転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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ハジメテのケイケン

 これはひどい。

 PT小鬼群とレ級との密会を終えた翌日。出撃中の私達が見た物は、沖から流れて来る大量の赤子のような物体だった。島風に周囲を警戒させつつそれらを詳しく検分してみれば、それは艤装を剥がれたPT小鬼の死骸である。

 普段通りちゃんとやっとけと聞いていたのでそれを大淀さんに通報すると、すぐさま調査隊として派遣される私達。ぷかぷか漂う小鬼を辿ったその先には、なんか見覚えのあるパーツをふんだんに使った建設中の小さな基地と、本州の胸を横からぶん殴ろうと画策している深海棲艦の皆さんがいらっしゃったのだった。

 

 

 

 

 

「つまり、PT小鬼群を解体して建材に利用していたと?」

「はい。殲滅後に解体した物の一部を現在工廠で調査中ですが、形や材質からしてほぼ間違いないそうです」

 あと、昨日の話的にもね。露骨にやるってマジで骨見せてどうすんだあいつら。いや完成前に知れるようにだろうけどさあ! 人間じゃないから血液ドバーとか内臓グチャァとかそういうのは無かったけどさあ! 島風も居るんだからもうちょっと配慮とかして欲しかったなあ!! 私も大概な事してるけど小鬼は見た目が悪すぎだよなあ!! いや500万人に代えられないってのは分かるけどもね。

 大淀さんは報告を聞きつつ報告書の方も同時に読み、幾つかの疑問な点を聞いてくる。私の分かる範囲内でそれらに嘘偽りなく答えていると、やがて納得が行ったのか、司令官はズレた書類をトントン纏めながら呟いた。

「ふむ……物資不足、と捉えるのはこちらに都合が良すぎますかね……」

 え、そう繋がるの? 成程、確かに潤沢な物資があるならやりそうにない気はしますね。でも無いって事……いや、そうか。レ級たちは早急に事を進めたがってたから、こちらが攻めかかれる理由を提供しようとしてるのか。いやでも連日いっぱい来てるのはなんだよ、あんな大量に出撃させてるのに物資が少ないとかあるの? 燃料あるって事では……廃棄? ただ捨てるの勿体ないから使い捨ててる? もしや行きの燃料しか持たされてないとかそういう、つまり特攻? いや、どっちかって言うとこの場合……

「口減らし……?」

 私の呟きに、大淀さんがほうと感心した様な声を上げた。眼鏡を光らせつつ私の方へ視線を向け、可能性の一つではありますね、と頷いた。

「幾つかの検体を調べた所、異常に弾薬や燃料の所持量が少ない個体が確認できているんです。決めつける訳には行かないですが、もしかしたら、早めに攻めに転じる事になるかもしれませんね」

 上層部次第ではあるんですけどね、と大淀さんは小さく笑った。うん、まあ、そりゃそうですよね。でもそっか。こういう報告が積み重なって一週間後に繋がるのかな? 意思決定機関に伝手があったとして、説得材料は必要だもんね。それにしたって早すぎるとは思うけど。やっぱり例の大将って楠木提督なのでは……? ストレスで死んじゃうほど弱そうには思えないけれど。

 

 

 

 敵が出たら行って貰うがとりあえずは待機と告げられて、私は執務室を後にした。現在は建材を持ち帰った事もありまだ日も落ちてない時刻である。

 廊下を歩けば近くの部屋からは提督たちの声が聞こえて来る。現在この鎮守府には私達も含め複数の提督能力持ちが集められているのだが、守衛や出入りの輸送隊などを除けば基本、鎮守府は女所帯である。そのため男提督たちは肩身が狭く、すぐに互いにシンパシーを感じ合って寄り集まる事に成功していた。昨日は三雲提督、五十嵐提督、賀藤提督の三人がそれぞれ親しい艦娘に絡まれながら一緒に仕事を片付けていたのを覚えている。

 年齢的にはみんな若い。見た目には全員十代後半から二十代だろうと思われる。一番若いのは五十嵐提督で、一番年上なのが既婚で子供もいる三雲提督かな。賀藤提督は……実はよく分からんのよね。二十代後半くらいかなって思ったけど、割と三十代四十代の風格も感じる。真面目な青年というよりは真面目さが凝り固まってる印象を受けちゃうんだよなぁ。悪い人ではまったくなさそうなんだけど。

 まあ容姿の良し悪しもある程度を超えると差がよく分からんようになる私に他人の年齢を当てろってのがまず無理な話である。そもそも知りたきゃ聞けばいいしね。別に内緒にとかしてないだろうし。

 提督たちはどうやら一息ついている所のようで、それぞれカップに入った飲み物……匂い的にコーヒーだろうそれを手に何やら話し合っているようだった。部屋の外から盗み聞きするのは良くないかなとは思うのだが、私の聴力だとこの距離じゃ耳を塞いでも内容まではっきり分かってしまう。最近はチート能力さんの調子もとっても良いからね仕方ないね。

「僕の場合は家族と元々の仲間達だったのであまり問題にならなかったですね。数もそれで丁度で、他の皆にはちょっと不公平だったかもしれなくて申し訳なかったですけど」

「私は妻にだったので……その日の内に渡してしまいました」

 内容的には……指輪の話かな? 五十嵐提督は艦娘になった妹三人とその友達に配布したと聞いているし、三雲提督は夕雲さん以外に渡してないらしいから合ってると思う。っていうか九州急襲した時は不参加だった三雲提督が夕雲さん以外に渡せるほど仲良くなってたらそれはそれで問題な気がする。

「……やはり身内であるならともかく、言ってしまえば職場の同僚でしかない私がこういった物を渡すのは……」

「気持ちは分かりますけど……」

 賀藤提督が渡すか迷ってるっぽい? 身内でも何でもない女子に渡すのは確かにハードル高いですよねぇ。私も転生前に同じ事やれって言われたらすっごく困ったと思う。効果出なかったら気まずいってレベルじゃないし。でもなー、感情的に困らされるのはあるけど、渡さない方に傾くほどの理由ってなんかあるかな?

 などと思いつつ部屋の前を通り過ぎようとしたのだけれど、この部屋のドアってガラス窓付いてるタイプなんだよね。だもんだから女子中学生平均くらいの身長はある私の顔はしっかり中から見えてしまったようで。あっと短い声を上げ小走りに寄って来た五十嵐提督に呼び止められてしまったのだった。

 ちょっとだけいいかなと仰るので了承して、部屋に入るとコーヒーを淹れて貰えそうになったのだけど、それは遠慮させて貰う。島風を待たせてるから長居する訳には行かないのだ。まあ暇なら暇で走るか連装砲ちゃん達と遊ぶか魔力制御の練習でもしてるだろうけどさ。

「吹雪さんは指輪を島風さんに渡してるんだよね?」

「はい。召集前から同じ学校のクラスメートで部活仲間で検査も一緒に行く仲だったので」

「思ってたより仲良かった……!」

 検査云々はネット漁っても情報出て来ないからね仕方ないね。そういう訳だし私に指輪の事を聞いても意味が無い事はしっかり分かって貰えたと思う。最初から渡せそうなくらいだったから配属後に知り合った場合の参考にはならないのだ。

「えっと……じゃあ、吹雪さんが指輪を貰うとしたらどう思う? 例えば僕からとか。ちょっと艦娘側からしたらどういう感覚なのか知りたいんだけど……」

「私より他の子に渡した方が良いと思いますよ。感情的な話ではなくて、私がこれ以上強くなる意味が現状薄いので」

 いやそういうのを聞きたいんじゃないってのは分かってるんだけどね。実際この感想が最初に出て来ると思うんだよなあ。

「渡されるの自体は嫌じゃない?」

「嫌じゃないというか……普通は余程相手に嫌悪感があるのでなければ好意的に受け取ると思います。生存率に直結しますから」

 だよねーと五十嵐提督は我が意を得たりと笑みを浮かべた。やっぱり提督側から見てもそうだよね? 強くなれる指輪なんだから、相手に死んでほしいとかでない限り渡さない理由って無いよね? 効果出るのも仲が良い場合だから嫌ってるって事もないはずだし、賀藤提督は何に迷ってるんだろう。

「いやしかし、ケッコンというものを軽々しく行うのはどうかと……」

「そこ!?」

「私は妻だから問題無かったのは確かですが……」

「僕なんて妹三人が入ってるんですよ?」

 名称かよ! ケッコンカッコカリだから別に婚姻関係結ぶ訳じゃないですよ賀藤提督! 生真面目が過ぎませんか貴方! 平時ならむしろ信用できるけど非常時ですよ今! っていうか猫吊るし! そのまんま伝えたから変な弊害出てるぞお前! あと広めたの誰だよ! 正式名称それでいいのかよ!!

「というかそれだと私とか宮里提督は同性婚になるんですが……」

「近年の倫理の流れを鑑みても、その辺りは互いの同意があれば良いかと思います」

 そこは理解あるんだ。

 

 

 

 

 

 島風に待機命令の事を伝えるため、解析に勤しむ活発な声の響く工廠へと探しに行くと、島風は自分の艤装を抱えるような姿勢で眠っていた。いや、これはたぶん集合無意識の方へ行ってるのかな? 連装砲ちゃん達も座る島風に寄り掛かって目を閉じてるし。

 まあ、それなら別段起こす事もない。どうせ待機だし、必要なら揺すれば起きる。そういう仕様なのだ。走らされる事もなさそうだし私も吹雪さん(深海風)の所へ行こうかな? なんて思いながら横に置いてある自分の艤装へ歩み寄る。置き場は隣同士なので起こさないように気を付けて。極力足音を立てないように。

 気を付けてたんだけどなあ。艤装の横に到着して、それじゃ行きますかーとその場に座り込みふと横を見たら、ぱっちりと目を開けた島風と視線が交錯してしまったのだった。

 おはよう、と言う間もなく島風はこちらににじり寄って来て、ぐいぐいとこちらに顔を近づけて来る。ソーシャルディスタンスの確保とかは無い。毎度の事ながら距離近いなあ。

「競争しよ!」

「なんでまた急に……」

「本気で!」

 話を聞いてくれません。私の質問をどこかにうっちゃった島風はほら行くよ行くよと艤装を身に付けながら急かしてくる。微妙な顔をしているつもりの私の艤装を持ち上げて、私の背中に取り付けようとまでしてくるが残念だったな。それは自動的にくっ付くようなもんじゃあない。

 艤装の必要性に関してはまあ分かる。もう私達が全速力出すと危険な領域になってるからね。今や島風の100mタイムは5秒を切る。時速にして平均70km超え、当然ながら最高速はもっと出てる訳で。転んだり衝突したりしたら普通に死ぬ。っていうか、よく転ばずに走り切れるよねバランス感覚神懸かってるわ。

「いや、勝手に艤装使えないでしょ」

「前に許可貰わなかった?」

 ぱちくりとおめめを瞬かせつつ、オウッ? っと鳴いて軽く小首を軽く傾げる島風と同じ動きで左右に首を振る連装砲ちゃん。かわいい。それはともかく燃料が無制限ではない現状で私的利用はあんまり推奨されない。いや最低限なら良いですよって言われてたけどさ。

「宮里提督にでしょ? ここのトップは大淀さんだから、また別じゃない?」

 まあ、物理無効化とダメージの肩代わりだけならほぼ燃料要らないんだけどね。実は。たぶん機能停止寸前でも機能するようにそうなってるんじゃないかって猫吊るしは言ってた。航行とか物理的な影響を出すためには必須らしいけど。

 島風はじゃあ許可貰ってくるね!! って言って走り去った。全力疾走まで行かないけどかなり速度を出して。危ないなあ、いや島風なら人が居てもきっちり避けるだろうけど。ちなみに連装砲ちゃん達は残されている。海ではともかく陸では付いて行けないからね仕方ないね。

 仕方ないから連装砲ちゃんと戯れてたら体感一分くらいで島風は帰って来た。早いなおい。

 

 

 

 猫吊るしは忙しそうだったのでその辺りに居た妖精さんを一人ずつ回収して艤装を動かしてもらい、私と島風は海に出た。大淀さんと一緒に。

 いや、なんか審判してくれる事になったんだよね。司令官って暇なの? って思ったんだけどそういう訳でなく、二人で競った場合の最高速がどんなもんなのか見てみたかったらしい。そういや演習の時は遠目だったし足も使って走り続ける事はしてなかったですね。戦闘用と移動用に差があるのかないのかそういう所を見たいご様子。

 この時点で分かると思うが、これから行われるのは真っ当な徒競走などでは全くない。ジャンル不明の速さ比べなのだ。

 そういう訳で二つのブイを浮かべてゴールを作り、大淀さんが目視で判定するためにその横に。私と島風は大体100mくらいかなー程度の距離から並んでスタートする事になった。正確に計りようが無かったから距離は曖昧である。

「本気で走ってね! 本気でだよ!!」

 島風はふんすふんすと鼻息荒く私に全力を出すよう言い続けている。いや、まあ、いいけどさ。陸でやると危ないから障害の無い水上に出た訳だしね。

「艤装有りの全力だとアレの速度勝負になるけどいいの?」

 高速移動(アレ)。緊急回避や敵との距離調整に主に使うが、連続で使用可能なため移動手段としてもかなり有用な物だ。その速さたるや音速の数分の一程度の移動力を誇っている。妖精さんが酷い事になるから基本使えないけど。乗ってくれた妖精さんは私の方は任せろという顔をして、島風の方はえっ……って表情になった。あれ、よく見たら配属初期にシャトルランに付き合ってくれた子だな私の方のこの子。毎度すまんね。後でなんかお菓子でもあげてお礼するか……島風の方の子にもね。

 島風はそんな妖精さんの様子に気付いているのかいないのか、連装砲ちゃん達を脇に移動させながらも既に集中に入り始めているのが窺えた。やる気だなあ。

「何やってもいいよ。とにかく全力でやってくれるなら」

 声もどことなく落ち着いてるように感じるが、ほほう。言いましたな島風さん。いや妨害は流石に無しだろうけれど、それ以外は本当に何やってもいい訳だな? って言っても私は普通に高速移動連発するだけ……いや、この距離だと全力の一歩で走り切る方が早いかな……? 100mって短いんだよねえ、私達の最高速に対しては。

 うーんしかし、本気でやってリクエストは毎度の事ではあるのだけれど、今回はなんか真剣さが違う。普段はちょっとふくれたりする程度なんだけど、この走りを適当に流したら拳を向けて来そうな気配すら感じる。殴られても効かないけどさ。

 島風自身も出せる全力で走るつもりなのだろう、体中の力という力――魔力含む――が研ぎ澄まされていくのが見ていて分かる。なんか、真面目にやらないのは失礼に当たる気がしてきた。連装砲ちゃん達はいつも通りミューキューキャーと応援してくれている。かわいい。かわいいけど、そっちに注目してる場合じゃない。

 島風が本気で集中するのは珍しい。いや、普段の練習でもしっかり走りに意識を向けてはいるのだけれど、集中というよりは熱中しているっていう方が近いのだ。島風にとって走る事は心の底から楽しい事で、私に負けようが艤装の影響でやたらと身体能力が高くなろうが魔力で高速移動できるようになろうがその辺りは変わらない。ある種求道的というか、自分が使える手段でいかに速くなれるかが大事であって、勝敗にあんまり頓着してる感じじゃないんだよね。

 そんな島風が傍目に分かるほどの集中を見せてるっていうのは滅多にはない光景なのだ。なんで急にやる気になったのかは知らないが、これを無視して適当に流したいとは思わない。そりゃあ公式の大会とかで使うにはチート能力は馬鹿げてるとしか言いようがない物だけれど、今回のこれはそういうのじゃないし。

 じゃあ、本気でやるか。そういう事になった。

 

 私の戦術は超単純。一歩で100mを詰めてゴールする。それだけ。ぶっちゃけそれ以外はむしろ遅くなる気しかしない。私達の場合、力を前進する速度に変えられる角度に限界があるんだよね。その関係で地面――この場合水面か、そこに普通に走るみたいに足を着けようとするとどうしても全力で体を押し出す訳には行かなくなる。斜めにぶっ飛んでっちゃうからね。それに極端な前傾姿勢っても限度がある訳で、クラウチングのように手を突けるスタート時が一番発射角度を小さくできるのだ。だから一歩目で最大加速が可能ならそれが最高速度になる……はず。

 勿論空気抵抗で減速するし重力に従って落ちて来るからもっと距離があれば違うんだけど、100mくらいだと私の技術じゃそうなる。例えば50m地点に一度足を着けて再加速するとかって手もあるけど、そのための角度調整や動く事による抵抗の増加でたぶん遅くなる……気がする。いや実際やってないから分からんけども。

 だから勝負は一歩目。全力の一撃を足を通して海へと叩き付ける必要があるのだ。ではそのために必要な事は何でしょう。それはまあ、あんまり褒められたことではないのだけれど、チート能力さんに協力してもらう事だろう。私の本気っていうのはチート能力さん込みの話だからね仕方ないね。

 そういう訳で別に戦闘とかじゃないけど力貸して頂けませんかと自分の中へと問いかけてみれば、がんばれ♥がんばれ♥という返事と共に全身に力が漲って来る。よし行けるな。

 ここからさらに自力で魔力やらなんやらを足に集中したりできれば良かったのだけど、未だに自分の魔力を感じ取れない私にはそれはできない芸当である。仕方ないのでただひたすらにテンションを上げる。思い出すのは特殊変色海域との初遭遇、例の通れない境界上を無理矢理突破しようとした時。

 チート能力さんと息を合わせるように全身に力を行き渡らせる。魂の奥から汲み上げて、心臓でそれを循環させるイメージ。強く、速く、勢い良く。何度も何度も心の中で繰り返す。血液と共に頭のてっぺんから足の先、五指の全てに至るまで、細胞一つ一つに力が宿って行く。気がする。

 前の時は拳に全力を注ぎ続けたためか反作用的に足元が波打ってしまったが、今回は特にそうなる様子はない。静かなものだ。静かなものだけど、何故だろう。あの猛進より強く、爆ぜそうなくらい体が滾っている。無駄に漏れていないせいかな。

 やろっか。隣の島風に声を掛ける。集中を維持しながら伸びをして体をほぐしていた島風は私の方を向き、視線をゆっくり絡ませると、両の口角を吊り上げた。

 

 

 

 判定するためゴール地点に居る大淀さんに手を振ってお願いしますと声を上げ、私と島風はそれっぽい位置に付く。スタートの合図は連装砲ちゃんにお願いして空砲を撃ってもらう手筈だ。

 海面に手を突くというなんとも不思議な感覚を味わいつつ、隣の島風と共に姿勢を整える。だけれども、その姿勢は私と島風でちょっと違っている。島風のそれは普通にクラウチングだ。足を支えるブロックが無いため器用に足先を半分だけ海中に沈めて角度を付けている。

 対する私は両足を曲げ、海面に膝が沈み込むような体勢で頭を前に向けている。足先も島風の真似をして少し沈めておく。不格好ではあるけど仕方ない。だってそうでしょ、一度で100m跳ぶのなら、両足揃えた方が力が入るに決まってるもの。

 お互いにやり方に対しては特に何も言わない。これは競争であって100m走ではないのだからスタイルの違いは出て当然なのだ。その辺りの認識は同じという事でいいらしい。島風は……走る気かな? 以前見た限りだと島風が連続で高速移動を使うとどんどん加速していくのは確かなんだけど、100mでどこまでやれるのかは分からない。最高速に到達するのには距離が足りない気はするけれど、克服してる可能性はある。私の報告中とかによく島風さんの所で修行しているし。逆に空中ステップの方は現状加速力がそこまで出ないみたいだから使わないと思われる。

 横に並ぶと島風の足に魔力が集まっているのがよく分かった。以前感じた回復中のそれとはまるで違う力強さ。使えば使うほど鍛えられて最大値が上がるというが、あの時と比べてどれくらいの物になったのか、具体的にはわからないけど数倍くらいには増えていそうな予感がする。

 たぶん速い。きっと速い。間違いなく速い。チート能力抜きだったら勝負にもならないくらいの実力差がある。当然と言えば当然で、私は正確にはアスリートでも何でもない、土俵に立つのも失礼なレベルの何かでしかない。

 けど、『なんか』『つよい』身体能力と『なんか』『つよい』感覚任せの私に勝負を挑んだのは島風だ。そしてそれを受けたのは私だ。私はチート能力さんと一緒に走る私として勝負を受けたんだ。だから絶対手は抜かない。使うの主に足だけど。

 っていうか普通に負けたくない。負けたら負けたで仕方ないくらいの拘りしかないけどそれはそれとして今まで勝ち続けてるのに負けるのなんかやだ。だから全力で勝ちに行く。道徳的にどうとか正当性がどうとかはぽーいで。

 

 私と島風が同時に連装砲ちゃん達に目を向ける。三体は鳴き声を響かせながら砲塔を上空へと向けると、準備いいよとこちらに視線を返してきた。

 島風の魔力が膨れ上がる。やはりスタートダッシュで急加速するつもりなのは同じか。そのまま何歩か挟んでさらに加速するつもり……いや、これはちょっと違う? 島風のそれは片足にだけ集中している。そうか、同じ量を噴出させるなら片足に集中させた方が推進力が出るのか!

 私とはそもそも前提が違うんだ、あくまで筋力の私と魔力がメイン出力の島風だとスタイルが違って当然だった。おそらくこれ、島風は空中で加速してくるつもりだな。持続的に放出して航行速度を上げたりするのは前にやってるのを見た事あるし、当然空中でも可能だろう。高速移動のような爆発的な加速度は出ないはずだけど、スタートダッシュで高速移動、そこからはジェット噴射でかなりの速度になる気がする。陸上要素投げ捨ててるけど、角度と魔力の集中具合からして100m内での着地はしないと見た。

 成程、つまり、初速でぶっちぎれなければ私の負けだなこれ。分かり易い。足には自然と今まで以上の力が篭る。それでいて無駄に強張る事もない。非常にしなやかで融通の利く肉体だ。中の人に不釣り合いだが有難い。

 はち切れそうなほどに高まった何かが血を廻る。足だけで飛び出す訳じゃない。体中の筋力を使い、全身全霊で最速の一歩を刻むのだ。そうじゃなきゃ勝てない気がした。

 前を向く。顔は水面に向けているけど、感覚的に。ああ、スカート脱いでおけばよかったかな。なんて今更思う。どうせスパッツだし。空気抵抗をできるだけ少なくした方が良かっただろう。

 島風は完全に前を向いている。私と違って肌感覚とかで周囲の事が分からないから当然か。少しでも曲がればタイムロスになるもんね。

 用意からドンまでの数秒。一瞬の出遅れで負けが確定する短距離で、それでも私にはその通りの時間にしか感じられなかったのだけれど。その数秒が終わる瞬間。連装砲ちゃんが空砲を撃ち鳴らしたその瞬間に、私と島風は同時に足下を吹き飛ばした。

 

 大きく海面を抉り取り、飛び出したのは私だった。両足を使った高速移動。着地の事を考えずに速度だけを追及したそれは、同じく着地も何もない姿勢で空中へと発射された島風を初速で圧倒していた。

 問題は、ここから私は減速して行くしかないという事だ。艤装を付けていても空気抵抗は受ける。ダメージにはならないが、速度はしっかり落ちるのだ。私はスタート時点より速くなることは無い。でも逆に島風はそうではない。噴射の加速力がさほど出なかったとしても、減速しないだけでかなりのアドバンテージになり得るだろう。

 しかし、それでも。それでも私が四半の工程を過ぎる頃に未だ島風はその半分の地点に届いていなかった。100mしかない直線コースでこの初速差は、絶望的と言っていい。余程魔力が伸びていなければ。よしんば伸びていたとして、放出量が追いついていなければ。覆せない距離である。

 そして(チート能力さん)は気付いている。島風の魔力はかなり伸びているけれど、放出能力に関しては大した脅威にならないと。

 だから負けない。私は極力速度が落ちないよう体勢を崩さずに進んでいれば、負けない。

 

 

 私の遥か後方で、海が弾け飛んだ。

 

 

 音すら届く前の、肌に刺さる光の反射の違和感で私はそれに気が付いた。自分の動きが速過ぎて、音頼りでは認識するのが間に合わない。何が、と、海面と水平になった体越しに私はそれを目で確認した。

 言うまでもない。島風だった。それは島風が水面を蹴り、魔力を爆発させ、高速移動を行った余波だったのだ。

 そして見た。自分の高速移動の勢いで宙へと跳ね上がり、次の瞬間には、魔力を全身から上空へと噴射し、水面へと舞い戻る島風の姿を。

 一歩。高速移動を右脚で発動する。宙に浮いた体を無理矢理魔力噴射で水面へと押し付ける。そしてまた一歩。高速移動を左足で発動する。それは歪だけれど、誰が見たってこう言うに違いない。

 それは極めて特殊な、走法だった。

 私は勘違いしていた。自分ができるから、いや、それしかできないから、島風もまともに走れないんじゃないかって。勝手にそう思ってしまった。短距離で最速を求めるなら地に足は付かないと、本気で結論付けていた。でも、違った。

 島風はあくまで走る気でいて、ちゃんとその方法を見つけて来ていたのだ。それがまともな軌道じゃなかったとしても、ただ立ち幅跳びするだけなんてのよりよっぽど早い方法を。

 しかもどうやら、進化したのは技の合成だけじゃない。いつの間にか放出した魔力が物理的に周囲の物体を弾き飛ばすように高速移動自体が変質している。今までは瞬間的に島風から高密度で噴出するだけだったそれは、今や噴出どころかその足下で盛大に炸裂し海を掻き混ぜ猛らせていた。

 差が詰まる。私の想像を遥かに超えた速度で、私と島風の彼我の差が詰まって行く。一歩一歩は私の両足の一撃に遥かに及ばないが、島風のバランス感覚に支えられたそれは、あっという間にその暴威を超えて行く。

 あ、負ける。

 そう思ったのは工程の半分を過ぎた時。そして理解した瞬間には、私は完全に抜き去られていた。

 島風の背中が近くに見える。ゴールまではあと半分の半分とその半分。一瞬の出来事で、理解の方がそれくらいになってやっと追いついた。

 そっか。

 負けるのか。

 なんかこう、転生してからこういう真面目な勝負事で負けるのって初めてだな。

 

 

 

 

 

 え、やだけど?

 

 

 

 

 

 絶対やだけど? チート能力使って普通に負けるとか嫌すぎるんですけど?? 大した理由なんてないけど滅茶苦茶やだよ??? ここから勝つには? どうしたらいいかな? うん分かんない。分かんないね。分かんないから、勝ちそうな奴の真似しよう。いやでも私魔力放出とかできないしなぁ。姿勢制御だけであの急降下は無理だし。急募、今すぐ出せるもの。とかく足さえ付ければ何とかなる。出力は私の方が上なんだ、一歩でも再加速できれば初速も相まってあの背中を抜けるはず。っていうか抜く。何時か負けるにしても今はやだ。負ける覚悟が足りてなかった。っていうかそんなもん要ると思ってなかった。だから水面を蹴り飛ばす方法。なんか。なんかあるかな。

 ……あるわ。あったわ。マジで何でもいいならだけど、一個見つけたわ。言ったよな島風、確かにそう言った。覚えてるよ私は。何やってもいいからって、確かに言った。覚えててよかった。

 そう思った時にはもう艤装に手を突っ込んで、妖精さんを取り出して、腰に付いた艤装の装着機構を解除していた。そのまま肘で、思いっきり。艤装を空へと弾き飛ばす。

 私の艤装は改二になった際、ベルトで背負う形態からアームのようなパーツで腰に固定する形態へと変化している。それが今、どういう因果か役立った。

 天高く舞い上がる吹雪改二。反作用で、私の体は水面へと堕ちて行く。姿勢に関しては問題ない。思った通りの場所へ思った形で降り立てる。サンキューチート。毎回毎回すまないね。

 そのまま私は着水する。艤装無しで飛び込めば、普通は当然沈むだろうけど問題ない。何故ならば、私は横ベクトルにも動き続けているからだ。つまり小石が跳ねるが如く、鋭い水きり状態になる。だが当然、ただ勢い任せで水面を跳ねる訳じゃあない。だってそれじゃ加速しない。むしろ減速しちゃうよね。

 私の前では島風が足下を爆散させながら走っている。そうなると当然、その後は滅茶苦茶に荒れ狂い、かなり高く波打っている。だがそれがいい。すごくいい。

 私は海水が持ち上がる瞬間のそこへ狙い通りに着水して、その波を両の足で思いっきり蹴りつけた。

 瞬間私を襲う、スタート時とはまったく比較にならない負荷。そりゃそうだ、だって艤装付けてないもん。生身でやったら普通倒れたり、最悪死んだりする奴だろうと思われる。私はチート転生者だから耐えられるけど、そうじゃなかったら耐えられなかった。

 猛烈なGと引き換えに、私の体は生身としては有り得ない急な加速でぶっ飛んだ。波の角度が良かったから、さっきまでより低い軌道でぎゅんぎゅん前へと進んで行く。迫る島風の背、それに私が追いついたのは、残りわずかに十数メートルの地点だった。島風の顔が驚愕に歪む。

 もう後は本当に、私にできる事は無い。他に質量のある物をもってないから、無駄に動いても抵抗が増えて速度ロスになるだけだ。精々上手に姿勢を真っ直ぐ保つ事くらい。

 だからおい、島風。それ以上加速するな。待て、おい馬鹿止めろ、嬉しそうに笑って魔力を解き放つんじゃあない。明らかに今覚えました、みたいなやり方で高速移動と全身の魔力放出を同時に重ね合わせて加速力を増加させるのはよせ。

 最後の一メートルくらい。段々と減速してゆく私と、最後の一歩を踏み出す島風。私の方がまだ少しだけ前に居る。ああ、でも。島風は、最後の最後で、高速移動と魔力放出と艤装の航行能力を組み合わせる術を身に着けたようだった。

 

 ゴール。

 差されて差してもう一回差された長いようでその実一秒未満なそれは、傍から見たら本当に一瞬で終わっただろう。

 私も島風もゴールラインを遥かに超えて彼方まで吹き飛んでいく。そりゃあそうだ、私はブレーキなんてできる体勢じゃないし、島風なんて最後の最後まで加速し続けてたんだから。

 仕方ないので暫く飛んで、水面に手が届くようになったタイミングで海面を叩いていったん止まり、そのまま生身で大淀さんの方まで駆け戻る。そしてゴールラインを超えて逆走し、ある地点で止まって足踏みを繰り返した。

 超高速の足踏みにより、私の体は沈まない。物理法則も何もあったもんじゃないが実はこれは昔からできる事だったりする。そのまま暫く待っていると、澄み渡った空の上から私の手元に放った艤装が落ちて来た。うむ。狙い通りである。

 艤装を背負いなおし、ギリギリダウンしてない妖精さんに申し訳ないと思いつつ、艤装を再起動してもらう。いやあ……今回のこれ、後で吹雪さんに怒られそうな気しかしない。ちゃんと対面で謝ろう。会って貰えたら。

 

 ついでに連装砲ちゃん達を回収して、妖精さんに申し訳ないので少し早足で大淀さんの所へまで歩いて行くと、丁度反対側から島風も普通に滑って来た。なんだか普段に増してぼんやりとした目つきで、眉も少し寄っている。

「……勝った?」

「そうだね」

 お前の勝ちだよ。ハナ差、それも日本人のそれ程度の着差で。

 うーん、と島風は首を捻る。納得行ってない……っていうか、自分でよく分かんなかったのかもしれない。コンマ何秒差だよって話だもんなぁ。

 島風は大淀さんにもどっちが勝ってましたかと聞いているが、大淀さんもたぶん島風さん……? と自信無さ気である。うんまあ、砲音がしたと思ったら凄い勢いで何かが飛んでったようにしか見えなかっただろうし。仕方ないね。

「ちょっと待ってね」

 そう言って島風は短く瞳を閉じた。数秒後にはまた開き、ふぅと一息ついてから報告する。

「島風も私が勝ってたって言ってた」

 見られてたのか。いや、仕様上そういうもんなんだろうけど……不味い。艤装ぶん投げたの筒抜けじゃん。絶対怒られる。許して。

「えー、では、島風さんの勝利という事で。よろしいですね?」

「はい」

「はいっ!」

 一応は審判の大淀さんが、今回の勝負結果を確定させる。頷く私と、何故か手まで上げる島風。どうやら徐々に実感が湧いて来たらしい。連装砲ちゃん達がミューキューキャーと笑顔で島風に群がって行く。かわいい。

「……それで、艦娘の方はどうでしたか?」

「あっ、はい! 駆逐艦島風、改二の条件を達成して、許可を貰いました」

 受け取りは保留中です。と島風は大淀さんに報告した。えっ、今回のこれそういうのだったの? 気合入ってると思ったらそういう事だったのか。大淀さんが来てくれたのもそういう……っていうか、島風さんは何を条件にしてんのさ。私に勝ったら? ええ、そんな条件な事ある?

 大淀さんはそれは良かったです、と嬉しそうに頷いた。手続きとかが必要らしく上からの承認待ちだが、貰ったらすぐ改装を行うとの事だ。島風さんってそれまで待っててくれるんだろうか。おっそーいって言われちゃいそうだけど。

 島風は改二については母君であらせられる天津風さんから聞いて殆どの事は知っているから改めて説明する必要無いし、大淀さんもその辺は楽……いや、覚えてるかな島風。なんかあの日は他にも色々インパクト強い事があったし忘れてそうな気がしなくもない。

「受け取るの?」

「おうっ? 受け取らない理由ってある?」

 おかーさんが解除する機械作ってくれてたでしょ? って島風は仰られる。まあそうなんだけど……いや、でもそうか。島風って見た目にもそんな変わらないだろうし、あんまりデメリットとか無いか。性格に出る影響に関しては今更だし、そもそも島さんの場合元と変わった気がしないし。

「それに、島風ももっともっと速くなれるかもって言ってたから! 改装したら、今度はもっとちゃんと吹雪に勝つからね!」

 あ、ごめん。次やったら私が勝つよ。

 口に出しては言わないけれど、心の中で思うだけだけど、これは強がりとかそういうんじゃなくて。次同じ条件でやって、今回みたいな進化を島風が起こさなければ、間違いなく私が勝つ。そういう確信がある。酷い負け方をしておいて非常にアレな話なんだが、きっとそういう事になる。なんで言い切れるのかと言えば、この試合で私はチート能力さんの一端を掴んだ……気がするからだ。

 その証左に、私は今、明らかに足の筋力が上がっている。たぶんさっき二歩目を海に叩き付けた時も一歩目より上がってたんだけど、そこよりさらに上昇を見せているのだ。そして、私は今完全に力を抜いてるのにそれが元に戻る気配が無い。うん。つまり、そういう事だよねこれ。

 ただ、これは私が上手く使えるようになったからだとか、そういう話ではないんだ。むしろ逆。確信した。この子は制御できない。っていうか、仮に制御できたとして、強くなる事はおそらく無い。誘導くらいはできるかもしれないけど。

 と言うのも、私の『なんか』『つよい』チート能力さん。この子さ、なんか私が思ってた身体強化能力とか、そういうタイプの能力じゃあないっぽいんだよねえ……

 強化自体は確かにされてる。それは間違いないんだけど、その、なんというか、副次効果っていうか、結果的にそうなっただけというか結果を出すためにそうなっただけっぽいんだ。違和感は無かったけどさ。思い返すと結界に力押しで入り込めるって時点で何かおかしいって事に気付けよって話になるんだけどさ。

「あ、そうだ。今日から雪って呼ぶから、雪も名前で呼んでね」

「なんで?????」

 待って話が飛び過ぎて意味が分からない。

「…………嫌?」

「別に嫌ではないけど急すぎてびっくりした」

 不安そうな顔になるんじゃあないよ。なんかそういうのって宣言するもんだと思ってなかっただけだよ。私にもそうしてって話だからなんだろうけどさ。

 返事を聞いた島風は満足気な表情でしゃがみ込み、連装砲ちゃん達とハイタッチを決めた。まあそうしたいなら別に構わないけれども。

「なんで突然そういう話になったの?」

「勝ったらそうするって前から決めてたから!」

 聞けば私が陸上部に入った頃にはそう決めていて、今まで真面目なレースでは一度も勝てずにずるずる来てしまったらしい。いや別に気にする必要無かったと思うんだが、島さんなりのこだわりという事か。

「まあ、拒否するような事じゃないからいいけど、私普段は島風って呼ぶよ?」

 オウッ!?っと島風は鳴いた。いやそりゃそうでしょ。そういう規定なんだから、艦娘として働いてる時はそうしなきゃならんのだ。だから呼べないんだ仕方ないんだ。

「えー…………あっ、もしかして雪、私の名前覚えてないの!?」

「流石にそれはないので心配しないでください風香さん」

「なんで敬語?」

 フルネームが島 風香な事くらいは覚えてるよ流石に。でもね、風香さんや。私は女子相手に名前で呼んだ経験とかほぼほぼ無いから割と扱いに困るんだよ。吹雪s……吹雪にもめっちゃ手こずってるし。

「あと、さんも要らないよ」

「えー」

 やっぱりそう来やがったか。いや私だって別に嫌なわけじゃないよ? ただ名字から名前にいきなり切り替えるのは積み重ねの無かった吹雪のよりもだいぶハードルが高いんだ。気恥ずかしさとかが強すぎる。

「じゃあっ、今からもう一回勝負して決めよう! 今度は雪がルール決める番!!」

 微妙な反応を見て再戦を申し出てきたが、もしやこの風香さん、自分が好きな距離で好きな事やって勝った事に若干思う所があるのだろうか。それとも負けた私の方がチャレンジャーになるからか?

 大淀さんは青春ですねえという顔で微笑んでいて、止める気は無さそうだ。やるならとことんやって決着つけとけとそういう感じなのか、或いは一ページを邪魔しちゃ悪いと思っているのか。悪い人じゃないんだろうけど。悪い人じゃないんだろうけどさ。

 あ、いや、そんな事より、まず別の事を気にした方が良さそうだ。ちょっと哀れな事になっている子がそこに見える。私は島風の艤装を指差した。

「その状態で競争は無理でしょ」

 オウッ? っと風香さんは首を傾げて後ろを覗き込んだ。そこに居るのは完全にノックダウンされた妖精さんである。さもありなん。私以上の変態機動で上下に振り回されたのだから、普通の妖精さんが耐えられるはずもない。

 流石に焦った顔になる風香さん。大丈夫? って声かけするけど、妖精さんはまともに返事する気力もないご様子だ。見かねた大淀さんが自分の艤装から救援部隊を送り出し、その子はちっちゃな担架で運ばれて行った。

「えっと、じゃあ艤装使わないで普通に走る?」

「いや…………風香も。魔力残ってないでしょ。それで勝てるって思うなら付き合うけど」

「じゃあ走るよ!」

 思うんだ。流石。

 

 

 

 

 

 大淀さんの生温かい視線を感じつつ、私達は鎮守府へと帰って来た。普通に走るというので艤装を戻しに工廠へ向かえば、そこにはいつの間にやらいくつも艤装が戻されており、賀藤艦隊の防衛部隊が帰還しているのが窺えた。だというのに、周囲は何やら妙に静まり返っている。

 普段なら明石さんの奇声とか明石さんの嬌声とかが作業の音と共に聞こえてきて騒がしいくらいだというのに、修理の音すらなんでか全く聞こえない。おかしいなと思いつつ、呼吸音の多数する方を覗き見れば、そこには何故だか人だかりが出来ていた。

 それは工廠の人員と賀藤艦隊の面々であった。目を凝らすまでもなく猫吊るしもマッドな感じの明石さんの頭上に居る。どういう訳かみんな押し並べて息を殺し、一方向を見つめていた。

 背後を取って一番近くの子の背を突けば、ぴきゃっと可愛らしい悲鳴が上がる。暁である。涙目になった暁に姉妹艦からシーッと静かにするよう注意が飛んだ。悪い事した。

 私と気付いた暁型に手招きされ、私達も端に入れられる。大淀さんだけちょっとびっくりされてたけど、別に見ちゃいけないとかではないらしく島風共々その空間を覗き込んだ。

 

 工廠裏手の空間、さして広くないそこで二人の人間が向かい合っていた。一人は周りの皆の担当提督、賀藤提督。もう一人は訓練所で私達と一緒に育てられ、ぽいぬと一緒に連れられて行ったもう一人の犬系(に改装したらなると思われる)艦娘。時雨だった。

 見れば賀藤提督の両腕は時雨に向かって差し出されている。その先にあるのは、小箱に飾られたケッコン指輪であった。

 あ、結局渡す事に決めたんだ。などと呑気に先ほどの事を思い返していると、暫く硬直状態だったらしい時雨が突然足に力を入れ、その力を思い切り解き放った。

 飛び掛かる時雨、逃げる訳にも行かず受け止める賀藤提督。二人は頭一つ分は身長差があるのだけれど、時雨は一度でぴったりに高さを合わせていた。そのまま二人の影と影とが重なって、私の周りからは押し殺した嬉しそうな悲鳴が上がる。大淀さんは若いっていいわねーと凄く優しい目をしていた。

 

 後で聞いた話だと、ちょっと前に時雨から賀藤提督に告白していたらしい。ただその時は返事を保留されたそうなのだけど、タイミングの悪い事に、その直後にケッコンカッコカリの話が舞い込んでしまったのだとか。

 うん。そりゃあ渡すの躊躇うよね。だってそれもう返事だし、なんだったら前提がそっちになるもん。そっちを前提に付き合ってくださいになるもん。気軽さの欠片もないもん。

 まあ、なんだ。ご結婚おめでとうございます。

 

 

 




次話投稿までに島風改二が実装されてなかった場合、風香さんの改二は酷い事になります。
チート能力の詳細に関してはまたいつか。ただそんなに難しい話ではないですし期待するような物でもないです。
矛盾の量が凄い事になりそうで怖いけどNE!!!!!
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