転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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※この吹雪は特殊な訓練を受けていません。

 準備を進める鎮守府の戦闘部隊の皆さんと挨拶を交わし、申し訳なさそうな視線と若干敵意……ではないが複雑な感情の入り混じった視線を背に私と島風は出発した。

 今回の作戦、まず私達は姫級の討伐へと向かう事になる。敵の位置情報は飛ばしている偵察機からの最新の物を用意され、途中までは車で、近づいてからは徒歩――というか私と島風なので走って向かう手はずだった。

 そして倒したのがこちらの空母水鬼さんになります。姫級じゃなくて鬼級じゃんとか思ったけど、そりゃそういう事もたまにはあるだろう。確認したら目標はこの個体で合ってたみたいだし、ただのヒューマンエラーですな。

 強さも水鬼だけあって空母としてはかなり強力だったらしいのだけど、島風に全機捕捉されて私に撃ち落とされた挙句、本体は我々の視界に入った瞬間二連撃で顔面が消し飛んで地に伏した。グロ死体だからあんまり見ないようにしようね島風。

 

 さてこの空母水鬼、なんでもただこの場に居座っていた訳ではなく一つの家屋に出入りしていたらしいのだ。偵察をしていた別艦隊の隼鷹さんによると、私達が出発した時にも部屋の中に居て、こちらの接近に気付くまでは内部で何かに勤しんでいた様子だったという。中にも深海棲艦が居る可能性があるから、そっちも調べないとならないだろう。

 建物自体は大きくない。というか、ただの古い平屋の民家である。全体に木造だが、最近掃除でもされたのか外観からはそれなりに清潔な印象を受けた。カーテンが引かれ中は見えないが、内から活発に動くような気配はしてきていない。とりあえず島風に離れて待機してもらって、壁に耳を付け内部を探る。すぐに中から何かの息遣いが聞こえてきた。

 それは例えるなら、フルマラソンを走った後しばらく休んで呼吸が整ったかのような深いが荒くは無い呼吸音で、深海棲艦が出していると言うには普通の生き物らし過ぎるように感じた。もしや民間人が囚われているのではないかと私の中にいつにない緊張感が走る。

 慎重に耳で中の様子を確かめ、一人の呼吸音しかしていないと判断した私は開く窓が無いか近くの物に触れてみた。開けばそこから覗いてみるつもりだったのだが、どこもきっちり閉められている。こっそり壊してみようかとも思ったけれど、中に何か居たら音でバレる可能性は高い。そもそも音の出ている艤装で隠密は難しいし、それならいっそ普通に入ろうか。そう思って私は引き戸の玄関に手を伸ばした。

 鍵は開いていた。やはりしっかりメンテナンスされている様で、余計な引っ掛かりは感じない。私は極力素早く、かつ出来る限り音が出ない様にその扉を開くと、最小の動きで中へと滑り込んだ。

 平屋は電気が通っていないせいで明かりが無かったが、開いた扉から漏れる日の光で内部は見える。外の小綺麗さとは裏腹に玄関は物が散乱していた。それを乗り越えた次の扉の先、そちら側から呼吸音は聞こえてくる。それ以外の物音はしないが、前にレ級を見逃したように動いていない深海棲艦は非常に見つけ辛い。私は最大限周囲を警戒しながらそこへと足を踏み入れた。

 奥には痩躯の人間が留められていた。部屋の中央で椅子に座らされ、手足を縛られそこに括り付けられている。中年と青年の間くらいの男性で、疲労からか目は血走り頬はこけていたが、気力は折れていないのか、素早く侵入した私を捉えると歯を食いしばりながら睨みつけて来る。そして私が十代も半ばに届くかという程度の女子であると認識すると、驚いたような顔つきになり、次にああっと声を上げ、なんとか身を隠そうと体を捩った。縄がぎしぎしと鳴った。

 私は周囲に他に何も居ないかと頭の冷静な部分で確認し、部屋にはその男性一人きりであると確信して、初めて男性と向き合った。向き合わざるを得なかった。その全裸で股間を大開きに固定された男性と。

 あの水鬼さん、本当にナニをシてやがったんですかねぇ?????

 

 

 

 男性(着衣)をかなり気まずい空気のまま車まで送り届け、私達は来た道を引き返した。道中で情報収集のため自衛隊の人達が彼に質問していたのを聞いてしまったが、どうやらあの空母水鬼、見つけた男性を追い回した挙句逃げ込んだ家まで乗り込んできて拘束監禁。服もその時部屋の隅に投げ捨てられた(残ってて助かった)らしく、二日間に渡って――私達が居る為かめっちゃ言葉を濁した――あれこれをされていた上お持ち帰りまでされるところだったらしい。おいマジで何してやがんだあの水鬼。

 どうもあの深海棲艦、男性を見つける以前から帰り道が分からなくなってたらしく、海の方向を聞いたりもしてきたという。留まっていたのは航空機を使って道を探していたからのようだ。海までの距離的にそんなに時間がかかるとも思えないし、今日中にも出発のつもりだったのかもしれない。

 それでこの男の人なんだけど、なんか、またかよって感じなんだけど、提督なんだよなぁ。猫吊るし見えてる。これ偶然かなぁ。私が出会うのが、じゃなくって、深海棲艦に狙われたのが。

 もしかしてあいつら提督と一般人の見分け付いたりしない? だとしたら凄い嫌な予感がする。具体的にはこの先の土地では提督が狩り尽くされてるような予感が。

 でもなんで持ち帰ろうとしてたんだろう。利用価値でもあるのか? 深海提督? そういうのあるのかこの世界? まぁ、ただあの水鬼が46cm砲に惚れただけの可能性もあるけど。

 

 

 

 

 

 討伐完了の報を受けこちらに向かって沢山の大型車でやって来た輸送部隊の皆さんと合流して、一旦鎮守府預かりになるという男性と分かれ私達も索敵に励む。先ほどの水鬼が放った飛行機がまだ辺りを彷徨っている可能性もあり、まだまだ気は抜けない状態なのだ。

 とはいえ、もう海岸線から十ウンkmも離れた地帯である。そうそう敵は居ない訳で、深海棲艦に出くわすよりも人間に出くわす方が早かった。

 そう、人間である。一般人である。姫級が出たのに近くに一般人が居たのである。

 勿論封鎖が行われなかったわけではない。主要道路はちゃんと通行止めにしてあったらしいし、そもそも基本的に勝手な移動は行わないようにという話になっているのだ。危ないし、護り切れないから。

 でもその一団、怖かったらしいのだな。撃ち殺されるのを間近で見てしまったり人間同士の争いに巻き込まれて被害にあったりで、こんな所に居られるかって人達の集まりだった。

 彼らの目的地は本州、いやまだ橋落ちてるんだけどどうやって行く気なんだろうと言いたいところだが、そんな状況が分かってるのは私達が情報に恵まれてる側だからである。彼らには伝聞でしか物が伝わっていないのだ。ただ道が拓けて、本州からは食べ物や医療品が送られてくる。行けばきっと助かるに違いないってな具合である。

 その状態で昨日、避難予定の人達は延期になり食料も届かなかったという噂が流れてしまったらしい。おかげで現地の一部は混乱し、まさか見捨てられたのではという疑念が一瞬で沸騰し、とにかく確認をと行動に出てしまったのが彼らである。人手の不足で封鎖し切れてない細かい道を通って来てしまったそうな。

 勿論ほとんどの人はまだ様子見で、指示には従っている人が大半だ。でも、どうしたって抑えられない層は出てくるものらしい。これで彼らに何かあったら自衛隊のせいにされるんだろうか。ネット上だとこの人たちの方が自己責任論で殴られるのだろうけど、どっちも問題しか無い話である。つまり全部深海棲艦が悪い。駆逐したい。輸送艦だけど。

 結局話し合いの末、彼らは輸送部隊と街へ戻る事になった。船を出す予定は無いからね仕方ないね。電力も復旧予定だからそうなったら少しは安心できるはず。街には私達が絶対無事に送り届けてやんよ。

 って思ってたら本当に敵が来てびっくりした。と言っても、野生のイ級が道に向かって崖上から飛び降りて来ただけだったから撃ち殺して終わりだったんだけども。確認したら周囲には他に居なかったし、当然積み荷にも民間人にも被害は無かったからヨシ!

 

 

 

 

 

 道なりに進み、第一目的地の集落化していた地域を目指す。まずは滞ってた食料や医薬品を届けてから発電所へ向かう予定だ。元からある施設を再利用するらしい。

 通ってきた道は町中にあったのだが、周囲は燃やされたり崩されたりと建物の被害が大きく、今は回収の間にあっていない屍だけが静かに過ごしているようだった。いや見え辛い位置にあって気付かれなかっただけっぽいけどね、私は目が良かったから分かっちゃったけど。一応報告はしておく事にする。

 海から遠ざかるほど目に見えた被害は減って行くらしいのだが、しかし、そうと分からないくらい至る所に破壊の爪痕は残されていた。焼夷弾でも使われたのか火災の跡が多く、建物の根幹は無事でも明らかに撃たれたような穴が開いている物も散見される。猫吊るし曰く割と最近――それこそ私達が四国まで到達する直前に倒壊したのではないかと思われる新しい廃屋もあり、そりゃこんなとこ住めねーわと思い知らされた。

 今はもう護衛部隊もほとんど深海棲艦に出くわさないくらいで、空母なんかはさっきの水鬼が初めての遭遇だったらしいから、かなり安全にはなっている。けどそう言っただけで信じられるもんでもないだろうし、人が戻るのは暫く先になりそうだ。まだ野良深海棲艦も居るみたいだしね、暫くは艦娘の常駐が必須だろう。

 

 そんなわけで恙無く物資輸送は進み、羽織っておきなさいと天津風さんが島風にお揃いの白衣を渡したりする一幕もありつつ、私達は避難した人々の暮らすコロニーに到着した。

 どれだけ効果があったのかは疑問なバリケードのようなものを通過し、入り口近くの拠点化されている場所に車を着ける。中は意外と人通りが有るため案外普通の町に見えた。ただ、商店なんかは開いていないし、電気が無いため明かりに乏しい。通りがかる人達にはこちらを訝しげな目で見ている人もいて、特に私と島風、それに天津風さんや輸送トラックの上が注目されていた。

 私達が見られてしまうのは外見が幼いからだろう。大人っぽい人ばかりが集められた艦隊が護衛に付いていた所に突然中学生くらいの子たちが来たらそりゃ疑問にも思う。中には微笑ましい物を見るほのぼのしたような表情のおばあちゃんとかも居た。背負うの体験させて貰ってるとか思われたのかもしれない。

 トラックが注目されたのは上には警備として連装砲くんが乗っかっているからだ。天津風さんも艦娘なので見張りくらいにはなると護衛に参加しているから、彼らも一緒に手伝ってくれているのだ。ただ、後で聞いた話だとふざけてるのかとクレームが来たらしい。かわいいぬいぐるみかなんかにしか見えないもんなぁ……

 

 食料などの補給物資と発電機一式は別のトラックなので、すぐに分かれて発電所予定地に出発するのかと思いきや、ここで一旦休憩となった。いやよく考えたらほぼ休み無しで海の上を走り続ける私達が変なんであって、それが普通なんだけどね。普段は昼食も索敵しながらさっさと済ませてるからなぁ、あんまり島風に早食いはさせたくないんだけど、一々陸へ上がるという訳にも行かないからね仕方ないね。

 島風は天津風さんと話しに行ったので、猫吊るしと二人でお昼になった。休憩室もあったが、艤装を背負ったままだしと思い外に出る。端の段差に腰を掛け、頭上で妖精さん用の小さなお重を空ける音を聞きつつ、私も宮里艦隊とはまた違った味付けのお弁当を頂いた。

 食べながら少し遠くで物資の分配なんかに当たっている人達を見つめる。ここだけでも結構な数の生き残りが居て、そんなコロニーがやはり複数あるらしいので食料供給だけでもかなり大変だろう。深海棲艦の目的が人を苦しめることなら今も目標は達せられ続けていると言えなくもない。

 一応艤装を背負いレーダーは動かし続けているのだが、特に反応は無い。有ったら困るが、あり得ないとは言えないのが困りものだ。テロって対策難しいんだなぁと今更ながらに思う。サイズが人間かそれより少し大きい程度で見つけ辛いのが大問題で、もしかしたら巨大怪獣だったりした方が相手をするのが楽なのかもしれない。倒すのが厳しくなるか。

 そんな益体もない事を考えながら二人でお茶をしばいていたら、拠点の裏手、石段で上がれるようになっている広場の木々の合間に知っている顔が覗いた気がした。見上げてみれば、そこには確かにその人が居た。青灰色の髪に特徴的な泣きぼくろ。美しいと思われる造形の顔を厳しく歪ませ、居住地の奥の方を悩まし気に見つめている。それはいつか見た怪しい艦娘のお姉さんであった。

 

 はっとして立ち上がり、私は駆けた。横に伸びる階段を無視して一歩で跳び上がり、真剣な表情で何かを思い悩む女性の側に着地する。やってから思ったが誰がどう見ても私の方が怪しい。

 その人は自分の近くに降り立った私を見て驚いたように動きを止め、吹雪、と小さな声を漏らした。対する私の方も、つい反射的にノープランで来てしまったため対面して困ってしまった。ただただ見つめざるを得ない、特に用事があるでもないし。いや聞きたい事はいっぱいあるんだけども。

「お久しぶりです、ゴトランドさん」

「ゴトランド……!?」

 私の挨拶に反応したのはされた当人ではなく、急に走り出した私の動きにも完璧に付いて来た猫吊るしだった。転生者の可能性が高いとして話していた相手が突然現れて驚いている様子で、慌てて飲んでいたちっちゃな水筒を艤装に放り込んだ。

 ゴトランドさんは艤装は身に着けていないし、制服も着ていなかった。私服のようで薄手のスカートを穿き、首元にはネックレスが覗いている。左手では指輪が光っていて結構おしゃれに見え……あ、ケッコン指輪だあれ。

 私が相手は誰だろうとか考えている間に、ゴトランドさんは動揺から立ち直り、軽く久しぶりねと返した後、何かを迷うように短く目を伏せた。そして次に顔を上げた時には、彼女の瞳には強い決意が宿っているように見えた。私の方へ一歩踏み出し、真剣な表情でまっすぐにこちらを見据え、真摯な声を投げ掛けてくる。

「お願い吹雪、猫吊るし、助けて欲しい」

「分かりました」

 私は頼める立場ではないけれど、とゴトランドさんは続けようとして、私の返答に遮られた。驚いた表情で何かを問おうとして、その時間が惜しかったのか、かぶりを振ると機敏な動きで見つめていた方向を指差した。

「あそこの一番高い建物、あそこに向かって跳んで。説明はあっちでする」

 示された先には他よりも背丈のあるビルが聳え立っていた。窓からは積まれた荷物や生活する多数の人々が見えており、どうやら家として使われているようだと察せる。周囲には雑多に物が積まれていて、生ごみはともかく置き場に困った粗大ごみなんかが処理できずに放置されているのだろうと思われた。

 あんなところに何が、とは思ったけれど、即断で了承してしまったから仕方ないねと私は地面を思い切り蹴りつけた。風景が後ろへ流れていく。後ろではゴトランドさんの気配が消失した。ワープ能力かなんか持ってるのかな? っていうか、あの人私が跳べるって知ってるって事は能力把握してるんじゃん怖。

 

 許可を取るのを忘れたので道中猫吊るしに大丈夫だった? って聞いたら仕方ねーなーって返ってきて安心した。ゴトランドさんが余りにも大真面目に何かに悩んでいたようだったから無下に出来なかったというか、まぁ、きっと悪い事ではない。と思うからつい了承してしまったのだ。それくらい本気で悩んでいる顔だったのだ。

 ゴトランドさんの人柄はよく知らないし、転生者なのも予想でしかない。けど、少なくともリベッチオが本気で心配して全力で抱き着きに行くくらいには慕われてる人ではあるのだ。リベッチオの方もどんな娘かよく知らないけど、割と素直そうだった。つまり素直に私を怖がってたって事である。辛い。

 話が飛んだが、私の中でゴトランドさんは悪い印象ではないんだ。だから助けてくれと面と向かって言われたら助けざるを得ない。言われなきゃ踏み込めない程度のコミュ力だからちゃんと言ってくれるの凄い助かる。休憩時間中だったしね。ああでも勝手が過ぎるだろうか。休憩中とはいえ、後で怒られるかもしれない。

 

 なんて考えていたら、ビルの入り口に到着した。周囲には結構な数の人がおり、どうやら皆建物から離れる様に移動しているように見える。急に現れた私には驚いていたり気付いてもいなかったりと様々な反応だった。その人ごみをすり抜けて、ゴトランドさんがこちらに駆け寄ってくる。やっぱりワープしてたわこの人。

「ありがとう吹雪、さっそくだけど……」

「おい待て、勝手に話を進めるんじゃない。まずは何をさせるか目的を話せ」

 受けちゃったのは仕方ないにしても、それはそれとして猫吊るしとしてはちゃんと言葉を交わして確認を取りたいらしい。ゴトランドさんの方も一つ頷くと、簡潔にそれを言葉に出した。

「人助けよ」

「OK分かった指示をくれ」

 それでいいんだ……いやそれすら聞いてない私が言える事じゃないけども。

 猫吊るしの反応に、これまたちょっとだけ驚いた様子のゴトランドさんは一つ頷いた。

「このビルや周辺の建物に残った人達を連れ出してほしい。無理矢理でいいし、なんだったら建物を破壊してもいいから。理由は……」

 ゴトランドさんの説明が途切れる。ビルを振り返り、何かを確認すると、急に駆け足になった周囲の人達に向かってよく通る声を張り上げた。

「慌てないで! バリケードの方まで歩いて行けば大丈夫だから!」

 一定の信用があるのだろう、それで一部の人達は早足程度に落ち着いた。だが全員とは行かず、何人かは慌てて逃げ出していく。何が起きているんだと彼らの出て来たビルの方を見れば、原因はすぐに知れた。

 入り口奥からうっすらと漂う黒煙。私のチート嗅覚には何か焦げ臭いにおいも少し感じられる。耳を澄ませば何かが爆ぜるような音が地面の下から響き、階段を駆け上がるような音が建物から聞こえて来た。

 成程。

 

 火事か!!

 

 気付いた瞬間私は駆け出した。入り口から逃げ出す人の横をくぐり抜け、階段に向かって走りながら耳で人の位置を探り出す。出火は恐らく地下、下階から逃げ出す人たちの声がしているが、上階は静かだからたぶんそう。っていうか下からゴトランドさんの声してる、瞬間移動して避難誘導始めたのか? なら下は任せていいはず。なら私が行くべきは上か? そう思った瞬間、艤装の通信機に着信があった。

 猫吊るしが手早く出れば通信相手はゴトランドさんだ。でも下階からも相変わらずゴトランドさんの声がしている。ワープじゃねぇな分身かなんかだこれ、それでどうにかしないって事は何かしらの制限がありそうだけど、まぁそれはいいんだ重要な事じゃない。

 ゴトランドさんの通信は簡潔だった。上を頼む、下は任せて。OK承った。

 自衛隊へと通信を繋げて火事の通報をしながら、階段を跳び上がり近くの扉を抉じ開ける。中には二人が座って食事、一人が睡眠中で計三人。轟音に驚きこちらを見るが済まない説明してる時間がない。座った二人を担ぎあげ、残った一人を錨でソフトタッチで引き寄せて、開いていた窓から脱出する。着地した先にはゴトランドさんが待っていた。やっぱ分身してますよね?

 腕の二人を出来る限り衝撃が無い様地面に降ろし、遅れて鎖に繋がれて降って来た一人も無事に軟着陸させる。ゴトランドさんとアイコンタクトして頷き合うと、私は出て来た窓から再度内部に侵入した。たぶん説明はやってくれるはず。

 再度廊下へ飛び出しはす向かいへ突撃する。そこには一人の老婦人。一気に近寄り抱きかかえると、そのままベランダへ飛び出して、外へ跳びつつ上階に向かって錨を投げ、直上で空を見ていた青年を巻き取って、二人を外へ着地させる。案の定そこにはゴトランドさんが居た。どうやってんだこの人。って思ったら空には直掩機が飛んでいる。成程それで監視してるのか。

 二人を任せ再度中へと舞い戻る。向かいのガラス窓に突っ込んで、傍の男性を右肩に、奥に居た女性を左肩に持ち上げると、そのまま足元の幼児を脇に挟む。正面の壁を蹴り砕き、脱出経路を確保したら、そのままそこから飛び出した。

 今度は自分からゴトランドさんの所へ飛ぶと、三人を任せ次の階へと急ぐ。さっきの階はこれで全員だった。気が付くと錨の繋がる鎖にはテープが巻かれ、安全性に配慮された状態に変わっている。猫吊るしが一瞬でやってくれたらしい。傷つけないように気を使っていたからありがたい。

 三階に向かって直接跳んで、開いた窓からエントリー。さぁ問題はここからだ。二階は大して人が居なかったけど、ここから上はもっと居る。通路には雑多に物が積まれ、炎が上がれば一気に燃え広がってしまうのは想像に難くない。あんまり勝手な消費はしたくなかったのだけれど、弾薬を使う事も視野に入れ、私は中の人々を一網打尽にする強制避難に没頭した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう百人は助け出してる。

 もはやわざとではないかと疑われそうな発言の入った映像が投稿されたのは四国が解放され、丁度一月が過ぎた頃だった。その時分には一部地域の電力は回復され、通信機器はある程度の機能を取り戻し、本州と四国は情報交換が可能となっていた。

 そんな中で幾つも投稿された、混乱のさなかにあった四国が映された動画の内幾つかかがそれである。貴重なモバイルバッテリーを消費して記録されたそれらの中でも特に異彩を放ち、衆目に晒されるや様々な憶測や疑惑を呼び、賛否の別れる論争を巻き起こした。

 映されたのは火災現場とその救助活動に当たる一人の少女。異常な挙動と速度で高階層から人々を運び出し、人々の避難を進める自衛隊員達の下へと送り届けている。

 助け出された被災者の中にはあまりの緩急の差に気分を悪くする者こそあれ大事に至った者は居らず、一瞬前まで身を置いていた建築物の業火に飲まれたる様を見上げ、呆然と立ち尽くす者は後を絶たなかった。

 時折映る艤装と呼ばれる特殊装備を背負った少女の造形は作り物のように整っており、それでいて無機質でない。声こそ上げていなかったが、その表情は確かに笑顔だったのだ。既に一定以上の知名度を持っていた彼女は、過去の発言通りに、笑って人々を助けていたのである。

 それを不謹慎と取る者も居れば、理想とする英雄像に倣ったものであると取る者も居た。だが、粗さなどはともかく、彼女の行動そのものを否定する人間はほとんど存在しなかった。これは純粋に人助けであったのと、そもそも艦娘の任務内容と制度が一般に知られていなかったからであろう。つまるところ、一連の行動は命令の下で行われたものと誤認されたのである。

 代わりに議論の的にされたのは、彼女の非常識な身体能力だった。明らかに人間のそれを逸脱した少女の挙動と恐れることなく炎の中へと突き進む様子を見れば、誰が何をどう解釈したところで、艤装という新兵器には使用者の心身への極度な影響があるとしか考えられなかったのである。

 動画の終盤には、猛火が建物間の可燃物を渡り周辺へと延焼を広げる様子が映し出されていた。それをどうにか防いだのも、件の女子中学生であるように見えた。彼女が何かを投げる動作をした瞬間、それらは跡形もなく消滅したのだ。結果的に武装の危険度なども問題視され、論争は激化の一途を辿る事となった。

 ただこの頃から、艦娘とは、艤装とは戦いだけに用いられるものではなく、平時であっても有用な物ではないかという認識も広まって行く事となった。後に消防隊などに艦娘枠が常設されるようになった一因と伝えられている。

 

 

 




通信機からの声と肉声を同時に認識しても大丈夫なのは魔法使いが設定したゴトランドの能力がガバガバだからです。
分身の上位互換にならないようにするための措置なので抜け道を使って行くのは本人的には構わないようです。

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