「お姉ちゃん指輪ちょうだい」
拠点が完成し特に目立った問題もないという事で予定通りに提艦隊と合流し、久しぶりに初雪達と顔を合わせ抱き着いて来た金剛さんを持ち上げて無理矢理引き剥がしてたらいきなり物をねだられた。一緒に出迎えた島風もオウッと鳴いている。
最近、艦娘界隈はケッコンラッシュである。先駆けたのは宮里提督でその次に私が行った訳だが、他の鎮守府の提督たちもそれに続いて仲良くなった子達に次々と指輪を贈っているのだそうだ。
私の知る限りだと三雲提督が夕雲さんに、九曽神提督が大淀さんと卯月と秋月と北上さんに渡している。あと霞ともちゃんとケッコンするはずだ。もし次会った時にまだ贈っていなかったら私は彼をぶん殴らなくてはならない。
やっぱり一番係わりの多い秘書艦……というか司令官やってる艦娘がお相手になる事が多いようで、噂じゃあ最年少の書田提督が鹿島さんに渡して完全におねショタ同人展開待ったなしらしいがまあ実際の所はまともな分別を持っていると思うから大丈夫だろう。そもそも私は本人と面識があるがそんな有明の女王みたいな人ではなかったし。
「いや、私指輪あげられるの一人だけだから無理」
そんな流れはあるのだが私はそれ以前の問題としてもう枠が無い。っていうかそもそも初雪だと効果があるのか微妙なラインである。猫吊るしは親友か恋人レベルが必要って言ってたから、むしろ九曽神提督とかも実際そこまで仲がいいのかちょっと疑問だったりするくらいな訳で。まあ初雪の場合は行けてもおかしくないんだろうけど……私恋人とか親友とか居た事ないから匙加減がよく分からんのよね。恋人は興味ない(ガチ)だったし普通の友達はともかく親友ってどっから親友なのかとかよく知らんし。
「え、どういうこと?」
なんて事とは関係なく、初雪はこっちの事情を全く理解できてない表情だった。そういやそうか、提艦隊だもんな。猫吊るしが言ってた事を加味したらそういう事だろう。金剛さんもクエスチョンマーク生やした顔してるし。ついでに島風もエッと鳴いていた。その鳴き方は珍しいな。
「え、あれって人数上限とかあったの……?」
「そうだよ」
案の定、提艦隊の皆は指輪を渡せる数が普通は有限だと知らなかった。提督の奴、どうも自分的に仲の良い娘や欲しがった相手には無条件でばら撒いてるようで、金剛さんどころか戦闘部隊全員貰っているらしい。初雪と一部のツンデレ気味の艦以外。いやツン発揮してる奴はむしろ貰っとけよ好意あるんだろそれ。
「提督はその辺り天才で、上限がぶっ壊れてるだけらしいよ。私は提督としての才能はあんまないから」
何しろ私未満の供給最大数してる提督って未だに居ないからね。四国で見つかった深海棲艦に襲われてた(性的な意味で)彼も私よりかなり行けたらしいし。
「お姉ちゃん……もしかして人と係わる能力低い?」
「何を今更」
関係あるの? と島風は疑問そうに呟いていた。私がコミュ力控えめなのは前々からみんな知ってる事だけど、それが供給数に関係あるかと言われるとそれは確かに疑問である。提督だって別にコミュ力お化けって訳ではないし。低い方ではまったくないけれども。
「それで、じゃあその一つは……」
「島風にあげた」
私が端的に告げると、隣で島風が首元からネックレスを取り出し初雪にその先端に下がるシンプルな指輪を見せびらかした。初雪はあ"ーとくっそ汚い声を出し、金剛さんはお揃いネー! と自分の薬指の物を見せつける。デザインとかは全く一緒だからなぁ。こうなると私は持ってないから仲間外れ感がある。いや別に要らんのだけれども。
「やっぱりそれがお姉ちゃんの指輪だったか……」
初雪は島風の指輪をじっとりとした目で睨みつけた。別に奪い取ろうとかそういうつもりはないらしく、いいなーと漏らしつつため息だけ深く吐き出した。
「あれ、指輪に気付いてはいたんだ?」
「だってお姉ちゃん、それ私達が居た時に渡したでしょ……」
そういえば渡した時にはまだ初雪も金剛さんも宮里艦隊に出向中だったっけ。わざわざ見せびらかしたとは思わないけど、ふとした瞬間に持ってるのを見てたのかもしれない。ネックレスは渡す前だったはずだから保管方法も微妙な事になってたはずだし。
「まあ、そういう訳だから提督から貰ってよ。なんかハードル低いみたいだし」
「そうネー! 初雪は提督とgood friendだから効果もきっとあるはずデース!」
金剛さんはニッコニコの笑顔だった。これあれだな、たぶんばら撒かれ過ぎて金剛さん的にあんまり重要な物扱いされてないな指輪。それはそれとして左手の薬指に付けてるけども。
「そういえば初雪はちゃんと提督と仲良くやってるんですか? あんまり初雪からは肯定的な話聞かなかったですけど」
「提督とは仲は悪くない……程度。たまにお姉ちゃんの話したりするけどそんなに仲良くないと思う……」
初雪は眉を顰めて何事か思い出している様子だった。金剛さんの言葉に過去を振り返っているのだろうけれど、特段仲良くなったという覚えは無いようで効果が出るかは疑問のご様子。ただその会話自体は割と盛り上がってたらしい。なんか碌な事話されてない気がするのは気のせいだろうか。
「っていうか、そうでなくても提督のは嫌……」
なんでさ。と思ったのだが、そこには浅いけど割と切実な理由があった。
「同類項で纏められたくない……」
初雪は少し遠くで打ち合わせを行っている大淀さん達提艦隊の自衛隊員の艦娘総勢十二名に視線を向けた。適性値が上がった為に戦闘部隊へと昇格した人達で、全員からかなりのやる気が見て取れる。四国の時は八人だったと思うんだけど増えたなあ。初雪とは駆逐艦の皆より余程年齢の近い人が多く、確かに年齢別に纏めるならあっち側なんだろうけど……彼女達と初雪はかなり立場が違うと思うんだけど。
「ショタコン扱いは嫌……」
なんて考えてたら初雪は何か滅茶苦茶失礼な事を言い出した。
「いやまあ、仲良くなきゃ効果ないみたいだけどさ。受け取ったらそういう対象って事ではないでしょ」
でなきゃそっちの気のない女性提督とかどうすんのさ。なんて私の軽い言葉に初雪はむっとした表情を返すと、求めてないのに反論のために提艦隊の実情を暴露し始めやがった。
「あの人たちはそうなんだよお姉ちゃん……毎日迅鯨とけん制し合ってたり金剛さんとアプローチ勝負みたいになってるんだよ……!」
「みんなLoveのRivalデース!!」
二人の説明によればなんか知らんが昇格組の皆さん、みんな提督LOVE勢であるらしい。積極的に挨拶するくらいならともかく、人によっては完全に落とす気の距離感の人とか居るそうな。いやいやまさかまさかと思うが、そういえば大淀さんはなんか私の提督との接し方を気にしてた覚えがないでもない。いやでもなあ。あいつ確かに変にモテるけどそんなんなるか……? 金剛さんにせよ榛名さんにせよ一応理由があって惚れてたんだが、この半年くらいであの十二人全員にフラグ建てたとでも言うのだろうか。ちょっと盗み見るように観察してみると、確かに何人かが見える様に指輪を付けているのは分かった。うーん、でもとりあえず適性値のために付けてみるってのもありそうだから分からん。
しかし初雪の話を鵜呑みにはできないけれども、っていうか過剰表現なのは明らかだけれども、金剛さんの反応的には事実も含まれているっぽい。にわかには信じがたいがそういう人も居るのは確かなのだろう。でもいくら提督が基本いい奴だって言っても短期間で十二人も落としたってのはほんと信じられないんだけど……あ、いや、待てよ。これはむしろ考え方が逆なのかもしれない。
もしもの話だが、ケッコンまで行ければ適性値が上がるという話を事前に知っていて、艦娘と提督の相性まで分かる人間が居たとしたらどうだろう。もしもその人が艦娘の配属に関して口出しできる立場に居たのなら、短期間で仲良くなれる組み合わせにしたりとかしないだろうか。
戦闘部隊に入れない艦娘は戦闘部隊の艦娘よりも数が多い。その中から提督に惚れやすい人間をピックアップしたとすればどうだろう。別に恋愛感情じゃなくてもいいから、とにかく人間的に相性の良い艦娘を。それならなんか納得できない事もない。いやでも十二人は多いか……?
……ん? いや待て。それ以前に、指輪を配ったのはごく最近……っていうか昨日一昨日くらいの話みたいだから、あの十二人って指輪を貰う前に適性値上がってるんだよな? そうなると候補者はもっと減るはずだからやっぱりなんかおかしいな。適性値が上がったからここに居るんであって、指輪を貰ったのとここに居るのは関係無いはず。でも初雪と金剛さん曰く、全員提督が恋愛にせよ友愛にせよ大好きらしい。これはどういう事だろう。
適性値が戦闘部隊水準にまで後々上がる上に提督と仲良くなれる人間を集めた? いやそれ満たす確率どんなもんだよ。っていうか今の所上がったって確認されてるのあの人たち含めて十六人かなんかだぞ。偏りすぎだろ。やっぱ提督フェロモンかなんか撒き散らしてんのか? 転生者か? 魅了系チートか? いやいや違うだろう。たぶん違うような気がする。なんか納得行かないというか、あいつはチート転生者じゃないような気がするんだよなあ。私だってハーレム作ってるような奴ちょっとは怪しんだわけで、横で観察してたけどあれは天然物という気がする。勘だけど。じゃあなんだろう、これも考え方が逆なのか。もっと納得いく理由ってなんだろう。むしろ適性値が上がるための条件を満たせば指輪も渡せるようになるとかそっちの方がありそうな。
「正直、金剛さんがくっ付いてくれれば解決すると思うんだけど……流石にNTRとかはないだろうから……」
「毎日Burning loveしてるんデース!! でも応えてくれないんダヨー! 提督のBOKUNENJINー!!」
「nt……? 何?」
「おいやめろ馬鹿この話は早くも終了ですね」
青少年に悪影響を齎す言葉を覚えようとするんじゃないよ島風。脳が破壊されてしまうじゃあないか。
「っていうか……なんで提督は金剛さんに抱き着かれて笑って流せるんだろ……」
「あー……あいつ周囲の女子が基本距離近いから、陽の者ってのは概ねそういうもんなんだと思い込んでるんだと思う」
まず妹のローザ……ろーちゃんが凄い。あの子懐いた相手にはゼロ距離が基本だから、兄にも滅茶苦茶べったりしてる。遊びに行ったらソファーで座る提督の膝の上で丸まって幸せそうに眠ってた。性癖破壊されちゃうヤバいヤバい。いや提督ぜんぜんそういう気微塵もなさそうだったけどなんなのあいつ。
次に榛名さんもよろしくない。幼馴染だからか勉強教えて貰う時とか普通に顔とかすっごい近かった。尤も榛名さん本人は大丈夫ですってふりしてただけで傍から見たら全然大丈夫じゃなさそうだったけどね。でも提督はマジで大丈夫そうだったから酷い。たぶん小さい時は普通にあの距離で過ごしてたんだろうなあ。
そして霧島さんも微妙だ。榛名さんの親友なんだが、彼女は男女の区別なくその時の感情の大きさで距離が変わる。正負に関係なく大きければ大きい程近くなるのだ。なので怒らせると目の前で睨まれるし、喜ばせてもすぐ傍で笑い合ったりする事になる。
さらには中学に入ってから出会った剛田姉妹、金剛さんと比叡さんもかなりのものである。金剛さんは言わずもがな、私の知る限り場所も時間も選ばずに延々アプローチを続けているし、比叡さんの方も巻き込まれる形でToLoveるしていた。っていうか比叡さんも基本は距離感緩いんだよね、提督の事は姉絡みで微妙に敵視してたけど、他の人には男女問わず明るく元気に近い距離でお話ししていた。なのでやっぱりあれくらい普通だよなって思われてた可能性がある。
なあんて話を初雪にしたら、終わった頃には横から島風がじっとりとした目で私の事を見つめていた。
「伊吹が自分の事棚に上げてる……」
「そうデース! ユッキーもとっても仲良しさんだったネー」
「お姉ちゃん……評判通りの事したでしょ、聞いてるよ……」
まぁ、その、そうね。そうかもしれない。でもあれだよ、男同士の距離感であって過剰にべたべたしてた訳じゃないから、あんま関係ないと思うんだけど……え? マッサージ? 足つぼくらいなら提督にもやったよ。罰ゲームで。いやあれローザとベネディクタさんにもやったし……一番効いてたのは提督のお父さんだったけども。
そんな話をして提艦隊と連携が始まったのがこの間の話。そこから時が過ぎる事一週間。私達は四国から見て九州の反対側、有明海まで到達していた。
これは今までに比べると圧倒的にペースが早い。だって愛知から九州に入るまでに半年以上かかってる訳だから、それに比べたら数倍くらいの勢いがある。何故そうなれたのかと言えば、それには主に二つの大きな理由があった。
一つは今この海域の攻略を進めているのが宮里艦隊と提艦隊の連合艦隊であるという事だ。知っての通り宮里艦隊は現在最強の艦隊とか言われてたりするらしいなかなかアレな所なのだが、それに追いすがり段々実力差を縮めているのが提艦隊なのだという。
つまるところ一位と二位。当然足して三位になったりはしない訳で、合わさったその戦闘力たるやなんかもうこれ他の鎮守府全部敵に回しても普通に勝てんじゃねぇのかレベルだったらしい。らしいっていうのは私は見てないからなんだけどねええ平常運転で二人艦隊でしたとも。
もう一つはこの海域にはそもそも深海棲艦があんまり居なかった事である。一つ目意味ねぇなおい。
雪吹艦隊の人達も言っていたのだけれど、九州の周りは本当に敵が居なかった。いや全く居ない訳じゃなくて、散発的には遭遇するし少数ながら姫級鬼級だって発見されているんだけど、でも全体的な印象としては本当に敵が居ない。どれくらい居ないかって言うと、この一週間で四国の太平洋側で一日に遭遇した数と大差ないくらいしか出会わないレベルで敵が居なかった。
ならもっと早く進めなかったのかって話だけど、それは変色海域の核を捜索しながらだからちょっと厳しい。一応は変色海域内なので警戒自体は怠れないしね。これでも予定より拠点の数を減らして進行してるのでちょっと安全面が心配だったりとかするし。
それで肝心の核なのだけれど、これが一向に見つかる気配がない。大きいのどころか小さいのすら。誤魔化す気はあるのかダミーは結構置かれていて、それに釣られるように私達は半周以上して有明海まで来てしまったのだった。
というのも、実を言えば大きな反応を進んだ方向以外から感じ取る事はあったのだ。ただその反応は陸地側からだったのである。当然ながらほとんどの艦娘は陸上適性を持たない。だから時間が取られる可能性の高いそっちを優先する事はできず、先に海から探索していたという訳だ。
それで有明海まで到達したのだけれど……反応はやっぱり陸地側にあった。方向的に有明海にある可能性も高かったんだけど、有明海側から見ても九州内部を指していたのである。これはもう陸地を探索するしかないだろうか。今までも偵察機で調べたりはしてたんだけど、特に拠点らしきものは発見できてないんだよね。
っていうか、なんかこの九州の深海棲艦達は他に比べてやる気が感じられない。人員もあんまり居ないけど基地とかも全然無かったぞここ。収集基地らしきものはあったけど敵はほとんど居なくて、一時的に保管していただけっぽい資材が多少残っているくらいだった。戦果としては楽で美味しかったからいいんだけどさ。
もしかしたら沖縄と同じで勝手に干上がるのを待ってるのかもしれないと宮里提督達は言っていた。そうだとしても違和感がある程に抵抗が無さ過ぎたから、核周辺に戦力を集結させてたりしないかと警戒はしてる訳なんだけど。
そういう理由があり、有明海をみんなが探索してるその間に、選抜されたメンバーで陸地の反応も追う事になったのである。
非常に大きな危険を伴う地上探索班であるが、その面子は非常に少なかった。最小限の人数で調べて、駄目ならもう無理矢理人を連れてきて人海戦術するしかないだろうという話である。
メンバーは旗艦に実績のある川内さん、装甲車の運転手に多摩さん、上空から捜索してくれる龍驤さん、レーダーで周囲を警戒する島風、耳や目の良さで感知ができて陸でも敵をぶっ飛ばせる私。以上五名である。提督たちは基地を攻める訳でもないし戦力は吹雪だけで十分ですよね……って話してた。私もそう思う。
四国で一緒に上陸した人達なので皆勝手は分かっているのもあり、編成された翌日にはもう車を出す事になった。なお今回は朝からの任務だったので川内さんのテンションは低め。むしろ夜に無理する理由が無いのでキャンプするなり大丈夫そうな建物で休むなり泊地に戻るなりする予定である。
三角測量っぽいやり方で大体の反応地点を予測して私達は泊地を出発した。私のやる事は四国戦の時と変わらず、猫吊るしを頭に乗っけて周囲の索敵である。ついでに何か変なものが無いかも観察する。目的地付近までの数時間、違和感を見逃したりしないように頑張らねば。
なんて思ってたんだけどさ。私って今まで色々あって自分の一番強化しやすい感覚が聴覚だってのが判明してるじゃん? それで、チート能力さんと呼吸合わせると強化量上がるっぽいってのも分かってるじゃん? だからちょっとね、お願いしてみたんだよ。聴覚強化、イクゾー! って。そしたら、別に返事とかはなかったんだけど、脳内BGMが鳴った後、なんか耳めっちゃ聞こえるようになったんだよね。
今までもそれなりの範囲を耳で視る事ができたんだけど、それでも距離的にはそんなに広くなかった。百メートルくらいは行けても一キロ二キロは無理だったんだ。それが何か、急激に半径が広がった。近くの物が聞こえ過ぎるという事はなく遠くの物も追加で聞こえるようになった感じで、道の奥に見える山の木々の葉が風で落ちる音すら拾えるようになっている。
まるで地上でソナーを使ってるみたいな感じで、これなら深海棲艦に先手を取られる事もまず無いだろうと思われた。もし取られても攻撃がこちらに届く前にその弾が風を切る音を私が感知してしまえる。そうなればもうそれを撃ち落とすなりなんなりしてしまえばいいだけだ。私の正確性なら飛んでくる弾を迎撃するぐらいは造作もないからね。
ただ問題はこの状態、たぶん普通より凄い疲れる。脳が。いやまあ考えてみれば当然の話で距離が伸びたら範囲は三乗とかで増えてくんだからそりゃあ負担は大きくなるわけで。前世からイマイチ頭のよろしくない私の場合処理能力も限界ってもんがあるから仕方ないね。っていうかそうなると体じゃなくて魂の問題のような気がしてならない。もしかして魂に引っ張られて脳の機能が低下してたりする?
そんな訳で自分の根本的なスペックに疑問を抱きながら、長時間やっても知恵熱出ない程度の強化量へと調整して貰って、私は周囲の警戒に当たる事にした。泊地からほど近い舗装された、ただし散らかり放題なコンクリートの道を私達は進んでいる。住宅地のど真ん中だが山や林も遠くなく、割と自然は豊かである。海に近い町であるため深海棲艦の爪痕は大きく、一見して今は誰も住んでいないように感じる。上陸して暴れ回ったのではないかと思われるような跡もあり、初期の混乱は酷かったのではないかと思わされた。
そんな場所でもこうして耳を傾けていると本当にいろんな音が聞こえて来る。五月蝿いくらいに響き渡るエンジンの音、遠くからこちらを覗く鳥の羽ばたき、車輪が散らばった瓦礫を踏み締める破砕音、欠けた窓ガラスを虫が這い回る数多の足の擦れ合い、木の根元の茸が栗鼠に触れられ飛び出た胞子が撒き散らされる音、なんだこいつと叫ぶ低い声、島風の吐息が車外へ漏れ出し空気と混ざって行く音、地の底で流れる水、未だ時を刻み続ける秒針の音、興奮した何かの荒れた息遣い、龍驤さんの飛ばした偵察機が上空を旋回する音、川内さんのやせんーの呟き。
いや待って変なのあった。スルーしちゃいけない感じの奴があった。
「川内さん! 人の声がします!」
「なにっ」
神経を研ぎ澄まし、声がした方へ意識を集中する。目でなく耳で遠くの様子を探り、そして見つけた。何か大きな者と向かい合う二人組。山中の道なき道で、声を上げずに向かい合ったなにかとにらみ合いになりながら静かに後ずさっている。これは……襲われてるか、その一歩手前か。どちらにせよただならぬ状況なのは間違いないだろう。
「距離は……大体3km先、林の中です!」
「遠くない!? よく分かったな吹雪!!」
川内さんだけでなく、龍驤さんも呆れ顔である。それはともかく、向こうはあんまりのんびりしていられる感じではなさそうだ。何と相対してるのかまでは分からないけれど、付かず離れずでお互いゆっくり移動している。
「何かに襲われているようなんですが、行ってきていいですか!?」
「いいよ! 助けてこい、後から追いつく!」
即答だった。あまりの早さにちょっと面食らいつつ、私は走る車から軽い跳躍で飛び出した。一度地面に着地して、今度は足に思い切り力を籠める。足元のコンクリートが爆発した。
私の体が宙を舞う。高い建物がなくて真っ直ぐ進めるから助かった。迂回したりしなくて済む。後ろでは川内さんが車を止めるよう指示しているのが聞こえる。頭の上で猫吊るしがイヤッッホォォォオオォオウ! と歓声を上げた。
流れて行く景色、建物群を飛び越えて、林の入り口にあっという間に到着する。着弾点が土だったため粉塵が舞うがそれを気にしてはいられない。私は音源に向かって今度は跳ばずに走り出した。邪魔な木々をくぐり抜け、立ちはだかる斜面を駆け上がり、何かに怯える二人の人間の前へと躍り出る。そして私はそれと相対する事になった。
大きさは1.5mくらいか、正直それ程大きくは感じない。真っ黒な体は独特の光沢があり、その首元だけが白い輝きを放っている。指からは鋭い爪が伸び、半端に開かれた口元にも鋭い牙が覗いていた。好戦的な雰囲気はあまり感じないが、その太い四肢に一度捉えられたなら人の命など容易く狩り取られるであろう事は想像に難くない。こちらの登場には驚いた様子で私をじっくり観察するように見つめている。私も驚愕でそいつをまじまじと見つめる事になってしまった。
「ツキノワグマ!?」
「やっぱそうだよね!?」
どういうわけか、そこに居たのは九州ではすでに絶滅したとされる哺乳類の一種、立派な成体のツキノワグマだったのである。
え、これ駆除しちゃまずい奴だよね? どう対応したらいいんだろ……?
向かい合ってた熊と人間「なんだこいつ!?」