転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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見た目が一番の問題点

「吹雪なんで妖精さん頭に乗っけてるの?」

 出発の直前、小首傾げた島風にそんな事を質問された。連装砲ちゃんも真似してきゅー? と鳴きながら頭を傾けている。かわいい。

「高い所に居た方が周りが良く見えるんだって」

「艤装の中よりはなー」

 島風はそっかーと納得してくれたようで、自分の艤装の妖精さんに誰か頭の上に乗るかと聞いていた。みんな遠慮してたけど。

 島風以外にも気にしてる人は結構……というか、たぶん見えてる人達全員気になってたと思うんだけど、理由を聞いてくる人はあんまり居なかった。私が提督適性を持ってるのは知れ渡ってるからそういう事もあるんだろうとでも思われたのかもしれない。吹雪だしって声が聞こえたのは気のせいだようん。

 

 

 

 今回の淡路島遠征、私は頭の上に猫吊るしを乗っけて出動している。

 なんで艤装の中に入れないのふざけてるのと言われそうな格好になっているが、これは島風にも言ったように猫吊るしの能力を発揮するのに船内よりも都合が良かったからである。艤装の中でも能力が使えないって訳ではなく頭上の方がより良い、と言われてしまってはしようがなかった。存在を忘れるくらい軽いから乗っけてても問題無いしね。頭ぶん回しても落ちないし。

 いやそもそもなんで連れてってんだよって話だけど、これはもう単純に、猫吊るし本人が同行して人助けに役立ちたいって立候補した上、能力的にも滅茶苦茶優秀だったからである。自己申告で妖精さんの種族的な特性は全部使いこなせると宣ってた猫吊るしは、チート転生者の名に恥じないだけの高スペックの持ち主だったのだ。

 艤装という兵器は通常、複数の妖精さんが内部で頑張って動かしている。そのため中の妖精さんが足りなければ運用に支障をきたし、場合によっては装備がちゃんと動かなくなったりしてしまう。逆に多過ぎても身動きがとり辛くなって、やっぱり問題があるらしい。

 ところが猫吊るしの場合、これをたった一人で動かせる。それどころか直接艤装に触れていなくても完璧に操作出来るのだ。最初は私も何がどうしてそうなるんだろうと思ったけど、聞けば頭の上から私を通して艤装にチートの力を流し込んで操作しているんだとか。だから流石に艦娘から離れて動かしたりは出来ないらしいのだけど、私を通して艤装を動かす関係上、普通に稼働させるよりも私の意思を反映しやすいというメリットがあったりもするそうな。

 さらにこの猫吊るし、艤装を動かしながら他の妖精さんの役割も同時にこなせるマルチタスクの持ち主だった。私の頭の上で何をやってるのかと言えば、そう、熟練見張員のお仕事である。正直、私以外に乗せた方がいいような気もするのだけど、本人が私に乗るというのだからまぁそこは仕方ない。

 実際これがかなり役に立って、深海棲艦の痕跡などは私より先に発見してくれているし、猫吊るしが目視をやってくれるため私はソナーに集中出来たりもする。他にも航空機の整備とかもやってやんよって言ってたけど私は積んでないから無意味なのが惜しい。

 計算能力が高いのか知らないけれど、倒木とかもどう動かしたら周囲を崩さずどう積んだら安定するかなんて事も分かるらしく、居るとかなり頼りになる。私自身は感覚を研ぎ澄ませて周囲を警戒し、体の方は猫吊るしの指示通りに撤去作業するだけだったのめっちゃ楽でした。

 問題点としては転生者故か他の妖精さんよりお喋りで、猫吊るしが見えてる艦娘達はともかく見えてない人たちには私が延々独り言を呟いてるように見える事だろうか。いや、妖精さんの事は自衛隊の人達はみんな知ってるから分かってくれる人は分かってくれるんだろうけど、事情を知らない人には完全に変な人でしかないだろう。例えば目の前で困惑してるトランペットを持った子とかには。

 

 

 

 深海棲艦が喋る事を知識では知っていても実感した事の無かった私は、それを聞き取った瞬間驚きで反応が遅れてしまった。いやね、今までも声の届く範囲に近づいた事は何度もあったんだけど、そういう場合は文章になるほど長く声を上げる暇を与えずに泣いたり笑ったり出来なくさせてたからさ……

 おかげで民間人が砲塔を突き付けられるまでぼーっとしていて、猫吊るしにヤベーぞ姫級だなんで見つめてんだおいと言われるまで動けなかった。言われてはっと我に返り、地面を蹴って片方を倒しつつ拳でもう片方の武装を叩き割り、猫吊るしに理由を簡潔に説明しながらやたら早く再装填の終わった連装砲で止めを刺し、要救助者だった人へは思いっきり頭を下げた。本当に申し訳ない。

 救助された中高生くらいか、結構な美人さんに見えるその娘さんはちょっと困った様子だったが、私が頭を上げて救助に来たと説明すれば、私の肩をガっと掴んで必死な様子で逆に頭を下げて来た。

「頼む、兄貴達も助けてくれ……!!」

 オナシャス!! と焦り過ぎて若干舌が回っていない様子で懇願してくる。何があったか分からないので話を聞かなきゃ始まらないんだけど私だけで事情聴取は効率が悪い。だからって悠長に歩いて少し下の方の道に居る皆と合流してたら取り返しのつかない事になりそうだったので、ちょっと我慢してくださいねと一言断り抱え上げ、舌を噛まないように注意勧告をして跳躍した。着地は完璧だったからほとんど振動も行かなかったはずである。

 

 目を白黒させながらも要点を纏めて話してくれた彼女によれば、どうやら救難信号を出したのは彼女と同じグループの一員で、慎重論を唱えるリーダーみたいな立場の人――彼女のお兄さんらしい――の反対を押し切って強行したらしい。やっちゃったものは仕方ないので信号を出した場所で何人か交代制で待機していたら、丁度彼女とその友達が交代要員として、一緒にお兄さんも様子を確認しにやって来たまさにその時に深海棲艦が現れ、皆散り散りになって逃げたのだそうだ。

 話してくれている彼女は咄嗟に友人が趣味で持ち続けていたトランペットを強奪、吹き鳴らしながら逃げて注意を引こうとして、二体も引き付けて私達の前まで辿り着いたらしい。まず死亡確定だったろうに凄い勇気あるなこの人。

 彼女が確認した深海棲艦は全部で三体、全員真っ白い人間みたいな姿で顔はしっかり見えてたらしいから鬼や姫、良くても戦艦とか巡洋艦な訳で、殺すつもりだったらとっくに殺されてたんだろうなとは思う。なんか追いかけて遊んでた風な台詞だったし。それでも2/3を一人で誘い出したんだから凄い。

 すぐにでも助けに行って欲しそうな様子ではあったけど、どこへ逃げて行ったか分からない事にはどうしようもないためとりあえず急いで発信源となった建物へと向かう事になった。こっちへ来ている可能性もあるため警戒は怠らないようにはしたが、出来るだけ急いで進む。川内さんは木々の間にしっかりと目を光らせて少しの変化も見逃さないよう努めていた。

 

 当初の目的地だった建設物に辿り着くや否や、私の頭の上に陣取る猫吊るしがあっと声を上げ、地面の方を指差した。

「おいそこ、足跡残ってるぞ!」

 私を含めた艦娘四人が一斉に示された場所へ注目する。見れば成程、確かにそれは足跡だった。道を逸れ、木々の中へと消えていくそれはむき出しの土にはっきりと深く残っており、どうやらかなり重いモノが通った跡だと窺い知れる。人間じゃなくて深海棲艦のっぽい。

「追います!」

 私達艦娘には一応ちゃんと指揮系統があって、今この場で一番優先されるのは戦闘部隊かつ自衛隊員でもある川内さんの判断である。勝手に行けないのでやると断言する形ではあるが許可を求めると、川内さんはニっと笑って親指を立てた。

「行こうか!」

 おそらく戦闘部隊で私の戦闘力を一番見知っているのは島風で、一番肌で知っているのは川内さんだ。たまに組み手とか演武とか一緒にやっているし、一回だけだけど、艤装付けて物理を無効化した状態のまま本気で殴り合うとかやった事がある。ちょっと張り切って空中コンボしたら水面をはねながらぶっ飛んで行ったりしてたけど大丈夫だった。だからか、さらっと許可が出た。

 

 救助隊と助けた娘さん――五十嵐さんというらしい――を建物内に避難させ、島風と皐月さんを置いて川内さんと足跡を追う。全力で駆けたいところだけれど、足跡を見失ったら本末転倒なので猫吊るしが捜索出来る程度の速さで走る。それこそ百メートル十秒ペースくらいで。川内さんは艤装による強化量がかなり大きいのか結構足が速く、これくらいなら余裕で付いて来れるようだった。

 周囲は風で木々が騒めき、遠くの音は聞こえ辛い。叫び声でも出していれば方向も分かるだろうけどそういう気配は無いため今は痕跡を辿るしかないだろう。猫吊るしが正確に足跡を捉えてくれるのが有難い。たまに硬くなっているのか分かり辛い場所のものも完璧に見つけ出してくれている。

 暫く進むと川内さんがはっと声を上げると急加速して、私の前へと一歩出た。そしてその勢いのまま宙へと飛び上がると木の枝を踏みつけさらに上昇、木の天辺へと足を着ける。ニンジャだコレ!? とか驚いている暇も無く、木の上から叫びが上がった。

「居たぞ吹雪! そのまま直進!」

 ゴーグルで深海棲艦を捕捉した川内さんの声に呼応して、私は脚を解き放つ。急に流れ出した景色に頭上から声が上がるけど、大丈夫って出発前に言ってたから大丈夫だろう。目の前に迫る大木をステップで躱し、突き出る木の根を飛び越えて、視界が開けた先にそいつは居た。

 見えたのは後ろ姿だったが、それでもはっきりと分かる。腰くらいまである白い髪、膝くらいまでの巻きスカートのようなものを履き上半身には丈の短いジャケットに見える物を羽織った人型。景色の中で一か所だけ無彩色なそいつはかなり目立っている。だが、その場で最も存在感を発揮しているのはそいつではなかった。その横に侍るハンマーヘッドシャークのような姿をして宙に浮く何か、そいつの巨体と非現実感が目を惹き過ぎていた。

「南太平洋空母棲姫か!」

 私の走りに揺さぶられながら、猫吊るしが特徴的過ぎるそいつの名を看破する。敵はこちらに気付いた様子は無く、ただ目線の先へ向けて艦載機を放っていた。おそらくその先に人が居ると思われるが、私からはまだ見えない。

 ともあれ、見敵したからには手加減無用、足元の地面をつま先で捉え、吹き飛ばしながら加速する。深海棲艦の居場所までは大体五百メートルか、十歩もかからず余裕で届く。少し短めのストローク、直前で姿勢を低くして、その足元へと速度を殺さないまま飛び込んだ。何かが飛んで来たと気付いた時にはもう遅い、私はサメの直下で拳を突き上げ、全身のバネでもってその腹部を貫いた。一瞬の拮抗も無く、その艤装は爆散し、空一面を破片が覆った。

 降り注ぐ艤装だったもの越しに、飛び上がった私と人型の目が合う。そいつは突然の出来事に目を見開くと、驚いたような声を上げた。

「オマエッ!? マサカフブッ」

 言い終わる前に私の踵が頭部を穿ち、その顔面を地面へ叩き込んだ。即死である。

 

 本体は倒したものの、発艦してしまった航空機は上空を彷徨い、どうやら主を倒した私を目標に定めたようだった。

「猫吊るし、行ける?」

「行けるぞーぇ」

 若干辛そうな声が帰って来た。けど返事出来るなら大丈夫だろう。上空をぐるりと回りながら私に銃口を向ける敵機の位置を耳で確認し、こちらも銃口を向ける。本当に行けるのかちょっと不安だったけれど、とりあえず撃ち方はじめーと思いながら引き金を引けば、弾はしっかり出てくれた。何か普段よりもブレとかもしないから、十八機居るそいつらに一発ずつ、機銃の弾をプレゼントしてやった。

 落ちる深海棲艦の飛行機、機銃からは弾を込める音が聞こえて来る。どうやら何の問題も無く、艤装は普通に稼働しているようだ。私が全力疾走したにも関わらず。

「うん、好調だわ……猫吊るしは気持ち悪かったりしない? 大丈夫?」

「体はへーき。でも、そこのグロ注意な死体がちょっと……」

 言われてみれば、頭部が破壊され地面にめり込んだそれは人様に見せられない類の奴になってたかもしれない。どうやら猫吊るしは肉体的にではなく精神的に辛かったようだ。ちょっと申し訳ない。

 

 猫吊るしは私が全速力で何歩走っても倒れない妖精さんである。

 他の妖精さんの場合、三歩目くらいで艤装がおかしな動きを始めるんだけど、猫吊るしならそういう事はたぶん起きないと自己申告され、今日の準備をしている間に色々試した結果、それは事実だと確認が取れた。宮里提督にも報告して実際にやって見せて、一応皐月さんに交代要員を乗せる事を条件に乗船許可が下りたのが日が昇る前の話。なので半ばぶっつけ本番だったんだけど、猫吊るしはしっかり仕事をしてくれた。

 それと今、実際に撃ってみて分かった事がある。それは、猫吊るしと艤装を操作している場合、私は機銃のタップ撃ちが可能になるって事だ。普通の時は細かく撃ち分けるのは無理なんだけど、これは私の適性値の暴力による高すぎる発射レートに妖精さんが付いてこられないのが原因だからで、猫吊るしにとっては対応可能な範囲の事だったらしい。

 チート能力で自分の体を使いこなして酔ったりしないようにしているらしいけど、こいつはいったいどこまでやれる子なんだろうか。疲れたりはするから休みなく働くのはヤダって言ってたけど。

 

 猫吊るしの健康状態は良好みたいなので、南太平洋空母棲姫が見ていた方向へ視線をやると、そこにはいくつか建物が立っていた。その上空を先ほど撃ち落としたのと同じ連中が旋回していて、どうやらその中央にある一つの小屋――というには豪華なしっかりとした建物を攻撃しているようだった。

 たぶんそこに逃げ込んだ人が居るのだろうと当たりを付け、攻撃している連中にも弾丸をプレゼント。喜び過ぎて全員動かなくなったのを確認し、渡し忘れが居ないかレーダーでもちゃんと確かめた。吹雪サンタはあわてんぼうではないのだ。今夏だけど。

 周囲に目を光らせつつ建物へと近づくと、銃弾を撃ち込まれてはいるものの建物自体はまだまだ元気そうだった。とりあえず民間人の保護をせねばと入口へ近づき、ごめん下さいとドアを叩くが反応が無い。私の所属を言っても分からないだろうから、自衛隊の者ですと嘘も言ってみたが反応が無い。そりゃまあ、怪しいし、これで喜んで出て来たら童話の子ヤギ見習えよって話になっちゃうから仕方ないけど。

 もしかしてもう逃げて居ないのかなぁと思って耳を澄ませてみると、奥の方から話し声がする。どうやら少なくとも二人は居るらしい。どうしたもんかなと思ってごめんくださいと続けていると、川内さんが追いついてきて、事情を把握すると、五十嵐さんから要請を受けて来ましたと声を掛けた。一発だった。

 

 

 

 中に籠っていたのは二人だけで、五十嵐さんの話だと五人居たはずなので後二人。とりあえず見つかった二人を保護し、最初の建物まで送り届けると、もう一人既に保護されていた。聞けば逃げ回って一周して戻ってきたらしい。なので残りはあと一人、なのだけど。

 私と川内さんで保護したのはリーダーの男性と五十嵐さんと同年代だろう女の子で、その子は建物に辿り着くと五十嵐さんの頬をぶん殴ったのち抱き合って和解、トランペットを受け取っていた。彼女の持ち物であったらしい。

 それを眺めながら合流した島風と何かあったか情報交換していると、川内さんや救助隊の隊長さんが救助したリーダーの男性――五十嵐さんのお兄さんらしい人との話し合いを終え帰って来た。それで出した結論は、島内の生き残りで所在が分かっている人達の安全を優先する、という事だった。

 これはまぁ当然と言えば当然かもしれない。足跡は深海棲艦の物だけだったからどこへ逃げたか分からないし、もしかしたらもう自力で住処まで戻っているかもしれないからね。あとは、まぁ……今から探しても生存率に大差ないかなって、うん。仕方ないね。

 ところでリーダーさん、さっきから私の頭の上見てるんだよね。猫吊るしが手を振ったら振り返してたし、この人あれだね、提督さんだね。これって報告する必要あるよね。やだなぁ。

 

 

 

 

 

 私達は五十嵐さん達の暮らしていた避難先へ赴き、どうするのかを話し合う事になった。と言っても私はただ護衛するだけなんだけども。

 道中、五十嵐さんは私達艦娘に興味を引かれた様子で色々と話し掛けて来た。やはり目の前で砲塔を圧し折ったのはインパクトがあったらしく、それ付けたら出来るのかと艤装を見て目を輝かせていたけど申し訳ない、私以外たぶん無理です。武器有りなら天龍さんや叢雲は結構行けるみたいだけど素手はちょっと。

 救助隊員さんが適性検査や召集の話を軽くすると、私達が中学生な事に気付いて嘘だろって顔してたけど、自分が受ける事に関しては前向きそうな感じだった。でも次の適性検査何時になるんだか決まってないんだよなぁ。そもそも淡路島から救助された人たちってその辺りどうなるんだろ、適性検査は地域ごとに順番だから受け入れ先によるとかなんだろうか。

 トランペットの持ち主だった娘さん――霜田さんも乗り気のようで、どうしたら受けられるのかとかを二人して根掘り葉掘り質問していた。し過ぎてリーダーさんに叱られてた。警戒しながら歩いてる最中だったからね仕方ないね。

 自力で合流したもう一人は五十嵐さん達より少し年上に見え、名を鈴音、名字を五十嵐さんという。つまり最初に会った五十嵐さん――五十嵐 陽さんのお姉さんである。リーダーさんが長男で長女が鈴音さん、陽さんが次女で下にもう一人居るんだそうな。

 この後に実際会って知ったけど、その末妹の名前は四季さんといい、霜田さんも含めて四人とも容姿はかなり良い方だった。何故だろう、全員適性検査に受かりそうな気がしてならない。ちなみにリーダーさんの名前は怜寛さんというらしい。

 

 避難した人達の住んでいる場所はさほど遠くなく、歩きで30分も掛からなかった。聞けばもっと奥には別のグループが暮らしていて、そういうコロニーみたいなものが複数存在しているらしい。

 私達が到着してすぐに出会った第一村人は救助隊の姿を見て大げさに驚くと、リーダーさんと少し話して救助隊の皆を奥へと案内して行った。川内さんもそれに付いて行ったが、私と島風は皐月さんに引率されて辺りの警戒に当たる事になった。

 昼過ぎくらいまではそこで周囲の索敵とかをしつつ生活の様子を見ていたのだけど、淡路島の人達は思ったよりも逞しく生きていたようで、野山での採集くらいはしてるんだろなと思っていたら農業までやっていて、やはり芋が全てを解決してくれていたらしい。本州でも無双してるからなこいつら。本当に有難い存在である。

 私達の事を遠巻きに見る視線なんかはひっきりなしに感じて、そちらの方をちらりと見れば、明らかに疑わし気な表情でこちらを睨んでいる人や逆に涙ぐんで拝んでるような人も居て、みんな五十嵐さん達に邪魔しなーい邪魔しなーいと追い散らされていた。

 道中で聞いた話だと、海沿いに出ると砲撃され、陸にもたまに爆撃機なんかがやって来るからうかつに出歩くと撃ち殺されたりするらしいのだけど、この辺りは大丈夫なのか割と皆さん気軽に外に出てらっしゃる。洗濯物なんかも干してあって、目立たないのかちょっと心配になるけど、上空からは見え辛くなる様に工夫はしているとの事だった。そういう類の知恵を出していたのが見つからなかった五人目さんで、住処にも逃げ戻っていなかったと五十嵐さん達はかなり心配そうにしていた。かなり要領の良い人で、自力で戻ってるんじゃないかという期待がかなり大きかったらしい。探しに行くのは流石に止めたけどしぶしぶといった様子だった。

 生き残った人達はここに集まっているだけでもかなり居るようで、用意した船で一度に運び切れるかと言われれば無理だろうと思われる。本州とはそう離れてないからピストン輸送する事になるだろう。問題なのはやはり護衛で、海に出てからはともかく船に向かう道中は私くらいしか有効な戦力が居ない。いやさっきの動き見てると川内さんもかなり行けそうではあるけど、どの道数は少ないから、大勢を私達だけで守らなきゃいけないため手が足りないかもしれない。

 

 と思っていたのだけど、それに関しては猫吊るしはあんまり心配いらないだろうという見解を示した。

「あいつら基本陸上苦手だからな、艦娘の護衛が居ればそれだけで抑止になるよ。艦の連中って陸地で戦うのに全く向いてないし、基地型は守りはともかく攻めは今一つだし。あいつらだってまともに動けない場所で的にはなりたくないだろうよ」

 まぁ艦載機は普通に飛ばすだろうから対空警戒は密にしなきゃいけないし、鬼やら姫やら以外の一般深海棲艦は割と足付いてれば上がってくるかもしれないらしいけど、海大好きだから沿岸部から離れないだろうという事である。言われてみれば、構造的に陸地じゃそもそもまともに動けないような奴も結構居るしな深海棲艦。性質的にも基本、海が見えないような位置まで進む奴は遊びに来てるか迷子くらいらしい。根本的に船、という事なのだろう。

「あれ、じゃあ深海棲艦ってどうやって内陸部攻め落とす気だったんだろ」

「無効化貫通されなきゃ不得意でもどうにでもなるし……あと、あいつら別に陸地は奥まで制圧する気ねーぞ」

 なんだそれ、初耳なんだけど。島風と皐月さんから少し距離を取って猫吊るしに質問してみる事にした。

「じゃああいつら何しに攻めて来てるの?」

「変色海域を広げて維持しに来てるんだよ」

 それでいい、それだけでいいんだと猫吊るしは首を左右に振って言葉を選びながら回答した。

「あれってさ、ただ海が赤くなって生物が居られなくなるだけじゃないんだわ」

 変色海域化が長期化すると、陸地が浸食されて海に沈むんだよ。

 と猫吊るしはおっしゃった。地上の制圧とか必要無いらしい。制海権だけ握っておけばそっちもその内手に入るから。成程、それなら確かに無理に陸地まで上がってくる必要ないよなぁって納得は出来たんだけどさぁ。

 

 艦これRPGの設定まで混合してたのかよこの世界。

 

 艦これRPGというのは艦これをモチーフにしたTRPG、テーブルトークロールプレイングゲームで、例に漏れず、設定が他メディアと統一されていないために独自色がなかなか強くなっているシリーズだ。

 リプレイの話になるが基本的にノリは軽く、GMが提督で、その素性や鎮守府とか部隊の名前が大惨事表で決まったりするどちらかと言えばギャグ寄りと言っていい作品になっている。ランダム要素が強いため色々安定しないのも特徴だろう。

 その割には深海棲艦が陸地を浸食する、なんて設定があり、放っておいたら人類どころか世界がヤバい系の世界だったりもする訳なんだが。

 そういやファンタジー要素もあったなあのTRPG、もしかしてこの世界もどっかの社に姫級が封印されてたりとかしない? 妖精さん提督とか居たりしない? あとあの世界ブラック鎮守府とかもあるよ? 大丈夫?

「ちなみにそれ、猶予どれくらい?」

「日本くらいなら五年で全部沈む。大体二~三年超えると崩壊し始めるからまだ少し余裕あるかな」

 意外と余裕あったわ。

 いや余裕あるのかこれ? 深海棲艦現れてからもう一年と何ヵ月か経つんだけど。最短あと半年くらいでどこかしら沈み始めそうなんだけど。対応方法が確立してからの発生ならともかく、今みたいに艤装の建造と人員の招集から始めないといけない場合はキツいなこれ。普通だったら普及までの間にだいぶやられちゃいそうだ。

「ちなみにそれ、提督たちには」

「どっちにも言った」

 つまり宮里提督は知ってるのか、変色海域攻略を急いでたのはノルマ以外にそれもあったからかな。私をフル活用しても間に合うか分からないもんなぁ、三ヵ月掛かってやっと四国だし。

 日本以外って今どうなってんだろう、猫吊るしは妖精さんは他の国にも出て来てると思うって言ってたけど……受け入れて貰えてるんだろうか。早くしないと手遅れになりそうなんだが。いや日本より進んでる可能性も無くはないけども。

「ん、じゃあさっきの連中何しに来てたんだろ」

「撃たないで追っかけまわしてる時点でな……遊びに来てたんじゃね?」

 ただ殺そうと思えば砲撃すれば一発だし、わざわざ艤装を仕舞って脚を動かす必要は全く無い。あれは嗜虐心を満たすためのお遊びじゃあないかと猫吊るしは言う。でも、その後少しだけ間をおいて、あ、違うかもと自分の言葉を否定し出した。

「宮里艦隊への嫌がらせかも……」

「え、なにそれは」

「いや、あいつらだって救難信号出てればそのうち本州から助けに来るってのは予想出来るだろ? その時救助対象がもう死んでたら、こう、嫌だろ」

「嫌だけどさ……」

 五人目の人の事もあるから今も現在進行形でモヤってるけどさ。戦略的にはあんまり意味無くないかそれ、いやそれで間に合いませんでしたってなってもこっちの士気とか下がるか? っていうね。 むしろ上がりそうな気がするんだけど、宮里艦隊の人達の場合。ああ、でも国内はヤバいかもわからんね。いろいろ。

「あと、大阪湾取り戻されたからそれの対応とか」

「普通に考えてそっちが本命じゃないですかね?」

 まぁ、一般人追いつめて笑ってたんだから遊んでたのは間違いないだろうけども。もしかしたら私達と戦うために来て、救難信号出てたからついでに挨拶しといたとかそういう話だったのかもしれない。もう死んじゃったから真相は闇の中だけど。

 

 

 

 

 

 避難民の第一陣を連れて上陸地点まで戻る。結局、淡路島を離れたくない人や様子見する人達が出たため全員は連れて来られなかった。一度に全員は船に乗り切らないからこちらとしては丁度良かったんだけどね。というか、それでも何回かに分ける事になったし。

 他のコロニーもあるから今日だけで終わる事は無いだろう……っていうか、把握できてないのもあるだろうから内部探索が必須で、そうなると私ずっと陸かなぁって思ったけどそうでもないらしい。通常時は戦わないで逃げる前提で戦闘部隊以外の艦娘が索敵やるんだそうな。宮里艦隊に川内さんしかいなかっただけで例のサーモセンサーを付けられる人はそれなりに居るらしく、今回は内部の詳しい状況が分からなかったのと、大阪湾を取り戻したばかりだったから特別編成だったとの事である。

 海岸に着くと付近に拠点が設営されていて、二回目以降に船に乗る人たちも待機できるようになっていた。乗船やなんやに関しては私達に出来る事は無いので後ろから深海棲艦が追って来てたりしないか警戒していると、報告へ行っていた川内さんが戻ってきて、補給しろってさーと指示をくれた。近くのテントに速吸さんが待機しているらしい。

 結構大きいそのテントに入ると、中には複数の自衛隊員がダンボールを開けたりだとか何か作業をやっていて、それに混ざって何故か深雪が空になったそれを畳んで片付けていた。艤装も付けておらず、服装のせいで見た目にはただの女学生がボランティアか体験学習でもしているように見える。

 深雪何やってるの、と後ろから入って来た島風が声を掛けると、それでこちらに気付いたようでいつも通りの明るい笑顔でおかえりーと言って、近くにあった水入りのペットボトルを投げ渡してくれた。思ったよりは冷えてて美味い。

 それで何してたの? と島風がもう一回聞くと、深雪は努めて明るく轟沈したわーと返答した。久々にやったわっていや笑い事じゃないだろ……怪我はないらしいし、今回はちょっと余裕があったとかで水も飲まずに済んで乗組員の妖精さんも全員拾い集められたらしい。猫吊るしもほっとしていた。

 そういうわけで艤装を失ったので淡路島の人達と一緒に本州まで帰る事になったんだけど、ただじっと待ってるのは暇なので雑用をして時間を潰していたんだそうな。本当になんの不調も無いらしいけど、鎮守府に帰ったら一応検査は受ける事になるとか。なら今も安静にしといた方がいいんじゃないかと思うが動かずにはいられないんだろう、性格的に。

 なお深雪は言わなかったけど、補給をしてくれた速吸さんによると深雪の轟沈は船を魚雷から庇った結果だったらしい。漢気溢れてる。

 

 私と島風の補給が終わり、川内さんの順番が回ってきた頃、にわかに外が騒がしくなった。喧嘩っぽい口調の声が聞こえるので場合によっては止めようと表へ出ると、リーダーさんが妹の五十嵐さんに詰め寄られているのが目に入った。その後ろでは休憩に来たか誘導に来たのか、秋雲先生が状況が分からない様子で困り果てている。

「駄目だよ陽、今から戻るのは迷惑にしかならない」

「そうだけど、見捨てて逃げられないだろ!? 俺等がどれだけ世話になったと思ってるんだよ!」

 口ぶりからして例の五人目の話をしているらしく、結局戻って来なかったその人を自分だけでも探しに行きたいと五十嵐さんは主張しているようだ。こちらへ向かう時も彼女は周囲を見回しながらだったし、気持ちが分からないとは言わないけど、今戻られるのはこっちとしてはかなり困る。気持ちは分からないでもないんだけど。

「忘れたの陽、あの人はいつも僕たちを助けるために心を配ってくれてたんだ。無理して誰か犠牲になったら彼女は絶対喜ばないよ」

「兄貴こそ、忘れちまったのかよ! 俺も、あの時海岸に居た連中も、あの人が居なきゃ全員死んでた! それだけじゃない、食料庫の鍵を見つけられたのも、引きこもってた兄貴が外に出られたのも、病気が蔓延しなかったのも、他所の連中との喧嘩で怪我人が出なかったのも、あの場所で襲われずに暮らすことができたのも……」

 五十嵐さんの口調はどんどん強くなっていき、事情をよく知らない私達でもなんか凄い人だった事を否応なく理解させられた。リーダーさんも苦渋の表情で、どちらも見捨てたくないという点では意見は一致しているのだろう。ただ、リーダーさんはリーダーなのでたった一人のためにその許可は出せないのだ。そして、言葉に溜めた思いを五十嵐さんは一気に解き放った。

 

 

「全部、月島さんが居たからじゃないか……!」

 

 

 私と猫吊るしと深雪と秋雲先生、それと誘導してた自衛隊員の内三人と避難民の内十八人が、全員同時に噴き出した。

 

 

 

 

 




なお途中から髪が変色した模様。

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