転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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距離を測るのが苦手系転生者

 救助に集中してたら滅茶苦茶撮られてて知名度マシマシチョモランマ。いや撮られてるのは気付いてたし、知名度は前からかなりあったんだけど、もうなんか例のあの人リスペクトしてるって風潮が否定不可能なレベルに到達した。誰だよ場面再現しようとした奴。

 ネットワーク復旧した瞬間えらい勢いで動画が拡散したらしくて、任務を終えて鎮守府に帰り付いた私がネット巡回しつつ艦娘コミュ(PC版)に顔出したら無言で動画貼られたねこれ。視聴したらなぁにこれぇってなってヤバいよヤバいよ思いながら別視点のも全部見て、最終的にその日はもうどうにでもなーれーと思いながらふて寝した。

 

 あの日の火事は結局、周囲の物を爆破したりなんだりして延焼を抑える事に成功し、ビル一つを燃やし尽くして他が多少焦げる程度で被害は収まった。人的被害は無し……まぁ、私の雑な地上お届けサービスのせいで気分が悪くなった人は居たみたいだけど、そこは炎に巻かれるよりマシだったと思っていただくしかない。

 駆けつけた自衛隊の人達やあのコロニーで自警をしていた人たちが途中から避難誘導をやってくれたので、私は要救助者を降ろすのと燃えそうな物体をこの世から撤去する作業に集中出来た。おかげで手早く終わったのだけれど、なんだかんだで時間は食い、元の任務が遅れる事になってしまった。尤もこれに関しては私が不参加だったとしても出発できなかっただろうという話ではあったけれど。

 その後、結構予定は崩れていたもののそのまま護衛して発電所まで新型発電機を輸送、後を書田艦隊のお姉さま方に任せて急いで宮里艦隊まで戻る事になった。そのためゴトランドさんとは話せなかったんだよね。あの人最後まで現場で色々してたみたいだから。艦娘としてではなかったけれど。

 ちなみにだいぶ後に知った話であるが、火事の原因は特定できなかったそうである。地下に色々あり過ぎて、さらにその色々はほぼ燃え尽きていて、その上調べられるようになるまで時間が空き、最早どれが火元なんだかよく分かんなかったんだそうな。

 

 

 

 その後暫くは特に何事もなく、私達は太平洋沿いに変色海域を解放して行った。敵の様相は特に変わらず、こちらの消耗でも狙っているのかと思わせられる神出鬼没具合で、私達第四艦隊は普段通り休み無しである。どこからそんなに湧いてくるんだよほんと。

 聞く所によると日本海沿いの提艦隊はこちらに比べるとまだ敵の出現頻度が少ないのだが、代わりに一度に大量に攻めて来るらしい。そのため結構進むのが早い代わりに、攻めて来られると全戦力を向けないといけなくなったりするのだそうだ。

 瀬戸内海側の九曽神艦隊は奇襲が多いようで、しっかりと索敵をしながら進んでいるという。とにかく島の数が多く、放っておいて先へ進むのは流石に危ないため一々確認の手間を取られるらしい。おかげで距離的には一番短いのだが、小豆島以西はなかなか先に進めないでいるとか。あと、小豆島内部は酷い有様だったらしいけど、一応生き残りは居たという。

 話が逸れたがそんな感じで各所ともじわじわと前に進んでいて、進捗次第じゃ来月再来月には九州行けるんじゃねって思ってたら、電力回復してネット復旧して四国から投下された動画に不意打ち喰らって私は死んだ。スイーツ(笑)

 救助関係の話は宮里提督の所にも報告が行っていて、怒られはしなかったけど弾薬の無断使用に関してはやんわりと注意された。提督的には救助自体は褒めたかったようなのだけど、勝手な行動を面と向かって賞賛する訳にも行かない訳で、少し悩ませてしまったようだ。長門さんも微妙な顔で、休憩中はちゃんと休めと心配半分っぽい事を言ってくれた。そして動画が公開されたら二人とも遠い目になってしまわれた。本当に申し訳ない。

 そうして私も提督も長門さんもダメージを受けた数日後、今度は改二の情報が解禁を迎えた。

 で、私の知らない間に曙が倒れて、初春が改二になった。

 

 

 

 今回、全鎮守府で改二に至ったのは三人に留まった。

 一人目は夕立、これはもう予想の範疇というか、みんな納得しか無かったらしい。目の色とか強さとか色々あったからなぁ。改二になった写真が私の方にも流れて来たのだけど、やっぱり髪型がぽいぬと化していた。

 性能は聞いた感じだと火力がかなり向上したらしい。夜戦も得意っぽい? 同じ鎮守府でないのでよく分からんのだけれど、魚雷に顔が付いてたのはなんなんだろうか。ペイント?

 

 二人目は初春。ほぼ不可抗力というか……曙の魂の中から曙さんの欠片を取り出すために降神したらそのまま一部を取り込んでしまったらしいんだよね。初春さんが初春に己の力で救ってみせよと言ったとか言わなかったとかそんな展開があったみたいなんだけど、私その場に居なかったからよく分かんない。青葉さんはファンタジー世界たるこの世を儚んでた。

 気になる性能の方はというと今までの初春の上位互換で、燃費以外は真っ当に向上しているという。対空得意めで、私みたいな変な進化はしておらず、真っ当に駆逐艦として強化されているらしい。要は普通に初春改二っぽい。ちょっと霊能力特化型とかになるんじゃないかと期待してたのは内緒である。

 外見も付いたアームが骨太で頑丈そうなものになり、その先に付いた部位も大きくなっている。本人的には安定性が上がって扱いやすくなったらしいが、見た目にはむしろバランスとり辛そうなんだよなぁ。

 初春本人の容姿にも影響が出て、初春の髪は更なるボリュームアップを見せた。いやほんと、長いわ嵩があるわで洗うのとか大変そう。制服も変わり、丈が短くなったためスパッツの導入を検討しているという。

 総括すると、全体的に私の知っている初春改二と全く同じように見える。別の初春改二を並べてみたら差異が分かるのかもしれないが、とりあえず初春改二っぽい初春改二だった。輸送艦と化した私が極端だっただけかもしれない。

 猫吊るしにも確認したけど覚えてる限りじゃ艦これのそれと違いが分からないという。私――というか、猫吊るしもそうらしいんだけど、前世の記憶というか、ゲームの情報とかはなんか忘れないんだよね。魂で覚えてるとかなんだろうか。たぶんそれが悪さしてるせいで、私は未だに女の子の自覚が薄いんだと思うんだけれど。有難いと思っていいのか問題なのかは微妙な所。

 

 そして、三人目。三人目は川内さんである。もう一度言うが川内さんである。気が付いたらなってた。

 初日は曙が倒れたためそっちの対応したりで聞けなかったらしいのだけど、翌日改めて確認してみたら、いっぱい夜戦やったし夜戦好きになってくれたみたいだしあげてもいいよって凄い軽い反応で許可をくれたらしい。それでいいのか中の川内さん。

 とりあえず受け取りは保留して、提督からの詳細な説明を受けて大本営側の承認も得てから、川内さんは艦娘の魂を自分の中に取り込んだんだそうだ。そして改二になった訳なんだが……なんか全然私の知ってる川内改二と違うんだよなぁ。 

 まず制服が黒っぽい。お揃いだねーとか笑ってたけど、私のとは雰囲気が違う。なんかこう……暗殺者っぽい? 私のは黒に赤いラインでともすると禍々しい感じの配色なんだけど、川内さんのは本当に目立たないような黒白灰色で無彩色なのだ。ただこれどっちか言ったら都市迷彩では……? 形状的には私の知ってる川内改二に近くてスカートにマフラーで腋出しなんだけど。

 能力的には静粛性が増したらしい。何それって思って詳しく聞いたら、どうも川内さんの改二艤装は起動しても普通の半分未満の音しか鳴らないらしいのだ。しかも消音機能付きで動く川内さんの衣擦れの音なんかも聞こえなくなる。なので後ろから敵に忍び寄って暗殺とか出来そうだとか。

 さらに身体能力の強化量が高いらしく、魚雷を遠くまで投げたり空手パンチで敵にダメージを与えたりとかが前以上に出来るようになったらしい。制服に籠手のようなものも付いていて、明らかに格闘戦が想定されているようにも見える。

 いやもうね、前々から思ってたけど、川内さん絶対忍者だろ……それもスレイヤーとか後ろに付くタイプの奴。

 問題なのは普通の艦娘として運用するならあんまり役に立たない能力だって事だねって本人は笑ってた。いや基礎スペックも上がってるらしいんだけどね。初春が真っ当に強化されてるおかげで微妙に見えるとの事。

 というか、受け容れたって事は不老化や肉体への影響も了承したって事なんだよね。宮里艦隊の二人は初春の髪の毛以外は特に今の所変化は見られないけど、そのうち川内さんも若返ったりするんだろうか。今でも実年齢より若く見えるんだけども。

 長門さんがなれてなくて川内さんがなってる辺り、ゲーム準拠でなり易い艦娘なり辛い艦娘ってのがあるのだろうか。夕立もあまり高いレベルじゃなかったはずだし。初春は……なんか例外って気がする。

 

 最後に僚艦である島風の改二についてだ。いやまぁ、なってないんだけども、どうも島風は島風さんにもうちょっと安定してからと言われて拒否されたらしい。何が安定してないのか分からんのだけれど、体への影響とかは十分であるらしい。

 

 

 

 

 

 改二を二人迎えて戦力的にはさらに増強された宮里艦隊であるが、一人、現在絶不調の娘が居る。そう、曙である。

 目覚めて再度検診を受け、一日休んだ曙は、私達が戻った時には消沈した様子で自分のベッドの上に転がっていた。明らかにぼんやりとした様子で、私達が帰って来た事にも気付いておらず、島風が心配して声を掛けて初めて軽い反応を返してきたくらいの重症。連装砲ちゃん達も心配気だった。

 どうも昼も食べずにそうしていたらしく、一緒に食堂行こうと誘われても動こうとしない。仕方がないのでおにぎりを間宮さんに頼んで拵えてもらって、曙の横に供えておいた。中身はその日のおかずだった海老天である。

 就寝前には宮里提督が明日も休むか聞きに来て、曙の目にはちょっと生気が戻った。嫌ですと腹の奥から声を絞り出し、消灯前にはおにぎりもしっかり食べて、翌日はちゃんと出撃して行った。

 そしてその日部屋に戻ると、曙はベッドの上で体育座りしていた。悪化したのか改善したのかはさっぱり分からなかった。

 一緒に行ったみんなに聞いたところによると、足手纏いになったりはしておらず、戦闘自体は普通にこなせていたらしい。それまでと同じように必死で、ただ目には力が無かったようだが。一応この日以降普通に食事は摂っていた。

 明らかに元気がなくなっており、私やみんなは心配していたが、大丈夫大丈夫ってbotみたいな返ししてくるんだこの子。どうしろっつーんだ。私コミュ力低いし島風もあんまり人に気を遣った交流できるタイプじゃねーんだぞ。

 ちょっとどころでなく気まずい三人部屋で、画面の向こうの曙の姉妹艦たちに解決策がないか聞いてみたりもしたのだけれど、どうにもこの曙さん、スマホの電源切っちゃってて電話をしても出ないらしい。綾波型は一緒に卒業パーティなどを計画するくらい仲が良かったので、お話したらまた違うかとも思ったのだけどなぁ。

 仕方がないので私の携帯に電話してもらって、曙に渡してみようとしたのだが、無言で首を振って出てくれなかった。こいつは中々の難敵である。いや、戦えてない訳でもないから時間が解決するのを待った方がいい可能性もあるんだけど……何もしないでいたら沈みましたって言われるのが一番嫌な訳で。困った私は宮里提督の所に行く事にした。

 

 

 

 執務室までやってくると、丁度青葉さんが出てくるところだった。青葉さんは私に気付くと一瞬驚いたような表情をして、すぐに笑顔で挨拶をして帰って行った。

 私が提督に会いに行くのは旗艦をやっている以上さほど珍しくないのだけれど何に驚いたのだろうかと思いつつ、入った部屋で宮里提督と、一緒に居た長門さんに曙についての話をする。当然ながら提督達も気にしていたようでこちらが様子を聞かれたが、あんまり芳しくない返事しか出来ない。そうですか、と暗い表情を見せないようにしつつも隠しきれていない提督に、私は相談を持ち掛けてみた。

 ちょっと他の鎮守府まで走って行って綾波型攫ってきていいですかと。

 いいわけないだろうと長門さんにツッコまれた。

 

 そして翌日、提督に私と島風は呼び出され、何故か楠木提督と電話越しにお話しする事になった。

 

 

 

 

 

 朝日に照らされ輝く海の向こうに、ある程度切り拓かれた小島が見えた。がーがーうるさく鳴く鳥の、足元にある海岸からはやたら長い桟橋が出されており、古ぼけた木の板がまだまだ折れぬと踏ん張りを利かせている。深海棲艦と戦う事になった今でなければ使われる機会も僅少だったろうそこには、魔改造された弓道着のような赤い服を来た女性が立っていた。私と島風が高速で近づいているのに気が付くと大きく手を振って来る。我々はかなりの速度故に振り返す前に桟橋まで辿り着いてしまったが、女性は気にせずにこちらに向かって笑顔を投げかけた。

「おはようございます、吹雪さん、島風さん。それと……ええと、連装砲……ちゃんと、妖精さん」

「おはようございます!」

「おはようございます」

「みゅー!」

「きゅー!」

「きゃー!」

「おはよーございまーす」

 どうやら連装砲ちゃんに馴染みが無かったご様子で、挨拶をした方がいいのか一瞬迷ったようだったが、短いおててをふりふりする連装砲ちゃん達にほっこりした様子で手を振り返している。そんな女性の艦娘としての名前は赤城という。どうやら私達を迎えに来てくれたらしい。こちらへどうぞと桟橋に上がった私達を島の内部に招き入れ、一つの建物へと案内した。

 まずは提督と司令官への挨拶からですねと入り口に足を踏み入れると、玄関口でばったりと緋色の髪に三日月の髪飾りをした少女と出会ってしまった。

「あっ、ほんとに吹雪だぴょん!」

 特徴的過ぎる語尾の少女、卯月はそう言うとぱたぱたと動き出し、にっげろーとこれまた古い建物の奥へと走り去って行く。それを見た島風が反射的にか卯月を追って駆け出そうとしたが、挨拶もする前だというのに他所様の敷地で暴走させる訳にも行かないので捕まえておいた。

 呆れた様子の赤城さんが気を取り直して執務室へと案内しようとしたところ、逃げた卯月が戻ってきて、近くの部屋へと駆け込んだ。何やってんだろうと思っていたら、赤城さんが盛大にため息を吐いた。どうやらその部屋が執務室だったらしい。扉の前まで歩いて行けば、少し開いた引き戸から卯月の顔が半分だけ覗いている。

「ふっふっふ、うーちゃんを捕まえたくばこの扉を開いてみるがよい……」

 いや別に、誰も卯月を捕まえたいとは特に思っていないのだけれども。目的地がそこなので扉は開かないといけない訳で。前に立っていた赤城さんが頭の痛そうな顔をしながら引き戸の側面に手をかけて、扉をガラリと引き開けた。

 瞬間落ちる、何らかの粉がたっぷり盛られた黒板消し。それは一歩踏み込んだ赤城さんの頭目掛け、完璧なタイミングで降って来る。

 だが済まない。私には最初から見えてたんだ。赤城さんの頭の少し上に手を伸ばし、私は黒板消しを指で軽くはじいた。

「ぴょん!?」

「ぐはぁっ!?」

「きゃっ!?」

 私の指先でコントロールされた黒板消しは狙い通りに卯月の額に命中し、さらにその勢いで後ろへ飛んで、座っていた男性へと激突した。その隣で書類を抱えていた女性に弾けた粉が降りかかり、反射的に投げ上げられた紙の束が部屋中を舞い踊る。卯月に当たった後の事考えてなかったですねはい。

 

 

 

「提督ー、そろそろ挨拶終わっ…………なにやってんの?」

 入り口のドアをスッと開け、頭だけにゅっと入って来た北上さんの見た物は、床に正座する卯月と私、それと島風with連装砲ちゃんだった。猫吊るしも私の頭の上で正座しているがたぶん見えてない。

「反省中ぴょん」

 卯月が赤城さんに叱られ、自発的に正座を始めたのでほぼ同罪――卯月に攻撃とか考えないでキャッチすりゃ良かったんだよ――な私も横に並び、ノリで島風や猫吊るしも足を折ったためこうなった。眼鏡の秘書風の女性も困り顔である。その女性は北上さんがやって来たのを契機に、話を進めますので立ってくださいと私達に号令を掛けた。

「では、改めて。私がこの鎮守府の司令官を務めさせて貰っている大淀です。こちらは九曽神提督になります」

「九曽神 七雄だ。よろしくお願いしたい」

 まだ少し制服の粉を払いきれていない大淀さん。それに座ったまま完全に粉まみれの九曽神提督。私と卯月の連係プレーで大変なご迷惑をお掛けしてしまったなぁ。初対面だったのに。

「さて君達、今回の件、ちゃんと反省しているかな?」

「ぴょん」

「はい」

 卯月よ返答はそれでいいのか。

「くくく……ではちゃんと罰も受けてもらう事にしようか……」

 九曽神提督はにやりと笑った。大淀さんが生温い視線を送っている。

「君達には体で償って貰おう、今夜私の部屋へ来てもらえるね?」

「何言ってんのよこのクズ!!」

 扉をズドンと開けて、霞が怒れる瞳で提督の下へと攻め入った。どうやら北上さんの後ろで控えていたらしい。ズンズン一歩一歩を強く踏みしめながら詰め寄り、そのまま仁王立ちで目の前に立ちはだかると、心底見下げ果てたという視線でもって提督さんを睨みつけた。

「ただでさえクズなのに……なに、アンタロリコンだったの? 中学生に手を出そうとするなんて……!」

「ふむ…………霞、今日は配信の収録予定日だ」

 ゲストで出てもらおうと思ったんだがな。九曽神提督は努めて平静な表情でそう言った。でもにやけそうになっているのが隠しきれていない。成程、さてはこの人、霞を弄りたかっただけだな?

 

 

 

 今回、私達第四艦隊は九曽神艦隊へと出向する事になった。理由としては単純で、九曽神艦隊の攻略がちょっと遅れ気味だからである。どうやら他と出来るだけ足並みを揃えたいらしいのだ。

 私と島風が来ただけでどれだけ変わるかというと、二部隊+護衛艦隊しか存在しない九曽神艦隊に一部隊増えるようなもんなので大体攻略に使える戦力が1.5倍である。部隊数だけで考えるとだけど。実態はまぁ……どう少なく見積もっても倍くらいにはなるんじゃないだろうかって楠木提督が言ってた。

 そんな我々が抜けて宮里艦隊は大丈夫なのかと私は思ったのだけれど、それは心配要らなかった。いや心配はするけど、ちゃんと上の人達も考えて……考えてだよな? 策を練っていたのである。

 その策というのが、現状暇な艦隊――と言っても攻略に乗り出している三か所と北を支えてる賀藤艦隊に比べたら、ではあるが――からの宮里艦隊への出向である。つまり金剛さんや初雪と一緒って事だね。

 この出向、私と島風の穴埋め以外にも幾つかの狙いがあるらしく、その一つが出向した側の戦闘技術の向上である。なんでも提艦隊に戻った金剛さんが超強化されていたとかで、本人の証言的にも宮里ーズブートキャンプを受けたらみんな強くなれるんじゃねぇのとそんな意見が上層部で出た結果なんだとか。だから私達が九曽神艦隊に行ってその穴埋めに、なんて回りくどい事になった訳だ。

 もちろん宮里艦隊は最前線なので危険性が高く、評判的に強制するのも士気に関わるため、出向はある程度以上の技量を持った人間限定での希望制だった。そしてさらにその鎮守府に絶対不可欠な人材も出向不可で、候補者自体がかなり限られていたそうだ。そのため龍田さんなんかは強く希望を出したけれど撥ねられたらしい。

 私も詳細な面子は聞いていないのだけれど、何人かからは来ると連絡を貰ったので曙の事は安心して任せて来た。まぁ入れ替わりだから会ってもいないんだけどね!!

 そんな訳でこれから二週間ほどは九曽神艦隊で働く予定である。まぁ進捗が悪かったら伸びる可能性もあるし、宮里艦隊の方がどうにもならないようなら戻される可能性もあるらしいけれども。ただ今の宮里艦隊は敵の襲撃頻度はともかく質は前ほどじゃないのでどうにかなるだろうと思う。たぶん。

 

 

 

 どっちにしろ駄目に決まってるでしょこのクズと震え声で言い残して霞は早足で去っていった。いやうん、なんか弄りたくなる気持ちはなんか分からんでもないんだけど、後が大変だったりしませんかね。

「ああ、収録は本当だから気が向いたら来てくれ。場所は私の部屋ではなくこの部屋だ。顔が嫌なら声だけでもいいし、コントローラーを握っているだけでも構わない」

 気が済んだのか全身にまぶされていた粉を払いながら、提督がこちらに向かって声を掛けた。この人、以前北上さんと動画で共演して、それが楽しかったのかなんなのか、その後に自分でも動画作り始めて投稿してるんだよね。現役提督の配信とか頭おかし過ぎるので再生数は凄い勢いで伸びている。かなり面白いし艦娘がゲストで出てたりするけど、視聴者が期待するような鎮守府とかの事情には一切触れられない。でなきゃ許可出ないんだろうけど徹底っぷりが凄いらしい。それでも北上さんと同じでコメントとかは常に燃え上がっているが……まぁそりゃそうなるわ。それでも内容で評価されてたりするから侮れない。

「えー、話を戻しますが、これから二週間、吹雪さんと島風さんには九曽神艦隊で戦って貰う事になります。任務としては宮里艦隊でやっていた事とあまり変わらない……はずです」

 気を取り直して大淀さんが与えられる任務の事を説明し始めた。私と島風はやっぱり二人部隊で運用されるらしく、高い索敵能力と機動力を活かして発見した敵や航空部隊の見つけた艦隊なんかを潰して行って欲しいとの事だった。特に島の多いこの地域では地上の敵を倒しに行かないといけない場合もあり、普通の艦娘だとかなり手間取ってしまうらしいのでそっちも任される事になる。この間からそうだけど私陸上戦担当って認識されてない? いや全然構わんけどもさ。

「元々居る九曽神艦隊の皆には大規模な拠点に、小規模でも戦力をある程度割かないと対応しきれないような場所には貴方達に行って貰う形になります……何か不安点や問題のありそうな事があったら何でも言ってくださいね。逐次対応しますので」

 場合によっては作戦の根本的な見直しもするとの事だ。何かあるか考えてみたが、特に無い。効率的にどうなのかはやってみないと正直分からないけれど、出来るか出来ないかで言ったら問題無くできるだろうと思われる。島風も言いたい事は無いようだった。

「分かりました。何かあったら報告します」

「お願いします……本当に、遠慮しないで言ってくださいね」

 こちらの助けになると思って、と大淀さんは本当に助けを求めるような視線でそう言った。その対応に九曽神提督は笑いを漏らし、席を立つと大淀さんの肩を叩いてやれやれと首を軽く振る。

「君達に何かあると自分の首が飛ぶと大淀は考えているようでね。ああ、立場的な意味でなく、物理的に」

「既に戦艦のビスマルクさんと正規空母の赤城さんを援軍として派遣してもらってたんですよ? これで結果がマイナスだなんて事になったら本当にそうなりますよ……少なくとも社会的には即死です……!」

 既に若干立場が悪いそうな。どうやらこの場合、私がもうなんかかなり有名なのも良くないらしい。私が死んだり大怪我したりしたら、派遣先の指揮を執っていた人間、つまり大淀さんは間違いなく碌な目に遭わないだろうというのは確かに予想出来た。とはいえ犯罪行為でないので死刑になったりはしないだろう。私刑に遭う可能性は否定できんが。

「大淀さん提督の動画にも出ちゃってたもんねー、声だけだけどさ」

 などと北上さんはおっしゃるが、それで特定するのはかなり難しいのでは……いやでも特定班有能な時はほんと凄いからなぁ。ああそれ以前に公式生放送にも出ちゃってたからどうしようもないのか。成程詰んでる。失敗は許されないね!

 

 飛び散った粉を掃除するという提督を残し、私達は工廠へ向かった。別に指揮を執るとかでもないのでそんなものらしい。退出前に無効化貫通の付与は私の艤装にだけ行ってもらった。

 踏みしめればぎしぎしと鳴る古い廊下を渡り着いたそこには艦娘達が揃っていた。去って行った霞も混ざっている。私と島風が入って行くと、方々で作業したりくつろいだりと自由にやっていた面々がぞろぞろと集まって来て、艦種ごとにゆるく整列した。一緒に来た卯月や北上さん達もそちらに合流し、司令官である大淀さんはそれを見て私と島風の紹介に入った。

 九曽神艦隊側が私達に注目し、対面の私も彼女達に注目する。知っている顔がかなり多い。一緒に訓練した一期の駆逐艦達は当然として、義叔母の北上さんと担任で部活の顧問だった赤城さん、友人の母であるビスマルクさん、それと生放送に出てた面々。二期の人達なんかは流石に知らなかったけれど、逆に私の顔は全員知っているようで、複雑そうな視線も結構あった。自分達の力不足で援軍を寄越された事に対する感情からなのか、私個人への印象のせいなのかは知らんけど。

 

 紹介が終わると三十分後に出撃という事で、本日待機の人と出撃組に分かれる事になった。私と島風は早速出撃である。なんだかんだ言っていたが大淀さんはちゃんと使ってくれるつもりらしい。

 一時解散と言われ自由になると、訓練所で一緒だった秋月と照月が跳び付いて来た。連装砲ちゃんに。二人は連装砲ちゃん達を特に可愛がっていた覚えがあるのだが、久しぶりー覚えてるー? と構いに行って、きゅー? と首を傾げられていた。かわいそう。

「覚えてないかぁ」

「島風いいなー、可愛いなー、私達もマスコット欲しいよー……初月は一緒らしいのになぁ」

 秋月は連装砲ちゃんを撫でまわしながら残念そうに呟き、照月も抱きしめながらぼやいている。別鎮守府の秋月型には長10cm砲ちゃんを使える子が居るらしいのにこの二人には使えないのがだいぶ悔しいらしい。なんでやろなぁ。

「やっぱり適性値が足りないせいかな? 本当は持ってるのが正しいみたいなんだけどねー」

「私なんて、今や二期生より弱いくらいだからね……」

 だからか秋月は主に収集部隊の護衛役をやっているらしい。確かに二人とも上位には入っていなかった覚えがあるので適性値が高くはないのかもしれないけど……関係あるんだろうか。戦闘部隊に入れない天津風さんが改二になったらサッカーチームを余裕で作れる子だくさんになってたから何か別問題という気がしてならない。

 連装砲ちゃん達も可愛がられるのは吝かではないらしく、構い倒してくれる秋月姉妹ときゃっきゃしている。島風も二人と連装砲ちゃんについて話し始め、それに二期の駆逐艦らしい不知火と黒潮も合流してわいわいと盛り上がって行った。新人の二人は私の方もちらちらと見ていたが、別に話し掛けて来てもええねんで。

 しばらく五人と三体を見つめていたら、私の方へそろりと近づいてくる影があった。何ぞと思って振り向けば、そこでは明石さんが瞳を輝かせて私の頭上を狙っていた。この人も生放送で見た覚えがある。急に振り向いた私に驚きつつ、興奮した様子の彼女は目線を私の少し上にやりつつ、荒めの息を吐き出した。

「猫ちゃん、猫ちゃんを私にください!!」

 いや猫は飼ってないが?

 ……じゃなくて、猫吊るしの事だろうか。そういえば艤装背負ってるし、さっきから乗っけた猫吊るしをロックオンしてたのか。

「猫吊るしを持って行かれると艤装が動かなくなるので、ごめんなさい」

「上陸の時のために付いて来たからなぁ。まぁ、帰って来たら手伝うから」

 どうもこの明石さん、四国戦の時に支援に来ていて、その時猫吊るしと知り合っていたらしい。短い時間だが一緒に働きその能力に惚れ込んでしまったようだ。

「吹雪さん! 出来るだけ早く任務終わらせてください!!」

「いやまぁ、最善は尽くしますけど、早く終わらせたら次の地域が回って来るんじゃないでしょうか」

 たぶん結構やる事多いと思うから、たとえば午前のうちに予定が全部終わったとしても翌日分が繰り上がって来るだけのような気がする。それを言うと明石さんはがっくりと肩を落としてしまった。それを見た猫吊るしが仕方ねーなーと明石さんの頭に飛び移り、ちょっと行ってくると妖精さん達に指示を出しに向かって行った。出撃時間までそんなにないが、それだけでも結構違うらしい。明石さんはいい笑顔になっていた。

 二人を見送って手持無沙汰になった私が壁の染みになっていると、和装のような上着にスカートっぽい格好の女性がこちらに向かって歩いて来た。私の服に目を留めると、ふむと一度頷いて、目を合わせて問うてくる。

「それが改二の制服か……着心地はどうなんだ? 体に異常があったりはしないな?」

「あっ、はい、大丈夫です。服も体も」

 どうやら改二関係で心配してくれたらしい。曙の事が全鎮守府に細かい事はともかく無理にやってぶっ倒れた娘が居ると通達されているらしいのでそのせいだろう。そうかと女性はゆっくりとまた頷くと、思い出したように自己紹介を始めた。

「私は日向、自衛隊の所属だ。改二になるにはまだ足りないと言われた程度の練度だが、ともかく暫くの間よろしく頼む」

「はい! 吹雪です、よろしくお願いします!」

 日向さんは適性値が高い方ではなかったせいか体に影響が出ておらず、それがどうにかならない限り許可出来ないとはっきり言われたらしい。つまりそれ以外は問題無いって事だろう。既に艦娘に認められてるんだなぁ。ある意味長門さんと対極なのかもしれない。長門さんがなんで駄目なのかはよく分かってないけども。

「そういえば君の艤装は改二になる事で色々と載るようになったらしいな」

「はい、そうですね。大発はこの間の作戦で使いました」

 私の返答にそうか……と呟くと、日向さんは懐を探り始め、何か深い緑色に赤丸のあしらわれた物を取り出した。私に向かってそれをスッと差し出し、どうだろうと口を開いた。

「その艤装には、航空機は載らないのだろうか。そう例えば…………瑞雲とか」

 

 しまった! 日向師匠だ!

 

 えっ、認められてるってそういう事? いや違うよね? 流石に違うよね? 瑞雲教の伝道師として認められてるとかそんなオチじゃないよね? 真っ当に戦艦として認められてるんですよね?? 精神的な影響が強いのか生放送でも航空機について語ってたけど、あれはきっと航空戦力の重要さについて熟知してらっしゃるからですよね!? 航空自衛隊の人じゃないかってネットじゃ考察されてましたよ!! でも瑞雲持ち歩いてるのは説明付かないな? いや私に聞きたくて持って来ただけかな??

「航空機は全部無理だと妖精さんから聞いています」

 猫吊るしから聞いた事をそのまま伝えてみると、特に表情は変わらなかったがちょっとしょんぼりとした雰囲気を醸し出し始めた。そのまま手に持った瑞雲を懐に仕舞うと、ともかくお互い沈まないよう気を付けて頑張ろうなと言い残して去って行った。果たして布教と挨拶どっちが本旨だったのかは定かではない。

 その後ビスマルクさんが挨拶しに来たり、霞と九曽神提督が年の離れた幼馴染だと判明したりしたのだが、この日はなんかもう日向さんに瑞雲を勧められるとかいうイベントのインパクトが強すぎて、印象が薄くなってしまったのだった。覚えてないとかは流石にないけどね?

 

 

 

 出撃に関しては特に言うような事も無く、地形が複雑なくらいで宮里艦隊でやってた事と大差は無かった。奇襲を仕掛けようとしていた連中は確かに多く、かなり危ない場所であるのは確かだけど、私達には効果が薄い。なんせ五十キロくらいならソナーで大体分かるからな私。島内が難しいのが大問題だけどさ。そう考えると乗せられるなら悪くないんだよな瑞雲。無理だけど。

 ちなみにこの日の姫級鬼級討伐数は総計18体。報告したら大淀さんは死んだ目になった。私も姫級ばっかの部隊が島影に隠れてこっそり来てるとか思わんかったからびっくりだったよ。死体は後で回収してもらった。

 っていうか、今更だけどあれだね、楠木提督見えてるね、何かしらが。私達が来なかったら大惨事だっただろこれ。いや案外北上さんやビスマルクさん、赤城さん達が何とかしたかもしれないけれどもね。三人とも凄い強いらしいから。

 

 その日の夜、夕食後に執務室の前を通ったら本当に動画撮影をしようとしていたのでお邪魔させてもらった。久々に男友達とやるようなノリでゲームやったわ。楽しかった。なお動画はお蔵入りである。理由は分からんが、距離近すぎるでしょこのクズと霞が乱入したせいかもしれない。お前らもうケッコンしろよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃の宮里艦隊

 

 

 




最後のあとがきでやろうと思ったんですが、あとがきだと特殊な表示を受け付けないようなので本文に。
こういう機能は本当にありがたいですね、使いこなせているかと言われると全く出来てない訳ですが。

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