転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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後始末が大変だった

 縁起でもない夢を見た。

 かなり私の心情的によろしくない夢で、有り得ない話でも無さそうなのが質が悪い。全身が汗で熱を奪われ冷えていた。

 そんなものを見てしまったのはたぶん残暑で未だに続く熱気のせいで、熱源が私の背に密着しているせいでもある。なので昨晩から背中に張り付いて離れなかった島さんはとりあえず布団で簀巻きにしておいた。

 それにしても現実には宮里艦隊の皆は特に誰も怪我してないのに酷い夢を見てしまったものである。今回の四国奪還作戦、宮里艦隊に限らず全体に轟沈者は多く出たけど大怪我をした人は居なかったらしいのに。一番悪くて大量に海水飲んで病院送りだったそうな。いやかなり洒落にならんのだけどねそれも。最悪死ぬし。

 

 

 

 私達は基地を更地にした後、装甲車へ戻りそのまま北上した。置いて来た夕雲さんの旦那さんも心配だったのだが、本隊の戦況があまりよろしく無さそうだったので援軍に向かう事になったのだ。

 尤も、海岸線に出るギリギリで通信が回復し、基地及び変色海域の核の破壊に成功したと連絡が入ったため私達がそれ以上戦う事はなかったんだけど。

 川内さんがこちらも任務に成功した事と全員の安否を報告すると、通信機の先の宮里提督はあからさまに安堵した様子で、よくよく考えたら私達みんな小破以上になってるからそりゃあ心配しただろうなと罪悪感に駆られてしまった。私なんて轟沈してたしな。

 どうやら北方棲姫のだいばくはつは淡路島方面からも観測出来ていたようで、状況から見てそれに巻き込まれて部隊に大打撃が入ったと予想されていたらしい。正解である。まさかキノコ雲が上がる様な事態になるとは誰も想像していなかった訳で、味方どころか敵も驚いていたそうな。

 基地の破壊に成功しほぼほぼ戦いも終わったとか言うので、私達も一旦海に出て淡路島まで戻る事になった。逃げて来た連中を処理しつつ帰り着き、報告を済ませて一息ついていると、既に掃討戦のようなものが始まっているらしいとの話が私達の耳に飛び込んでくるではないか。顔を見合わせそれならば参加した方がいいのかと提督たちに指示を仰ぎに行った所、私達は全員検査の列にぶち込まれた。

 私is轟沈、吹雪は艤装を外したまま戦場に居たし、他の面々も記録に無い大爆発の爆心地付近にいたのだから当然の措置である。みんな元気は元気だったけど、体の中で何が起きてるか分からないから仕方ないだろう。まぁ特に誰もなんもなかったんだけど。

 猫吊るしは特に診断とかは受けないのでどうするのかなと思っていたら、通り掛かった明石さん(マッドでないが大概)に笑顔で手招かれ修理へと駆り出されて行った。よく働くなぁ。

 列には吹雪と同艦隊の子も居て、お互いに検査しなきゃいけないんだから無事じゃないけど命はあった事を喜び合っていた。ちなみにその子は私の姿を見て何かびっくりしていたものの、目は合わせてくれなかった。怖がられてるんだろうか。

 

 診察前に艤装を預けに行ったのだが、私が吹雪の艤装を借りていた事には大層驚かれた。北方棲姫の下から出て来た姫級……リコリス棲姫だったらしいそいつを撃ち殺すために使わせてもらったんだけど、結局泊地に帰り着くまでずっと私が背負う事になったんだよね。その方が道中の敵にも対応できるからって。

 吹雪は完全に無防備な状態になるから申し訳なかったんだけど、本人曰く、自分が戦うよりも安心だろうとの事だった。まぁ勿論そうなったからには絶対傷つけさせんつもりで働いたんだが、そもそも陸地ではもう敵と遭遇しなかったんだよね。海の奴らは慌てて逃げて来てたから発見も容易で即射殺だったから戦闘とも呼べないような状態だったし。

 戦地で命を守る鎧でもある艤装を外して私に預けてくれた吹雪だが、やっぱり恐怖感はあったようで、外した時はともかくその後装甲車に乗り込むときには恐怖感からか体が若干強張っているようだった。そりゃあ艤装を付けてれば直撃でも耐えられるような攻撃も、生身なら即死になるのだから当然だろう。

 でも、表には出さないように頑張っていて、暗い様子も見せず声は明るく笑顔でしっかり受け答えしていた。とても気立ての良い娘で、勇気も有り、絶対に犠牲にしてはいかん人だとかなり私のやる気は滾った。まぁまともに敵居なかったんだけども。

 

 検診が終わると待っていたのは四国への直行で、戻ってきた道をもう一度引き返して、夕雲さんの旦那さんを迎えに行く事になった。

 メンバーは予備の艤装――改二にはなってない奴――を装備した私と川内さんと島風、多摩さん、それに夕雲さんの五人。夕雲さんがどういう経緯で情報を得たのかは知らないけれど、自分の夫がそこに居ると知ったからには止まる事なんて当然出来なくて、楠木提督に同行を願い出たらしい。

 索敵要員はどの道必要だからと許可が出され、道中夕雲さんは凄い集中力で周囲の警戒に当たっていた。注意が散漫になるどころか真剣さが増していて、見てて痛々しいレベルだったんだけど、後でこっそり教えて貰った話だとそれでもここ数週間よりは遥かにマシな顔だったらしい。まだまだ夕雲さんも若いから仕方ないね。ちなみに敵は居なかった。

 旦那さんに待ってて貰っている建物に着くと、川内さんが中に声を掛け、暫くして本人がしっかりとした足取りで姿を現した。入り口で待っていた夕雲さんと旦那さんの目が合い、表情を失い、荷物を取り落とし、駆け、抱き合う。そこから先は私は見ていないのでよく知らない。索敵に集中したからな! どういう表情か分からんけど見られたいもんでもないだろうしね。

 

 多少は落ち着いた二人を車に乗せ、そのまままた淡路島の方へとんぼ返りする事になった。生き残っている人達の居場所とかの情報を貰いたいのと、本人が希少な提督適性持ちだから保護しなきゃいけないという理由からだ。

 旦那さんは夕雲さんが戦っているという事実に目を剥かんばかりに驚いていたが、自分も前線に出る立場ではないとはいえ、戦いに参加させられる可能性が高いと聞くと、それはむしろ望むところと決意を秘めた表情で夕雲さんと頷き合っていた。

 娘さんはご両親に預けているそうで、無事ではあるもののやはり栄養面などが心配だと言っていた。食糧問題はかなり深刻で、切り詰めつつどうにかしようとしていたらしいのだが、どうしたって争いになったりなんだりで困った事になっていたらしい。話じゃ傷害事件にまで発展するような事もあったそうな。

 ちなみにこの時点で既に艦娘護衛の下で自衛隊が上陸を始めており、敵襲などにも遭わなかったため、その日のうちに食料や医療の支援や本州への避難が始まっていたりする。なので後で聞いた所によると娘さんもちゃんと食べられるようになったとの事。

 この食料であるが、実は一般公募で雇用された適性値低めな給糧艦の皆さんが作成した艤装製のものだったりする。本州にも天然物は余裕って程溢れちゃいないからね、量産品を持ってくるしかない。むしろそれが出来るような超技術が無かったら助けに行って餓死させるとかいう事になりかねなかったから、本当に有難い物を伝えてくれたもんだと感謝しないといけないのだ。伝えた本人は私の頭の上で寝こけたりする奴だけど。

 ちなみに造るために鋼材やらボーキサイトやら燃料やらが要るため、私達は未だに資材にはあんまり余裕が無かったりする。いや、最初期よりは遥かに良いらしいけどね、第二期の人達も来たから暫くはまた不安定だろうけど。でも四国の霊的資源を回収出来ればかなり違うと思う。深海棲艦が奪っちゃってて残ってないかもだけど。

 

 最低限の身だしなみを整えた三雲さんを提督たちの下へと送り届けると、それで私達の仕事はお終いになった。自衛隊の人達の護衛は他の艦隊に任せる事になり、宮里艦隊と提艦隊、それに九曽神艦隊は全員帰投、睡眠を含めた休息を取るよう命じられた。

 というのも、私達、翌日から普通に出撃だったからである。

 提艦隊が日本海側、九曽神艦隊が瀬戸内海、そして我々宮里艦隊が太平洋側を解放に向かう事になるのだそうだ。九曽神艦隊には赤坂先生――赤城さんとベネディクタさん――ビスマルクさんが一時配属になるとの事で、やらかしが発覚したばかりな北上さんの目はハイライトがお亡くなりになっていた。

 提艦隊は戦闘部隊に昇格、と言っていいのか分からないがともかく適性値が基準を超えた人達がそのまま配属になるらしく、元々人数が多かったのにさらに規模が拡大するんだそうだ。提督本人が言っていたが、自衛隊から上がって来た人達と招集された人たちの折衝はなかなか大変らしい。

 たぶんそれ取り持てる提督お前くらいだから頑張れよって言ったら、げんなりしてたけど、最後には笑って頑張るって言っていた。おう刺されないように気を付けろよ。

 そして我らが宮里艦隊は、荷物を取りに一回鎮守府まで戻ったら、それで金剛さんと初雪がお別れとなる。これは最初から決まっていた事で、四国までの道のりを切り開くために来てもらったんだからまぁ仕方のない事なのだ。二人は提艦隊に戻って実力を発揮してもらう事になるんだが、二人とも凄い強いらしいので宮里艦隊はかなりの戦力低下を余儀なくされてしまう。だから第二期の適性者から三人が編入されたんですね。

 そこに加えてさらに追加のメンバーが今回仲間入りする事になったのである。

 

 

 

 

 

 そうして宮里艦隊は一旦大阪湾まで戻って来たのだ。当たり前だけど工廠の設備はこっちの方が整っているため、修理が捗るんだそうな。徹夜確定らしいけど。

 夕雲さんも残るような事はせず、こちらで次の出撃まで体を休める事にしていた。申告すれば旦那さんのそばに居させてもらえそうな雰囲気だったのだけど、本人がそこまで甘えるのを良しとしなかったのである。今まで凄ぅく心配していたけど、生きて無事でいるのが分かっていればそれで戦えるらしい。強いなぁ。

 シャワーを浴びて、連絡を受け準備してくれていた食事を頂きながら新人を歓迎し、別れる二人とも色々話し、ぐずる初雪を寝かしつけて部屋へ戻ると、連装砲ちゃん達がキューミューキャーとお出迎えしてくれてた。かわいい。癒されながらも睡魔がえらい勢いで殴り掛かって来てたので一撫でだけしてからベッドへ向かうと、一緒に戻って来た島風が何故か一緒にベッドイン。暑いから止めろと言ったけれど、無言のまま寝入ってしまったので諦めて私も眠りについた。

 

 そして朝。夢見が悪かったので島風を巻いて部屋を出た。既に若干暑いが爽やかな空気が気持ちいい。そのうち島風巻きから脱出した島さんも追いついて来るだろうとゆっくり食堂へ向かっていると、廊下で奇妙な物体に出くわした。

 それは癖の強い長い明るめの茶色い体毛を床一面に広げ、手足を無造作に放り出していた。全体には人間のような形状をしていたが、文明人というにはあまりに野性的過ぎる格好をしており、投げ出された乳房は下着を抜け出し、股にはかろうじて布が掛かっているのもののそれ以外には肌を隠すためのものは一切身に着けていない。全身は窓から差す朝日に照らされ、安らかで幸せそうな表情で涎を垂らしている。その白い肌の人物の、とても柔らかそうな肉体の上には、何故か響――いや響さんが乗っかっていた。

 響さんは現状の宮里艦隊で一番小さな体格で、それでもどこか大人びた表情から私と同年代くらいのちっちゃい子、みたいに見える人だ。では何故そんな彼女をさん付けするのかと言えば、響さんは成人女性だからである。昨日の新歓でもめっちゃ飲んでた。つーか艦娘、見た目と年齢が素で一致してない人多くないですかね……?

 その響さんが、一人のほぼ全裸な女性の胸に顔を埋めて廊下で無表情に眠りに落ちていた。何だこの状況。響さんの方は楽そうな普通の服を着ているから変な事してた訳じゃないと思うんだけど。

 変な事はしてなくても大変な状態になっている、響さんの布団にされているその女性は名前をポーラさんといい、今回大本営から宮里艦隊に配置転換された期待のニューフェイスである。パッと見では外人さんに見えるのだが、ハーフであり国籍とか本人の認識とかそういうのは完全に日本人なのだそうだ。

 淡路島で出会った時は本当に禁酒をしていたらしいのだが、昨日四国到達祝いと新人歓迎と送別会を纏めてやった際にお酒を解禁。私達が部屋に戻る時も酒飲みたちは楽しそうにやっていたので、まぁただ飲み過ぎただけだろう。

 でももしかしたら意識不明とかの不味い状態の可能性もあるかもしれないと思い近寄ってみると、とても酒臭い。うん、やっぱただの酔っぱらい二名だこれ。部屋に帰ろうとして辿り着く前に寝落ちしただけだわこの人たち。どうしようこれ、とりあえず起こした方がいいのだろうか。たぶん提督や長門さんに見つかったら流石に怒られると思うんだけど。いや怒られた方がいいのかこの場合?

 私がちょっとだけ悩んでいると、案の定後ろから身支度を最速で最低限整えた島風が抗議の声を上げながら追いついて来た。立ち止まっている私に一撃食らわせようとしたので軽めに避けてみた所、島風は私の先にある教育上非常に宜しくない光景を目の当たりにしてしまい、オウッと鳴いて硬直した。流石に意味不明だったらしい。しかし復活は早く、すぐに気を取り直すと倒れているというか眠っている二人の肩を揺すりに行った。

 島風は素早い。なんか最近さらに磨きが掛かって来ていて、足以外も色々と速くなっているのだが、今回もそれは例外ではなかった。素早く近寄って、高速で手を伸ばし、本人的には普通に二人を起こそうと揺さぶり始めた。

 問題だったのは、それが泥酔して廊下で夢の世界へと旅立った二人にはちょっと刺激が強すぎたって事だ。割とがっくんがっくん行って、まず目覚めたのは響さん。島風と目が合うと小さくおはようと呟いて、よろよろと立ち上がると傍の厠へ駆けこんで行った。セーフである。

 そして残されたもう一人も重い眼を開き、島風を、次いで私を見るとお芋の子ぉと呟いた。それ私じゃない。言ってそのままゆったりとした動作で立ち上がると、のんびりとした動作で辺りを見回し、トイレの印を見つけると笑顔でふらふらとそちらへ歩いて行った。そしてドアノブを捻る。開かない。

 この鎮守府のトイレは全部、普通の個室である。一応建物内に複数あるのだが、幾人も同時に催すとちょっと厄介な事になる構造をしているのだ。そして今、そこにあるものは響さんが使用している。鍵もきっちり掛けたようで、何度か捻られたがドアはびくともしなかった。

 ポーラさんが涙目で私達の方へと振り向く。来たばかりでここの構造はよく知らない彼女は余裕の表情で、でも全く余裕の無い顔色をしていた。すっと片手が顔の前に上げられる。綺麗な五本の指全てが立てられている。何かと思って注視すれば、ゆっくりと親指が折られ、立っている指は四本になった。次にはじわじわ小指が折り畳まれて行く。

 それを見て、私はようやく意図を察した。カウントダウンしてやがる!

 咄嗟に柔らかい体を抱き上げると、私は廊下を一足に駆け抜けた。靴も履かずに玄関を飛び出し、門を抜け、海に向かって全力で跳ぶ。埠頭に降り立つ私と、指折り数える余裕すら無くして目を回すポーラさん。その体をしっかり支えつつ、頭を海面に向けてやった。

 世界一汚い撒き餌が海に放たれ、ポーラさんは再度の禁酒を言い渡された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヨット」

 軽い声を出して北方棲姫が自分の家へと降り立った。護衛棲水姫と丹陽にそれぞれ右手と左手を繋ぎ、三人で纏まってチート能力で玄関までワープしてきたのだ。既に戸籍を貰い、家の方も譲渡されているので胸を張って我が家と呼べる事に北方棲姫の心は躍った。

「オ帰リー」「ゴ飯ニスル?」「オ風呂ニスル?」「ソレトモ」「ア」「タ」「リ」「マ」「エ」「ダ」「ノクラッカー?」

 エプロンを身に付け、コンロの前に積み重なった自分自身に乗っかって鍋をかき混ぜていたPT小鬼群が家主の帰還に気付くと一斉に顔を向けて出迎えた。北方棲姫が家を出た時は一人だけだったのに、なんでか数が増えている。またどこかの海へ放流しないといけないじゃないか。北方棲姫はため息を吐きつつ、出迎えられるのは嫌ではなかったので笑顔でただいまと返した。どうやら食事の用意をしてくれていたらしく、辺りにはクリーミーな匂いが漂っている。

「最後は人数足りなかったんだね……」

「丹陽はお風呂入りたいです!」

 お邪魔しますと言って二人も家へと入って行く。わらわらと寄って来た何体かのPT小鬼がどうぞと言うので持った手荷物を預けると、ちいさな手でわっしょいわっしょいとそれらを客間まで運んで行った。別の個体はタオルを持ち、お背中お流ししますねーと言って、丹陽と二人で浴室へと消えて行く。

 下の騒ぎを聞きつけて、二階からはノートPCを小脇に抱えた戦艦レ級が姿を現した。よう、と軽く挨拶しながらリビングまで来ると、不仕付けにソファーへと寝転がって手元でパソコンを弄り始める。異様に速い指の動きに感心しながら、勝手に家に上がりこんでいた事には触れず、北方棲姫はレ級の後ろに回り込み画面を覗き込んだ。

「何ヤッテルノ?」

「エンコードノ調子見テルダケダナ……マァ終ワッタラ見セテヤルヨ」

「エンコ……って、動画編集でもやってるの……?」

 護衛棲水姫も向かいに座り、小鬼の淹れてくれたお茶をすする。食事の用意もしてくれている様で、台所ではわーわー言いながら複数のちっちゃな深海棲艦がひしめき合っていた。護衛棲水姫はほっこりした。

「今度他ノ国ノ連中ニ見セル資料ヲナ……ソレヨリ、オ前ラノ進捗ハドウナンダヨ」

「ん……とりあえず、今日の話し合いは一応纏まったよ……ボクは何もやってないけど……」

 少し落ち込んだ表情を見せる護衛棲水姫に、レ級は訝しげな顔になった。通訳の護衛棲水姫が何もしなくていい交渉相手に覚えがなかったのだ。多聞丸に理解出来る言語圏の相手でも、万が一を考えれば彼女を横に置いた方が間違いがない。

「オ前ラ今日ドコ行ッテキタンダ?」

「アメリカの、ヨークタウン姉妹のところ」

 あああそこか、とレ級も脳内から記憶を掬い上げた。確かに展開によっては必要が無いだろう。なにしろ、ヨークタウン級が三隻揃ったその姉妹は全員が転生者なのだから。

「公用語が英語だったから楠木提督は普通に喋れたし…………その、来た人みんな元日本人だからか話し合いも日本語だったんだよね……」

 アメリカには転生者が複数人存在している。それも点在しているのではなく、一つの共同体として同じ組織――というか、ある転生者を長とする会社に所属していた。今回の会談も所属している人間で都合の付いた者は全員が参加している。近隣諸国や深海棲艦からもこっそりと集めているために、二十を超える異界の魂の持ち主が一堂に会していた。

 そのトップがヨークタウンである。妹のエンタープライズとホーネットと共に妖怪猫パンチから艤装の製造技術を学び、自身の会社で艤装を量産し、政府に売りつける事で莫大な利益を得ている、並みいる富豪の中でも今最も勢いがあると目される女傑なのだ。アメリカで深海棲艦を初めて討伐せしめたのも彼女達であり、特に全米最強の艦娘であるエンタープライズの戦果は時間効率で言うなら吹雪すら上回っていた。

「マ、上手イ事協力ヲ取リ付ケタンナライインジャネーノ。出番無クテモ」

「そうなんだけど……やっぱりボク要るのかなぁって。決戦にも参加しない予定だし……」

 しない、と護衛棲水姫は言ったが、実の所は戦闘への参加を禁止されている。争いに全く適さない性格の上、チート能力も戦いに向いていないからだ。義務感から同行すると表明したのだが、多聞丸にはバッサリと切られてしまった。自分でも足を引っ張るような気はしていたのでわだかまり等は全く無い。

「デモアレ、決戦ッテ参加スル人ノ方ガ少ナイヨ。予定ダト……私、レ級、丹陽、PT小鬼、リベッチオ、ゴトランド、ヴェールヌイ、アークロイヤル、ウォースパイト、レーベ、エンタープライズ、ホーネット、ヲ級、駆逐古鬼、戦艦棲姫、戦艦棲姫、軽巡棲鬼、潜水新棲姫、五島沖海底姫……後ハマダ遭エテナイ宗谷クライデショ?」

 北方棲姫が指折り数えて名前を挙げて行く。南極で氷漬けになって仮死状態で生きているという宗谷を含め丁度二十人なので指は二周してまた開かれた。100人以上居るらしい転生者の内の1/5程度なので、参加しなくても恥ずかしい事じゃないと北方棲姫は言う。

「アト多聞丸チャント猫パンチト猫土下座ナ」

「あ、今日の話し合いだとヨークタウンさんも参加したいって……」

 レ級の補足で思い出し、護衛棲水姫が数刻前の出来事を話しだした。どうやら三姉妹全員で参戦したという箔が欲しいらしいのだ。明らかに転生者内での地位向上を狙っているようで、悪い人ではないのだが上昇志向が強く、護衛棲水姫はあまり得意な相手とは言い辛かった。

「ヨークタウンッテ全然戦闘向キノ能力ジャナカッタヨナ?」

「うん、『むきゅうに』『かせげる』んだって。性格に合ってるらしくって、お金の匂いがするからってボクをスカウトするくらい積極的な人で……ちょっと苦手……」

 護衛棲水姫の翻訳能力は戦闘以外には非常に有用な能力である。正しく使える人間と組めば巨万の富を得る一助に十分なり得るのだ。そういった戦闘能力以外が優秀な転生者は多く、全体の七割がそれに当たる。そのためヨークタウンは今のうちから転生者たちと出来得る限りの繋がりを持っておきたいのだと思われた。そういう人間だけを選んだのか転生者は人が良い者が多く、彼女自身が金持ちで善良という希少種ではあるので縁を結ぶ事自体は多聞丸も歓迎しているのだが、そのために、むしろ出陣に関しては難色を示している。

「楠木提督は自分が亡くなってからは転生者のまとめ役になって欲しいって期待してるみたいで、そこを突かれて押し切られちゃったから……」

 弱くはないが特別強くもない。仕方がないので改二確定チケットの内一枚をヨークタウンに使う事で戦力としてもそれなりのものにする事にした。なおチケットは買い取りである。日本の転生者勢の活動資金として有効活用される事となった。

「本当は後ろにしっかり構えてサポートに徹して貰いたかったらしいんだけどね……」

「……多聞丸チャン以外ハ早々死ナナイカラナ」

 転生者には男性が異常に少ない。というか、確認されている限り多聞丸一人である。世界設定の都合なのか、艦娘と提督の適性を持った女性か深海棲艦、あるいは妖精さんばかりなのだ。多聞丸だけが寿命を克服する方法を持っていないため、既にそれなりの歳な事もあり、五十年以内には亡くなるのだろうと転生者の間でも考えられていた。激務の割に元気なのですぐに死にそうだと思っている者はいなかったが。

 今は年長者で能力により望みも理解できる多聞丸が各地の転生者を取りまとめているのだが、いずれ確実に居なくなる。そのため深海棲艦を含む事があり、扱いの難しい転生者たちを引っ張って行く次のリーダーは確実に必要なのだ。元がただのオタク趣味の入った一般人ばかりであるため、それが出来る人間が限られるというのも大きい。あらゆる分野に点在する殺さなきゃ死なない天賦の才の持ち主達を野放しにされると、いろんな場所で問題が起きる。

 

「それで、えっとそうそう、能力、楠木提督やゴトランドさんの能力って凄く強いのに、なんでボクのはこう微妙なのかなって」

 自分の発言で微妙な空気になった気がしたので護衛棲水姫は無理矢理話題を軌道修正した。寿命関連は戦いが一段落した後で考えるべき問題なのだ。

「アア、多聞丸チャンニヨルト転生者ノチート能力ッテノハ全員強サハ同ジクライラシーゾ」

「えっ?」

「ソウナノ?」

 護衛棲水姫は北方棲姫の方を見つめてしまった。北方棲姫の能力は明らかに強い。距離も人数の制限もない無限回数のワープ能力。発動した際に直前に持っていた運動エネルギーを保持するか殺すかなんて調整も出来るおまけ付きだ。自分の能力と比較した場合、控えめに言ってもRとSSRくらいの格差があるように感じられたのだ。

「複雑ナ事ヤル能力ホド内部デ色々ヤルノニ処理能力持ッテカレテ、効果ガ小サイヨウニ見エルンダトサ」

「シンプルイズベスト的ナ?」

「簡単ナ」「ヤツホド」「強イ」

「そんなスタンドみたいな……」

 無生物とすら意思疎通が可能な護衛棲水姫の能力は、まず自我の無い相手にそれを定義する所から始まるようになっている。実は、人間と話すだけの現状ではかなり力を持て余してしまっているのである。本来ならば地球そのものと交渉出来るような強力な能力であったりするのだが。

「チート能力モ鍛エラレルラシイカラ、気長ニ頑張ッテミタライーンジャネ?」

 例えばレ級の場合だと、最初は早口言葉にまでは能力が適用されなかったのだが、練習の末に圧縮言語レベルにまで高速化する事に成功している。なお聞き取れる者は居ない。

「植物とでも話せばいいのかなぁ……」

「実ハ」「我々ガ」「増エルノモ」「修行ノ一環」「デス!!」

「増エナイ努力ヲシテ?」

 気が付けば、PT小鬼がソファーの周りにわらわらと涌いていた。台所の方でも相変わらずわちゃわちゃしているので、余った連中が移動してきたのだろうと推察できる。そのうち全海域でPT小鬼が見られるようになるかもしれない。北方棲姫は嘆息した。

 

「楠木提督モ意味無クベイヲ連レテッタ訳ジャナイダロウシ、顔合ワセサセテオキタカッタンジャナイノ?」

「ドーダカ。アイツ変ナトコデガバルカラナァ……今回ノ四国戦デモ一人片手吹ッ飛ンデゴトランドガ仕事スル事ニナッタシ」

 今回も連れてってから気付いたんじゃね? 護衛棲水姫と楠木提督の両方へのフォローを入れようとする北方棲姫に、レ級の無情な見解が突き刺さった。

「……一人で済んでるのって凄いんじゃ……?」

「アイツ自身ガ犠牲0デ行クッツッタカラ一人デモアウトダ」

「厳しいですね、秘書艦だけあります!」

 疑問を呈する護衛棲水姫と厳しい顔つきでそれに返すレ級の間に、丹陽の声が割り込んだ。風呂から上がり、タオルを体に巻き付けた状態で、何故かほかほかと湯気を立てるPT小鬼の一体を胸に抱いている。髪も乱雑に拭き取っただけなのか、水が滴りかけていた。

「早カッタネ? 暖マレタ?」

「いえそれが、この子を湯船に浮かべておいたら茹っちゃいまして」

 丹陽の腕の中でぐだっとしている小鬼をそっとソファーに横たえると、別のPT小鬼たちがその個体に群がり、脈を取ったり額を合わせて異形部分がかち合ったりとちょっとした騒ぎになってしまった。

「ユデダコー」「ナンテ事ダ」「モウ助カラナイゾ♥」「死亡確認!」「連レヲ起コサナイデヤッテクレ」

「タコジャネーダロ……アトオレハ秘書艦ジャナイ」

 余裕がありそうなのでたぶんのぼせただけだろうと全員が判断出来た。その個体は他の個体によって冷房のよく当たる場所に安置され、さらに他の個体がひえぴたーと低い体温を活かして冷やしに行ったため心配もないだろう。そもそも一体が死亡したところで特に影響のない連中である事だし。

 

 

 

 なんだかんだで丹陽もリビングにやって来たため皆で食事を頂き、食器をすっかり片付けてから北方棲姫はソファーに腰を下ろした。隣ではレ級がノートPCを覗いており、どうやらエンコードは終わったらしく、何かの書類をやっつけているようだった。タイピングがとても速い。

「ソウイエバサッキノ動画ッテナンノヤツダッタノ?」

「アレハ四国デ小鬼ガ撮ッテキタヤツダナ」

 吹雪の戦闘記録、とレ級が端的な説明をすると、北方棲姫は興味有り気に身を乗り出した。最初に存在を確認した転生者だったからか、北方棲姫は吹雪の事が大いに気になっているのである。護衛棲水姫もそういえば実際に見た事はなかったと言いながら二人の方へ寄って来た。

「丹陽も戦闘力の高い人がどんな戦い方をしてるのか気になります!」

「参考ニハナラント思ウゾ」

 なぁ? とレ級がPT小鬼に目配せすると、そだねーと小鬼もうんうん頷いた。

 

 

 

「コレドウナッテルノ?」

 五人で動画を見る。並んで見ようと思うと狭いので、護衛棲水姫の膝に北方棲姫が座り、さらにその北方棲姫にPT小鬼が抱えられている。護衛棲水姫は可愛らしい様子に身悶えした。

 動画は複数の物を切り貼りしたようになっていて、どうやら殆どが定点カメラの映像のように見える。ただ、その設置個所が異常であり、吹雪達は道なき木々の中を進んでいたりするのに完璧に姿を捉えられており、明らかに通る場所に先回りして仕掛けているのだろうと思われるのだ。

「多聞丸案件」

「成程」

「チナミニコレ」「木ヲクリヌイテ」「中ニ仕込ンダンダヨ」「普通ダト」「吹雪ニバレルカラネ」

 別に道中の映像までは必要無かったのだが、PT小鬼は無駄に凝り性だった。おかげで深海棲艦の列に混ざって行進し、戦闘に巻き込まれて自身が龍田に突き殺される瞬間なんかも映像に入っていたりする。しかし無駄にグロシーンを増やす意味は無かったので、そういうシーンだけはレ級の手によって別に分けられ他の転生者にお届けされる事になった。複数のカメラにそんなデータが跨っているせいで、回収も編集も担当していた彼女は無駄に面倒な思いを味わわされていたりする。

「工作してるっていうのは知ってたけど……そんな事やってたの?」

「基本ハ」「教唆ト」「手引キ」「無線モヤッタヨ」「自分ヲ木ニ埋メタリ」「見ツカラナイカハラハラダッタネ」

 PT小鬼は深海棲艦の基地に吹雪達の隊の進行状況を逐一報告し、いいタイミングで警戒させ、航空機を吹雪の所へ向かわせるよう仕向ける事で淡路島への援軍を防いでいたりする。第三部隊は何故動向が把握されているのか疑問に思っていたようだったが、蓋を開ければ簡単で、各所に埋められたPT小鬼にずっと見張られていたというだけなのである。一体が見た物を他の全員で共有出来るPT小鬼群ならではの荒業だ。実の所、呼吸の一つでもしていたなら吹雪に発見されていただろう事は間違いなく、深海棲艦の非生命体的な特性のおかげで命拾いし続けていた。殺されて何が変わるでもないというのは置いておいて。

 部隊の413体切り(内転生者PT小鬼6体)を同じ艦娘である丹陽が賞賛し、吹雪が一つ目の基地を更地にする姿に護衛棲水姫が恐怖心を覚え、そして映像は問題の二つ目の基地のシーンへと到達した。

 

「ネエコレ私ドウイウ顔デ見タライイノ?」

「笑ウシカ」「ナイト思ウヨ」

 自分と同じ顔が吹雪に蹴られ続ける映像である。勿論別人である事は分かっているし、完全に敵なのだから仕方ないのだろうが、北方棲姫は凄く微妙な気持ちになった。心なしか自分の体も痛い気がする。

 映像はかなりの遠方からズームで撮られていた。そのため吹雪が空中に上がった時もちゃんと捉えられていたのだが、そこから先の戦い方などは完全に戦闘力に関連しないチートの持ち主たちには意味不明な領域だった。いつから自分達は少年誌のインフレバトル漫画世界に飲み込まれてしまったのかと冷や汗をかくしかない。

 北方棲姫が自爆した後も中々酷い物だった。遠方から写していたカメラですら映像が歪むほどの規模の威力だったというのに、ほぼ中心で爆風を受けた吹雪は無傷だったのだから。艤装は壊れていたが、そちらの方が正常だとしか言いようがなかった。

 そしておまけのようにリコリス棲姫が狙撃で倒され動画は幕を閉じた。PT小鬼の補足によると、リコリス棲姫が直接持って盾にしていたのも転生者小鬼の内の一体だったらしい。割とどうでもよかった。

 

 

 

 動画が終わり、それを見た転生者達は各々その内容を飲み込んだ。正直胃もたれがしそうであったが、とりあえず頼もしい事は頼もしいのだから良い事なのだろう。立場的には味方であるのだし。

「凄いなぁ……リベッチオやエンタープライズさんも同格なら、もう深海棲艦に負ける事はないんじゃない……?」

 転生者には複数の異常な戦闘力を誇る者が居る。数は少ないが、一人一人が吹雪と同水準であるのなら、それらが集まっても勝てない相手というのはちょっと考えづらいと護衛棲水姫には思えた。もし居たら転生者無しのこの世界は完全に詰んでいるだろうし。

「それ酷い風評被害だからね?」

 気が付けば、PCを覗き込んでいた五人の後ろに深海浮輪を抱きかかえたリベッチオが立っていた。護衛棲水姫の発言にジトっとした目で反論し、不服であると頬を膨らませている。

「アレ、リベッチオ居タノ?」

「コイツ編集中ノ動画見テヘソ曲ゲテズット二階デフテ寝シテタゾ」

「だって絶対比べられるんだもん! リベはあんなの出来ませんっ!!」

 飛行機を足場にしての空中戦。いくら艦娘として強いリベッチオであっても真似は不可能であった。艤装さえ背負っていれば身体能力もかなりの上昇を見せるリベッチオなのだが、あれはなんかもうそういう問題ではなかったのだ。

「デモオ前、アノ北方棲姫倒セタダロ?」

「倒せても接近戦も空中戦もしないよ!?」

「あ、倒せることは倒せるんだ……」

 そうなんですか!? と丹陽が尊敬の目をリベッチオに向けた。そのキラキラした目線に向かってふふんと無い胸を張ると、リベッチオは得意げに口元を歪める。吹雪のような無茶苦茶な真似は出来ずとも、素の実力には自信があるのだ。

「リベの新しい艤装とゲザの力を合わせたら、あんなのすぐ燃やし尽くせちゃうんだから!」

「ヨッ!」「改二三番乗リ!」「巨砲オ化ケ!」「名誉戦艦!」「44口径積める駆逐艦トハイッタイ……」

 Libeccio nuovo。それがゴトランドにチケットを譲られる形で改二へと移行したリベッチオの、新しい艤装に付けられた名前である。

 吹雪のそれとは違い全体に性能が大きく向上しているそれは、現状存在する中では最も戦闘向けに調整された改二の艤装だった。特徴として少数ではあるが大口径の砲台を運用できるという駆逐艦をかなり逸脱した性質を持っていて、三式弾や徹甲弾も使用が可能となっている。

 そこに妖怪猫土下座と呼ばれる転生者を乗せて完成するのが、全転生者中純粋な艦娘としては最強の駆逐艦リベッチオだ。肉弾戦などは不得手だが、速度も殲滅力も超高レベルに纏まっている。だが他の転生者と戦うと相性負けするのが目に見えているのが本人的には不満だった。

「ソウイエバ、ゲザ……猫土下座ハ?」

「ゲザはいつも通り、艤装に籠って出て来ないよ。猫吊るしって子みたいに頭に乗られるよりはずっといいけどね」

 猫土下座は引き篭もりの妖精さんである。前世も今世も引き篭もりである。妖精さんに転生したらお腹も特に空かなくなったので喜んで引き篭もっている。リベッチオの艤装に乗り込み能力を行使する事で役には立っているので文句を言われる筋合いも無いと心穏やかに引き篭もっている。リベッチオとは上手くやれている。今後も引き篭もる予定なのでリベッチオとは永い付き合いになるのだが、それは別の話である。

 

「マァリベッチオノ事ハ置イトイテ、ダ」

「えっ酷」

「トニカクコレデ超特殊個体ノ内2体ヲ一気ニ始末出来タ訳ダ」

 今回の四国での戦いは、その二体を利用して事を有利に運ぶのが転生者達の目標になっていた。他の深海棲艦とは隔絶した異能を持ち、普通に戦えば少なくない犠牲を強いられるそれらは何故か日本近海にばかり存在している。

 この世界にはその異常な性質を持った深海棲艦というのが全部で七体存在する。多聞丸をして超特殊と言わしめるそれらは、さもありなん、転生者達をこの世界に送り込んだ自称魔法使いによってそうあれかしと創造された特別な個体たちであった。

 人間の中に調整された、艦娘になるべくしてなる者が居る様に、深海棲艦にもそのライバルとして立ちはだかる者が存在していたのだ。

 有体に言えばボスモンスターである。

「えっと、あの自爆した北方棲姫がそうなのは判ったんですけど、もう一体はどれだったんですか?」

 四国戦の詳細をちゃんとは聞かされていない丹陽が小さく手を上げて発言した。動画の中に他に強そうなのは居なかった気がしたのだ。それにレ級は頷くと、動画の終わりの方へシークバーを動かし、映っている死に掛けのリコリス棲姫を指差した。

「コイツ」

「へっ?」

 丹陽はきょとんとした。動画をもう一度再生し、死に様をもう一度よく見てみるが、どうしても吹雪に一蹴されているようにしか見えなかった。

「ゴ説明シヨウ!!」

 画面を見つめる丹陽とテーブルの間から、にゅっとPT小鬼が顔を出す。今まで居なかったので増えたものだと思われる。

「実ハ、吹雪ノ攻撃ヲ防イデイタダメージ移シ替エ能力、アレハ北方棲姫ノジャナクテ、コッチノリコリス棲姫ノダッタンダヨ!!」『ナ、ナンダッテー!?』

 必死そうな表情で訴えるPT小鬼に、今まで居なかった周囲の小鬼が声を合わせて定型的な反応を返した。言ってる内容は普通の説明なのだが、何故か一々ボケが入り、その度に数も増える。今何人くらい居るんだろう。そう思いつつ、北方棲姫はとりあえず直近の小鬼を近海へとワープさせた。自分を含まないワープ能力の行使、その初めての成功であった。

「アー……ツマリダナ、『憤怒』ノ北方棲姫ト『嫉妬』ノリコリス棲姫ハオ互イ融合スル事デ能力ヲ共有シテタンダヨ」

 超特殊個体は人間が越えるべき壁である事と、七つの大きな負の感情を力の根源とする事から、七つの大罪になぞらえて呼ばれている。多聞丸の趣味である。そういう類のオタクだったのである。察してあげて欲しい。

 『憤怒』は怒りに任せて他の深海棲艦と融合し、己の破壊力に変える能力を持っている。即ち、最後に見せた自爆や無尽蔵に見えた艦載機などがその能力の一端である。あれでも意図的に準備するための時間を削られたため、砲台などは不完全な状態であった。

 『嫉妬』は自分より優れたものが許せない。他の全てを自分の艤装に貶める事を至上の喜びとし、己の負うべき負担の全てをその相手に押し付ける能力を持っている。弱い深海棲艦を引き寄せる能力も有しており、基地があれだけ肥大化したのもそれが原因である。ただし自分以上の能力の者は弱りでもしていない限り本来は取り込めない。

 今回の場合、PT小鬼に唆された北方棲姫が自らリコリス棲姫に協力を願い入れ、リコリス側も愉悦のままにこれを承諾。リコリス棲姫を本体、本来融合できない同格の北方棲姫を艤装としての歪な協力態勢が敷かれた結果があの惨状である。結果的には北方棲姫が勝手に自爆を敢行したため、リコリス棲姫はまともな戦闘も行えずに討ち取られる事となった。

「二乗デ」「強クナル」「シ」「ドウカト思ッタンダケド」「四国中ノ」「下級深海棲艦」「一掃スル」「チャ~ンス」「ダッタカラネー」「吹雪強イワー」「拍手ー」「喝采!」

 集まったPT小鬼がわーわーぱちぱちと手を叩き始める。愛らしいその様子に護衛棲水姫は顔を綻ばせた。

「自衛隊の上陸作戦がスムーズに行くようにって事?」

「アア、モウアソコ碌ニザコハ残ッテネーカラナ。新米艦隊デモ楽ニ護衛出来ルッテ訳ダ」

 そして姫級や鬼級などの強力な個体は宮里艦隊や九曽神艦隊に任せられる事になる。海からは変わらず敵が押し寄せるので、宮里艦隊の負担はあまり軽くならなかったりするが、それはこの場の誰も知る由が無かった。

「マ、ソンナ訳デ。残リノ超特殊個体ハ三体ダナ」

「あれ……四体じゃなかったっけ。前に吹雪の倒した『強欲』以外に何かあった……?」

「リベが昨日、沖縄で『怠惰』をやっつけて来たんだよ!」

 取り巻きはともかく本人は何もして来なかったとリベッチオは言う。『怠惰』はその名の通り、攻撃すらしなかったのである。代わりに周囲の深海棲艦を強化し続けるという能力を有しており、放置すればフラッグシップしか居ない海域が誕生したりする厄介極まりない相手であった。

 『強欲』は以前に均されたクジラ、太平洋深海棲姫の事だ。資材の許す限り無限に己の艤装を大きく出来る性質を持っており、こちらも放置すれば取り返しのつかない事になりかねない難物だったのだが、レ級によって過剰な養分を与えられ、その喜びの内に吹雪に全てを粉砕されている。最期の一瞬までは最も幸福な深海棲艦だったかもしれない。

「ジャア、残リハ『傲慢』『暴食』『色欲』?」

 北方棲姫の質問にレ級は首肯した。異常なのがそれらであるというだけで、ただそれらを倒しても戦いが終わる訳ではない。だが、転生者達にはそれが一つの区切りになると考えられていた。

「えっと、『色欲』は決戦の時に倒すんですよね?」

「『暴食』ハ」「マタ」「吹雪任セ」「ノ」「人任セー」「ホンマ酷イ話ヤデ」

 吹雪だけでボスクラスを四体倒す計算になる。あまりにも負担が大きいように感じて、北方棲姫は眉を顰めた。苦労を押し付けてしまうのはあまり良い事には感じられない性分なのだ。

「ネエ、レ級、ヤッパリ吹雪モココニ呼ンジャ駄目?」

 作戦が変えられないにしても、やっぱり苦労を分かち合いたい。なんだか仲間外れにしている様で、北方棲姫には今の関係はあんまり気持ちが良くなかった。

 対するレ級も望んでそうしている訳ではない。そのため正直に言えばこちらに引き込んでしまいたい気持ちは大きかった。この中で一番長く吹雪の動向を見守って来たのは、他ならぬレ級なのだから。

「超特殊連中ヲ全員片付ケタラ、吹雪ニモ全部話スカラ……ソレマデ待ッテクレ、ダソウダ」

 多聞丸にはそう言われている。それが嘘だった場合、レ級は酷い折檻をする予定を立てていた。いくら多聞丸が予知しようが、レ級の超速からは逃れられないのである。

「じゃあ、頑張って残りの三体倒しましょう!」

「一体は吹雪任せなんだってば」

「それに決戦ももうちょっと先だしね……北海道の後でしょ……?」

「ダナ、ソレマデハ条件ガ揃ワナイッテヨ」

 ただ倒すだけでは意味が薄いのだ。四国のように出来るだけ人類側への利益が大きくなるような状態での討伐が望ましかった。勿論、ガバり方次第では早まったり遅くなったりもするのだろうが。

「それじゃあ、ええと『傲慢』! 『傲慢』は出来るだけ早く倒しに行きましょう!」

「悪イガソレモ無理ダナ」

 何でですか!? と丹陽が元気な反応を返す。北方棲姫も護衛棲水姫も『傲慢』についてはよく知らなかったので、揃って首を傾げた。

「『傲慢』モ工作シテカラ倒スノ?」

「イヤ、ソレ以前ノ問題ダナ」

 『傲慢』はそもそも転生者には倒す事が出来ない。少なくともレ級が多聞丸から聞いた話ではそういう事になっていた。

「えっ……じゃあどうするの? 放置?」

 流石にそれは無いとレ級は首を振った。超特殊個体は対処を怠ると大きな被害を撒き散らすのだ。『傲慢』もそれは例外ではない。

「多聞丸チャンモソコハ考エテ事ヲ進メテタトカデナ。出来ルダケ成功率ガ高クナルヨウニ調整シテルンダトヨ」

 どうにかしないといけないと予知から読み取れているのだから、当然対策は講じている。その策謀は、二十年前には既に始まっていたという。余計な事をすれば悪い方へ向かう可能性も高く、これに関しては他の転生者達は結果が出るのを待つしかなかった。

「マ、精々上手クイクヨーニ祈ットクカネ」

「祈るって誰に?」

「ソリャオ前、例ノ神様ニダロ」

 この世界の神。と言われて全員の脳裏に浮かぶのは例の自称魔法使いだ。皆その娘に転生させられているし、一部はこの世界がその娘によって創られたと直接説明もされている。だが祈るのはどうだろう。

「諸悪ノ根源ジャン……」

「絶対御利益無いよアイツ」

「助けるつもりがあったらもっと早くやってるよね……」

「見テ」「楽シム」「ッテ言ッテタ」「愉悦部員カナ?」

「悪趣味ですね!」

「祟ラレテモ知ラネーゾオ前ラ」

 自己の同一性を保ったままの転生に感謝の気持ちが無い訳ではないのだが、各々世界の惨状を知っているために、少女の評価はボロボロだった。

 

 

 




たぶん丹陽崇めてた方がマシ。

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