転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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訓練所カッコナマモノ付き行

 父と母の興奮を収めた後、私たちは書類を読んだ。それによると、私はまず訓練所に送られ、そこで一ヶ月間艤装の扱いを学んだ後、各提督の下へ配属される事になるらしい。提督の数などは書いていなかったが、各地の鎮守府とあったので私以外にも提督の適性者は複数見つかったのだろうと思われる。

 来月には前線に出されるという事実に再度親が爆発しかけたが、私は戦いが終わったら年金貰えるってさ、老後も安心だねと務めて明るく振舞う事でそれを抑えつけた。なにか、娘がいじらしいとかそういう理由で泣きそうになっていたが、別に私は強がってるわけじゃなくてマジで危機感感じてないだけなんだよなぁ……

 ちなみに私は自衛隊所属になるわけではなく、新設の組織の所属になるらしい。徴兵じゃないと言い張るためかな? とか思ったのだが、ちゃんと給料形態とかはしっかりしていたのでどうでもよくなった。

 その他両親の半ギレ案件として、基本的に本名ではなく艤装の名前で呼ばれることになるというのがあったりもしたが、コードネームみたいで格好いいじゃんと言ったら父親は理解してくれた。男子はそういうのに憧れるもんだようん。私は今女子だけど。

 書類の中には徴兵と雇用のものとは別に、艤装の簡易的な説明書と注意書きも含まれていた。注意書きの最初に機密文書に該当するため不特定多数への頒布や公開をすると場合によっては罰せられると書いてあり、現代情報化社会への配慮を感じた。ちなみに後で調べたらこの注意書きをネットにアップした馬鹿は発見した。いや確かにそこは見せても大した問題にならんだろうけども……

 艤装の説明書はなんとも要領を得ないもので、要約すると装着すればなんとなく分かる、でまとめられてしまうようなものであった。装着の仕方と武装のリストくらいしか参考にならないぞこれ。

 武装は連装砲に三連装魚雷、爆雷投射機とかソナーなんかも交換で付けられるらしい。なんか普通に艦これの駆逐艦である。ちなみにこれらの使い方も全体にふわっとした説明で書かれていた。誰だよマニュアル作った奴……

 そうして両親とわーわー騒ぎながらすべての書類を読み終わり、私は思った。

 

 なんか全体的に緩くね?

 

 文面なんかはしっかりしているのだが、説明書はふわっふわで内容ゆるゆるのガバガバ、髪型の規定なんかも無かったし、なんなら軍隊ではないので規律などは最低限しか求めないとか書いてあった。給料は毎月ちゃんと出るし、酒保に欲しい物品を要請することも可能らしい。出撃や訓練時の服装だけは貸与された制服の着用が絶対だと書いてあったが、それ以外の時間は自由で、風紀を乱さない程度の自粛を求めるとだけ書いてあった。

 艦これ世界だからなのか、それとも逃げ出す奴を減らすための措置なのかと考えたが、たぶん前者だなと思考を止めておいた。

 読んだ両親は少し安心したような感じだったがたぶん前者だろう。うん。

 

 

 

 訓練所へは来週から入ることになるため、学校への連絡はすぐ行った。学校側も適性者が出た場合の対応はマニュアル化されていたらしく、了解の旨と明日の朝に必要書類を取りに一度学校へ来たら、後はもう登校はしなくても良いとの事だった。

 翌朝、学校へ向かう私に島さんが飛びついて言った。

「伊吹ー、私適性検査受かったよー」

「そっかー私もだわー」

「だよねー」

 何がだよねーなのかはさっぱり分からなかったが、私の背中におぶさり頭に顎をのせた島さんのゆけーという掛け声に私は駆け出した。

「私くちく? とかいうのの島風だって、伊吹のはなんだった?」

「私のは吹雪だね、特型駆逐艦の長女」

「おっ、長女? 伊吹私のお姉ちゃんになるの?」

「島風は特型じゃなかった気がする……」

「おうっ!?」

 一応は機密事項に当たるであろう内容を二人で喋くり散らしながら、学校への道をひた走る。島さんは途中で私から飛び降りると、真横を並走しだした。

「島さんは戦うの怖い?」

「どうかなー、やってみないとわかんないよそんなの」

 怯えなどを一切含まない声色、怖い怖くない以前に実感が全く沸いていないのだな、と感じる。そりゃあそうだ。私だってそうだし。

「でも、深海棲艦の奴らじゃ私には追い付けないよ!」

 島さんは結構自信家である。特に足の速さには絶対の自信を持っている。私に負け続けていてもそこが変わらないのはかなりの強メンタル持ちだと思う。

「艤装の速度って足の速さと関係あるのかなぁ……」

 私のつぶやきは速度を上げて走ってゆく島さんには伝わらず、風に溶けて消えた。

 

 

 

 学校に着き、二人して教室には寄らずに職員室へ直行する。書類を貰おうと思ったのだが、そこに居た教頭先生に校長室で待っているように言われ、私たちは初めて校長室に侵入した。

「あら、島さんに伊吹さん……そう、二人とも適性があったのね」

 そこには校長先生ではなく、私と島さんの担任にして陸上部顧問であり某ハーレムの一員……の自覚は無いだろうが私から見たら同列な赤坂 真城先生が居た。

「おはようございます!」

「ええ、おはよう」

 元気に挨拶する島さんに対して、赤坂先生はあまり元気がない。

「もしかして先生も受かったんですか?」

「ええ……」

「おおっ、じゃあ先生は伊吹の妹だったりとかするの!?」

「い、妹?」

 急に妹だとか言われても混乱するだけだよと島さんを窘め、私は先生に説明する。流れを理解した先生はなるほどと頷いて言った。

「残念ですけど、私の適性は駆逐艦じゃないの。先生のは空母、正規空母の赤城だと書いてあったわ」

 やっぱりな。と思う私と空母って何? という反応の島さん。先生はクスリと笑って空母の解説をし始めた。先生もよく知らなかったんだけど、と前置きされたそれは初心者でも概要が分かるようにちゃんとまとめられた内容で、成程まともに先生やってるんだなぁとハーレム案件で降下した彼女への評価はかなり改善された。

「じゃあ先生は飛行機飛ばすんだ、私も乗れるかな?」

「うーん、人間が乗れるサイズじゃ無さそうな書き方だったけど……」

 これくらいかな、と先生が両手で示した大きさはミニチュアかラジコンくらいのものであった。検査の時のナマモノが乗るんだろうか。それとも無人機か。どちらにしろ人間が乗ったら壊れるだろう。

 っていうか、赤城って弓で艦載機飛ばすんじゃなかったっけ。先生は弓を扱った経験とかあるんだろうか。

「先生も一か月訓練所に入るんですか?」

「ええ……駆逐艦もひと月なのね。ううん、詰め込み式になりそう」

 訓練期間が短いというのは先生も感じていた事らしい。心配そうに眉を寄せている。

 島さんが勉強はやだなーと漏らし先生がそれを窘めていると、おもむろに校長室の扉が開き、見慣れた五人が部屋へと入ってきた。

 剛田姉妹と三山さんに霧島さん、最後に提くんである。堤くんは私たちを見つけると、驚いた顔になった。

「伊吹! お前も適性通ったのか!?」

「まあねー、これからは護国の礎の艦娘様だぞ、崇めろー」

「いや、んな事言ってる場合かよ……」

 普段通りだなお前、と溜め息を吐く提くんに、先生が話しかける。先生も艦娘として適性検査を通過した事に、五人全員が驚愕していた。先生も特に親しい生徒に合格者が多すぎて困惑していた。

「提督ー、提督はなんでここに居るの?」

 艦娘って女だけでしょ? という島さんの質問に、提 督正くん――あだ名は提督――はうぐっと詰まった。それが面白かったのか、剛田姉がふふふと笑って言った。

「提督は本物の提督になったんデスヨー!」

「え、意味わかんないんだけど」

 名前関係で弄られるのを嫌がって言葉に詰まったのだと思うが、提督は提督じゃんというのが島さんの反応だった。やだこの娘、提督の意味知らないであだ名使ってたのね。

「島さん、提督っていうのはこの場合艦娘の指揮とかをする人の事だよ。つまり私たちの上司」

「上司……? ええ、提督がぁ? 頼りなーい!」

 こいつで大丈夫なのかと島さんが半眼で堤くんを睨む。そのまま堤くんの周りをぐるりと一周して言った。

「頼りない!」

「二回も言うほどか!?」

 そんなやり取りに全員が笑っていると、再度扉が開かれ校長先生がゆっくりと入ってきた。8人全員居ますねと確認すると持っていたファイルを机に置き、こちらに向きなおると、今回の招集――徴兵とは言わなかった――に関する説明を始めた。

 

 校長先生の説明によると、私達は戦いが終わり次第同じ中学に戻れるが、卒業の日を迎えてしまった場合は特別推薦枠で高校へ行けるようになっているとの事だった。他の生徒に艦娘として招集された事は伝えられないらしいが、時期が時期だけにバレバレだろう。うちの学年6人一気に居なくなるしね。

 先生に関しては復職などは優先されるかもしれないが、状況次第なのではっきりした事は言えないとの事だった。先生はちょっとしょんぼりしていた。

 親としっかり読むようにと渡された書類に、島さんがまたー? と呟いた。必要なものなのでちゃんと後で読ませようと思う。

 

 校長先生は書類を渡し終えると、生きて帰ってくるようにとだけ言って解散を促した。

 

 

 

 

 

 制服作成のための採寸や出発のための準備を済ませた後、思う存分ネット上の知りあいでない仲間達と戯れていたら、あっという間に翌週を迎えていた。訓練施設にはネット環境が無いらしいので、最低でも一か月はネット断ちになる。着任する鎮守府にはあるといいなぁ。

 荷物を背負い、心配そうにしながらしきりに話しかけてくる母に何度も大丈夫だから心配しなくていいからと返事しながら、玄関で待つ事数分。事前に知らされていた時刻通りに迎えの車はやって来た。

 車は大きなボックス車で、中が見えないように窓ガラスにはスモークフィルムが張られ、さらにカーテンまで引いてあった。助手席から一人の男性が降りてきて、手元の書類と私の顔を見比べながら確認をとる。

「伊吹 雪さんで間違いありませんね?」

 はい、と返事をすると車のドアをスライドさせ、どうぞと私に乗り込むよう促した。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 両親とそれだけ言葉を交わして私は車内に足を踏み入れた。

 

「いらっしゃいませー」

「いらっしゃいませー!」

 中には島さんと見知らぬセミロングの女子が一人座っていた。どっちも特に緊張感の無い顔で、にこにこと笑っていた。

「伊吹、私より遅かったねー」

「単なる迎えの順番じゃん……」

「それ言い出したら私が一番っぽい!」

 なるほどこの娘は夕立だな、と短絡的に私の頭脳が判断する。さすがにぽいの一言でそれはどうなんだと自分でも思う。

 ドアが閉められ、出発しますと一声かけられ車が発進する。運転席と助手席の二人はどちらも男性で、私服のように見える格好をしている。目立たないようにしているのだろう。

「訓練所まで十四時間くらいかかるって。長いよね」

「そんなかかるの? じゃあ着くのは夜かぁ」

「途中で何度か休憩を挟みますので、昼食と夕食もその時になる予定です」

 助手席の男の人がこちらに説明をくれる。それに了解ですと返し、後ろの空間に荷物を押し込む。

「井口と、こちらは古橋です。これから貴方達を訓練所まで護送します。何かあったらいつでも言ってください」

「あ、伊吹です。よろしくお願いします」

「島です。お願いしまーす」

「足立です!よろしくお願いしますっ!」

 名前からも夕立みを感じる。というか、知り合いはみんな名前と艦が一致していたがそういうものなんだろうか。

「じゃあ伊吹、足立、なんかやろう」

「やるっぽい!」

「なんか、の詳細は?」

「……しりとりとか?」

「じゃあそれで――」

 そんな感じで暇をつぶしつつ、車は訓練所へと走って行った。

 

 

 

 

 

 訓練生寮と書かれた建物に到着したのは、23時頃だった。眠ってしまった島さんと足立さんを叩いて起こし降車すると、交代交代で運転していた二人も降りてきて、真剣な面持ちで敬礼をした。それに敬礼で返すと寝ぼけていた二人も見様見真似の敬礼を取った。

 去っていく車を見送り寮に入る。一見するとその建物は寮というか、一階が店舗になっているタイプの普通のアパートに見えた。

「寮に見えないっぽい」

「レストランにしか見えないんだけど」

「でも寮って書いてあるんだよなぁ」

 自動ドアの入り口をくぐり周りを見るが、やはりそこは内装の取り払われたシンプルなレストランにしか見えなかった。誰かいませんかと声をかけると、奥からはーいと返事があり、しばらくして割烹着のような服装でクレーンのような機構の付いた艤装を背負った、髪の長い女性が姿を現した。お待たせしましたと言いながら最中の乗った盆をこちらへ差し出してくる。

「給糧艦の伊良湖です。良かったら夜食にどうぞ」

 わーいと二人はさっさと受け取り、早速かぶり付いた。私も受け取ると、食べる前に確認する。

「その格好で料理されるんですか……?」

「ええ、まぁ……効率は上がるんですよ? ……ぶつけなければ」

 歯切れは悪かった。

 

「では、これが部屋割り表と鍵になります。鍵は失くさないようにしてくださいね」

 このレストランは食堂として使われ、上階のアパート部分で私たちは生活するらしい。こんな建物を使っているのは新築するのは間に合わないから、だそうである。レストランがあったような市街地で訓練などして大丈夫なのかと思ったが、この一帯は海岸に近く、一般人は立ち入り禁止の区域であるらしかった。

「二人とは別の部屋かぁ、ざんねーん」

「二人部屋じゃ仕方ないっぽい」

 部屋割りを確認すると私の部屋は206号室、同室は佐橋 杏奈さん。カッコ書きで初雪と書いてあった。

 名前に初雪要素が無い! 初めての事でちょっとビックリした。ちなみに足立さんはやっぱり夕立だった。

 

 階も違った二人と別れ、部屋割りを眺めながら自室へ向かう。表を見ると、概ね同型艦を同じ部屋にしているようで、例えば301号室は深雪と叢雲、302などは二人とも磯波だった。被ることもあるのか。ちなみに白雪は居なかったが東雲は居た。どうやら前世の私が死んだ時実装されてなかった艦娘の艤装も、この世界には存在しているらしかった。

 自室の前に着くと、中には明かりが灯っていた。ルームメイトになる佐橋さんは既に到着していたようだ。軽くノックをするとどうぞと声が返ってきた。

 ドアを開くと、中は結構立派な部屋だった。2LDKで風呂もトイレも付いている。二人で使うには広すぎるような気がする。佐橋さんが見ていたのかテレビが点けっぱなしになっていた。彼女は私よりはだいぶ早くに着いていたらしい。佐橋さんは高校生くらいか、私よりは年上に見えた。

「佐橋……です、よろしく」

「伊吹です、よろしくお願いします」

「それであの、私、こっちの部屋使いたいんだけど……いいかな」

 指さされた部屋を見るとその部屋は和室で、隣の部屋は洋室だった。問題無いので大丈夫ですと答えると、あからさまにほっとした様子になった。

「畳好きなんですか?」

「うん、それなりに……いや畳っていうか、布団が好きで」

「あー」

 分からなくもない。

 

 もう日付も変わるからとテレビを消し、佐橋さんは和室へ帰って行った。お風呂とかももう済ませていたらしく、同室の人間に挨拶するために起きていただけらしかった。荷ほどきも終わってたんじゃんさては譲る気無かったなと思いつつ、私もお風呂を済ませる。寝巻に着替え自室となる洋室で荷物を広げていると、ドアがノックされた。佐橋さんである。

「ごめん、これ忘れてた……」

 そう言って手渡されたのはビニールで梱包された洋服だった。表面に伊吹 雪と書かれたシールが貼ってある。

「制服だって……リビングにあったんだけど、ちょっと場所開けたくてどかしてたの、忘れてた……それだけ。おやすみなさい……」

 眠そうにそう言うと佐橋さんは自室へ戻って行った。

 服を取り出し、広げてみるとそれは吹雪型のセーラー服だった。成程、これが絶対に着用しろと書類に書いてあった制服か。生地はかなり強靭に作られていると私のチート感覚が告げている。部屋に来る前、伊良湖さんも明日は制服を着て六時に食堂に集合して朝食だと言っていた。本当にこれを着て訓練し、戦うのだろう。

 正直言って訳が分からないが、国を挙げてやれと言うのだから意味があるんだろうと思う。思うが……スパッツとか下に穿いちゃダメかな? 精神的には一応男な私にスカートは辛く、中学の制服もそうしてなんとか乗り切っていたのだ。明日聞いてみようと思う。

 ベッドに横たわり部屋割り表を眺める。そこには金剛や比叡の文字は無い。先輩達とは別の寮になったようだ。っていうか、駆逐艦の名前しか無いわこの寮。うとうとしながらそんな事を考えていたらそのうち眠ってしまった。

 

 翌日、手早く身支度を整え制服も着た私は、五時半を十分ほど過ぎても起きてこない佐橋さんを叩き起こし、顔を洗わせ、制服を着せて引きずるように食堂まで連れて行った。おかげでぎりぎりで遅刻するところだった。明日からはもっと早く起こそうと決心した。

 食堂には私たち以外の訓練生は既に全員揃っていて、予め決められた席に座っていた。立っているのは伊良湖さんとその横に立つ白髪の女性だけだった。

「初日から遅刻寸前とはね、まぁどちらのせいなのかは見ればわかるけど」

 白髪の女性が佐橋さんを見ながらくすりと笑う。明らかにおざなりな身支度しかされてないからね、仕方ないね。とにかく座れ、と席へ促される。私たちが席に着くのを見て白髪の女性は話し始めた。

「おはよう訓練生のみなさん。私は響、君たちの指導をする自衛隊所属の指導員だ。響というのは私の使っている艤装の名前で本名ではない。私もこれから君たちの事は艤装の名前で呼ぶのでそのつもりでいてくれ」

 響と聞いて私は驚いた。その女性が私の知っている駆逐艦響と全く印象が違っていたからだ。自衛官の響さんは背が高く、170を超えていそうに見える。雰囲気も全体的に鋭いというか、キツそうである。ただ髪は白くて長いし、目は青かった。

「教官は私を含めて四名、他の三人は今指導のための準備を行っている。食事が終わったらさっそく訓練になる……とはいえ、今日はそんなに難しい事はしないから安心してくれていい。何事も基本からだ」

 佐橋さん含め何人かが明らかに安堵した表情になる。自衛隊員の難しくないが我々にとって難しくないとは限らないと思うんですけどねぇ。

「それでは、食事を始めてくれ。何か質問があったら今のうちにしてほしい、どんな事でも構わんよ」

 その言葉でスパッツ穿いてもいいですか、と反射的に聞いてしまったが私は悪くないと思う。邪魔にならない範囲なら好きにしてくれとの事だった。

 

 私の質問のせいか微妙に弛緩した空気の中食事は始まった。メニューは白米に卵焼き、ほうれん草とベーコンの炒め物に青菜の味噌汁、漬物と今の日本基準だとかなり豪華な内容だった。特に味噌汁。こんぶもかつおも取れなくなった今海鮮出汁は貴重品なのだが、それをふんだんに使ってあった。合わせ出汁の美味さを噛み締めながら飲ませていただく。

「艦娘に選ばれたのはここに居るので全員なんですか?」

 誰かが質問を投げかけた。その質問に響教官は首を振って答えた。

「いや、この訓練所に送られたのは駆逐艦の艦娘だけだね。他の艦種は別の訓練所さ。第一訓練所は提督、第二訓練所は戦艦と巡洋艦、そしてここ第三訓練所は駆逐艦専門になっている。ちなみに第四が空母で第五がその他の潜水艦とかだな」

 どうりで剛田姉妹や三山さんが居ない訳である。周りを見渡してざっと確認するが、この場の訓練生は52人、他の訓練所も五十人くらいだと仮定するなら第一期適性検査で見つかった艦娘適性の女子は200人ほどか。どれくらいの人数を調べたのかはよく知らないが、うちの学校の7人というのはかなり多かったのではないだろうか。

「教官は、あの12人の精鋭の一人なんですか?」

「いや、違う。私は――というか、この訓練所の自衛隊員は全員あの部隊の一員ではないよ」

 え? と何人かが疑問の声を上げる。国の公式発表では戦える艦娘は12人で全員という事だったからだろう。だが教官は先ほど自分は響の艤装を使っていると言っていた。

「それじゃあ、自衛隊は嘘を吐いていたって事ですか? 本当は戦える人もっと居たって……」

「それは違う!」

 質問を遮り教官が大声を上げる。皆ぎょっとして食事の手を止めた。

「ああ、いや……すまない。だが本当に違うんだ。……そうだな、艦娘の適性値について今から教えよう」

 ちょっと待てと言って、教官は部屋の隅に置いてあったホワイトボードを持ち出した。

「まず、君たちは適性検査に合格してここに召集された訳だが、この適性検査は適性があるかないかだけが分かるなんて曖昧なものじゃなく、明確に数値として結果が出るものなんだ」

 教官がホワイトボードに文字を書く。一番下に100、その少し上に107。

「この107が私の駆逐艦響の適性値だ。もちろん他の艦の適性値はもっと低い。艤装の起動はこの数値が100を超えれば可能になる。そしてこれが今回の招集条件」

 150。とホワイトボードの中央に書かれる。

「つまり私は起動は出来るが艦娘として招集される条件を満たしていない人間というわけだ」

「起動できるだけじゃ戦えないんですか?」

「ああ、無理だ」

 教官はきっぱりと宣言した。

「私達だって何度も試したさ。だが、どうも艤装という奴は機関砲やら魚雷やらの威力まで適性値によって増減してしまう難物みたいでね」

 私だとほとんど装甲を抜けなかったよ、と教官は苦笑いした。

「適性値は低いほど1単位当たりの差が大きくなるみたいでね、107と150だと破壊力も機動力も桁が変わってくるんだ。私なんて全速力で航行するよりも普通に走った方が早いくらいだよ」

 走ったという単語に島さんがぴくりと反応し、絶対私の方が速いよという顔をする。どこに向かってるんだあの娘は。

「まぁ、そんなわけだから我々のような半端者は海には出ないが艤装が必要な仕事を割り振られているんだ。実際の所、艦娘として戦っている人間よりそちらの方が数は多い。公にはされていないが……まぁ、具体的に何をしているかは今後講義で取り扱うから楽しみにしておくといい」

 講義と聞いて、島さんも足立さんも佐橋さんも嫌そうな顔をした。現状の知り合い全員である。

「そんなまともに艤装を使えないなんて人が、私たちに教えられるんですか」

 どちらかと言えば焦りを含んだような声色で、睨むように教官を見据えながら一人が言った。

「貴女から教わって、あのクソ深海棲艦共を倒せるんですか」

 叫び出しそうなのを堪える様な詰まった声を受けて、教官はふっと笑った。

「そうさせてやるのが、私たちの仕事だ」

 二人は十秒ほど見つめ合い、やがて訓練生の方が視線を外し、目を伏せた。

「……よろしくお願いします」

 そのまま全員が食べ終わるまで朝食は無言で続いた。急にシリアスさんに顔出されると反応に困るわぁ。

 

 

 

 朝食が終わり、整列し訓練所へ向かう。訓練所は寮のすぐそばで、外観はどう見てもどこかの学校そのままだった。本来学校名が書いてあるであろう校門横のレリーフの上には第三訓練所と書かれた板が張り付けてある。校舎を通り過ぎ、列は体育館へと入って行った。

 外観は体育館なその建物は、中身は別物のように改装されていた。至る所に用途不明の配線が引かれ、天井からは吊り下げ用のクレーンが下りている。それらに囲まれるようにして52個の様々な艤装が置かれ、その周囲には大量のナマモノがうじゃうじゃと沸いていた。

 ある者は艤装を磨き、ある者は艤装のネジを締め、ある者は床の汚れをふき取り、ある者は煙突に嵌ってもがき、ある者は艤装に座ってお弁当を食べ、ある者は艤装の上で眠り、ある者はスパナを構え、ある者はドライバーでそれに応戦し、ある者は艤装の排気口から猫のような何かを引き抜こうとしていた。

 

 仕事してる奴の方が少ねぇ……!!!

 

 私は戦慄した。

 

 

 

 ナマモノ達の奇行はどうやら私にしか見えていなかったようで、誰もそれに反応せず、中の艤装を皆注視していた。教官が自分の物を探すように指示すると、みんな艤装に付いた名札を頼りに捜索を始めた。

 訓練生がそれぞれ自分の艤装の下へ移動すると、わらわらと遊んでいたナマモノたちは各々自分の持ち場があるのか、あわてて艤装の中へと駆け込んでいった。一部の艤装は入る場所が無いように見えるのだが、それでも複数のナマモノがその中へと消えて行く。外観は関係ないのかもしれない。

「では装着してくれ」

 教官の指示に従い、各々一緒に置かれたマニュアルを読みながら装着していく。基本は背負って各部を固定するだけのようだ。武装は外されている、安全面を考慮してだろう。そんなに難しくはないので暫くすると大体の娘が装着を終えた。

 そして訓練生たちの間から悲鳴が上がった。

「おうっ!?」

「なにこれ!?」

「人形っぽい?」

「まぁ、かわいらしい……」

 声を上げた少女たちの目線の先には艤装から顔を覗かせるナマモノが居た。どうやら全員ナマモノを認識したらしい。私の艤装からもおはよーとナマモノが挨拶していた。おはようさんと返しておく。教官を見ると、予想通りの反応だったのかちょっと楽しそうだった。

「教官! なんですかこれ!?」

「ふふっ……その子たちが艤装の乗組員だよ。艤装は言ってしまえば小型化した船だからね、一人で動かせるものじゃない」

 聞いてないですと叫ぶ訓練生に教官は機密事項だからねと返す。ナマモノ達の声も相まって、体育館はだいぶ騒がしかった。

 

 教官によれば、一般的にナマモノ達は艤装を付けた状態でなければ認識できず、平常時でも彼女らを知覚できる人間のみが提督になれるという事だった。その説明の最中教官は私の方をチラ見していた。私に提督適性がある事を知っているのだろう。

「提督って、艦娘ってそんなオカルトみたいな存在だったんですか!?」

「そうだ、完全に我々の知る物理法則を飛び越えた先にある存在だ。そして深海棲艦もまた、そうした我々の理解し得ない法則で動いている」

 教官の目はどこまでも真剣だった。深海棲艦は通常の兵器では傷つけられない。単純にそれが事実なのだとその目が告げていた。

 

「我々は妖精さんの力を借りて戦うしかないんだ」

 

 一瞬時が止まり、一斉に動き出す。

「妖精さん?」

「妖精さんって」

「妖精さんっぽい!」

「ああ、妖精さんだ。公式名称だ、覚えてくれ」

 教官の目はどこまでも真剣だった。ナマモノの名称は妖精さんである。単純にそれが事実なのだとその目が告げていた。

 

 『さん』まで公式なのおかしくね、という私のつぶやきに、吹雪の乗組員である妖精さんは分かるわーと頷いていた。お前らも疑問に思ってるのかよ!

 

 

 




何もかも緩い感じのを目指しているのでご注意ください。

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