改二改装の時間だオラァ!!
結局、楠木提督に渡したチケットは私の所に帰って来た。理由としては、なんだかんだ妖精さんのサポートを受けやすい私が使うのが何かあった時リカバリーが利きやすいからだそうな。怪しいからなこのチケット。
出撃している間にチケットの事は省いてだけど宮里提督への説明もしておいて貰えるという事で、サクッと淡路島周辺を平定して鎮守府へと帰って来た。今週か来週中には四国行けそうな気がする。
それじゃあさっそくチケットを使用してサクッと改二になってやろうと思って部屋まで取りに来た訳なのだけれど、手に取って眺めてみて初めて、はてこのチケットはどう使うものなのだろうと困ってしまった。使い方書いてないんだもん。
でもそんな時頼りになるのが猫吊るしである。彼女のチート能力に掛かればそんなお悩みも即解決、どんな道具のお悩みもまずはご相談くださいなのだ。チケットを渡してみると猫吊るしはそれをしげしげと見つめ、特に何もせずに私に返してくれた。曰く、このチケット、艦娘ではなく提督が使用する物なんだとか。改二にしたい子を指定して、妖精さんにチケット渡せばそれでOKらしい。
じゃあはい、と提督の私が吹雪を指定して戻って来たチケットを猫吊るしに投げ返す。そうしたら猫吊るしは冒頭の台詞を叫びながら私の頭の上に飛び乗り、気が付いたら周囲に居た他の妖精さんも私の頭や肩の上に並んでいた。あれ、これ私がこのまま工廠まで運ばないといけない奴?
最終的に大量の妖精さんを腕に抱え込んで、遭遇した文月に首を傾げられつつ工房へと到達した。中では楠木提督と宮里提督、それに長門さんと明石さん達工作艦の皆さんが何やら話し合いを行っている。いや、話し合いというか、楠木提督が長門さんと問答か何かしていたっぽい? 私が入って行ったら丁度終わってしまったようで内容までは分からなかったけど、私の聴覚にはそれなりの距離から二人の声が聞こえていた。妖精さん達がわーわーきゃーきゃーしてるせいで聞き取れなかったけど、盗み聞きみたいになるし逆に良かったかもしれない。
長門さんは私の入室に気付くと一歩下がって道を空けた。困惑気味な表情と心配そうな雰囲気が合わさったなんとも言えない顔色だったけれど、とりあえずこちらを慮ってくれているのは分かる。急に状況が変わったからなぁ、長門さんは出撃して帰ってきてから話を聞いたはずだし。
宮里提督も心なしか戸惑っているように見えたけど、私が工廠の中ほどまで進んだ段階で妖精さんの皆がよしやるぞーと腕の中から頭の上からぴょいぴょい飛び出し艤装の方へと駆けて行ったものだから、そのまま建造がなし崩し的に始まってしまい話し掛ける機会を逸してしまったようだった。実行される事は決まってたし、楠木提督が傍に居るから色々言い辛いってのもあったかもしれないけど。
工廠のクレーンで低い位置に吊るされた私の艤装、通常の吹雪のそれに妖精さんが群がって行く。私達はそれを無言で見つめている。正直気まずい。カーンカーンカーンと不吉な音が聞こえたりする中、妖精さん達はスパナでボルトを締めたり、連装砲を一旦外して脇に寄せたり、ドリルを振り回したり、艤装の上で頭を捻ったり、排気塔の中から頭だけ出してみたり、中から鋼材らしきものを運び出したり、その中に混じっていたねこのようなものを四匹繋げて消し去ったり、使っていなかった魚雷の発射管を探して大冒険したりしていた。心なしか普段よりちゃんと働いてる割合が多い気がする。っていうか、頭捻ってるの猫吊るしじゃん。お前手順間違えたとか言わないだろうな……
そんな事を考えていたら、猫吊るしは手招きしながらおいでおいでと私に呼びかけて来た。なんだろうと思って行き来する妖精さん達を踏まない様に気を付けながら艤装の所へ近づいてみると、ある程度近づいた段階で、突然、艤装に精神を吸い込まれた。
もう慣れた感覚ではあるが、突然やられると流石に驚くわ。そう思いつつ周りを見回すと、やはりというかそこは駆逐艦吹雪の船上だった。空の模様は少し雲の浮かんだ晴れ、朝焼けに照らされて海も船体も輝いている。いつも通り吹雪さんは不在で、冊子が置いてある机も普段と変わらない様子だった。なお以前枚数を数えたら地味に減っていたのでたぶん二期の適性者に吹雪の子が居ると思われる。
なんでこっちに引っ張りこまれたんだろうと思い暫く周囲を見て回り、ふと気になって吹雪の内部へ繋がると思われる扉に触れてみた。するとそれは突然音も無く開き、奥の照明がちかちかと点き始めた。内部は異様な暗さで、灯りの周囲すらほとんど見えない。私はチート能力さんでそれでもなんとなく中の様子が分かるのだが、普通の人だと歩くのも危ないだろう。
少し躊躇っていると、直近の灯がびかびかと光って主張を始めた。入って来いやオラァンという事だろう。まぁどの道行かないという選択肢も無いので、気を付けながら一歩足を踏み入れる。その瞬間、音を立てずに扉が閉じられた。
暗い通路の先には十数メートル先まで電灯ともガス灯とも付かない明かりが点々と灯されていて、私が先に進むとさらに奥の物が点火される仕組みになっていた。そのうち二股に分かれた通路に出くわせば、その片側だけに新たな光が差し、こっちへおいでと誘導してくれる。そんな事を何度も繰り返し、外観よりだいぶ広くないかこれと私が思い始めた頃に、照明は深部を照らすのを止め、一つの扉を映し出した。
それは鉄か何かで出来ているように見え、薄っすらと錆が浮かんでいる。取っ手や鍵穴などが付いており、一見したところでは普通の片開きの扉だ。入ればいいのだろうかと思いノブに手を伸ばすと、寸前でガチャリと鍵の開く音が聞こえ、そのまま捻ればそれは思いの外抵抗無く、あっさりと私に道を譲った。
中には明かりが一切無く、詳しい様子までは分からない。ただ、私の肌感覚には部屋の中央に何かが居るのが視えていた。もしかして久しぶりに会えたのか、そう喜び勇んで中へと失礼すると、やはり後ろの扉は閉まり、同時に周囲の壁が暗く紅い光を放ち、周囲を淡く照らし出した。
中央にはやはり、訓練初日に見た顔があった。
ただなんか、鎖のような物が中途半端に繋がった首輪をしていて、目が赤くて、髪が白くて、短い角が二本生えていて、肌も真っ白で、左手が黒い何かヒレみたいな形状になってる。
深海吹雪じゃねぇか!!!!
どこからどう見ても劇場版の吹雪さんの半身というかなんというかなあのお方だった。え、深海棲艦化してたの? それとも来るとこ間違えた? なんて思いつつ真剣に殴りかかるか検討していると、あの時と同じように目の前の女の子は私に思念を飛ばしてきた。
――やめて……私は深海棲艦じゃないから。
前もそうだったのだがどうやらこの空間、艦娘と適性者は魂と魂で繋がっているせいかある程度思考が読まれてしまう。なので私のどうしよっかなー殴っとこうかなーという考えを読み取ってしまったらしい。心底止めて欲しそうな心の声だった。
逆にこちらも相手の感情などがある程度見えるので、どうやら嘘は吐いてなさそうだと分かる。とはいえ、姿が例のアレなので言葉の説得力は皆無な訳で。一応警戒は解かないようにしておくしかなかった。というか、じゃあ貴女は誰ですか?
――私も吹雪、以前ここに居た吹雪の別側面。居なくなったあの子の代わりに配置されているの。
悲報、吹雪さんやっぱり居なくなってた。いや、ずっと不在ではあったんだけど、ワンチャン奥に引っ込んでるだけかもって思いもあったんだ。それを否定された。信用していい相手なのかよく分からないけど、とりあえずこちらを騙そうという気配も感じない。私よりここに詳しいだろうから誤魔化そうと思えば誤魔化せるんだろうけども。
――あの子がどこへ行ったのかは私も知らない、私は追いやられた可能性の一つ、微弱な存在でしかない。だから、ここから出て行くのは凄く疲れるし、こんな姿だから、外から見られない方がみんな安心できるでしょう。
今は改二の審判のためだけに頑張ってこの場に出てきているらしい。曰く、吹雪さんである事は間違いないらしく、自分の主体をやっていた彼女が何処かへ消えた事は分かるし、今はこの世界全体が彼女の領域なのだそうだ。
なら姿どうにかすればいいのでは、って思ったけどそういえば自力で風景とか変えるの無理なんだっけっと初春さんの言を思い出す。逸話とか神霊とかが混ざり混ざって艦娘になるらしいけど、この吹雪さんはいったいどういう部分がどうなって深海棲艦の見た目になったんだろう。っていうか、今更だけど深海棲艦ってなんなんだろう。
――私は私の欠片を渡すのに相応しいかを見極めるだけ。他の支援は期待しないで。
そう言って、深海っぽい吹雪さんは私の方へゆっくり歩み寄ってくる。多分信用していい人だと思うので私もそれを待ち受ける。何しろ、もう既に最初に会った吹雪さんより会話してるからね私達。
手の届く距離まで近づいた吹雪さんが私の瞳を覗き込む。身長はほとんど同じ――もしかしたら全く同じかもしれないくらいなので、お互いまっすぐ前を見つめる形になった。
――どうして改二になりたいの?
どうして。どうしてってそりゃ、強いし、チケット貰ったからなれそうだなって思って軽い気持ちで。そう思ったら目の前の彼女は不満気に顔を歪めた。
――正直ね……じゃあどうして強くなりたいの?
強くなりたい理由。そりゃあ、強ければ強いだけ便利だし、いっぱい使って貰えればそれだけ助けられる人が増えるかもしれないわけで。つまり人助けのため? まぁ改二にならなくても十分強いはずではあるのだけども、今以上があるなら是非なりたい。きっと有効に使って貰えるはず。自分で考えても糞みたいな成果になる気しかしないから指揮してくれる人が必須だけど。
それと別の話になるけど――改二が悪い物じゃないって知ってもらいたいというのもある。この世界の改二は言っちゃ悪いけど話に聞いただけだと印象が最悪だ。不老化は恩恵と言えるかもしれないけど、代わりに艦娘の魂を受け容れなきゃいけないなら、戦わないでは居られなくなるだろう。軍艦の魂なんだからそれは仕方のない事だ。
でも、艦娘はそれだけの存在じゃないはずなのだ。これは転生者な私や猫吊るし、それときっとまだ居るであろう同郷達くらいしか分からない事だけど、艦娘というのは戦って戦って、それで死ぬだけだとか、そんな悲しい存在じゃあなかったはずだ。もっと無暗に明るくて、馬鹿らしくて、くだらない、でも楽しい要素に溢れていたと私は認識している。二次創作とかアンソロジーに影響され過ぎた印象だとか言ってはいけない。
この世界の艦娘が本当にそういう存在なのか実際よく知らないけど、私は彼女等の魂はきっと一緒に居ても大丈夫なものだと信じているのだ。だから、そう思っている私が一番に改二になって後に続く人達の不安を少しでも和らげられたらいいな、とは思っている。
まぁそもそも戦力上がるよ!! 死に辛くなるよ!! って言われたら多少不安でも普通にやるだろうから関係無いよねとは自分でも思う。
そんな事を上手く言語化できずに考えていたら、目の前にあった赤い瞳がすっと遠ざかって行った。終わりだろうか。元の位置へ戻って行って、白い女の子はため息を吐いた。
――考えも覚悟も、何もかも足りてない。
ストレートォ!
分かるけども。分かりますけども。でも本音でそんな感じなんですもん。偽りようもなさそうだし、しょうがないじゃないですかー。たぶん本来私はここに立てる資格すら持ってないんだろうなぁ、チケットで無理矢理入って来ちゃっただけで。
――でも、いいわ。そもそも私に拒否権は無いの。
確定チケットですもんね。確定ですもんね。絶対させなきゃいけないんですもんね。あれ、もしかして私悪い事してる? 関係を深めるどころか悪化してないこれ?
ヤバいよヤバいよと内心で滅茶苦茶焦っていると、深海の見た目をした吹雪さんは私の方へ赤い血管のような模様の走った左腕を差し出してきた。そのヒレのような手の平に、周囲で暗く室内を照らしていた赤い光が集まって行く。だんだんとそれは球状に纏まってゆき、四方の壁と天井からすっかり光が無くなってしまった頃、吹雪さんの手がその球体ごとぐっと閉じられた。中のものを圧縮するように拳が強く握りしめられる。
暫くして、再びその指が開かれると、そこには紅黒い輝きを放ち、辺りを瘴気のようなモノで淀ませる何かが浮かんでいた。
――さあ、どうぞ。
いやどうぞって。
いやうん。うん? これ大丈夫? 大丈夫な奴? なんか凄い深海側っぽい見た目してるんだけど? 取り込んだら深海棲艦になったりしない? いやたぶん目の前の自称吹雪さんは大丈夫な人だと思うんだけど、これが大丈夫な物なのかは自信が持てないんですけど? もしかして怒ってる? 意にそぐわない感じで渡さなきゃいけなくなって怒ってらっしゃる? ヤベー部分渡そうとしてません? この世界の艦娘の魂はヤバいブツだよって分からせようとしてません?
ちょっと私が逡巡していると、吹雪さんは手の上の物を軽く放った。すると、不思議な事にその紅くて黒い塊は宙に浮いたままふわふわと私の方へと漂って来る。ちょっとかわいい。
呆然とそれを眺めていると、吹雪さんの魂の欠片は私の目の前で静止した。吹雪さんの方を窺ってみれば、私の事をじっと見つめている。これ以上何かを言おうという気を感じないので、もう後は私がどうするか、という事なのだろう。
つまり取り込まないという選択肢もあると? そういえば扉は閉まっているけれど、鍵がかかった音を聞いた覚えは無い。帰ろうと思えばこのまま帰れるのかもしれない。でもなー…………なんかそれは嫌だ。
私が艦娘を大丈夫な存在だと信じているのは嘘じゃないのだ。だから、これも受け取って大丈夫だと思う。ただ見た目がなぁ……大丈夫かなぁこれ……まぁちょっと覚悟はしておくか。駄目だったら駄目だったで、後に続く子達への教訓くらいにはなるだろう。無理矢理駄目、絶対。って感じで。悪い例として残ってくれるよきっと。
目の前で浮かんでいる吹雪さんの魂の一片に腕を伸ばすと、それはゆっくりと私の両手に収まった。温かいような冷たいような、不思議な感覚が伝わってくる。なんとなくどうすればいいのかは理解出来たので、少し躊躇いながら、暗い光を放つそれをそのまま自分の胸へと押し込んだ。
体に溶け込む寸前、紅黒い光は失われ、気のせいか吹雪さんが少し微笑んだように感じた。
はっと我に返ると、私は艤装の目の前で立ち尽くしていた。意識を向こう側へ飛ばしている間に一歩くらいは進んだようだが、未だ艤装まで辿り着いていない。結構長居したような気がしたが実際には一瞬の出来事だったようだ。
体調には不全な点はない、普段通り絶好調だ。私の体は寝不足で頭が動かないとかはあっても体は動くからね。ただ、なんとなくだけど魂に変化があるような気がする。後で確認してみないと確かな事は言えないけど、やっぱり吹雪さんだったと思うあの人から貰った欠片がインストールされているのだろう。
これで私は改二の艤装を動かせるようになったんだろうか。正直そこまで何かが変わったかと言われると首を捻らざるを得ないんだけど。とりあえず、猫吊るしが待っているので艤装までの数歩を詰めてしまう事にした。
辿り着くとちょっとそこに立っててくれと言われ、艤装の向かいに立たされる。すると何人かの妖精さんがやって来て、メジャーを私に巻きつけ始めた。くるくると私の胴回りや胸回り、肩幅や腕の長さなんかを計測すると、その結果をささっと紙に写し、妖精さん達は頷き合う。そしてどこからか生地を取り出すと、皆でちくちくやり始めた。制服って手縫いだったのか……
そのまま動かないでねーと写真でも撮る時みたいに言われたのでじっとして妖精さん達の働きぶりを観察していると、猫吊るしの優秀さが良く目に入った。どうやら工廠の妖精さん達の中でもリーダー格のようで、自分でも工具を振り回しつつ、周囲の子らに正確に、たぶん正確に指示を与えていた。いや私には合ってるのか分からないからさ。
暫くそうやって見つめていたのだけれど、なんだか外観にほとんど変化は見られず、中からパーツを持ち出しているのがいやに目に付いた。持ち込んでいる事もあるのだけど、なんか入る数より出て行っている数の方が多い気がする。ちょっと不安。
カーンカーンカーンと工具の音だけが響き渡り、なんとも言われないのでそれをずっと聞き続けていると、気が付けば妖精さん達の出入りは無くなり、猫吊るしだけが艤装の上に立っていた。こちらを見ているので終わったか聞いてみると、残りは仕上げだけだと言う。
「今の艤装は組んであるだけ、あとは吹雪がこれに触れて自分の要素を反映させれば完成だ!」
「どういう仕組みなのそれ」
斬魄刀かなんかなのこれ。一人に一つの改二って本当にそういう意味なのかよ。
「とにかく触って、いつもみたいに起動してくれれば行けるよ」
猫吊るしが艤装から飛び降り、ハリーハリーと急かしてくる。提督たちの方へ振り返ってみると、宮里提督も楠木提督も頷いていた。とりあえずやってみろって事だろう。それじゃあと失礼して、見た目はほぼいままで通りな艤装に手を触れ、火を入れる。
そして艤装は光を放った。
溢れる光が治まると、そこには先ほどまでと少し様子の変わった艤装が鎮座していた。特に変わったのが背中で艤装を固定するためのアームだ。今までは背嚢のごとく背負っていたのだが、それが脇腹の辺りで固定されるようになる。結構太い骨組みになっていて頑丈そうなのも良し。
ただ、それ以外は見た目にはほとんど変わっていないように見える。大きさも同じだし。
「ねえ猫吊るし、これ成功してる? 背負う部分以外の違いが分からないんだけど……」
「ん~? おかしいな、そいつに合った武装も付いてくるはずなんだが……」
酸素魚雷とか高射装置とか、初回のみ一緒に出来上がるらしい。私なら水中聴音機とか爆雷投射機の高性能な奴が付属しても良さそうなものである。でも、そういうのは少なくとも見た目には一緒になっていないようだった。近くに制服も畳んで置いてあるが、それはちょっと後回しだ。
猫吊るしは中を見てみるわと艤装の中へ飛び乗って、小さな体で探検に向かう。直後、悲鳴が聞こえて来た。大丈夫かと私が問うと、今度は歓声が返って来る。
「凄いぞ吹雪! 中めっちゃ広い!!」
そっかぁ。
終わったと見て、提督たちと長門さんもこちらへやって来た。これで完成なのかと流石に艤装を背負っていないために一人見えも聞こえもしていない長門さんに問われたが、私も一応そうらしいとしか答えられない。そうこうしているうちに猫吊るしが興奮した様子でぴょんと飛び出して来た。
「分かったぞ吹雪! こいつの特性!!」
そう言う猫吊るしは両手で何かを掲げている。それは円筒状で、金属製に見えた。
「ねえ猫吊るし、まさかとは思うんだけど、私の改二について来た装備ってそれ?」
「ああ!!」
そっかぁ。
そっかぁ……
「一応聞いておくけどさ、それ、何?」
そいつにはぐるりと一周ラベルが張られていて、品名とか、内容量とか、納入日とかが印字されている。装備かなぁ、装備だったなぁ、そういえば。艦これ的には。
「缶詰!!」
「だよね?」
それは缶詰だった。未開封の秋刀魚の缶詰であった。
「おにぎりも一緒に入ってたよ!!」
「戦闘糧食かな?」
猫吊るし、ヤケクソになってない? 大丈夫? 私は大丈夫じゃない。
「改装を実行したら缶詰が生まれた……?」
長門さんは困惑している。そりゃそうですよね、私も意味が分からないですし。
って思ったのだが、長門さん的にはそうでもなかったようで、給糧艦の例があるからそういう事もあるのだろうかとある程度の納得を得ていた。懐が深い、でいいのだろうかこの場合。
「それで猫吊るしさん、この新しい吹雪の特性というのは……?」
宮里提督が続きを促す。猫吊るしって名称染っちゃったのはちょっと悪い事したかもなぁと思っていたら、猫吊るしの方は気にせず目をキラキラさせながら私達に解説を始めてくれた。
「まずこの吹雪改二ですが、出力や速力なんかの基礎的な性能は、以前と全く変わりません!!」
駄目じゃねぇか!?
待って、改二だよね? ちゃんと改装したんだよね? どうしてそうなるの、チケットで無理矢理行ったから? え、そんな事ある? 詫びチケだよねあれ。運営の罠とかそんな事ある? 吹雪さんやっぱり怒ってた?
「その代わり、中の構造が最適化された上、空間が拡張されてて滅茶苦茶広いんだ。余剰スペースがとんでもない事になってる」
「何それ、弾薬いっぱい積めるって事?」
最初のインパクトが酷かったが、それは悪くないかもしれない。純粋に継戦能力が上がるって事だし、今までよりも長期の任務が可能になれそうだ。楠木提督も興味深げに聞いている。
「うん、それもあるし、種類もいろいろ積めるぞ。素の武装が全然無い代わりに装備スロットが凄く多い」
「ふむ……つまり、連装砲、高角砲、機銃、魚雷、爆雷なんかを同時に装備できると」
楠木提督の問に、猫吊るしはああ! と答えた。この世界だと元々ゲームより色々積めるんだけど、それ以上になるんだそうな。あれ、私の能力とは結構噛み合ってる……?
「でも、こいつの真価はそこじゃないな」
普通の装備だけ詰むのは勿体ないと猫吊るしは言った。
「吹雪に適性が無いから連装砲ちゃんとか甲標的とかの独立して火力を発揮できるタイプの奴は無理なんだけど、そういうのじゃなければそこそこデカいのを乗っけられるぜこいつ」
たとえば内火艇は無理なのだが、大発は行けるらしい。どう違うのかよく分からないが、攻撃能力のある奴は無理なんだそうだ。なお航空機はそもそも形状的に全部アウトらしい。私の適性謎過ぎない?
「それと、大型のレーダーとかソナーも行けるな。ああ、あとあれだ、川内の使ってるアレも」
サーモセンサー付きゴーグルも装備可能な範囲らしい。いや、でも私普通に目がいいからあれはあっても変わらん気がするわ。
「で、個人的に面白かったのがこれ!」
秋刀魚缶以上に面白い事があるのか。さらっと私が自分のアイデンティティについて悩んでしまいそうな事を言い放った猫吊るしは艤装の中に手を突っ込むと、にゅるんと何枚かに渡る紙の束を引っ張り出した。それには何か数値が書いてあって、どうやら何かの目録であるようだった。私に差し出してきたので受け取り、全員で覗き込む。
「12.7cm弾24ケース、燃料48本に……ん、三式弾? え、三式弾使えるの?」
「ムリダナ」
無理なのかよ。私が使ったらどうなるのか気になってた装備の上位だったんだけど。じゃあこの目録何? 積んでる物のリストとかじゃないのこれ。
私が胡乱気に書類を見つめていると、宮里提督が何かに気付いたのか隣ではっと息を呑み、ほんの少しだけ震える声で、猫吊るしに根本的な所について質問した。
「あの、この吹雪改二、艦種は……艦種はどうなっているんですか……?」
よくぞ聞いてくれました。口には出さなかったが猫吊るしの表情は雄弁にそう語っていた。
「高速輸送艦です!!」
私は固まった。宮里提督は予期していたのだろうが、それでも指先が震えていた。楠木提督は小さくほぉと漏らし、長門さんは聞こえていないので宮里提督の反応を気遣わしそうに見つめていた。
高速輸送艦っていうのは何だろう。つまりは輸送用で速度がある奴って事? なんか戦闘用っぽくない響きだけど、待って、それが私の改二なの? 確かに改装で艦種が変わる艦娘は居た。でも自分にそれが降りかかるとは思ってなかった。まして戦闘向きじゃない奴になるなんていうのは。
でも、そうか、これ吹雪さんが戦後まで長く生き残った場合のIF改装か何かかな? 軍艦として型落ちして輸送艦に改装されたとかそんな感じ?
「あ、輸送艦になってるけど、一応戦闘力は上がってるからそこは勘違いしないで貰いたいな。基本性能は変わってないけど、一応手数は増やせるからな、一応」
こいつ、三回も一応って言ったぞ。あのやずやですら二回なのに。猫吊るしは洋上補給も出来るよと努めて明るく言った。補給艦じゃねそれ。
「でもこれ、燃費悪くなるんでしょ、強化量と見合ってる?」
「んー、積載以外ほとんど変わって無いから最低限しか上がらないみたいだし、総合的にはプラスなんじゃないか。元々が駆逐艦で低燃費だしな」
ならいいか。いや、実際使うかどうかは私が決める事ではないだろうけど、明らかに弱くないなら問題無い。そもそも、改装前でも別段困ってはいなかったわけだしね。
しかし輸送艦、輸送艦かぁ。意外かと言われれば滅茶苦茶意外である。というか、これもしかしなくてもチート能力さんは改二に影響してないよなぁ。してたら近接特化とかになりそうだし。なのでこれは私の才能や資質、精神性なんかがそのまんま反映された結果なのだろう。
この世界の改二はその人間の性質が強く出るらしいので、それが正しいのだとしたら、素の状態の私には戦闘の才能が全く無いのだろう。なにせ出てきた装備が戦闘糧食と秋刀魚の缶詰と、あとたぶん洋上補給である。どう見たって支援系の艦だわ、戦わせたら沈みそう。
「ともかく、ちゃんと動くのか試してみましょう。使うかどうかはその結果次第で考えます」
「そうだねそういう性能なら、次の作戦でやってもらいたい事もある。何がどれくらい使えるのかしっかり確かめておこう」
この艤装でやらせたい事とはいったい……ネズミ輸送とか? 滅茶苦茶向いてそうだけども。
テストのためにとりあえず一通りの武装を付けてもらう事になった。出番だヒャッハー新しい艤装見せろオラッとマッド入ってる方の明石さんも突っ込んで行ったが、それでも装備するのにはそれなりに時間がかかるらしい。その間暇をしててもしょうがないので、横に畳んであった新しい制服を広げてみた。
第一印象としては、黒い。今までの制服と基本的なデザインは一緒なのだが、なんか黒い。白地だったのが黒地になっている。もしかしたら夜間迷彩的なイメージなのだろうか。それと艦これの吹雪改二みたいな赤いラインもきっちり入っていて、気のせいか、あの吹雪さんの別側面さんの左手みたいな印象を受けない事もない。たぶん気のせいかなうん。
ちょっと着替えてみようかと思って提督たちに一声かけ、最寄りの空きスペースでささっと脱いでぱぱっと袖を通していると、遠くから宮里提督と長門さんの声が聞こえて来た。どうやら一部始終がよく分からなかった長門さんにあらましを語っている様で、ただ、宮里提督の声にあまり元気がない事が気に掛かる。
今までの戦績から考えたら期待外れ感あるもんなぁ、と思いつつ、盗み聞きしているみたいで申し訳ないので耳を塞いどこうかなぁとか考えていたら、長門さんがぽつりと、まさか戦闘に向いていないのかと呟いたのまで耳に入ってしまった。輸送艦だもんなぁ、戦闘力は向上してるって言われてるけど輸送艦って言われたらなぁ。
実際にはチート能力さんのおかげでどうにでもなるので、ちゃんとやってちゃんと出来るって見せておかないと不味いだろう。これで出撃頻度が落ちたりするのは誰も得しないからね。
そう思いながら外に出て改二になった艤装の様子を見に行ったら、ダブル明石さんと猫吊るしと妖精さん達がノリノリで全装備連装砲とかいう意味不明な事をやろうとしていたので提督たちに通報しておいた。明石さん、マッドじゃないと思ってた方も大概なのでは……?
確定チケの仕様→対象になった適性者を認めてくれる側面を強制的に表出させる。
吹雪の改二に対する考察は大体間違ってます。