転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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もっと速く疾走れ艦娘

 艦娘の魂を取り込むとそれに影響されて体に変化が現れるという。それがちょっと気になって、試運転終わりにシャワーを浴びながら体をくまなく調べてみたのだけど、今の所はまだ何も変化は無いようだった。

 猫吊るしの話だと早ければその場で、遅くても一年以内には影響が出切る、と思うたぶん。という事なのでまだまだ先になるのかもしれない。ただ私と吹雪さんの場合体格とかにあまり差が無く、変容もそれほど目立ちそうにはないから、出てるけど気付けてないだけの可能性が大いにあるんだよね。まぁそれならその程度って事なのでいいんだけど。

 問題は深海吹雪さんの影響が出てしまった場合である。流石に大丈夫だとは思うんだけどね、深海吹雪さん深海棲艦っぽい見た目なだけで最初に会った吹雪さんの一部みたいだから、彼女の影響だけが顕著に出るとかは無い……はず。でも万が一にも角とか生えて来たら困るなぁ、あとあの手だとタイピングとかすごいやり辛そう。そう思いながら髪を流し、艤装の影響で伸びているそれに触って確かめてみるが、そこも改二以前とは変化が無いようだった。角も生えそうな様子とか無いからヨシ!

 しかし私、これで不老になったんだよな。私自身は何の覚悟もないしチート能力さん除いたら大した奴でもないのに。そう考えるとあの詫びチケットヤバすぎない? 実質不老化ご招待券じゃんあれ、一兆ドルでも買い手付きそうだわ。艦娘の適性がある女性しか使えないだろうけど。

 流石にあんな危険な物を安易にばら撒いたりはしないと思うんだけど、また貰える機会とかあるんだろうか。いや配布=何かしらバグってるなんだから無い方が良いに決まってるんだけどさ。でもみんな好きだろ、詫び石。

 

 

 

 

 

 翌朝、どういう訳かみんなで走る事になった。

 いや、どういうも何も次の作戦の参加者決めるための体力測定らしいんだけど、なんでか艤装無しで制服は着用なんだよね。改二への移行条件満たしてるかもついでに調べようとしてるんだろうか。

 出発地点に並んだ宮里艦隊のみんな+αを見てみれば、島風は喜んでスタート前なのに走り出し、長良さんも気合は十分といった感じ。陸上部はそりゃまぁ強いだろう。長良さんに艤装の影響が出てるのかがかなり気になる所。

 天龍さんはいつも通り自信有り気で、大井さんは逆に自信は無さげ。筋肉量が違うので仕方ないね、天龍さんは元々武道か何かやっていたらしく綺麗な体つきをしてたりするのだ。だからかこないだ姫級の首刎ねたらしい。すげぇ。

 深雪と叢雲はどちらもやる気は十分そうで、初春と山雲はいつも通りな感じに見え、曙はやる気通り越して若干目が怖くなっており、そして夕雲さんは表情が死んでいる。このテストの結果が良くなくても通常の四国攻めには参加出来るって言われてるんだけどなぁ。

 秋雲先生は文月と話をしていて、なんか私と同じくアガってるっぽかった。やっぱりアニメ声には敏感な性質なんだろう。仲間ですな。

 瑞鶴さんは加賀さんには負けたくないと意識しまくっているのが傍から見ててもよく分かり、その加賀さんは普段通りのすまし顔だ。でも勝負ごとに手を抜くタイプじゃないから全力で走りそうな気はする。ゲームやってても本気で潰しに来るし。

 山城さんは意外な意気込みを見せていて、ただ、走るのに袖が凄く邪魔そうに見える。でも不幸な事に括るための物を持っていなかったためそのまま走るようだ。同じくひらひらしてる金剛さんも走るには向いてないデースとぼやいていた。

 イムヤさんとイクさんはどちらも水着での参戦である。制服だから仕方ないのだが、イムヤさんはちょっと恥ずかしそうだ。水中とはやっぱり違うのだろう。イクさん? あの人恥ずかしげも無くばるんばるんしてたよ。楠木提督居るんだけどね、本当に気にしないタイプらしい。なお楠木提督の方も気にしてなかった。ストイックというかなんというか、艦娘って女性ばっかりだしもう慣れてるのかもしれない。

 秋津洲さんは憂鬱そうに二式大艇ちゃんを抱きしめてため息を吐き、速吸さんがそれを見て心配気に声を掛けている。この二人、支援寄りの艦娘繋がりなのか結構仲がいいらしい。秋津洲さんは二式大艇ちゃんとばっかり仲良くしてるのかと思ってたけどそうでもないようで、実際にはみんなと上手くやっている。って金剛さんが言ってた。

 隼鷹さんはちょっと気分が良くなさそうで、飛鷹さんに気遣われながら窘められていた。なんか新しい呑み仲間見つけて盛り上がってしまったらしい。出撃だったら艤装に触ってるうちに多少なら治っちゃうらしいから多分油断してたんだろう。

 その呑み仲間になった那智さんは響に心配されていて、やっぱりこっちも二日酔いっぽい。と言っても一応背中をピンと伸ばして立ってはいるので走れはすると思う。全力を出せるかは微妙だけど。

 川内さんは朝が来ちゃってちょっと気だるげだったけど、柔軟はしっかりやっていた。やっぱり夜型になってしまっているんだろう。そういう意味ではもう体に影響出てる気がする。

 暁教官長と龍驤さんはどちらも普段と変わらない感じで、必要ならみんなのサポートに入る態勢だった。新人三名に二日酔い二名じゃそうなりますよね。

 長門さんは自分の手足を確かめるように軽く動かしている。たぶん今の身体能力と走った時のイメージを修正してるんだと思う。確実に影響は出ている人なので、どうなるのかかなり気になる所だ。身長もあるし足は速そうだけど果たして。

 青葉さんは少し離れてそんな皆を撮影していた。何に使うかは知らないけれど、少なくとも秋雲先生はたまに資料に借りるらしい。案外後世で記録資料として重要な存在になったりするのかもしれない。

 初雪は私の背中でお亡くなりあそばされている。でも、そろそろ甦らせてスタートラインに立たせなければいけない。走って行った島風も捕まえにゃならんし。

 

 

 

 各人揃いまして一斉にスタート。好スタートを切ったのは島風と長門さん。それに長良さんと深雪と天龍さん、それに金剛さんが続く。コースは鎮守府裏庭を十周、都合2000mほどでそこそこの長さになる。なので殆どはペースは控えめで、とりあえず完走を目指そうという走りをしていた。

 そんな後続を全く気にしていないのが島風である。元々えらく速いのに、今はスタミナも艤装の影響で上がってるから遠慮無しにぶっ飛ばしている。なんか100mを全力で走るよりは少し抑え目程度の速度出してるんだけど、これ影響抜けた後ちゃんと走り方元に戻せるのかなぁ……

 その島風の後ろにぴったり付けているのが長門さんだ。やはり体力が上がっているのか苦しそうな様子は全く無く、動きも軽快で腕以外の筋力も上がっているのだろうと見受けられる。やっぱり身体能力的にはもう改二になれそうな気がするんだけど、なんで拒否されたんだろう。

 その二人にだいぶ遅れて三番目を往くのは天龍さんだった。前二人がおかしいだけで十分速い。ただ、そのすぐ後ろの長良さんに比べると動きが荒く、スタミナの消費が激しそうに見える。長良さんはマイペースにやっていた。普段から走ってますしねぇ。ただ、私の見る限り最初期より速くなってる気が……給糧艦製の美味しいご飯のおかげで筋肉がいい感じに発達しただけかもしれないけど。その一つ後ろに居る金剛さんは元々運動は出来る方だけど、運動部という訳ではなかったしどうなんだろう。

 深雪は前の方に付いてくのは厳しいと感じたのか、ペースを抑えて叢雲や速吸さん、加賀さんや瑞鶴さん達の集団に合流している。それでも私達の学校の陸上部の人達より速い程度ではあるので持つかどうかは心配だけど。

 心配と言えば夕雲さんも三番目の集団に居て、ちょっと無理してるように見える。あんまり運動得意そうには見えないもんなぁ。

 那智さんや隼鷹さん、川内さん等不調組は後ろの方でゆっくり走っている。なお最後尾は当然のように初雪だ。真面目にやれと言いたい所だけど、たぶんちゃんと走ってはいるのでもしかしたらあれで全力なのかもしれない。

 

 滅茶苦茶やってる先頭二人以外はそもそも走った経験のある人間が少なく、レースが動いたのは残り二周に入ってからだった。途中からずるずると落ちて行った夕雲さんは後方集団に消えていき、代わりに物凄い脚で上がって来たのが川内さんだ。走ってるうちに眠気が消えたんだろうか。やはり辛くなったらしい深雪を追い抜き、金剛さんに迫っていく。負けじと金剛さんもペースを上げ、巻き込まれる形で天龍さんの足も回転数を増した。その三人を見ても変わらないのが長良さんだ。変わらない速度でタイムを刻んでいく。

 その後ろでは後方集団で足を溜めていた山城さんも前に迫り、二人で争っていた加賀さんと瑞鶴さんを追い抜いて加速して行く。イムヤさんもスタミナを残していたらしく、使い切らんとエンジンをかけ、逆にイクさんはこれ以上は無理だという表情をしていた。なんか走り辛そうだったしなぁ、揺れてて。

 前のペースが上がったのを受け、曙も前に出ようと叢雲と並ぶとその瞬間、叢雲の方が負けじとさらに前に出た。それにむっとしたのか何なのか、どうにか抜いてやろうとさらに曙が踏み出せば、叢雲はさらに速度を上げて行ってしまった。元々運動してたかどうかが明暗を分けてる気がする。

 秋雲先生や秋津洲さんはかなり後ろの方に居るにも関わらず辛そうで、長良さん達から余裕の周回遅れを喰らって元インドア派の悲哀を感じさせた。初雪よりは速いんだけども。

 

 ラスト半周、まぁこの時点で島風と長門さんはとうにゴールしてたのでどう足掻いても三着争いなのだが、先頭を行くのは天龍さん。それを川内さんが猛追し、金剛さんも必死に追いかける。その後ろから今まで速度を保っていた長良さんがやって来た。

 長良さんはまだまだ体力が残っていたようで、速度の上がらなくなっていた金剛さんを躱し、川内さんを追い越し、ライン手前で天龍さんを差し切って三着でゴールイン。四着五着は天龍さんと川内さんがほぼ同着、六着は後方から突っ込んできた叢雲で、金剛さんは惜しくも七着だった。山城さんイムヤさんが続き八着九着で、地味に上がって来ていた龍驤さんが十着である。

 その龍驤さんの隣で初雪が終わった風の雰囲気を出して減速してたけど、お前はあと三周残ってるからな。

 

 最終的に全員完走してたけど、島風と長門さん以外は全員疲れ切っていたのでこの二人以外はまだ改二にはなれそうにない。天龍さんとかは少し影響出始めてそうな感じするけどどうなんだろう。そもそもどれくらいから行けるもんなのかよく分からないし、安易に勧められるもんでもないし、提督たちはどうするつもりなんだろうか。

 ちなみに今回私は走っていない。だって作戦には参加確定しててもう改二にもなってるから必要無かったんだもの。ペース滅茶苦茶になっちゃうから仕方ないね。作戦ではあの高速輸送艦吹雪を使うらしいけど、いったい何をさせられるのだろう。

 

 

 

 

 

 走り終わって昼食摂って、みんな回復したから午後は出ようと思ったら、なんか大きめの部隊がやって来たと淡路島の方から連絡があった。

 方向的にも位置的にも鎮守府から出ると素早く駆けつけられる侵攻ルートだったので、みんなでそれらの対応をこなす。まぁ第四艦隊はいつも通りの別動隊だったんだけども。

 一応改二で、かつ初めてなので猫吊るしも一緒に出たんだけれど、なんというか、普通に使う分には今までと特に変わりがない。弾はいっぱい積んでるし、魚雷も持ってくるようにしたから硬い相手にも対応出来る。対空も充実のラインナップになった。でもさ、使う相手居ないんだよね……

 根本的に連装砲でも下級は一撃。鬼や姫、レ級なんかも二発で倒せるから結局魚雷さん使わないし、対空砲火もなんとかなってたわけで。まぁ複数の相手が同時に逃げようとしても取り逃がさなくはなったと思う。ちなみに大型レーダーとソナーは鎮守府に予備が無かったので未搭載である。今までと同じのだから狭くはなってないけど範囲が広がってもいないのだ。

 やっぱり継戦能力を部隊単位で上げられるのが強みなのかなぁ、なんか私が思ってたより搭載量が増えてたみたいで、連装砲ちゃんにバカスカ撃たせても島風に補給してやれば何とかなるようになったし。補給艦の艦娘もあんまり数が居ないみたいだから役には立つと思うんだけど、個人的には範囲攻撃が欲しかったんだよね。私の武装は適性値がおかしいのかチート能力さんの影響なのか挙動が変なのが多いんだけど、広範囲高威力っていうのは無いからさ。まだ使った事ないけど対地装備も魚雷さんと同じ挙動しそうなんだよなぁ……超高威力で範囲普通っていうあれと。地面えぐっちゃうんじゃね?

 なお食料を積んでる時は高速移動しないでくれと猫吊るしから釘を刺された。燃料や弾薬はちゃんと固定すればどうにかなるけど、食べ物はよっぽど形がしっかりしてるの以外駄目なんだとか。超高速で出来立てをお届けは出来ないらしい。

 

 

 

 

 

 深海棲艦を追っ払って帰り道、鎮守府も見えてきた。そこでちょっと、猫吊るしに聞きたい事があったので、島風にはもう少し艤装を慣らすからと先に帰ってもらう事にした。

「おっ? じゃあ一緒に走る?」

「いいえソナーとかの調整だから走りません」

 ちぇー、とぶーたれつつ島風は素直に帰って行った。お前午前中走ったろうに。長門さんぶっちぎってたろうに。

 新しくなった艤装の事は出発前にちょっと改装したとだけ伝えたらそっかーと納得してもらえて、連装砲ちゃん達の補給も便利だねーで済んだので特に疑われずには済んでいる。でも、もうちょっと艤装に興味持った方がいいと思うの。

 

 

 

「んー、機器の調子は前と変わらず、特に問題なさそうだけどな。なんか違和感あった?」

「ソナーの調整だと言ったな。あれは嘘だ」

 すまねぇ、島風に……というか他の人に聞かせていい話じゃなさそうだったから帰って貰っただけなんだ。本当に済まない。猫吊るしはなんだよもーとぼやいたものの、聞きたい事があると言ったら頭の上から肩へぴょんと飛び降り、とてとて腕を伝って私の手の平まで歩いて渡ると、こっちを向いて話をする態勢になった。

「改二とかそっちに関係する話か?」

「うん、艤装の事じゃないけどそっちも絡むかな」

 まぁ正直、猫吊るしが知っているのかも微妙な話なんだけどね。でも、他に聞ける人居ないからなぁ。

 

 私は昨日、深海吹雪さんみたいな見た目をした吹雪さんの一側面に会って来た。でもあの吹雪さん、自分ではっきり言っていたけど、深海棲艦ではないらしいのだ。そしてそれは伝わる感情を読み解く限りでは嘘ではなかった。これって、私から見るとちょっと変なんだ。

 私は今まで前世の記憶から、深海棲艦は艦娘と表裏一体の存在なんじゃないかと漠然と思っていた。深海棲艦も艦娘の側面の一つというか、裏の顔とか悪落ち後とかそんな感じの物だと考えていたのだ。ゲームで色々露骨だし、アニメに至ってはもうそのまんまそういう設定になっていたから、そう思い込んでいた。でもなんか、よくよく考えたら誰もこの世界じゃそんな事言ってないんだよね。

 あの場面、もし吹雪さんに深海棲艦の要素があるなら、深海棲艦だけど敵じゃない、という答えでないとおかしいはずなのだ。そうでなきゃ嘘になっちゃう。だからあれは本当に見た目だけ……たぶん、駆逐艦や軍隊、戦争、死への恐怖や畏怖が強く出た形態だったのだろうと思われる。

 まぁ、まだ深海棲艦まで行ってないからセーフ的な意味合いだった可能性もあるんだけど、だからこそ、ちゃんと確認しておきたかったのだ。

「猫吊るしは、深海棲艦って何なのか知ってる?」

 あいつらがどこから来たのか今更だけど気になっちゃったんだよ。訓練所でも鎮守府に着任してからも、その辺りの事は誰も何も言わなかった。知らなかったのか隠してるのか、たぶん前者だろうとは思うのだけど。

「あー、それ聞いちゃう?」

 問われた猫吊るしはあんまり答えたくなさそうだけど、とりあえず知ってる事は知っている様子だった。教えてくれないという訳ではないようで、頭を軽く左右に振りつつどう表現したものかと言葉を選んでいる。

「言いたくないなら無理には聞かないけど」

「ん~~いや、教えとくわ。吹雪なら大丈夫そうだし」

 大丈夫じゃない可能性があるのか……

 

「まずそうだな、妖精さんが何なのかからもう一度説明し直すか」

 そういえばそれもよく知らないな。私の知識だと、妖精さんは人類の無意識とかの集合体から産まれて来て人間を助けてくれる存在という事になっている。猫吊るしも集合体から出て来たって言ってたし。

「妖精さんっていうのはな、人間の『助けたいのです!』って感情や記憶が過去にあった魂の残滓を核にして出来た人型なんだ」

 集合無意識内でいろんな断片を寄せ集めて、現行人類のために過去も含めた人間の総意で作り出した存在なのだという。

「それはつまり……あいつ等もしかして、中身はご先祖様なの……?」

「まあ、そうなるな」

 と言っても、あくまで魂の残りカスみたいなものを核としていて、記憶や人格を保っていたりはしないらしい。例外的なのが猫吊るしで、転生者の魂に妖精さんとしての肉付けをされているため前世の事は完璧に覚えているのだそうだ。名前だけは何処かに置いてきてしまったらしいが。

「その割にはあいつら結構遊んでない?」

 人間味があると言えばそうなのかもしれないけど、戦場へ出た時はともかく鎮守府だとおさぼりしてたり寝てたり食べてたりする所をよく見る。かわいいので許せる。

「それは理性がないからだな。完全な状態の魂を持ってるわけじゃない上、体も半霊体で衝動にブレーキを掛ける機能が付いてないんだ。だから勢いに任せて変な事やり出すんだよ」

 それでも半分以上は働くし、戦場では完璧に仕事するんだから善性の生物である事は明らかだろう。いや生き物なのか微妙な所らしいけど。

「それで何しに妖精さんがこの世界に来てるかっていうと、まぁ深海棲艦の駆除な訳だ。つっても、妖精さん単体じゃ無理な訳なんだが」

「それちょっと疑問なんだけど、妖精さんじゃなくて艦娘を直接出したりは出来なかったの?」

 まぁ無理だから今の状態なんだろうとは思うけど、少なくとも初春さんは初春の体を借りて現世に干渉出来る様子だった。存在感は凄かったし、こちらへ完全に呼び出せればかなりの戦力になるんじゃないだろうか。

「んー、無理だと思う。そもそも存在の方向性が違うんだよな。あの集合体の艦娘はあくまでも、過去の軍艦の情報の集合体であって、人類の守護のために生み出された物って訳じゃないから」

 折り紙で作った手裏剣と絵画くらい別物、と猫吊るしは例えた。まるで意味が分からんがとりあえず振り回せば後者の方が強そうな気がしてならない。

「本人たちは産まれのせいか守護る気はかなりあるから、力は貸してくれるんだけどな」

「有難いよねぇ」

 初春さんは初春の事を気に掛けてる風だったし、吹雪さんも改二になるために魂を分けてくれた。協力的ではあるのだ、出ては来れないだけで。でだ。今の話から分かった事が一つある。

「じゃあやっぱり、深海棲艦は艦娘とは関係ない?」

「うん、少なくとも倒したら艦娘になったり沈没したら深海棲艦になるとか、そんな関係じゃない」

 やっぱりこの世界において、深海棲艦はそもそも艦娘と対になる存在ではないようだ。

「……っていうかな、うん……たぶん、深海棲艦って名付けちゃったのが誤解を生んでるんだよな」

「え、それじゃ猫吊るしのせいじゃん」

 そうなんだよなーと猫吊るしは脱力した。基本的にこの世界の艦これ要素回りは猫吊るしの発言で名前が確定して行ったらしいのだけど……お前、名付け適当どころか失敗してたの?

「実はあいつら、艦娘の情報を参照してるから深海棲艦の姿をしてるだけで、別物なんだよ。今は姿形に引っ張られて艦の性質を持ってるけど本質はあんなんじゃないんだ」

「ちょっと何言ってるか分かんないっすね」

 実際、名称だけの話なので転生者以外は別に困らないのだろうけど。何と戦わされてるんですかねぇ私達は。

 

「深海棲艦が何者かって話なんだが、その理解のためにもまず、あいつらが何のために人間を攻撃しているのかを先に説明させてもらうぞ」

「侵略じゃないの? 陸地を沈めに来てるって言ってたよね」

「言ったけど、それは目的じゃない。手段だ」

 陸地沈めて海を広げるのは彼女等にとって効率的なやり方ではあっても、それ自体はどうでもいい事であるらしい。変色海域ですら、目的を達せられるのなら展開は必須ではないという。

「そのどうでもいい事のために私ら苦しめられてるのか……」

「まぁ、それが目的だからな」

 どれだよ。

「ちょっと分かり辛かったからちゃんと言って貰っていい?」

 そう伝えてみたら、猫吊るしはこっちの目をしっかり見て、はっきりとした声で断言した。

「あいつらの目的は、『人間を苦しめる事』です」

 ええ……なにそれは。目的なのかそれは。人間嫌いなの? 人間大っ嫌いなの? それともドSさんなの? 苦しんでる人間ちゃん可愛いよぉとか思ってるの? つーか漠然としすぎだろ目的。確かに今日本国民結構苦しんでる人多いけどさぁ。

「深海棲艦の正体が何かって言うとだな、あいつ等は人間の悪意や害意が人類の魂や集合無意識の許容量を超えて、溢れ出して実体化したものなんだ」

 成程、なんかどっかで聞いたような設定だな。実際やられると厄介とかそういうレベルじゃないけど。人類が滅びへ向かうのは人類の意思その物なのだとか言ってきそう。

「この世界の人類は、集合無意識に過去の人らの想いが積み重なってくように、種として続くだけでどんどん霊的な物が蓄積されてくんだ。問題なのはそれが正の方向の物ばっかじゃないって事でな」

 守りたい、助けたい、救いたい、なんて想いが積み重なって妖精さんを生み出したように、その裏では苦しめたい、貶めたい、殺したい、嬲りたい、悲しませたい、泣かせたい、嘲りたい、なんて昏い感情も溜め込まれて行ったらしい。

 そして去年、それらは許容量の限界を超えて溢れ出し、実体を持ってその欲望を満たし始めたのだという。知性があるのが最高に性質が悪い。

「あいつらは人間が存在し続けて、負の感情の蓄積速度が自浄速度を超えてたらいつかは湧いてくるもんだったんだ。まぁ、例えるならあれだ。生活習慣病だな」

 おい例え。例えのせいで一気に人類が不摂生だっただけみたいになったんだが。いや、そういう事なのか? 予防もできない事はないものだったりしたんだろうか。

「まぁそういう奴らなんでな、あいつらの目的は自分達の元になった欲求を叶え続ける事なんだ。つまり、あいつらにはそもそも、人間を滅ぼそうなんて気はさらさらない。出来るだけ長く、そして強く苦しめ続けるのが目的なんだ」

 全滅を狙うような奴は居たとしてもごく少数だろうと猫吊るしは言う。そりゃまぁ、ガチで人間滅びて欲しいとか思ってる人は多くないだろうけども。

「まぁ、効率的に苦しめるために滅茶苦茶殺すんだけどな。あいつらも理性無いからやり過ぎるみたいだし」

「ああ、淡路島で言ってたのはそういう事か」

 猫吊るしはあの時、深海棲艦は宮里艦隊への嫌がらせで一般人を襲っていたのかもしれないと言っていた。あの時は妄言かと思ったんだけど、それなら分からんでもない。確かにあれで五十嵐さん達が亡くなってたら私達は絶対悲しんでただろうからね。

「やり過ぎるってもしや絶滅レベルまで行ったりする?」

「それはたぶん無理。あいつらは存在の維持にある程度人間が必要だから。妖精さんもだけど、根本的に存在の保証が物質界じゃなくて集合無意識に依存してるんだ。だからそっちが崩壊するレベルまで人間が減ったら勝手に消滅するな」

 最大出現数が人類の数に比例していて、生きた人間が減れば減るほど深海棲艦達も数を減らして行くらしい。何そのなんの救いにもならない勝利方法。

「実は一番楽にあいつらに勝つ方法って一般人大虐殺して数減らす事なんだよな……」

「あー……なんかこう、公表したら事件起きちゃいそうだそれは」

 口実を与えたらアカンわ。

 

「ところでつまり、あいつらって半分くらいは人間って事?」

「人間から湧き出たモノであって人間そのものかって言われるとなぁ。ただ妖精さんと一緒で魂魄の残骸を核にしてるみたいだから、妖精さんを人間と認めるならそうなるかもな」

 成程、妖精さんとは構造が似てるのか、正か負かの違いはあるけど。っつーか、そう考えたらこの世界で深海棲艦と対になってるのって妖精さんなのでは……

「あれ、猫吊るしって転生者の魂を正の感情でコーティングして妖精さんになったんだよね?」

「概ねそんな感じだな」

 それじゃあもしやと思うのだけど、逆も有り得るって事じゃあないだろうか。

「……負の方で体を作ったら深海棲艦になってたのかな」

「それな。もしかしたら転生のあの時、春雨の方を選んでたら俺は今頃駆逐棲姫だったんじゃないかなってちょっと思うわ」

 駆逐艦春雨とよく似た深海棲艦、駆逐棲姫。もしそうなっていたら今頃まだ艤装は建造できてなかったかもしれない。そう考えたら世界的にも重要な選択だったのかも分からんね。

「っていうかさ、もしかして深海棲艦にも転生者居る?」

「その可能性があるからあんまり言いたくなかったんだよ……」

 私は基本的に見敵必殺である。そのため、相手がチート能力で回避するとか防ぐとかをしない限り、転生者かどうかなんて判別する前に殺してしまうだろう……というか、もう殺してる可能性があるなこれ。でもなぁ。

「いや別に、気にしないけどね」

「そう? 本当に?」

 猫吊るしは気づかわし気にこちらを見上げて来る。でも心配は要らないのだ。

「確かめなければ確率が残るだけで中身が何だったかなんて分かんないから」

「酷い暴論を見た」

 だってさぁ、実際居るかも分からない他人を慮るくらいならねぇ。確実に守れる仲間と日本国民優先しますよそりゃ。それに私のチート能力さんは私が多少精神的に動揺したところで射撃にブレを出したりはしないのだ。なので躊躇って撃ち損ねる事とかも有り得ない。そもそも最前線に居る私の前に出て来るって普通に考えたらそいつは深海棲艦側に加担してるような奴だろう。チート能力使われる前に倒せるなら万々歳まであるぞ。

「んな事言って、死後に発動するスタンドとかだったらどうすんだよ」

「海の上だから勝手に波追いかけてくでしょ」

 ノトーリアスBIGは洒落にならんけど流石にそんな奴居ないだろう。居ないよね?

 

「でさ、猫吊るし。深海棲艦が人間から湧き出た物だって言うけど、倒し続ければ枯渇して居なくなったりするの?」

 それを聞くと、猫吊るしは神妙な顔になってゆっくり首を横に振った。やっぱ無理か。

「例えるなら生活習慣病だって言ったろ? 根本的な所が変わらなきゃもう永遠に湧き出してくるよ。人間の健康状態だと思ってくれ、一度発症したら二度と完治はしない、そういう病気だ」

 対症療法で症状を抑える事は出来ても、根治は不可能なんだそうだ。深海棲艦は症状であって病巣ではないらしい。体質改善しなきゃいけないんだろうけど、そもそも負の感情を溜まり辛くするってどうしたらいいのかさっぱり分からん。一応、新しく出現する速度よりも早く駆除し続ければ数は減らせるらしいから、戦い続ければどうにかならないでもないらしいが。

「改二の重さが増したなぁ……」

 改二になった艦娘は歳を取らなくなる。それどころか、外見年齢はその艤装を扱うのに最適な年齢にまで若返ったりもするらしい。寿命で死なないのって色々大変そうだと漠然と思ってはいたが、こうなるともう、一度改二になったら死ぬまで艦娘やらなきゃならんのではないだろうか。

「分離装置がちゃんと完成してくれるといいけど」

 出来なかったら引退すら出来なさそうだし。完成したとしてもさせて貰えるのかも微妙な所だ。

「一応図面は投げたから、あとは艤研の連中次第だな。向こうの妖精さん達は研究職としては優秀だし、人間の研究員もなんか色々凄かったから大丈夫だ」

 その表現だと駄目そうなんだが。倫理観とかが。

 

「そういえば本来は深海棲艦の形じゃないって言ってたけど、本当はどういう姿なの?」

「ああいや、本来は特に決まった形なんて無いんだわ。悪意の塊だからな、不定形だ。ただそれだとこっちに出て来ると完全に知性も持てなくて不便だから、今の人類に合わせた姿と苦しめる方法を持って物質化したって訳」

 今回の場合それが世界大戦の恐怖や海への畏れであり、艦娘の負の側面と似ているのはそれが元ネタだから、みたいな塩梅らしい。場合によっては他の姿になる可能性もあっただろうと言う。でもたぶん、その辺りはあの魔法使いの子が調整して今の深海棲艦に落ち着けたんじゃないだろうか。でなきゃ艦これにならんし。その見解は私と猫吊るしで一致した。

「現世に出たのが今だったから、大戦中の軍艦に機能を盛った感じの性能になってる訳だ。つまり時代が違えばもっと違う姿だったんだろうな……まぁ、出現時期は固定されてたんだろうなって気はするが」

「へぇ、世界大戦前ならどんなんだったんだろ。騎馬隊とか?」

「妖怪とかモンスターになるんじゃないか? 迷信が活発だったろうし……いや、この世界じゃオカルトは実在してるから迷信どころか真実の可能性もあるけど」

 平安時代とかだったら陰陽師vs百鬼夜行になったんだろうか。妖精さんも時代に合わせて姿や能力を変えると言うが、どうなっていたか全く予想が付かない。もしかしたら式神扱いだったかもね。

「でも数万年後くらいの未来の艦娘と深海棲艦の姿は予想付くわ」

「ああ、私もそれは付くわ」

 数万年後まで行ったら、人間はきっと地球を飛び出して星々を旅しているだろう。そして戦争もするだろう。そうなったら、おそらくそっちの船を基にした姿をしているはずだ。だからきっと。

「宇宙艦娘vs宇宙深海棲艦だね……!」

「凄いB級臭がする……!!」

 そんな阿呆な事を言い合ってみたけど、下手したらその時代でも、私ってまだ生きてるんだよなぁ。その場合装備のアップデートはして貰えるんだろうか。殴ればいいのはたぶん変わんないけどちょっと気になった。スターデストロイヤーとかに改装できるのかな?

 

 

 




そういう設定なので実は転生者が居なくても詰んではいないんですよね。詰んでは。

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