「ガバッタ奴、怒ラナイカラ素直ニ手ェ挙ゲロー」
大本営と呼ばれる建物群の奥深く、一部の存在以外は訪れる者の無いその部屋に複数の人型をしたモノが蠢いていた。各々用意された席に着き、目線をある程度揃えている。その中の一人の言葉に、ある者は顔を顰め、ある者は恥ずかしそうに手近に居た浮輪を抱きしめた。しかし暫くの後に、その場の全員が各々違った高さに手を挙げた。
「……マァ、自分デモヤッテルオレガ言ウノモナンダガ、酷イナオイ」
「全員はびっくりだよ……」
「体増エルタビ」「ガバモ」「増エル」「ネ」
「大丈夫? チャント軌道修正デキテル?」
「うん、まあ……大丈夫だろう、たぶん」
「たぶんかぁ」
「怖いですね!」
「そこは断言して欲しかったよ!」
只今反省会真っ最中である。各々成功も失敗も曝け出し今後の動きに関して確認し合う場なのだが、今回はその内容が色々と、普段に増して酷かった。
「オレカラ言ウガ、アー…………山風轟沈サセタ」
「ヤッチ」「マッタ」「ナァ!」
「どうしてそんな事になったんです?」
第一の報告者、レ級は盛大に眉を歪ませながら吐き出した。つい先日、山風が轟沈する予知が出ていたため藤艦隊へと向かったのだが、誤って自分が山風を盛大に轟沈させてしまったのだと。
「使イ慣レネーモン無理ニ使ウモンジャネーナ」
その原因はといえば、ただの練度不足である。自分の能力で砲弾よりも遥かに速く動けるレ級は自身の武装をほぼ使う機会が無かったために、いざ大砲を使用してみたら思わぬ方向へ大暴投してしまったのだ。勿論基本的にはそこまで酷い精度ではなく、誤射が起こる確率自体は非常に低かった故の使用だったのだが、レ級は見事に本番でその可能性を引き当ててしまった。嬉しくもなんともない豪運である。
「やり直す?」
「いや、このままで大丈夫だよ。むしろ美音子くんが指輪を渡す踏ん切りが付いたようだから、悪い結果ではなかったんじゃないかな」
「誰?」
「藤提督だよ」
「み」「~」「ね」「こ」「ち」「ゃ」「~」「ん」
「ボクでもできない発音平気でするよね……」
「藤提督ソンナ名前ダッタノ!?」
「本人は気に入ってたよ」
たぶん、名付けた側の意図は察していないだろうけれども。
「我々ハ」「魚雷デ」「自爆シマシタ」「キャア」「ジブンゴロシ」
「自爆ならそんなに問題ない……よね。当たっちゃった子は可哀想だけど……」
第二の報告者、PT小鬼群は群体の転生者である。一匹二匹死んだところで何が変わるでもなく、そもそも別々の個ですらない。そのため自爆自体は報告するような話でもないのだが、問題は別の所にあった。
「ソイツ」「ギリギリ」「生キテテ」「捕マッチャッタ」「テヘペロ」「☆」
PT小鬼は見た目は少女どころか赤子に近い。その幼い肢体が艤装の残骸に引っ掛かってぷかぷか波間に漂っているのを艦娘に見つかってしまったのだ。手足が短く引っ掛かった部分に手が届かなかったのが敗因である。
「私」「PT小鬼サン」「今」「研究所ニ」「居ルノ」
艦娘達はその個体を捕獲して、どうするべきか迷いに迷った。最早武装もない赤ん坊のようなそれを殺してしまうのは気が引け、逃がしてしまうとまた敵として立ちはだかってくる可能性がある。だから、とりあえず、鎮守府まで連れて帰ってしまったのだ。そっちの方が危ないのだが、召集された艦娘達からは死者が出た事もなく、かなり緩んでいたのが原因だろう。それと、発見者が電だったのも。
艦娘達はやっぱりその鎮守府で作戦を統括していた大淀にその子を提出した。流石に自分達で保護するとかそういう極端な行動には出なかったが、電は最後まで小鬼の処遇を心配していたという。
大淀は戦慄しながらも上にそれを報告した。すると引き取り先として手を挙げたのが深海棲艦を研究している人間達である。暴れない生きた検体とか需要しかなかったのだ。ちなみに彼らの挙手に潜在的な危険度は考慮に入れられていない。発電機を完成させた艤装研究所に比べて成果が上がっていないグループだったのである。
「彼らに任せておくと未来でちょっと役に立つ技術に繋がるみたいなんだけれど……PT小鬼くんは電極から電気を流されるのは大丈夫な方かね?」
「駄目ミタイ」「デスネ」「クッソ」「痛イ」「ナウ」
「現在進行形ナノ!?」
「人間じゃないからってそういう事するんだ、へぇ~」
「本来ノコノ世界考エタラ間違ッテルトハ言エネーケドナ……」
本来ならば人類の九割九分九厘以上が死滅する未来である。尤も、多数の転生者が居るこの世界線でそうはならないのだが、そんな事が彼らに分かるはずもなし。敵対種族への非人道行為を責められるのは結果論でしかない。いや普通に良い事ではないのだけれども。
「彼らの戦後のためにも改変しておくね」
明るみに出る前に無かった事にする事に決まった。改変は即時行われたが、痛みの記憶が残ったのは致し方ない犠牲である。
「ボクは迷子になって会合に遅れました……」
第三の報告者、護衛棲水姫はとても恥ずかしそうに告白した。周囲の浮輪さん達も心なしかしぼんで見える。芸の細かい連中である。
「ほっぽに送ってもらわなかったの?」
「アリバイ作りみたいなものでね、駅の監視カメラに映って貰いたかったんだよ……」
あまりにも神出鬼没では怪しいを通り越してしまい信用されない場面が出て来るのだ。ある程度の隙を見せておくのも交渉テクの一つとして機能する、場合がある。のだが。
「まさか浮輪さんが地図を読めないとは思わなくて……」
「浮輪ガソンナモン読メル訳ネーダロ!?」
三体の浮輪さんはなんでか申し訳なさそうに床に正座している。浮輪が絶妙なバランスで並んでいるようにしか見えない。
「だって海図は読めるから……地図も行けるのかと思ってて……」
「もしかしてベイさんずっと浮輪さんに任せてたんですか?」
こくりと護衛棲水姫は頷いた。護衛棲水姫は方向音痴である。地図も海図も全く読めないのだ。実際の風景と地図の記号が全く繋がらないのである。
「ツーカソコハチャント予知シトケヨ」
「いや、したんだよ? ほぼほぼ予定時間前後には着くはずだったんだよ。ゴトランドくんの修正範囲とベイくんの移動範囲が被ってしまわなければ」
直接の干渉が行われた訳ではない。だがそれでも、本来起こるはずだった乱射事件を未然に防いだ結果人の流れが変わってしまい、護衛棲水姫は行くはずだった道を逸れてしまったのである。
「だから実質私の失敗なんだ、ごめんね」
「う、ううん、違うよ。ボクが読めないのが悪いんだよ……」
「一緒ニ勉強シヨウネ」
北方棲姫の言葉に護衛棲水姫ははにかんだ笑顔で頷いた。ノータッチを掲げるタイプの人間ではあるが、一緒にお勉強するくらいは許されるだろう、きっと。尤も、北方棲姫の方から無防備に触れて来る事も多いので触れないというのはだいぶ難易度が高いのだが。
「ともかくこれに関しては特に問題は無かったから、特に修正とかは考えなくていいよ。私は英語なら普通に喋れるからね」
やっぱりボクの通訳要らなくない? と護衛棲水姫はちょっぴり落ち込んだ。
「私ハ家ヲ水浸シニシマシタ」
第四の報告者、北方棲姫は深く反省した様子の小さな声で報告した。現場は北方棲姫の貰った家のほぼ全体である。
「最近アポートノ練習シテルンダケド、チョット失敗シテ海水呼ビ出シチャッテ……」
「オレノ編集データガ家具ゴト全部吹ッ飛ンダ……」
北方棲姫は最近、物を他所へワープさせるだけでなく他所から手元へワープさせる事が可能になった。ただその精度は酷い物で、テーブルの上のリモコンを取ろうとして電池だけ引き抜いてしまうのが現状である。だからこそ練習を重ねていたのだが、ある時――というか昨日、それを大失敗してしまったのだ。
「家ノ中ノ我々ト」「間違エテ海ノ」「上ノ我々ヲ呼ンダモンダカラ」「周囲ノ水ゴト」「来チャッタ♥」
「何をどうしたらそうなるの?」
「マーキングスルト動カサレテモ呼ビ出セルンダヨ」
「我々ハ」「全部デ」「一人」「ダカラ」「一体」「マーキング」「サレルト」「全員」「対象ニ」「ナル」「ッポイ」「ヌ」
おかげで対象の指定がずいぶんとややこしい事になる。家の中に手元に移動させる物があるはずなのに四方八方からそれと同じ気配を感じるのだ、北方棲姫のミスはそれによる混乱が原因だった。意図せずして上級者向けに手を出してしまった故の事故だったのである。
「ほっぽちゃん、能力の成長すごいですね!」
「ワープノ始マル位置ガ違ウダケダカラソンナニ……」
正直なところ、北方棲姫はそれほど地力が伸びた気はしていなかった。明確に新しく習得したと言えるのが本人的にはマーカーの設置くらいだったからだ。それにしたって本人的にはただのワープ地点の記憶の応用でしかない。案外何かやっちゃいました適性のある娘なのである。
「レ級はちゃんとバックアップ取ってなかったの?」
「ソレゴト流サレテタンダヨ……アンナ危ネー映像他所ニ保管シタクネーッテンデ全部家ン中ダッタカラナァ」
レ級の取り扱っている情報は深海棲艦視点でのものが多い。主な撮影者はPT小鬼達とレ級自身であり、敵対者から見た吹雪や現状知り得ないはずの南極付近の映像まで、流出すれば大炎上間違いなしの物が各種取り揃えられている。中にはどこかの誰かの不祥事の証拠なんかもあるため取り扱いには慎重さを求められるのだ。
そんな劇物であるため、使っている端末や保存媒体なんかはネットワークに接続されていないスタンドアローンなものになっている。当然クラウド化などもされていないため物理的にやられてしまえば一巻の終わりである。複製の数自体も少なく、それらがまとめて保管されているために起きた悲劇だった。
「直前のほっぽちゃんに注意しておくね」
修正しても誰も損しない案件だったため、北方棲姫の過去に誰も居ない一人きりのはずの部屋で背後から急に肩に手を置かれる恐怖体験が追加される事が決定された。
「丹陽、宝くじで一等当てちゃいました!」
第五の報告者、丹陽の能力は色々と悪用……もとい有効活用が可能である。その事に目を付けたアメリカのヨークタウンに唆され、一回だけですよと適当な番号を買ってみたところ一発で大当たりを引き当ててしまったのだ。ギネス記録級の奴を。
「それってガバなの?」
「宝くじを当てた事そのものは特に問題ないんだけれどねえ。本来のキャリーオーバーを全額得るはずだった人も当てると碌な目に遭わないようだったし。不味かったのは顔写真が載ってしまった事かなあ、ヨークタウンくんの傍に居るだけでもかなり目立つからね」
ヨークタウンは今現在、米国で英雄としても守銭奴としても死ぬほど高名である。艤装の建造技術に関しては独占状態から国への公開へと踏み切り、代わりに様々な対価を得て企業家として更なる躍進を遂げ続けている。アメリカが曲がりなりにも深海棲艦に対抗できているのは彼女の手腕によると認識している人々はかなり多いし、事実として彼女が独断でやり遂げた事で助けられた人間は非常に多かった。
その近くで類稀なる幸運を発揮し、転生者特有の愛らしさも持つアジア人の丹陽はとにかく目立つ。ただ仲良くしている所を目撃されただけでも疑いの目が向けられるというのに、そこへ宝くじである。絶対なんかやっただろアレと良くない噂が広がるのは当然の流れだった。
「ヨークノ野郎、未ダニ感覚ガ日本ノ一般庶民ダカラナ。自分ガ差別意識ネーカラッテ脇ガ甘過ギナンダヨ」
「そこは良い所じゃない? あれで高慢なお嬢様してたら……ちょっと面白いよね」
「ホーネットさんの胃が荒れちゃうよ」
「丹陽ノ面ガ割レルト」「ドウナルノ?」「キャー」「丹陽チャン」「コッチムイテー」
「色々あるけれど、とりあえず直近で千人ほど死傷者が出るねぇ」
「なんで……?」
何とかなっているとはいえ、情勢が不安定な状態なのには変わりない。そこに火種っぽい物を放り込んだら嬉々として燃やす連中も居るのである。
「記事ダケ出ナイヨウニスル?」
「それが無難だね」
「OK、やっておく」
「できるんだ……」
「メディア関係には伝手がいっぱいあるからね、なんとかするよ」
「流石ッツーカナンツーカ……」
「お金はどうしますか? 丹陽には大きすぎてお金って実感も湧かないんですけど……」
「ふむ、丹陽くんの自由にして問題なさそうだけれど……そうだね、どうしても有効に活用したいならヨークタウンくんに預けてしまってもいいと思うよ。信用できる取引先を知っているからね」
そもそもヨークタウンが主原因なのだから責任は取って貰おうとそういう事になった。ヨークタウンの資産から見たら大した額ではないので問題も少ないだろう。
「でもちょっとだけ無駄遣いしたくなるねー」
「分かります!」
「ナンカ欲シイモノトカアルノ?」
「酒!」「博打!」「女!」
「タダノ駄目ナオッサンジャネーカ」
PT小鬼には外見年齢的にどれも満足に摂取出来ない成分である。
「神様になりました」
「どういう事なの……」
「少しね、アークとウォー様の後ろで色々知ってる謎の預言者ムーブしてたら自然と……」
「何ヤッテンダオ前……」
第六の報告者、ゴトランドは世界各地に偏在している。未来からの情報を持ち、その場に合わせた動きで過去を改変し、毎日毎日悲劇に見舞われる人間を減らし続けているのだが、実はその時に周囲に見せる態度はその時々で違ったりするのだ。
ゴトランドは概ね素であるフレンドリーなお姉さんとして振る舞う事が多いのだが、時には冷徹な女スパイとして情報を提供したり、肉食系アマゾネスとして周囲をまとめ上げたりもしている。その中でも特に異質なロールプレイを見せたのがイギリスだった。
元々英国では日常の裏で転生者アークロイヤルが聖剣を振るいわるいまじょの率いる闇の軍勢を討伐したり、転生者ウォースパイトが魔砲でもって湧き上がる邪悪の源泉を根源まで抹消するなんて事が行われていた。この世界でも有数のファンタジーワールドだったのである。
敵自身が人目を避け影で活動していたためにその戦いが一般に知れ渡る事はなく、ヒーロー達も存在は噂されども信じられてはいなかったのだが、深海棲艦が現れて以降は事情がすっかり変わってしまった。白昼堂々と人を襲い変色海域で陸地を囲む深海棲艦は、その存在を隠す気が一切無かったのだ。当然、それに対抗しようと奮闘する二人の活動もまた、衆目に晒される事になってしまったのである。
そこにさらなる油を注いだのがゴトランドだった。元々は目立つ転生者達に協力する分身体には違うキャラ付けをしておこうというそれだけの考えでやり始めた事だったのだが、これが妙な具合に状況に嵌まってしまったのだ。
ゴトランドはいつどこがどう襲われるかを知っている。なのでその情報を二人に惜しみなく与え、光り輝く聖なる剣と人知の及ばぬ極光でもって兵器の通じない蛮族を駆逐させていた。アークロイヤルの剣が一度振るわれれば聖なる光と共に眼前の深海棲艦は両断され、ウォースパイトが杖をかざせば海面ごと一群が焼き払われる。そしてそれらは人々を傷つける事は無いのである。まさに英雄、何かの生まれ変わりだとか復活した本人だとかそんな噂が囁かれるようになるまでまったく時間は掛からなかった。えらく美人であるし。
そしてそんな彼女達を支援するゴトランドは先行して預言染みた事を被災予定地に流布しまくった。一応顔は見え辛いようにとフードを目深にかぶったりといった偽装はしていたが、その美しさまでが覆い隠されることは無い。むしろ神秘的な目立ち方をしてしまっていた。普通に顔出ししてた方がマシだったであろう。その状態で避難誘導や事前の警告なんかも行うのだから非常に性質が悪かった。
当然あれは何者だという話になったのだが、それを聞かれた英雄の二人は言い方に迷った挙句、とても素直に答えたのである。あれは自分達を導く人類の守護者であると。世界中でそんな事をしていると知っていたが故に。
結果として、ゴトランドは彼の人を導く美しき乙女の地位を手に入れてしまったのだった。本気で信じている人間はごく少数だったが、なんかすげぇ存在だというのは共通認識である。
「まさか人間扱いを通り越すとは思わなかった……」
「うーん、本当に祈りを捧げられているなあ。殆どは守って貰えたらラッキーくらいの軽い感じだけれど……あと神様というよりは精霊様だとか神の使いだとかそっち方面のようだね」
「深海棲艦ガ」「悪イヨー」「深海棲艦」「ガー」
「普通にサポートしてれば良かったのに、そういうとこあるよねゴトって」
「普通にやってもアークくんの仲間と思われたら似たようなものなのだけれどね」
「艤装広めても駄目なんですか……?」
「結局アークくんが率いてしまうからなあ」
アークロイヤルは普通にイギリス国民である。徴兵すれば普通に面子に入って来るし普通に艦娘としても強い上に普通でないカリスマ性を持っているためどう足掻いてもリーダーとして先陣を切るようになってしまうのだ。空母なのに。ちなみに聖剣に再生効果とかがあるため暗殺もできないという糞仕様である。こいつほっといていいんだろうか。
「ソレデコレッテ、修正デキルノ?」
「いやーキツイでしょ」
今回こうなってしまったのはゴトランドが何度も何度も正体不明の預言者として活動した結果である。修正しようと思えばイギリスでの活動全部をやり直さなければならないだろう。自分の行動を打ち消すところから始めなければいけないため予期せぬ失敗をする可能性も高く、現実的とは言えなかった。
「いっそ利用してしまおうか、時々だけれど使える場面もありそうだからね」
「うわぁ……戦後が怖いなぁ……」
ゴトランドのあらゆる場所での目撃証言と映像記録等からそれらに同一人物説が唱えられ、世界中にひっそりと信奉者が増える事態に陥る事になるのはちょっと先の話である。
「そろそろ本題行かない?」
「ソーダナ、結局オレ等ノハ割トドーニデモナル案件ダッタシ」
「そうかなぁ……?」
一部大問題だったように護衛棲水姫には思えたが、ともかく多くの視線は第七の報告者、楠木 多聞丸へと注がれた。ここまでは前座だという事は全員が理解している。緊張感の増して行く室内。多聞丸は全員を見回すと、一度息を全て吐き出し、ゆっくりと声を絞り出した。
「ど う し て 吹 雪 く ん と 吹 雪 さ ん が 合 流 し て る ん で す か ?」
凄まじく震えた声だった。両手で顔を覆い、失意に項垂れる様子は誰から見ても痛々しい。北方棲姫や護衛棲水姫は心配気な声を掛けると、丹陽も不安げに目を伏せる。一方レ級は多聞丸の側へと超高速で移動すると脚部に下段蹴りをお見舞いした。
「ンナ振リハイイカラ、普通ニ喋レ」
スパンと良い音の鳴る綺麗なローキックだった。
「ソレデ、ドウシテソンナ事ニナッタノ?」
痛がる多聞丸はさておき、北方棲姫は話を先に進める事にした。その気配を察して多聞丸も顔を上げ少し引きつった声で話し始める。レ級は鼻を鳴らした。
「川内くんがね……凄く低い確率を引いたんだ……」
「凄いよね、飛距離も方向も完璧だったよ彼女」
多聞丸の予知は予知した段階で本人の行動が多少は変わってしまうため絶対に当たらない。ごくごく似通った結果にできるというだけで、全く同じ結果にはならなくなってしまうのだ。何が影響してそうなったのかは分からない。何しろ心臓の鼓動とか、ちょっとした視線の動きだとかで物事が変化してしまうのだから原因の特定は難しいのだ。それでも極力影響を出さないように振る舞っていたというのに、今回川内は雪吹艦隊の目の前へと吹き飛ばされるという奇跡を起こしてくれたのだった。
「ある程度距離があるなら私が誤魔化せるはずだったんだけど……目の前は無理だったよ、流石に」
そもそも川内が空母を仕留めに来る確率は実はそれほど高くなかった。だというのに現実には特殊変色海域展開時の位置関係や角度まで完璧だったのだから恐れ入る。何かそういう低い確率を的確に引ける術でも習得してるのかと疑いたくなるくらいだった。
「えっと……吹雪さんも転生者に入るから、ゴトランドさんの能力でも記憶が残るんですよね……? それなら飛んで来た時点で一回やり直せば良かったんじゃ……?」
ゴトランドの能力は転生者には完全な効果を発揮しない。これは経緯が特殊な元艦娘の吹雪であっても同じである。ただ、宮里艦隊の吹雪がそうであるように能力を使われたと認識していない場合ただの夢であると認識する事も多いのだ。この辺りはゴトランドの能力であるせいかゴトランド自身がその世界線をどこまで進めたかが大きく影響する。ゴトランド主観でまだ起こっていない出来事は、そのまま時間が進めば未来に起こるはずの事だったとしても記憶に残る事は無いのである。
例えばだが、ゴトランドが料理をして多聞丸の前にそれを置き、食べる前に過去に分身を送り込んで食材を全く別の物に入れ替えた場合、多聞丸の記憶には別の料理を出されたはずだった事は残るのだが、その元の料理の味の記憶は存在できない。味を覚えておいてほしかったら食べた後に改変する必要があるのだ。
今回の場合、川内が飛んできた時点で雪吹艦隊に居たゴトランド主導で過去改変を行えば、吹雪と吹雪を再会させずに事を進める事は可能だった。ただし、それは他の条件を完全に無視した場合である。
「今回の作戦、そこ以外は完璧だったんだよ……」
吹雪の艤装轟沈から長門による傲慢討伐まで追記回数0、一切ガバのない理想の展開だったのだ。川内の事を除けば、ではあるが。
「ソモソモ吹雪ヘノ好感度足リテネーッテノガ難易度上ガッタ原因ダロ? 実行以前ガガバガバダッタジャネーカ今回」
「それ私のせいかなあ……大本を辿れば島風くんと例のあの子が会ってしまったせいなんだが」
今回の作戦の根幹は、長門の適性値を1000にギリギリ届かない所に抑えて長門を餌に傲慢を一本釣りする、という物だった。そのため楽に計画を完遂させようと思うなら他の艦娘全員の適性値を1000以上にまで引き上げる必要があったのだが、それが予期せぬ出来事で難しくなってしまったのである。
「島風ガ魔法ヲ使ウ」「ト」「吹雪ガチートノ修行ヲ始メル」「ト」「交流ノ時間ガ減ル」「ト」「適性値ガ上ガリ辛クナル」「ト」「計画ガガバル」「ト」「何ガ始マルンデス?」「第三次大戦ダ」
「割と洒落にならないから困る」
吹雪は暇な時に自分のチート能力と向き合うようになった。それ自体は本来悪い事でも何でもないのだが、元々他人と積極的に交流しない吹雪がさらにその機会を減らしてしまう事により、周囲の適性値が足りなくなってしまったのだ。青葉にある程度提督の好感度と適性値上昇の事を理解させるという手段も取ったのだが、最終的には速吸の好感度が足りなくなった。
「速吸くんが補給物資を積み込んでいる間に傲慢が出てくれるよう調整するのは難しくてね。その上で他の条件も色々あったし、やり直してもあそこまで上手く行くかどうかは分からないんだよ」
ゴトランドの能力は同じ部分を改変したい場合、過去に送った分身の改変をさらなる分身で上書きする必要がある。その仕様上、何度もやり直せる能力ではあっても何度でもやり直せる能力ではないのだ。回数に限界が存在する以上、結果に関してはある程度の妥協は絶対に必要になる。
「だから通したんだ……分かりました。でも、合流って予定外なんですよね? この先に影響はないんですか……?」
「基本は問題無いはず、なんだけれどね」
「基本ネェ」
レ級の瞳が胡乱気な物になる。そう言われておかしな事になって修正に走り回った記憶のあるレ級としてはなんとも信用し難い言葉だった。
「吹雪さんには悪いのだけれども、元々彼女には戦うよりも人数を増やすために働いて貰おうと思っていたんだ。彼女の能力は成長するとある程度クエストの報酬を任意で決められるようになるからね。まあいい物を貰おうと思うと内容が厳しくなるようだけれど、そこは他の転生者と協力すればなんとかなる」
むしろ宮里艦隊の吹雪という胸のつかえが取れる分、円滑に物事が進むくらいである。なので問題が出る可能性があるのはそちら側ではない。
「吹雪くんのチート能力がまた誰かを外の世界へ飛ばしたりしなければ、問題は無いはずなんだ。本当に」
予定では吹雪がその辺りの事を知るのは少し先になる予定だった。そこからゆっくりと扱いを習得して能力と和解すればよかったのだが、指輪の不具合から始まる一連の流れによりその辺りのチャートは既に無茶苦茶になっている。異常事態が起きないよう細心の注意を払って進めてはいるが、何かを間違えて吹雪自身が飛ばされてしまったりすると手の施しようが無い。この世界の外を多聞丸は見通せないのである。
「触らぬ神に祟りなしだったんですね」
「大丈夫? ガバがガバを呼んでない?」
「まあ、計画の完遂までそれ程期間もないからなんとかなる……といいなあ」
「曖昧!?」
「っていうか、決戦の日にち決まったの?」
「コッチノ」「世論操作ハ」「順調ダヨ」「傲慢モ亡クナッタ」「カラソロソロ」「ハー」「ジマー」「ルヨー」「戦イハマ」「ダダケドネ!」
「艤装の普及も進んでるから、ちゃんと合わせられるはず……」
「うん。それに関しては心配ない、各国に不安要素もそれほどないから我々が勝てるかどうかだね。負ける事はほぼないけれど勝てない可能性はあるから、頑張ろう」
はーいと決戦に参加する面々から返事が上がる。多聞丸から見たら吹雪がおかしな事になる可能性よりも自分達が作戦を完遂できない可能性の方が高そうなのだ。注意はするが、そちらにばかりかまけてもいられないのだった。
「ソウイエバ、飛バシチャッタケドリベッチオハ何カ失敗シタノ? 手挙ゲテタヨネ?」
なんだか解散の雰囲気になった部屋の中で、北方棲姫は思い出したように声を掛けた。この場の八人全員がガバったと言っていたのに一人だけ報告していなかった気がしたのだ。言われた当の本人は微妙な顔をしたが、うーんと頭を捻るとやがて勿体付けるような笑顔で話をし始めた。
「リベ? リベはねぇ――」
「死にました」
第八の報告者、リベッチオは端的に言った。滅茶苦茶分かり易かった。みんな納得の説明であった。
「一週間ブリ」「七度目」「リベッチオ」「スグ死ヌ」「ミンチヨリ」「ヒデェヤ」
「そんな凄惨な死に方はしてませんっ!!」
手近に居たPT小鬼を引っ掴むと、リベッチオはその頬をぐいと引き伸ばした。幼児特有の柔らかさでもっちもっちの手触りである。感触の良さに思わず揉み続けたくなった。
「いや、まさか十秒目を離した隙に死なれるとは思わなくって……」
「リベも故郷があんな世紀末みたいになってると思わなかったよ!」
リベッチオはゴトランドに回収されて以降、両親と再会を果たしている。父も母も無事だが生活はギリギリで、リベッチオはそんな二人へ定期的に食料やらなんやらを届けているのだ。仕事を任されているのだと親にも周囲にも説明していて、実際滅茶苦茶艦娘として働いているので本当なのだが、それをまともな仕事だと思わなかった人間も結構居るわけで。
「話がしたいって言うから素直に行ったのに、叩くんだもん。でも物の出所を教えないと殺すって言いながらの脅しのつもりの一発目で死ぬってなかなかなくない?」
リベッチオは艤装を背負わなければ肉体的には普通の子供と大差がない。それ故に、転生者の中では圧倒的に死にやすいのだ。道を歩いていたら襲われて死に、悲鳴を聞きつけて駆けつければ巻き込まれて死に、誘拐され辱められそうになったために自害し、他の転生者の能力に巻き込まれて死ぬ。何か呪われているんじゃないかというレベルで死にまくっている。既に改二になっておりこの先強くなって行くのは間違いないのだが、今の所はまだ叩かれた拍子に体勢を崩し変な所に頭をぶつけてそのまま死んでしまう程度の耐久力しか持ち合わせていないのだ。
「オ前ホント自分ノ命軽イヨナ……」
「ゴトが生き返らせてくれるからね!」
「私の能力も限界はあるからできるだけ死なないで欲しいんだけどなぁ」
最初の餓死が辛すぎたせいか、大して苦しみの続かない死に方をしてもリベッチオは殆どダメージを受けない。記憶が続く関係で実質死んでいないも同然だからというのもあるが、それにしたって死生観がすでにバグってしまっている。ある意味転生者としての適性は高いのかもしれない。
「それでも、知らない人に付いて行っちゃ駄目ですよ」
丹陽は諭すようにリベッチオの頭を撫でながら注意を促した。だがこのリベッチオ、精神年齢が体に引き摺られまくっているきらいはあるが、見た目に反して中の人は一応大人である。その扱いはちょっとどころでなく不満だった。頬を膨らませて丹陽の物言いに反抗する。
「知らない人じゃないですー! 近所に住んでたお兄ちゃんですー! 去年まで一緒に遊んでくれてましたー!」
うわぁ。周囲の皆はドン引きだった。詳しい事を知っているゴトランドすら表情が引きつっている。
「その……辛くないの……? それ……」
護衛棲水姫はもし自分だったらと思うと笑えなかった。極限状態で人に裏切られる経験なんて、漫画や何かで読むならともかく、実際にやられて立ち直れる気がしなかったのだ。
「え? だって、追い詰められての事じゃん。本当はいいお兄ちゃんだって知ってるから別に……それに、お兄ちゃんリベが死んじゃった後すっごく泣いてたから」
その男性は誤ってリベッチオを殺害してからその男自身の助けを呼ぶ声を聞きつけたゴトランドが現場に踏み込むまで、遺体に縋りつきながらボロボロと涙を流し謝り続けていたのだ。引き剥がされた時にも抵抗らしい抵抗はなく、只々後悔し続けている様子だった。
「だから無かった事にした後普通に仲良くしてたの?」
「うん、妹がいるんだけどね、あ、その子もリベの幼馴染なんだけど、栄養失調だったんだって。それと他の家族とか親戚とかもみんな。だから人から取るしかなかったんだって。ゴトがやり直してくれたから、いっっっぱい食料持って行って分けてあげたからもう大丈夫」
そのため今の世界線だと涙を流しながらリベッチオに礼を言い続けていた。リベッチオ的には大満足の結果である。
「器ガ大キイナー」「体ハチッチャイノニネ!」
「PTに言われたくないよ!?」
リベッチオは手元のPT小鬼をくすぐり倒す事にした。幼児のきゃっきゃとした甲高い声が辺りに響き渡る。少し漏れ聞こえて怪談のような噂話になるのは別の話である。
「あれ、でもリベ、貴女あの彼の声聞こえていたの? 見た感じ即死っぽく見えたけど」
「ソンナ酷イ状態ダッタノ!?」
そんなに酷くはないけど完全に刺さってたから、と何がどこにとは言わずにゴトランドは説明した。ヒエッっと北方棲姫は鳴いた。
「あ、気付いた? リベね、最近死んだ後も周りの状況とか分かるようになったんだよ」
「ナン……」「ダト……?」「ドウイウ……」「事ダ……?」
「リベもよく分かんないけど、たぶん死んだ後が『みょうに』『つよい』のかも」
「ホッポチャンミテーニ能力成長シタッテカ?」
「斜メ上ノ成長シテル……」
皆の視線が多聞丸に集まった。きっと説明できるに違いないという信頼の表れである。多聞丸からしたら知らん何それ怖でしかなかったが。
「あー…………そうだね、この世界には知っての通り魂とか集合無意識とか実在している訳だから、あるんじゃあないかな、そういう事も。我々のチート能力も肉体よりは魂依存だからね、死んだら幽霊として活動できるというのも有り得ると思うよ。きっとリベッチオ君の能力適応範囲が広がったという事だろう。うん」
多聞丸はなんとかそれっぽい回答をする事に成功した。レ級がジト目だったのは言うまでもない。
「やっぱりそうだよね? これ練習したら艤装無くても戦えるようになったりしないかな?」
「そもそも練習してほしくないんだけど……」
「えー、極めたら吹雪やプライズとも戦えるかもしれないのに!」
「その二人敵じゃないからね?」
リベッチオは自分の能力が他に比べて微妙だという考えに囚われてしまっている。実際の所それは間違っているのだが、主観的に自分より強いとしか思えない連中が居るせいでいくら説明されても納得は行かないのである。
「私はリベッチオに気軽に死んでほしくないな。いつでも私が助けられるとは限らないし」
「そう? ゴト、リベが死んだら悲しい? 生き返るのに?」
「勿論だよ。友達が傷ついて悲しくない訳ないじゃない。できるだけ命は大事に生きてほしい」
ゴトランドからすればリベッチオはかなり親しく付き合っている年の離れた友人なのだ。死なれるたびに心を凄く痛めている。リベッチオ本人が大して気にもしていないとしても、周りは全くそうではないのである。
うん。とゴトランドの説得にリベッチオは素直に頷いた。互いに目と目を合わせ、約束だよと笑い合う。美人のお姉さんと美少女の心温まる風景だった。中の人の性別とか前世の年齢とか考慮にまったく入れなければ。
「そうだ、それでね。リベが少しでも体が強くなるようにこれを受け取って欲しいんだけど……」
そう言ってゴトランドは懐から小さな箱を取り出した。目の前にそっと差し出されたそれが何であるか、リベッチオは理解すると、驚きの後に満面の笑みをその可愛らしい顔に浮かべた。
「リベでいいの……?」
「うん。受け取って貰える?」
はいっ。
リベッチオは元気に声を上げると受け取った小箱をゆっくりと開け、中に入っていたものを取り出した。それはケッコン指輪である。どれかの指に付けようと試行錯誤をしてみるが、サイズが大きくどの指にもしっかりとは嵌まらない。仕方がないのでリベッチオは着ていた制服のネクタイに通し、タイリングとして身に着けた。
「どうかな?」
「うん、似合うよ。落ち着いた色が足されていい感じ」
リベッチオは嬉しそうにはにかんだ。暫くして何かを思い付いた顔になり、自分の持ってきたバッグの中をひっくり返すと、中から渡されたものと同じ小箱を取り出した。
ゴトランドもリベッチオも提督の適性を持つ。これは二人に限った話ではなく、人間の女性に転生した者は全員何かしらの艤装の適性と提督の能力を持ち、本名に艦を思わせる文字が入っているのだ。だから当然、リベッチオもケッコンカッコカリを提督側として可能なのである。
「ゴト、お返しにこれあげるね!」
「あ、私はいいよ、もう多聞丸から貰ってるから」
リベッチオのやる気が下がった。
リベッチオは渡せる数が1つだからお返しじゃなくてもっと考えてからの方がいいよ、と後でフォローが入りました。