転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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誰かじゃなくて自分で止めた結果がこれだよ

 急襲に反応し、泊地は一気に目を覚ました。事態に気付き鳴らされた警報と砲撃の落ちる爆音に叩き起こされた人間達が、己の艤装の下へと走って行く。急ぎ夜番の艦娘達と合流し、状況次第で直ちに出撃するために。長門もその飛び出した中の一人だった。

 他の娘と違ったのは向かった先である。長門は艤装を預けた際、おそらく夜明け頃まで修理は終わらないと告げられていた。そのため艤装の保管されている工廠予定地ではなく、預けた明石達の所へと直接受け取りに走ったのだ。

 そこで見たのは、テントの外で何かの上に乗せられて混乱した様子でもがく明石と明石と秋津洲だった。積み方が雑なのか身に着けた艤装同士が干渉して身動きは取り辛そうだ。その三人の下からは、靴も履いていない素の足のようなものが生えていた。奥では完全に倒壊した修理工場代わりにされていたテントが炎を上げ始めている。自分の艤装はあの中だろうと判断は出来たが、長門は違和感しかない奇怪な塊を前に足を止めるしかなかった。

 それが立ち尽くしていたのは一瞬の事だったのか、急に長門の方へと向きを変えると一歩を踏み出そうとして、長門に気付いてその動きを止めた。改めて見ればどうやら異形の物体は明石達を背負った人間だったらしく、やけに造りの整ったその目の中に長門を映すと、少し驚いた様子で左右完全な対称に見える唇の奥から音を発した。

「長門さん!」

 それは吹雪だった。明らかに普通の人間には背負えない重量を肩に背に乗せ、それを感じさせない声で向かい合った長門の名を呼んでいる。何やってんだこの子。長門の寝起きの頭はそんな感想を吐き出す以外出来なかった。

「下ろしてほしいかも! 関節極まってるかも!!」

「えっあっ、済みません!」

 長門が何かリアクションを取る前に、秋津洲の四肢が限界を迎えた。いや、艤装を背負っているためダメージは無いはずなのだが、精神的に辛かったのかもしれない。

 慎重に、けれど素早く吹雪は三人を地面に降ろした。関節に異常は無かった様子の秋津洲が安心した様子で立ち上がり、明石達も状況は呑み込めていない様子だったが艤装を背負い直して態勢を整える。それを見届けると、吹雪は何かに気付いたようにあっと声を上げた。そのまま後ろを振り返ると、長門が止める暇も無く、崩れたテントに向かって走り出す。残像が見えそうな速さだった。

 反射的に長門も後を追おうと走り出し、数歩先に居た明石の横を通り過ぎた時、何かを頭上に掲げて吹雪が炎の中から飛び出してきた。そのまま長門の目の前に着地すると、お届け物ですと言わんばかりに長門の横にその明らかに吹雪自身より重量のある荷物をそっと据える。それはどうやら長門の装備するべき艤装だった。

「これ、使えますかね……?」

 吹雪は心配そうな声で聞いた。艤装にはかなり被弾の跡があり、修理の途中だったのか、部分的に装甲が剥がされてしまっている箇所もある。一目で状態を見抜いた明石達から絶望の悲鳴が上がった。

「折角直したのに!!」

「大破寄りの中破……って所かな……」

 完全に壊れてはいない。だが戦いに出すにはかなり躊躇する状態である。今回は夜戦になると思われるため長門は出撃を見送った方がいいかもしれない。だがそんな事よりもだ。

「お前は何をやってるんだ……!?」

 長門は吹雪を真っ直ぐに見つめていた。人によっては睨まれたと思うかもしれないくらい真剣な表情で、あまりの事に語気も荒くなっている。

 艤装は確かに長門に必要だった。出撃は出来ずとも身に着けていれば生存率は格段に上がるし、所在不明であるよりは対処もし易い。変色海域内で信頼性こそ損なわれているが、通信機だって付いている。身体強化量は変わらないため救助や工作も可能であるし、他にどうしようもなければただ味方の前に居るだけでも盾として機能しなくもない。総じて有ると無いとではあらゆる点で大きな差が出るのは確かである。

「生身で炎に跳び込む馬鹿がどこに居る!!」

 だがそれは、他の艦娘が命の危険を冒してまで得なければならないほどのものではない。まして最大戦力の担い手がやるべき事では絶対になかった。

 言われた吹雪も多少不味い事をやっている自覚はあったのか、少し目を伏せ、しかしすぐに長門の目を見返した。

「私の体は丈夫なんです、例のあの、体質のせいで」

「だとしてもっ……!」

 そういう問題ではない。魔力という特異な能力を計算に入れたとしても、発生するガスまで大丈夫と言う保証はないし、あったとしてもやっていいという事にはならないのだ。

「いや、話は後だ。艤装を取って来い、吹雪」

 ここで言い争う意味は無い。今ここは危険地帯であり、吹雪をこのまま生身で居させるのはリスクしかない。長門の冷静な部分がそう判断を下した。

「あっ」

「吹雪さんの艤装って」

「あの中かも……」

 修理工となっていた三人が不味いと冷や汗をかきながら指差したのは、吹雪が飛び出してきた炎を上げるテントそのものだった。それを見つめて、長門も吹雪も言うべき事を見失った。

「…………えっと、取ってきますね」

「いや……私が行く」

 長門は気勢を完全に削がれた。

 

 

 

「これは……どうなんだ、明石」

 急ごしらえとは言え多少は遮蔽になる仮眠施設の影に場所を移し、吹雪の艤装の状態の検分が行われた。折れたマスト、露出した核、抉れ欠損した排気塔、大発の出入口などは開閉部が消失してしまっている。長門が自分の艤装で物理ダメージを無効化しつつ運び出したその二つの艤装は、しかし、誰がどう見ても動くとは思えないくらいに大きく破損してしまっていた。

「お手上げですね……二隻とも轟沈判定です、基幹部まで逝ってますからこれだと浮く事すら……」

「やはりか……」

 これで吹雪は海に出られない事が確定した。艦隊は戦力が大幅に低下する事になる。幅が大きすぎて眩暈がしそうなほどだった。起動は出来ている長門の通信機からは概ね皆出撃態勢に入り終え、襲撃時に見張りについていた一部は既に航空機の一団と戦い始めている旨が聞こえて来る。

 どうやら敵の数はかなり多い様子だが、報告によるとその出現位置は砲撃がここまで届くとは思えない距離だった。最初の三式弾の二撃は突出した一体だけによるものだったようだ。多くが射程圏内に入っていないうちにこちらに迎撃態勢を取らせてくれた事は不幸中の幸いだったが、その一体が出した被害はかなり大きかったと言える。何しろ最大戦力の消失である。その一体に関しては、川内が勝手に首を獲りに向かった。夜でテンション上がって元々海に出ていたらしい。止めようにもいいタイミングで通信が繋がらなくなったので彼女に関しては後でまた始末書を書かせねばならない。

「仕方がない、避難するとしよう」

 今ここに艦娘は五人居るが、戦えるのは長門のみ。他は泊地修理特化装備をした三人と生身の吹雪だけである。動ける長門も海に出て動き回るには艤装の状態が心許ない。それならば四人を護るために動いた方が有益だろうという判断だ。

 その旨を宮里提督に報告し、想定されていた緊急時の避難計画通り、ある程度安全性の高い場所へと移動を開始しようと長門は周囲に目を走らせる。少なくとも見える範囲には問題は無く、レーダーにも影は無い。避難するなら今だろう。

「長門さん」

 そのタイミングで、吹雪が声を上げた。吹雪は何かに迷っているような素振りだったが、自分の中で何かが定まったのか、意を決したように長門の方をしっかり見て、言葉を続ける。

「私、戦えます」

 こいつは何を言っているんだろう。

 長門は返答に窮した。だって普通に考えて、今の状態で戦える訳はないのだから。正気を疑わざるを得ないのだが、吹雪の様子に特におかしな所はなく、普段より少し真剣そうなくらいであった。

「戦えるんです、私、艤装を付けていても付けていなくても、筋力とかは変わらないんです!」

 えっ、と周囲から困惑の声がした。長門はある程度把握していたが、他の娘達はそうではない。突然の告白に目を白黒とさせていた。

「……だとしても、海には出せない」

「私、水の上なら走れます! 以前試しましたけど、沈んだりしません。変色海域だって大丈夫です!」

 吹雪は片手を前に差し出した。なんだと四人が注目すれば、その拳は突然光を放ち、周囲を明るく照らし出す。

「無効化能力だって自力で貫通出来ます、自分の体に付与出来るんです!」

 言いながら、吹雪は自分の壊れた艤装に歩み寄ると、折れて使い物にならなくなったマストを取り外した。それを軽く宙に放り、輝く拳を一閃させる。一瞬の後、乾いた音を立て、縦に両断された帆柱が地面を転がった。

 ひえっと小さな悲鳴が上がる。素手で金属を切り裂くのを見せられて、驚きのあまり誰かの口からつい出てしまった物だった。

「お願いします長門さん、行かせてください!」

 吹雪は真剣な目で長門に許可を求めた。その瞳からは、一切の恐怖も焦りも感じられなかった。

 

「駄目だ」

 

 長門が思ったより、言葉はすんなりと出て来た。吹雪の方も却下されると分かっていたのだろう、やはりという雰囲気が出ている。だが、諦める事はしなかった。その薄い表情から、何か説得材料を探そうと頭を回転させているのが目に見えた。

 

 長門が覚えている限りでは。吹雪は勝手な振る舞いをする事は少なかった。殆どの事はしっかりと許可を取ってから行い、突飛な事をするのは大体が緊急時か伺いを立てる事が出来ない場合だけである。たとえば今回であれば、突然の襲撃に対して咄嗟に明石達の救助に向かい、混乱したまま生身で長門の艤装も取りに炎の中へと走って行ってしまっただけなのだろうと理解していた。

 それはつまり、吹雪にとって突入する空間が燃え上がっているなんて程度の話は、躊躇いが発生するような事態ではないという事だ。生まれつき身体能力がおかしい故か、根本的に安全圏の範囲が他人と大きく違っているのだ。

 吹雪は素直に命令を聞き、非常に強く、真面目に戦いに取り組む模範的と言っていい艦娘である。だが、兵士として訓練された人間では決してない。だから、ついやってしまうのだろう。考え込む時間が無い場面で、普通の感覚では死に直結すると思われるような行動を、何の気負いもなく、その場の勢いで。

 長門は隼鷹の言っていた事を思い出した。成程、確かにそうだった。それが常識の範囲を逸脱し、許される範囲に収まっていないというだけで、言っていた通りだったのだ。

 この娘はできる事をできる範囲でやっているだけだ。

 無装備で戦いに行くのも、その範囲内であるというだけの話なのだ。恐怖などあろうはずもない、できて当然な事をできると宣言しているだけなのだから。焦りなどあろうはずもない、仲間を案じるあまりに無理を言っている訳でもないのだから。

 判断基準が違い過ぎるのだ。普通と異常の境を頭で理解できているのに、感覚的にはまるで一致していない。普通の人間から見て相当の覚悟や集中を必要とするように見える事が、吹雪にとっては片手間で出来るような事でしかない。吹雪はどうやら今の状態でも戦いに行けば勝てると確信しているし、おそらくは、本当に余裕で勝って来るのだろう。

 なんとも頼もしい話だ。危機的状況の場所に置いておけば、自分から戦って勝ってくれる。人間として扱わない方が、きっと誰しもの利益になるのだろう。

 鎮守府の外を見渡せば、幼い英雄に向けた賛美の声などいくらでも聞こえて来る。艦娘に頼るしかない現状、それは仕方の無い事だ。特に吹雪の場合、場所も時も選ばずにそう言われるだけの成果を上げるのだから、そりゃあ頼りにもされるだろう。長門だって、頼っていないなどとは口が裂けても言えない状態である。全体に練度が上がり、倒せる敵が増えてきた今であっても、同鎮守府の戦果の過半数は吹雪が挙げているのだから。

 たった一人を前線に縛り付けておくだけで、半永続的な勝利が約束される。なにしろ吹雪は最早不老である。百年後でも千年後でも、その戦闘力が損なわれる事は無いだろう。

 深海棲艦はいつか居なくなるのだろうかという議論は暇なく行われている。尚早過ぎて結論なんて出ない話ではあるが、前線で奴らを見続けて来た長門には、消えて無くなって全てが解決するだとか、そんな事は有り得ないように思えた。

 だからそれと戦う事の出来る艦娘は絶対に必要なのだ。吹雪は戦わなければいけない。だって戦えるのだから。だって誰よりも強いのだから。

 できるのだからできるだけの事をしなければならない。

 

 そんな馬鹿な話があってたまるものか。

 

 吹雪は召集されてきた一般人だ。おそらく、正義感に燃えて知らない誰かのために行動するタイプでもない。目の前の手の届く範囲を護ろうという優しさはあれど、見えない所で死んで行く誰かのために身を捧げようという人間ではないのだ。そうであったなら、最初に深海棲艦が現れた時に戦いに赴いているだろう。本人の言が正しいのなら、当時も今とほとんど変わらない戦闘力だったはずなのだから。

 吹雪は『普通の』善い娘なのだ。決して逸脱した無私の精神を持った人類への奉仕者などでは全くない。それが、危機に瀕した日本のために、自由を奪われ戦いに身を投じさせられている。どう言い繕ったところで、その事実に変わりはない。

 滅びの危機なのだから、戦える人間は戦うべきなのだろうか。きっとそれはその通りだ。そう思って自分から戦いに行く奴の事をきっとヒーローと言うのだろう。現実に居たらとてつもなく有難い存在だ、けれど迷惑な一面も少なからずある。だってそれは、許可も得ずに勝手に戦っているという事でもあるのだから。

 そういう意味で、吹雪はヒーローではない。その場の判断で暴走する事はあるが、勝手に戦いに行った事は無いのだ。どちらがより善いとかの話ではない、性質が違うのだ。

 意識的なのか無意識なのかは分からないが、吹雪は自分が力を使う事に、制度的な許可を求めている節が見える。おそらくは、勝手な判断で動いた場合の影響を自分で読み切れていない。やれるかどうかは分かっても、やっていいのかが分からないのだろう。だから許可さえあれば、その善性から喜んで命令を全うしてくれるのだ。

 ならばその許可を与える側は無制限に命令をするべきなのだろうか。やらせればできる。だからやらせる。正しいように思える。平時ではないのだ、前線で潰れもしない奴を使い倒して責められる謂れも無いだろう。

 戦えるのだから戦わせるべきなのだ。強いのだから他人を護って当然なのだ。できる人間はできる事を十全にやって、それで初めて今の状況を打破出来るのだから。

 そんな事を厚顔無恥に言う奴が居たら、間違いなく長門はぶん殴っている。 

 そもそもやれる人間はやれる事を全てやるべきなのだと言う話が大嘘だ。そうであるのなら、何故内地で安全に暮らしている連中は己の隣人を護るために海までやって来ないのだ。倒す事は不可能でも、やれる事などいくらでもあるというのに。

 日本国においてすべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有するからか? 全く以ってその通りだ。否定出来る要素が無い。だがそれは吹雪も持っている権利のはずだ。強いと権利を剥奪されると言うのでもない限りは。

 吹雪が戦いに怯える人格だったらもっと分かり易かったかもしれない。出来る事をやるだけだからと全く恐怖を感じないような奴だったから、こんなに分かり辛くなっているのだ。それを責めるのはお門違いだろうけども。

 

 吹雪はどうにか許可をもぎ取ろうと頭を悩ませている。戦いたいのではなくて、やれる事をやらずに後悔する羽目になるのが嫌なのだろう。その気持ちは長門にもよく分かった。だが絶対に、それをさせる訳には行かないのだ。

「吹雪」

 長門は吹雪の名前を呼ぶと両肩に手を置き、目線を同じ高さに揃えた。初めての事に吹雪が動揺するのが伝わってくる。造形が整ってはいるが、極端に綺麗でも濁っている訳でもない、普通の目をしていた。

「お前は法律上、他の艦娘と同列に扱われている」

 えっ、と吹雪が声を漏らした。何か考えていた事と全く違う事を言われて目を瞬かせている。吹雪が混乱している間にも、長門は言葉を続けた。

「艦娘は法律上、艤装を使った場合にのみ、深海棲艦との戦闘を許される」

「はい……でも、私、艤装が無くても戦えます。絶対に勝って見せます」

 長門は静かに首を振った。そういう問題じゃあない。艤装が無くても吹雪は深海棲艦に勝てるだなんて事は、とうに予想が付いていた。それだけの情報は吹雪自身が開示していたし、実際に見せた能力から考えても明らかだ。でもそれが正しかったとして、無装備での出撃が許可される事など有り得ない。

「違うんだ吹雪。戦う事が可能なのと、戦っていい状態である事は全く違う事なんだ」

 吹雪は今、戦闘不能状態である。実際にはどうであったとしても、今の吹雪を制度上で戦闘可能と扱う事は不可能だった。

「……戦ってはいけないって事ですか?」

「少し違う」

 長門の返答に吹雪は訝しげな顔をした。そういう表情は読み易い。表現は薄いが誤魔化そうとはしていない故だろう。素直なのだ。

「お前は今、戦えない状態なんだ」

 何を言われてるのか分からない。自分の主張を完全に無視されて、吹雪は困惑していた。

「吹雪、艦娘が深海棲艦と戦っているのは、艦娘以外は誰も戦う事が出来ないからだ。戦える人間が、戦えない人間を護っているだけなんだ。だが、その戦えるかどうかの基準は、あくまでも艤装を使えるか使えないか、そこだけだ」

 戦いに恐怖を感じない吹雪と、模擬戦ですら忌避する臆病な艦娘達とで、法律上の違いは一切ない。ここで吹雪が戦いに出るのが許可されるのであれば、他の、普通の艦娘達も生身で戦わせていい事になってしまうだろう。

「艤装が無い時の艦娘は、ただの一民間人だ。護られるべき普通の子供なんだ。いや……本当は、艤装が無い時だけじゃない。本当なら普段だってそのはずなんだ。お前達に頼ってしまう私がこんな事を言っても納得出来ないかもしれないが……」

 肩に置かれた長門の指に少し力が篭る。吹雪にとっては痒くもないくらいのはずなのに、なんでか、それが少し痛く感じられた。

「吹雪、お前も普通の日本国民なんだよ」

 現実的に吹雪は強い、それ故、休ませてやれる暇は殆ど無い。でも、それでも、吹雪が本来享受するべき権利が消えて無くなるというのはおかしな話だ。だから。

「吹雪、お前だって、艤装が無い時くらいは誰かに護られていいんだ……!」

 吹雪が子供でなければまた言う事が違ったかもしれない。今がもっと追い詰められていればこんな事は言っていられなかったかもしれない。不合理で、平等性すら無いと長門自身分かっていた。だがそれでも、長門が平和な国の中で培ってきた倫理観は、年端も行かない子供を命綱すら持たせずに戦場に出す事など、絶対に許さなかった。

 

 

 

 

 

 次の瞬間には、長門は何処かの港に居た。背負っていたはずの艤装は無く、捕まえていたはずの吹雪も目の前から消えている。見渡せば青々とした真昼の空、それに海。静かだが力強い波の声。埠頭には一隻の戦艦が着けている。

 そこはいつも見る、集合無意識の長門の中だった。普段通り穏やかに、柔らかな日差しが辺りを包み込んでいる。でも何故突然自分はここに居るのか、長門にはそれが分からなかった。ここで戦艦長門を眺めながら艦娘の長門と話をさせてもらう事もあるが、自分からではなく向こうからというのは初めての事だった。

 

 ――清実。

 

 急に長門――清実は名前を呼ばれ、振り返った。一部には装甲が付いているものの腋や腹などの露出の多い服、全体に女性的でありながらも何処か力強さも感じさせる体付き。艶やかな腰まである黒髪を風にたなびかせ、見た目には気の強そうな眼で清実を見つめている。そこには果たして、人類の集合無意識内で産まれた戦艦の化身、艦娘の長門が佇んでいた。

 長門の口元にはどこか満足気な笑みが浮かび、鋭さを感じさせる眦も幾分か緩んで見える。空間の特性故か、清実にはなんとなく、長門のそれが同志に向ける親愛の表情であると理解出来た。

 

 ――子供(くちくかん)は、守護(まも)らねばな。

 

 何か振り仮名(ルビ)おかしくないですか。言葉と共に乗せられた想いも一緒に受け取った清実は、少し自分の感じ方が正しいのか不安になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の肩を押さえていた長門さんの力が一瞬緩んだ。そう思った次の瞬間、長門さんの内側から今までと違う力が溢れて来るのが分かった。

 島風の魔力を感知して以来、私は触れる程距離が近ければ相手の魔力を感知出来るようになっている。長門さんはどうやら魔力の訓練を始めていて、ある程度魂の奥から引き出す事が出来るようになったみたいなんだけど、その漏れ出た魔力の合間から、違う力が滾っているのを感じたのだ。

 自分も似た物を与っているから分かる。おそらくそれは艦娘の、戦艦長門の魂の一部だった。つまるところ長門さんは、今この瞬間に改二の条件を満たしたのだろうと思われる。理由は……まあ、その、私をちゃんと止めたから、なんだろうか。この場合。

 いやしかし、そうか。そうなるのか。私が戦えば被害も消費もかなり少なく出来る自信はあるし、三式弾の威力が大したことが無かったのを鑑みれば負ける事もまず無いだろうと思うのだけれど。それでも長門さんだけじゃなく、集合無意識側から見ても、私は今戦うべきじゃあないらしかった。

 っていうかね。私今滅茶苦茶恥ずかしい。こう、長門さんに言われて初めて気づいたんだけどさ、私がさっき言った事ね、要約するとさぁ。

『私は強いんだから特別扱いしてよね!!』

 って事になるんだよね。うわっ……私の自意識、過剰すぎ……?

 あれだね、私たぶん文月と真逆の事思ってたわ。文月は才能故にそれを使うのを躊躇ってたけど、私は天与の能力故に使わないのを躊躇ってたとこあるよね。とりあえず命令こなしたらその日は満足して寝てたんだけど、体は動くのに仕事が出来ない状態だとこうなるのか私、初めて知った。

 いや実際特別扱いしてくれた方が色々捗ると思うんだけど、そりゃ制度上は無理だわ。分かってたけど、許可出せるわけないよねっていう。前に九曽神艦隊の大淀さんも心配してたけど、下手な事して私に何かあった場合命令した人は酷い事になる可能性もあるみたいだし。

 まあ長門さんはその辺りを考えて却下したわけではないのだろうけどね。なんか、なんだろう。どうやら私は思っていた以上に長門さんに心労を与えていたっぽい。根本的に真面目な人で、召集された子供達を戦わせるのに抵抗を持ってるのは分かってたんだけど、さっきの私の無配慮で無思慮なおねだりを聞いて溜め込める容量を超過してしまったようだった。私に怒りをぶつけるような発露ではなかったけれど、キレてたよねさっきの。おブチギレにおなり遊ばされてたよね。色々申し訳ない。

 いやまさか、チート転生者として生まれ変わって、その力をちゃんと発揮して、その上で護られてていいとか言われると思わなかった。この状況で子供は子供だと、両親以外でそんな事言ってくれる人がいるとか予想外だった。私そういうの好き。二次専じゃなかったら惚れてたかもしれん。二次専だからそういうの無いけど。

 正直、出撃した方がいいっていう考えは間違ってないと思うのだけど……私のたぶんちゃんとやれるから大丈夫だなんて軽々しい主観だけの私見じゃ何の保障にもならないのは確かだ。報告書出せるレベルの検証をちゃんと他の人を交えてやらないと根拠には全くならないだろう。なのでもう、行きたかったら命令違反して勝手に行くしかない訳なんだが、それは最終手段にしておいた方がいい気がする。間違いなく勝手を通した事は問題になるし、いざって時に信用が足りなくて何かの許可が下りませんでしたってなると困る。

 今がそのいざじゃないのかって話なんだけど、それは微妙な所だ。だって、私がここで出ないといけないような状況なら完全に作戦は失敗なんだから。私がここに居ない時どうすんだよって話になっちゃうもん。逆に、この状況でも押し返せるのなら作戦は続行になるだろう。たぶん、なのだけれど、私がここで勝手に行って、作戦が白紙に戻ると、九州の死者は増えてしまうと思う。

 仲間に関して言うなら宮里艦隊はかなり強い。もし、戦況が悪くなるにしても一瞬で壊滅とはならないはずで、撤退とかもちゃんとやり切ってくれるはずだ。だから何かあったとしても、それを聞いてから私が海面を走って駆けつけるくらいの余裕はあると思う。たぶん、きっと。

 まぁそんなのは今思い付いた出なくていい理由探しな訳なんだが。

 

 なんて考えてたら長門さんの意識が帰って来た。時間的にはごく短いそれこそ一瞬と言っていい程度だったのだけれど、私から視るとビフォーアフターでかなりの違いを感じる。長門さんが艦娘の魂の一部を取り込んだのは間違いなさそうだった。

「長門! 吹雪!」

 私達が見つめ合いになっていると、大きなシルエットがこちらに向かって声を上げながら走って来た。見れば宮里提督である。提督は向かい合っている私達の所までやってくると、背負った艤装で若干動き辛そうにしつつ、私に向かって口を開いた。

「話は聞かせてもらいました」

 どうやら長門さん、通信機付けっぱなしで私の説得に当たっていたらしい。え、全部聞かれてたの? やだ、羞恥心で焼け死にそう。

 私はそんな心持ちで、長門さんもやっちゃった系の表情をしていたのだけれど、他の人達的には恥ずかしいような事ではなかったらしい。宮里提督は至極真面目な表情で、揶揄したりする気は一切ないであろう口調で、顔から大炎上を起こしそうな私に向かって語りかけた。

「吹雪、貴女を出撃させて万に一つの可能性で死なれた場合と、出撃させずにそれなりの確率で他の艦娘が失われる場合の、最終的な被害の期待値の話をさせて貰いますね」

「いえ、結論(オチ)が読めたので大丈夫です……」

 どうやら理詰めで言っても私が生身で出撃する根拠は薄いようだった。

 

 

 

 宮里提督は長門さんも私もまともに艤装が動かないと聞いて、出撃する皆を送り出してから護衛に来てくれたらしい。本人曰く、夜戦で自分が出ても足手纏いにしかならないからとの事だった。陸で警戒に当たってた方がマシだそうな。昼戦ならかなりの戦力らしいんだけどね。

 出撃できない事に納得した旨を伝えると、宮里提督だけでなく、明石さん達も含めて全員があからさまにほっとした様子を見せた。うんまぁ、頭おかしくなったとしか思えないからね仕方ないね。

 提督の大和には猫吊るしが乗り込んでいて、私の頭にぴょんと飛び乗ると、気持ちは分かると囁いて深く頷いた。分かってくれて有難いのか聞かれてて恥ずかしいのかよく分からん感情が湧いてくるから掘り返さないで欲しい。でもありがとう。

 壊れた私の二つの艤装、輸送艦吹雪参号と肆号は私が担いで行く事にした。放置は色々忍びないし、盾にならない事も無い。それくらいは提督たちも許してくれた。私がひょいと軽く持ち上げてしまったのもあるだろうけど。

 それじゃあ急ごうと避難のために動き出すと、その道すがら長門さんから集合無意識から長門の魂の一部を借り受けた事が提督に報告された。やっぱりあちらに意識が飛んでいたらしい。宮里提督は驚いていたようだったけれど、貰えた事自体は意外そうな感じではない。駄目だった事の方が予想外でしたもんねぇ。

「体調に問題は無いですか? 肉体的には受け取っても大丈夫と言っていましたが……」

「特に変化は無いな。むしろ、どこかすっきりとした気分だよ」

 長門さんは以前に艦娘の長門さんから、改二になるのに十分なくらい体は強化されていると言われていた。だから今回保留はせずに受け取ったのだろうと思われる。そもそも勝手に受け取らないようにっていう通達は不老化なんかのリスクを説明するためだから、知ってる長門さんには関係ないし。受け取れる時に受け取らないとまた何かの理由で断られるかもしれないしね。

 ただまあ、今貰って意味があるかと言われるとあんまり無い。この世界の艤装ってゲームと同じで改二にするために改装を挟まないといけないから、今すぐになれる訳じゃないのだ。私の時は何時間もかかるようなのではなかったけれど、戦艦の場合はどうなのだろう。

「ねえ猫吊るし、戦艦の改二改装って時間掛かる?」

「ちょっとは掛かるけど、吹雪の時とそんな変わらんと思う。艦種で変わったりはしないな」

 その辺りも艦これと変わらない感じかな。一瞬で終わらないとこは違うけど、建造や入渠と違って長さは同じであるらしい。なんかこの世界って変な所がゲーム準拠になってるんだよなぁ。そういう世界に作ったのだとは思うけれど、そのおかげで抜け道が出来たり融通が利かなくなったりしている気がしてならない。

 そんな世界の仕組みに関して想いを馳せると、ふと、とある現象の事を思い出した。

「…………ん、そういえばさ、アレだと改二になった時って艤装のダメージ直らなかったっけ」

「ん、うん。あー……直るな、アレだと」

 声は自然と囁き合うように小さくなった。どちらも口にはしなかったが、ゲームでの話である。HPは全快するとか確かそんな仕様だったはずだ。いやでも、まさかそんな。それは流石に無いと思うのだけれど。

「こっちでも直ったりする?」

「……直るなあ」

 直るのか。ええ、そんなとこ原作準拠なの? いやなんか最後に光って変化を誤魔化してる感じだったから直っても視覚的におかしな事にはならないんだろうけどさぁ。

「じゃあ長門さんの艤装って改装しちゃった方が早いんだあれ……」

「だなあ」

 戦艦は修理に時間が掛かる。ゲームと違って事に当たっている工作艦や工廠の妖精さん達の実力次第で時間は短くできるものの、大破に近い状態となると宮里艦隊の面々であってもかなりの時間を取られる事は想像に難くなかった。

 その手間を省けるのであれば、長門さんが今改二の資格を手にしたのは十分に意味があったと言える。とはいえだ。

「それって今できる?」

「いや、工廠が出来上がってないから流石にちょっと。吊り下げたり持ち上げたり出来ないと細かいとこがムリダナ」

 それに短いとは言っても時間が掛からないという訳ではないから、今から始めて戦闘が終わるまでに間に合うかって問題もある。可能だったら長門さんが参戦できて現場の指揮が捗っただろうけど、聞いてみたら妖精さんの働きぶり次第だからなんとも言えないそうな。やっぱり猫吊るしが居ると早く終わる案件らしい。そういや指揮してたね。

 今戦況はどうなんだろうか、まだ出たばっかりだから事態が動いてもいないだろうか。砲撃があれ以降来ないのを見ると、川内さんは突出していたという相手と交戦してるのかもしれない。っていうか、川内さん絶対また怒られるぞ……営倉行きとかあるのかな?

 しかしこうなると、猫吊るしがこっちに来たのはちょっと勿体なかったかもしれない。誰かしらと一緒に行けば多少なりとも乗せた娘の強化になったんだけど。特に島風なら魔力ブーストを使えるようになって相性が良い。まあ連続使用でなければ居なくても大丈夫だけどさ。

 私もそうだけど、チート能力持ちを手持無沙汰にしておくのはなんだかかなり勿体ない。猫吊るしだったら今できるのは、やっぱり状況を無視してになっちゃうけど施設整備とかになるんだろうか。あとは見張りか、定期的に放り投げて周囲を見てもらった方がいいかもしれない。ああ、多少なりとも傷ついた明石さん達の修理もあるか。結構できる事あるな。流石便利系能力。

 翻って私はどうだろう。私って身体能力高いだけだからな。設営の手伝いは出来るけど、専門知識が無いから本当に力仕事だけになる。艤装関係なんてさっぱり分からないし、前にもやったけど重い艤装を持ち上げて移動させるくらいしか手伝えそうにない。

 そう持ち上げて。持ち上げて……?

 持ち上げられるやん。

 え、行ける? 私がクレーン代わりになれば長門さんの改装行けちゃう?

 いやでも、結局時間的にどうなんだろう。そっちは短縮しようが…………いやあるわ。あったわ、猫吊るしの作業速度を上げる方法。以前に試して、結局可能だった奴が。あれ、でも両立できるかこれ?

 猫吊るしは実際、一人で工廠の妖精さんの仕事は全部できる。一つ一つのクオリティもスピーディさも段違いで、他の妖精さんとは一線を画した能力を持っているのだ。でも手数や移動の問題はどうしても避けられなくて、複数の妖精さんを指揮しながらの方が通常は能率が遥かに良いのである。でもそれは、猫吊るしのサイズが艤装に対して極端に小さいのが一番の原因なんだよね。

 私は思い付いたそれを猫吊るしに実行可能か確かめた。猫吊るしは呆れたような顔をして、私の警戒心の薄さを心配しつつも、行けるだろうと太鼓判を押してくれた。

 

 

 

 長門さんの艤装を改二にしちゃいたいんですがと二人で改二改装の仕様も説明しつつ宮里提督にお願いしたら、提督はちょっと考えて許可をくれた。理由としては長門さんの修理が本来かなり時間が掛かるのと、私が機械類の代わりになるからどこでもできるという事、それと猫吊るしが大丈夫と言ってるからというのが大きかったと思う。私が他の変な事言い出すよりは、っていうのもあるだろうけど。

 避難先に指定された場所はまだ設置の全然済んでいない工廠予定地の中だった。ここが現状一番頑丈に出来ているらしい。すぐ近くに工具とかもあって大変都合がいい。まるであつらえられたみたいだね!

 長門さんから艤装を受け取り、片手で持ちながら底の方を弄れるかチェックしてもらうが問題無し。私はやり方が分からないが、猫吊るしならどうにでもなるだろう。

 明石さん達は自分達の艤装を互いに修理して戦闘部隊の帰還に備えるとの事で別室へ行った。損害はそこまでではないようで、また砲撃があったりしなければ問題無く直せるだろうとの事である。宮里提督もお願いしますと私達に告げて自分は外の仕事に戻って行った。海には出なくても色々やる事はあるから見守っている暇は無いのだろう。自衛隊の艦娘の皆さんも警戒に当たったりしているため、ここに居るのは私と猫吊るし、それに長門さんだけだ。

 それじゃあささっとやっちゃおうかとそれっぽい工具を猫吊るしに言われた通りに搔き集め、長門の艤装に向かい合う。長門さんに始めますと声を掛け、頷いたのを確認して、私は全身の力を抜いた。途端、頭上から全身を何かの力が駆け抜けていくのを感じた。

 

「改二改装の時間だオラァ!!」

 

 私の喉から、私の声で、私の物じゃない言葉が飛び出す。いや、私の時も言ってたけど、お前それ毎回言うの? いいけど、長門さんびっくりしてんじゃん。気配で分かるわ、ビクッてしてたよ今。

 体の方は具合を確かめるように二本の足でしっかり立ち、握った拳をもう片方の手で包み指を鳴らそうと奮闘している。ごめん、私の体そういうの鳴らないんだわ。ちょっと不満そうに眉を寄せると、まあいいかと言った感じで置いてあった工具を艤装の周囲に適当に転がして、迷い無く装甲を剥がして機関部に手を突っ込んだ。

 傍から見たら、きっと私が力任せに引きちぎったように見えただろう。一秒にも満たない時間の出来事で、何か工作染みた事をしているようには感じられなかったはずだ。だが違う、ほぼ一動作で解体したため分かり辛いが、接合部はきっちり外せる所は外されて、溶接されている所も後を考えて綺麗に切り裂かれている。っていうか、目線の操作ができないのもあって私も視認は無理だった。手の感覚で何やってるかは分かったけれども。

「待て吹雪、お前ちゃんと指示を受けているのか!?」

 当然後ろから見てた長門さんには何が起きているのか意味不明である。妖精さんの言う事聞いて私が作業するって言ったからねそりゃあね。長門さんは今猫吊るしも見えてないはずなので、なんか私がいきなり艤装壊し始めたように見えてるだろう。

「大丈夫、指示通りです!」

 私の声を使って私の言葉で返す。その間にも体はガンガン動いていて、轟沈した私の艤装の奥から使える一部を切り出すと、それを長門から取り出した缶と手元で融合させた。いや、手順的には解体して組み合わせて新しい物を作ってるんだが。

 長門さんはその魔法染みた光景を見て凄く胡乱気な声を出していたが、実際指示通りなんですよねぇこれ。声で指示してるんじゃなくて、頭の上から体に直接指示出してるだけで。

 いやでも、長門さんが納得できないのはよく分かる。だって私もこんなんなるとか思ってなかったもん。私の体は身を乗り出すと砲塔を解体して取り外しつつ艤装の周りをぐるりと回る。戻った時には長門は全武装が取り払われて床に並べられていた。それ先にやった方が早かったんじゃないのかと思うが体勢変える方が手間だったんだろうか。

 私の体は腕を伸ばし、かなり簡素になった長門を持ち上げると、工具と一緒に軽く上に放り投げる。長門さんがえっと声を上げ、私も流石においと声が出た。次の瞬間には滅茶苦茶な精度で指先が動き、気付けば底面の作業は全てが終了していた。体は片手で艤装を受け止めると、遅れて落ちて来た切断機なんかと一緒に音もなく床へと戻し、次の作業へと取り掛かる。

 滅茶苦茶である。いや、チート転生者が二人でチート能力組み合わせて作業してるんだから仕方ないんだけど。私の筋力、器用さ、素早さが『なんか』『つよい』体を猫吊るしが知識と経験とかを組み合わせて『いろいろ』『つかえる』んだからこうなるのは自明の理だったんだろうけど。それにしたってお前、あれだよ、フリーザ最終形態になるかと思ったらゴールデンフリーザになってたみたいな超進化してるよこれ。

 人生何が役に立つか分からないとは言うけれど、よもや猫吊るしとゲームしたのが役に立つとはやってる時は思わなかった。私の体を猫吊るしの能力で操作できるのは分かってたけど、五感やなんかも全部使わせるとこんなんなるとは私の動体視力をもってしても見抜けなんだ。

 しかもこれ、私自身も体の操作権を失ってる訳じゃないんだよね。どういう器用な真似したらそういう事になるのかはさっぱり分からないんだが、今私の体は猫吊るしと私の両方が好きに動かせるのである。私がチート能力で強化している体を猫吊るしが上から操ってる状態で、別に私が動かすのを封じてはいないからとかそんなんだろうか。感覚的に猫吊るしの操作より私の意志の方が優先されるっぽいのはなんだろう、気遣い?

 問題点としては、この状態で戦闘するのはあんまり意味が無いって事だろうか。どう見ても私より体を使いこなせているように感じるのだが、どうしたって反応速度とかは私自身が戦ってる時の方が高くなるらしいのだ。別に出力が上がる訳でもないので戦闘に関しては私が自分でやるのが最高効率じゃないかと本人が言っていた。

 とはいえ、作業精度に関しては話が別だ。猫吊るしの頭の中の設計図通りの物であるのなら、どこをどう外して組んでくっつければいいのか分かっている状態なのであれば、この手が通り過ぎた瞬間にもうその作業は終わっている。猫吊るし単体だと速度も力も大きさも足りていないのでできない芸当なのだけど、私の体がその弱点をカバーしてくれた。

 指とか凄い気持ち悪い動き方してるからね! どうせ最後はモーフィングだからって時間の掛かる溶接じゃなくて有り余る力に任せて圧縮接合してやがるからね猫吊るし! ボルトとか指で外して指で付けてるからな! しかも二本じゃなくて一本で!! これ改二以外で使えねーわ、謎の光さんに仕上げ任せてるようなもんだぞこれ! ちょっとそれで大丈夫なのか心配になるんだが、猫吊るしだから大丈夫だろう。きっと。

 

 長門さんが目を白黒させながら私の体で行われる奇行の数々を見つめているうちに、猫吊るしは作業を終えて一息ついた。時間にして三分も経っていないように思われる。目の前にはそれなりにパーツが増えたり減ったりしている長門の艤装。私の輸送艦吹雪と比べると仕上げ前から結構見た目が変わっている。

 猫吊るしは散らばった工具を脇へと片付けると、長門さんの方を振り向いて一礼した。同時、私達の足元に妖精さん達が生地のようなものを持ってえっちらおっちら歩いて来る。

「……終わった……のか?」

 呆けたような声だった。長門さんは声が結構可愛らしいのでドキッとする。二次元ならギャップ萌えとか言われる類のアレが発生してた。

「はい。仕上げ……の前に、計測させて貰ってもいいですか?」

 そう言って、私は妖精さんが一緒に持ってきていたメジャーを手に取った。頭上では猫吊るしが次は縫製じゃーと言いながら見えない敵を相手にシャドーボクシングをしている。テンション上がり過ぎだろお前。

 私よりはかなり背のある長門さんは、動揺から抜け出せないまま私with猫吊るしにメジャーでグルグル巻きにされ、体のサイズを正確に把握されてしまった。その時の感触からかなりの筋肉量でありながら各所に柔らかさも残っている事が把握できたのだが、その辺りの情報は宮里提督以外が知るべきではないと思うので脳の奥に封印しておこうと思う。

 計測も時間的にはごく短かったのだが、その間に多少は気を取り直せたのか、長門さんはしっかりとした目で自分の艤装と向き合った。切り替えが早い。私達は長門さんの新しい制服作りに使う道具を妖精さんから受け取りつつ、それじゃあお願いしますと仕上げをするよう促した。

 長門さんは一つ頷くと艤装に向かって歩み寄り、以前よりシンプルになったそれに軽く触れる。そのまま瞳を閉じると、一瞬何かを祈るように動きを止め、その目を薄く開いた。

 瞬間、長門の艤装は眩い光を放ち、長門さんはその洪水に飲み込まれる。私達はそれを生地を裁断しつつ縫い合わせて金属部分を曲げ伸ばししながら見つめていた。

 

 変化は一瞬だった。艤装は破損個所の全てが癒されたその真の姿を露わにし、同時に生まれた新たな武装がその威容を誇っている。私達も新しい制服の縫製を終えた。

 長門さんの改二の艤装は全体的には戦艦を二つに割ったような形状をしていて、私の知っている長門改二と似ているように見える。だが全体に砲の数は少ない。これは恐らく増設が可能なので出撃前にさっき外したのを付けた方が良いだろう。

 特徴的なのはその二又に分かれた船体の左右両方に取り付けられた追加装甲だ。増設バルジ……なのかこれ? なんかどっちかって言うと盾っぽいんだけど。砲台の直下から左右の底面近くまでを覆ってて受け流しとかできそうなんだけど。でも形状的にはギリギリバルジ……いや、うん。バルジって事にしておこう。艦だからね、きっとバルジに違いない。盾じゃなくて。先端が尖ってるから衝角成分もある気もするし。

 全体的にも要所の装甲が厚みを増していて、その表面は正面を向かせない事で貫通し辛くなっている。傾斜装甲って奴だろうか。どうも関節部がかなり上下に動きそうなので当て方を間違えなければかなりの防御力を発揮するだろう。

 後は恐らく、缶も特別製になっている。猫吊るしが改装している時の感触は私にも伝わって来ていたのだが、機関周りは大幅に弄られていた。それを鑑みるに、たぶんこの長門改二は速力も改善されているものと思われる。

 合わせるとこの長門改二は、盾のような物を二つ持って高速で動き回る高耐久艦であろう。

 うん。あれだな。

 メイン盾だなこれ。

 かばう持って味方を護って走り回るナイトじゃないかなこれ。

 

 

 

 いや、長門さん旗艦なんですけど。庇われる側なんですけど。

 

 え、庇うの? 長門さんが前に出て?

 いやこう……大人として間違った姿ではないと思うけど、戦艦としてはだいぶ間違ってる気がしてならない。好きだけど、これ宮里艦隊の戦い方に噛み合う? たぶん燃料消費増えてるんだけど、大丈夫ですかね?

 しかしそんな事を今ここで考えていても仕方がない。とりあえずこれで海には出れるのだし、通常の長門でも長門さんは戦力的に問題があるわけじゃない。私はとりあえず、手元の真新しい制服を長門さんにお届けする事にした。

 長門さんは自分の新しい艤装を見つめていたが、私の声にはっとすると、こちらに向き直って真面目な顔で制服を受け取った。そして着替えなければならない事に思い至ると、端に寄って行き、私に一声かけるとその場で服を脱ぎ始める。私は全力で目を逸らした。

「よし吹雪、とりあえず外してた装備元に戻そう、装備スロットは増えてるみたいだからバルジはそのままでも行けるはずだ」

 猫吊るしもそちらを見ないように改装の話へと意識を戻したようだ。っていうか、これ猫吊るし的には普通にバルジらしい。まあ猫吊るしが言うならそうなんだろう。私の見立てなんかよりよっぽど信憑性がある。

 猫吊るしの魔力に身を任せれば、さっきの動きと逆回しで砲台が取り付けられて行く。プラモデルでもこんな簡単にくっ付かねぇよと思わされる速度だが、そこはチート能力の面目躍如、ついでに補給もサクッと終えて、いつでも長門改二が動かせる態勢が整った。生地を届けてくれた妖精さん達も、のりこめーと艤装に向かって殺到していく。

 振り向けば着替えの終わった長門さんがこちらを見つめ、一瞬目を離した隙に戦艦として完成している事に驚いているとも呆れているとも付かない表情をしている。新しい服装は普通の長門改二と大差ない。全体的な露出は減っているけど相変わらずのへそ出しで、色合いも殆ど一緒だと思われる。

 ただ違う個所もあって、腕部は手袋というよりは籠手のようになっていて、脚部も装甲に覆われている。やっぱ盾職だわこの人。マントみたいなロングコートなのと頭に突起の付いた冠のようなものを着けているのも相まって、見た目が完全に騎士然としたそれになってる。おへそは出てるけど。

 長門さんに道を譲ると彼女はコートの裾を翻しながら早足で艤装まで歩を進め、艤装の端に手を掛けると同時、そのまま一気に起動状態まで持って行った。今まで以上に深く力強い振動が工廠を揺らし、出入口を越え外の世界まで鳴り響く。隣の部屋から早いもう終わったのかと明石さんの声が聞こえて来た。

 起動された艤装は長門さんの二本の腕に持ち上げられ、そのままその背に納まった。長門改二は己が在るべき場所に至ったと、喜びの蒸気を思い切り噴き、内部全ての汽罐を以て鬨の声を上げる。突貫工事で付けられた砲台達も問題無く稼働しているようで、確かめるように可動域の限界に挑んでいた。

 長門さんは確かめるようにゆっくりと艤装を操作していたが、やがてよしと頷くとこちらの側へと体を向け、今までよりももっと真っ直ぐな瞳で私を見た。どういった心境の変化なのかはよく分からないのだけれど、改二のあれこれで何かあったか、言う事言って感情が一旦鎮静されたか、なんかそんなのだろうか。そこに判断付くようならコミュ弱名乗ってない訳なんだが。

「助かった。行ってくる」

 色々言いたい事はあるだろうに、長門さんは短く礼を言うに留めた。猫吊るしの事とかの説明も後でした方が良いんだろうか。その辺りどこまで話すか本人と相談しておかないとだなあ、チート能力の非人道的使用法の事とか気にしてるっぽいし。

 まあそれはさておき、丁度良いので私は頭の上から猫吊るしを摘まんで手の平に乗っけ、長門さんに向かって差し出した。猫吊るしはビシッと敬礼を決め、視線を移した長門さんと見つめ合いになる。

「連れて行ってください、役に立つと思います。他の子よりもその艤装の事が分かるはずなので」

「完璧なサポート体制でお送りしてやる!!」

 お前なんでテンション上がりっぱなしなんだよ。いや、そういやこいつ私の改二の時も連装砲いっぱいつけてみようとしてたし、新しい物事を試すのが好きなのか? マッド明石と一緒に徹夜して生放送で寝入るくらいだしなあ。ちょっと心配になるけどちゃんとしたテストもしてない艤装使ってもらうのに猫吊るし無しは怖過ぎるからなあ。超有能だからなんかあってもきっちり対処してくれるはず。

 長門さんは分かったと言って微笑むと、こちらに向かって手を差し伸べた。ぴょんと跳ねて私から長門さんへと飛び移る猫吊るし。その猫吊るしを落とさないよう慎重に、長門さんは自分の頭の上に運んで行った。動揺する私と猫吊るし。長門さんはそのまま猫吊るしを冠の中に収めると、軽く首を振って落ちたりしないか確かめた。

「意外と重さはないのだな」

「普通に艤装に入れていいんですよ?」

 確かに私はやってるけども。長門さんが乗っけてると違和感が凄い。他人から見るとこんな感じなのか……いや乗っけるの止めたりはしないけどさ。

「この方が能力を活かせるんだろう?」

「それはそうですが」

 私が同意を示したら、長門さんはならばよしと頷いた。そのまま私の横を軽く微笑みながら通り過ぎる。

「吹雪、結局お前の力に頼った身で言うのは醜怪に過ぎると思うが」

 長門さんは入り口に向かって歩いて行く。その背筋の伸びた堂々たる立ち振る舞いは、成程、この深海棲艦の脅威に晒された日本国の水際を先頭に立って守り抜いた女傑の物である。

「私達を信じて待っていてくれ」

 長門さんの顔は見えない。というか、艤装が大きいから全体にあんまりよく見えない。ただそれでも、その言葉からは鉄の意志と鋼の強さを感じさせられた。

「勝ってくる」

 そう言い残して長門さんは出撃して行った。人形のような愛くるしい、猫吊るしという名の妖精さんを頭の上に乗せたまま。

 

 無理にでも艤装に押し込んどいた方が良かったかなってちょっと思いました。まる。

 

 

 




感想を読んだ感想→→→なんかごめん。

長門さんが改二になれなかった理由は幾つかあるのですが、一番大きいのは『ただの一般人で子供でもあるはずの吹雪が出撃して戦って来るのが当然だと思い始めてた』からです。
実は吹雪に会う前の長門さんなら改二条件満たしてたというオチ。
チート転生者って碌な事しないな!!

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