転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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あっ(察し)

 九曽神艦隊の朝は早い。艦娘達の朝は吹奏楽部だった卯月のトランペットと学生時代はエアギターを嗜んだという提督のサクソフォンとのジャムセッションから始まる。時たまカスタネットの北上さんが混ざるらしい。

 二人もしくは三人が退治されると朝食の時間になる。出される料理は宮里艦隊と比べると香辛料や酢などの刺激の強い物が多く使われている印象だが、味は良い。テーブルには複数のスパイスが用意され、それらも艤装製の体力回復効果のある代物だという。油断すると振りかけられたりすり替えられたりするので卯月の横に置いてはいけない。

 朝食が終わればミーティングに入り出撃だ。この辺りの流れは宮里艦隊と大差はない。ただ朝にふざけ過ぎた卯月とか北上さんとか九曽神提督が叱られるパートが入ったりする。叱るのは主に霞と那智さん――宮里艦隊に居る二期生の那智さんとは別人――だったのが、最近では主に赤城さんになっているらしい。流石教師。

 この艦隊では大淀さんが司令官なので作戦説明なんかも彼女から行われる。方向性としては宮里艦隊よりも安全志向……というか、慎重だ。宮里艦隊が変態ローテだっただけでこっちが普通らしいけど、戦闘部隊は一日変色海域へ出たら翌日は休養か軽い任務になっている。

 ここ数日の進捗は良いようで、周辺の脅威の排除に私達を使っている事もありしっかり変色海域を戻して行けているとの事である。横から来た相手に対応してるうちに削られて撤退って事が多かったようなので、私達の索敵能力と機動力はかなり助かると大淀さんは喜んでいた。

 ちなみに私と島風は宮里艦隊と同じような頻度で出撃している。なんでかって? それが大淀さんが提示された出向の条件だったからだよ!! 楠木提督私達に容赦ねぇな!!! いいけど! 疲れてないからいいけど!! 全力で使い倒してくれてむしろ有難いけど!! 暇過ぎて焦るよりいいよ確かに!! 出撃させろって言いに行っちゃう可能性も否定できないしね! 宮里提督と大淀さんはどっちも私達に対して申し訳なさそうだったけどどう考えてもお二人のせいじゃないから気にしないで貰いたい。効率はいいですからね効率は。

 

 

 

 今日も無事に敵を粉砕して帰り、艤装を預けに古い建物の工廠へ向かう。壁とか床とか、設置されてる機械がぶつかったら崩れそうなんだよなぁここ。

 艤装を置くと島風は一言断って目を閉じ意識を集合無意識に飛ばす。最近は毎日こんな感じで島風さんに会いに行っているのだ。改二のために安定云々の話なのだろうけれど、詳しい事は教えて貰っていない。まぁその内どうにかなるんだろう。行き詰ってたら相談してくると思う。たぶん。

 さて本人からは別に待ってなくていいって言われてるからシャワーでも浴びに行ってもいいんだけれど、今日は卯月が非番なために放っとくといたずらされる恐れがある。いや別に、本当に致命的な事とかはしないっぽいから構わないっちゃ構わないんだが。

 この鎮守府は寝室が大部屋で、戦闘部隊は艦種別に分かれているんだけど、北上さんの私物のゲーム機が今は何故か駆逐艦の部屋にあったりする。なのでさっさとさっぱりして久々にゲームでもしようかなぁとか考えつつ明石さんの所へ猫吊るしを運ぼうとして、ふと、この前頭に浮かんだ事を思い出した。

 猫吊るしってちゃんと休んでるんだろうか。

 大和の艤装を寝床にしていたのは知っているが、それは必須な程度の休憩を取ってただけっぽいんだよね。いつ見ても何かしらの仕事をしているような気がするのだ。私に付いてくるのも含めて。

「猫吊るしって最近遊んだりしてる?」

「やー最近は真面目に仕事してるから、武装全部連装砲にしたりとかは宮里提督に阻止されて以来やってないぞ」

 猫吊るしの中身はオタクである。待機時間とかに雑談すると話も合うんでゲームしたりアニメ見たりは好きなはず。でもこいつがそんな事してるとこは一回も見た事ないんだよね。なのでそういうののつもりで話題を振った訳なんだけど、返って来たのはなんか違う反応だった。っていうかアレやっぱりふざけてたのか。テストだったからだろうけどさぁ……

「いやまぁそれも楽しそうだけど……そっちじゃなくて、オタ活の方」

「あー……そっちか。いや、そっちはやってないわ。漫画とか物理的に読むの難しいし」

 サイズ感がなぁと猫吊るしはぼやく。全長でも手のひらサイズな猫吊るしのちっちゃなおててだと一ページめくるのも一苦労だもんな。電子書籍なら行けそうな気もするけど見辛い事には変わりなさそうだし。

「アニメとかゲームは?」

「アニメはいいかもな、距離取れば普通に見れるし。でもゲームはコントローラー持てんからなぁ」

 何せコントローラーの方がデカい。腕を広げても左右両端のボタンに手が届かないだろう。でもその辺りは猫吊るしならどうにか出来そうな気もするんだけど。

「能力で操作出来たりしないの?」

「出来ない事は無いんだけどなー、思った通りに完璧に動かせちゃうからさ」

 猫吊るしのチート能力『いろいろ』『つかえる』はかなり汎用性が高い。電子機器を触れるだけで動かせるのは以前見せてもらったが、それはゲーム機でも変わらないらしい。ただ動かすのではなく超高精度で動かせてしまうため、本人の動体視力や反射神経も合わさって小足見てから昇竜余裕になってしまうんだとか。

「RPGとかなら関係ないんだろうけど時間かかるってのもあってやってないな」

 その辺りは私と同じ……というか、私以上に働いてるんだからもっと時間は無いだろう。うん良くない質問だったな。っていうか、やってみた事自体はあるのか。

「まー平和になったらやらせてもらうから気にすんな。今はやれる事多いからさ、そっちをやっときたい」

「働き過ぎて死にそうで怖いんだよなぁ」

 妖精さんだから死なないらしいけど、過労でぶっ倒れるとかない? 妖精さんだから大丈夫なんだろうか。

「それを言い出したら吹雪だって相当働いてるだろ? 一緒だ一緒」

「いや、私のは体力が有り余ってるだけだから」

 能力的にほぼ無限に働き続けられるからね私は。いや私も今は休むより働きたいから猫吊るしの気持ちも分かるんだけどね。だから大丈夫だって言われたら無理には止めないけど、過労になる前にちゃんと休んで欲しいなぁ。

 

 

 

 お互い無理はしないようにしようと言い合って猫吊るしと分かれ、シャワーを浴びて酒保に寄ると、中では赤城さんがお菓子コーナーを覗いていた。手に取っているのは干し芋である。おいしいですよね。私が入って来た事に気付いた赤城さんと挨拶を交わし、他の物も物色している彼女と並んで私も今日のお菓子を選んで行く。みんなに配ったりはしないけど、置いてあったら食べても良い事になってるから減りが結構早いのだ。

 今日は和菓子で攻めてみようか。そんな事を思っていると、赤城さんの提げたカゴに次々物が積まれて行った。干し柿、ポテチ、チョココーティングされたクッキー、麩菓子、パックご飯、おはぎ、アイス、かき氷、チーズ、だんご、梨、缶詰、煮卵、味噌汁。えっ何それ一日分?

 いやいやまさかと戸惑っていると、じっと見ていたのに気づかれて、はにかんだような照れ顔を拝見させていただく事になった。美人だから見せる人選べば凄い事になりそう。

「最近ね、お腹がとっても空くのよ……」

 うんまぁ、赤城さんだしね。そうなりますよね。この世界の艦娘ってコミカルな要素とか二次要素とかに溢れてるみたいだし。転生者にしか分からないだろうけど、赤城さんなら仕方ない。っていうか、この世界の赤城さんってやっぱりそうなのか……だとしたら食堂で出される定量だけじゃあちょっとお腹が寂しいのだろう。いやそれ以前の問題として。

「赤城さん、艦娘になる前から結構食べますもんね」

 私達の担任で陸上部顧問で体育教師の赤坂先生は、学校でも健啖家の片鱗を見せていた。深海棲艦が来る前は毎日昼に大きなお弁当箱とおにぎり三つくらい持って来てたのを知っているし、部の打ち上げでも一番食べていたのは先生である。あの襲来の日以降は食べ物の高騰とかで減らさざるを得なかったようだけれど……酒保は安いし、給料も上がっちゃったから阻む物が無くなったんだろう。そりゃあ暴食にもなりますよね。赤城さんだし。

「……以前はここまでは食べませんでしたからね?」

 ええー? ほんとにござるかぁ?

「どうして疑わし気な目で見るんですか!? 本当にこんなに必要になったのはごく最近なのよ!」

「あっ、ええ、はい。艤装の影響ですよね? 分かります分かります」

 視線が正直過ぎたらしく憤慨させてしまった。いやあ、元々結構食べてるイメージあったからつい。申し訳ないとは思っている。

 でもごく最近、という事はやっぱり艤装を使う事で出た体への影響なのだろう。口調とか夜戦とか色々あるけど、これは金銭的に直接被害の出る影響だから割と洒落にならなそう。健康面も心配なんだけどちゃんと保障されるようになってるんだろうか。

「え、これって艤装のせいなんですか?」

「え、違うんですか? 身体的に影響が出るって言われてますよね?」

「それは聞いてますけど……」

 まさかそんな出方をするとは考えてもみなかった。赤城さんの反応はそんな感じだった。確かに、体に影響って言われて食欲増進とは普通思わないのかもしれない。転生者だと一発なんですけどねぇ。

「その、戦いに出たりして前よりもっと運動するようになったから、そのせいかと……」

「…………つまり食べる量、それで納得出来る程度しか増えてないって事では……?」

 そう言った瞬間、赤城さんの動きは止まり、見えてる端からじわじわと顔が赤くなって行った。図星かぁ……

「その、艤装関係無かったとしても恥ずかしい事じゃないと思いますよ。自分のお金で買ってるわけですし……」

「いいえ! いいえ違います! これは艤装の影響です!! そうですとも! はい!!」

 そう言って赤城さんはレジに向かって早足で去って行った。微妙に涙目だったのは気のせいじゃないと思う。なんか凄い申し訳ない事をした気がする。

 その後、赤城さんの買った量が多すぎて普通に会計で追いついたのでちょっと気まずかった。

 

 古い建物の中を赤城さんと話しながら歩く。結局彼女は支払いなどをしている間に落ち着いたらしく、外で私を待っていてくれていた。元々そんなに感情的な方じゃないし、根本的に良い人なのだ。

「それでですね、本当に艤装の影響ならちゃんと相談した方がいいと思うんです。もしかしたら食事代も経費で落ちるかもしれませんし……」

 議題は酒保での話の続きである。私達が仕事上必要な物は国の方がある程度都合してくれる事になっているのだ。だから赤城さんだけ自腹というのはどうにも納得が行かない。たとえ半分以上は元からだとしても。

「流石にそれは難しいんじゃないでしょうか……?」

 まぁ私も証明は大変だと思うのだけど、変な影響への対応自体は前例があるんだよね。

「宮里艦隊に川内さんという軽巡の艦娘が居るんですが、彼女は昼夜が逆転するような影響が出てまして。その対策に昼間に眠って夜に起きて働く許可がしっかり出てるんですね」

 本人から聞いた話なのだけど、日が出てる最中に寝るための暗幕とかアイマスクとかそういうの、全部経費で落ちたらしいんだよね。半ば冗談でお願いしたら通っちゃって、川内さん本人が一番びっくりしたみたいだけど。

 それを聞いた赤城さんはちょっと悩んだ様子だったが、そもそも艤装の影響であるのならそれは報告が必須だ。どんな情報が重要なのか私達には分からないのだから。

「じゃあ、聞くだけ聞いてみましょうか……メディカルチェックはお願いしたかったですしね」

 自分でもこんなに食べて大丈夫なのか心配ではあったらしい。艤装の影響なら大きな問題は起きないだろうとは思うけど、太った様子もないので余分に摂ったカロリーがどこへ行ったのかは私も気になる。まさか消えたりはしないだろうし、どこかに溜まってるんだろうか。

 なお後日の話であるが、赤城さんの食欲は艤装由来と正式に認められ、経費こそ出なかったものの食堂で出される量をかなり増やしてもらえるようにはなったそうである。健康にも問題は無かったそうなので一安心だ。噂じゃ買い食いは続けてたらしいけどね。

 

 

 

 赤城さんと分かれ自室に入るとそこには誰も居なかった。着替えを取りに来た時も居なかったし、卯月は何処かへとお出かけらしい。泊地内からは出てないだろうけども。

 とりあえずPCを点けて特に変わった連絡も来てない事を確認して、私はゲーム機と向かい合った。実は中に何のソフトが入ってるか知らないんだよね、私達が来てから誰も起動してなかったから。中身が空って事は無いと思うんだけど、今遊べるものがインストールされているのかは分からない。それを確かめるのも楽しみの内である。

 ではいざ起動、と思い手を伸ばしたところ、その手が届く直前に、窓の外に居た人物と目がバッチリあってしまった。長い髪を三つ編みにした軽巡、北上さんである。どうやら主力部隊はいつの間にか帰ってきていたらしい。

 北上さんは一瞬だけ横にちらりと視線を向け、その後私に向かって笑いかけると鍵の掛かっていなかった窓を引き上げた。窓の横、私から見て死角になった壁の向こうにも誰かいる気配がする。一人じゃないっぽい。

「吹雪お疲れー。今日の釣果はどんなもん?」

「雑魚ばっかでしたよ。大物はさっぱりです」

 本日は姫級も鬼級も見かけなかった。代わりにレ級とかル級とかタ級とかは居たけど。あいつら倒しても報奨金出ないんだよね、地味に嫌がられていたりする。

 こっちからも北上さん達の戦果を聞いてみたら、変色海域の核を首尾よく破壊して来れたという。一応大淀さんから連絡はされているので姫級が出たのまでは知っていたけど、思ったよりも余裕があった感じの口調で、かなりの頼もしさを感じる。

「こっちはでっかいのが釣れちゃってさ、クジラみたいなのとサメみたいなのとクラゲみたいなのが一緒に来ててんやわんやだったよ~」

 それで釣りみたいな話になったのか。先制雷撃が完璧に決まったらしく倒すの自体は問題無かったというけれど、私と島風が周囲で暴れてなかったらそこに戦艦たちが加わってたかもしれないんで洒落にならない。そりゃ中々前に進んだり出来ないよなあ。

「大淀さんから聞いたけど初日に吹雪、十体以上姫と鬼倒したらしいじゃん? その時大淀さんどうだった? あの人三体でも悲鳴上げるんだよねー」

「目が死んでましたね」

 猫吊るし同伴なのもあって報告から全滅まで一分かからなかったんだけど、首を持って帰る代わりに撮った写真見せたら精神に何かしらのダメージを負った顔してたよね。ちなみに死体は後日回収して研究所送りにしたらしい。新発見のとか居たからなぁ。

 聞いた北上さんはそーなのかーと笑いながら、なんでか少し心配そうな表情も見せた。

「吹雪って大人とは上手くやれてる? 大淀さんとか若干怖がってるっていうかー……畏怖してる感じになっちゃってるけど」

 畏怖って何。私そんな恐ろしいんだろうか。自衛隊の人達から嫌われてるってほどの視線向けられたことは無いからそこまで変な事にはなってないと思うんだけど……でも、他の艦娘と戦闘能力が隔絶し過ぎているからか、助言なんかを求められるような事もほとんどないのが私である。適性値の差以外の答えが返って来そうにないから仕方ないね。適性外の人達って技量だけなら戦闘部隊の子達より上って人は結構居るらしいので、むしろ私が教えて欲しいかもしれない。そもそも話し掛けられないんだけど。

「まぁ……ちゃんと報連相は滞りなく行われてるから大丈夫だと思います」

「最低限じゃん……」

 呆れられてしまった。でもほら、それすら出来なくなる場合とかあるらしいから、聞き及んだ話だけど。だから私なんてマシな方ですよたぶん。

「ああでも提督とは仲良いよね、初日から」

 ぴくり、と壁の向こうから反応があった。成程、隠れてるのは卯月かと思ってたけれど、霞っぽいかな? そうなると、提督の話が本題だろうか。大変だな北上さん。

「あれはどっちかって言うと九曽神提督の度量が広いからですね。普段通りでいいぞって言われて本当に普段通りにやったらそのまま受け容れられたので」

「親戚の集まりでも見た事ないレベルのフランクさだったけどねー」

 初日の夜、提督と一緒にゲームをやったのだけど、その時の様子を北上さんはバッチリ目撃しているのである。後ろで私を見て爆笑してたんだよなぁこの人。今も思い出してか若干にやけている。

 しかしなー、あれって私の転生云々が悪さした結果男子との方がノリノリで遊べるってだけなんだよなぁ。だから説明が難しいっていうか、正直したくないんだよね。別にするなと誰かに止められてる訳ではないんだけれど、感情的になんか嫌だ。

「実は私、女子と話す時の方が緊張するんですよね」

「へぇ? そりゃなんでまた」

「理由はよく分からないんですが……過去の体験のせいですかね?」

 前世レベルの過去だから誰も理解出来てないと思うけど、まぁ、リア充ではなかったよね。かなしいね。そんなあれこれがありつつ、童貞力が高まった結果が今なのだ。

「そもそも私、二次専でリアルの男子は恋愛対象にならないんですよ。そうなると性質的に男子の方が話し易いんです趣味が合うので」

「あー、あの話マジなんだ」

 マジっす。そう頷いた私を北上さんは深刻そうな顔で見た。まぁ、あんまり健康的な話ではないのかもしれないけど、現実的に無理なもんは無理だしね。親戚には知っといてもらった方がいいだろう。

「吹雪ってさー……キャラクターは女の子の方が好きだよね」

「そうですね、好きな男キャラも居ますけど」

 萌え豚だもの、そうもなろう。しかも百合厨だぞノーマルが行けない訳じゃないけれど。返事を聞いた北上さんの目は、少しだけ鋭くなった。気がする。普段から割と気だるげというか呑気というか、柔らかめな雰囲気を纏っているのだけれど、それが少しだけ引き締まった。

「どうしてそうなのかって自分で分かる?」

「えっ? んー?」

 どうしてかって、それはキャラによって違うんだけど、たぶん全体的な傾向の話だろうか。それだとまぁ、アレな表現を避けて言えばだ。

「可愛いからですかね」

「あー……分かる分かる。でも男でも可愛いキャラ居るじゃん? そっちは無理?」

「男の娘はなんとか……」

 男キャラはなー、たまに女性向けの奴が目に入ってたぶん可愛いのであろう描写がなされてたりも見えたりするんだが、まぁ……保存したくなるかと言われると趣味には合わないよね。滅茶苦茶上手いのとかだと性癖関係なく賞賛したくはなるけど。

 そういう回答をもうちょっとオブラートに包んで渡したら、北上さんはそれはそれは微妙な顔になってくださった。何かを察してしまったらしい。

「…………吹雪さ、艦娘やってる間は二次専のまんまの方が……いややっぱりなんでもない。忘れて?」

 北上さんは思い付いた事を言おうとして、途中で止めた。何を察したのかは私には察せなかったけど、とりあえず空気は微妙なものになってしまった。

「あ、そうだ北上さん、こっちにあるゲーム借りようと思ったんですが大丈夫ですよね?」

「お? ああ、いいよいいよー。ってか北上様も一緒にやる」

 微妙な間に耐えられなかったので話題を変えたら、北上さんは靴を脱いでよっこらせっとそのまま窓枠を乗り越えて来た。そして身を乗り出して靴を回収する――その瞬間に、アイコンタクトで隠れていた人間を撤収させたようだった。誰かのさして体重は無さそうな足音が去って行く。やっぱり霞っぽい気がするけど、話は参考になったんだろうか。

 霞はたまにだが、私が九曽神提督と話している時に疑わし気な目で見ている事があった。別に私には悪意も害意も無いのだと分かってもらえるといいのだけれど……さっきの内容的に望み薄のような気もする。つーか私の性癖とか聞いてどうなるってんだって話だわな。

 なお、この後から霞は九曽神提督が居ない時でもたまに私を警戒する素振りを見せるようになった。何故?

 

 

 

 ゲーム機の中には結構色々入っていた。昔のゲーム機と違って選べばそのまま遊べるって便利だよなーなどと思いつつチート反射神経で北上さんのコンボ技を全段ブロッキングしていると、遠くの方から何かが跳ね回るような音と島さんが走り回るような音が微かに私の耳に入り込んだ。

 何事だろうと少し耳を澄ませてみれば騒ぐ声も聞こえてきて、窓の外、北上さんが入って来た方の地面を卯月が走り抜けていくのが見えた。次いで島風がそれを追いかけて行く。追いかけっこでもしてらっしゃる?

 完封されてひっでーと笑い転げる北上さんもなんだなんだと気が付いたようで二人揃って窓外を覗けば、そこにはぴょんぴょこ逃げる緋色の髪した卯月が一匹。その後ろにはえらい勢いで獲物に向かって猛進する金の髪した島風も一匹。ああこれは何かされましたね間違いない。

 しかし追うのが島風である。奴の足は普通の人間が逃げ切れるほど遅くない。どちらも艤装を付けていないので身体能力勝負になるし、体力的にも卯月に到底勝ち目は無い。最初はそう思っていたのだけれど。

 追いかけっこは結構長い事続いた。分かったのは、卯月は色々上手いって事だ。曲がったり障害物を利用して捕まらないよう立ちまわっている。乱雑に生えた木々の根が島風の走りの邪魔になっていたりもして、地形選びも完璧だ。地の利を上手く活用している。

 それでも根本的に速度差はある訳で、そのうち上手く速度に乗った島風が、卯月の背をようやく捉えた。そう思ったその瞬間、ぴょーんと跳ねた追われる兎は頭上の枝を引っ掴み、体全体を太い枝にまで引っ張り上げた。オウッと驚愕する島風をぷっぷくぷーと挑発すると、そのまま他に飛び移り、器用に屋根まで逃げてしまった。いや乗って大丈夫なのかここの天井。抜けない? 取り残された島風も同じルートで昇って行ったがちょっと心配になってしまった。

 っていうか卯月凄いな。島風と張り合えるのかあいつ。走るのそのものは島風の方が速いみたいだけど、体を動かすセンスが飛び抜けてる。勿論、今の島風の追撃から逃れられる以上それだけではないだろうけども。

「北上さん、卯月って……」

「あーうん、もう影響がかなり出てるよー」

 やっぱり艤装の影響が出ているらしい。適性値が高い方が影響は出やすいみたいだけど、体質とか艦種とかも関係ありそうだなこれ。金剛さんはまだはっきりとは出てないみたいだし。

「そういえば北上さんはどうなんですか?」

 たぶん高適性だと思うんですけど。問えば答えはイエスで、やっぱりそこそこ影響は現れているらしかった。でもまだまだ素手で深海棲艦は倒せないねーなんて笑っていたけれど、私のは艤装の影響じゃないから参考にしないでいただきたい。

 

 流石に延々暴走を続けさせるのもどうかと思ったので、北上さんと連れ立って二人の様子を見に行く事にした。場合によっては止める構え。上でどったんばったんと大騒ぎしていた二人は地面に降り立ち、今は玄関からまてーやだぴょんと声がする。行ってみればやっぱり卯月が追われていて、でも二人共ちゃんと靴は脱いでいた。意外と律儀。

 さっきと変わらず地形を利用してぴょんぴょん逃げ回る卯月と高速の脚で追いかける島風。まぁ、止めるだけなら私が一気に制圧すればいいだけではある。でもそれって根本的な解決にならないわけで、そもそも島風は何をされたのか。ああ、瑞鳳さんが二人の通った風圧でスカートを捲られた。あの勢いで走っているとそれだけで結構迷惑だなぁなんて思いながらいつ止めようか窺っていると、ふと、卯月の手元に銀色の光が見えた。

 よくよく見ればそれは私の渡したネックレスチェーンのように見える。成程、持って行かれちゃったのか。悪意でやってる表情じゃないし、手に取って眺めてたら島風が起きて来たからつい逃げたとかそんな感じだろうか。指輪付いてるもんなぁ、年頃なら気になるだろう。困らせようとは思ってないと思うたぶん。

 被害者側だろう島風の方は、怒ったりはしていないみたいだけれどなんだか焦れている顔だった。取られた事が嫌だったのか、運動部でもない相手が捕まらないのが自尊心に響くのか、はたまた別の理由なのか、その辺りは分からない。普段通りなら追いかけっこを楽しみそうなものだけど。

 卯月が廊下の方へと駆けて行く。さほど長い通路ではないため島風はトップスピードに乗れないだろう。ここでも進路の選択眼が光っている、何度も曲がって追いつかせないつもりだ。曲がり切れなければ大幅なロスになってしまう故、前を行き選択権がある卯月の方が屋内では有利か。

 島風もそれを察したのだろうか。気持ち大きめの声で待て卯月と叫ぶ。卯月の方は軽くふり向くと、ぷっぷくぷ~と再度笑って廊下へ逃げ込んだ。島風も廊下へ飛び込んでいく。だがその時にはもう、卯月は通路の中ほどに居た。通路の先はT字路で、通路の左右に部屋もある。逃走経路は数多い。卯月はどこに行くかの判断を迫られ、島風の脚にはさらなる力が籠った。

「待てって、言ってるでしょ!!」

 力の込められた左足が床を捉え、そこから島風の全身に進むための力が行き渡る。足の指先を、足首を、膝を腿を腰を胸を肩腕頭を、尋常ならざる力が駆け抜けていく。

 次の瞬間。島風の体は撃ち出されるように前方へと吹き飛んで行った。

 廊下を一陣の風が吹き抜ける。風の名前は島風。その姿はたぶん、私にしか見えなかったと思う。

 超高速、超長歩幅の一足。

 それは要するに、私がチート能力でやってる事とほぼ同一のものだった。

 空中で島風の顔が驚きに変わる。思わぬ結果だったのか、その体は目標だった卯月の斜め上を抜け、そのまま突き当りに突っ込んで行く。だがこの島風、運動神経も尋常なものではない。衝突するその刹那、くるりと体を回転させ、膝を曲げて足から壁に着地した。

 そしてそのまま抜けた壁と一緒に外へと転がり落ちて行った。古い建物に全体重掛けたらそらそうなるわ。

 木壁が崩れる轟音。突然起こった惨劇に、卯月は何が起こったのか分からず目を白黒させている。私はその横を通って島風の方へと駆け寄った。

 島風はバラバラになった木片と一緒に空を見上げていた。見た感じ怪我は無さそうだ。艤装の影響で体が丈夫になっているのが幸いしたのか、それともあの状態でしっかり受け身を取ったのか。ともかく血の臭いなどはしなかった。

 私が顔を覗き込むと島風はこっちに焦点を合わせてきて、誰だか気付くとじわじわと口元を歪めて行く。そのまま万歳のポーズをとると、満面の笑みを私に見せた。

「出来たよ! 伊吹!!」

 うん、うん。お前が島風さんと艤装の中で何やってたのかようやく察しが付いたわ。何教えてんだ島風さん。っていうか教えられたのか島風さん。すげぇや。でもね。

「制御し切れてないから出来てるとは言わないんじゃないかな……」

 島風はオウッ!?と鳴いた。

 

 

 




現世で圧倒的に速い奴を放置してるのに島風が改二の許可くれる訳ないよねというお話でした。

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