転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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考えるな、感じろ

 楠木 清実は父親が居ない。

 正確には、中学に上がり暫く経つまでは居ないと思っていた。いつもはそれなりに大きな家に自分と母親しか居らず、父親のようなものは見えなかったのでそう思い込んでしまっていたのだ。体も懐も大きめに育った清実は特にそれについて気にした事もなく、たまに家にやって来る人間に実父は亡くなっていると聞かされて、それで完全に納得してしまっていた。だからその事について詳しく知ったのは、経済観念がある程度発達して、自分達の生活費はどこから出ているのだろうという疑問を覚えてからであった。

 まずもって、母に収入は無い。これは間違いないだろうと清実は考えていた。何せ清実が驚くほどの世間知らずである。清実から見ても妙に整った作法と染みついた佇まいからして、どこぞの令嬢であったのだろうという事は察しが付いていたのだが、わざわざ確認した事は無かった。特に娘にその手の教育をするでもなく、清実自身はかなり自由に育てられていたからだ。

 母がその手の話を一切して来なかったため、なんとなく娘としては母の生家について話題に上げるのは躊躇われた。何せ普段は二人きりで暮らしているのだ、問題が無いのであれば、祖父や祖母の顔も知らないというのは有り得ないだろう。写真くらいはありそうなものだし、存命ならば会う機会もあったはずだ。おそらくは関係がかなり悪いか、既に亡くなっているかだろうと清実は当たりを付けていた。

 そのため清実は別の人間に聞いてみる事にした。それがたまに家にやって来ては母とも自分とも親しく話をしたり遊んで行ったりするおじさん、多聞丸である。

 ――過程などを省いた答を言えば、その多聞丸おじさんが戸籍上の義父であり、生活費等を世話していたとの事だった。

 それを聞いた時、清実は人生で一番――後に更新されるが――驚いた。清実は多聞丸の事を多聞丸おじさんと呼んでいたのだが、それは名字が自分と同じであるために、母か実父の兄弟であろうと思い込んでいたためだ。まさか母の婚姻相手であるとはまるで考えた事すら無かったのである。

 理由は大きく二つある。一つ目は顔を合わせるのが年に数える程度であった事。この時点の多聞丸は各所への根回しや実務などで多忙を極め、たまに家に顔を出して数時間過ごしてはそのまま睡眠も取らずにまた仕事へと向かっていたのだ。そのため、清実には家人と認識されていなかったのである。

 二つ目は、多聞丸と母の間にまるで男と女の匂いを感じなかった事だ。清実はあまりその手の機微に聡い方ではなかったが、流石に物心付いた時から顔を合わせている多聞丸と母の関係性くらいは分かる。どう見ても兄妹か、あるいは同年代の友人としか清実の目には映らなかった。

 そもそも、多聞丸は家にいる時、母よりも清実の方に構っている事が多かった。母が物静かな人柄だったのもあるだろうが、清実自身も多聞丸によく懐き、遊んでもらった記憶は数多い。趣味なのか多聞丸の方からゲーム機やアナログゲームなどを持ち込む事も多く、家に置いて行くものだから、清実は意外とそちらの文化に明るかったりするくらいである。

 清実から見て多聞丸は結構子供っぽい所のあるおじさんであった。一緒に遊ぶときは終始楽しそうであったし、勝負事に関しては清実相手であってもあんまり手を抜いてはくれない。神経衰弱を全て先行一ターン目でめくり切ってワンキルされた時は流石に清実も怒ったが、後々思い返せばあれはあれで打ち解けるための方策だったのだろうと大人になってから理解出来た。

 ただ、その方法に関しては全く当時は分からなかった。使ったトランプは新品だったし、後から検分してもおかしな点は一切見当たらない。何らかの手品であろうと当時は無理矢理納得していたが……

 そういった違和感はその一件だけではなかった。見えていないはずの母の動向から食事の時間ぴったりに遊びを終わらせたり、来客を室内から感知してみたり、挙句の果てには清実の友人が冗談で貸してきた超能力開発ゲームを一度で完全クリアしてみせたりしたのだ。友人には信じてもらえなかった。

 閑話休題、婚姻について清実が詳しい経緯を問えば、母とは相談済みであったのか短いやり取りの後に多聞丸は語り出した。

 

 多聞丸と清実の母は清実が生まれるずっと前から家に決められた婚約者だった。どちらもかなり良い家柄であるらしく、どんな意味があるのだかはよくは知らないが、所謂政略結婚という奴であるという。そのため殆ど母が生まれた時からの付き合いなのだそうだ。

 多聞丸と母は少し年が離れているため、母が幼少の頃から今に至るまで、ずっと多聞丸は頼れる兄のような存在であったらしい。だから、母が恋をしたのも多聞丸ではなかったのだ。

 過程は色々とあったようだが、結果的に母はその相手――つまり清実の実父と駆け落ちをした。そこから清実が産まれるまで、慣れない暮らしで大変にしながらも幸せに暮らしていたらしい。だが、清実が生まれてすぐに、実父は事故に遭い天へと召されてしまったのだ。

 そこからは大問題だった。一人で娘を育てて行けると楽観する事は流石に出来ず、恥を忍び実家に頭を下げて娘だけでもと頼み込んだりしてみたが、そうそう上手くはいかない。実父側の親類にも頼れるような相手は居らず、母が本当に困り果てた時。救いの手を差し伸べたのが多聞丸だったという。

 元々婚約者であり、実家側も楠木の家との関係修復になるなら良しとしたため話は簡単に纏まった。多聞丸自身いい年で身を固めねばならず、それなら小さな頃から知っている清実の母の方が他の誰かを娶るよりも有難かったという。清実の実父とも友人関係であり、清実を引き取るのにも抵抗は無かったらしい。

 ――それもそのはず、駆け落ちを支援したのも手引きしたのも多聞丸だったくらいなのだから。

 友人どころか親友と言っていい間柄だった、私よりもあの人との方が仲が良かった、なんて思い出を清実は母から話された。多聞丸はその辺りについては恥じいるものでもあるのか苦笑いを浮かべていたが、どうやら友人関係にあったのは事実なようで、彼の忘れ形見を放っておくのは憚られたと普段あまり見せない真剣な光を眼に浮かべていた。

 今まで知らなかった事実が次々判明して行く。それも何か、割と創作染みているというか、かなりドラマチックな展開があって今があるらしい。そんな親の悲喜交々の顛末をしっかり受け止めた清実は消化不良を起こし、この後、本人的には思い返したくもない事であるが、反抗期へと突入した。

 

 

 

 無事に非行に走るまでは行かずに中学時代を終え、高校へ進んだ清実は自衛隊に入る事を決めた。それは勿論多聞丸の影響も大きかったのだが、それ以上の理由が清実にはあった。

 清実は割と体格が良い。それは太っているという事ではなく、骨格がしっかりとしていて背が高いという意味である。どうやら体付きに関しては偉丈夫であったという実父からの遺伝らしく、小学生の頃から自分より大きな同年代の娘は周りに居なかったし、男子であっても並ぶ者は数少なかった。そのためか、清実は周囲から格好良い女性像を求められるきらいがあったのである。

 無論、これは清実自身の性格にも起因している。他人に媚びて利を得ようとするタイプではなかったし、積極的に陰口を叩くのも好まなかった。それで浮かない程度にはコミュニケーション能力もあり、友人もそれなりに獲得している。そして何より、清実は本当に困っている人間に手を差し伸べるのを躊躇わなかった。

 体格と性格、二つの格が相まり、学生時代の清実は非常にモテた。同性から。そして清実自身、その事に悪い気は全くしていなかった。清実は実の所、自分自身がかけ離れていたためか、可愛らしい物が幼少期からずっと好きだったのだ。自分を頼って来るか弱い女子は、彼女にとって愛で守護る対象となっていたのである。結果的に嗜好はそっちに行って戻って来なかった。

 そんな人間である清実は、自分の体格や体力、護りたいと思うものなどを加味した結果、国防という道に行きついたのだ。母は心配したが、多聞丸は真摯に話を聞き、進路への現実的な問題点などを洗い出す事までしてくれた。まるでそうなるのが自分にとって都合がいいかのようだった。

 

 

 

 入隊してから、清実は多聞丸の噂話を聞くことが多くなった。清実は多聞丸との係わりを公言してはいないので、わざと聞かせているのか単に噂自体が亜音速で飛び回っているのかは定かではなかったが、その内容はあまり良くないものも多かった。

 曰く、自分の体を売って取り入る事で出世した。

 曰く、自衛隊の活動と全く関係の無い交流で出世した。

 曰く、奥さんと上手く行ってない。

 曰く、休憩中に謎の踊りを踊ったり回転したり足踏みしたりしていた。

 曰く、ヅラ。

 曰く、人を人と思っていない。

 とりあえず三番目と五番目に関しては疑いようもなくただのデマなのであるが、それ以外に関しては清実も否定はしきれなかった。二番目の是非は難しい所だが、多聞丸が自衛隊と関係の無さそうな所へ出掛けていたのは知っていて、四番目は何か普通にやりそうだなあなどと思ってしまったのだ。一番目に関しては……母と肉体関係無いみたいだし有り得なくもないかなーと清実はむしろ納得が行った。自分も同性好きだし。

 六番目の噂は忌まわしき者共が海の底より這い出でた後にその真偽を思い知ることとなった。

 

 

 

 多聞丸が居なければ確実に日本国に倍以上の被害が出ていたと巷ではよく言われている。

 必要な箇所で必要なだけの人数を的確に殺し、最大数の人間を確実に生かす指揮能力。

 たとえその時点では無意味に見える投入も、後から全体像を見返せば妙手の一言に尽きる、正確に敵の戦力戦術を読み切る予知能力染みた洞察力。

 守備に必要な物事を円滑に進め、国内の障害を事前に取り除ける政治力。

 それらが一人の人間に集約された結果、外見がかなり見れるモノであったのも幸いし、多聞丸は英雄として本州でその名を馳せる事になった。重要な会見は自らが直接出向き、流暢で明快な語り口調で分かり易く扇動――もしくは先導する様も印象的であり、ともすれば物語の主人公的にでも見えたという。

 だがそれは安全な内陸から見た場合である。

 実際に戦う人間達にとって、臨海は地獄だった。命令通りに死にに行き、命令に従い人々を助ける。かと思えば命令により人を見捨てる場合もあった。まだ生きている隊員も効率が悪ければ救出を見切り、どの道深海棲艦が跋扈していれば使える物ではないとはいえ、他人の家やビルなども爆破などして利用するのは日常茶飯事だった。いや、財産や自衛隊員の命であればまだいい方だったかもしれない。時には、結果的にとはいえ、少人数の民間人を囮にし、大多数を生かす事すらあったのだから。多聞丸の用兵は的確で、無慈悲だった。

 

 そんな初期対応の時期が過ぎようとしていた頃、清実は壁際に設置された消火器に向かって話し掛ける女性隊員を発見した。通信機器か何かを使っているのかと思ったが、耳元や口元にそれらの端末は無く、手にも何も握られてはいない。

 ああ、もしや、気が触れてしまったのか。などという考えに至った清実がどう対応するべきか迷っていると、女性は何かを掬い上げるような動作をすると、何も無い手の平の上に気を配りながら何処かへと駆けて行ってしまった。その先には、たまたま、おそらくはたまたまそこに居た、多聞丸の姿があった。

 そして暫くの後、不可解な血液検査が行われ、清実は長門になった。

 

 

 

 発足した戦闘部隊において、長門は最も高い戦闘力を持っていた。単純に適性値が他よりも高く、あらゆる性能が飛び抜けていたのだ。

 航空戦力とは比べようが無いが、少なくとも同じ戦艦である武蔵や伊勢、日向などとは明確な実力差を有しており、機動力も戦艦にしては良い方だった。そのため、旗艦の座を手にしたのは親の七光りなどではなく実力での事であると、少なくとも戦闘部隊に近しい隊員たちからは認められていた。判断力にも優れ、間違えれば全滅すら有り得る場面を幾度となく回避している。流石は楠木の娘、などという声が聞こえる事もあった。血は繋がっていないのだが。

 そんな長門だが、艦娘として戦い始めて最初の数か月は幾度となく大破や轟沈を繰り返していた。これは別に、長門がカタログスペックより弱かっただとか、味方が不甲斐なさ過ぎたとか、そういう話ではない。戦闘部隊の艦種に偏りがあり、攻撃するのは得意でもされるのは苦手であった事と、多聞丸が糞ローテで酷使しまくったのが原因である。

 多聞丸は一切の妥協も情けも戦闘部隊に持たなかった。命令を下すその目は長門を娘として見ておらず、それどころか人間として見ているかも怪しい。噂通りであると言えるのかもしれない。戦闘部隊は命を賭けた戦いを連日強いられる事となった。

 だがその事に、長門はむしろ頼もしさを感じていた。義娘だからと手緩い指揮を行わないというのは、長門にとっては信頼と信用に値する要素だったのだ。

 しかし、まともに休みも取れないような激務の連続で、長門の心は疲弊して行った。肉体の方は給糧艦の製造した食料が回復してくれたし、だんだんと謎の強化を遂げていたが、長門は旗艦である事もあり、他と比べても精神面のすり減りが著しかったのだ。

 それを癒したのが以前に不審な挙動を行っていた女性、宮里である。宮里は現状打破の一手を持ち込んだ存在、妖精さん――自分からそう名乗ったらしい――が初めてコンタクトを成功させた人間であり、その当時はまだ二人しか見つかっていなかった提督の内の一人だった。そのため学びと実務の両面から常に戦闘部隊の側に寄り添い、支えになろうと奮闘していたのだ。

 宮里は実を言えば、長門が自分で思っていた自分の好みからは外れていた。小さくもないし、自分を頼って来るわけでもない。むしろ頼りになろうとしてくるし、出来る事なら何でもやるという気概に満ち溢れていた。そんな一生懸命努力している姿に、長門はだんだんと惹かれて行ったのだ。尤も、龍驤辺りから言わせれば長門が落ちたのは一瞬の事だったらしいが。

 宮里の方はというと、当初は旗艦として部隊を率い自身の疲労を物ともせずに部隊員を奮い立たせ、雑コラされてもそれで心が晴れるならと受け容れる体勢まで見せた長門の姿に憧れに近い想いを抱いていた。だが、短い休憩中に見せる素顔や持ち物から垣間見える好みなどには可愛らしい部分が多く、その上、その事を若干恥ずかしがっている節まで時折長門は垣間見せる。ギャップで宮里が落ちるのも早かった。

 そんな二人である。ある日に倒れるように艤装を置いた長門を頑張って寝所まで運んだ宮里が無事でいられるなどという事は無かった訳なのだった。休めよ。

 

 

 

 長門は多聞丸を未だに義父としては見れなかったが、一人の人間としては信頼し、友愛的な意味で慕っていた。反抗期からの流れで素直に甘えるような事は出来なかったが、気恥ずかしさや態度を変える事への違和感などからであり、最初期の頃からケッコン指輪を贈れるくらいには好感度が高かったのだ。そんな長門であっても、唯一召集に関してだけは嚥下し切れない物があった。

 多聞丸は召集――徴兵に対しては非常に積極的だった。年齢の下限に関して出来る限りの引き下げを、と自ら話し合いに出るほどで、小さな子供に何か恨みでもあるのだろうかと噂になったくらいである。

 勿論長門も十二人で戦い続けた所で今以上に状況が良くなる事は絶対に無いと戦闘部隊の誰よりも理解はしていたが、それでも感情的には全く呑み込めなかった。そもそもそんな子供を集めた所でどれほどの戦力になるのか疑問だったし、下手をすれば長門達も戦うどころではなくなってしまうのではないかという懸念もあった。艤装という生身に近い装備で戦う事がどれほどの恐怖を伴う物かよく知っていたが故に。

 だが、長門はその不満を口に出す事はしなかった。理由は至って単純で、対案が全く無かったためだ。そもそも専門家でもない長門がとやかく考えるような話でもなく、消化し切れない後ろめたさを胸に詰まらせたまま、命令に従って働くしかなかったのである。

 

 そうして訪れた四月。その時点で既に宮里の下で働く事が決まっていた長門の所にも、召集対象になった女性達の噂がいくつか流れて来た。その中で最も大きな話題になっていたのが、異常な適性値を持つ中学生前後の少女達の事である。

 長門ですら足元にも及ばない超高適性を持った十数人、それが一度の適性検査で見つかったというのだ。検査を受けた人数は自衛隊員の数よりも遥かに多いため、長門以上の人間も出るだろうというのは予想されていた事である。だが、その数値が高いを通り越して成層圏を突き破ろうとは検査をしていた妖精さんすら思っていなかった。

 自衛隊の戦闘部隊は召集された艦娘達の訓練が終わり次第各地に散らばり、先達として彼女等を率いて戦う事になっていた。そのため訓練生達の詳細な情報もそれぞれの手に渡っていたりする。なので、当然ながら、全員がその数値をほぼ同時に目にしてしまったのだ。

 530000ジャスト。

 意味不明だった。

 長門達の手に渡った時点で書類の情報は間違いないか入念に審査されているはずであり、冗談で書いたものが残ったとは考え辛い。しかしそれでも、間違いではないのかと戦闘部隊の全員が確認に向かったという。

 

 そこから長門達は新体制までの間に出来る限り変色海域の解放を進めつつ、合間に訓練生たちの情報もしっかりと確認するようになった。そうして分かったのは、報告書通りであるならば、自分達は明らかに弱かったという事である。

 曰く、三式弾を使わせたら海が燃えた。

 曰く、艦載機を初めて飛ばしたその日から曲芸飛行が可能だった。

 曰く、逆立ち状態から魚雷を発射して全弾的に命中させた。

 曰く、並の数倍の速度で航行しつつ自動射撃が出来る為走っているだけで相手は死ぬ。

 曰く、どれだけの砲火に晒されようと決して被弾せず自身の砲撃はどこからでも当てる。

 もしかして自分達は集合無意識から疎まれているのだろうか、そう思えてしまうくらいに、そこにあった艦娘の姿は戦闘部隊の知る物とかけ離れていた。

 それでも、召集された娘達は志願したわけでもない民間人である。しっかりと自分達が支えてやらなければならない。この時は長門もそう思っていたのだ。

 

 暫くして、艦娘が素手で敵性艦を砕く衝撃映像が日本中に撒き散らされた。

 長門は後からそれを見て、凄まじい不信感に襲われた。長門自身、深海棲艦を素手で殴り殺した事はある。だがそれは、あくまで砲塔が使い物にならなくなった所に接近戦を挑まれたためであり、望んでやった訳でもなければ戦術の一つとして組み込んでいた訳でもなかったのだ。

 だがあの訓練生、吹雪はどうだろう。人を飲み込むほどの大口の前に立ち塞がるのに恐怖などは無かったのか? 金属質の大質量を相手に殴ってどうにかなると分かっていてやったのか? いやそれ以前に、どうしてあの娘は突進してくる巨躯を片腕で止められると判断出来た? ――あの娘、本当にただの民間人か?

 この疑問が浮かんだのは、艤装を装備している時としていない時で長門の身体能力に大きな差があったからだ。少なくとも、長門は試してみるまで装備中にどの程度まで力を発揮出来るのか理解は出来ていなかった。直感的に分かったのだというならそれまでだが、そうだとしたら本当に天才だ。もしや多聞丸が召集の下限を引き下げたのは彼女のためではないだろうか、などと飛躍し過ぎた思考まで飛び出す始末であった。正解である。

 それでも、本当にただの中学生であるのならば、大人が支えるべきだという思いは変わらなかった。

 

 

 

 実は前々から訓練された人間だったりしないだろうかと疑ってはいたが、証拠はなく、むしろそうであった方がマシなのかもしれないなどと思いつつ迎えた配属日当日。鎮守府の置かれた海域は変色海域と化した。

 当然のように上から出撃命令が下り、重い心で新人達を迎えた長門は整列した彼女達一人一人を見やり、思った。

 美人多くないか?

 長門が知る限り、目の前の艦娘達は訓練所での成績と持ち合わせた精神性などを基に選抜されたはずである。だというのに、まるで違う視点から決定されたかのように整った容姿の者が多かったのだ。

 その中でも特に目を惹いたのが、件の怪しい駆逐艦、吹雪だ。可愛らしさもさる事ながら、他者と違いこちらを見るその表情から緊張の欠片も見出す事が出来なかったのである。あと、何故か龍驤の胸をガン見していた。立派な物ではあるがそんなに気になったのだろうか。

 

 吹雪の存在は異常の一言に尽きた。別世代の兵器でも扱っているかのような隔絶した能力は長門が本来すべきだった仕事を奪い去ってしまった。ほとんど指導の必要も無ければ、口出しの暇すら無かったのだ。吹雪が事も無げに一撃――本人曰く二撃だったらしい――で撃ち倒した姫級など、旧戦闘部隊が轟沈者を出しながらなんとか退けたモノと同型である。それは長門が認識する前に既に事切れていた。

 腕力の強さも見せてもらったが、それそのものはあまり問題ではない。長門自身強化量はかなり高かったし、その長門の千倍以上の適性値であれば無くはないだろうと思えたからだ。ただやはり、手刀で変色海域の核を切断出来ると判断した事には違和感があった。

 だがこの時点では別段、長門は吹雪の事を嫌っていた訳でもなければ、苦手意識を抱いていた訳でもなかった。むしろ好意的だったと言っていい。可愛いし。

 致命的だったのは、一瞬気が緩んだところに奇襲を仕掛けられ、気付いた時には吹雪が制圧を完了していた、一連の流れのその後だった。

 確実に己の拳で人型の敵を叩き潰し、吹雪は涼しい顔でその事を報告してくる。確認に向かえば、確かにそこには生物としての尊厳そのものを打ち砕かれたような、首から上を力任せにえぐり取られた状態の惨殺死体が転がっていた。

 それを見た時、長門の心を占めた物は恐怖――――ではなかった。

 それは普通に考えたら当然で、長門にとっては悍ましい物。

 この子が居ればきっと日本は大丈夫だ。そんな恥ずべき考え。

 依頼心だった。

 

 

 

 とはいえ、怖くなかったわけではない。当たり前だが、平気な顔して人間の顔したイキモノを惨殺する奴は恐ろしいに決まっている。長門も例外ではなかった。個人として付き合おうとすると、どうしてもあの時の様が思い浮かぶのだ。

 そんな長門の内心をよそに、吹雪は長門に対してやけに好意的だった。積極的に話し掛けて来るだとかそういう事は全く無かったが、何故だか尊敬の念の籠った視線を向けられて、長門は複雑な思いを抱える事になった。

 吹雪は明らかにネット上にてさんざん長門で遊んだ連中の一人である。それは反応からして間違いない。というか、その辺りは完全に調べが付いていた。そしてそれは、吹雪が普通にそうやって暮らしていた一般人であることの証左に他ならない。だが、それにしては彼女は平然と戦い過ぎていた。戦いに対して忌避感を持つどころか、迂遠にではあるが報告書にはもっと戦いたい旨が書かれていた事すらある。

 島風が艦隊に着任すると、長門の混乱はもっと深くなった。吹雪に子供っぽい所が見え隠れするようになったのである。

 親しい者にだけ行うぞんざいな対応は吹雪が普通の少女であると感じさせるには十分で、それならば単に戦うのが好きなだけなのだろうかと言われると、それも微妙な所だった。

 そうしていると、今度は吹雪に適性値を上昇させる力がある事も判明し、長門は何が正しいのか全く分からなくなった。ご都合過ぎる能力を持つのに、育ちはただの一般人で、戦いに向いた性格をしていて、ネットで遊び回る普通のオタク。意味不明である。誰かが仕組んでいると言われた方が納得出来そうだったが、長門には誰ならそんな事が可能なのか皆目見当もつかなかった。神様謹製無双系チート転生者という一文で説明が付くのであるが、そこまでその手の文化に詳しくないため、流石に思い至らない。

 

 大きな危険が予想される任務の前には、長門は吹雪に何を犠牲にしてでも生き延びるように命令した。本来ならば提督である宮里の仕事だったのだが、指揮を執る人間へ少しでも反発心が湧かないようにとの配慮から長門が代行したのだ。

 自分の命を最優先するよう言われた吹雪は全身から不満気な雰囲気を漂わせるが、一応は了解を返してくる。戦うのは大丈夫でもそういう事まで割り切れはしないのだろう。その一方で、対する長門の方もそれを言わなければいけない現状を恥じていた。

 吹雪は両親を人質に取られているも同然である。そんな娘に仲間を殺してでも帰って来て戦い続けろと言い放っているのだ。嫌われて当然だし、殴られたって文句は言えない。だがそれでも命令するしか無いのだ。吹雪に代わる戦力など日本に存在していないのだから。

 言葉にするたびに長門は酷い葛藤を覚えた。いつまでこんな事を続けなければならないのかと悩み苦しんだ。吹雪に文句の一つも言われた方が楽だったかもしれない。なお吹雪は人質どうこうとか全く気付いていなかったので長門さん立派だなぁくらいにしか感じていなかった。

 

 

 

 巨大鯨を片付け、生放送が終わると、吹雪はほとんど英雄扱いになっていた。市井の者ならいざ知らず自衛隊の中からもそう呼ぶ声は聞こえ、長門はその度に眉を顰めた。中学生相手にそれはどうなんだと。

 この頃から吹雪は奇行が目立つようになっていた。以前からそういう傾向はあったが、特に淡路島へと行く直前辺りからは虚空に向かって話し掛ける姿が多く見られている。実の所妖精さんとお話しているだけなのだが、その妖精さんを頭に乗っけて出撃する姿などは、結構個性的な宮里艦隊の中にあっても突出して変な奴であった。

 だがそこに、その頭の上の生物が日本で一番最初に見つかった最も有能で最も豊富な知識を持つ最も重要な妖精さんだという事実を付け加えるとどうだろう。本人の容姿も合わさり、やっぱり何か特別な、選ばれた人間に見えてしまうのである。

 最早吹雪が最前線で勝利を重ねる事に疑問を持つものは居なかった。長門ですら頼り切るような真似は絶対にしたくないとは思っても、彼女が戦いに行く事自体には不自然さを感じなくなり始めていたのだ。毎日元気に出撃するその姿を見て、吹雪は戦う事に肉体的にも精神的にも適性があったのだろうと誰もが認めていた。

 

 だが吹雪の改二は輸送艦だった。

 突然降って湧いた強化形態の話。確認すれば今のお前にはやれんと集合無意識に拒否され、精進しようと心に決めた矢先の事である。

 改二はその人間の個性や適性が大きく出る、一人一人固有のものであるという。たとえば後になる川内であれば本人が得意とする肉弾戦と隠密性に優れた艤装が生み出されている。吹雪の場合、それが、補給艦の仕事も兼ねられる輸送艦だったのだ。

 明らかに戦闘向きではない。後方や前線の少し後ろで味方の支援を行う分にはかなり優秀であろうが、前に立たせればすぐに水底へ沈もうというのは想像に難くなかった。吹雪はただ適性値が高いから強いだけだったのだ。長門はそう思ってしまった。事実はどうあれ。

 思えば宮里艦隊の艦娘が前向きなだけで、本来民間人の彼女達は無理矢理召集され命を賭けさせられる事に反発を覚えたって何の不思議もない。なのに最も出撃回数が多く、最も戦果を挙げ、最も危険な場所へ送られる吹雪から、長門は不満の一つも聞いた覚えが無かった。それが長門や宮里を慮った結果なのかそれとも他の理由か、全く分からない。最早長門は吹雪が何なのか正体を見失ってしまっていた。

 

 そして魔力の話が出て来ると、長門には吹雪が得体のしれない物に見える様になった。吹雪の話を信じるのであれば、吹雪は生まれつきあらゆる物を拳で砕くだけの力を有していた事になる。だが吹雪の両親は、吹雪の運動神経がかなり優れたものだと思ってはいても、その全容をまるで把握してはいなかった。

 どちらの話も信じるのであれば、吹雪は幼少の、少なくとも自我が芽生えた時点から自分の力が異常な物であると認識し、抑えて生活していた事になってしまうのだ。親ですら力の強さを認識出来ない僅かの間に隠すという判断が出来た、その判断基準はどこから来たのか? それがまるで分からなかった。

 だが魔力の話そのものは長門にとって幸甚だった。長門は吹雪の正体が何であれ、頼り切る事に忌避感を覚えていたのだ。同じ位階に至る階梯があるのであればそれを上らない理由は存在しなかった。

 

 

 

 

 

「真面目に考えすぎじゃないかねえ」

「不真面目に当たる訳には行かないだろう……」

 夜の食堂の一角、酒を嗜む大人の専用席となったそこで三人の艦娘が酒を酌み交わしていた。一人は隼鷹、この空間の主である。二人目は長門、たまにはどうだと誘われて、巧みな話術で内心を吐露させられていた。一応機密には触れないよう気を遣っているが、既に回っているのかちょっと怪しい。三人目は大和――宮里提督、あまり酒に強くない長門をお持ち帰りして添い寝しようと企んでいる。

「召集されて来た未成年を雑に戦場に放り出したくないってのは分かるよ。でもさ、少なくとも吹雪に関しては間違いなく、出撃に何のストレスも感じてないよあの子」

 隼鷹の見立てだと、吹雪が感じているのは達成感や満足感だけだ。そもそも吹雪は表現が薄いだけで内に溜め込んでいる訳ではない。本当は戦いが負担になっているとかそういうのは全然全く一切無いだろうと隼鷹は考えていた。

「艤装の影響でか?」

「いいや、あの子個人の問題でさ」

「問題……ですか?」

 妙な言い方だと宮里は首を傾げた。この前線であれば、出撃が苦にならないというのは悪い事ではないはずである。他所の話ではあるがあまりの戦いたくなさに心身の調和がとれず、体調を崩した者だって居るくらいなのだから。

「二人なら知ってると思うけど、あたしは以前、かなり碌でもない所で働いてたんだ」

 隼鷹の言葉に、長門と宮里は無言の肯定で返した。提督とその秘書艦である二人は指揮する艦娘達の個人情報はかなりの所まで知っている。前職くらいは当然把握していた。

「こことは全然違う方向性だけど、命のやり取りも行われるような職場だったよ」

 隼鷹は艦娘になる以前、違法賭博場――所謂裏カジノで働いていた。それもただ金を賭けたギャンブルが出来るだけの場所ではない。そこでは命をチップに換える事が可能だったのだ。そしてそれを賭けた人間達による、特殊なルール下における命懸けの頭脳戦を売りにした、一種の見世物も開かれていた。

 デスゲームである。

 参加は強制ではない。ただ、そこに至ってしまった者たちに選択肢など有って無いような物だった。参加せずに肉体的、精神的な死を迎えるか、参加して生き残るか。そういう人間が多く集められていた。

 隼鷹はそんな場所でコンパニオンとして働いていた。観覧して楽しむ人間達や待機中の参加者をもてなすのが主な仕事であり、運営そのものには係わっていなかったし、ほぼ強制的にやらされていた立場ではあるのだが、逮捕されなかっただけで問題だらけの行いである。

「いろんな奴が居たよ。絶対に勝とうって気概のある奴も居れば、怯えてガチガチの奴も居た。でも共通して命懸けだった。けど、中にゃそうじゃない奴も居てね」

 そこは命をチップに換える事が可能な場所であったが、命以外もチップに換える事が可能だった。つまり、富裕層が命ではなく金を対価にゲームに参加する事も出来たのである。

「不正の無いようにって服装を統一する時もあったんだけどね、それでも目を見ればどっちかなんて一目瞭然だったね」

 重さが違うのだ。金で参加している人間は負けても賭け金を失うだけで済む。その額は安いものではないが、その賭場を知るような金持ちにとってははした金のようなものだった。負けても失ったという実感すら湧かなかったろう。

「……吹雪は金持ち側の目をしているとでも?」

 長門が睨むような目つきで隼鷹を見据えた。その言葉に、隼鷹は思った通りの反応だと口の端を少しだけ吊り上げながら、ゆっくりと首を振った。

「いいや、あいつの目はあたしら……参加してる連中を憐れみながら、どうにも出来ないその状況に憤ってる奴と同じ目さ」

 それはある種の自虐のように聞こえた。

「吹雪はきっと、かなりいい奴なんだよ。それでもって、強すぎるんだ。だからあの子にとっちゃたぶん、今やってるのはそもそも戦いじゃあない」

 仲間の負担を少なくするためのただの作業。苦にはならなかったろう。だって命なんて最初から懸けていないのだから。

「同じ参加者のはずなのにあの子だけ命どころか何も懸けてるつもりがないんだ。倒されたら自分が死ぬ可能性があるって、知ってはいても未だに実感出来てないんだよ」

 宮里艦隊の酒盛り組は毎日のように一緒に飲む。それは明日誰が欠けるとも知れないからで、それが自分になる可能性が大いにあると知っているためだ。未だに誰も亡くなってはいないが、いつそうなってもおかしくないと肌で感じる毎日を送っているからなのだ。

 一方吹雪はといえば、勝って当然、帰れて当然、腐るほど体力があり休息もほとんど必要とせず、仕事が少ないとむしろ不安になるらしかった。轟沈してもその態度が変わらない辺り筋金入りで、長門が心配している事の、それ以前の心構えが出来ているかがまず怪しい。

 ただそれが悪い事かと問われても、隼鷹はそうは思わなかった。隼鷹から言わせれば、どの道やらなきゃいけないのだから重く考えすぎる必要なんて無い。真面目にやってないだとか慢心しているだとかであれば問題だが、吹雪のそれは余裕という物だ。それならば多様性の範疇だろうと隼鷹は考えていた。だって後が無い故に全力で思考を回す最後まで諦めない貧乏人と、追い詰められていないが故に広い視界と柔軟性を持つ金持ちで、勝率なんて大差は無かったのだから。

 吹雪の思考回路を支えているのはその圧倒的な強さだ。それを持って、能天気に駆除作業に勤しんでいるだけの人間なのだ。そんな奴相手に未成年がどうだとか、向き不向きがどうだとか、考える意味が全く無い。農薬撒くのにヘリの操縦ミスを心配する奴は居ても害虫に殺される心配をする奴は居ないのである。

 隼鷹から見て、吹雪は規格外の強さ以外は、出来る事を出来るだけやっている善良な一般市民でしかなかった。

 

 いやしかし、と長門が反論を口にしようとして、半分喉から声を絞り出した所で、ふっと、そのまま動きを止めた。隼鷹がそちらを見ればその瞼は重く閉じられ、体はテーブルに半分寄り掛かっている。どうやら完全に潰れてしまったようだった。

 ああこれはお開きだねえと言いたい事はとりあえず言った隼鷹が宣言すると、ぐったりと力なく席に転がる長門はそのまま笑顔の宮里に抱えられ、鎮守府の夜闇へと姿を消して行ったのだった。

 

 

 

 それにしてもと隼鷹は思う。長門はどうにもクソ真面目な性質であるらしい。あの調子だと昔の自分の職場で楠木提督を見かけた事があるなんて告げ口したら憤死しちゃいそうである。ましてデスゲームでは無い普通のギャンブルだったにせよ、大勝ちして去って行ったと知ったらいったいどうなってしまうのか。ちょっと見てみたい気もする隼鷹なのだった。

 余談だが、その賭場は最後の会場が海に近かったおかげで深海棲艦に叩き潰され、運営全員お亡くなりになっている。そのおかげで隼鷹は解放されているので、彼女はごく稀に存在する深海棲艦が到来した事で真っ当な道に戻って来れた数少ない人間であったりする。実はそんなに深海棲艦に恨みなんて無かったりするのだ。それはそれとしてアパートの壁ごと酒棚吹っ飛ばしたのは絶対に許さないけれども。

 しかし、どうしてデスゲームの黒幕なんて慎重に慎重を重ねないといけないような連中が、わざわざ一か所に集まってそれで殺されちゃったんだろうねえ、と隼鷹は当時を思い返す。別に何か特別なイベントがあった訳でもないと思うのだけれど。

 まあ、下っ端どころか運営に絡んでもいない接待役である。よく分からないが上ではなんか色々あったんだろう。例えば、絶対に無視できない立場の人間が強権振るって摘発に乗り出してきたから、対策会議してたとか、ね。

 

 

 




チート転生者の相手って思考停止でSUGEEEEEEしてた方が絶対楽ですよね。
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