転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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そりゃそうなるわ

 最近青葉さんの様子がおかしい。

 いやおかしいというか、なんだろう。私と他の人の仲を取り持とうとしてくれている……ような気がする。

 元々私はあんまり自分から話しかけるタイプではない。普通に苦手だ。それでも発足から数か月が経ち、私も島風曰く馴れてきて、宮里艦隊の人達とはそこそこ交流を持つようになっている。

 訓練所からの付き合いの皆や向こうから話し掛けて来てくれる人たちとはちゃんと話すし、最近だとポーラさんにはよく絡まれる。いやあの人の場合常時酔っぱらってるみたいなテンションで誰にでも話し掛けてるだけなんだけども。

 今でも練習を続けている長良さんやジョギングが日課らしい那智さんとも時間が合えば島風を挟んでお喋りする事があるし、大井さんには北上さんの事を洗いざらい白状させられた。他にも秋雲先生文月等のオタク仲間とはよくトークして盛り上がるし、最近だとイムヤさんも加わる事がある。でも、係わりの無い人達とはさっぱりだった訳なんだよね。

 そこに手を入れ出したのが青葉さんだったのである。私が割と出撃後は暇に飽かしてネット上で艦娘擁護したり動画漁ったりしてるのは知ってたらしく、その時間に誰かしらを連れて遊びに来たり、逆に私達を部屋に誘ったりするようになった。

 ただ上手く行ってるかと言うと……微妙? いや、これ完全に私のせいなんだけど、艦娘としての仕事の事はともかくそれ以外のオタクカルチャーに絡まない話とか私が居てもさっぱり盛り上げられないんだよね。全然何言ってんのか分かんないんだもん。

 まぁそれでも一定の成果ってのはあるもんで、少なくとも瑞鶴さんとは本名を交換し合う事に成功した。加賀さんがやってたしって理由だったけど、どんだけ加賀さん気にしてんだろうこの人。

 その加賀さんとも遊んだんだけれど、あの人本気でゲーム全般上手いんだよなぁ。別に自分の趣味という訳ではなく、弟さんや友達との付き合いでやってただけっぽいのだけれど、これが才能の差だろうか。文月が音ゲーで自信粉砕されてた。

 自衛隊からの昇格組である暁教官長や飛鷹さんからは訓練所の引き継ぎとかの話を今更聞くことが出来た。どうやら響教官が教官長に昇格して、新たに雪風教官が加わったとの事である。幸運に恵まれそうだな訓練所。ちなみに実際に指導された響さんは響教官長とは酒を通じて意気投合したとの事だった。なお雷教官の雷が落ちた模様。

 山城さんとも話す機会を設けられ、やっぱり扶桑さん関連で色々語ったりしたんだが、何故だろう、最初の時とは違って提提督関連も嫌そうな顔はしなかった。たぶん四国攻めの時に扶桑さんに連れられて会っていて、それで印象が変わったのだとは思うのだけれど……へえあの人が、とむしろ関心のありそうな感じにまで変化していたんだよね。いやほんと、何があったんだろう。

 それはともかく、そんな調子で青葉さんは私と周りの距離を縮める手伝いをしてくれているのである。仲良くして悪い事なんて無いので有難い事なのであるが、どうして急にそんな事し始めたのかはよく分からない。山雲が指輪に関しての噂を知っていたので、当然知っているであろう青葉さんもそれ関連で仲良くさせといた方がいいって判断したのかもしれない。まぁ私はもうこれ以上指輪は使えないのだけれども。

 

 

 

 最近の日本はあまり変色海域の解放が進んでいない。北では攻めが苛烈になり、元々かなり精強と名高い賀藤艦隊と最近頭角を現しまくっている五十嵐艦隊が連携してなんとか防いでくれている。あっち側の担当は元々敵を本州に来させないのが主な役割だからそれを十全にこなせていると言えるのだけれど、問題は南、つまりは私達の方だった。

 宮里艦隊の周囲は今現在、むしろ敵の攻め手は温くなっている。代わりに敵さんは嫌がらせに特化した事をやってくるようになったのだ。前からそういう傾向はあったけど最近はそれが特に顕著で、偽物の核で時間を無駄に浪費させられる事がやけに多くなっていた。

 おそらく今攻略しようとしている海域の変色海域の核はかなり奥まった場所にある。それはもうとっくに予想が付いていたのだが、ただ、その奥さ加減が問題だった。なんせ私と島風と連装砲ちゃん達なんてこないだ、本物の核が見つからないまま九州に到達しちゃったし。

 そしてこの傾向が見られるのは宮里艦隊の担当海域だけじゃあないのである。聞けば他の攻略に赴いている二つの艦隊、提艦隊と九曽神艦隊も全く同じ事態に陥っているらしいのだ。

 三つの艦隊はそれぞれ別ルートで九州に向かって出来る限り急いで進んでいる。私達が足踏みしている間に提艦隊は九州までもう一歩の所まで進撃し、九曽神艦隊もついに瀬戸内海の終わりが見えて来た。だがそこからどの艦隊も前に進めなくなってしまったのだ。変色海域の核が見当たらないというただ一点の大問題のおかげで。

 これで向かいにある敵基地に核が設置されているとか言うのであれば特に問題は無かった。それなら四国と一緒で大攻勢して潰してやれば何とかなる。いや凄い大変ではあったかもしれんけど、なんとかはなった。でもこの海域、そうじゃなかったんだよね。

 さっきも言った通り、私達第四艦隊は一回九州に到達してしまっている。実はその時に、沿岸にあった敵基地ぶっ潰しちゃったんだわ。勢い余って。でもそこには核の材料はあっても核そのものは設置されていなかったのである。余談だが鎮守府に帰って報告したら普通に怒られた。そりゃそうだ。言い訳させて貰うなら攻めてった訳じゃなくて発見されちゃったから対処してたらいつの間にかって感じだから許して欲しい。駄目?

 まぁでもこの一件で核の位置は大体予想が付いた。進行不能になってる範囲から考えて、おそらくは九州を挟んだ向こう側に過去に類を見ない超巨大な核が存在しているんじゃあないかって上も下も意見が一致した。きっと九州を飛び越えて本州と四国の一部を巻き込んでしまうほどの大きさの奴がたぶん有明海かどっかにあるんだろう。三つの艦隊はどこも同じ変色海域に行く手を阻まれていたという訳である。

 これが正しいとしたらその影響範囲はかなりデカい。今までの観測から変色海域は大小の差はあれど中心から概ね円形に展開されていて、核はその中心から外縁までの半分の距離より内側にある事が分かっている。なので下手をするとこの変色海域、対馬を越えて韓国辺りまで届いている可能性があるのだ。まぁそれはそれとして対馬にも個別に核が設置されてる気はするが。

 

 さてこうなると問題はそれをどうやって攻略するかである。ぶっちゃけ行くだけなら簡単……ではないにしろ行けるんだ、九州から本州の方を向いた基地を勝手に壊した馬鹿が居たせいで四国から九州のルートが拓けちゃってるから。ただ、だからって突撃して一度の遠征で核の破壊に成功しなかった場合、作戦に参加した艦娘は基本的に救助待ちになってしまうんだよね。

 どういう事かっていうと、変色海域の隠された効果がその猛威を完璧に揮って来やがるのだ。実は変色海域には艤装に継続ダメージを与えるっていう不思議な特性がある。私の艤装も毎回修理に出されるのはこれのせいなんだけど、普段は出撃中はそんなに気にならない……まぁ、基本被弾の無い私達だからっていうのもあるけど、他のみんなもそれがトドメになって轟沈なんて事態には殆どならないような、そんな程度の速度でしか傷つけられないようなものなんだ。

 でも九州を回って反対側までってなると話が違う。行きだけならどうにでもなるし戦闘が起きないのであれば帰って来る事も可能だろうけれど、現状九州の内部ですらあんまり情報が無いというのにその向こう側だなんて何が起きてもおかしくない訳で。確実に敵は居るし、苦戦でもしようものなら帰りの分の艤装のHPは無くなってしまうだろう。そうなったらもう陸に避難するしかない。でも、陸地なら安全かっていうと全くそうではない訳でね。殆ど解放された四国ですら下級ばかりとはいえ徘徊エネミーがそこそこの頻度で見つかるのに、完全に変色海域内の九州とかどうなってるかなんて分かったもんじゃない。逃げ込んだ先で全滅とか普通にあり得る。ボウケンシャーみたいに糸持ってけるなら良かったんだけど。

 地上を通って反対側へっていうのもリスクが高い。何度も言うけど陸戦はデメリットが多すぎるのだ。こちらが先に敵を発見できればなんとかなるんだけど、逆の場合はそりゃあもう酷い事になる。なった。死人出なかったけどこないだ書田艦隊が轟沈五名くらい出して鬼級の首取ったらしい。鬼一体でそれだぞ姫居たらどうなるんだよ……

 もう全部千切って投げて来るから私一人だけぶち込めよって思わなくもないんだが、万が一にもあり得ないとは思うがもし許可されたとしても、戦闘はともかく核の捜索が私一人だとどうにもならない。ダミーが多数用意されてる可能性は高いし、深海にあった場合私じゃ発見が不可能になる。私は目も耳もいいけれど、そもそも光自体が無かったり何も動いてない場合は発見出来ないからね。

 大艦隊で護衛している、とかなら私でも見つけられるだろうけど、なんか戦力小出しにして嫌がらせして来ている現状を鑑みると期待薄って気がするんだよね。っていうか遅延行為ばっかで相手がどういう勝ち筋狙ってるのかよく分かんないんだよなぁ。もしかしたら南は時間稼ぎに徹してるだけでもうまともに戦う気が無いのかもしれないなんて話も出てきている。その場合本命は北だろうかねぇ。それか横浜辺りに奇襲してくるか。猫吊るしの話を元に考えるとそもそも勝とうって気が無い可能性もあるのが酷い。

 閑話休題、とにかく四国や本州からの長期遠征は艦娘を一人でも失うと大打撃になる現状では変色海域内の大移動は取りたくない選択肢になっているのだ。でもだからと言って生存者が確認されている九州を放っておく訳にも行かないわけで。じゃあどうすんのさって言ったら、もう、作るしかないよね、拠点。九州に。

 

 

 

 

 

「イヤぁ~~~! 大艇ちゃんとあたしはいつも一緒かも~!!」

 秋津洲さんの泣き声が聞こえる。格納庫に広げられたシートの上に置かれた二式大艇ちゃんに抱き着いて、秋津洲さんは心の底から嘆きの叫びを上げていた。

「我慢してくれ秋津洲。今回の作戦、修理拠点が完成するまではお前達の積んだ修理材だけが頼りなんだ」

 対応しているのは長門さんだ。変色海域内の解放前の土地に拠点を作りに行く関係上、普段と違い陸側からの資材の供給は有り得ず、収集班の汲み上げた霊的資源も手元に来るまでラグが出来てしまうため、二式大艇ちゃんを運用する燃料も積んで行くスペースも無いのだと懇切丁寧に説明している。

 今回明石さん達も一緒に海峡を超えて行く事になるんだけど、召集された二人の明石さんはずっと工廠で私達の艤装の面倒を見てくれていて、そのおかげで実戦経験どころか海に出た事すらほとんど無かったりするんだよね。だから、泊地修理の経験値は秋津洲さんの方が圧倒的に高いのだ。なので司令部的には秋津洲さんにはそっちに集中してもらいたいんだそうな。二式大艇ちゃんは航続距離が長くて速度もあるためかなりの有用性があるらしいんだけど、今回の場合秋津洲さんに求められる役割とは噛み合わなかったのである。大きくて目立つのも結構なマイナスポイントだ。

「吹雪にいっぱい積んでってもらえば大丈夫かも!?」

「拠点の建材を押し込む予定で、そちらにも空きはほとんどないんだ」

 使う予定の無い二式大艇よりは資材を優先したいと秋津洲さんの発言はバッサリと斬られた。こっちにも矛先が向いていたが、長門さんの言う通り輸送艦の私の側も余剰スペースはあんまりない。簡易とはいえ工廠や寝床なんかを作らなきゃならないから仕方ないんだけども。

 

 この度、私達宮里艦隊は九州に探索拠点を作るための拠点を設置する事になった。四国の向かい側で距離的には大したことのない位置なのだけれど、変色海域内に組み上げるとなるとどうしても普段と勝手が違う。私達がいつも使う鎮守府って呼んでる建物群は自衛隊の皆さんが資材の搬入から工廠の機器の導入までを事前にやってくれているのだが、今回の場合は普通の船で行き来出来ないため、艦娘がそれらの作業を行わなければならないのだ。

 そうなると動員されるのが戦闘部隊水準の適性を持たない自衛隊の艦娘だ。その辺りの技術を持った人たちを集め、戦闘部隊で護衛して行く事になる。なんだかんだ毎回お世話になってるんだよなぁ、こういう所もっとアピールして評価に繋げられないだろうかって思うんだけど、民間人戦わせて自衛隊は支援ってイメージが悪すぎてどうしようもないんだよね……絶対必要な所なんだけど。

 ちなみに護衛には私達も加わり索敵を行う訳なのだが、今回私は基本的に超機動を行えない。なんでかって言えば、私が今回のメイン輸送艦だからである。艦の中は資材で一杯で、車とか小型クレーンとかも大発に乗っけて積んであるのだ。だから中が滅茶苦茶になるような動きは禁止されてしまったって訳。一応固定はしてあるからちょっとくらいは大丈夫だと思うんだけど念のためだからね仕方ないね。

 

 秋津洲さんだって今回の作戦の主旨はちゃんと理解している訳で、どうしても二式大艇ちゃんが居ないと嫌って訳ではなかったらしく、最終的には大艇ちゃんに今生の別れのような涙声でまたねと告げると夕日に向かって走って行った。なお任務の開始は明日である。

 大艇ちゃんも大変だなぁなんて思いながら彼女……彼女か? 女性人格なんだろうか、なんとなく女の子っぽい印象だけど……ともかく二式大艇ちゃんの方を見れば、ばっちりと側面に描かれた顔と目が合った。それただのペイントじゃないんだ……?

 私がお互いピントが合ったと確信出来た事に動揺していると、大艇ちゃんは少し困った様な笑顔でこちらに向かって機首を下げた。妹をよろしくお願いしますと言わんばかりのどことなく畏まった雰囲気だった。え何、君らの関係性そっちが姉なの? どう考えても秋津洲さんの方が産まれたの早いよ??

 

 

 

 

 

 朝に出て、陽が陰るより前には目的地に着いた。

 四国から九州に行くのにしては掛かりすぎって思うかもしれないけど、四国の端から行ったわけじゃないのと、自衛隊の艦娘達の速度の合わせ技である。適性値が低いって本当に致命的なんだよねこの世界。出力も速力もなにもかも影響されるって酷い。どういう基準で高い低い決まってるのかもよく分からないしなぁ。推定高めの人達はなんとなく集合無意識の艦娘に似てるらしいけど、全然違う人も居るみたいだし。龍驤さんとか。

 実は速度だけなら私の大発に乗せるって手もあったんだけどね。これなら一般の、それこそ男性の自衛隊員が九州に乗り込めるはずなんだけど、万一敵の攻撃が通ろうものなら全員お亡くなりになるので採用されなかった。

 じゃあ艦娘乗っけてけばって私は思ったんだけど、猫吊るし曰く、艦娘は大発に乗れないらしいんだよね。正確には艤装乗せると何故か暫くのちに沈むらしい。大発に駆逐艦やら戦艦やらは乗らないとそういう事なんだろうか。理不尽である。ちなみに私が四国で少しだけ乗ったのもあんまり良くはなかったらしい。

 でもまぁ、ちゃんとみんな無事に到着出来たから問題は無いのだ。道中何度か襲われたけど、ほとんど被害らしい被害も出なかったし。

 

 陸に上がるとまずは索敵が行われた。一応前日までにすぐ傍に敵拠点が無い事などは確認しているけど、敵の勢力圏の中なので半日もあれば状況が変わっていてもおかしくない。なのでみんな真剣に周囲に目を凝らしている。私も耳を澄ましつつ猫吊るしを投げ上げて辺りを見回してもらうが特に何も無し。最近投妖精さんフォームが定まって来たんだけどこれ定番にしちゃっていいんだろうか。なんて思ってたら問題無しとの判断が下ったので、私は艤装から大発だけ発艦させてから艤装を背から降ろして自衛隊の皆さんに受け渡した。

 私のものに限らず艤装は霊的資源だけであれば艦娘無しでも搬入出が可能である。問題は大発とかに乗っけた普通の物質で構成された物で、これらもそれなりの量を一度に運べるのだが、代わりに適性者無しだと出し入れが不可能になる。その上、起動していない状態で海の上に出すと乗っけた重量がそのまま圧し掛かって来るのだ。当然、小舟であればそのまま沈んでしまう。

 これたぶん、艤装に物を入れて運べばホイポイカプセルみたいになっちゃう事への対策だと思うんだよね。その仕様が無ければ物凄い便利だったと思う。輸送艦を大量に作って船に乗っければ荷物運び放題だったろうし。まぁそれが許されると輸送艦娘の仕事がかなり限られちゃうから仕方なかったのかもしれない。二式大艇ちゃんも似たような事出来るらしいし。

 そもそも、適性者が居ない状態の艤装って見た目以上に重い。猫吊るしによると艤装が集合無意識と繋がっているが故のデメリットらしいんだが、海の上だとその艦の元の重量をある程度受け継いじゃうらしいのだ。だから予備の艤装を誰かに持たせて行くってのが出来ないらしい。

 でもこれ、知っての通り抜け道があってだな。

 

「吹雪さん」

 荷物を降ろした私に向かって一人の女性が駆けて来る。その人は今回の任務に当たって他艦隊からわざわざ来てくださった自衛隊の艦娘の一人だった。今回は割とそういう人が多く、注目されがちなのもあってちょっと私は居辛かったりする。でも、目の前で止まって艤装を降ろしている彼女と私とは、今日が初対面という訳ではない。むしろ目の前のこの人は、私が産まれて初めて実際に会った艦娘である。

「どうぞ、燃料の補給は終わらせてあります」

「ありがとうございます、白雪さん」

 抱えた艤装をこちらに受け渡す自衛隊の艦娘、白雪さん。実はこの人、適性検査の日が私との初遭遇である。そう、彼女は私の提督適性の面接を行ったあの艦娘さんだったりするのだ。

 最大適性は呼び名の通りの白雪で、あの時の見立て通りやっぱり吹雪型だった。本人は私に顔を覚えられているとは思っていなかったらしく、あの時大声を上げた事もあって、記憶されていると知った時はちょっと恥ずかしそうだった。

「破損状況は問題の無い程度、という事ですが……」

「はい、これくらいなら大丈夫だと思います。そんなに長居もしませんから」

 渡された艤装を軽く検分してみたが、まあ私達の速度なら壊れる前に変色海域を余裕で抜けられる程度のダメージである。白雪さんがさっきまで使っていた艤装なので変色海域の影響は受けているけれど、大して問題は無さそうだった。

「白雪さんは大丈夫ですか? 艤装が無くなりますけど……」

「そこは承知して来ていますから、こちらの事は気になさらないでください」

 同じ艤装を扱える艦娘が現地で無装備になる事を覚悟出来るなら、予備の艤装は持って来れる。四国でも似たような事態になったけれど、今回はその抜け道が最初から航路に設定されていた。

 白雪さんは今、私と同じ色で同じ長さの髪をしてここにいる。本来の自分の白雪の艤装ではなく、私のために吹雪の艤装を使って九州までやって来たからだ。話によれば白雪さんは動かすだけなら十種類以上行けるというかなり珍しい艦娘だそうで、その中で白雪の適性値が一番高かったから白雪を使っているだけなのだという。吹雪型だけじゃなくて特型に満遍なく適性があるとかで、艤装を変えるたびに髪の色が大変化するからちょっと心配になってしまうらしい。夕雲型や白露型を複数使えるとかよりはマシのような気がしなくもない。

 お気をつけて、と告げると白雪さんは設営の準備に走って行った。一人だけ無防備な状態でこんな所で作業とか、今日もまたお世話になった人が増えてしまった。ちゃんと報いるためにも今日も一日頑張るぞい。もう夕方近いけど。

 

 レーダーで索敵しているはずの島風を探して辺りを見回すと、周囲では球磨さんと多摩さんが大発から重機を下ろしていたり、皐月さんがちょっと気分が優れない人の体調のチェックを行ったりしていた。この間の講習で知ったばかりなのだけれど、皐月さんって医官らしいんだよね。淡路島の時に同行者に選出されたのもそれが理由の一つだったんだそうな。

 変色海域を抜けて来るなんて非戦闘員の人達にとっては初めての経験な訳で、そりゃあ体調がおかしくなる人も出る。さらにここで何かあったら皐月さんが診なきゃならないのでプレッシャーは凄そうだ。

 艦娘で医師免許持ってる人とか彼女ともう一人くらいしか居ないらしいので、実は皐月さんも替えの利かない人材の一人なんだとか。作戦会議で執刀も視野に入れてねって楠木提督に言われて顔面蒼白になってたのは記憶に新しい。まだ若いからね皐月さん。

 知らない艦娘達の間を抜け、訓練所でお世話になった伊良湖さんに挨拶して、見つけた島風を連れて海に出る。宮里提督に予定通りに発つ旨を伝えると、私と島風と連装砲ちゃんは九州を後にした。

 猫吊るしには妖精さんを目いっぱい働かせるために残ってもらうため、今回は普通に滑走だけで行く予定である。だから走るんじゃあないよ島風。おい走んな。妖精さんが死ぬ。

 

 私の今回のお仕事は輸送艦である。それも一回運んで終わりとかそういう話じゃあない。容量に限界があるから、何往復かして必要な物を揃えなければならないのである。だから今回、輸送艦吹雪はなんと三隻用意されたのだ。

 私が護衛をしながら持って行ったのが一隻目、今は九州で妖精さん達がえっちらおっちら中から荷物を取り出しているはずだ。そして二隻目と三隻目は今、宮里艦隊の鎮守府で荷物を満載にして私の事を待っている。私と島風は高速でそれを取りに戻って、資材と一緒にまた九州へと舞い戻らなきゃならないのである。

 つまり今日、寝るまでに、我々第四艦隊は九州四国間を後二往復せねばならんという話なのだ。何かあったら三往復目も視野に入っていたりする。だから荷物の積み下ろしが終わるのを待ってられなくて、白雪さんに普通の吹雪の艤装を持って行ってもらった訳なのだ。

 ちなみにこの作戦、必要に迫られるたびに私に輸送艦としての任務が発生する。今作っているのは基地を作るための基地で、九州の反対側に到達するまでに何回か拠点を移す予定が存在するからたぶんそこそこの頻度で行き来する事になるんじゃないだろうか。もう内陸突っ切ってった方が早そうだけど、そこは安全策を取らざるを得ないようだ。全然安全でないというのは置いといて。

 うん、あれだな、私輸送艦で良かったなこれ。変に戦闘力上がるよりよっぽど役に立てるわ。護衛の要らない高速輸送艦で他勢力の勢力圏内に拠点作るとか頭おかしい。いない間に拠点そのものが襲われたら困るけども、宮里艦隊の人達って基本強いからなんとかなる。たぶん。

 

 

 

 

 

 島風が高速で走る事を主眼に置かれた作戦に大はしゃぎだった事を除けば特に問題らしい問題もなく、私達は予定通りに往復を終えた。

 いや、本当に特に何事も無かったんだよね。敵は出たけど下級ばっかりだったし、鎮守府の方は他の艦隊の人達が守ってくれているからそっちも心配しなくていい。ちなみに九曽神艦隊である。瀬戸内海はとりあえず大きな動きが無ければ様子見で問題無いらしい。

 私は鎮守府から輸送艦吹雪(1)で出て、九州から駆逐艦吹雪で帰り、また鎮守府から今度は輸送艦吹雪(2)で出発、九州で搬出の終わった輸送艦吹雪(1)に乗り換え鎮守府へ戻り、今は輸送艦吹雪(3)で荷物をここまで運んで来た訳だ。なので今九州には私専用の艤装が二つもあるんだが、代わりに白雪さんが使う分の艤装はここには無くなってしまっている。改二は強いけどその辺りの融通が利かないのが困りものだ。いやそんなケース滅多にないだろうけどさ。

 そんな訳で艤装と荷物を納入して任務を完了するため設営地点に戻ると、そこには既に簡易な建物が完成していた。どうやら寝床などを優先したらしく工廠はまだ出来ていない様子で、テントの中で秋津洲さんが寂しそうに修理に勤しんでいた。ちなみに大艇ちゃんは日向さんに熱い視線で見つめられていたので寂しくはしていないと思う。あの人瑞雲以外も意外と行ける口らしい。

 妖精さん達に艤装を預け、二往復終わりましたと提督に報告に行ったらば、それじゃあ今日はもう休んでくださいと指示を受けた。戦闘部隊の皆は索敵なんかを行いながら順番に休憩に入っているらしい。私も起きたらその中に入る事になる。徹夜は苦手なので助かった。

 ここは危険地帯で、我々が見つかっていないなんて考えは捨てた方がいいくらいなので、実は撤退が最初から視野に入っている。というのも、この作戦って相手の攻め手が温いのを良い事に無理矢理敢行されてるようなもんだから、前提としてこっちの戦力を力押しでどうにか出来ちゃうような大部隊を私が居ない時に投入されるとそれだけで瓦解するんだよね。だから輸送時間は出来るだけ少なくした方がいいんだけど、私以外が行くと護衛を付けなきゃならないのでどっちもデメリットがあって悩み所さんなのだ。

 一応ここが完成したら提艦隊が合流して攻めと守りに分かれる予定になってはいるのだけれど……実際の所、敵戦力がどれだけ残っているのやらはよく分かんないからなぁ。

 

 空を見上げると星が出ていて、空気が澄んでいる事がよく分かった。変色海域の効果範囲内ではあるのだけれど、海上でなければあんまり影響は見られないのだ。

 そろそろ夜中は寒い季節で、薄着の私達は艤装が無いと冷えてしまう。上着を着る事も検討しないとなぁなんて考えながら、明石さん達に艤装を預けに行った島風を待っていると、島風の入って行ったそのテントから入れ違いで長門さんが出て来るのが目に入った。どうやら長門さんも艤装を修理してもらいながら休憩に入るところのようで、目が合うとこちらに向かって歩いてくる。さもありなん、仮眠所は私の向こう側である。

「今日は終わりか?」

 長門さんは私の前で足を止めると、労わりの心が漏れる声色でこちらに話し掛けて来た。これから眠って朝に備える旨を伝えると、長門さんは頷いて、ほんの一瞬だけ迷った末に私に質問を投げかけた。

「輸送任務はどうだ? 普段の討伐任務と比べてだが」

「敵も大したことが無かったので、楽でした。島風を抑えるのが一番難しかったですかね……」

 楽か、と長門さんは呟くと、そうだったとしても体調には気を払い疲れや体の違和感が出たらすぐに言うようにと促した。うーん心配されてる。

「今日は敵はここには出現しなかったが、明日はどうなるか分からん。撃退出来る規模ならいいが、もし、どうにもならないような数だったなら、我々は撤退しなければならない」

 その時、私達が回収しないといけないのは皐月くらいであり、他の自衛隊員達は見捨てなければならない。長門さんはそう語る。努めて平坦に。おかげでむしろ言いたくもやりたくもないんだなというのがひしひしと伝わって来ちゃってるけど。

 ちゃんと逃げろよ、絶対だぞという長門さんの言葉に頷けば、長門さんはしっかり体を休めるようにと言い残して足取り重く去って行った。長門さんはこの作戦、賛成か反対かで言えば大反対だったみたいだからなぁ。っていうか、現場の人間で賛成意見な人殆ど居なかったっぽいんだよね。私は楠木提督が主導してるからたぶん大丈夫なんだろうなって思ってるんだけど、転生者って変な前提持ってる私と他の人達じゃあ感想に大きな差が出てしまうよねそりゃ。いや転生とか関係なく楠木提督だから大丈夫って人は結構居るらしいけどさ。

 辺りからは響く建築の音と、少しくぐもった修理の音、それに動き回る艦娘と妖精さん達の声以外は特になんにも聞こえない。とりあえず今は眠ってしまって大丈夫だろう。騒がしい島風と連装砲ちゃん達の音がテントから出て来るのを待って、私達は寝所へ向かった。

 

 

 

 

 

 異音。

 それは恐らく東の方から聞こえてきた。

 知らず気を張っていたのだろうか、私ははっと目を覚まし、何かの危機感を覚え、素足で外へ飛び出した。同時、辺りに警報が鳴り響く。

 頭上には輝く星々、地表には赤黒く染まった海の水。そのどちらにも、点々と黒い金属質な物体が浮かび上がっていた。

 砲撃。

 それは水平線からこちらに向けて発射され、空中で爆散しその身を分けると、地上に存在する私達に向かって降り注ごうとする所だった。

 

 ――三式弾だコレ!?

 

 私は足元の小石を拾い上げると慌てて空へと放り投げた。高速で飛ぶ丸い何の変哲もない小石。それは直近にあった弾子の一つを弾き飛ばすと、それに弾かれその隣の弾、更に弾かれまた次の弾と連鎖を続け、弾かれた弾もまた他の弾と追突し、計百十二の弾を打ち落とす事に成功した。

 だがそれだけ、三式弾一発に含まれる数百の弾子全てを相手するには到底力が及ばなかった。でも、そのそれだけの成果が、石と同時に走り出していた私の進む道を切り開いた。

 恐らく相手はまともに狙いを付けていなかった。いや付けてはいたのだろうが、最も効果的な場所に落とすだけの精度を持っていなかったのだろう。弾子の大半は誰も居ない空き地に落ち、何の被害も及ぼさない。ただほんの一部だけが、明石さん達が作業をしていたテントに着弾し、熱を伴う爆発を巻き起こした。

 中からはずっと金属に金属をぶつける音が聞こえていた。居るのだ、中に人がまだ。私は上がろうとする火の手を無視してテントの中へと跳び込んだ。

 果たして中には二人の明石さんと秋津洲さんが倒れていた。突然の事に叫びも上げられず、衝撃のままに倒れ込んだのだろう。どうやら意識はありそうで、背負った艤装の被害も大したことは無さそうだった。三人とも物陰に隠れるように倒れていたのも良かったのかもしれない。何かが三人の盾になっていたのだ。

 しかしまずはとにかく避難である。被害に遭ったテントは今にも崩れそうになっている。私はまず二人の体を引っ掴み、それぞれ右と左の肩に乗せ、最後の一人も担ぎあげるとその場からひょいと離脱した。

 その時に見えてしまった。明石さん達を守っていたものの正体が。それはかなり大きな艤装だった。宮里艦隊で三番目に大きな艤装。下部を修理していたのだろう、少し高い所に置かれたそれは長門さんの艤装であった。起動状態でもないのに仲間を護ってくれたらしい。すげぇや。

 それと少し離れた所に私の艤装二つも置いてあった。装甲が外され機関部が露出しているのでたぶんメンテナンス真っ最中だったものと思われる。位置的には端の方、一番奥にあったからか被弾もしておらず、どうやら無傷である様子。あの状態で起動出来るかは分からないけど後で回収はせねばなるまい。だがとりあえず、普通の火なら燃えたりしないのでそれは後。今は一旦明石さん達を避難させる事に注力した。

 

 テントの外へと二歩で飛び出て、そこでハタと気が付いた。よく考えたら三人とも艤装背負ってるんだから私が運ばなくても大丈夫だったかもなと。

 だがまあ、避難が早いに越した事は無いだろう。ともかく海から離れた位置まで明石さん達を運ぼうと、私はさらなる一歩を踏み出そうとして、その刹那。またしても上空で砲弾が弾け飛んだ。

 大きな弾から撃ち出された小さな弾が散弾となって降り注ぐ。ただそれは、今度は狙い通りなのかそうでないのか、私達の上を素通りして先ほどまで居たテントの奥側に集中的に突き刺さった。私の艤装が置かれていた、テントの奥側に集中的に。

 何かが爆発する音が二回聞こえた。

 

 ギ、艤装ダイーーー~ン!!!

 

 

 




二隻は犠牲になりましたが死傷者は出ていないので問題ありません。

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