転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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ずっと何かが乗っている

 淡路島から救助の要請が来た。

 私達がそう提督から聞かされた時、何人かは明らかに表情が変わり、一人は若干息が荒くなっていた。ほんとに余裕無いんですね夕雲さん。まぁ、淡路島の規模で生き残りが居て首尾よくそれを助けられるなら、四国の方ではもっと多くを救えるかもしれないんだから仕方ないんだけども。

 当然、すぐに助けに行こうぜって声は上がって、提督もそれに頷いた。ただこれ、使命感とか正義感とか、そういう理由からではなく、やらないとちょっと不味い事になるからなんだそうな。

 退避ルートを確立していない、本州まで上手く送り届けたとしてもその後精神的肉体的にケアする環境も完全には整っていない。そもそも敵戦力の把握や淡路島を挟んだ反対側の変色海域の偵察もまともにされてない今、本当ならすぐには救助へ向わせたくなかったようなのだけど、どうしてもやらないといけなくなった。

 なんでかと言えば、救難信号を受け取ったのが私達だけではなかったからである。今の日本って、色々問題起きてるし食い詰めてる人もいっぱいいる訳なんだけど、インターネットとかメディアとかは正常……ではないけど動いてるんだ。そんな状態で不特定多数に信号が送られちゃったもんだから、もうね、一瞬ですよ。

 本州全土に知れ渡っちゃったよね、生き残りの存在。私なんて宮里提督から言われるより早くネットで知ったからね。デマだろって思ってたけど。だって取り戻した日のそのうちだったし、受信したって奴大阪湾が青かったから動画撮ってきましたとかふざけた事言ってんだもの。まだ危険地帯だ馬鹿。

 ネット上じゃお祭り騒ぎになっていて、メディアも速報出しちゃったテヘペロって状態で、今はまだ危ないから行きません!!!! とか私達が言い張るのはちょっと不味い。ただでさえ第二期の招集があったばっかりだっていうのにお題目の人助けを実行しないのは、ちょっとどころでなく批判の的になる。っていうかなってた。言ってる人いた。反論しておいた。

 深海棲艦がSOSに対してどういう反応を示すのかも分からない。反応する事もあれば反応しない事もあるらしく、最悪の場合淡路島に姫級が大挙して押し寄せるなんて事も考えられ、そうなったら誰も生き残れないだろう。あいつら殆どが航空機使うから一体で町一つぶっ潰せるし。

 艦娘である私達の士気にも関わり、これでSOSを出した人が死んだりしたら私だって凹む。人を助けに行ける事がモチベーションの人は結構多いみたいだし。

 そんな理由が色々積み重なった結果、私達の出動は決まってしまったわけである。まぁ、やる事は救助に行く自衛隊の人達の護衛なんだけどね。私達は陸地で全能力を発揮できる存在じゃないからさ。私以外。

 

 

 

 私達の出発はSOSを受け取った翌日の早朝になった。私達だけで出発していいならもっと早くに出れたのだけれど、自衛隊の人達が乗る船とか、避難のために必要な道具とかを用意していたらそれくらいになってしまったのだ。でもこれ文句出ないくらい迅速にやっているんだよね、四国攻めのための準備がとっくに始まってたのが良かったらしい。

 よろしくお願いしますと挨拶し合い、配置の確認とかもろもろを終えて早速出発。皆やる気は十分で、天龍さんなんかは刀を振り上げて鼓舞の声を上げていた。ただ、夕雲さんは普段に増して物静かで、提督に声を掛けられても反応が鈍かったりしてたので少し心配になる。旦那さんと娘さんは四国らしいからまだ少し助けに行けるのは先なんだけど、やっぱり重ねてしまうものがあるんだろう。

 新人三人は流石にお留守番だ。勿論帰る場所を守る仕事って事だから普通に重要な役目なんだけど、那智さんは少し不満そうで、響は了解とは言ってたけど何を考えているかよく分からなくて、文月はあからさまにほっとしていた。

 どうやら文月は宮里艦隊では珍しく戦いに対して恐怖感を持っているらしい。いやそれが正常なんだけど、うちの艦隊は恐怖心より戦う理由の方が強い人が多いから、そういうタイプは少数派なのだ。たぶん私の戦う理由が一番ふわっとしてて軽いからなこの艦隊……

 そんな文月は出発前の私達に、頑張ってください! とえらい可愛らしい声で私の頭上を気にしながらエールを送ってくれた。すっごいアガった。ゲームだったらキラキラ付いてるくらい。

 

 私達第四艦隊が立つのは護衛艦隊の一番前である。理由は単純で、もし敵が見つかったら瞬殺して絶対に自衛隊員の乗った船が撃たれないようにするためだ。私には一か月くらいとはいえ収集部隊を守った実績があるから起用されたんだろうと思う。

 出来得る限りの偵察などは空母の皆さんが頑張ってやってくれて、とりあえず敵は見当たらないという話で、実際近くには全然居なかったので、さほど時間もかからずに目標地点まで到達した。このまま救助までいければいいけどねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮里艦隊に出入りする人間の中で、他の鎮守府の様子も知る者からすると、宮里艦隊の艦娘達の士気の高さはある種異様に映る。

 そもそも一般的な鎮守府において、艦娘という名で招集された民間人の少女たちは本当にただの民間人だった。戦闘に対する忌避感や恐怖心が強く、一部のやる気のある娘や元々自衛官だった旧精鋭部隊の艦娘に引き摺られるように海へ出て、水面へ足を着けて初めてその日の覚悟を胸から絞り出すような有様で、戦えはするものの積極性は皆無。金銭や食事に釣られてやる気を出すなら良い方で、半数とは言わないまでも、その半分くらいの人間は逃げようも無いからと仕方なく戦場へ立っている。死者が出ていないのが不思議なくらいであった。

 生放送に選ばれなかった鎮守府は特にそういった傾向が強く、物資の搬入をしているだけでも厭戦の空気が伝わってくるような場所すら存在していた。不安を誤魔化すため仲間と身を寄せ合って気を紛らわし、海の上に立てばある程度落ち着き、陸に帰るとまた気が沈み込む。配属から数か月経った今ではかなり落ち着きが見られるようにはなっているが、あまり強くないとされる艦娘が多い鎮守府ほどそういった傾向が顕著に見られた。おそらくは艤装からの影響が小さいために適応出来なかったのだろうと言われている。見ている側はその痛々しい様子に罪悪感を感じさせられたという。

 翻って、宮里艦隊はと言えば。まず毎日の出撃において遅刻をするようなものはまず居らず、準備は手早く入念に、意気揚々と海へ繰り出していく。日用品の搬入をしているだけでもその活気ある声は聞こえてきて、その水平線へと向かって行く背中を見送れば、背後ではその日待機になっている艦娘が効率的な弾薬の運用や魚雷と砲弾の積載比率について話し合っている。帰ってくればその日の反省点をチェックして、何か必要な事があれば直ちに提督へと相談が持ち込まれ、翌日にはそれらを反映して再び海へと戻って行く。見ている側には他の鎮守府とはまた別の罪悪感が生まれたという。

 そんな妙な士気のせいか、宮里艦隊には深海棲艦に恨みのある者のみが集められたという噂が立っていた。家族を殺された、家を燃やされた、片目を奪われた、楽しみに取っておいた酒瓶を撃ち抜かれた等々、個人差はあれど復讐心に憑り付かれた人間で固められた戦闘狂いの艦隊。敵を殺すためなら己の身も顧みない、死んでないだけで死んで元々な戦い方をしている。口さがない者達のそんな噂話に信憑性が出てしまう経歴の持ち主が複数居て、挙げた戦果と出撃回数もそれを補強してしまっていた。

 

 今日未明、淡路島への救助部隊が鎮守府に到着した時にも既に艦娘達は粗方の用意は済ませ、いつでも出発できる態勢を整えていた。代表者である宮里提督と打ち合わせをしながら、護衛に当たる艦娘達とも配置や緊急時の動きなどを確認して行く。その様子は真剣そのもので、敬語や堅苦しい言葉遣いに慣れないのか時折変な単語が飛び出すが、殆どが十代だとは思えないほど落ち着き、しっかりと統率がとれている。ただその面様の奥に垣間見えるのは、ごく一部を除き、ようやく表れた人命を救えるという最高の成果に向かって目を輝かせる普通の少女たちの顔だった。

 宮里艦隊の艦娘達は純粋にやる気に満ち溢れていて、深海棲艦を殺せればいいなどというような荒んだ様子ではない。それどころか自分達自身と護衛対象の安全のために念入りに打ち合わせを行っていて、救助に行く側もされる側も誰も死なせないという気概を感じ取れる。噂なんて当てにならないものだ。そう口に出した一人は周囲に同感だと笑われた。

 

 逆に、噂通りであった事もある。

 例えば天龍。鼻筋の通ったきりりとした顔付で、目つきは少し鋭いが快活な雰囲気と相まって気風の良さそうな印象を受ける。片目が眼帯で覆われているがそれが不格好に見える事は無く、服装の一部として整った眉目を強調させていた。

 例えば初春。優雅な所作と長く変わった色合いの髪が合わさり、神秘的な雰囲気を匂わせている。自分が衆目に晒された時どう見えるのかを熟知しているようで、完璧な姿勢と整った顔立ちは宗教画のようで畏れ多さすら感じさせた。

 例えば加賀。派手さのない、大和撫子という言葉を彷彿とさせる佇まいなのだが、あまり表情が変化しない事もあり冷たい印象を受けてしまう。しかし、ふとした時に見せる笑顔はそれ故に普通以上の強い印象を残す。弓を取り矢を番えるその凛とした姿は切り取って残しておきたくなる程だ。

 例えば夕雲。何処か陰のある若奥様といった風情で、実年齢以上の色気がある。今は少し鳴りを潜めてしまっているが、本来の彼女は仲間への気配りを忘れず、傍に居るだけで安心感を得られる包容力をも持ち合わせていた。

 例えば島風。陸上競技で鍛えられた健康的な肉体を惜しげもなく晒し、どことなく眠たげな眼で忙しなく動き回っている。機敏な動きで跳ね回るため過激な衣装からともすれば各部が見えそうになるが、それが色気でなく愛嬌になるのは天性の才能だろう。止まっていると美少女だが、動いていると小動物的な何かに見える。後ろを付いて行く連装砲ちゃん共々撫でてあげたくなる者も多かった。

 そう、宮里艦隊の艦娘は噂通り、容姿に恵まれた者が多かった。宮里自身が女性でなければ嫉妬の声の一つも上がっただろう。本人にとっては甚だ遺憾であろうが。

 そもそも艦娘は全体にやけに容貌の整った者が多い。その上で、各鎮守府で目立った成果を挙げる者たちは押し並べて容姿も優れている。そのため綺麗所は戦闘力も高いなどという風評が出来上がるのは自然な成り行きであった。恵まれなければ弱いという訳ではないためどういった理由でそうなっているのかは全く分かっていなかったが。

 そんな流言の中心人物が、宮里艦隊には所属していた。

 

 その艦娘は艦娘の中でも年少の部類に入る。下限十二歳に対して十三歳という若さだったが、第四艦隊の旗艦として救助部隊を形式ばった挨拶で出迎え、作戦会議も真面目に取り組んでいた。戦艦以上の攻撃能力を持つ駆逐艦であると世間を騒がせ、公的な記録でも他を圧倒する数字を叩き出しているにしては控えめな態度で、自衛隊員達に対しては一定以上の敬意がある様に見受けられ、深海棲艦と見るや射殺するだとか、素手で戦艦の装甲を叩き割るだとか、そんな噂よりはかなり大人しい人物像をしているようだった。

 一見すれば美しい少女である。目を引くような派手な美貌という訳ではないが作り物のように整っていて、どことなくぼんやりとした薄い表情は儚さを感じさせる。周囲の艦娘達の会話は見守る様に聞き入っているが、その控えめな態度と裏腹に、時折話を振られた際の受け答えはしっかりとしていた。

 

 ――実の所、純粋にコミュニケーション能力が低く、感情に似つかわしい表情が出なかったり積極的に会話に参加するのが苦手だったりするだけなのではあるが――

 

 必要な事を必要なだけの言葉で簡潔に伝える様子は年齢不相応の落ち着きを感じさせ、知らない人間が来て気になって仕方が無いのかそわそわと動き回る島風とは対照的に見える。その島風に連装砲ちゃんを積み重ねて大人しくさせるその動きは俊敏かつ正確無比であり、その優れた運動能力が脚だけに留まるものではないと知れた。世界に通用する肉体というのは過大な評価ではないのだろう。

 それでいて体の線は平均的な細さで、均整がとれ無駄は無いのだが、まるで戦うのに向いているようには見えない。セーラー服にスカートという女学生のような――実際中学生であるが――制服に身を包み、時折何事か呟いている。一見すると独り言のように聞こえるのだが、自分の艤装に関する事を話しているようで、どうやら普通の人間には見えない、妖精さんと呼ばれる謎の生き物に話し掛けているらしかった。

「ねぇこれ大丈夫? 止まったりしない? 誰も乗ってないのに動いてるんだけど…………ええ、そういうものなの? じゃあ機会あったら遠慮なく行くわ…………うん、まぁ、そうかな……そうかも……」

 傍から聞けば意味が分からない事を呟きながら、妙に整った顔のパーツを歪めている。その様子を見た他の艦娘達の視線は何故かその頭上へ向き、どういった理由か一様に困惑の色を見せていた。

 出港までの間そんな調子で、他の艦娘達の普段以上の意気軒高たる様とは対照的に意気込んだ様子も委縮した様子もまるで無い。普段通りであろう緊張感が欠片も無い様子は、彼女をよく知る者には頼もしく映り、知らない者には不安に映った。

「吹雪」

 港を出る直前、長門に呼び止められ作戦に関する注意を改めて受けていたが、それに関してだけは表情は変わらないものの明らかに不服そうな雰囲気を見せ、一瞬だけちらりと自衛官達の様子を窺った。直後には了解の返事をしていたが、本当に従うのかは微妙な所だろうと思われる。必要なら見捨てるようにと言い残しその場を離れた長門には、見ていた自衛隊の同輩からお疲れさまと労いの言葉がかけられた。

 言われた側の少女、吹雪は長門さん大変だなぁと呟くと、雰囲気を先ほどまでとは違う何か良いものでも見たような明るい物に変える。長門は嫌われ役のつもりで言っていたが、吹雪からの好感度は上昇するばかりであった。

 

 

 

「あの子、目を閉じてるんだが大丈夫なのか?」

 出港直後、危険地帯への船出で緊張感に満ちた船上からそんな声が飛び出した。他の隊員が確認すれば、成程、確かに護衛として先頭に立った吹雪が目を瞑って航行している。

「ああ、あれはソナーに集中してるんだよ」

 答えたのは交換要員の妖精さんを艤装に詰め込んだ駆逐艦皐月の艦娘だった。収集部隊の一人として吹雪に護衛されていた頃、時折ああして耳を澄ませては見つけた遠くの敵に爆雷を投げつけているのを見たと言う。

「吹雪は集中したら水中の索敵範囲が艦隊で一番なんだ」

 耳が非常に良く、適性値と合わさってほぼ敵が動く音を聞き逃す事は無い。それどころか、今自分達が話している声もしっかり聞こえているはずだと皐月は苦笑いした。空中は他の艦娘の方が得意、らしいが、それもミスをした所は見たことが無い。おそらく比べているのが全艦娘でトップクラスと言われる人間達なのだろう。戦闘部隊に入る事すら出来ない皐月には酷く遠い話だった。

 目視はしなくて大丈夫なのかと不思議がる自衛隊員の面々をよそに、吹雪は向きを少しずつ変えながら対潜警戒を行っている。まああの子に任せておけば間違いは無いよと羨まし気に皐月が語っていると、突然、吹雪ははっと目を見開くと鋭い声を上げた。

「敵です! 数3、南西60km、進路は南東!」

 自衛隊員達に緊張が走る。だが、その報告を聞いた艦娘達の表情は微妙な物だった。

「吹雪」

 長門は沈痛な面持ちで答えた。

「湾外の、こちらから離れて行っている敵のは今回は置いておこう」

 60km先というのは位置的に大阪湾をとっくに出ている。そんな所に居る潜水艦の位置を言われても正直困ってしまう。もちろん報告自体は助かるし、もしかしたら吹雪にとってはすぐ行って帰って来れる程度の距離なのかもしれないが。長門は寄ってくるようならまた報告をするように言った。

 問題無し、進行を続けると通達され、隊は進み続ける。その船の上の自衛隊員達は今のやり取りに感心したようだった。

「艦娘のソナーもなかなか索敵範囲広いんだなあ」

「まっさかぁ」

 相変わらず一人だけ別の運用が必要な能力をしている。皐月は乾いた笑いを漏らした。

 

 

 

 その後は特に何も起こらず、艦隊は淡路島へと到着した。そこは救難信号の発信源からは近いが港ではなくただの砂浜だったが、周囲から多少は見え辛くなっていて、海側の敵から船を守るには悪くない位置だと思われる。すぐ奥は林のようになっていて、周辺に人が住んでいるような雰囲気では無かったが一応整備された道も見えていた。

 時間にすれば数時間も無い航海だったが、昨日まで変色海域であり今現在も危険地帯とされる地域を渡るのはそれだけで既に自衛官達の神経を相当に削っている。一息ついた人間も多かったが、しかし、本番はここからなのだ。

 捜索隊がボートで接岸し上陸を果たすと艦娘達は周囲の警戒に当たる。何人かは陸地の方を目視やレーダーを使っての探査で警戒し、それ以外は多くが海からの敵襲に備えていたが、一人、どういう訳か熟練がどうとかなんとか妖精さんと話しながら地面を見つめる者があった。吹雪である。

 長門さん、とはっきり聞こえるが大声ではない程度の声で呼びかけると、砂浜を指差した。

「ここと、ここ……あと、あっち? あれですね、あ、あそこにも……何かが陸地に向かって移動して行った跡があると妖精さんが」

 報告を受けた長門が検分すればそれは確かに何かが這ったような跡で、砂地で消えかかっているがまだ新しく見える。遠くの方には足跡と思しきものもあるようだった。どうやら見え辛い場所を選んだのはこちらだけではなかったらしい。

「川内!」

「もうやってますよーっと」

 陸の警戒をしていた中で一人だけやたらとメカニカルなゴーグルを付けた艦娘、川内は視界内をその機能でもって精査して行く。深海棲艦はかなり体温が低いため専用に調整されたサーモセンサーならばある程度発見が可能である。そのための装備を艦隊で唯一持っている川内は、いつも以上に集中したが、周囲にその影を見つける事は出来なかった。

 すぐ近くには居ないだろう、と報告がなされると長門は全体に島内への警戒態勢を強めるよう命令を出し、海側の探知をしていた中から何人かを陸側へと移動させる事にした。とはいえ、上陸する人数を変える事は適性的に不可能であるため海からの警戒ではあったが。

 

 島内に深海棲艦が潜んでいる可能性が高いと分かってもやる事は変わらない。そもそもその可能性は考慮された上で作戦は実行に移されているからだ。護衛の艦娘を付けた捜索隊は浜を出て島の奥、救難信号の発信源へと向かって行った。

 先頭に立つのは川内、陸地での索敵能力が突出しているための人選である。次いで島風、主にレーダーで航空機への警戒を担う。そして吹雪、彼女は一人だけ陸地でも戦えると認識されている。最後に皐月、吹雪の妖精さんの交代要員を積み、適性は低いがレーダーや目視での索敵も行う。この四人が捜索に当たる自衛隊員達の護衛となる。

 事前に発信源のおおよその位置とその場所までの道筋は地図で照合してあるため、一行は確認を挟みながら慎重に先へと進んで行く。いつ深海棲艦と出くわすかも分からないその道中、警戒を緩めないよう慎重に進んでいた隊の前に、道を塞ぐ土砂と複数の倒木が姿を現した。

 迂回するか乗り越えていくか。土砂崩れ自体はとうに治まった後のようで、もう周囲が崩れる心配は無さそうだが、場所が悪く、迂回するならかなりの遠回りをするか道なき道を往くしかない。深海棲艦が救難信号に反応しているような形跡があった以上出来る限り道を急ぎたいのだが、乗り越えるにもかなり足場が悪く、せめて土砂だけならばと話し合っていると、声を上げたものが居た。吹雪である。

「木がなければ大丈夫なんですか?」

 隊長がそうだねと肯定すると、分かりましたと軽く返事をして吹雪は倒木へと近づいて行った。何かする気かと問おうとして、隊長が口を開くその前に。ひょい、と。幹の直径が40~50cmはありそうなそれが宙へと持ちあがった。おかしな光景、明らかに自身よりも質量のある物体を両の手で掴み、中学生平均程度の体格しかない小娘が、空のダンボール箱でも持ち上げたような気楽さでくるりと方向転換し、小物か何かを片付けるかのように成木を道の脇へと転がした。

 オウッと鳴いた島風と苦笑を漏らした川内以外が名状し難いその行為に絶句している間に、吹雪は頷くしか出来なくなった隊長に許可を取ると邪魔になっていたそれらをすっかり片付けてしまった。艦娘達には分かったが、時折何か妖精さんと相談しながらやっていたので、隅へと追いやられたそれらが転がって来たりはしないだろうと思われる。

「艤装って凄いんだな……」

「あれが平均に少しでも近いとは思わないで欲しいんだけどなぁ」

 皐月の呟きは皆の胸中に自然に染み込んで行き、そりゃあそうだと全員が心の中で同意した。

 

 塞がれた道を越え、捜索隊は慎重に周囲の警戒は怠らないようにしつつも出来る限り急いで進む。時折野生動物が飛び出したり、放置された車や火災の跡らしき物を見かけたりはしたが人間は見当たらない。死体などとも遭遇しないのはこの辺りでは誰も死ななかったのか、それとも死体を持ち去った何者かが居るのかは杳として知れなかったが、足を止めずに済んだという一点においてはどちらでも有難かった。

 坂道を上がり、そろそろ目標地点が見えて来るのではないかという頃になると、敵も向かっている可能性があるという緊張の中で誰一人声を発さなくなっていた。目指す先は崖のようになっていて、登攀しようというのでなければ目的地へは少し遠回りしてさらに上がっていく必要がある。敵からも狙われやすいだろう位置で、さっさと抜けてしまいたいのと、もうすぐ救助対象が見つかるかもしれないという期待感で一行の足は速くなった。

 坂道の曲がり角に差し掛かり、ここを折り返せば発信源があるはずだと隊長が零した。見事にU字をしたカーブにはガードレールが半端に取り付けられ、その向こうは極端な角度の下り坂になっており、さらにその奥の高い場所には別の道が見える。植物の生い茂ったそこには影のようなものが踊っていた。

 その瞬間、何かが破裂するような音が隊を貫いた。周囲の警戒を強めていた川内が音の発信源の方を睨めば、その方向から再度同じ音が響く。続き三度目の音が聞こえた時、音の主が上方に見えていた奥の道に姿を現した。

 そいつは四度目の音を鳴らしながら背走で駆けて来る。見た目は中高生くらいか、手に金管楽器のようなものを持ち、焦った表情をした少女だ。その娘は少し前を向いて走るとまた背後に向けて爆音を放ち、救助隊の存在には全く気付かない様子でやって来た方向を睨みつけ、足を止め両手を上げた。

 何をやっているのか全く分からず、救助隊は困惑し、どうしていいかすぐに判断が付かない。ほんの数秒、声を掛けて良いものか躊躇った自衛官達の視線の先、少女の出て来た側から一つ、少女が走って行こうとしていた側からも、もう一つ人影が現れた。そいつらは白い口元から機械音のような堪え切れない嗤い声を吐き出しながら逃げていた少女に歩み寄って行く。

 両方とも同じようなセーラー服を着て、詰め寄られている少女よりもさらに年若く見える、異常に青白い肌に緑色の瞳と角の生えた異形。片方はブーツのような物を履いているように見えるが、もう片方は素足である。そいつらは少女の目の前まで歩いてくると顔を覗き込み、邪な笑顔で語りかけた。

「オニゴッコハオシマイ?」

「オトリノツモリダッタノカ? バッカジャネェノ」

 言って、二人同時に大きな嘲笑の声を上げる。その様子を見た少女は負けじと笑い返してやった。

「そのつもりの奴に二人も引き付けられてんだ、馬鹿はテメー等の方だろ!!」

 嗤い声がぴたりと止んで、面白くなさそうな視線が不敵に笑う少女に突き刺さった。どちらともなくため息を吐き、突如、己の半身――深海棲艦そのものである異形の艤装を顕現すると、その砲口を少女へと突き付けた。

「モウイイ、ツマンナインダヨオマエ、シネ」

 吐き捨てるような声と同時、谷間を挟んで距離があり、どうにも出来なかった自衛隊員達の前で、発砲音が鳴った。

 崩れ落ちる一つの影。同時に破砕音が鳴り響き、少女へと向けられた砲口がその付け根からへし折れた。驚愕しながらも人を越えた反射神経で深海棲艦は飛び退る。いつの間にか、少女と深海棲艦の間には今までに無かった人影があった。吹雪である。

 さっきまで確実に隣で捜索隊の護衛に付いていたはずだ。いつの間にそこへ移動したのか――ただ単にその場から跳躍しただけであるが――自衛隊員も深海棲艦も全く理解が出来なかった。艦娘達には凡その見当は付いたが、それでも信じ難い光景だったと言う。

「ナンダオマエ……ナニヲシタ!?」

 半ばから折り千切られた自分の艤装と、完全にその艤装が崩壊し動かなくなった仲間の、穴の空いた顔面を見て、一人になった深海棲艦は叫び声を上げた。

 

「深海棲艦って、本当に喋るんだね、初めて声聞いたわ」

 

 帰って来た返答は全く予想外のものだった。極めて平常な声色、目の前の相手をまるで脅威と感じていないのだと誰もが知れた。いやそもそも、深海棲艦への返答ではなかったのだろう。相手の姿をしっかりと瞳に映してはいても、その表情は敵を敵と認めてはいなかった。

 

「いや、知識では知ってたんだけどほら」

 

 もう一度発砲音が響き渡る。先ほどと同じ、それ程大きくもない、吹雪の連装砲の音だ。

 

「普段声の聞こえる距離まで近づけないからさ」

 

 発射と着弾が同時に起こる。残っていた異形の半分だけ原形を留めていた艤装も吹き飛び、その体はゆっくりと地に伏した。連装砲から煙が上がる。立っているのは少女と吹雪の二人だけになった。

 

 吹雪がゆっくりと少女の方を振り向くと、少女は余りに意味不明な出来事から我に返り、びくりと震えた。何があったのかは全く理解できないが、それでも彼女は目の前の光景と眼前の美人からせめて目だけは離すまいとしっかり前を向いている。正直に言えば恐ろしかった。相手が人間なのかもよく分からなかったから。

「ごめんなさい、驚いて対応が遅れました!」

 なので、勢いよく頭を下げられた事に面食らい、お、おう……と弱り切った声を出してしまった彼女が情けないなどという事は決してないのだ。

 

 

 




自分のオリ主を褒め称えるって思いの外辛いですね。変な笑いが出ます。
俺TUEEEEEEEEEEEもの書いといて何言ってんだって感じですが。

去年はコロナの影響で時間いっぱいあって書けるじゃん投降してみよとか思って勢いでやれたくらいなのに今年はどうしてその余裕が無いのか。コレガワカラナイ。

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