は修理された艤装の動作チェックをしていたら急に落雷があり、驚いて初春さんを憑依させてしまったらしい。台風の影響かもしれないと本人は言っていた。天気で繋がりやすくなったりするのか……
余談だが、初春さんに渡したお菓子はそのまま初春が艤装にお供えしておいたらしい。朝には無くなっていたので妖精さんが食べちゃったのかもしれない。
初春は艤装を工廠へと返してから食事にするとの事なのでそこで分かれ、私は嵐の中を寮へと戻る事にした。
道中先ほどの初春さんとの会話を思い返すが、異常な事が起きているって事が明確になっただけで何も判明していないのが分かるのみで進展はない。あの空間自体が吹雪さんだったらしいけど、今のあそこからは吹雪さんっぽい気配も感じないんだよね、そういうものだと思って見ればまた違うんだろうか。
ところであの空間を艦娘本人が弄れないんなら別の誰かがあの冊子を置いたことになると思うんだけど、それって艤装を動かすための感覚を学びに来る人間がいるって知らないとやらない事だよね。つまり下手人は少なくとも私達、人間の艦娘の事情は理解してるって事だ。その上で妨害する意思はないんだろうと思うから、たぶん敵って訳じゃない。っていうか、ぶっちゃけもうあれ完全に私を転生させたあの娘の関係なんだろなーって感じてるんだけどどうだろう。でもそうだとして、なんでそんな事したのかは全く分からん。誰か教えてくれ。
一旦部屋に寄って着替えを手にして風呂場へ向かう。流石に濡れて寒くなって来たので一回シャワーを浴びる事にしたのだ。この時間ならまだ人もいないだろうと思っての行動だったが、入ってみたら多摩さんがそれなりに広さのある湯船でふやけていた。
「いらっしゃいにゃ~吹雪が一番乗りにゃあ」
「え、多摩さんが一番なんじゃ」
「あたしゃ~掃除してついでに入ってるだけだにゃぁ……」
ふにゃぁと多摩さんがとろける。猫は液体と言うが、お風呂で軟体になるのは何か違う話のような気がする。これも艤装のせいなんだろうか、体が強靭になってる長門さんと逆方向に影響受けてません?
「風呂掃除って多摩さんがやってたんですか?」
「いやあ今日だけにゃ、掃除の人が来れなかったからにゃあ」
本当なら鎮守府の清掃はきっちり手配されていて、私達艦娘がやる必要は無い。だけど今日は台風だったせいかその辺りが上手く回らなかったらしい。ここ危険地帯だしね一応。
「普段あんまり役に立ってないからにゃ、こういう時にしっかりやっておくのが精神安定のコツにゃ」
「多摩さんのおかげで私達は凄く助かってますけど……」
シャワーを緩く出しながら多摩さんとお話する。多摩さんは収集部隊が乗る船の操舵手を務めていて、働いているか働いていないかで言ったら滅茶苦茶働いていると思う。確かに他の人達よりも艦娘としての仕事は少ない気はするけど、それはちゃんと船を守ってるからだし。
「自分がどう思うかだから仕方ないにゃ、こればっかりは自己評価が大事なのにゃ~」
凄く呑気そうな声で全く呑気でない内心を多摩さんは吐露した。分からなくもないけど、ちょっと悲しい。いや自分の中で折り合い付けた結果みたいだからいいんだろうけどさ。
「そういうものですか」
「全然納得してなさそうだにゃあ」
「……分かります?」
なんとなくにゃあと湯船から悪戯っぽい声が飛ぶ。分かり易いのかなぁ私。なんか前にも他の人に見透かされた経験があるし、言葉尻に出ちゃったりしてるのかもしれない。
「それにしても……綺麗な体してるにゃ」
気が付けば多摩さんは私の体をじっと見つめていた。見られてどうという事は無いはずなんだけど、遠慮なくガン見とかされるとちょっと恥ずかしくなってしまう。角度的に変なものは見えてないはずだけど。
私の体は自分で言うのもなんだがかなり高レベルのバランスで纏まっている。手足の長さや肩幅、腰や尻のラインまでなんだか見ていると妙にしっくりとくる納まり具合。胸は無いけど。完璧な人体モデルって言われたら人によっては納得すると思う。それは私の努力の結果とかではなくて、完全に生まれ持っての物である。シミ一つ、傷一つすらない体は正直に言えば綺麗過ぎて作り物染みて見え、実際に作り物――例のあの娘のデザイン通りなんだろうと思う。遺伝子とかどうなってんだろ。
「でも思ったより筋肉少ないにゃ、よくそれで殴り倒せるにゃぁ」
艤装の影響かにゃーと呟きながら多摩さんは湯船に沈んで行った。自由だなあ。たぶん、元々はもっと取り繕える人だったんじゃないかと思うんだけどね。なんかもう艦娘の多摩じゃなくてもっと別の猫的な何かの影響でも受けてるんじゃないかと感じる。お風呂は嫌いじゃないみたいだけど。
「自分で言うのもなんだけどにゃ、多摩は艤装の影響がかなり大きいにゃ。油断してるとすぐにゃーにゃー言ってしまうにゃ」
社会復帰が辛いレベル。使うの止めたら抜けるのかな……抜けるといいな……保証とかされるんだろうかこれ。加古やシロッコの適性者かなんかで眠りがちにでもなったりしたら、結構なハンデになっちゃう気がするけど。
「吹雪は艤装の影響あるのにゃ? 髪は普通の色してるけどにゃ」
体の方はともかく精神的にはどうなのか、と多摩さんは問う。言われてみれば思い当たる節があんまり無い。そもそも吹雪さんの影響受けるとどうなるんだろう、吹雪さんと言えば……………………何だ?
え、マジで何だろう、なんかアサリとシジミとハマグリが浮かぶんだけど。あとロシア語。メディアミックスごとの設定の弊害がヤバい。深海な吹雪さんは関係無いだろうし……やっぱり生真面目さ? いやでも問題児とか書かれてなかったっけ。まぁ今どっか行ってるのは問題かもしれない、本人の意思かは分からんけど。後はスカートの下の白いアレ……は私元々見せるの別に恥ずかしくないしなぁ。
「…………………………普通に戦えてるのは吹雪さんのおかげではないかと思います」
長い沈黙の後、私はようやくそう答えた。多摩さんは納得してくれたみたいだったけど、実際吹雪さんの人型実体が居ない状態でも影響あるのかはよく分かんないんだよね。チート能力のせいな可能性もあるし。っていうか、もしかして私ってチート能力のせいで艦娘の研究考察の邪魔になってね……?
風呂から上がり部屋へ帰ると、何故か曙がちゃぶ台に向かって教科書とノートを広げていた。同じ卓には初雪と金剛さん、それに何故か連装砲ちゃんが一体。島風は隅っこで残りの連装砲ちゃん達と漫画を読んでいる。私が靴を脱いで畳へ上がると連装砲ちゃんはみゅーと鳴いて場所を空け、私は自動的に空いたそこへ入る事になった。いや別に入らなくても良かったんだろうけど折角の好意だしね?
曙は問題集と乱闘しているようだけど、握られたシャーペンの先は空を切り、完全に設問に翻弄されていた。そりゃうちの艦隊忙しいし、曙は時間が空いたら自主練してるような娘なんだからそうもなる。勉強自体久々だったんじゃないだろうか。
座ってみると向かい合いになった金剛さんも勉強していたようで、国語の教科書を手元に置いていた。二人とも中三で、今年中に戦いが終わってくれたりしたら受験が待ってるからなぁ。意外だったのは初雪で、どうやら二人に勉強を教えているらしかった。考えてみれば初雪ってかなり年上だもんね。って思ってどこまで行ったのか聞いてみたら博士課程終わらせたって待ってお前ほんと幾つなの。
私もちょっとやっておくべきなのかなぁと雰囲気に若干流されつつ、今は教科書が無いから仕方ないねと自分に言い訳してノートPCを胡坐をかいた足の上に広げる。流石にちゃぶ台の上に出すのは気が引けた。その状態で暫く三人がワイワイやってるのをBGMにしていると、突然初雪が私の脚の開いたとこに頭を預けてごろりと畳に寝ころんだ。
「勉強飽きた……遊んで」
おい年上。見た目高校生くらいだけどよく考えたらアラサーに片足突っ込んでるだろお前。いや前世入れたらまだ私の方が長く生きてるけどさぁ。
ごろりごろりし始めた初雪を放置して、最近増えて来た艦娘の考察やなんかを調べていると、金剛さんが分からない所を私に質問してきた。躓いたのは古語の活用部分のようで、まぁ私にも分かる範囲だったので解説を入れる。それを見た曙はなんだか不思議そうにしていた。
「勉強出来る方なんだっけ。同じ部屋だった時はしてるようには見えなかったけど」
「吹雪は勉強できるよ、家でも全然してなかったけど!」
「いやテスト期間とかはちゃんとやってたからね?」
島風はそういう事言うけど、前世っていう予習があるおかげで授業での吸収量がかなり多いだけだからたぶんそのまんまだと高校で躓くと思う。中学と高校で勉強のレベル違い過ぎるんだよ、私には。
「去年は散々お世話になったヨー。ニホンゴムズカシイネー」
「金剛さん国語以外は元々成績いいじゃないですか、ほとんど何にもしてませんよ」
この金剛さん、コミュ強者な上に美人で成績優秀で運動神経も良いとかいう超スペックである。なので交流する人数が私と桁違いなため、言うほど私が勉強教えたという事実は無い。でもそうだと分かりようのない曙は素直に感心したようで、じゃあこれ分かる? と私に数学の問題を差し出した。応用でもない問題だったから普通に答えたら、曙は複雑な顔を見せた。
「やっぱり急にやっても駄目かしらね……普段からやらないと」
「曙も勉強してなかったもんね」
一か月くらい同じ部屋で暮らしていたんだけど、曙が勉強をしている所はついぞ見なかったと思う。ノートをしっかり取って私に見せに来てくれるくらいに真面目なんだけど、ここ数カ月はそれどころじゃなかったからね。曙は基本、深海棲艦退治に全力なのだ。
「いいわよ、こうなったらもう一生艦娘してやるから」
曙は筆記用具を机に転がして、体を畳に投げ出した。台風で訓練すら出来なくて暇だからって思い付きで勉強してただけだったようだ。うちの部屋に来てたのは同学年の金剛さんが居たかららしい。曙は私と同じで教科書類はそもそも持ち込んでおらず、今見ていた教材も全部金剛さんのだったりする。深海棲艦への殺意で荷物が一杯だったから仕方ないね。
「それじゃあ私と進路希望一緒になるね」
「え、そうなの。意外、あんたスポーツ選手志望じゃないの?」
「うん。艦娘続けられなくてもそっちには進まないと思う」
「……それ以前に、解放してもらえるのかな……お姉ちゃんって」
現状最強だし、ある程度平和になっても自由になれるのかは怪しい。初雪は突然ネガティブな事を言い出した。まぁ、私としてはそれで構わないから問題にならないと思うけど。
「別に艦娘のままで困らないから私の事はいいとして、金剛さんと島風はなぁ……」
「オッ? 私? 別に艦娘続けてもいいけどねー。走れなくなるわけじゃないし」
「私も提督と一緒なら大丈夫ダヨー」
絶対辞めたいって奴ほとんど居ねぇなこの部屋。つーか前にも思ったけど、島風意外と競技会とかに興味ないのな、私は走らせる割に。私が出なければ自分も出ないってあれは脅しじゃなくて本気だったのか。
「私は辞めたい……院も出たのに……」
「そういえば初雪って何の大学行ってたの?」
「薬学」
初雪に薬出して貰うのはなんか不安だなぁ……
勉強する雰囲気でもなくなっていたので皆で遊んでたらいい時間になり夕食へ向かう。雨はもう止んでいて、水溜まりはあるけど濡れる事は無さそうだった。明日は天気良さそうだから普通に出撃ですな。
食堂に入ると中でスタンバイしていた大井さんがスッと立ち上がり、笑顔で私を手招きした。怖い。恐る恐る近寄ると、大井さんはわざわざ私の分の食事を持ってきてくれて、私は対面に座らされる。笑顔のままの大井さんもゆっくりと席に着くと、食事に手を付ける事も無く私を見つめて笑みを深くした。
この後滅茶苦茶尋問された。
北上さんと私はそれ程交流が無かったと大井さんに納得してもらうのにそこそこ手間取ったものの、私は無事に食堂を出る事に成功した。一部始終を隼鷹さんに肴にされたりしたけれど、あの人肝臓大丈夫なんだろうか。ともかくこれで一安心だと寮へ帰る道すがら、埠頭で二式大艇ちゃんと戯れる秋津洲さんが見えたりしたが、あれは邪魔しない方がいいよなうん。
部屋に帰り付けば先に戻ったみんなは風呂も済ませてしまったようで、金剛さん以外は着替えて遊んでいた。金剛さんの代わりに引き続き曙が部屋に居て、何故か初雪の持ってきたノートPCでFPSをやらされている。どうやら初雪に射撃のコツを聞いてみた結果らしい。訓練所でもやってたけど意味あるんだろうか。後ろから覗いてみたら意外に善戦しているようだったけど、関係ないんじゃないかなぁ。
曙が特殊部隊を仲間と連携して倒しているのを見ていたら、廊下の方から騒がしい声が聞こえて来て、部屋の扉がバァ~ンと開かれた。目線をやるまでもなく下手人は金剛さんで、寝間着姿で機嫌良さそうにドーゾドーゾと誰かを部屋へと招き入れると私達に向かって形の良い胸を張った。
「今日のspecial guestダヨー!」
「お邪魔します」
「邪魔するわよ」
はてと思い振り返ってみれば、そこに居たのは加賀さんと瑞鶴さんである。言うまでもなくこの部屋に来るのは二人とも初めてで、恐るべき金剛さんのコミュ力を窺い知れた。
誘われたからにはと遠慮なく上がる泰然自若とした加賀さんと、若干所在なさげにちらちらとこちらの反応を気にしている瑞鶴さん。対照的な二人は金剛さんの引っ張り出した座布団――私達の入居前から置いてあった奴――に誘導され、テレビの前に腰を下ろした。
「初雪ー、これ借りるネー」
「え……いいけど、やるなら私もやりたい……」
取り出したのは初雪の私物で、提艦隊で購入してわざわざこっちまで持ってきたゲーム機である。ただ初雪は対人ゲーはあんまり持っていなくて、大人数でやれるようなのは無かった気がするけど。隅で連装砲ちゃんと戯れていた島風も興味を惹かれたご様子で、連装砲ちゃん達を積み上げながら三人の様子を窺っていた。
「何をするんですか?」
「これよ」
間宮特製紅茶を冷蔵庫から出しながら聞いてみたら、答えを返したのは加賀さんだった。懐から手に取り眼前に掲げて見せたそれは、どう見ても世界一有名な髭のレースゲームである。島風がオウッと鳴いてテレビの前に滑り込んで行った。曙や初雪もそちらに興味が向いたらしく、ノートPCを畳んだ。
私も私もとぴょんこぴょんこしている島風を順番にやりましょうねと窘め、加賀さんはゲームを起動する。そして更新データのダウンロードが始まった。最近のゲームってそうだよね……
七人分の紅茶を入れてちょっとの間だけお話ししたり順番を決めたりしている間に更新は終わり、最初の四人がコントローラーを持った。私はあぶれたので見学である。下位二人が入れ替わるルールでやったのだけど、見ていたら思ったより加賀さんはずっと上手かった。操作自体は思い出しながらって感じだったんだけど、アイテムを使うべきタイミングとかはちゃんと分かっているようで、対人戦を結構してきた人間だと分かる。
「加賀さんゲームするんですね。意外でした」
「そうね、深海棲艦が来る少し前までは付き合いでやっていたわ」
弟が居たから。と加賀さんは呟いた。過去形かぁ……とその言葉尻に私と曙、それと金剛さんはなんとなく事情を察してしまった。表情があからさまに暗くなった曙を見て、あぶれ三人衆の一人になっていた瑞鶴さんはため息を吐いた。
「亡くなってないわよ、加賀の弟。アメリカに留学してるんだって。そこまで言うならちゃんと教えなさいよね……」
「Ahー……でも会えないのには変わりないネー」
「ええ、だから私は変色海域を抜けて、迎えに行く事にしたのよ」
それが加賀さんのモチベーションらしい。海外の諸国がどうなってるのか分からないけど、アメリカの内陸部なら島国なんかよりは安全だろう。深海棲艦ってそれほど陸地に上がってこないし、深海棲艦に害されてる可能性は高くないと思う。深海棲艦には。
言葉の足りない加賀さんは、変な空気にしたまま一位を取った。アイテムで吹き飛ばされた二位の島風は不満気だったが、それを見た加賀さんに鎧袖一触ですと挑発されて、次は勝つよーと意気込んだ。加賀さん結構愉快な性格してるな。とりあえず三位四位は交代なので私以外が行った。私、多人数実況とか見てるの好きなんだよね。
そんな風に入れ替わり立ち代わり何レースもやっていたら、大人数でゲームをしていたのもあって紅茶のストックが切れてしまった。飲み物が無いのもなんだし貰いに行ってこようと思い容器に手を伸ばしたら、金剛さんの手が伸びてきて、さっと卓上のそれをかっさらわれた。
「Next raceで負けた人が貰ってくる事にするヨー!」
突然の罰ゲームの追加である。いやまぁ、次の試合はこの部屋の住人四人だから丁度いいと言えば丁度いいんだけども。
途中まで一位だったのにアイテムグォレンダァ! で最下位まで転落したでござる。 の巻。
元々取りに行くつもりだったからいいんだけどそんなとこで連携するのは酷いと思います。などと思いながら寮を出ると、台風一過特有の澄んだ空気が胸いっぱいに飛び込んだ。見上げれば都会暮らしではまず見られない星の海が、鎮守府から漏れる光に負ける事無く輝いている。埠頭では秋津洲さんも二式大艇ちゃんと一緒に同じ星空を見上げていた。邪魔せんとこ。
足音を立てないようにこっそりささっと通り過ぎて、二十四時間営業故にまだまだ賑わう食堂に足を踏み入れる。中では普通に夕食を摂る警備の方達に交じって隼鷹さんが夕雲さんと呑んでいた。結局一日中酒を手放さなかったなぁこの人。
台風でも水中はあまり影響が無いために、実は今日も周辺の警備をしていた潜水艦のお二人に挨拶して、妖精さんに容器を渡す。金剛さんの希望でうちの部屋では紅茶になっているけど、この間宮特製紅茶は緑茶や麦茶、さらにはコーヒーなんかも選択出来る。艤装で淹れた回復効果のある体にとても良い飲み物でみんな常飲するから、酒保の飲料は今一つ売り上げが伸びないらしい。酒以外。
紅茶でお願いとオーダーして、妖精さんが何人か集まっていくぞーえいえいおーと小さな体で新しい容器に注いでいく様子を見守っていると、ちょっと来てーと隼鷹さんからお声が掛かった。
「四国に夕雲の旦那さんとお子さん居るんだってさー」
「隼鷹さん!?」
行ってみたら、いきなりそんな事をぶっちゃけられて驚いた。驚いたのは隼鷹さんから言われた事にであって、内容にではないけれどね。夕雲さんの事は正直、大体見当がついてたし。夕雲さんは若年層にそういう他人の事情が少しでも負担になるのは避けたかったようで、私含めた中高生にその手の話は全くしていなかったんだけど、四国って言われた時の態度があからさま過ぎたからたぶん皆気付いてると思う。秘密を公開されてしまった夕雲さんはかなり動揺して、見た事ない程狼狽していた。
「どうして……」
「分かり易かったし。匂わされてモヤモヤするくらいなら、スッキリハッキリスパッと説明した方がマシだって」
それはそうだけど、勝手にやるのはどうなんですかね……? いやでも自分からは絶対言わなかったろうしなぁ。
「だからって、何も一番大変な子に……」
「そりゃあ違うね」
自分がどんな顔して戦ってるか分かってる? 隼鷹さんにそう問われて、夕雲さんは言葉に詰まった。私は一緒に出撃しないからよく知らないけど、そんな酷い顔してたのか。反応的に多少自覚はあったっぽいかな、こっちには見せないように気を使ってたんだろうなぁ。
「一番大変な事になってるのはあんただよ。他人に気を使ってる余裕なんて無いだろ、フォローしてもらうくらいのつもりで居な」
駆逐艦の中でもレーダーやソナーに長けた夕雲さんは索敵の要みたいな部分がある。特に艤装を改造してからはそれが顕著で、動かず待機している潜水艦でも見つけてくれていた。らしい。
「自分が潰れたら沈むのは他の連中だってのは分かってるだろ? 追いつめられて切羽詰まった精神状態じゃ見つかるもんも見つからないって。気付かれない様にとか、心配かけない様にとか、気が急いてる時にそんなのに意識回してたら全部中途半端になっちまうよ」
それに……と隼鷹さんは一度言葉を切って、私をじっと見つめて来た。数秒目と目が合う。それだけで隼鷹さんは何かを確信したのか視線を外し、夕雲さんと向き直った。
「この艦隊で一番余裕があるのは吹雪だよ」
「ええっ?」
言われた事が意外過ぎたのか、夕雲さんは普段あまり出さないような高い声を上げた。でもたぶんその通りだわ。私、チート能力で体力的に余裕があるし、チート能力で戦闘力高すぎて戦闘として成立してないレベルだから精神的にも何の問題も無い。
「むしろ真剣味が足りないくらいじゃないかね。仲間の事情くらいは積ませといた方が安定するってもんよ」
おお初めて言われたわそれ。解釈完全一致だわ。私お気楽過ぎだよね、真面目にやってはいるつもりだけど必死さとか全然無いからね。分かる人には分かるんだなぁ。
「吹雪に余計な世話をかけずに済む奴で選んだ、なんて話もあったけどさ、肝心の吹雪は容量駄々余ってるようにしか見えないんだけど?」
どう? って聞かれたので、私は深く深く頷いた。
「吹雪って怒ったりしないのかしら」
吹雪が飲み物を貰いに部屋を出て少ししてから、曙がぽつりと呟いた。今さっき、吹雪は示し合わせたような他プレイヤーの連携攻撃で最下位まで叩き落とされたのだが、それを怒るでも嘆くでもなく、楽しそうな笑いを漏らしていた。笑うしかなかっただけかもしれない。
曙は宮里艦隊に配属された当初は吹雪と相部屋で暮らしていたのだが、その頃の事を思い返しても吹雪の目が吊り上がった所を見た記憶が全く無い。変な動画で声を抑えて笑っている所なら何度も見たが。
「そうだネー、私が冤罪掛けた時も怒りはしなかったヨー!」
「え、何それ何やったのあんた」
金剛は勘違いで吹雪を校舎裏に呼び出し詰問して、誤解を訂正されて、背中を押された事がある。たぶんそれが無ければ今ほど仲良くはなっていなかっただろうと金剛は思っていた。
「ブッキーは中学校で評判最悪だったんデース。話してみたら良い子でしたケド」
「コミュニティでも噂と実像がかなり違うと話題になっていたわね」
わざと順位を落として雷を引きつつ、加賀も話題に参加した。艦娘専用のコミュニティ、スマホ限定で組まれたそこは、既に未参加の艦娘達の噂が飛び交う魔境となっている。そんな場所なので、あらゆる部分に突っ込み所が存在する吹雪の話題は当然のように頻出していた。
「……あれは本人に見せたくないわ」
「お姉ちゃんあれくらいなら笑って流しそうだけど……」
ねらーだし。悪口雑言は見慣れているだろう、と実像をよく知らない瑞鶴に言っていたら、初雪の車は加賀に踏み潰された。
「自分の顔でふざけた画像作られても笑ってられるくらいだしねぇ」
コラについてはむしろ曙の方が憤慨していたくらいで、本人は面白がってPC内に保存していたりもする。自分の事のはずなのにどこか他人事のようで、吹雪のそういう所が曙はちょっとだけ苦手だった。
「吹雪は怒る前に手が出るよー」
お菓子横取りしようとしたら関節を極められたと島風は言う。その他にも、起きて来ないのでフライングボディプレスしたり、お菓子を食べた手で漫画を読もうとした時なんかもそうなった。
「それは島風が悪い」
「怒りはしないんだ……」
艦娘になる前からの友人である島風と金剛も、吹雪が怒りを露わにする所は見た覚えがない。そもそも全体的に感情表現は薄く、一番感情が出るのがオタク友達と遊んでいる時だったと島風は語る。
「だから男好きとか言われてたみたい、趣味が合うのが男子ばっかりだったから」
実際にはそういう興味はないと本人が公言してからも、その手の目線は多かったらしい。すこぶる美人なのである程度は仕方がないとも言えるが。
「変なのに付きまとわれたりしてた時も怒ってはなかったし。あ、もちろん嫌がってはいたよ」
余談だが、その変なのは霧島の身内に〆られて姿を消した。閑話休題。結局、二人も本気で怒る所を見た事は無いのである。島風は結構はたかれたりねじられたりはしていたが、注意の範囲内だろう。
「あ、でも前にこれをやられたらキレるかもって本人から聞いた事ありマース! 意味は分かりませんでしたケド」
その言葉で全員の注目が金剛に集まった。島風も聞いたことが無かったので興味津々である。金剛は額に指をあて、ムムムッと力溜めて、しっかりと思い出そうと記憶を探った。暫くの後、カッと目を開くと高らかな声を響かせる。
「確かそう、『百合の間に男を挟む』って言ってたデース!」
その瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれた。驚いた皆がそちらを振り向けば、そこに立っていたのは秋雲だ。何故か入り口に立ったまま、瞳を閉じて腕組みしながら腹の底から言霊を絞り出した。
「分かる……!!!!」
それだけ言って扉が閉じられる。何故だか異様なほどに実感と苦痛の感じられる叫びであった。
「…………注意書きもなく……急に生やされるのも嫌だよね……」
「分かる……!」
初雪の呟きに呼応してまたしても扉が開かれ、一言発してまた閉められる。
「いやもう普通に入ってきなさいよ!?」
曙に怒られた。
「あれ、秋雲先生こんばんは」
「おばんー」
両手に一つずつ紅茶と緑茶の入った容器を抱え、吹雪が部屋へ帰還した。出発時点よりも数が増えているが、人数を考慮しての物だろう。それか自分が飲みたかったか。
「お姉ちゃん」
ちゃぶ台に茶を置き秋雲用のコップを出している吹雪に、負けて転がっていた初雪が擦り寄って行き声をかけた。最早定着してしまったのか、誰も呼び方には突っ込まない。
「私、昔同人活動してたんだ……」
「あ、そうなんだ」
意外そうではない。吹雪も初雪も所謂オタクであるために、お互いそういう事をしていてもおかしくないと思っていたのだ。
「あんまり売れなかったんだけど……一つだけ完売したのがあって……」
周囲の雰囲気が変わる。行くのか、本当に行くのかと秋雲は視線を画面と行ったり来たりさせ、金剛は知らないからネーと頬を引きつらせた。島風は状況がよく分からなかったのでレースに集中している。
「青山と真手の間に男挟んだら売れたわ」
「なんだァ? てめェ……」
吹雪、キレた!!
ちゃんと嘘だって謝ったら許してもらえた模様。