猫吊るしを投げ上げたように、艦娘を敵に向かって投げつければ陸上でも奇襲が成立するのではないか。龍田の出したのはそういう意見であった。
戦った方が良いだろうと判断した川内だったが、あの数相手にまともに撃ち合いはしたくない。地上では遠距離の敵の砲撃を避ける事が難しく、回避しながら撃つというのも滑走が出来ない以上はまず不可能で、走ったり転げたりしながら遠くの敵に当てていくのは吹雪くらいしか出来ないと思われた。相手も避けられないだろうが、数で劣るこちらの方が分が悪いだろう。
ならば面子から言っても近接戦闘で戦うべきだと思ったのだが、問題になるのは距離であった。坂の手前側なら見つかる事はないだろうが、超えてしまえば間に遮蔽物は無い。発見される可能性は高く、一度捕捉されれば逃げようもない。
吹雪だけなら高速移動で一気に接敵出来てしまうため、もう全部任せてしまった方が良いのだろうかと川内が思い始めたその矢先、飛び出したのが龍田の意見だった。流石に無理だろうと誰しも思ったし、龍田も正直たたき台くらいにしかならないだろうと思ったのだが、吹雪はあっさり出来ると断言した。
そして試しに川内を投げ上げてみた所、狙った場所に放物線を描いて投げ落とせると判明し、作戦は実行に移される事になった。
艦娘には物理的な衝撃がダメージにならない。それ故に龍田は着地のダメージを考える必要は無かった。完璧な角度で投げ出され、姿勢を整えていれば体が無駄に回転する事も無い。それがどれほどの精度で筋肉を制御出来れば行える異業なのか、きっと理解しない方が良いのだろうと龍田は直感した。
艤装から抜いた薙刀を構え、地面に降り立つ瞬間を待つ。狙った場所は敵の真っただ中、列の左端――坂の方から見て手前側に居たヌ級、その真後ろ。放棄され荒れたその土の地面に、龍田の足が着いた。瞬間、百メートル以上の距離を落下して来た人間の質量を叩きつけられた地面が爆ぜ、土煙が舞った。
その音と衝撃に反応した深海棲艦が自分を見るより早く、龍田は薙刀を縦に振るう。薙刀の刃と金属製であろうヌ級の背面装甲が触れ合い、そのまま音も立てずにヌ級は臀部から頭部を両断された。それを確認もせず、龍田は横へ跳んだ。体勢を低くし、滑るように駆けるとそのまま横一閃、砲台小鬼二体を切り払い、並んだPT小鬼三匹へ一気に穂先を突き入れた。出来上がった三つの死体を一振りで打ち捨て、その勢いで体を回しト級の懐へと入り込むと、装甲に守られていない前腕から喉までを一挙に切り裂き息の根を止める。崩れ落ちるその体の影へ潜むと、目の合った向かいのイ級を笑顔で蹴り付け、バランスを崩しロ級に激突したそいつの胴体を二体纏めて断ち切った。
艦娘の武装は適性値の影響を受ける。それは近接用装備も例外ではない。通常であれば金属を金属で切り裂く事は容易な事ではなく、まして人の腕で行うのはまず不可能である。しかし、龍田の第二期適性者中第二位の適性値と、生まれ持った素養がそれを可能とした。下位深海棲艦の装甲を裂くのは彼女にとって多少コツが要る程度の事に過ぎなかった。
全ては一瞬の出来事である。何か攻撃を受けたと深海棲艦が理解する前に、着弾地点から二十メートルは離れた場所まで龍田は駆けた。着弾地点に何もないと見て、砲撃かと辺りを警戒し出した頭の付かない烏合の衆たる敵の様子を確認して、死体の陰で龍田は浮かべた笑みを深くする。どうやら自分の周りのやられた仲間が斬られたのだとも気付いていない。こいつらは結局は船、戦闘とは即ち砲雷撃に航空戦と頭にあるのだろう。闇夜も敵の常識も、完全に龍田の味方となっていた。
息を整えト級の陰から飛び出すと、直近の軽空母を真横から口に沿っておろし、その横をすり抜けると奥に居たもう一体の同型艦も同じ形に切り揃えてやる。そこから近くのハ級の大きな一つ目に薙刀を突き刺し、棒高跳びの要領で上に飛びあがり、龍田は空から魚雷をばら撒いた。
爆音が上がる。周囲の敵艦の注目が起爆に巻き込まれた軽巡達に向いたのを尻目に、龍田は一度這いずるヨ級に着地すると、前に大きく飛び上がり、そのまま一気に敵の列を超え、薙刀を軽く振るって直近のホ級へ砲撃を叩き込んだ。敵の注目が嗤う龍田へ集まった。
龍田が艦娘であると気付いた深海棲艦達が咄嗟に狙いを定め、発射態勢に入る、その直前。闇夜を切り裂き天から剣士が飛来した。派手な音と共に一隻空母を叩き潰し、気合一発、声を張り上げ大剣を引き抜き周囲の敵をなぎ倒す。とたんに砲塔を向けられるが、その砲口から弾が放たれるよりも刃が突き入れられる方が早かった。本体ごと大砲が爆散し、上がった炎が剣士――天龍の眼帯を照らした。
天龍ちゃんが元気そうでなによりだと思いながら、龍田も目の前の深海棲艦へと突進していた。足元へ潜り込むと、喉元を狙い全力で薙刀を突き上げる。少し浮き上がった人より少し大きなそれを右手側への盾として、左手奥の別の個体へ一足で近づくと、既に龍田に狙いを定め撃ち放たんとしていたその単装砲の先端へと刃の腹を沿わせ、柄の中ほどに置いた左手を支点にして右手で石突を絶妙な力加減で押してやった。砲身がずれる、だが発射を止める事は出来なかったのだろう、そのまま弾は射出され、龍田の横を通り過ぎ、全く別の巡洋艦が轟沈した。
お疲れ様~とそいつを突き殺し、踊る様なステップで薙刀を振るう。直近の敵の四肢が斬り飛ばされ、首が舞い、肢体が転がる。反撃を試みる者も居たが、その全てが見切られ、逸らされ、逆に利用される始末。まともな知能を持つ個体が居れば、悪夢のように感じたであろう。さもありなん、龍田川 楓――軽巡洋艦 龍田は、この世界が本来の姿であれば、全艦娘中最強の近接能力適性を持つ人間である。
龍田から言わせれば、近寄ってしまった方が深海棲艦の相手をするのは楽だ。確かに人間に比べると質量で勝る個体が多く、まともにぶつかれば艦娘の方が力負けするだろう。しかし、それだけだ。
そもそも深海棲艦の多くは足元を狙えるような構造になっていない。大砲の可動範囲が足りていないのだ。基本的に遠距離での撃ち合いを想定しているのだから当然なのだろうが、近寄られた場合、柔軟性に富んだ艦娘に比べ手札が圧倒的に少なくなる。人型の場合はまた話が変わってくるが、怪物のような形をしたものほど行動が読み易い。そのため体躯の小さい小鬼たちの方が厄介で、巨体の隙間にそれらが隠れていないかの方が神経を使う。見つければ倒すのは楽であるし、陸上なら魚雷も扱い辛いため一撃は大したことが無いのが救いだろう。
撃つよりも斬る方が早い、なんなら刺すのはもっと早い。必要なら脚や拳も使えるし、狙われても砲塔の向きから着弾点も分かり易い。弾薬も使わないし音も最低限で済む。暗器や毒を用いる事も無い。龍田からすれば深海棲艦相手の近接格闘は対人戦よりもずっと楽だった。
言うまでもなく、天才と呼び称される人間以外には理解不能な考えである。
まず通常の艦娘であれば一撃で倒すような真似が出来るはずもないのだ。その上倒しきれなければ障害物となり味方の邪魔になるし、攻撃を受ければ耐久力で劣るため一方的に蹂躙される。そもそもそれ以前の問題として、普通は近づく前に撃ち倒されてしまう。近づけば近づくほど砲撃も魚雷も命中率を増すため、危険を冒して手の届く距離まで詰めるくらいなら、自分も普通に撃った方がダメージ効率も生存率もいいのだ。近接戦闘が推奨されないのは当然と言えた。
しかし少なくとも今の状況では龍田は正しかった。龍田も、次いで降下した天龍も、さらに続いた叢雲も、通常の艦娘と比する意味がない程近接戦闘に長けていたのだから。
敵に寄っては両手で構えた剣で叩き潰し、撃ち出された砲弾を見切って切り払うという人知の及ばぬ技を見せる天龍もまた、理外の天才の一人である。龍田程に流麗な動きではないが、それ以上の膂力と高い反射神経でもって無理矢理敵を突破して行くその姿はまさに狂戦士。宮里艦隊の悪評の一因となっているそれを大いに振るい、深海棲艦をただの鉄屑へと変えて行った。
天龍に続いて降り立った叢雲も尋常ではない。槍の使い手としては二人ほどの技量は無いが、艤装から伸びた二本のアームがその実力差を埋めていた。自分の腕と別に動かせるそれはとかく応用範囲が広く、攻撃の隙を埋めるもよし、刺突で穿った穴に致命の一撃を叩き込むもよし、必要ならば別々の敵へ攻撃を仕掛ける事も可能である。
三人が敵を仕留めている間、その相手はと言えば完全に攻めあぐねていた。兎にも角にも位置関係が悪い。直近に寄られれば砲塔は相手の方へ向けられず、では殴ろうかと振り上げた腕は切断され、そのやられた味方ごと撃ってしまおうとしても、暗い中を動き回る相手ではそうそう狙いが定まらない。ある程度距離があれば通常の砲撃と同じように狙えたのであろうが、列を為していたために仲間が壁となっていた。
それでも、中には動きの遅い叢雲を捉える者も現れたのだ。そのヘ級は確かに完璧に狙いを付けて少女へ死の砲撃を喰らわせる準備が出来ていた。ヨシ撃つぞ! ヘ級は右手の速射砲に力を込めた。
「イヤーッ!」
突如、空から叫びを上げながらオレンジ色の衣装に身を包んだ艦娘が現れ、魚雷を投擲した!
「グワーッ!」
魚雷が頭部へと突き刺さり、哀れヘ級は爆発四散した。川内=サンのエントリーだ!
なんかあの人だけ世界観違わない? などと思いつつも叢雲は背中を預け、自身は前面に集中する。背後では川内が砲撃と雷撃――投げつけているが――を駆使しての近接戦闘を行っている。戦い方としては叢雲と似通っているが、近接用の武器を用いずカラテで殴るという点が大きく違った。深海棲艦相手にやる事ではないのは言うまでもない。
四人となり、ますますの奮戦を見せる近接部隊の頭の上を、一人の艦娘が投げ飛ばされて行った。うさ耳のような飾りをなびかせ、戦闘が行われている敵の列を通り過ぎると、その奥、雑草だらけの畑に存在する段差のさらに向こう側にスタっと着地して、さっと辺りを見回した。そうしてすぐに目的の物を発見するとしゃがみ込み、その地面に伏して息を潜めている男性にすいませーんと声を掛ける。
反応は劇的だった。男はうわぁと叫んで飛び起きると、逃げ延びようと足を踏み出す。しかし、しゃがんだ体勢のままオウッと鳴いて自分を見上げるセーラー服に見えない事も無い服装の少女を見て、混乱のあまりに動きを止めた。
「自衛隊の者ですが避難誘導しますのでおぶさってもらっていいですか?」
「えっ、自衛、えっ?」
明らかに自衛隊員ではない少女、何故誘導するのにおぶされと言うのか、どうしてそんな破廉恥な格好をしているのか。男性には何一つ意味が分からなかった。
島風が生存者の保護へ向かうのを、イ級の砲撃を躱しながら龍田は確認した。異常に脚が速く、それでいて地上での戦闘にはあまり向いていない島風は戦うよりも保護活動に回した方が有益だろうと判断され、龍田達を囮にして生き残りを戦場から遠ざける役割を与えられた。急に現れた妙な格好の人間に素直に付いて来てくれるかは少し心配だったが、艦娘の力なら最悪、無理矢理拉致すれば済むだろう。
そう思いながら自分に贈り物をしてくれたイ級に返礼をお見舞いすると、その亡骸を足場に龍田は高く宙を舞った。直後、イ級だったものに砲弾が突き刺さり、内部の弾薬が誘爆を起こす。足元で起こったそれから逃れつつ、次の獲物に向けて薙刀を構え、跳躍の頂点から一気に振り下ろそうとした。その時。
龍田は確かに暗闇の奥に見た。列を成していた深海棲艦の進行方向側、隊の先頭集団が、津波にでも飲み込まれたかのように一番前から押し戻されて行く光景を。
いつの間にか――おそらくは島風を放った後、自身も跳んだか駆け抜けたかしたのだろう、軍団の進行方向には一人の少女が立ちはだかり、向けられた探照灯の光でその姿を露わにしていた。深海棲艦達がそれを艦娘だと認識出来たかどうか、その刹那。少女はただの一歩で間合いを詰めると、最寄りの深海棲艦へとその細腕を振るった。
放たれた拳が黒い巨体へと突き刺さる。次の瞬間、その深海棲艦の肉体は飛散し、散弾となって後ろの集団をバラバラに引き裂いた。
気付いた時には、少女は既にばら撒かれた金属片のさらに奥に居た。右足を軸にくるりと回転すると、周囲を埋めていた深海棲艦達が左足で体を横一線に引き裂かれ絶命する。そのままもう一回転して、泣き別れになった上半分を蹴り付けると、それはそのまま幾つかの砲弾となって辺りを吹き飛ばした。
反射的にか、弾をくぐり抜け横から果敢に挑みかかった手足付きの巨体が居たが、そいつはごく軽い物でも持ち上げるように脚を掴まれ、武器代わりに振るわれる結果に終わった。一度の薙ぎ払いで完全に原形を無くしていたため、装備としては落第点だろう。代わりに威力は高かったようで、前列に残っていたかつて深海棲艦だった物全てが辺り一面に散らばった。
なにあれ。
龍田には理解は出来るが納得し辛い光景だった。跳躍から着地しつつ空母を一体両断するまでの間に、先頭では破壊の限りが尽くされている。龍田はとりあえず、間違いなく助けに行く必要は無さそうだったので、目の前の敵に集中する事にした。
直後には近接部隊が戦闘を行っている位置より後方の敵に対して、坂の向こうから投げられずに残っていた艦娘達による砲撃も始まり、混乱の中で深海棲艦はその数を減らして行った。大勢は決したが、龍田や天龍達は少なくなってきた敵を狩り尽くさんと暗闇の中目を凝らし、最後の一匹を倒しきるまで戦い続ける。
その間中、何かを砕く音と何かが破裂する音と何かの散らばる音が延々と前方から響き続けていた。
終わってみれば、被弾ゼロの完勝であった。陸上で性能を発揮し切れないタイプの深海棲艦ばかりで構成されていたのが勝因だが、無傷というのはメンバーの近接戦能力が如実に表れた結果と言えるだろう。
龍田は倒し損ねや道を逸れていた個体が居ないか周囲を窺いながら、今回の戦果をざっと確認してみようとしたが、自分や天龍の撃破した物はともかく、先頭から逆走して来た吹雪に轢き潰され原形を留めていない破片状の物体はどうやっても正確に数えられそうにはなかった。
吹雪が薙ぎ倒して進んだ距離から見て、間違いなく半数……どころか2/3以上は彼女一人に蹂躙されている。総数300をゆうに超える群れだったはずだが、全滅までに五分も掛からなかった。龍田が戦い始めてからのカウントなので、吹雪が拳を振るっていた時間はもっと短い。あれが最強、と龍田は独り言ちた。
吹雪には適性値が数十万はあるのではないかという噂がある。これは訓練場の教官達や自衛隊の艦娘達から聞いた話を総合した結果とされ、直接的な数値を聞いた者は居ないものの、第二期の適性者に彼女の百分の一以上の適性値を持ったものが居ないらしいという話になっていた。
おそらくそれは間違っていない、どころか、それでは色々と足りそうにないように思えて龍田は眉を顰ませる。それだけで説明が付くものなのか、怪しいように彼女には感じられたのだ。その違和感を埋める物が吹雪の身に着けた黒い制服なのか、それとも全く別の何かなのかは分からなかったが。
艦娘と呼ぶのを憚られるような戦い方をしていた本人はと言えば、戦いの前後で特に変わりのない表情で川内に話しかけ、そういう指示だったとはいえ戦場から離れ何処かへと走り去った島風を探すため、頭上の妖精さんをまた放り投げていた。
ちゃんと考えて走っていたらしく島風は自力で装甲車まで帰還した。背負われた男性は怪我は無いものの何かぐったりとしている。どうやら高速で走り回る島風の機動力に完全にやられてしまったらしい。
「あの、大丈夫ですか?」
「あっ、ああ、大丈夫です……」
島風の背から下ろされた息も絶え絶えなその姿に、流石に引き回した本人も申し訳なく思ったのか心配気な声を掛けた。男性は呼吸を落ち着かせると、状況を確認しようと周りを見渡した。しかし自分を囲んだ統一感の無い面々の姿を見て、いっそう混乱は深まって行く。突然の事で誰に現状を確認したらいいのかすら迷う男の前に、隊のリーダーである川内が歩み出た。
「自衛隊の川内です。車の方まで御同行願えますでしょうか」
努めて愛想の良い笑顔を浮かべる川内に、男性もハイと頷くしかなかった。
男が乗り込み促されるまま座席へ腰を下ろすと、川内と球磨も対面に座る。乗り込む前に他の艦娘へと指示を出しておいたので、車外の人間は各々警戒やその他の作業へと向かって行った。
「えー、ではまず、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「三雲 はるおです…………あ、名前は東に雄と書きます」
メモを取る球磨の姿を見て男はそう付け足し、川内はその名前に引っ掛かりを覚えたが、とりあえず後に回す事にした。
「つまり、川内さん達はあの魚人達と戦う特殊部隊という事ですか……」
「作戦内容までは話せませんが、そう思って頂いて良いと思います」
男性――三雲はかなり冷静だった。島風の背で大きな振動を与えられ続け興奮するような元気が残っていなかったのもあるが、それを差し引いてもかなり落ち着いた性格の持ち主なのだろう。周囲を見張る娘達の殆どが招集――徴兵された未成年であると知っても声を荒らげるような事はなかった。悲しそうではあったが、納得の色が濃い声色で受け容れて行った。
「三雲さんはここで何を? お一人ですか?」
「ああ、私は一人です……いえ、一人になりました……」
本当は仲間が居たのだ、魚人――深海棲艦を見つけ、冷静さを欠いて物音を立て、失態を悟り三雲から離れる様に逃げ、撃ち殺されただけで。
「ここへは食料や燃料の捜索へ来ました。一応、成果もあったんですよ? ……あの群れから隠れるために置いてきてしまいましたが」
ハハハと三雲は乾いた笑いを上げた。一人が命を棄てた果てに手に入れた収穫物だというのに、自分の命を繋ぐためにそれすら棄ててくるしかなかった事に、笑うしかなかったのだ。川内と球磨の二人はどうやら四国の中は相当酷い状況らしいと察した。
「最初は私達も畑を耕してなんとかしようとしていたんです。奴らは我々の生活圏まではあまり、やって来なかったですから」
遠出すれば撃たれる可能性が高くなることは把握していたし、しなくても最初の一年は割とどうにかなったのだ。食料の備蓄はある程度あり、様々な知識のある人間が居たため、近場で農耕を行っていれば本州からの助けが来るまで持つかもしれないと希望を持つ者は多かった。実際、このままでも案外なるようになるのではないかと三雲自身思っていなかったと言えば嘘になる。
しかし今年、春を迎え、作物が芽吹き出した頃、それを嘲笑うかのように空爆が行われ、畑は全て焼き払われた。
諦めず夏に向けてもう一度と植え直しもしたが、その度に空から悪意がまき散らされ、そして最後には備蓄していた食糧庫にすら火の手が回る。最早、外へ食料を求めるしかなかったのだ。
「我々は、助かるのでしょうか」
真剣な表情だった。今、ここに戦うために来てくれた人間達が居る。しかし、それを信じて任せてしまっていいのか三雲には最早判断が付かなかった。戦っているのが数か月前まで一般人であったというのなら猶更である。
「助けるさ」
声は装甲車の上部、艤装の突出した部分のために開いたそこからやって来た。中の三人がはっと見上げれば、そこから天龍が中を覗いていた。装甲車の上部に乗り、いつも通りの不敵な笑顔で、絶対の自信を持っていると言わんばかりの顔付きをしている。目の合った三雲に任せろと笑いかけると、川内へと自分の用事を告げた。
「川内、撤去作業終わったぜ。っつっても、ほとんど吹雪が片付けたんだけどな」
艦娘達が暴れに暴れた結果、通るはずだった道は鉄塊の転がる不毛の大地と化した。それをどうにか通れるように障害物を退けなければならなかったのだが、吹雪が邪魔な大物だけを脇へと放る事で最小限の時間でやり遂げた。
「よし、じゃあ出発しよう、天龍は悪いけどそのままみんな呼んで来て。あと、出発前に補給も吹雪から受けといてね。三雲さんは……」
そこで川内は一瞬言い淀んだ。ここへ置いて行くのも目的地まで連れて行くのもどちらもリスクがある。だから、もう自分達に利のある方を選ぶ事にした。
「申し訳ないですが、このまま同乗して頂けますか、この先の道の状況など知りたい事が幾つかありまして」
「分かりました。私に分かる事でしたらいくらでも」
強い瞳で三雲は同意した。天龍の言葉は響いたらしい。カリスマ性凄いなあの子、と地図を引っ張り出しながら球磨は心の中で拍手を送った。
「そういえば、間違っていたら失礼なんですが、もしかして三雲さん、ご結婚されておられますか?」
「えっ……ええ、確かに。私には妻がありますが……………………まさか、夕日の事を知っているんですか!?」
栄養が足りなかったのか、人相が変わっているとまでは言わないが、多少なりとも元よりやつれ、その上何日も剃れていないのだろう、顎や口元には伸びだした髭が浮かび全体に泥や何かで汚れてしまっている。そのため川内もすぐには気付けなかったのだが、よく見ればその顔には見覚えがあった。
三雲 夕日――宮里艦隊に所属する駆逐艦夕雲の適性者に見せられた写真の中に、彼の姿はあったのだ。
「彼女はどうして人形を頭に乗せているんですか?」
道中、地図で道の状況は通るのに問題無いだろうと確認し終えた後、三雲が聞き辛そうに、しかしどうしても気になったのか吹雪の頭上を見つめてそう質問した。問いの中心になった吹雪はきょとんとして、頭上の妖精さんはあっこいつもかぁと呟いた。川内はややこしい事になって来て、夕雲にどう説明したらいいんだと頭を抱えた。
目的地までの間には幾つか建物があり、その中で無傷で残っている物の中に三雲は暫く隠れる事になった。自分からそれを提案してくれて、正直に言えば川内はかなり助かった。
固辞する三雲に吹雪の艤装から取り出した数日分の固形食料と水を押し付けると、部隊は決意を新たに出発する。目的地まではそう遠くなく、哨戒機などが居ても全く不思議はない。対空警戒は怠れなかった。
「おかしい」
農道を抜け木々の茂る林道へと入り、目的地付近まで到達した頃。呟いたのは吹雪の頭上の猫吊るしと呼ばれる妖精さんだった。最初に口に出したのは彼女だったが、他の艦娘達も今の状況を同じように感じている。
「道、間違えたかな?」
「いや、地図通りクマ。そもそもほぼ一本道だったから間違えようが無いクマ」
一応もう一度確認した球磨だったが、やはり道を間違えたとは思えない。だが、もう目視できてもおかしくないくらい敵基地に近づいているはずだというのに、ここまで敵航空機の一機たりとも、哨戒や見張りをする深海棲艦の一匹たりとも、その影すら見かける事が無かったのだ。
何か異常な事が起きている予感がする。川内は龍驤に指示して見つかるのを覚悟で偵察を出した。暫くして齎された龍驤の報告は、基地上空まで障害なく到達したという、一行の誰も予想していないものだった。
「もしかしてこれ、放棄されてる?」
「でも那珂ちゃん先輩、あの基地完全な形で残って見えますよ? 一部明かりもついてますし」
「龍驤さん、上からはどうなってますか?」
「……なんも居らんように見えるな。姫級どころか、猫の子一匹も見えん」
「誘い込まれてんのか……?」
「でもこの距離ならもう砲撃届いちゃうわよ~?」
主砲の有効射程圏内に入っても敵航空基地からの反応は一切見られなかった。装甲車を降り、多摩と球磨を残して、艦娘達は夜陰と木々の合間に姿を隠しつつ進む。だが警戒態勢に入った彼女達の緊張を裏切って、隊は何の障害も無くその黒く金属質な建造物を見下ろせる位置にまで到達してしまった。
眼下の塒は今までに宮里艦隊が相手をして来た基地に比べ建物の規模が大きく、滑走路や出入口の数も多いように見える。防衛用の砲台も幾つも見え、既にその牙が届く距離にまで隊は迫っていた。しかし、赤い光の灯る場所はあれど、施設全てが沈黙を続け、辺りは不気味に静まり返っていた。
「周囲には何も動いてる気配が無いですね……虫とかは居ますけど」
耳を澄ませた黒い制服の吹雪から報告が上がる。吹雪が言うならそうなのだろうと宮里艦隊でない他の艦娘達には理解し難い納得を以て、川内は決断した。
「よし、ここから砲撃を行う。総員撃ち方用意ー!」
流石に無警戒に接近するのは危ないだろうし、もし中で眠っていたりするのであればこれで何かしらの反応を返すかもしれない。そう思っての命令だったが、結局砲弾を何度も撃ち込まれ、一角を崩されるに至っても基地からは何も出ては来なかった。
やはり無人。そう判断するのに十分な判断材料を得られ、このままここから完全に破壊してしまうのか、それとも他の方法を取るのかという判断を川内が迫られた時、龍驤が叫んだ。
「来た! 敵襲、北西からや!」
北西、もう一つの目標がある方角である。龍驤の報告によれば敵機の数はかなり多く編隊を組んでおり、明らかに哨戒という雰囲気ではない。しかし航空機以外の気配は無く、地上は変わらず静寂に支配されていた。
「見つかってたか? でもそれにしちゃ……」
「考察は後! 総員対空砲準備、あと、吹雪、悪いけどちょっと行ってきて」
眼下の基地を指差して、川内は黒い吹雪に指示を出す。その意図を察し、はいと大きな声で返事をすると、頭上で呟く猫吊るしごと吹雪は一瞬でその場から消え去った。
敵航空機がやって来る。その数は明らかに一介の空母から発艦できる量を越えていて、他の基地から飛ばされたのだと理解出来た。各々可能な限り身を隠しつつ、それらの対応に追われていると、倒した量よりさらに多くがまた空の向こうからやって来る。
異常な数だった。身を隠していた森林が焼け、弾丸が傍を掠めていく。こちらの姿を完璧に捉えられてはいないようだが、大方の位置は把握されている様で、常時動き回りながら空へ向かって撃ち続けるしかない。艦娘達は弾薬も体力も段々と削られて行った。
予備の弾薬は吹雪の中にあるため、今の手持ちを使い切る事に問題は無い。しかし、終端の見えない敵の群れに、心の余裕も徐々に無くなって行く。戦いは長引いた。
天を埋め尽くさんばかりに飛来する敵機の数に、もしや淡路島方面に軍を向けず、こちらに対して主戦力を投入しているのではないかと龍田が思い始めた頃、突然、深海棲艦の航空機に覆われた空の一角が急速に晴れ出した。見れば敵機が一挙に墜とされて行くのが確認出来る。その現象は徐々に範囲を広げて行き、ついには頭上を飛び回っていた敵は一掃され、遠くでは後続が引き返して行くのも見えた。
勝った。そう理解して、龍田は安堵とともに詰まっていた息を一気に吐き出した。気が付けば近くには吹雪が立ち、機銃を両手に持って撃ち漏らしが居ないかと周囲を睥睨している。
状況からおそらく最後のあれは吹雪の援護だろうと龍田には予想が付いたし、空に集中していたため見てはいなかったが、何故最初から攻撃に参加せず途中からの参戦になったのかも大体見当は付いた。
恐ろしい地力の差。彼女が武器を取れば敵戦力であったはずのものがただの射的の的へと成り下がる。これが招集で見つかった元一般人であるなどと信じられる人間がどれだけ居るものか。この日のために作り上げられた人型の兵器だと言われた方がまだ受け容れ易いだろう。
自分を心配する眼で見てくるその少女型の何かに手を振り無事を伝えながら、龍田は破壊目標とされていた敵基地のあったはずの場所を見下ろした。そこには石粒程度の黒い破片だけが転がるただの更地があった。
どうやら一人で敵基地を跡形もなく片付けたらしい。
流石の龍田もドン引きした。
桃を出したのは那珂ちゃん先輩呼びさせたかったのが理由の七割です。
そういうのもっと欲しいから同型以外との絡み増やしてくださいなんでもはしません。
三人称で戦闘描写しようとするとただでさえ遅筆なのに倍くらい時間かかって笑えることが判明しました。怖い。