転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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やれる事をやった結果がこれだよ!!

 昏い海を十五人で進んでいく。出発時点では普通の海だった足元は既に変色海域へと変わり、夏だというのに底冷えするような寒さが靴を貫通して伝わってくる。それでいて熱さを緩和してくれるわけではないので不快指数が酷い事になっていた。

 日は沈み、明かりも点けられないため互いの位置はかなり分かり辛い……と言っても私はチート能力さんがどうにかしてくれる訳なんだが、他の仲間はそうも行かない。暗視ゴーグルの使える川内さんと手分けしてだれも逸れないように気を遣いながら進む事になる。その上で海中にも注意を払わなきゃならないため、普段よりかなり神経を削った。なおダイヤ製の模様。

 そういうわけで私は対潜と味方の動きに集中していたため、レーダーは島風や他の皆にお任せである。代わりに潜水艦は全部見つけるから許せ。海中には結構敵さんがいっぱい居て、私達は前進しつつ、敵に見つからないルートを行かなければならないので作戦的にとても大事な仕事なのだ。

 今も二キロほど向こうに居るが、こちらに気付いた様子は無いためそのまま放置して行く事になる。倒そうと思えば倒せるが、倒した相手を観測してる敵艦とか居たら困るからなぁ。

「あっ、敵機発見……まっすぐ本隊の方へ向かってると思われます。こっちには気付いてないみたいです」

「よし、じゃあスルーで」

 航空機も同じで、こちらにアクションをしていない奴らは無視してスニーキング優先なのだ。報告した島風は了解ですと返答すると、一言断ってから背中の多摩さんの位置を修正し、安定する姿勢を見つけると満足気に鳴いた。

「苦労かけてごめんにゃ……」

「到着したら乗せてもらいますし、気にしないでいいです!」

 今、島風の背には多摩さんが括り付けられている。工作艦の皆様の作ったオーダーメイド背負子で安定した輸送を可能にしているが、それなりの速度で走っているため結構ズレるらしい。まぁ、艤装も背負ってるから仕方ない。というか、艤装を背負った多摩さんをさらに背負う島風という絵面が酷い。島風は適性値が高いらしく筋力やスタミナも高いから問題無くこなせてはいるが、この状態じゃ戦闘はちょっと出来ないだろう。連装砲ちゃんも連れて来てないし。

 そんな二人の向こうで、今日初めて会った球磨さんも同じような済まなそうな表情で那珂さんに背負われていた。戦闘部隊じゃないお二人は普通に航行させると速度差が酷いから仕方ないね。那珂さんもそこそこ余裕はある様子で、芸能人は体力勝負ですからと笑っていた。ちなみに那珂さんは噂じゃとても優秀な艦娘と言われていて、今もおそらく身体能力がかなりバフされてるように見えるんだが、この人、いつかは引退して芸能界に戻れるんだろうか……?

 

 

 

 実際の所、距離的にはさほどでもなかったので無事に見つからずに私達は目標地点まで到達した……と思う。泳がされてる可能性はどうしたって否定出来ない。大丈夫だとは思うけど、覚悟は要るだろう。

 目の前に広がる砂浜には人気は無く、深海棲艦も近くには居ないように感じる。というのも、実は宮里艦隊が今日まで淡路島周辺で暴れまわった結果、敵が戦力を纏めだしてしまったからなのだ。それが観測出来たため、こちらも正面で敵を抑える第一部隊と回り込んで海岸付近の航空基地を攻撃する第二部隊、それと我々第三部隊に別れて戦う事になったのである。

 第二部隊には私が知る限りでは最大火力の金剛さんが居るので、敵基地は大炎上間違いなし。私も三式弾使いたい。いやあれ本来は対空装備だけどね。

 

 接岸し、私以外が陸に上がった。多摩さんと球磨さんが降ろされ、各々が周囲を見渡して辺りの地形を確認している。それを見ていると川内さんから合図があったので、最後にもう一度敵影が無いかチート能力さんに精査してもらって、頭上の猫吊るしに声を掛けた。

「発艦よーい」

「よーそろー」

 腰を落として艤装後部を海面に付け、後部ハッチを開く。私は知らなかったのだが、どうやら改二になった時にそういう機能が付いたらしいのだ。荷物の積み下ろしなんかにも使えるという艤装内部へと歪曲して繋がったそこから、ゆっくりと小さな船が姿を現した。

 一隻が海に出ると続いてもう一隻がゆっくり海に出て、私の横を迂回して陸の方へと向かって行く。その間に、どういう原理なのかはさっぱり分からないのだが、船は徐々に巨大化して行った。進むほどに大きく――というか、元の姿に戻って行くそれは、海岸に着く頃には私の身長を追い越す大きさになっていた。

「思ったよりデカいな……」

「そりゃ一応、特の方だからな」

 でなきゃ色々乗せられないしと猫吊るしは言うのだが、目の前の二隻が艤装に積み込まれていたという事実が微妙に納得いかない。いや、燃料とか資材とかいっぱい入るし今更なんだけども。どういう原理なんだろうか。

 ひょいと跳んで上に飛び乗り、ちょっと中を覗いてみるが、問題なさそうなので私もそのまま船の縁を伝って上陸した。船には乗組員などは乗っておらず、どうやら猫吊るしが操作しているらしい。通常は別途妖精さんが必要になるので普段使いの時は忘れないように気を付けないとだなぁ。

 海岸では皆初めて見るせいか、感心したように艦艇を取り囲んでいる。猫吊るしがちょっと下がってと声を掛けると離れて行き、それを確認すると猫吊るしは下ろすぞーとまた一声。すると船の前面部分が海岸の方へ倒れ込み、渡し板となって陸と船とを繋いだ。突然浮いたりすると困るのでちゃんと動かないか確認すると、多摩さんと球磨さんがその上を通ってそれぞれ別の船上へと上がって行った。

 

 今回私が積んで来たこれは特大発動艇と呼ばれるものである。主に兵隊や物資なんかの輸送に使われるもので、艦これにも装備として存在していた。吹雪改二は扱えなかったと思うが、この世界だと個人の適性が改二に現れるため、私には使用が可能なのだ。最初は自衛隊のあきつ丸さんが同行して持って来てくれるはずだったのだが、私で事足りるようになってしまったためその案は流れたと聞いている。

 球磨型の二人が大発の中へ消えてから数分も経たず、中からエンジン音が聞こえてきた。どちらの船からも何か重い物が動き出したような独特の振動を感じ、舟板は軋み、船は上下に少し揺れた。暫くすると、二台の装甲車がぬっと現れ、足元を確かめるようにゆっくりと慎重に板を下って来る。砂浜まで無事に降りると、そこから少し進んで坂を上がり、舗装された――ひびが入っていたが――道路に停車した。

 装甲車は私達が艤装を付けたまま乗るために上部の装甲が取り払われていて、やろうと思えば上半身を出して射撃する事も可能となっている。そのせいで防御性能はかなり下がっていると思われるが、それは仕方がないだろう。同様に武装も無くなっているのだが、これはそもそも相手に効果が無いので当然と言える。

 左右で対面になっている座席にはちゃんとクッションシートが敷かれていて、長時間の搭乗でも問題なさそうだ。川内さんの号令で二班に別れて乗り込むと、片側四輪ずつのタイヤを回転させて車両はすぐに発進した。

 

 

 

 四国北東部には四つの大きな航空基地が建設されている。淡路島から偵察機を飛ばした赤城さんの報告によりそれが判明した。

 位置は海のすぐ傍、艦娘の射程圏内にあるのが二つ。残りの二つは内陸部で、海から狙う事は不可能だろうと思われるくらいには海岸から距離があった。通常であれば近くの二か所を攻め落として、その後に航空機による破壊作戦でも執るのがいいのだろうが……幸いというかなんというか、この日本には陸上戦が出来る艦娘とかいう意味不明な連中が居たのである。

 その筆頭が私だよ!!

 つまり今回の作戦、私達をこっそり敵基地まで運んで行って反撃される前にぶっ潰そうぜという簡潔に言えばそういう話なんだ。

 まず第一部隊が正面から航空基地Aとその近辺に集まっていた敵大艦隊を相手取り、その隙に第二部隊が航空基地Bを強襲して破壊、しかる後に第一部隊と交戦中の敵艦隊を横から攻撃するというのが本隊の作戦になっている。私達はそこに援護が入らないよう、航空基地CとDに忍び寄ってささっと滅却するのがお仕事って訳なのだ。最初に作戦を聞いた時の私の感想が艦これって何だっけだったのは言うまでもない。

 そういう訳で地上戦になるから最悪の場合走って逃げたりしなきゃならない。だからこないだ競争させられて、体力のある人間が選定されたんですね。そして私以外も居るから足になる乗り物が必要になったという事で、改造した装甲車も用意されたのだ。

 最初私はわざわざ大発に積まないで艤装に直接入れたらいいんじゃないのかと思ったのだけど、そもそも単品だと縮小出来ないと言われてしまった。あれは艤装専用に開発された大発だから可能な事であるらしい。当然そういう訳なので海上、せめて水上でなければ出し入れは不可能となっていて、便利なんだかそうでもないんだか分からない仕上がりになっている。いや拠点とか無い場所に車持ち込めるってたぶん凄いんだけどね。

 運転手には宮里艦隊から多摩さん、九曽神艦隊から球磨さんが選ばれている。だから島風と那珂さんが頑張って二人を運んだのだ。どちらも戦闘部隊ではないが運転技術に関しては信頼していいらしい。多摩さんは船以外も色々動かせるらしく、重機の免許も持っていると言っていた。艦娘としては戦闘部隊に入れない適性値らしいけど、戦闘以外でかなりお世話になっている気がしてならない。

 ちなみに車は運転席も改装してあって、艤装を付けたままでもギリギリ運転できるようになっている。大分きついみたいだけど。

 

 

 

 先頭を球磨さん、後続に多摩さんが付けて道なりに進んで行く。最初の目標である航空基地Dまでは基本それで行けるらしい。月明りも無く電灯も点いてないのでほとんど道が見えない状態なのだが、球磨さんはこの辺りの出身だそうで、時々照らして確認する程度で何とかしていた。どうやら妖精さんにも手伝って貰っている様で、危ないよーと時々声が聞こえている。

 私は球磨さんの車に乗せて貰い、立って周囲を見回して警戒を行っている。海岸線から離れると元は田んぼか畑だったのだろうと分かる場所で、だが一見するだけでも完全に荒れ果てていた。人の手が入ってないのだろうその土ばかりの地面には雑草が生い茂り、その中に何か大きいモノが這いずりながら進んだような跡も残っている。おそらくは深海棲艦の移動した後だろう。今は周囲に見当たらないが、徘徊していて危険だから人が立ち入らなくなったのかもしれない。もし見つけたら襲われたり報告される前に倒さなきゃいけないので索敵は怠れないのだ。

 同じ車両に乗る吹雪と島風も周囲を見回そうとしていたが、全然見えなかったようで断念してレーダーに集中する事にしたようだった。見晴らしのいい場所を走っているので通りがかりの敵夜偵とかが居たら即発見間違いなしだから頑張ってもらいたい。いや私もレーダー自体は使ってるんだけどね。

「なあ吹雪」

「はい」

「はいっ!」

 急に天龍さんが名前を呼んだので、宮里艦隊の吹雪と司波艦隊の吹雪が揃って反応してしまった。そりゃそうもなろう、どっちも吹雪だもん。

「あー…………黒い方」

 少し迷って、天龍さんは色で呼んだ。確かに制服の色が一番分かり易いわな、私は黒くて吹雪は白いし。お困り気味な姉の表情を見て龍田さんがふふっと笑っていた。

「その頭の上の、そのまんまで大丈夫なのか?」

「大丈夫だと思います。淡路島でもこの状態で戦えましたし」

 どうやら猫吊るしの事が不思議だったらしい。まぁ傍から見たら猫吊るしは仕事してないように見えるかもしれないのである程度は仕方ないだろう。実態はブラック企業もびっくりのワンオペ状態なんだが。

「その子は何か特別なのかしら~?」

 龍田さんも気にはなっていたのか、じっと私の少し上を見つめながら質問してきた。龍田さんから妙な圧力でも感じたのか猫吊るしはちょっと怖気づいて後ずさりしている。私の頭上だから特に逃げ場はない。

「まあ、そうですね……私の知る妖精さんの中では一番優秀な奴です」

 私の言葉に猫吊るしは小さすぎてあるんだかないんだか観測する事すら出来ないお胸を張った。そういや確認してなかったけど猫吊るしって中身は男でいいんだろうか。一緒に風呂に入った時に色々付いてない事は確認しているのだけれど。

 

 妖精さんって妖精さんごとに差があったんですかと驚く吹雪に対して猫吊るしが生態について解説していると、球磨さんから川内さんに声が掛かった。曰く、この先の坂を上がると見晴らしの良い場所に出てすぐに下るようになっているのだが、敵が居た場合そちら側からもしっかり見えてしまうだろうとの事だった。暗いので深海棲艦からも視認し辛いはずではあるが、念のため確認してから進みたいという。

「そういうわけで龍驤、偵察出せる?」

『出せるには出せるけど、むしろレーダーに掛かるリスクの方が高ない?』

 龍驤さんは後続の多摩さんの方に乗っているため通信機越しの声になる。傍受されてたら大変な事になるが、そこは妖精さん製の通信機だから大丈夫らしい。

 反対意見を出された川内さんは一理あると悩み出した。誰かしら偵察に出すのがいいのか、一機ぐらいならばれへんかと飛ばしてしまうか、闇夜を信じて突っ切ってしまうか、迂回してそこは避けてしまうか。一番確実なのは迂回する事なのだろうが、問題は遠回りしてちゃんと目的地に着けるかどうかである。地図は持って来ているし周辺の地形は頭に叩き込んであるらしいのだが、それでも出来る事なら予定通りの道を行きたい所なのだ。この八輪車の走破性を以てしても通行が不可能になっている道がある可能性を否定できないから、行ける所は行っちゃわないと場合によっては収拾が付かなくなるからね。

 正直私が偵察してくればいいというか、そもそも私単騎で航空基地潰してくれば良くないかと思わんでもないのだけれど、国が懸かるとそういう訳にも行かないらしい。投入はするけど絶対に死なせたくないから出来る限り慎重にやるんだと長門さんも川内さんに仰っていた。私の強さ、理論的に意味不明だろうから仕方ないか。チートだし。

 そんな事を考えていたら、ふと頭の中でアイディアが閃く音がした。川内さんが悩んでいたのはそんなに長い時間ではない。だがその短い時間で、非常に珍しい事に、私にいい考えが浮かんでしまった。浮かんでしまったのである。

 

 

 

「それじゃあやりまーす」

 坂道の直前、そこそこ急勾配なそこの底で、私は大地を踏みしめていた。背後からは川内さんのやってヨシの声と本気でやるのかという呆れ混じりの視線が飛んでくる。まぁ、割と何言ってんだコイツ案件なので仕方がない。思い浮かんですぐに聞いてみて、やれると言っていたのでたぶんしっかりやってくれるだろう。

 頭の上に居る猫吊るしに一声かけて、鷲掴みにする。猫吊るしは覚悟は出来ていたようで、その状態でこちらを見て一思いに頼むと頷いていた。協力的で助かる。

 私はそのまま振りかぶり、潰さないように気を付けながら力を込めて、上に向かってまっすぐに手を振るい、猫吊るしを垂直に放り投げた。渾身の無回転投球、ボールだったらナックルになっている所だ。猫吊るしはぐんぐん空へと昇って行き、かなりの高所で停止すると急いで周囲を見渡して、そのまま重力に体を引かれて私の手の中に帰って来た。

 猫吊るしはチート転生者だ。非常に便利で応用の利く能力を有しており、見た目にはそう見えないが、感覚器、特に視力が非常に優れていて、見張りに立って貰えば人間よりも遥かに少ない光量でより子細な観測を行ってくれる。淡路島ではその性能を存分に発揮し、結構な速度の中でも足跡をしっかり見つけて追ってくれていた。

 だからね、もうこいつぶん投げて空から見て来てもらえば全部解決するんじゃないのかって思い付いちゃったんだよ。手のひらサイズだから敵からも見えないだろうし、レーダーに引っかかるような存在でもないし、割と夜闇の中でも周囲が見えてるから大体の状況把握なら行けるんだって言うんだもの。

 私の身体能力と軽くて小さいのに高性能な猫吊るし、単品でも凶悪なのに合わせると相乗効果でえらい事になる。1+1は2だが私と猫吊るしのチート能力さんは合わさると1+1で200だ。10倍だぞ10倍。

「見えた?」

「見えた……っつーか、あれ俺じゃなくても見えるわ」

 完璧に観測機の役割を果たした猫吊るしは何を見たのか、川内達を呼んでくれと眉間に皺を寄せながら言った。

 

 

 

 なんだありゃ、と川内さんは先の光景を見て呟いた。一緒に上って来た球磨さんも厳しい表情をしている。

 徒歩で坂を上がり、低い体勢で農地であったろう場所を見下ろす私達の瞳に映ったのは、数百メートル先の農道であろう道をだいぶはみ出しながら並んで歩く、深海棲艦の群れだった。

 ざっと見た感じでは姫や鬼どころかレ級やヲ級と言った人型に近い個体すらいない、下位と呼ばれる深海棲艦の群れ。軽母ヌ級が四本の手足で地面を這い、軽巡ト級が腕だけで全身を支えて進み、脚の生えた駆逐イ級が船首を上げて短い脚でよちよち歩いていたりなんかする。あんまり可愛くはない。

 問題はその数が見えてるだけで300は居るって事だろう。そいつらが整列……というにはきっちり並んでないけど、概ね五列くらいに並んで同じ方向へと進んで行く。探照灯を点けて周囲を照らしている個体が居るため集団はかなり目立っていて、おそらく敵が居る可能性すら考えていないものと思われる。そのせいか索敵もまともにやっていないようで、こちらに向けて照射するような奴は居なかった。

「球磨、あいつらってスルーして行ける?」

「あいつらの歩いてる道、通る予定だった奴だクマ……避けてくならかなり迂回しないとならんクマ」

 私達の進んできた道と群れの進んでいる道は途中で合流していて、そこを避けて通るならかなり違うルートを行く事になる。というか、あの群れを避けて行くならだいぶ大回りで迂回しないと危ないんじゃないだろうか。ぜんぜん飛ばしてる気配は無いけど、一応空母も居るし。

「それ以前にさ、あいつ等の向かってる先って俺等と一緒じゃないか?」

 頭の上から猫吊るしの声がする。川内さんと球磨さん、二人の珍し気な視線がこっちを向いた。妖精さんって積極的に話し合いに参加してくることはまず無いから、猫吊るしみたいに意見を出してくる奴は初めてらしい。中身は普通に人間だからなぁ。

「この先のどっかの基地が目的地っぽいよね確かに」

 赤城さんの見つけた敵航空基地B・C・Dは一直線上になるように並んでいる。なのでこの道を行けばまずDに、次いでC、最後に海岸線のBに着くはずなのだ。今の状況だとたぶん艦娘からの攻撃が海から届くAかBへの援軍だろうと思われるんだが、Bが目的地だった場合、CとDの破壊が任務の私達とは進路が被ってしまう。

「迂回しても背後から襲われる可能性があるって事か……」

「基地の破壊ってどれくらい掛かるクマ?」

「姫級が守っているならその個体を発見し次第ですね。でもそうでないならそこそこ掛かりますよ」

 基地とリンクしているおひいさまが居るならそいつを撃ち殺せば同時に基地も機能を停止してくれる。全体的に能力が上がる代わりにそういう脆弱性を抱えているため、戦闘力で大幅に上回っているならそっちの方が早く倒せるのだ。居ない場合純粋に基地をぶっ壊して行かないといけないから、時間効率で見たらかなりよろしくない事になる。

「倒して行くしかないかぁ……」

 川内さんの呟きにぎょっとしたのが球磨さんである。いやいやと首を振って無理だろクマと一般的には無謀としか言いようのないその発言にツッコんだ。

 だがなぁ……他の艦隊から来ている球磨さんには分からないだろうけど、ここには私が居るからなぁ……などと若干思い上がった感じの事を考えつつ、もう一度敵の群れをつぶさに観察する。やっぱり数は多いけれど雑兵ばかりで、倒すだけなら行けると思う。ただ数が多すぎて取り逃しが出ないかは自信が無い。弾薬は結構あるからここで一戦しても基地攻略に問題は無い……はず。解体作業するなら基本手作業だし。

 と、そこで、私のチート視力さんと猫吊るしのそれが同時に同じものを発見した。それは深海棲艦達を挟んで道の向こう、畑のはずだった場所に生い茂った雑草の中、段差になって一段下がった場所にうずくまって隠れていた。

『生存者だ……』

 私と猫吊るしの声が重なった。

 

 一旦下に戻り、情報を共有して、数分で出された意見を川内さんが纏めて、結果、龍田さんの案が採用された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 龍田川 楓は天才と呼ばれる人間である。

 幼少の砌から神童と呼ばれ、十五の時には会長を勤める祖父に後継者として父を飛ばして指名され、周囲もそれが当然であると受け容れた。今の世で一族経営などと時代錯誤ではないかと言う者はあったが、楓の能力を疑う者はいなかったのである。

 楓には姉があった。気風の良いさっぱりとした性格で、楓も小さな頃からよく懐き、同じだけの勉強をして、同じだけ遊んで、同じだけ肉体や精神の鍛錬も行った。だが結果として、全ての面で楓が上回った。

 一つ下であるにも関わらず常に物事の理解は楓の方が早かったし、あらゆる遊戯においては姉をねじ伏せ、剣を取れば喉元を裂き、構えた槍を叩き落とし、拳を払い地に倒し、そのまま組み伏せ弄ぶ。

 誤解の無いように先に言えば姉は楓を大層に可愛がっていたし、楓の方もいろんな意味で姉が大好きだった。しかし、純粋な能力差から姉に敗北した経験の無い楓は、根の部分で姉は自分より格の落ちる生物であろうと見下す気持ちもあったのである。

 

 楓が指名を受け暫くして、姉が高校を卒業すると同時に家を出て、一人暮らしをしつつ大学へ通うようになった。楓は姉を訪ねようとその街まで出掛けそこである少年と出会い仲良くなったのだが、それはさておき。それなりの頻度で姉の元へと遊びに行くようになった楓はその日、一緒に買い物でもしようと沿岸部にある繁華街へと連れ立って出掛ける事にした。

 服を選びまだ昼には早いしどうしようかと二人で相談していると、不意に、全身を感じた事の無い悪寒が走り抜けた。すわ何事かと辺りを見回せば、眼前に広がる海は赤々と色を変え、今まで澄み渡っていた空では翳りくすんだ太陽がかろうじて地を照らしている。楓が目に何か異常でも起きたかと疑っていると、背後でさっき入った店のビルが爆発を起こし、見る間に倒壊して行った。

 次々と視界の建物が崩されて行く中、ここは不味いと姉に手を掴まれ、引き摺られるようにして楓は逃げた。逃げ込んだ先はそこそこの大きさの広場で、同じように走ってくる者や好奇心に駆られむしろ海の方へと行こうとする者が見える。後者は姉に死にたいのかと一喝されていた。現状を把握しようとスマホを見ると、出された緊急事態宣言の通知が今更やって来て、遅いわよと楓は内心でため息を吐いた。

 数分の後に人数は増え、事態を把握した者が多くなってくると、広場は騒がしくなっていった。逃げた方が良いと分かっている人は多数居たようだったが、実際に動き出せる者は居ない。そんな時、中央にある高台――水の出ていない噴水だろうそれに登り、音頭を取り始める女性が現れた。それは他でもない、楓の姉、龍田川 天音その人であった。

 天音の扇動は楓から見ても見事なものと言えた。よく通る声で、不安要素など無いと言わんばかりの大きな態度と胸を誇示し、言ってる事は筋が通り分かり易い。混乱の無いよう並んで進む様に指示し、出発まではそう時間も掛からなかった。避難経路に関しては楓に丸投げだったのだが、それはおそらく信頼からだろうと思う事にした。実際判断できたし、きっとそうだろう。

 どこへ避難するのか、どういう道順で行けばいいのか、自信を持って先導してくれる誰かに判断を預けるというのは大層楽だったようで、大半が天音に付いて来た。勿論集団が動いたからなんとなく釣られただけの人間も多かっただろうが、大差はない。先頭を行く者が間違っていたら大量の死者を生みかねない状況だったが、天音の堂々たる態度は一切崩れなかった。もしや思っていたよりも大人物だったのではないかと楓の心根が刺激され出した頃、突然そいつらは現れた。

 

 最初に気付いたのは足をくじき親に背負われた少年だった。ラジコン! と空を差してみせたその指先を両親が見やったその瞬間、その飛行物体から進行方向にあったマンションに何かが撃ち込まれ、破砕音と爆音が響き、建物はひしゃげ崩れ去った。

 恐慌が起きる。進もうとしていた道が瓦礫で塞がれ、空を飛ぶ何かから間違いようもなく攻撃を受けているのだから当然そうなるだろうと楓は判断した。そう頭は判断が出来た。だが、体の方はそれに何かしらの対応をしようと動き出す事はなかった。楓自身、呆然としてしまったのだ。

 一方で、即座に反応できたのは天音の方だった。幸運な事に、彼女には鉄道の地下への入り口が見えたのだ。相手が飛行機なら狭い場所には入って来れないはずだと叫び、一団をそちらへ誘導する。自身は外に残って詰まらず流れるように、崩れた隊列でも止まらないよう避難を進めて行く。楓もなんとか立ち直るとそれを手伝い最後まで地上に残る事になった。

 残る人数が十を切った頃、先ほどとは違う形状の航空機が現れた。これは不味いと急ぎ残りを階段に詰め込むと、最後に残った二人も地下へ向かって飛び込んだ。それと同時に機体から投下された爆弾が地下入り口の屋根に直撃する。楓の足が地面を離れ数段先の踊場へ着く。その瞬間に後ろから衝撃が走り、二人はさらに前へと投げ出され、楓は一瞬意識を失った。

 

 気が付いた時には楓はうつ伏せの状態で誰かの下敷きになっていた。何がどうなったのか、直ちに理解は出来なかったが、振り向けば乗っているのは姉である。力なく自分に体重を預ける天音は完全に気を失っている様子で、呼吸はしているようだがピクリとも動かない。負担にならないよう慎重に下から抜け出すと、自身の体も痛む中で容体を診ようと手を伸ばし、ひっと楓は悲鳴を上げた。

 服は爆風によって飛ばされた瓦礫か何かに切り裂かれ、背中から複数の出血が見られる。だがそれはさほど大きいものではなく、致命傷ではないだろう。だが、横に向けられた顔から覗く左目だけは、もう、誰が見ても取り返しのつかない状態になっていた。

 ともかく止血を、と周囲の手も借りやり遂げると、暫くもせずに天音は意識を取り戻した。楓は止めたが自分の力で立ち上がると、足が完全に止まっていた皆に崩れた入り口から離れるよう促し、集団が内陸方向に向けて動き始めてからようやく自分の状態に気が付いたようだった。

 

 その後も努めて明るく振舞い、楓に支えられながらも自分に付いて来た全員を天音は生存させ、安全と思われる場所で保護されてからようやく意識を失った。命に別状はなかったが、半年以上の入院を余儀なくされ、医者にはそれだけ出血して半年で済んだのが奇跡だと言われた。実際の所、医療現場もひっ迫しており、早期に元気を取り戻した天音を長々と置いておく余裕が無かったが故の退院であり、それを理解はしていても、楓は心の中で憤慨した。

 その数か月後、天音が艦娘の天龍として招集され、楓が笑顔でブチ切れたのは別の話。

 

 

 

 次の適性検査では楓も龍田として訓練所に送られた。一応、姉と同じ宮里艦隊への配属を希望したのだが、第二訓練所で優秀な成績を修めた楓――龍田は別の新設の鎮守府へ支柱、エースとして送られる事になった。これに関しては不満ではあったが、さほどおかしい事だとは感じなかったため反発心はさほど無い。不満ではあったが。

 艦娘になった龍田は、既存の鎮守府から新兵を支えるためやってきた――生活面はともかく戦闘ではあまり頼りにならない――先輩から教えられ、艦娘専用のコミュニティに参加する事になり、そこで自分の姉の噂を目にする事になった。

 まず、宮里艦隊の艦娘達は押し並べて評判が悪い。というのも、明らかに他を超越した戦果を個人単位で出してしまっているからである。嫉妬とかそういうのを超えて、そもそもまともに信じている方が少数派だったのだ。例えば最弱の部類とされる深雪であっても、通常の出撃で鬼級の単騎撃破という暴挙に出ていたりする。これは他の鎮守府であれば特別褒章――人によってだがアイスクリーム奢ってくれるとかその程度――が提督個人から賞金とは別に出されるようなレベルの戦果なのだ。信じている人間達にも狂戦士だなんだと揶揄される始末だった。

 最強と言われる吹雪に至っては目も当てられない。エース級が揃う宮里艦隊の他構成員の戦果を合計して、なお足りないと言われるだけの撃破数とされており、信じるのであれば、全体の1/4を超える数の深海棲艦を一人――ないし島風を含めて二人で始末している計算になってしまう。姫級の討伐数などはもっと極端な比率になるため、生放送などで情報を得ていたとしても、疑うなと言う方が無理だろう。

 だが、龍田は信じた。それはただ額面通りに受け取ったという話ではなく、事前に姉から――誘導尋問的に――聞き及んでいた内容と一致していたからである。情報元は信用できなくとも、天龍の私見は信頼できたのだ。

 肝心の姉の評価はと言えば、判断に困るというのが大半であった。艦娘なのに剣を振るうって何の冗談なんだという意見が多く、近接戦闘への評価は割と辛辣である。実際訓練所でも推奨はされなかった。

 ただ、天龍は戦闘以外の評価は極めて良好な艦娘であった。訓練生時代はムードメーカーとして金剛と双璧であり、徴兵――招集され、ともすれば暗くなりそうな訓練所も、雰囲気は終始良好な物であったという。鎮守府でも水雷戦隊の旗艦を務め、未成年に偏る駆逐艦達を見事に牽引してみせている。無茶をしようとする者を諭したり、調子を落としている者の相談に乗ったりと精神面での貢献はかなり大きいとの事だった。旗艦なのに先陣を切って突っ込んで行くのはどうなのかと、やはり近接癖については問題視されていたが。

 姉は間違いなく上等な人間だったと、龍田ははっきりと理解した。深海棲艦が現れたあの日から、かつては自分でも理解出来ていなかった心根に潜む浅慮の優越感は姿を消していたが、艦娘としての天音の客観的な評価を見て、以前の自分は結構恥ずかしい奴だったのではないかと思い至り、態度に出てはいなかっただろうかとベッドの上で秘かに顔を赤らめた。

 

 

 

 淡路島では久々に姉に会えると喜んで待ち伏せを行い、驚かせることに成功した。からかい甲斐のある姉の姿にやっぱりこれね~と満足する龍田の目の端に、最強と名高い駆逐艦の姿が映り込んだ。

 その瞬間に、それはナニかマズいモノであると脳のどこかが警鐘を鳴らし、筋肉が緊張状態に入り無意識に数歩下がらされた。おかげで海へ落ちかけて、姉に支えられる羽目になった。

 作戦へ移るため集合場所へ姉と共に向かえば、同じ部隊になるので当然なのだが、そのヘンなヤツと再び出くわしてしまった。姉を通して自己紹介し合ったが、目の前の艦娘は何かがおかしい。何がおかしいのかは分からなかったが、頭に乗せている妖精さんの事が些末と思えるくらい、酷い違和感を感じるのだ。

 表には出さないよう取り繕ったが、吹雪との交流は酷く緊張感を伴い、途中で現れた芋を配って来たというもう一人の吹雪や無邪気に夜戦を喜ぶ川内にはむしろ癒された龍田なのであった。

 

 

 

 四国へ乗り込む段になると、違和感はますます大きくなった。大発の事は訓練所で聞き及んでいたが、駆逐艦に使える物だと習った覚えは無い。吹雪の制服が変わっていた事もあり、龍田はなんとなくではあるが、艦娘の力には先があるのではないかという事に勘付いてしまった。

 そしてその力は、おそらく最近見つかった物ではないだろう。テストで使用するならば、最大戦力の吹雪でそれを行うなどまず有り得ない話なのだから。検証も終え、ある程度の安定した運用が実現出来ているはずなのだ。だというのに公表されずに居たという事は、何かしらの代償が存在するのではないかという所まで龍田は読み切った。流石にそれがどんなものなのかまでは想像の埒外であったが。

 装甲車に乗り込み中で話もしたが、吹雪への違和感は増して行った。姉は信頼しているようであったが、他の娘達に比べてなんとも緊張感が薄く自然体に近く見え、本当に戦いに行く姿勢になっているのか少し不安になるほどだった。

 吹雪が自身の頭上の妖精さんを投げ上げるという偵察方法を大真面目に進言した時、龍田は冗談でそんな事を言っているのかと思ったが、実際にやられてしまうと笑いも出てこない。吹雪もおかしいが妖精さんも大概だった。常識は投げ捨てた方が有効な時もあると知っていたが、艦娘の運用にも通用する話だったらしい。きっと妖精さんサイズでなくても遥か上空まで飛ばせるのだろう、島ほどある大きさの深海棲艦を一人で平らに均したなんて噂もあったのだし。

 だから、数百体は居るという敵の群れへの攻撃方法としてその案がさらっと出てきたのは、概ね吹雪のせいだったと言える。

 

 

 

「では行きますが……本当にいいんですね?」

 吹雪が部隊長である川内に問う。勿論だと川内は頷き、吹雪はじゃあやるかーと頭上の妖精に一声かけてから龍田に向き直った。龍田の方は既に準備は完了していたので、後は実行に移すだけである。

 よろしくお願いしますと言う吹雪の腕に、お邪魔しま~すと龍田が乗り込み、足を揃えて体を真っ直ぐに立てた。用意よしと見た猫吊るしと呼ばれる妖精さんのカウントダウンがすぐさま始まり、3カウントの後、龍田は敵集団に向けて射出された。

 

 

 




Q.なんで多聞丸は川内さんを部隊長にしたんです?
A.トンチキ作戦(有効)を実行してくれるから

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