転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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課金用のあれこれも酒保で受付してくれるらしい

 朝ご飯を食べに行ったら三雲夫妻が一緒に朝食をとっているのを目にした。仲は大変よろしいご様子で、他の人達からは生温い目で見られていたりする。でも寮の問題で別居中なのだ。流石に艦娘の住処に入れる訳にも行かんし、逆も問題しかないからね。

 四国で救助した三雲さん――三雲提督は召集された日付が微妙だったのと宮里提督が戦闘部隊にも入る事になった関係で宮里艦隊へやって来る事になった。今は主に偵察部隊などの戦闘を行わない艦娘に無効化貫通能力を付与していて、一部の機密に触れない類の書類仕事なんかも担当しているらしい。

 提督としては私や宮里提督、文月よりも供給可能数が多く、時期が合っていれば一つの鎮守府を任せられていたくらいはあるそうなので、もし三期の提督が滅茶苦茶少なかったりしたら独立するかもなんて噂もある。もしそうなったら夕雲さんも連れてくんだろうか。なんて思いつつわかめご飯とわかめの味噌汁とわかめの酢の物と鰊の昆布巻きという海藻推しな朝食を妖精さんから受け取って席へ向かえば、夕雲さんの指に嵌ったリングが見えた。ああやっぱりケッコンしてるのか。そりゃあ私と島風で渡せるんだし、夫婦であるなら当然だろうけど。

 ただちょっと気になる事もある。それは三雲提督は私達よりケッコン指輪を渡せる相手が多いであろうって事だ。供給できる数に比例するらしいからね、ちなみに九曽神提督で4~5人行けるらしい。夕雲さん的にはどうなんだろう、重婚。いや本当に籍を入れる結婚とは違うけどさ。

 ぼんやりとそんな事を考えつつ二人の事を見ていたら、横からやってきた山雲に怪訝な顔で見られてしまった。山雲は私の見ていた方へと目をやると、そこに居た夫婦に気付いてあらぁ~と小さく声を漏らす。少し食傷気味の呻きだった。

「仲良しで羨ましいよね~」

「そうだね。助けられて良かったよ」

 まぁ何しろ深海棲艦の真横で隠れてた訳で。何かの拍子に死んでても可笑しくなかったからねぇ。

 小声での遣り取りの後、先に行っていた島風と合流して流れで三人一緒のテーブルに着く。今日山雲は変色海域へ出るそうで、私達と同じ方面の違う場所へと向かう事になるらしい。戦闘部隊の方は特に怪我人が出るでもなく、迎撃や襲撃は問題無く行えているというのだが、この間の私達と同じで変色海域の核をぶっ壊してもぶっ壊しても海は元に戻らない様子。遅延行為やめてください。

 島風が一番最初に食べ終わり、私達を待つ体制になる。食べるのも早い。いや早食いまでは行かないペースだからいいけど。島風に合わせて急いで箸を進めるのもなーと思って普通に食べていたら、手持無沙汰にしている島風に、山雲が思い出したように質問を投げかけた。

「島風は吹雪から指輪貰ってるんだよね~?」

 オッっと島風が鳴いた。これの事? と胸元から取り出すと、見えるように手に乗せる。山雲の方はそうそれ~と言ってしげしげとそれを観察し出した。

「やっぱりこれ夕雲さんのと同じよね~?」

「支給品だからねえ」

 私の答えに山雲はちょっと悩んだ様子で、でも聞いちゃっていいかなーと軽い口調でその噂を口にした。

「この指輪は~、提督が仲良しの艦娘に渡す物ってほんと~?」

 現状、同じ指輪を所持しているのは三人。長門さんと島風と夕雲さんだ。そして傍から見てても明らかにその三人はそれぞれ宮里提督、私、三雲提督と仲が良い。成程、噂にくらいなるわな、しかも指輪だし。

「まあ、そうだね。いい効果が見込めるらしいよ。どうしてかは知らないけど」

 これに関してはマジでどうしてかは知らない。なんで指輪で適性値上がるんだろう、そういえば。いやそういう魔法の道具ですって言われたりしたらそっかーとしか言えないんだけども。

「ちゃんと意味のある物なんだねー」

 てっきり婚約指輪とかの仲間かと思ってたのよ~と山雲は笑う。名称的には大体合ってるから困る。でも同じデザインでそれはどうなんだろうと思わんでもない。

「それでね、これってー、他の鎮守府の提督さん達も渡したりするんだよね~?」

「うん。九曽神艦隊の方でも提督がどうしようか悩んでたよ」

 私達が宮里艦隊に戻って来る直前の話である。指輪幾つか並べて真剣に検討を重ねていた。でも、あそこはみんな提督と仲良かったけど、ケッコンまで行けるのはどのくらい居たんだろう。霞はまず間違いなく行けると思うけれど。

「じゃあ、提艦隊の提督さんも配るんだ~……」

 いや配るって。結構条件厳しそうだしそこまで気楽に渡せるもんでもない気がするけどどうだろう。でも聞きたい事は分かったぞ。

「つまり山雲は朝雲が指輪を渡されてないか心配だと」

「あのね吹雪」

 私の言葉を遮り、山雲は今まで聞いた事もない程真剣な声で私に語りかけて来た。目にも力が入り、表情はキッと引き締まっている。

「喩えや冗談でも言っていい事と悪い事があるんだよー?」

「自分から振ったのに!?」

 理不尽!!

「察したなら口にしちゃ駄目なのよ~……だって言葉にしたら、ああ涙が……」

 山雲は目じりから本当に粒を溢れさせた。そんなに嫌なんだろうか。それを見た島風はオウッと鳴いて戦慄した様子で呟いた。

「吹雪が山雲泣かせてる……!」

「人聞きが悪い事を言うんじゃあないよ」

 悲しい気持ちになるのは本当らしいけど、涙まで見せたのは冗談のつもりだったようで、山雲は私達のやりとりに笑いを溢した。まぁ実際、仲の良さって観点で言うならまず最初に金剛さんの手に渡るだろう。そしてあの人だったら間違いなく私に言ってくるし、なんならコミュニティに写真アップするまである。特に悪気も無く。薬指に嵌めて。

 しかし艦娘からの影響強いなぁ、そんなに付き合い長くないだろうに想像だけで涙が出て来るとは。なんて思ってその辺りを突っ込んだら、出撃時間直前まで延々姉自慢された。

 そんなだから別鎮守府に配属されたんじゃなかろうか。一緒にしといたら色々支障出そうだもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通常とは違う変色海域の展開が確認され、吹雪が宮里艦隊に帰還してから数日。イムヤは開かれる事になった講習会に参加しようと、赤いポニーテールを弾ませて、現鎮守府で最も広い部屋である作戦会議室を訪れていた。

 開かれていた扉を潜れば、中には既に出撃後に立ち寄ったのであろう戦闘部隊の娘達が既に何人も待機している。数から見てこれから夜戦に挑む夜勤組以外は殆どが参加するのだろうと思われた。戦闘能力に直結する話ではないのに勤勉なものだ、などとイムヤは自分の事を棚に上げた感想を抱いた。

 イクはどこだろうかと先に行ったはずの宮里艦隊に二人しかいない潜水艦娘の片割れを探し、イムヤは辺りを見回した。視界には入らなかったが、一塊となっている酒盛り組――編入組が多いせいか妙に仲が良い――の向こう側、あまり陽の当たらない隅の辺りから彼女の明るい声が聞こえる。心根も好みも明るいイクにしては珍しい、と少し訝しく思いつつそちらへ足を進めると、やはりイクが誰かに向かって話し掛けていた。その誰かの顔を見て、イムヤはぎくりと足を止めた。

 その少女は見た目には体格の良い方ではない。むしろやや筋力の付いて来た宮里艦隊の中にあっては華奢とすら見える。全体の均整は異常に整っており、肉が付き過ぎてはいないが健康的で、半袖の制服から覗く二の腕などは不思議な色気を感じさせた。姿勢は良く、話し掛けている人間に対する物腰もどちらかと言えば穏やかであり、声だけを聞けばはっきりとした発声と滑舌の良さから明朗な印象を抱くかもしれない。だがその作り物めいた美しさの顔貌に映す表情は、それすらもどこか作り物めいていた。

 今もイクに話し掛けられ丁寧に返答を返しているが、どういう訳か、返答に対して顔の動きが一挙動に満たない分だけ遅れて見える。無表情ではない。ただ、その笑顔がイムヤはどこかわざとらしく感じられてしまうのだ。イクはこれを可愛らしいと評していたが、イムヤから見たら不気味だった。

 

 ――なお、コミュニケーション能力の無い人間が頑張って相手に表情を合わせている状態なので、別にどちらも間違ってはいない。どう見るかだ。

 

 近づく事を躊躇ったイムヤに対して、件の少女は少しだけ、様子を窺うように視線を向けた。

 捕捉されている。一度も声を上げていない、視界は人混みで遮られ入室もまともに見えていなかったはずだというのに、そいつは完全にイムヤをイムヤだと認識していた。最初から気を遣ったような態度なのがその証拠である。

 イムヤはその娘――吹雪が苦手だ。かつて巻き起こった兵器を用いない純粋な暴力の嵐は、自身に向けられていなかったにも拘らず、イムヤの心に耐え難い恐怖を刻み込んだ。そしてその事を、どうも吹雪は理解している。イムヤが避けているのもあるが、吹雪の方もイムヤに軽い挨拶以上の関わりは持とうとしない。最初は普通に挨拶をしてくれていたが、暫くしたらイクと話している所へ遭遇すると、そそくさと何処かに去ってしまうようになった。明らかに気を遣われている。自身の存在が相手の精神的な負担になると理解して、関わり合いになる事を避けようとしてくれているのだ。

 ところで、イムヤはどちらかと言うなら真面目で実直な性格である。そのため、吹雪の気遣いはむしろイムヤを追い詰めていた。何せ、別段悪い事を――相手からの印象を気にせず驚異的な腕力を見せつけたという点を無視すればだが――していない相手を一方的に嫌っている構図である。吹雪側に――トラウマ級の惨劇の舞台の幕を開けた事を除き――落ち度が無い以上、イムヤの側としては悪感情を抱いている事に罪悪感を感じざるを得ない。さらに吹雪が気を利かせて立ち去る事により、会話を通して分かり合う事も難しくなっていた。関係改善の目途は全く立っていなかったのだ。

 だがここへ来て、急にその機会が訪れたようにイムヤは感じた。まだ講義の開始時間まで少しだが時間がある。吹雪側は逃げようが無く、イクが既に話し掛けているため取っ掛かりもあるだろう。奥には島風も居り、彼女には特に隔意が無いため会話の一助になってくれるかもしれない。後はイムヤ次第だった。

 悪い子ではないと知っている。だから話し掛けても嫌な思いはさせられないと分かっていた。だが恐怖心が邪魔をする。もしも相手を不快にさせて、つい手が出たらどうなるだろう? 金属の塊を引き裂き、一振りで抉り飛ばすその細指が、もしも人に向けられたら? 果たしてその相手は無事で居られるものだろうか? もちろん、今は艤装を付けていないためそんな事は出来ない――とイムヤは思っている――訳ではあるけれど。

 尻込みするイムヤの足はなかなか動く事は無かった。迷っていた時間その物はイムヤの体感に対してそれ程長くはなかったが、その整った容姿の少女を見ているだけで体はじんわりと汗ばんだ。勇気がすぼむ。少なくともイクは楽しそうにお喋りしているのだし、無理に話しかける事もないのではないか。そんな気がした。

 ――ぽん、と。イムヤの肩に手が置かれた。ぎくりとして慌てて振り向けば、悪戯っぽい顔で笑う、青葉の姿がそこにはあった。迷ってないでさっさと行け。その笑顔からはそんな圧を感じた。

 青葉は最近、何故か吹雪と友好を深める事を推奨している。同じ艦隊で働くのだから当然仲は良い方が良いに決まっているが、このところは特にそういう活動に積極的だ。あからさまに苦手としているイムヤなどは標的……というと大げさだが、よく話題を向けられて、表情から良かれと思ってやっているという事も伝わっていた。そのためここで彼女が来た事にはそれほど驚きはない。ただ、物理的に背中を押すのは止めて欲しかった。

 行こうという気が無くもなかったイムヤは青葉に殆ど抵抗も出来ず、吹雪の前まで押し出された。笑顔のイクがそれに気付き、吹雪も表情筋はあまり動かなかったがやや意外そうな目線をイムヤに向ける。その奥で島風は連装砲ちゃんと超高速アルプス一万尺を繰り広げていた。

「こ、こんにちは」

 少し引き攣ったが、イムヤの喉は無事に挨拶を発する事に成功した。こんにちは、と軽く礼をしつつ吹雪が返し、最早打撃の応酬と言っていい速度で連装砲ちゃんと手の平をぶつけ合う島風もそれに続く。イクが少し場所を空け、イムヤは吹雪と並ぶ形になった。

 青葉とイクがアイコンタクトを交わし、片や悪い笑顔で、片や悪戯っぽい笑顔で少し下がる。どうやら二人ともイムヤに会話をさせようという魂胆だった。全く気楽にやってくれるが、イムヤにとっては有難さと殴りたさは半々くらいで釣り合っている。

 吹雪とイムヤの目が合う。どちらもどうしたものかと一瞬迷い、先に口を開いたのは、余計な事を考えていない吹雪の方だった。

「お久しぶりです、イムヤさん」

「うん、久しぶり……えっと、九曽神艦隊に行って以来、ううん、もっと前かな、最後にお話したの」 

 既に吹雪達が帰って来てから数日が経過している。その間にまともに話す事は無かったし、そもそもお互い避けていたためきちんと顔を合わせるの自体が数カ月ぶりだ。四国よりも前かもしれませんね、と返答が帰って来て、そこから少し沈黙。島風も連装砲ちゃんとの手合わせを止め二人の方を見つめた。

「……少し意外だったかも。吹雪がこういう講習に参加するのって」

「あ、いや実は、この講習、私の要請……という事になるみたいです」

「そうなんだ?」

 イムヤは内心、口調よりもかなり驚いていた。最強の艦娘として君臨している目の前の少女に他人に頼る印象を全く持っていなかったからだ。過去の作戦ではイムヤに任せられる事もあるにはあったが、あれはまた別の話だろう。

「九曽神艦隊の方でやる機会があったんですが……いや、どうも自信を持って出来なかったんです」

「あ、聞いたかも。でも、ちゃんと出来てたって話だったような……?」

「いえ、それがほとんど猫――妖精さん任せだったんです。だから、いざという時には自分で出来るようにしておきたいと思って。訓練所の時のノートを読んだりネットで調べてみたりもしたんですけど……」

 ノートだと要点しか書いておらず、ネット上の情報だと色々あってどれが正しいのかよく分からない。そのためちゃんとした資料を求めて談話室――主に反省会などが開かれるため戦術などに関する本などが置かれたそこへ、吹雪は足を運んだ。その時である。

「それっぽいのに目星を付けていたら、丁度青葉さんが通り掛かりまして」

 何をしているのか説明したら、それなら心当たりがありますよ、と青葉は講師になれる人物を紹介してくれたのだ。連れられて教えを乞うてみれば、それならいっそ皆に一から教え直そうという話にまで、吹雪の手を離れて飛躍して行ったという。その結果開かれる事に決まったのが、今回の救急救命講習会であるらしい。

「へえ、青葉が」

 軽く横目で見てみれば、青葉の方は恐縮ですと笑っている。どうやら青葉自身も吹雪と交流を増やすため努力しているようだとイムヤは察した。

 それにしても吹雪である。機会があったから参加したのではなく、自分から手段を求めに行ってたとはイムヤは思ってもみなかった。そもそもあまり話もしていないのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、抱いている暴力的なあの印象とはかなり人物像が食い違う。

「吹雪でも人を助けるのって難しかった?」

「そうですね……ただ敵を倒すのよりもずっと大変でした」

 吹雪からすれば敵を蹴散らすのはそう手の掛かる事でもないらしい。力任せで済むのならずっと楽で、殴って済むなら簡単でいいという。

「あの時のクジラみたいに?」

「いや、まぁ、そうですね。アレが弱かったとは言いませんけど……」

 吹雪は口ごもった。吹雪からしたら、イムヤの方からあの件に触れて来るのは意外だったのだ。イムヤも言っておいて、自分で微妙な気持ちになった。トラウマまで行ってはいないが、やはり恐怖体験ではあったのだ。

 少しの沈黙。島風が連装砲ちゃんを抱きかかえながら二人を訝し気に見つめている。青葉とイクは何か温かな目で見守っていた。保護者か何かだろうか。

「あっそうだ! 全然話変わっちゃうんだけど、吹雪ってゲームするんだよね!?」

 イムヤはどうするか焦りつつ迷った末、完全に違う話をする事に決めた。慌てっぷりが声に出た。

「えっ、はいやりますけど……」

「あたしもね、スマホの奴だけどゲームやるんだ。それで、PC版もある奴もあるから、もしかしたらやってたりしないかなって」

 実を言えば、イムヤはサブカルチャーに理解のある側の人間である。秋雲のように創作活動をする訳でもなければ、吹雪のようにそれだけに耽溺している訳でもなかったが、趣味の一つと言えるくらいにはそちらの道に漬かっていた。

「えっ、タイトルなんですか? 今の時期だとなんだろう、知ってるのあるかな……」

 思ったより食いつきも良く、吹雪はあまりソシャゲはやらないようだったが、話してみれば原作を履修済みの作品などは幾つかあった。どうやらオタクを拗らせているという評判はその通りで、さっきまでと比べると目の輝きが随分と違う。綺麗な見た目も相まって、羨ましいくらい可愛らしい。イムヤは少し笑いを漏らした。

「ふふ……でも、吹雪はなんか趣味が男の子みたいね」

「イムヤさんは女性向けのが多いですもんね。うーん。あんまり知ってるの無いなぁ……っていうか、なんか結構いっぱいやってますね」

「いや、艦娘になってから他の趣味ってそんなに出来なくなっちゃったじゃない? そうなったら自然と、ね……」

 艦娘は鎮守府から私用で出掛ける事が出来ない。そのためどうしても出来る事が限られてしまうのだ。宮里艦隊の場合、出撃頻度も並ではないため体を動かさずに手元で出来るスマホゲーはイムヤにとってマストだった。

「よく付いて行けますね……私なら一個か二個で限界です」

「まあ、そこはほら、課金して時短してるのとかもあるから」

 課金、と吹雪は目を丸くした。そういう表情はちゃんとすぐ顔に出るらしい。

「私達ってお給料出てるでしょ? 未成年にしてはすっごくいい金額貰えてるから、ちょっとくらいって思ったら、ね?」

 何せイムヤの預金も既に数千万の領域である。多少使っても痛くない、それどころかストレスの発散になると思えば経費みたいなものと自分に言い聞かせる事が可能だったのだ。

「大丈夫ですか? 私達って戦い終わったら収入無くなっちゃうかもしれないですよ? 止められます?」

 なんだかとても心配そうに発せられたその言葉に、イムヤは強い違和感を抱いた。

 そこに、そうなるであろう事を疑うような響きが一切無かったからである。課金を止められないという部分ではなく、戦いが終わるという部分に。

 つまり吹雪は、この戦争がいつかは終わる、いや、終わらせられると思っていて、その上で、その時にイムヤはまだ生きているだろう、いや、間違いなく生きている。そんな風に思っているのだ。考えすぎかもしれないが、吹雪の咄嗟の言葉からは、仲間が与えられた報酬を使い切る事なく戦場で死ぬような、そんな事にはならないと確信しているように感じられた。

 仲間の死について考えたことが無いわけではないだろう。むしろ救命講習を求めるくらいなのだから真面目に考えたはずだ。ちゃんと悩んで、理解して……るかはともかく、その上で吹雪はこうなのだろう、きっと。

「あー……それは大丈夫だよ。未成年で限度額あるから、まだ廃課金まで行ってないし」

「それ限度額まではやってるって事ですよね?」

 なんか真面目に心配されている。イムヤは笑い出したくなった。でもなんとなく、それは悔しい気がしたので、もっと心配させてみようかとイムヤはからかいの言葉を口にする。正直、少し怖かったのだけど、ここで会話を止めてしまうよりずっといいような予感がしたのだ。

「そうだね……でも、吹雪……あたし、もう交換チケット付きのなんかは見た瞬間に体が疼いて、気が付いたら買っちゃってるようになったんだ……」

「ガチャ沼に嵌らなければまだ引き返せますよ!!」

 何の話してんだこいつら。そんな視線が島風の方から突き刺さったが、課金の是非について、二人はそれなりに盛り上がったのだった。

 

 その後、講師としてやって来た皐月と多摩が二人でやる方法も教えたため近くに居たイムヤは吹雪と島風と組まされることになったり要救助者役になった吹雪がやたら色っぽくてイムヤがドキドキしたりと色々あったが、ともかく参加者は概ね正しい救命方法を身に付けた。もちろん、本番で出来るかはまた別なのだが、宮里艦隊の人間にはその辺りはあまり心配要らないだろうという信頼感がある。度胸が凄い連中なのだ。

 次は妖精さんが居なくても自力で何とか出来ますと意気込む吹雪を見送って、イムヤはイクと合流した。仲良くなれたみたいで良かったのねーと明るい調子の相方に、イムヤがじっとりとした視線を送ってやれば、まるで気にした様子もなく、飛び切りの笑顔が返って来る。本当に、ムカつくくらいに根が明るい。

 結局、話題が合う事は分かったけれど、吹雪への恐怖が完全に拭われた訳ではない。一回で全部を変えられるほどイムヤは器用な性質ではなかったし、あの子は普通に扱うには難し過ぎるのだ。適性値は意味の分からないくらい高いのだろうし、美貌もちょっと整い方がえげつない。あれノーメイクかよふざけんなと、顔に触れた時の衝撃を思い出す。暴力装置としての性能と普段の態度と外見の良さが合わさってかなりとっつき辛いのだ。

 ただ、力に任せて壊す事よりも害われた物を直す事の方がずっと難しいと知っている吹雪なら、きっと脆い自分達に向けて感情的にその腕を振るう事は無いだろう。そこは至極簡単に胸に落ちて来たのだった。

 

 

 

 

 

 夜戦部隊を見送り、書類仕事を終えた宮里が自室の扉をくぐると、部屋のベッドに長門が寝転がり、自身の手の平を見つめていた。軽く動かしながら何かに集中してみたり、ぎゅっと握っては力を抜いてみたりを繰り返す。長門と宮里は相部屋であるが、ここ数日、長門はずっとこんな調子である。

「魔力操作、出来そうですか?」

「……どうかな。島風に聞いてみたが、あの娘は操作出来るようになるのにはそれなりに手間取ったようだが、感じられるようになるまでにはさして苦労はしなかったそうだよ」

 妖精さんに天才と評されるだけの事はある、と長門は苦笑いした。長門は今現在、自身の魔力を感じ取る事すら出来ていない。練習時間もそう取れないため仕方ない面が大きいが、すぐに出来たという実例が近くに居ると、少し焦りが出てしまう。

「そもそも、魔力というのは実在するものなんでしょうか……?」

 実際に島風がブーストを習得している以上、何かしらの力が働いているのは間違いないだろう。ただ、それが個人の生まれ持った資質に寄るもので、艤装などのオカルティックな道具と関係のない事柄であるという話に対して、宮里は懐疑的だった。

「……存在していると、私は確信しているよ」

 逆に長門はそこを疑う事は全くしていなかった。確信があるのだ。長門は、おそらく、幼少の頃にそれを見た事がある。記憶の通りであるなら、それは間違いなく異能の力――クレアボヤンスと呼ばれる類の物だった。

 

 宮里が寝巻に着替え、自分のベッドに腰かける。長門はまだ横になったまま手の平を見つめて精神を集中させていた。見れば、その指にはしっかりとケッコン指輪が嵌められている。こんな時でもちゃんと付けてくれているらしい。宮里は大きく息を吐いた。

「そっちへ行っても、いいですか……?」

「ん……構わないよ。おいで、幸」

 長門は上に持ち上げていた左腕を降ろすと横に広げ、宮里の方へ体を向けると、残った右腕を差し出した。宮里がその手を取れば、女性にしては大柄な長門の躰に、宮里は簡単に引き込まれる。ふくよかな長門の胸に顔を埋めれば、しっかりと汚れを落として来たのだろう、清潔感のある芳りが宮里の鼻腔をくすぐった。

 明日の事を考えるなら、このまま眠りに就くべきだろう。安定感のある長門の腕に抱かれ、心地よく朝を迎えられる事は疑いようが無い。だけれども。宮里は既に自分との絆を大事にしてくれている長門に、完全にやられてしまっていたのだった。

 長門の双丘から名残惜し気に顔を引き抜くと、宮里は簡素で飾り気のない長門の寝巻の、そこから覗く首元に

 

 




GLタグが付いてるのは主にこの二人が原因です。

追記
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この度は大変ご迷惑をおかけいたしました。

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