転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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転生チート妖精さん

 部屋の扉をこじ開けて、私は部屋へ躍り込んだ。ドアの鍵をしっかりかけ、手の中のそいつを改めて観察する。もはや観念したのか抵抗はしておらず、むしろ怯えたような目でこっちを見つめている。どうやら逃げたりはしなさそうなので机の上にそっと下ろすと、その妖精さんはゆっくりと立ち上がり周囲を見渡した。

 改めて観察してみると、なんだかこの子、見覚えがある。妖精さん特有の可愛らしい瞳。茶色い髪は左右で括られ、服は薄いクリーム色の水兵服。頭には制服と同じ色の帽子を被っており、それに巻かれた萌黄色のリボンには艦 これと書かれている。そしてその艦とこれの間には初心者マークがあしらわれていた。

 思い出した。この子あれだ、一か月くらい前の生放送の時にマッドな方の明石さんに枕にされてた子じゃん。帽子の意匠で思い出した。あれ、こいつ何時から居たんだ……? っていうか。

「妖怪猫吊るし……!?」

 どう見てもそいつは初代エラー娘と呼ばれるそれの姿をしていたのだった。

 

 

 

「すみませんでした」

 お互い落ち着いて、私が最初にした事は謝罪であった。

「いや、分かって貰えればいいんだ、俺から見たら吹雪でも巨人みたいに見えるんだってのは把握しといて」

 突然やって来た自分の十倍以上の背丈の存在に鷲掴みにされて巣まで連れ去られた人の心境を述べよ。配点十点。

 正解、むっちゃ怖い。

 何すんだよもーと文句を言われて、初めて私はその事に気が付いた。控えめに言って駄目人間である。

「本当に申し訳ない。私以外にも居たと思ったら我を忘れて……」

「あ、ちょっと待って」

 私の言葉を遮ると、転生者妖精さんはなんでか手を翳してくるくると回り始めた。三回転ほどして動きを止めると大丈夫そうかなと呟いて、私の方へ向き直る。

「盗聴器とかは無さそうだな」

「今ので分かるんだ?」

 というか盗聴器って。そんなの仕掛ける奴居ないだろ……って思うんだけどそうでもないんだろうか。

「とりあえず、艤装も外に出そうぜ。中の連中にあんまり聞かれたくない」

 言われて思い出す。そういえば艤装背負いっぱなしだわ。でも見てみたら私の高速ダッシュのせいで中の妖精さんは大半がダウンしていて、そもそも話なんて聞ける元気はなさそうだった。

「廊下に放り出すの躊躇われる状態なんだけど……」

「……じゃあ、いっか」

 結構優しそうな子でちょっと安心した。

 

「じゃあ自己紹介をしようか、俺の名前はエラー妖精猫吊るし。チュートリアル娘やってる一般通過転生者だ。よろしくね」

「それ名前かなぁ」

 名乗る気無いだろお前。って思ったんだけど、なんかこの子、前世の名前覚えてないらしい。なにそれ、私バッチリ覚えてるんだけど。

「いや、俺妖精さんじゃん? 妖精さんって全人類の霊的集合体から生まれて来るんだけど、こっちに出てきた時に名前置き忘れて来たみたいでなぁ」

 さっぱり思い出せません! とちっちゃい体でちっちゃい胸を張った。

「まぁ好きに呼んでくれ、長い付き合いになりそうだし」

「そう言われても……何か今世での呼ばれ方とか持ってないの?」

「いやぁ、そもそも妖精さんって個人の区別が曖昧でさー」

 名前で呼ばれるとか無かったらしい。言われてみれば私もあんまり気にした事無いな。入れ替えちゃうからってのもあるけど。

「宮里提督や楠木提督は見分けてくれてたし、明石達も顔覚えてくれてるけど、呼び名って言われるとな」

 せっかくだから付けて、と転生妖精さんは言う。なんか責任重くないかと思ったけど、少し考えて適当に思いついた名前を挙げていく事にした。

「エラー妖精だからえっちゃんとか」

「謎のヒロインかな?」

「猫吊るしだからルーシーとか」

「首とか四肢とかもぎそう」

「チュートリアル娘だからトリエルとか」

「この妖精さんバディから溢れる母性を感じ取っちゃったかー」

 私と妖精さんは口を閉じ視線を絡め合った。部屋の中に緊張が走る。暫くお互いを見つめ、私達はどちらからともなく右手を差し出し握手を交わした。

 

 私も一応名乗ってみたけど知ってるーと返された。そりゃそうか。とりあえず艤装は扉の前に降ろし、私は椅子に腰かけた。この鎮守府は二人部屋で部屋の壁はそこそこ厚く、大声でなければ気にならない程度の音漏れしかしない。鍵も掛けたので話し合うには丁度良いだろう。盗聴器もないらしいし。

 机の上には私のノートPCと件の妖精さんが乗っかっていて、立っているより目線が近くなって多少は話しやすい。まぁだいぶ大きさに差があるのはどうしようもないので巨人に見えるのは変わらないんだろうけど。

「それで猫吊るし、なんで工廠で隠れて仕事してたのか聞いていい? 私が転生者なのは分かってたと思うんだけど」

 妖怪猫吊るしだからもうそのまんま猫吊るし。呼び捨てになってるけど、本人は別にそれでいいらしい。本名を思い出せたらそっちで呼ぼうかと考えている。

 その猫吊るしだが、私に見つかって連れ込まれる時に抜かったとか口走ってたんだよね。だからこの子、意図的に私から身を隠していたんだと思うんだ。なので理由を聞いてみたら、猫吊るしは腕組みしてちょっと悩んだ後、かなり言い辛そうに教えてくれた。

「いやさ、吹雪ってチート能力全開で最強の艦娘として君臨してるだろ? 正直、実際出してる戦果の割には謙虚だと思うんだけどさ……転生者だろうなって予想の付く奴から見たら、こう、自分以外の転生者絶対許さないマンの可能性を考えない訳にいかなくてだな」

 別に吹雪が悪い事したとかじゃないから勘違いしないでくれ、と補足しつつ猫吊るしは続ける。

「俺、戦闘能力はほとんど無いんだよ。それで自分よりサイズも大きくて滅茶苦茶やってる奴の前に無防備に出るのってどうしても怖くてな。だからまずはどういう奴か実際に確かめようと思って観察してたんだ」

 どうやら猫吊るしは妖精さんとしてかなり仕事が出来るらしく、観察するためだからって暇してるのは勿体ないので工廠で働きながら事を進めていたらしい。その結果。

「デスマーチの連続で全然観察出来なくってな……」

 宮里艦隊の工廠は、ながらで勤まるほど甘くなかったらしい。

 

 工廠は妖精さん増員とか自衛隊の工作艦の人達増員とかで以前よりはマシになっているそうである。でも第三期の適性検査があったらまた戦艦造らされるんだろうなぁ……

「まぁそんな訳でたぶん大丈夫だろうけど確信は持てないくらいの状態でずっと居たんだわ」

「ずっとって、そんな前から居たの?」

「かれこれ一月半くらいになるかな。例の生放送よりちょっと前くらいに宮里艦隊に来たよ」

 吹雪の存在は適性検査の時点で知ってたけどな、と猫吊るしは呟いた。どういう事だってばよ。

「大本営の方で色々作っててなかなかこっちに来れなくてさー、あ、でも作ったのは会心の出来だぜ!」

 なんだか自慢げに鼻息をふんすと鳴らされた。必要だったら吹雪の分も作ってやるからなと謎の気概も宣誓される。

「そもそも何作ったのさ」

「ケッコン指輪!」

 それはあれか、長門さんの指にほぼ常時ついてるアレの事か。あれ作ったのお前かよ。っつーか本物かよあれ。

「この世界ってケッコンカッコカリ実在すんの……?」

「するよ!!」

「するかぁ……」

 詳しく概要を聞いてみれば、非常に仲の良い艦娘に対して提督が専用の指輪を贈る事で成立するらしい。この世界ってレベルは存在しないからレベル上限が上がるような効果はないらしいのだけど、代わりに適性値が上がるそうな。何それ艦娘垂涎じゃん。

「恋人レベルの仲の良さじゃないと効果出ないし大量生産する意味は無いんだけど、効果は高い。はず」

 吹雪は恋人居ないの? って聞いてくるけど分かってて言ってるだろお前。

「私二次専なんで」

「知ってた。でも恋人じゃなくてもそれくらい親しければ大丈夫だから、親友とかでもいいぞ」

 はぁ親友。まぁ、一番親しいと思われる島風は兄弟姉妹とか言われるレベルだから行けそうかなぁ。金剛さんは……微妙。っつーか指輪なら私より提提督から貰いたいだろう。後は……初雪? いやあれはどうなんだろう。甘えてはくるけど実際どういう経歴なのかとかもよく知らなかったりするんだが。

「あ、ちなみに提督によってケッコン出来る人数が違うんだぜ。これ面白い事に艦隊に組み込める人数と比例してるみたいでさー、中央値で二人か三人くらいしか無理なんだよな」

「私、一期の提督で指揮可能な人数最下位なんだけど……」

「なので吹雪がケッコン出来るのは一人になります」

 成程。成程?

 

「装飾は選べないっていうか、すっごいシンプルデザインだから自分で選んだプレゼントも別に贈るといいと思うよ」

「まぁそれはとりあえず置いとこう。それより猫吊るし、私の事前から知ってたって何時からこっちの世界で活動してたの? なんか結構長そうだけど」

 私の質問に、猫吊るしはよくぞ聞いてくれましたという感じにふっふっふと笑い出した。妖精さんだから可愛いだけだしいいけど。

「この日本に艤装の作り方を持ち込んだのは何を隠そうこの俺さ!!」

「え、マジで?」

「マジマジ」

 マジらしい。腰に手を当て褒めてもいいのよとばかりに胸を張る猫吊るし。割と足を向けて寝られないタイプの存在だったようだ。

「宮里提督が妖精さんを最初に見つけたって聞いてるけど」

「それが俺。集合体から飛び出て見える奴を探してたら、向こうから見つけてくれたんだわ」

 小さな体で移動もままならなかったそうで、あの時は助かったわーと笑う。サイズ感が全然違うもんな。

「ん、じゃあ艦娘とか深海棲艦とか妖精さんとか呼び始めたのって……」

「俺!!」

 自分でもまさか『さん』付けで定着するとは思ってなかったらしい。勢いって怖いね。

「そんでまー、他の妖精さんも提督二人に呼んでもらって、大和の艤装作って、その後も色々必要な装備とか機材とか作ってたんだよ。適性検査用の機械とかな」

「ああ、あの印刷してくれる奴」

「そうそう。宮里艦隊にある奴は小型だからあんまり大勢のは出来ないけど、最初に作った奴はかなり効率よく一度に大量にやれるようになってるんだぜ」

 検査用のシリンダーが使い捨てじゃなければなぁと猫吊るしはぼやいた。確かにそれならもう本州中の適性検査が全部終わってただろうしねぇ。ちなみに検査自体には関わってないらしい。まぁ、機械の設定して稼働させるだけなら要らないわな。

「んでー……自衛隊が戦えるようになって、そこから一回目の適性検査まではほとんどずっと艤装とそれ用の装備の作成してたな。なんせ今ほど適性の高い工作艦がいなかったからさ、検査が終わってから作ってたら時間かかり過ぎるってんで、無駄になるの覚悟で色々作っておかなきゃだったんだよ」

 その吹雪も建造手伝ったんだぞ、って猫吊るしさんはおっしゃる。これ転生者製だったのか……いや口振りからして一人で作った訳じゃないんだろけど。艤装を見つめてみたけど他との差異があるのかはよく分からなかった。

「一期の招集がされてからは大本営の方でケッコン指輪の開発とかに携わってた。適性値が上げられるとか絶対有用じゃんって思ったからな。今使ってるのは長門だけだけど、吹雪から見てどう? 効果出てる?」

 わくわくしながら聞いてくるけどすまん、私長門さんと全く一緒の戦場行かないから全然分からん。

 

「ってそうだ、それならもしかして艤装の仕様とかはよく知ってる?」

「その説明をする前に、俺の能力の詳細を理解する必要がある。少し長くなるぞ」

「もちろんだ、やっとらしくなってきたな猫吊るし」

 何らしくって転生者らしく。やっぱりチート能力持ちなのか。まぁ私だけ持って他の人には無いとかそんな不公平無いだろう。あったら私の責任が重すぎて胃痛で死ぬ。

「とりあえずどういうのか実演して見せるわ」

 だからこのノート開いて、と私のPCを指差した。おいまさか壊す気じゃないだろうな。一瞬そう思ったけどそれなら別に開かなくてもやれるわな。

 言われた通りに二つ折りになっていたそれを開くと、いつも通りにスリープからの復帰のためのパスワードを入れる画面が現れる。普段の癖で入力しようとキーボード部分に腕を伸ばしたら、ちょっと待ちたまえと止められた。

 本当に開くだけで良かったのかと思いながら手を膝の上に戻す。猫吊るしはノートPCのふちに手をかけると、いくぞーと軽く声をかけ、よいさーと言いながら能力を発動した。

 その瞬間。何故か私のノートPCは見慣れた壁紙を表示した。特に何のガジェットも配置されていない、なんならアイコンなんかも存在しない。完全に壁紙と下部のツールバーだけの簡素なそれは、いつも通りの私のデスクトップ画面だった。

「なんだ、キャラ画像とかじゃないんだな壁紙」

「そりゃ同室の子にも見られるもんだし……」

 ただの夜の湖の絵にしてある。いやそれはどうでもいいんだ大事な事じゃない。

「何やったの?」

「まぁ待てここからだ」

 猫吊るしがそういうと、画面の中が激しく動き始めた。コマンドプロンプトのような窓が複数開き、0と1の羅列が滅茶苦茶に表示される。いや、たぶん意味のある並びなのだろうけど私には理解できなかった。流石に二進数の機械言語は履修してないわ。

「……あら意外、スパイウェアとか入ってないのな」

「入っててたまるか!?」

「いやだってこれ、酒保で買った奴だろ? なんか仕込んでるんじゃねーかなって思ってたんだけどなんもないな。綺麗なもんだ」

 ちゃんとウイルス対策とかしてるからね? って思ったけどそういう話じゃなかったらしい。いや流石に一艦娘の使うパソコンにそんなもん仕込まないだろ。と言いたい所だが私が一般艦娘かと言われるとかなり怪しい。制度的には普通の艦娘のはずなんだけど。

「好意でチェックしてくれたんだと思っておくけど……なに、それが猫吊るしの能力なの?」

 ここまで、猫吊るしはふちに手をかけてはいるけどキーボードやマウスといった入力用のデバイスには一切触っていなかった。なのに私のPCは見た事ないくらい活発にお仕事をなさっている。お前そんなに頑張れる奴だったんだな……基本動画見たり掲示板見たりチャットしたりするくらいだから知らなかったよ。

「ああ、これが俺の貰ったチート能力の一端だな。『いろいろ』『つかえる』って名前で、本当に色々使える便利な能力だよ」

 さっきくるくる回って盗聴器探してたのもこれのちょっとした応用らしい。かなり便利。

「もしかしてサイコロ振った?」

「振った振った。やっぱ吹雪もかー」

 笑う猫吊るしから話を聞いてみたら、やっぱり転生させてくれたのは例の自称魔法使いの女の子で、変な空間でサイコロを振らされたのも一緒だったらしい。やっぱり猫吊るしも面白くなるようにされたから妖精さんになったんだろうか。

「私の能力は『なんか』『つよい』って名前で、私が強いのはこれのおかげ」

「なんか?」

「なんか」

 一方的に教えて貰うのも悪いから言ったけど、詳細は私も知らん。説明とか一切無かったんだもん仕方ないじゃん。戦闘力めっちゃ上がるからとても有難く使わせてもらってるけど。

「ところでコレ何やってんの? ずっと動いてるけど」

 PCは延々と0と1を書き出し続けていて、何かをしているようなのだが、何をしているのかは私にはまるで分らなかった。

「検索履歴とかブックマークとかから吹雪の性癖割り出してる」

「止めろ」

「はい」

 素直に止めてくれた。初めからやらないでもらいたい。

 

「俺のこの能力は別に電子機器だけに作用するもんじゃなくてな。種族的な特性なんかも完璧に使いこなせるんだ」

 なんでも妖精さんって連中は実は結構個体差があって、エンジニアでもパイロットでもネイビーでもなんでも出来るってもんでもないらしい。私が普段使い潰してる子らは、そのほとんどが飛行機に乗って活躍したり工廠で明石さん達と死線を超える事は出来ないのだとか。

 ところがどっこいこの転生妖精さんは違う。そのチート能力によって妖精さんの出来る事ならあらゆる事に精通し、持ってる知識なんかも他妖精さんの比ではないと言う。だからケッコン指輪の作り方とか分かったんだそうな。

 さっきやって見せたようにパソコンなんかは触れただけで思い通りに操れ、パスワードによるロックなんかも全く意味を為さない。うーんチート。分かり易い。っていうか、さては破壊工作とかスパイ大作戦とか滅茶苦茶得意でしょ君。普通の人には見えないし。

「艤装の事もその能力で?」

「うーん、それは微妙なとこだと思う。俺以外の妖精さんも普通に建造方法知ってるみたいだし、工廠で働くような奴らなら誰でも造り方だけなら普及出来たんじゃないかな。妖精さんはあの時点でもうこの世界に湧き出てきてたし。真っ先に飛び出したのが俺だっただけで」

 猫吊るしはこっちの世界に生まれる前から魂とかの集合体の中に暫く居たらしい。卵の状態でも意識があったみたいな感じなんだろうか。少しの間持ってる情報を精査して、自分が妖精さんだと断定、艤装の事を人間に伝えるために出来るだけ早く出てくるように努力したんだそうな。えらい。

「まぁそんなわけで、艤装の事はよく知ってる。なんか知りたい事ある?」

 ありますとも。ずっと心に引っかかってスッキリしない案件が結構色々ありますとも。聞いていいなら聞きたい事は沢山あるが、とりあえず一番気になってる事からだ。

「艤装って体や心に影響が出るよね?」

「あー……出るな」

「だよね。あれって使うの止めれば抜けたりする?」

 猫吊るしは難しい顔になった。知らないというよりは答え方に迷っているという感じで、何やらややこしい事になってそうだという予感がする。

「今のまま使ってるだけなら、使うのを止めれば影響は抜ける。はずだ」

「なにその含み」

「俺からすると、既に体の方にまで影響がはっきり出てるって事自体ちょっと意外なんだよ……まず、なんで影響が出るのかって事から説明しようか」

 

 この世界の人間は魂の形や状態によって肉体や精神が変化する。

 まとめるとそういう事らしい。イエーイファンタジー世界。またかよ。

「例えるとなんだが……そうだな、呪術廻戦の真人、知ってる?」

「知ってる……無為転変か、え、そういう話なの? それだと戻らなくない?」

 無為転変。それはざっくり言えば自分や他人の魂の形を変える事で肉体にまで変化を齎す術である。大体異形化する上ほぼ即死とかいう酷い技なんだけど、それと同じなの? ヤバいだろそれ。

「いや、例に出したけどあれとはかなり違う。分かり易いかと思ったから言ったけど誤解させたならすまん」

 びっくりさせないで欲しい。アレだったらやべーわ、完全に鬱アニメの世界だったわ。何かマギカとか誰々が勇者であったりするところだったわ。

「この世界の場合、自分の魂以外に、傍に居る魂の影響も受けるんだよ」

 ペットは飼い主に似るというが、この世界だとそれは真実なんだそうだ。お互いにお互いの魂が影響し合った結果、本当に似てくるものであるらしい。尤も、通常であればそこまで大きな変化はしない。精々相手の好みが理解出来るようになり易いとかそんな程度で、大きな差は出ないと言う。

 だが、艦娘は違う。艦娘になった女性達は、通常の人間の魂よりも遥かに強大な艦の魂と接し続けなければいけない。史実や多数の想いで補強された伝説的な存在の影響力は普通の魂よりも遥かに強く、その上艤装でそれと魂で直接的に繋がってしまう。そうなれば知らず知らずの内に精神や感覚が影響を受けて行き、私達の知る艦これの艦娘に近い言動をするようになるのは必然だと言う。

「だから、使うのを止めさえすれば元に戻る?」

「うん。艤装に触れなければそんなに長い事掛からずに元に戻るはずだ。精神の方はな」

 肉体の方も戻らないという訳ではないらしく、ただ精神に比べると熱し辛く冷め辛いみたいな感覚で、ちょっと時間がかかるらしい。どれくらいかは影響の深さによるそうだけど……十年二十年とか掛かったらどうしようもないな。

「つっても、精神はともかく肉体は抜けなくても大して問題無いだろ、むしろ便利じゃないか?」

「あー……まぁ、そうね、普通なら。そうかも」

 一部の人間には大問題なんだよなぁ……

 

「そんなとこまで考えてなかった」

 島風と長良さんの事を話した結果、猫吊るしは机の上で膝と手を突き、見事なorzのポーズをとった。明石さんもやってたなそれ。もしかして影響し合ってない?

「艤装の仕様自体は元々のものなんでしょ? 猫吊るしのせいじゃないよ」

「そうだけどさ……」

 持ち込んだ張本人故か、気になるらしい。真面目じゃん。

「そういえば宮里提督にもそれ言ってなかったの? 長門さんも提督も知らなかったみたいなんだけど」

「え、俺、楠木提督には言ったぞ。宮里提督には確かに言ってないけど……」

 そこから他の人に伝わってないと。

「隠した?」

「隠したっぽいなぁ」

 もしかして広めちゃ駄目な奴かこれ。どういう意図があるか知らないけど、勝手に広めると良くない奴だろうか。まさか忘れてたとかそんな事は無いだろうし。

「公式に認めない方が良い事ってのもあるのかな……」

「ああ、ソシャゲのバグ対応とかな」

「炎上する奴じゃん!」

 楠木提督が知ってるなら言わないのにはなんか意味があると思うから、私から言わない方が良いのだろうけど、長良さんや青葉さん達に伝えたい気持ちもある。いや、悩むのは一人の時にしよう。

「話変わるけどさ、この世界って改二はあるの?」

 落ち込む話を続けるのも悪いし、私としては違う話題へ移るつもりだったのだけど、それを言ったら猫吊るしは渋面になった。

「話変わってねーよ」

「OK、大体察した」

 クソデカ影響ですね、分かります。

 

 改二。

 艦これだと艤装の形や艦種なんかが別のものに変わったりするかなり特殊な改装で、色々要求されるものの、基本的には上位互換になれる重要な要素だった。純粋に能力が上がったり、今までは使えなかった特殊な装備が使える様になったり、場合によっては名前が変わったりもする。素の状態から改という強化形態を経て至るのが一般的である。

「この世界にも改二に該当すると思われるものはある。ただ、別に一回目の改造はしなくてもなれるからこの名前が正しい表現なのかは微妙なとこ」

 たとえば私の艤装は艦これで言ったら素の吹雪で近代化改修を最大までやった様な状態なのだが、この状態から一気に改二になる事が可能らしい。確かにそれだと二じゃないな、改飛ばしてるし。

「詳細も俺達の知ってる艦これのものとはかなり違ってな。まず、人によってその姿が変わる」

「それはコンバート改装とかじゃなくて?」

 艦これでは一部の艦娘は改二からさらに改二甲や改二護という特殊な形態に改装出来る。素の改二に戻したり出来る場合もあって、純粋に上位互換とはならない事が多い。

「そっちは俺の知る限り無いな。一人に一つの改二だけ。その代わりか知らんけど、改装した姿は多種多様っぽい」

 断言できないのは未だ誰も改二になっていないからとの事。一応元の艦に沿った強化形態になるのが基本らしいけど、もしかして大和が宇宙戦艦になったりとかするんだろうか。流石に無いか。

「んで、なれる条件だが……もう大体分かってるみたいだけど、体の方にまで集合体の艦娘の影響が強く出てる事が一つ目だ」

 つまり、長門さんや島風はもうその条件はクリアしている事になる。私はどうなんだろ。よく分からん。

「それで二つ目……一個目を満たした上でこの条件をクリア出来れば晴れて改二になれる」

 そう言って猫吊るしは言葉を切った。あんまり言いたくないのだろう、腕組みしてサイズ大きめの頭を左右に振ってうんうん呻っている。暫くそうしていたが、じっと見つめていた私の瞳を見つめ返して、真剣な口調で条件を言った。

「霊的集合体の中に居る艦娘に自分を認めさせて、魂の一部を分けて貰う事」

「うん……うん?」

 待ってそんな事出来るの。分けて大丈夫なもんなの魂って。痛そうとかそういうレベルじゃなさそうなんだけど。

「そしてその魂を自分の中に受け入れる事。それが二つ目だよ」

 何それ怖い。いや怖いっていうか、大丈夫なのかそれ。いや大丈夫なら言い渋らないわな。絶対大丈夫じゃないわ。

「それさ、さっきまでの話の流れで考えたら……」

「精神と体への影響が基本的に永続になります」

 マジかよ。

 マジなんだろうなこれ。魂の影響受けて変容するって話なのに艦娘の魂分けて貰うとかしたらそりゃあ治るもんも治らなくなるわ。初春さんのオーラ凄かったもんなぁ、あれを発するようなのの一部とか、受け入れたら影響不可避だろう。

「あ、でも人格が乗っ取られたりはしないはずだから、そこは安心していいと思う。たぶん」

「そこは断言して欲しかった」

 まぁ、相手は艦娘だしそんなに酷い事はしないんだろう。そこに在るだけでヤバいだろうけど。

「で、そこに加えて……」

「まだなんかあるの?」

「体型とかも普通では有り得ないくらいに艦娘に引っ張られるようになります」

 今現在、噂程度に胸とか胸とか、あと胸とかが大きくなったり小さくなったりといった話が各所で出回っている。でも、それはまだ普通に生活しててもある程度有り得るレベルの事ではあったのだ。有り得ない、と言うからにはそれとは比にならないくらいの変化が起きるって事なんだろう。つまり。

「龍驤さんの龍驤さんが龍驤さんみたいになるって事!?」

「それでなんとなく言いたい事が伝わるのほんと酷いと思うわ」

 でもそういう事だと猫吊るしは言う。さらに言えば、もし龍驤さんが改二になれば、龍驤さんのお餅だけでなく、身長までも艦娘に近づいてしまうらしい。

「これが割と洒落にならなくてなぁ、人によっては外見が若返っちゃうんだ。で、その状態で固定される」

「待って、何それなんか全然違う理由で使われそうなんだけど」

 固定? 固定ってなんだ? 変わらないって事だよね? 何年経ってもって事?

「そうだね不老だね。なんと人類の夢の一つが叶っちまうんだ」

 へーすごいなー。

「あの、それって艤装使うの止めたら戻ったりは」

「しません」

「ちなみに外見だけで中身は年取るとかは」

「ないです」

「つまり怪我とか病気で死なない限り?」

「永遠に生きれます」

 オイオイオイ死なないわ艦娘。戦って死ねみたいな状態になるのかよ、思ったより酷い物だったわ艤装。っていうかあれだな、結局戦う奴にリスクある感じの世界じゃんここ。いやメリットに感じる人も多いだろうけど。

「……そりゃ隠すわ」

「だよなぁ」

 どうにか性転換して使えないか試そうとする奴多発しそう。

 

「戦力的にはした方がいいんだろうけど、したらかなり人間じゃなくなるよねそれ」

「筋力とかだいぶおかしな事になるみたいだぞ。船の馬力再現したらさもありなんって感じだけど」

 決めるのは私じゃあないけど、出来る限りしないで済ませられるに越したことはないと思う。ただ、もし私が指揮をする側なら絶対やらせるんだよなぁ……改二ってそれだけ強力だったから。させずに死なれるくらいならして貰って多少変になっても生きててもらいたいし。

「せめて永続じゃなければねぇ。一時的なものなら多少若返っても喜ばれるだけだと思うんだけど……受け入れた魂って分離とか出来ないの?」

「出来るよ」

 猫吊るしはさらっと言いやがった。今までの話何だったんですかねぇ。キレていい?

「正確には、俺ならそれが出来る装置を開発出来る」

 どことなく褒めて欲しそうな顔な猫吊るし。私はむしろ君を吊るしたくなってきたんだけど大丈夫?

「って言ってもまだ開発に全く着手してないんだけどな。俺の持ってる妖精さんの知識からたぶん出来るだろうってのが分かるだけで、今の所は他に比べて優先度全く無いからさ」

「成程。つまり、猫吊るしが死んだりすると戻す方法が無くなる訳だ」

 命拾いしたな。いや本当にやったりしないけど、あんまりびっくりさせないで欲しい。ほんとにそんなことはしないけども。

 

「しかし妖精さんって、妖精さんに生まれ変わるだけでこういう情報背負わされるのね。大変そうだわ」

 産まれ直していきなりどこまで公開すりゃいいのかと悩まされるわけである。それ以外にも小さくて苦労するとか基本的に人間から認識されないわでかなりハードモードじゃなかろうか。潰れてもペラペラになるだけみたいなギャグ時空の生命体ではあるが。だからか普通の妖精さんが深刻に悩んでるとことか見た事無いけど、転生者はそうもいかない。

「まぁ……………………実は、自分で選んだんだけどな、転生先」

「え、そんなのあったの?」

 私無かったぞそんなの。サイコロ振っただけで何か選択するような余地はなかった気がする。

「転生実行される直前にさ、凄い気楽に聞かれたんだよ。二択出されてどっちがいいか選ばせてあげますわーとかって」

 逝ってらっしゃいと言われた直後、自称魔法使いは思い出したようにそんな事を言い出したらしい。暗転を始めた意識と視界にぼんやりと浮かぶ二つの選択肢。刹那の余裕しかないその状態で、猫吊るしは反射的に決めてしまったらしい。

「選ぶだろっ……!」

 絞り出すような声色。そうしてしまったのはきっとあの娘の思い通りの展開だったのだろう。その事が相当悔しいのか、猫吊るしは憤死しそうという表現が似合いそうな顔になっていた。

「『妖精』と『春雨』だったら、『妖精』をっ……!!」

 誰だってそーする。私もそーする。転生先の世界知らなきゃ食べ物にしか思えないもん。選択肢のようで選択肢の無い二択。春雨選んでたら今頃同僚だったりしたんだろうか。あの魔法使いを名乗る娘、もしかしてかなり性格悪いのでは……?

 

 

 




吹雪の場合でも『妖精』と『吹雪』になりますが流石に意味不明ですね。

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