転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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難しい相手

 早いもので、九曽神艦隊への出向期間もあと三日で終わりである。進捗は良好で、特に問題が起きなければ私と島風は明々後日には宮里艦隊へと帰る予定だ。時間がもったいないので当日帰って翌日には出撃予定である。わぁい。

 宮里艦隊の方も順調に進んでいて、私達第四艦隊が抜けた穴を修行しに来た面々と宮里提督が見事に埋めてくれていたらしい。宮里提督はちょっと大破してたみたいだけど。

 集まった娘達は軒並み優秀で、暁教官長や他の艦隊メンバーの教えを吸収して、毎日倒れる様に眠っているという。ハード過ぎて体壊しそうって本人たちは思ってたらしいのだけど、経験者達の奨めでお茶を飲みまくったら翌日には出れるくらいには回復してて怖かったって吹雪が言ってた。ちなみにあの鎮守府、収容人数の割にトイレは少なめである。

 そう、吹雪、四国で一緒になった司波艦隊の吹雪も宮里艦隊に来てたんだ。秋雲先生が気を利かせて教えてくれたおかげで色々お話しする事が出来たんだけど、彼女的には私が居なくて残念だったらしい。出来れば色々教えて貰いたかったって言ってたけど、正直私が居なくて良かったと思う。何の参考にもなんないからね!!

 その話の時に曙の事も聞いたのだけど、なんか、綾波型はお通夜状態だったらしい。漣でも無理だったかぁと思いつつ詳細を聞いてみたら、漣でも無理だったというか、漣だから無理だったというか……案の定二人は変な因縁がある間柄であったようで、その問題が一気に噴出したんだとか。

 具体的には吹雪と秋雲先生越しなのでよく分からなかったんだが、要約するとこんな感じだったと思われる。

 

 

 

 

 

 

 地獄かな?

 

 

 

 まぁ綾波と朧と深雪と叢雲がどうにか頑張ってるみたいで、今の所両者とも出撃には問題無いらしい。結局一番悪いのは深海棲艦だもんね。怒りはそっちに向くよね。深海棲艦って人間由来成分100%らしいから結局人類が悪いになるとかは置いといて。

 っていうか、特型の皆仲良いのね、私だけ別のとこ居るから微妙に疎外感がなくもない。かと言って私が居たってどうにか出来る気は全くしないんだけど。同室だったのに特に何も出来てなかったしな。私と入れ替わりで出向期間が終わるから、あと三日でどうにかならんと漣は調子を落として帰ってく事になるんだが、大丈夫なんだろうか。

 

 曙達の事は今考えてもどうしようもないので戻ってから考えるとして、私達の近況であるが、とりあえず島風の高速移動が一歩目は安定するようになった。なので緊急回避としてはもう十分通用すると思う、妖精さんも一歩か二歩くらいなら耐えてくれるしね。

 ただ二歩目以降はあんまり安定してなくて、どうも着地からの再発動の際の出力が安定しないらしいのだが、上手く出来るようになるのはきっと時間の問題だろうと思われる。一歩目だって日に日に上手になってくのが見て取れてたし。

 魔力の容量自体もじわじわ増えてるようで、疲れずに使える回数が当初の倍以上になっている。使い慣れてロスが減ったとかそういうのもあるかもしれないけど、どちらにせよ才能あり過ぎじゃないかお前。

 逆に私はと言えば、はっきり言って何一つ進展していなかったりする。魔力ってどんな形してんのって所から全く進んでいないのである。まるで成長していない……

 もちろん練習を怠ったとかそういう訳ではない。九曽神提督が瑞鳳さんに卵焼きを差し出されて、たべりゅ? されてる時も自分の魂に集中してたし、ビスマルクさんと赤城さんと北上さんに提提督一派……っていうか金剛型一派の事を聞かれた時も自分の体に集中していた。蒼龍さんと日向さんの元自衛隊精鋭部隊のお二人と長門さんと宮里提督の関係が進んだかどうかとかそんな話をしている時も提督能力の操作から派生して何か出来ないか試していたし、そろそろ姫級の数にも慣れて来た大淀さんに基地があったから壊しておきましたって報告書を出して表情を消去している時も後ろで手を光らせていた。

 でもまるで全然進歩は無いんだよなぁ。対照出来るのが島風しか居ないから私が才能無いのかこれが普通なのかもまるで分らん。猫吊るしのチートを習得するのに一万年って言われたけど、私の場合もっと掛かりそうな気がしてならない。

 

 

 

 そんな訳で魔力制御がにっちもさっちも行かないため、私は島風に倣う事にした。つまり、集合無意識の艦娘の所で修練する事にしたのである。

 島風に断って猫吊るしを渡し、練習に出たのを見送って、艤装から集合無意識へと飛び込む。接続自体は簡単に出来て、私は朝焼けの船上へと吸い込まれて行った。

 中は相変わらず人気は無く、特に今までと変わった様子はない。吹雪似さんは相変わらず船の中なのだろう。冊子の置かれた机が寂しそうに甲板に立たされていた。

 まぁでも、場所を借りるのには丁度良い。一応船の入口の方に練習させてもらう旨を断り、自分自身に集中する。深く集中してみれば、現実世界とはなんだか少し感覚が違い、これならもしやと思わされた。ここでの自分は人の形をしているけれど、実際には肉体が無いのが良い方に働くのかもしれない。

 

 なんて思ってたら体感で二十時間ほどが過ぎた。

 

 うん。

 いや。

 はい。

 全然わっかんねーわこれ。

 なんだろう、この世界でも身体能力がぶっ壊れてるのは分かるんだ、高速移動の応用で高速反復横跳びとか普通に出来たし。だから外と一緒でチート能力……魔力が何らかの形で影響してるんだとは思う。でも私にとってその状態って普通であって、その状態じゃ無くすっていうのが感覚的に全く分からない。島風が中で練習できた以上、多少外との違いはあっても使う使わないという切り替えそのものはこっちでも出来るはずなんだけどなぁ。

 今の状態なら魔力を感じ易いだろうと思ったのだけどそんな事も無く、むしろ周囲の空間から何かしらの力を感じ取れるもんだからそっちが気になってしまう始末だった。たぶん艦娘の――吹雪さんの気配だと思うんだけどね、特に船の奥から強く感じるし。

 

 何十時間も進展のない事ばかりを続けても仕方がないので、アプローチを変えてみようと表では避けていた事をちょっとやってみる事にした。

 船の上から飛び降りて、朝焼けを映して輝く水面に降り立つ。どうもこの空間の海は実際のそれとは性質が違うらしく、艤装とかは無くても普通に踏み締める事が出来るようなのだ。最初にここに来た時の初期地点が海の上だったのをよく覚えている。

 海の上はごくごく弱い波があり少しだけ陸よりも不安定だが、足場としては申し分ない。姿勢を正し、右脚を少し前に出す。それを少し持ち上げ精神を鎮め、普段筋力の抑えに使っている制御力を、全て解放する側へと反転させる。イメージするのはスーパーロボットの謎動力に謎燃料を過剰にぶち込み各機関を過剰回転させる図。何かが燃え上がるような感覚を覚えた一瞬、自分の鼓動と集中が一本の線に繋がったと感じたその時、チート能力さんと呼吸を合わせるように、私は海面に足を叩き付けた。

 私を中心に周囲が沈下して行く。当然私も一緒に水底へと落ちて行った。水面はあっという間に底へ着き、勢いよく周囲へと弾かれる。海底の土へと私は着地した。

 周囲を見ればおわん型に海に穴が開いていて、少しずつ速度を落としながらその範囲が広がっているのが見える。そうはならんやろ。モーセかな? さっきまで乗っていた駆逐艦吹雪は流れに押されて少し遠くの方に行ってしまったが、特に沈みそうな気配はない。たぶん本当に水に浮いてる訳じゃないんだろう。

 いやしかし、やっぱりそうだとこの光景を見て確信する。どうやら私は自分の出力を意図的に上げる事は可能みたいだ。普通の状態で震脚しても流石にこんな風にはならないからね。魔力って燃料を使ってると分かったから、使用量を増やせば行けるだろうと思った結果がこれである。制御とかは出来てる感じがしないから、チート能力さんが私の意思を反映してくれてるだけなんだろうけど……なんでオンオフはしてくれないんだろう。

 これが出来るなら逆に燃料を少なくすれば出力抑えられて、最終的には解除出来るかもって思うじゃん? ところがそれはそうも行きそうにないのだ。何故なら私は自分の魔力自体は認識できていないからである。あくまでこうしたいってイメージが出来るだけで、こうするって自分で主導出来てはいないんだ。つまりさっきのはチート能力さんのただの忖度であり、私の実力ではない。イメージでテンション上げ下げして結果的に心臓の鼓動を加減速させる事は出来るけど、止める事は出来ないのと同じようなもんである。

 そんな感覚的に理解出来た事を頭の中で言語化していたら、周囲の海水が元に戻ろうと押し寄せて来たので慌てて船まで跳んで戻った。見る間に穴は塞がって行き、中央で波と波とが衝突し、海水が空へと吹き上がる。現実でやったら酷い事になりそう。

 物理法則どうなってんだろうと思いながら大きく揺れる海面を眺める事暫し、間抜け面を晒す私の背後で、感情任せに思いっきりドアを開け放ったような音がした。見れば駆逐艦吹雪の入り口が開いている。どうやら私はやらかしてしまったらしい。

 

 

 

 明らかに中の人がお怒りになっているであろうと尻込みしていると入り口直近の電灯が急かすように明滅したため諦めて内部にお邪魔した私を待っていたのは、どう見ても不機嫌そうな深海吹雪に似た容姿をした吹雪さんだった。二度目の邂逅がこんな事になろうとは予想だにしなかったわ……

 場所は前回もお邪魔した部屋なのだが、私が持って行ったため無くなったはずの壁の紅い光が復活していて、不愉快そうにゆっくりと脈動している。心なしか空気も淀んでいるような気がした。

 

 ――暴れるなら他所でやりなさい。

 

 いや本当に申し訳ない。

 何時間も進展が無くて、つい苛立ちをぶつけてしまったような処もあるため頭を下げるしかない。完全に私が悪いからね。ごめんなさい。

 腰を折った私に対して吹雪さんは憂鬱そうなため息を吐いて見せると、顔を上げなさい、とこちらに許してくれる感じの――どちらかと言えば呆れ返ったニュアンスの思念を送ってきた。情けない適性者ですまない。

 

 ――この空間は私そのもの。この体も、艦も、空も。当然、海も。拳を振るったところでどうにかなるほど脆くはないけれど……貴女のその力をぶつけようとするのは止めなさい。恐怖を感じるから。

 

 そうか、あの海も吹雪さんなのか。言われてみれば空間自体がそうだと前々から言われていたし、そこら中から吹雪さんらしき気配も感じていた。そりゃ海もそうだわ。顔が赤熱する感覚と頭を地に擦り付けたくなる衝動を覚えたが、実行する前に吹雪さんに止められた。話が進まないからやりたければ外に出てから勝手にやれと仰せである。

 

 ――何の目的かは知らないけれど、瞑想くらいなら好きに場所を使っても構わない。

 

 けど次に破壊活動を行おうとしたら叩き出す。この場所の主なんだから当然かもしれないが、それくらいは出来るらしい。幸いな事に変な所を壊したとかでないためダメージは無いらしいのだが、人間で言ったら体内から横隔膜を圧迫されたような感じだったという。しゃっくりかな?

 しかし、あんな事したのにこの場での修行自体は許してくれるのか。見た目は深海棲艦っぽいけど普通に人が良い……やはり別側面なだけで根幹は吹雪さんだという事か。有難い事である。

 っていうか、私の魔力って吹雪さんでも脅威なんだなぁ。集合無意識って凄い強大なイメージだったんだけど、ダメージを与えるのはチート転生者なら可能だったりするのだろうか。現行の人類+過去の人類の蓄積に攻撃通るって私達一人一人にどんだけ強い力を渡したんだ、あの魔法使いの娘は。

 

 ――貴女の持つ力は異常だから。それこそ私達の力なんて必要ないとあの子が錯覚してしまうくらいに。

 

 そういえば最初に会った吹雪さんは私を見る目が死んでいたっけ。実際には物凄く助けられているから、出来ればその事を報告したいのだけど……いや、目の前の吹雪さんに理解してもらってれば大丈夫なんだろうけどもさ。一応同一人物だし。

 っていうか、会えないだろうと思って考えから外してたんだけど、吹雪さん達って私達の力の事感じ取れるんだよね。島風さんみたいに私の修行見てくれたりしないだろうか。なんて考えたのだけど、こちらの心を読み取った吹雪さんはどことなく渋い顔になり、じいっとこちらを見つめると、やがて軽く首を傾げた。

 

 ――私、貴女の力の使い方なんて分からないのだけれど。

 

 えっ、そうなの? 島風は島風さんに集合無意識内で教えて貰ったって言ってたんだけど、その辺りの知識量は艦娘によって違うのだろうか。島風さんの方が詳しいというのはなんというか、意外な話であるが。

 

 ――それは具体的な使い方は知らずに出来そうだったからやらせたら出来た、程度の事でしょう。島風だし。

 

 島風さんの印象が酷い。確かに放出して加速っていうのは発想としては単純でしょうけども。

 島風さんと直接会った事は無いらしいので印象は本当に印象だけの話らしいのだけど、真面目な話、魔力に関してはまず間違いなく艦娘間で知識に差は無いはずだという。魔術的な事が主流の技術となって艦船を建造していたのならともかく、艦娘たちは科学技術の申し子なのだから個人に宿る変な力の使い方なんて分かる訳ないだろう、というのが吹雪さんの主張である。

 

 ――私は存在とその大きさを理解する事は出来る。でもそれ以上の事は知らない。

 

 という事なので、この後暫く私の魔力がどう動いているかを診てもらい、それを基に私も同じ事を感じ取ろうと練習させて貰った。

 まぁお互い全然分かんなかったんだけどね。私は自分の魔力一切感じ取れないし、吹雪さんの方は私の魔力が大きすぎて動いてるんだか動いてないんだか全く分からなかったらしい。なんとなくテンション上げた時の燃焼量が増えてるような気はしたらしいけど、それくらいだそうな。

 いやしかし、チート能力の扱い方を巡ってこっちの吹雪さんと一緒に首を傾げる事になるとか改二になった時は思いもしなかったわ……

 

 五時間くらい二人で色々試してみたのだが、私の魔力は私自身が制御出来ていなくても安定はしているって事くらいしか分からなかった。でも、やってる間に思い出した事がある。

 それは、私は以前に魔力か何かの力を感じ取った事があるって事だ。物凄く強い力、それこそ使い方さえ合っていれば今の私を殺せてしまうような力を、他の人間から。

 そう、それは猫吊るしを捕まえた日、その少し前に、リベと名乗った少女からである。ゴトランドさんはたぶん転生者だし、あの子もおそらくそうだろう。なのであの時感じた底の知れない力、あれがきっと魔力だったんじゃあないだろうか。

 だとしたら不味い。何が不味いって、猫吊るしの衝撃が強すぎて具体的にあの力がどんなんだったかよく覚えていないのである。リベ――リベッチオの存在はちゃんと覚えてるけど、魔力がどんな感じだったのかは全く覚えてない。持ってたって記憶しかない。困る。

 集合無意識内の艦娘の気配とは違う……と思う。なんかもっと危なそうだった気がする。チート能力完全発動中の私を傷つけられるような力だから、質自体が違うかもしれない。そう考えながら自分の魂をまたゆっくりと精査するが、特になんにも感じない。

 ……いや、これおかしくないか? なんで他人の魔力らしきものは感知出来たのに自分からは何にも感じないんだ? あれが魔力じゃなかったにしても、私のチート能力さんには何かしらの力の有無が分かる機能があるって事のはずなんだけど。

 私には無くてリベッチオにはあっただけか? 何か別の力が? もしかしたらチートで何らかの力を生成して、それを基にして能力強化とかをするチートだったのかもしれないけど……私のうろ覚えの記憶が正しいのなら、アレは何か底の知れない力だったように思う。だからあれが魔力だと思うんだよなぁ。

 ただ、猫吊るしからも何も感じないし、ゴトランドさんからも感じなかったんだよね。そうなるとやっぱりアレは別の力だった可能性が高いだろうか。考えれば考えるほど訳が分からなくなっていくんだが、誰か助けてくれ。

 

 

 

 

 

 流石に長居しすぎたのでお礼を言って退出する。今度何かお供えしておこう。そう思いながら目を開けると、既に外は真っ暗になっていた。半開きにされた工廠のシャッターから覗く海がそこそこ荒い波を立てている。あんまり天気は良くないのかもしれない。

 私は床に足を伸ばして座り込み艤装に寄りかかった状態で意識を飛ばしていたのだが、特に体が凝り固まった様子はない。チート能力さんのおかげでその辺りはいつでも万全なのだ。代わりに右肩に何か乗っているような違和感があり、横目で見ればそこには金色の毛の塊が乗っかっていた。島風の頭である。

 たぶん私より先に練習を終えて、待っている間に寝ちゃったんだろう。小さな寝息も聞こえて来る。先に帰って貰って良かったんだが、まぁ私も待ったことはあるしお相子か。ただ島風の場合、格好が制服のままだと寒そうに見える。露出多すぎなんだよなぁ。

 起こそうかと思い手を伸ばし、そしてふと思った。そういえば、私は島風の魔力は感じ取れるんだろうか。最初に見た時、何かしらの力が島風の脚を巡って行くのは理解出来た気がしたんだけど。

 瞳を閉じて隣の島風に集中する。基礎代謝が良いのか何なのか密着している部分はちょっと温かい。まぁそれはいいとして、島風の体から魔力的な物の気配があるか探って行く。耳を澄ませば心臓の鼓動と呼吸音が聞こえ、それにより動く筋繊維や骨格の擦れる音、血液が循環し内臓が稼働し肉体を健常に保つ律動なんかも感じる。うーん健康体。

 いやそうじゃなくて。特に悪い所無さそうなのは良い事だけど今知りたいのはそういうことじゃなくて。聴覚を研ぎ澄ませたのが悪かったか、魔力を感じるならもっと別の感覚だよね。第六感とかそういうの。そう思って念じてみるが、まぁ自分のすら分からないのに他人のなんか簡単に分かる訳ないですよね。

 

 そんなふうに考えていた時期が私にもありました。

 

 それは例えるなら、粘性の全くない液体のような印象を受けた。島風の奥深く、おそらくは魂と肉体の境辺りを軽快に走り回っている。量は少ない、たぶん練習でかなりの量を使ってしまっていたのだろう。ただ、島風のさらに奥からそれらは少しずつ湧き出して来ているようだった。回復しているのだろう。根源は肉体ではなく魂であるように感じられた。

 はっとしてそれに触れようと手を伸ばす。すると当然、こちらに体重を掛けていた島風はバランスを崩して倒れ込む。私の目の前をプラチナブロンドの頭が通過して行き、私の太ももの上に収まった。膝枕の完成である。衝撃で目覚めるかと思ったがそうでもないらしく、島風は寝息を立て続けている。丁度良いのでこのまま調べさせてもらう事にした。

 もう一度視界を閉じ、さっき見つけた感覚に集中する。一度見つけたそれを認識するのは難しい事では全く無かった。先ほどよりもほんのちょっとだけ量の増えた何かは元気に島風の肉体を駆け回っている。これみんなこうなんだろうか。島さんの性質が影響してたりしない?

 ともかく、たぶんこれが魔力だろうと思われるので、似たような物が私の中にないか探してみる。

 うん。

 無いな!!!

 相変わらず自分からは何も感じない。そうなるとこれは魔力ではないのだろうか。でも、他に該当しそうな物って思い当たらないのだけれど。魔力じゃなきゃ何なのよ。

 しばらく島風の魂やらを観察しつつ、自分のそれと比べてみようとするが、他人の魂や精神の精査は私には出来ないようだとしか分からなかった。そういう能力じゃないだろうからね仕方ないね。

 島風の推定魔力の流れに合わせて島風の体をなぞってみる。特に規則性なんかは感じられず、適当にそこらを走り回ってる……ような気がする。持ち主そっくりである。流れにパターンでもあれば私の側に応用できたかもしれないけど、これだと望みは薄そうだ。

 魔力の動きを追いながら自分の同じ部位にも同時に意識を向けてみるが、やっぱり自分には流れている感じはない。他人の方が分かり易いってどういう事なんだ。なんてぼやきながら島風の魔力を指先で追い続けていると、ある時魔力の一団が頭の方へと飛び跳ねて行った。それを追って私の指も島風の顔に向かって行く。するとそこで、バッチリと開いた瞳と目が合ってしまった。

 そりゃ体を指でくすぐられてたら目も覚めるわな。なんか申し訳ない。島風は状況がよく分かっていない様子で、眼前に突き付けられた人差し指に焦点を合わせようとしている。引っ込めれば今度は自分の枕にしている物を見つめだした。残念それは私のお膝さんだ。

 島風はかなり眠そうで、変な事をして起こしてしまったのを悪かったと感じる。でも丁度良かったので、私は島風に少しお願いをしてみる事にした。

「島風、ちょっと発動しない程度に魔力を足に集めてみてくれない?」

「おうっ……? いいよー……」

 他に良い単語も無かったので島風にも魔力の事は魔力で通している。なのですぐに理解してやってくれたのだけれど、そうして足に元気よく集まっていったものは、やっぱりさっきから島風の中を軽快に巡っていたそれなのだった。召集されて楽しそうに目的地に一目散に駆けてってた。ほんと使ってる本人にそっくりだなぁ。

 

 色々あったが今日分かった結論はこうである。

 私は魔力を感じ取る事が出来る。でも私は今の所自分の魔力は感じ取る事は出来ない。そして感じ取れないので当然操作も出来ない。

 つまりどういう事だってばよ? 大きすぎて感じ取れない的なサムシングだろうか。えっ、自分の体に宿った力に対してそんな事ってある?

 

 

 

 

 

 かなり時間が経っていたらしく部屋へ帰ったらもうみんな寝ていてびっくりした翌日。残り滞在日数は二日。今日も今日とて深海棲艦討伐日和。いいお天気である。波は物凄く静かで滑走しやすい。島風と連装砲ちゃん達も大はしゃぎしている。

 朝のミーティング通りのコースを辿り、見つけた敵を殲滅して行く。今日の戦果は潜水艦多め。大型は重巡止まりで姫や鬼どころか普通の戦艦も居なかった。これは本隊の九曽神艦隊の皆様が結構な苦労をしてるんじゃあないかと思いつつ、つつがなく担当区域の掃討を終える。一応変色海域だったのだけれど、やってる最中に青色を取り戻したので向こうの作戦自体は順調だったようだと分かった。

 それじゃあ帰りますかと一息ついて、泊地に向けて滑り出したその直後。急に、私の艤装に備え付けられた通信機が鳴り出した。こちらから指示を仰ぐことはたまにあるんだが、向こうからというのは珍しい。何か悪い予感を覚えつつ出てみれば、さらに珍しい事に、電波の向こうに居るのは大淀さんではなく九曽神提督だった。吹雪で間違いないかと問われたので肯定すると、初日以来久々に聞く真剣な声で、提督は通信の理由を説明し始めた。

『先ほど収集部隊の活動していた場所に突如、変色海域と見られる現象が発生した。すまないが吹雪、指定する地点へ至急向かって欲しい』

 背後からは大淀さんの越権行為ですよという声が聞こえて来る。でも、なんだか声に勢いが無い。迷っているっぽい? 私を派遣するかで悩んだのか? これは、ただ変色海域が出て来ただけではなさそうだ。

「分かりました。ポイントの位置確認が取れ次第出発します」

 現在地から目的地まで、海の上に標識なんかは無い訳なので方向を間違えないよう海図の確認はちゃんとやらなければならない。まぁ大体妖精さん任せなんだけども、妖精さんも絶対ではないから、たまにちょっとズレちゃったりとかするんだよね。そんな仕事も猫吊るしは非常に迅速かつ正確にやってくれたりするので居ると本当に頼りになる。尤も、今回の場合はそれをする必要自体が無かったのだけれど。

『いや、南東の方へ向けて出来るだけ早く出発してくれ。細かい進路はこちらから指示を出す……私の提督としての得意分野は、指揮している艦娘の位置を把握する事なのでね』

 提督って人によって結構能力が違うらしいのだが、九曽神提督は自分の指揮下にある艦娘――正確には艤装の大まかな位置が分かるのだという。今は私の艤装も九曽神提督から無効化能力を供給してもらっているから、収集部隊と私の相対的な位置を見て直接どちらへ行けばいいか指示が出せるんだそうだ。私なら途中に障害物があっても飛び越えて行けるから直進で大丈夫だしね。かなり便利。

 

 横で聞いていた島風を抱え、連装砲ちゃん達を背負って海を疾走る。こうすると島風はもう戦えなくなっちゃうんだが、この際四の五の言っていられない。収集部隊の人達が無事なら妖精さんを交換してもらえばいいし。妖精さんには悪いけど。

 九曽神提督の指示に従って左右に少しずつ進路をずらしながら水平に飛び跳ねつつ、何が起きたか説明を受ける。なんでも収集部隊が護衛三人を伴って海上の霊的資源を絞り出している最中、突然海の色が変わり、何故か、その海域からほとんどの艦娘達が弾き出されたのだという。

 正直何がなんだかよく分からんのだが、一文で要約したらそういう事になるらしい。頭に疑問符を浮かべつつ足を動かし続けると、現場はそれ程離れた場所ではなかったようで、十分な説明が得られる前に青い海の上に立つ人影が見えて来た。それは泊地で見慣れた収集部隊の人達なのだが……様子がおかしい。何故か自衛隊員の皆さんは海に降りているし、収集に使っているはずの船が見当たらない。いや変色海域化したらしいから沈んだのかな? 上空では直掩機が周囲を飛び回り、その下の艦娘達の砲口からは煙が上がっていた。

 戦闘してる!? と驚きながら速度を上げて近づいて行き、一番近かった球磨さんの横に着地する。一緒に四国に行って運転手を務めて貰ったあの球磨さんである。急に出現した私達にはとても驚いた様子だった。

 球磨さんがつい上げてしまった声に注意を引かれ、他の皆さんの視線もこっちに集まって来る。同じように驚いた顔をする人、私を見て安堵したような表情をする人など色々な反応をしていたが、それよりも私は彼女達の先にある海に視線を吸い寄せられた。

 そこにある海は赤かった。

 いや、変色海域なんてもう見慣れているから、青くない海はもう珍しくもなんともない。でも、今視界に広がる海はそのいつも眺めるそれとはまるで質の違うものだった。普段のそれは例えるなら静脈血で、赤黒く濁った様な色をしている。だが、そこで波打ち渦を巻いているそれは動脈血。即ち、鮮血のような色彩を私の瞳に映していた。

「なんだこれ……」

 私の思考と猫吊るしの呟きが重なり合う。今この場所は変色海域と通常海域の丁度境に位置しているらしく、ほんの少し先で赤い海と青い海がきっちりと分かたれていて、私達は全員青い側に立っている。赤い側には見える範囲には何も居らず、ただただ不気味な色の海が揺れていた。

「吹雪!」

 島風を降ろし、隣の球磨さんに状況を聞こうと思ったら、少し離れた所から私を呼ぶ声がした。見れば照月がこちらに向かって必死な形相で迫って来ている。今日は秋月と伊8――はちさんと共に収集部隊の護衛に付いていたのだけど……そういえば他の二人はどこだろう。

「吹雪! 吹雪!! お願い、お姉ちゃんを助けて!!」

 照月は私の傍に急行し、半分飛び掛かるように私の腕を両手で握りしめた。その手は大きく震え、痛くなりそうなくらい指先に力が入っている。

「落ち着いて照月、何があったか、ちゃんと教えて」

 焦っているのは伝わって来たのだけれど、状況はよく分からないので説明を求めたら、じれったそうに言葉を選ぶ照月に代わって、傍に居た球磨さんと通信機の先の九曽神提督が何が起きたのかを詳細かつ簡潔に語ってくれた。

 

「秋月だけ変色海域の中に取り残された訳か」

『そうだ。その上で、今現在何者かと交戦している』

 説明によるとこうだ。収集任務中に海が赤く染まった瞬間、艦娘達は何か物凄い力によって青い通常の海まで弾き飛ばされた。まるで水平方向に向かって落下するように外まで一直線に運ばれて行ったらしいのだが、何故か、秋月だけはそうはならずにその場に普通に立っていたという。

 秋月の方も事態に気付き、一旦は合流する動きを見せたらしいのだが、しばらくするとその移動は止まり、そのすぐ後に被弾情報が提督の下へと齎された。一人で交戦状態に陥ったと判断した提督が私に通信したのはそのすぐ後であるらしい。判断が早い。

 それなら照月は――すごく言いたくないが自衛隊の戦えない艦娘達よりも秋月一人の方が重要度が高いので――すぐに九曽神提督から位置情報を貰って救援に行くべきなのだが、これがそうも行かなかった。何故か、鮮やかに赤く輝くこの変色海域は、外から中に入る事が出来なかったのである。

「口で言うより見てもらった方が分かり易いと思うクマ」

 そう言って球磨さんは自分の一門だけ付けていた砲台を変色海域に向けると、狙いを付けずに発射した。戦闘部隊のそれよりも幾分か遅い砲弾が飛んで行き、やがて赤と青の境に到達する。二つの色が混じり合わずに対面しているその直上で、緩い弧を描いて直進する砲弾は、急にその横方向への速度を0にした。そのままゆっくりと重力に引かれ、完全な形を保ったまま青い水底へと沈んで行く。

「ええ……?」

 周囲を見れば自衛隊の人達の中には境界の上で何かを押すようなジェスチャーをしている人間も居た。艤装が派手な音を立てているため結構な出力で前に進もうとしていると分かるのだが、何かに阻まれているのか、その体は全く動いていない。皆でどうにか入れないかさっきから試しているらしいのだが、まるで手応えが無いのだという。

「向こうまで見て来たけど、どこもこうで入れないの! どうして!?」

 そう言われても私にも分からない。頭上の猫吊るしも困惑した様子で変色海域を見渡している。こいつが分からなきゃたぶん誰も何が起きてるのか分からないんだよなぁ。困った。

「とりあえず、私も入れないか試してみるよ」

 焦る照月にそう告げて、お願いと頷く彼女を横目に私と島風と連装砲ちゃん達も変色海域に向かって攻撃を仕掛ける事にした。

 まずは連装砲の高速弾。球磨さんの砲撃と全く同じ動きで海底まで落ちて行った。威力や速度の問題ではないっぽい。

 次に魚雷。やはり動きが途中で止まり、しかし境界線で起爆はせずにそのまま進もうとしている。着発式だったんだけど……どうやら何かにぶつかっている訳ではなく、速度だけを殺されているっぽい。え、なにそれ。とりあえず撃ち抜いて起爆してみたが周囲に変化無し。爆風も変色海域側には届いていない様子だった。

 島風たちの攻撃も効果はなく、私の持った他の武装も無意味に終わる。全体的な感想としては、そもそも攻撃が何にも当たってはいないのではないだろうかと感じる。どうなってんだかさっぱり分からない。途中、はちさんが浮上してきて海底からも入れなかったと教えてくれた。上も飛行機に乗った妖精さんが何度も突進しているが、どれだけやっても落ちて来るばかりである。もうこうなれば、私に出来る事は一つだろう。

 周囲の皆から少し離れ、魔力が燃えて全身を巡る想像を強く浮かべる。イメージとしてはアレだ。ドラゴンボールの人達が全身から気を噴出する奴。意識をそうやって集中すると、昨日集合無意識内でそうだったように、私の感覚が制御するより解放する方向へと変わって行った。

 行ける。そう確信できた瞬間、一足で変色海域との距離を詰め、全身を捻りながら、神経を集中させた拳を真っ直ぐ前へと突き出した。

 異様な感覚がした。何かに当たるでもなく、的を外したでもなく、私の体に反動も伝わらず、何らかの被害を巻き散らす事も無く。ただ、私の拳は空中で停止していた。

「なんだこれ、壁とかがある訳じゃないのか……?」

 奇妙な感覚が私の腕から体へと伝播している。障害物に阻まれている感じではなく、力そのものを殺されているような異様な感触。引く事には問題無さそうだが、押しても前へは進まない。漫画とかではこういうのよく見るけれど……

「これは、結界だ」

 頭上の猫吊るしがまたファンタジーな事を言い始めた。

「そんなのあるの?」

「ある。っていうか、そもそも変色海域がそうだ。普通のもこれも境界がはっきりしてるだろ?」

 言われてみると、確かにこの世界の変色海域って普通の海水と混じり合わずに急に青から赤に変化している。特に入るのを遮られたりしないだけであれも仕切ではあるのか。

「これはたぶん、外からの干渉を防ぐ効果があるんだと思う。それと、話から考えると対象以外を中から追放する効果も。そうなると……秋月を狙い撃ちして来た? いや、それよりはたまたま秋月が残れる条件に引っかかった可能性の方が高いか……?」

「理由とかはいい、それよりこれ解除する方法とかは分かる?」

 私が問うと、猫吊るしは赤い海を――赤い海のある空間を険しい顔で睨みつけた。

「相手が深海棲艦なら、おそらく、普通の変色海域と同じだろうが……」

 普通の変色海域の解除方法は単純である。核を見つけて、破壊すればいいだけ。でもそれって、今の状況だと最悪じゃないですかね。

「まさかこれ、外からは何も出来ないタイプの奴……?」

 変色海域の核は変色海域の中に存在する。中心部から少しズレてたりする事はあるけれど、外殻付近で見た事は無い。つまりこの場合、外から干渉出来ないのであれば、破壊出来る可能性があるのは中に居るはずの秋月自身だけという事になってしまうのだ。

「こっちから解除とか無効化とか、何かそういうの無い?」

「あったらやってる……! そもそも専門外だ、術に関しちゃ概要くらいしか履修してねえよ!」

 一応、霊的集合体の方に陰陽術とかの知識もあるにはあったらしい。ただ、猫吊るしは自分が妖精さんで色々艦これ準拠の世界だと理解していたため、そっちはそこまで多く勉強してこなかったのだという。持ってく情報を取捨選択して出来るだけ急いでこっちに来てくれたらしいから仕方ない。チート能力でもここから操作は無理なようで、核に直接触れでもしなけりゃ操作出来ないと言う。

 これは不味い、チート転生者が二人揃って対処不能の事態というのは、あるかもしれないとは思ってたけど、実際遭遇すると滅茶苦茶焦る。時間的な余裕があるならともかく、既に秋月が会敵してしまっていると考えられる以上、ゆっくり策を練ってもいられない。

 この状況で私が出来る事ってなんだ!? 何も考えつかねぇぞ!! 周囲を回るか? いや駄目だろ、照月が言ってたけどここと特に変わらないらしいし……もし外周から見える位置に秋月が居たとしても手出しできないなら意味が薄い。秋月とは通信すら出来てないってさっき言ってたんだけど、提督の艦娘の状態把握能力は阻害されてないんだよな。物理法則に則ってなければ行けるのか? そうだとしてどうしたら中に干渉出来る? なんか方法はあるか!? ……いや全然思いつかん!! そもそも猫吊るしで分からんのにもっと苦手な私が考えて分かる訳ないじゃんって話である。 よし考えるのは猫吊るしに任せよう! 私は私の出来る一番上手な事をやろう!!

「猫吊るしなんか対処法考えて!」

「丸投げ!?」

「私は、力押しを試す……!」

 考えるとかそういうのはいい、知識不足だし、そもそもあんまり向いてない。だから私のやる事は、最初っからずっと同じだ! 力任せにぶっ潰す!! 今出せる力で足りないのなら、今よりもっと力を出すしかないだろう!

 心を燃やせ!!!

 テンションを上げろ!!

 チート能力を制御できない私が今以上に力を発揮するにはそれしかない!

 拳は未だ境界上で静止している。力は緩めていないが先ほどから一寸も動かない。結界とか普通に考えて物理で突破とか出来るもんじゃないのだろう。手順を踏むか、内から壊すか、そういう面倒な事が必要なんだ。きっと。

 知るかバカ!!

 そんなことより筋肉だ!!

 暴力は全てを解決する!!

 浅い呼吸を深くして、あらゆる筋肉に活を入れる。そして生まれたエネルギーを、全て拳の先に注ぎ込む!

 足元の海が波紋を立てる。それは始めは自然の波にかき消されるほど小さな震えだった。しかし私が込める力を増す度に、余波が全身を震わす度に、だんだん荒さを増して行く。周囲からもそれはしっかり見えていたようで、膝を超える程の高さになった頃に困惑の声が上がっていた。

 だが説明は後! 今はとにかく全身全霊を以って目の前の結界を打開せねばならないのだ。私の中にあるチート能力さんを私は操れないけれど、チート能力さんの方に私と呼吸を合わせてくれる気はあるらしい。だからどうにかこっちからも、体から心から魂から、あらゆる場所から力を捻り出してやろうじゃないか!

 小さくだが私の喉から声が漏れる音がする。腹に力が入り、肺の空気を絞り出し、熱い呼気が声帯を揺らしているのだ。瞬間的に力む事は多々あるが、チート筋力全開で力を長く入れ続けるのは初めての経験になる。

 私とチート能力さんが同じ目的に向かって歩調を合わせ、高まる心臓の鼓動に乗せて、己の魔力を炉にくべる。今までよりもはっきりと、完全に、その機構が型に嵌った感覚がした。

 

 

 

 今だ! パワーをストレングスに!!

 

 ――いいですとも!

 

 

 

 立っていた海面が弾ける。波が私の背を越えて、周囲にざあと降り注ぐ。前に突きだした腕に直撃するが、不思議と冷たさは感じない。行ける。不思議な確信があった。あっと猫吊るしの声がした。

「動いてるぞ……!」

 私の拳は少しずつ、秒速5ミリメートル程の低速ではあるが、確実に前に進み始めたのだ。ゆっくりと突き出される拳の先端は何か異質な物に触れたような感覚があり、まるで何かが私を押し戻そうとしているような圧力を受けている。

 ふざけた抵抗。今までは何も感じさせずに動きを止めるだけだったのに、境界を突き抜けた先からは斥力のような追い出そうとする力が働いていた。

 だが弱い。それは、動きを止めさせられた侵入を拒む力に対して、遥かに弱い力だった。人一人を弾くだけの力は十分に有しているのだろうが、それは私に対しては弱すぎる。

 ゆっくりと確実に前へと踏み込む。正直自分でもどういう理屈で進めているのかよく分からんが、入れているのでとにかくヨシ! もう拳は完全に向こう側へと抜けている。自衛隊の人達も、私が動き始めている事に気付いたようだった。

「あっ、えっ、お、押した方がいい!?」

 自分も入ろうと悪戦苦闘していた照月も、こちらの変化に戸惑いつつやれる事は無いかと声を上げる。それを島風が素早く止めて、邪魔しない方がいいと教え、動かずこちらを見つめてきた。近づかれると危ないだろうから助かったわ。

 肘が抜け、二の腕の半分を過ぎる。魔力の燃焼サイクルは上手く続いている……ような気がする。相変わらず感知は出来ない。でも進める。だからとりあえずこれでいい。肩が境界に触れ、膝や顔も結界内へ侵入を試み始める――

 

 その瞬間に、私の視界から赤い色が消え去った。

 同時に一切の抵抗が消失し、私は大きくたたらを踏んだ。

 顔を上げると、そこは普通の青い海。変色海域は消滅していた。

 振り返れば困惑した様子の皆が居る。どうやら中が凪状態だったとかそういう訳ではないらしい。照月がはっと我に返ると走り出し、私を抜いて進んで行く。やっぱり海は普通の状態に戻ったらしかった。嫌な予感がした。

 何が起きたか猫吊るしに確認しようとして、気付く。確認するなら別の人にだ。通信機に声を掛ける――その前に、通信機の方から九曽神提督の声が聞こえた。

『秋月の位置情報をロストした。艤装の状態は、轟沈だ』

 私は今まで腕に使っていた力を、全て足へと割り振った。海水が派手に爆発した。

 

 

 

 かつてない速度で海面が後ろへと流れて行く。音速は超えていないと思うが、先に行った照月は最初の三秒で追い越していた。島風に自衛隊員達と待つよう無線で指示を送り、司令部の方へとまた通信する。

「九七、最終位置は!?」

『真っ直ぐだ! その速度なら後7秒! 5、4、3、2、そこだ!!』

 声に合わせて急停止する。周囲には人影は無い。秋月も、深海棲艦も。見渡す私と猫吊るし。声を上げたのは猫吊るしの方だった。

「右四十七度! 132メートル! あったぞ、残骸だ!」

 報告に従い一歩でそこまで到達する。そこには確かに何らかの破片が浮かび、まさに沈んで行く所だった。だが周囲に秋月は居ない。服の一片なども浮いていない、近くに陸地は見えるが、そちらにも何も動く物はない。見渡しても敵の一人も居やしなかった。

 落ち着け。

 私が海の上で何かを探す時、最も頼れる物は何だった? そうだ、それは目ではない。私が一番得意な感覚は、視力では無かったはずだ。

 足に回したチート能力さんの強化能力を、自分の耳へと集中する。私は艤装に積まれている、水中聴音機に感覚を向けた。

 

 

 

 何者も住まない海の中。変色海域化によって追い出された海の生物が未だ戻らぬ命の故郷。波の音と海流のうねる音だけが厳かに響くその中に。私より少し大きい程度の何かが、内から空気を吐き出しながらゆっくりと沈んで行く不協和音が聞こえる。

 

 

 

「猫吊るし! 息を止めろ!」

 説明してる時間が惜しい。位置はここからさらに200mほど陸地に寄った辺り。私はもう一度足へとチートな力を込め、全力で上へと高く高く跳ね上がり、空中で反転して腕を伸ばし、落下速度そのままに目標地点に跳び込んだ。

 海の水が目に染みたりはしない。チート能力さんのおかげなのか艤装のおかげなのかはよく分からないけど、それが非常に有難い。私の体は勢いよく海中を潜って行く。そして、何十メートルも行かない所で、沈んで行く秋月に追いついた。

 少し行きすぎたので態勢を整えつつ少し戻り、両腕で秋月を受け止める。そのまま浮き上がろうかと思ったのだけど、よく考えたら秋月は艤装が轟沈して生身の状態である。このまま引き上げて大丈夫なんだろうか。そう思って一度動きを止めたら、猫吊るしが私の頭から離れ秋月の頭に取り付いて、陸地の方を斜めに指差した。このまま泳いで陸に向かいつつゆっくり上がって行けという事だろうか。

 助言通りに足を動かし、猫吊るしが指で丸を作ったのを確認しつつ、出来る限りの速度で海中を泳ぐ。周囲は私以外に動く物の音は無く、どうやら秋月を沈めた犯人はもう逃げ去った後だと思われた。居たらついでに魚雷でも投げつけておこうかと思ったのだけど。

 居ない奴の事なんかよりも今大事なのは秋月だ。まだそれほど時間が経っていないおかげなのか、少しだけどぬくもりを感じる。

 でも鼓動を感じない。

 心肺停止状態。おそらく、海から上がった後、処置を間違えれば――――糞、蘇生方法ってどうやるんだっけ。一応訓練所で習ったはずだけど、ちゃんと覚えてない。数か月前のうろ覚えの知識でやっていい事なのか? 自衛隊の人達ならまず間違いなくやれる人が居るはずだけど、現在地が海の上だから、陸まで連れてくる間の往復時間で手遅れになりそうだ。後は猫吊るしだけど……そんな事まで知ってるだろうか。

 そんな事を考えつつ、猫吊るしの誘導に従って浮上する。居なかったらこの時点でアウトだった予感しかしない。長く息を止めていたからか少し咽ていたようだったが、こいつは本当に有能of有能である。息が整い次第すぐに発見と状態を司令部側に知らせたりもしていた。

 目の前の浜へ足を付け、揺らさないように気を付けつつ、急いで砂浜を越えて多少はしっかりとした地面まで秋月を運び、改めて状態を確認する。こういう時チート聴覚は便利だ。診断が一瞬で終わる。大きな出血無し、呼吸無し、脈拍無し。畜生。

 こういう場合、どうするんだった? 確か無理に水を吐かせるのは危ないと言っていた気がする。人工呼吸と心臓マッサージをやり始めて良かったはずだ。良かったよな? いやそもそも運んでる最中もやった方が良かったんだったか? 思い出すの遅すぎだろ私。なんかもう自信はまるで無いが、でもここに至ってはやるしかない。

「猫吊るし、これから心肺蘇生をする。間違いが分かったら教えて」

「ああ……いや、吹雪は心臓マッサージにだけ集中してくれ、それ以外は俺がやる!」

 えっお前その体格で人工呼吸出来るの? 心臓マッサージも重量足り無さそうだけど……いや、疑ってる場合じゃない。とにかくやれるだけの事はやろう。

 押すべき場所は胸の中心、邪魔な下着を指の力で制服ごと引き千切り、圧迫個所を確認する。確か乳頭と乳頭の間だったか? そこに重ねた両手を垂直に付け、猫吊るしに目で合図を送り、潰さないよう加減をしながら押し込んだ。

 回数は……一分間に何回だっけ? いやそもそも時間を正確に測る能力が無いからどう足掻いても分からないんだけど、ともかく一秒二回くらいのつもりで圧迫して行く。血の巡る音がちゃんと聞こえる強さで、内臓や骨を傷つけない程度の力で、正確に。

 猫吊るしは秋月の頭を横に向けると、側頭部……というか髪の上に乗り、目を閉じ秋月の額に手を当てている。何をやってるのかはよく分からないが、人工呼吸をするわけじゃないのか? そんな疑問を覚えた瞬間、秋月の口から水が噴出した。

 驚きつつもそのままマッサージをやり続ける。秋月の口からは私の動きに合わせて海水が排出される。やがて肺の中身を吐き出し切ったのか、ひゅっと息を吸う音を立てると、秋月はそのまま盛大に咳き込んだ。

 体が跳ねるように動き、慌てて胸から手を退ける。暫く秋月は身を捩っていたが、やがて落ち着き仰向けに転がると、確かめるように指先を動かし始めた。私の聴覚には、秋月が自分で息をする音と、動き出した心臓の音が確かに聞こえていた。助けられた……のかな?

 猫吊るしは秋月の髪の中に沈んでいるが、どうやら私の頭上に居る時と同じように張り付いている様で、秋月が動いてもそこからずれるという事は無かった。ただ目を瞑ったままなので、まだ何かしらやっているのだろうと思われ、話しかけるのは憚られる。心臓は動いているし、息もしている以上、私はもう待つ事しか出来そうにない。

 温めたりした方がいいのだろうかと考えつつ、悪化しないか聴覚だけは研ぎ澄ませて様子を観察していると、暫くして秋月の瞼がゆっくりと開かれた。艤装の影響か、少し灰色がかって見える瞳が私を映す。もう目が覚めたのか、早い! 良かった。良かったはずだ。でも、何故だろう。その瞳は、まるで人形がこちらを見ているような、そんな違和感を私に感じさせる、妙に生気の無い瞳だった。

「秋月……? 大丈夫?」

 私の問いに、秋月は頷きつつ、こちらに片手を向けて近寄ろうとする私を制する。そして目を閉じゆっくり息を吸うと、もう一度思いっきり咳をした。そして軽く喉を鳴らすと、あ、あ、あ、とごくごく軽い発声を行ってから、こちらに視線を向け、手を突き上体を起こすと、慣らした喉から言葉を紡いだ。

「うん。ああ……大丈夫そうだ。心肺ともに問題無し。ちゃんと生きてる。はぁー……一時はどうなるかと思ったけど、上手く行って良かった」

 言葉遣いとかに違和感ありまくって何一つ大丈夫そうじゃないんですがそれは。

 頭上を見れば猫吊るしが目を閉じたまま秋月に乗っかっている。まるで、抜け殻にでもなったかのように微動だにしていない。え、何? そういう事? お前そんな事も出来たの?

「……猫吊るし?」

「…………うん」

 目を伏せ、憂鬱そうに。秋月の体を操作した猫吊るしが、秋月の声で、私に返答を寄越した。

 

 ともかくまだ安静にさせておいた方がいいだろうという事で、秋月with猫吊るしにはまた横になって貰う。体を温めた方がいいだろうという事で、私の艤装から出した布切れで体を拭き、毛布も掛けておく。私の艤装って輸送艦だからそういうのも入ってるんだよね。補給物資扱いでちょっとしたものなら積み込めるらしい。ちょっと濡れちゃってたけど無いよりいいだろう。

 取り出す時に猫吊るしは一回秋月から外れて、物資を持ち出してまた秋月に取り付いた。外れている間にも悪化した様子は見られなかったのでちゃんと生命活動は行われているらしいと分かる。おそらく心臓が止まっていた時間は長くないと思われるから、大丈夫だとは思うんだけど……ちゃんと検査してもらわないと分からない。

 私も余った布で頭を拭いて、服を絞り水気を払いつつ周囲の警戒をしていると、遠くから照月が大慌てでやって来て、私を見つけて駆け寄ってくる。そのまま秋月を見つけて叫びを上げ、息をしていると気付くまで大騒ぎになった。照月が声を掛けた瞬間、猫吊るしではなく秋月が一瞬だけ目を覚まして照月の手を握ったとか色々あったせいである。

 照月を静めてから自衛隊の艦娘の人達とも連絡を取り、なんやかんやで全員帰還、秋月は医療スタッフに預けられる事になった。照月はその夜眠れなかったようで、ずっと海に向かって祈っていた。

 

 

 

 翌日、不可解な新種の変色海域の事もあり、収集部隊は活動内容を変更し、索敵と調査を行う事になった。主力部隊も前日変色海域の解放に行ったため待機。私と島風も休みを言い渡された。大淀さんが戦闘部隊を未知の敵にぶつける様な真似は避けた結果である。

 私達は仕方ないので魔力の扱いを練習していたのだけど、まぁ、身は入らないよね。特に感知出来るようになった訳でもないから話も進まないし。隣で島風も瞑想していたのだが、こっちの魔力もこの間より元気がない。それが普通に分かったのが意味不明である。

 そうしてちょっと暗い雰囲気で午前中を過ごし、昼前、そろそろ食堂でも行こうかと考え始めた頃に、秋月が目を覚ましたとの速報が入った。

 

 検査を終え、面会が許されたのがもう夕方になろうという頃。聞いた話だと、何の問題も見つからなかったとの事である。良かった。

 いの一番に照月が向かおうとして、私と島風にも一緒に来てほしいと腕を掴まれた。たぶん、誰かしら一緒でないと不安だったのだろうと思う。丁度その時、戦闘部隊は近くまで来ていた敵の迎撃に行っていたから、他に頼れる人が居なかったし。

 病室に入れば秋月はベッドの上で体を起こしていて、入って来た照月の心配気な様子を見て困ったように微笑んだ。目にはちゃんと生気があり、上に猫吊るしが乗っていたが、ちゃんと自分で動いている様子だった。

「お姉ちゃん……! お゛ね゛え゛ぢゃん゛……!!」

「こら深香、泣かないの」

 照月は秋月に抱き着いて、大声を上げて大量に涙を零す。秋月はそんな照月の頭を優しく撫でてあげていた。姉力高ぇ。そのまま鼻を啜ったりうーうー呻り続ける照月を抱きしめると、顔をこちらに向けて来る。

「ありがとう吹雪、助けてくれたって、聞いたよ」

「あ゛り゛が゛と゛う゛!!」

 照月も顔を秋月の胸元に埋めたままお礼を言って来た。秋月の服は涙とかで酷い事になってそうである。

「借り、作っちゃったね……吹雪達にそういうの、あんまり作りたくなかったんだけど……」

「いやそれは借りとかじゃないから気にしないで」

 そんなもん言い出したらきりが無いし、一応命令でやった事に入る案件だからそもそも私の功績とも言い難い。死ななかっただけで間に合ったかって言われると微妙だしね。

「ありがとう……私も吹雪くらい強ければ良かったんだけどなあ……」

 秋月は目を伏せ、暫く照月の息遣いだけが病室に響いた。私はそれに何か掛けてあげられるような言葉を持っていないから、ちょっと困る。強くなる方法とか知らないし、自分が努力とかで強くなった訳でもないから気軽に頑張れとも言えない。

 自分の発言で微妙な空気になってしまったと察した秋月は、ちょっと焦った顔つきで照月を引きはがし、頭を撫でながら泣き止んだのを確認し、後ろを向かせて背中を押した。

「ほら深香、シャンとして! また明日から出撃でしょ、護衛だってちゃんとやらないとなんだから、今日はちゃんと寝なさいよ」

 私もすぐに復帰するから、と言って、照月に戻って休むよう促す。眠れてないのもお見通しかぁ。

「真深姉、復帰して大丈夫なの……?」

「うん。本当に、心臓、が、止まってたのか信じられないくらい元気だから」

 照月はかなり元気が出たようで、呼び方がお姉ちゃんから元に戻っている。小さい頃の呼び方とかなんだろうか。

「吹雪と島風も、本当にありがとうね。私はもう大丈夫だから、心配しないで」

「お大事にー!」

「うん、元気そうで安心したよ。それじゃあ私達はこれで……猫吊るしはどうする?」

 お開きっぽい流れだったので途中からベッドの縁にまで移動していた猫吊るしに声を掛けると、じゃあ、という感じで私の伸ばした腕に飛び乗った。他の皆は居たの? って感じの反応だったが見えてなかったから仕方ないね。流石に艤装付けて来てる人は居なかったから残念ながら当然だし。

 それじゃあまたねと挨拶し合い私達が部屋を出ると、入れ違いに九曽神提督がお見舞いに入って行った。私に指示を出した事は違反行為だったのだけど、処罰は大淀さんからの厳重注意だけで済んだようである。

 秋月の少し喜色の滲んだ声が聞こえた。仲はいいっぽい。そして、提督が入室してから暫く、私達が十分に病室から離れた頃に。私の耳にだけは押し殺したような秋月の嗚咽が届いてしまったのだった。

 

 

 

 軽い足取りで島風が走って行き、その後を照月が追いかけて行く。二人ともかなり心は晴れたようだ。だが、ここに一人、明らかに曇りっぱなしの奴が私の手の平の上で立ち尽くしていた。こいつ、いつもは遠慮なく頭に飛び乗って来るくせに、今日に限ってはどことなくしおらしい様子なのだ。

「猫吊るし、秋月は実際どうなの?」

「ん……ああ、秋月は大丈夫だ。検査とかも見てたけど、医者が大丈夫って言ってたし、俺も大丈夫だと思う」

 医学的にもチート能力的にも問題無さそうなら、きっと本当に何も問題ないのだろう。良かった良かった。後はこうなった原因を作ってくれやがった深海棲艦だが……その辺りの聴取は大淀さんがやると思うので調査も含めて結果待ちである。一人で行って良いなら捜索に出たい所なんだけどね。

 騒がしめの二人が何処かへ走り去ったので、潮風を感じながら夕暮れの中をゆっくりと歩いて行く。こうして歩いていると深海棲艦が攻めて来ているとか嘘みたいに感じられる。海の中に生き物の気配が無いとか、そういう異常性はあるのだけれど。

「なあ、吹雪」

 じっくりと歩を進めていると、大人しくしていた猫吊るしが急に口を開いた。窺うようにこちらを振り向くと、私にちゃんと目線を合わせた。

「俺の能力なんだけど……」

「うん」

 『いろいろ』『つかえる』は本当に色々使える能力である。直接的にもかなりお世話になっているし、これを持った猫吊るしが居なかったら、日本は今頃もっと死者が出ていたであろう事も想像に難くない。とても有用かつ便利な能力で、さらにその応用性は、私が想像していたよりも遥かに高い次元にあったようだ。

「実は、人間の体も『つかえる』範囲に入る」

「みたいだね」

 まぁそりゃ、よくよく考えたらなんだが、機械類を使えて人間の体を使えないってどういう理屈だよって話だよね。人間の場合魂とか誰でも少しは持ってるらしい魔力とか色々障害になりそうなものはあるけど、我々が持っているのは神様――らしき自称魔法使い謹製のチート能力である。そんじょそこらの要素じゃあ邪魔になったりしないだろう。

 そしておそらくだが、猫吊るしは私を殺せる。社会的にではなく、物理的に。だって体を操れるのなら心臓でも肺でも止めてしまえばいいのだから。最初に出会った時、敵対的なら殺す気だったと言っていたけれど、あれは本当にそのままの意味だった訳だ。

 猫吊るしは言うだけ言って押し黙った。え、それだけ? じゃあ私からも言いたい事があるんだけれど。

「ねえ猫吊るし、その能力使えばさ……一緒にゲーム出来たりしない?」

「はぁ?」

「え、無理かな。行ける気がするんだけど。私の手だけ猫吊るしが操作すれば普通にゲームしてる感覚になりそうじゃない?」

 ええ……と猫吊るしは呆れたような表情になった。いや、お前体格的にゲーム難しいって言ってたじゃん。

「……それ吹雪は出来ないだろ、一緒にって言えるのか?」

「私は足で操作すればいいと思う」

 やった事ないけど、出来なくもないだろう。むしろ私も反射神経とかの抑制になって丁度良いかもしれない。

「いや……うん、まぁ、そうか」

 納得して頂けたらしい。

「あー……でも俺、人間は意識無い奴しかちゃんと動かせないんだが……いや本人の許可があれば行けるのか……?」

 どうやらまともに使ったことが無いらしく、詳細はちゃんと把握してないようだ。まあ駄目なら駄目でしょうがない。思い付きだし、出来たら儲け物程度の話だしね。

「じゃあ今から試そう」

 そう伝えて、猫吊るしを上に放り投げる。一瞬慌てたようだったけど、見事に頭に着地するのを確認して、私は部屋まで走り出した。

 このあと滅茶苦茶対戦した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤い変色海域が消え去ってすぐ。一人の深海棲艦が超高速で出発地点へと帰還した。陸地に上がると目的地まで早足で歩き、渋面を浮かべながら近くの流木に勢いよく腰を下ろす。その不機嫌そうな様子を見て、近くに居た人間の女性は苦笑いした。

「駄目ダナ。解除シテ即逃ゲシヤガッタ」

「まぁ、分かってた事ではあるけどね。多聞丸が無理だって言うんだから普通には無理だよ」

 深海棲艦――レ級は、女性――ゴトランドの言葉にため息を漏らす。確かに大体の場合はそうである事に異論はないのだが。

「タマニ阿呆ミテーナガバヤラカスカラナ。今回モソウナラ良カッタンダガ……」

「展開はともかく、能力に関しては間違わないよ。予測を読み違えるのとは違うもの」

 レ級だってそれは分かっている。だが、それでも間違っていて欲しいと思う事はあるものなのだ。

「私の方も駄目だった。あの変色海域が発生中の空間に分身は出せないみたい」

 二人の目的は特殊な変色海域と、その発生源となっている深海棲艦の調査、及び討伐である。出来ないだろうと言われてはいたが、試しもせずに諦めるのはどうかと思ったのだ。

「ソーナルト後ハホッポチャントエンプラカ……」

「そっちも駄目だったって、さっき通信来たよ」

 北方棲姫の瞬間移動能力でも、赤い変色海域には入れなかった。一応、発生予定の場所に予め待機もしていた。だが、深海棲艦である北方棲姫やレ級であっても、あの変色海域は例外なく弾き出す性質を持っていたのだ。

 調査にはもう一人、アメリカから空母エンタープライズが参加している。『だいたい』『つらぬく』絶対貫通能力を持つ彼女の場合、境界を超える事だけなら可能だった。

「エンタープライズは入れたけど、すぐ弾き出されちゃったって。押されてるんじゃなくて重力が横にも発生してるみたいな感じだったから駄目だったって言ってた」

 ただ押されただけならその圧力を『つらぬく』事が出来ただろうが、彼女の場合概念的な物などは無視出来ないのである。少なくとも、今の所は。

「ハー、糞ガ。アレノ何処ガプライドナンダヨ」

「まぁ、そこは無理矢理当て嵌めただけだから……」

 レ級の毒づきに、内心ではゴトランドも賛同した。実際、自尊心も無ければ驕りもある感じではない。むしろ、逆と言って良かった。

「吹雪ガ侵入シテ来タノニ気付イテ怯エテ逃ゲテッタンダロアレ」

「適性値の感知能力なんて持ってるらしいから……そりゃあ53万は怖いでしょ」

 秋月に止めを刺さずに逃げ出したんだからいいじゃない。とゴトランドは言うが、レ級としてはそれを含めて面倒臭い限りであった。

「オカゲデ出現条件ガ分カリ辛レーンダヨ」

 超特殊個体『傲慢』。その能力は大きく分けて三つある。

 一つ目は、特殊な変色海域の展開。条件に掛かった一人以外を排斥し、強制的に一対一に持ち込む、嫌がらせのような能力である。

 二つ目は、集合無意識内へ肉体ごと移動する事。これにより通常時はどこを探しても見つからない。さらにその中を通って移動まで行うため、『傲慢』が通常海域に存在している時間が一瞬たりとも存在しないのである。現世に居る時は常に赤い変色海域に護られているのだ。

 三つ目は、適性値の感知。この能力により戦う相手を決定している。戦う相手は倒す意味があって、自分が勝てる相手。つまり、弱すぎる相手とも強すぎる相手とも戦う気が無いのである。

「適性値200以上1000未満で、艦隊の中で一番適性値の低い相手を選出して戦闘。艦隊内に1000未満の艦娘が居なかったり、居ても適性値が1万以上の艦娘が居るとそもそも出て来ない。だもんね」

 そして転生者の艦娘は、提督やチートの影響が無ければ、適性値が丁度1000なのである。そのため転生者は倒そうと思ってもそもそも会えないし、適性値を下げる様なチート能力も現在まで確認されていない。そのため転生者が打倒する事は不可能であろうと言われているのだ。

「ヨクモマァソンナ糞仕様ニシテクレタモンダ……誰ヘノ嫌ガラセダヨ」

「理不尽と高難易度を履き違えた調整って感じはあるねー」

 強すぎる艦娘だけでは倒せないようにと考えた結果生み出されたのだろうが、発売から年数の経過したカードゲームの新パックのように分かり辛い能力になってしまっている。要約してしまえば戦闘部隊の中で適性値の低めな相手と1vs1をするというだけの能力なのであるが。

「例のあの子の手作りだけあって一体だけ倒せば後には続かないらしいから、どうにか頑張って倒して貰うしかないかな」

「……正直、ソッチノ仕込ミノ方ニ問題有リソウデ怖ェンダヨナァ……」

 致命的にガバらなければいいけれど、過去に細かいやらかしは幾つもある。二人は目を合わせ、揃ってため息を吐いた。

 

 

 




後半が重め(当社比)なので前半で中和しようと結果、やたらと長くなりました。

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