立ち上がり、改めて視界に捉えてみるが、やっぱりその女の子には見覚えが無かった。
いや、それは彼女のどちらかと言えば柔和な部類に入る顔の話であって、全体の姿形にではない。上から下までちゃんと見ると、一番特徴的なのは白い帽子の横から飛び出した薄桃色なサイドテールの、その先端の方だけが何故か青みがかっている部分だろう。このグラデーションは一部の艦娘に見られる不思議な質感であり、可愛らしいワンポイントでもある。だからモチーフ……というか、何を立体化した存在であるのかは概ね理解できるんだけども。
この娘、服装が完全にいい男なんだよなあ。帰り道の公園のトイレ前のベンチに座っていそうな。シャツを着ていて胸元がはだけたりはしていないって違いはあるが、見るからに何処ぞの作業員っぽい青のツナギ姿なのである。そこ以外は白露型駆逐艦の春雨さんにとってもよく似ているんだけれど。
あと何故か、被ったベレー帽のベルト部分には初心者マークがあしらわれていて、その左右には分かれて艦 これと印字されている。成程。
「提督、おはようございます」
「春雨は司令官呼びだよ、猫吊るし」
「そうだっけ……そうだわ」
一瞬だけ少女っぽい仕草でこちらに呼びかけて即座に素に戻る春雨もどき。っつーか猫吊るし。私同様前世の記憶は薄れないのでちゃんとエミュれば間違えなかったろうに。まあその場のノリで適当にやった結果だろうけどさぁ。
「その格好どうしたの?」
「なんか現実から目覚めたらこうだったわ」
「自力で変身したとかじゃないんだ」
「服は自分で選んだけどな」
それでなんでウホッって反応されそうな装いになるのか。コレガワカラナイ。いや似合わないとかそういう事はないんだけどさ。ちなみに帽子とシャツは初期装備だったらしい。制服は付属しなかったのか……
「その姿って春雨と妖精の二択関係ある?」
「あるんじゃないかと思うけど確証はないなー」
猫吊るしは転生する際、意識が暗転する直前にその選択を突き付けられ、咄嗟に妖精を選んだという経歴を持つ。結果として妖怪猫吊るしとしてこの世に生を受ける事になった訳だが……逆を選んでいたらどうなったのか、その答えがこれなのかもしれない。こうして見ると完全にTS転生者なんだなあ、普段は妖精さんボディだから性別を感じる事すらないんだけど。
「若干猫吊るし要素残ってるのなんなの」
「結局夢だから色々混ざってんじゃないかね。なんか吹雪も髪長いし」
それを言われると反論のしようもない。猫吊るしは猫吊るしなんだから要素があってもおかしくないけど私のは完全に原因不明だしね。前世も今世もこんな伸ばした事ないし、長髪に憧れた事もない。キャラとしては好きだけども。黒髪ロング。
「妖精さんになったりはできない感じ?」
「できないと思うけど、別に困らないだろ?」
確かに夢の中限定なら別に困らない。外でこのままだと私が全力を出せなくなるのでちょっと困ってしまうのだけど、それだって艤装のまともな運用を諦めれば何とかなる話である。でもほら、普段が普段だからさ。
「頭に乗せたら流石にバランス悪いなって」
「肩車の方が良さそうではある」
そういう事になった。
止まっていても仕方ないだろうと私は猫吊るしと歩き出す。ゴトランドさん曰く一度合流した方が深部を目指しやすいらしいので彼女を探さなきゃいけないんだけど、もうこの辺りまで来てるんだろうか。あの人も寝ようとしてたけど私の方がすぐ寝ちゃったから外がどうなってるのかよく分からんのよね。なので雑談しつつ辺りを探してみる事にしたのだ。
「そういえば選んだって事は服は自由に変えられるんだ?」
「ん、いや、服はなんかいっぱい落ちて来てたぞ。空から」
どういう状況だよ。この世界雨じゃなくて服が降るの? クッション敷き詰められてるしふわふわし過ぎだろ。
「あっちに穴が開いてて、そこに向かってこう……ひらひらしてたんで取って着替えてたら何かが飛んでくのが見えてな。気になってそっちに歩いてったら吹雪が居た訳だ」
どうも猫吊るしは私が上空に殴り飛ばした屋根を目撃したらしく、ただ彷徨うくらいならとその根元の方へと歩き出し、そしたらすぐに私に遭遇したようだった。スタート地点が意外と私と近かったのかな?
「あ、ほらあれだ。あのでっかいヤツの上に穴がある」
指差された方を見れば確かにそこには他よりもかなり大きなクッションが切り立つ崖のごとく鎮座している。気になったので猫吊るし諸共上まで跳べば、そこには半径50メートルを超えるかくらいの大きな穴が開いていて、その真上からはたくさんの何かがゆっくりと舞い落ちるように降りしきっていた。思ったよりも量が多い。
近づいてみれば成程それは服である。よくありそうな普段着っぽい物から和服、水着、メイド服、果ては鎧に宇宙服。色も形も様々で統一性は感じられない。普通に清潔そうで、どれも一揃いになっていて欠けている事も無さそうだ。ただ一つ問題があるとすれば、それらが全部、何処かで見た覚えのある物ばっかりな事だろう。
「なんでコスプレ衣装が不法投棄されてるんですかねえ」
「俺に聞かれても」
どこぞのケモミミ陸上競技選手の勝負服達が目の前を通過して行く。その奥ではプリティなキュアしてくれそうなドレスとお邪魔な魔女の衣装が揺れている。あ、ビキニアーマーまであるわ。無差別すぎるだろジャンルで分けろ。
「たまに下着混じってんだけど元キャラとサイズ合ってんのかね」
「さあ……?」
そもそもサイズ知らないキャラの方が多いしなあ。明らかに今の私にも猫吊るしにも合わなそうなのが混じっているし元のイメージに近づけようって気は感じられるけれど。
見上げれば服は次から次へと落ちて来る。物によってはふわふわと漂いながら下に向かって行くのだが、どうやら穴の範囲外に出る事は無いようで、縁に引っかかったりもしていない。
穴の中を覗いてみると、少なくとも視える範囲には底がなく、光の届かない暗闇に服が消えて行くのだけが確認できた。もしかしたら無限に続いていたりするのかもしれない。っていうかよく見たら穴の内壁はスポンジ製っぽい。割と落ちても安全そうな気がして来た。
「ここ順路だったりとかしない?」
「あー確かに魂の方に繋がってそうではあるな」
夢から魂にって言うとどうしても底へ底へと潜って行く印象になる。ここならかなり深くまで行けそうな気がするんだけど……まあ、確証とかは何一つない話だ。猫土下座さんがちゃんとナビゲートしてくれるといいんだけど。
「あっ」
私の耳に、視慣れたものが飛び込んで来た。上を見れば確かにそれはそこにある。ちょっと斜め前に跳び、落ちて来る布地を掴んで対岸に着地すれば、確認するまでもなくそれは着慣れたいつもの制服である。
「……着るのか?」
「えー……どうしよ。スパッツ無しのスカートはキツいんだけど……」
いや、マジでどうしよう。手元にある黒い吹雪改二の制服に目を落とす。いやね、流石に艤装投げ捨てたのが昨日の今日なのに制服も穴に吸われるのを見過ごすなんてのはちょっと無いかなって。そう思ったから手に取ったんだけど、着たいかと言われると別に着たいわけではないんだよね。そもそもスカート好きじゃないから私。制服のデザインとかが気に入らない訳では全くないんだけどさ。
ちょっと悩む。床においてったら穴に捨ててくのと大差ないし、かと言って袋もないのに手に持ってるのもなんだか煩わしいだろう。着てしまうのが一番いいのだろうけれど、スカート一枚すぐ下着というのはどうにも落ち着かないのである。仕方がないので私は間を取る事にした。
まず猫吊るしを下ろして上着を脱ぐ。そして制服の上部分を着て、ズボンはそのままにスカートを穿く。そして上着の袖部分を腰に巻いて、猫吊るしを乗せたら完成である。
「お前それで良いのか?」
「いやたまに居るじゃんスカートの下ジャージな女子」
あれの亜種だと強弁したい。
服を一新して暫く周囲を見て回ったのだけど、どうもこの辺りは他に目立つものは何もなさそうだった。穴のある区画だけ一段高い所にあって、四方は崖に囲まれている。そこから見える景色はどの方向も見渡す限りの毛生えクッションの荒野だったのだ。
私が吹き飛ばした屋根のところだけめくれているため他の場所も地中には何かあるのかもしれないが、判別できそうな特徴は見当たらない。まあ、適当に掘ってれば何処かに出そうな気はするけれども。
「ここで待ってるのが一番見つけてもらえそうじゃない?」
「だなあ。上から降って来てるのも見えるだろうしとりあえずここ目指しとけば安牌な雰囲気はある」
私の夢を通りたいという話なのでゴトランドさんの方から来てくれるはずだけど、どこから来るのかは全く分からない。そもそも合流せずに通り過ぎる可能性があるのも困りものだ。挨拶はするって言ってたけど、合流できなかったら先に進む事を優先したいだろうし。
暫く降ってくる衣装をお題にオタク談議に花を咲かす。その結果分かったのだけど、落ちてくる衣装の中に猫吊るしだけが知っていて私の知らないようなものは存在しないようだった。逆はたまにある辺りやっぱり私の夢、という事なのだろう。 猫吊るしのも混ざってる可能性は否定できないけれどもね。
会話の途中、ふと見ると白露型の制服が宙を舞っていたので取ってあげたら
されてしまったのでリリースした。普段スカートなの実は思う所があったりするんだろうか。私みたいな格好になるのが嫌だっただけの可能性もあるが。
そんなこんなで少し経ち、猫吊るしがここに入っちゃってるのは一緒の毛布で寝たからかねえ、なんて二人で考察していた頃である。私達がやって来た方向に何やら大きな影が差した。見ればその星空の向こう、明るく陽が輝いている方から大きなものが進んできている。それは形状的には船に見えた。
船の上には軍艦っぽい武装が見えるが、前世の記憶と照らし合わせてもそのシルエットはまったく見た覚えがない。おそらく外国船で、さらに言えば形状的に空母ではないかと思われるのだが、何だろう、結構無理に改造した様な跡が見えるような気がする。歪ではなくそういうものとして成立してる感じもあるけれど、本来の形とはまた違うような印象を受けるのだ。あと空を飛んでいるが、これは夢の中だからだろう。
船はぐんぐん近づいて来て、崖に接岸すると錨を降ろす。そして大きな板をこちらに渡すと、それを通って四つの影が現れた。それは紛れもなくゴトランドさんである。それと、護衛棲水姫さんっぽい人とどちらかと言えば雪風に見える人と推定北方棲姫。私と猫吊るしを見つけると手を振って駆け寄りつつ、困った顔で口を開いた。
「どうして肩車をしているの……?」
いやなんか、収まりが良かったから……つい……
「猫吊るしさんだったんですか!?」
「てっきり夢の世界の人かと……」
「なんか春雨っぽいんだね?」
合流してからずっとしていた肩車を解いて猫吊るしの事を説明したら、四人はたいそう驚いた様子になった。本人は何故かドヤ顔である。見た目春雨っぽいから違和感が凄い。転生者ってあんまり自分の性格と適性艦は関係ないのだろうか。いや猫吊るしは春雨適正とは限らんけども。
「ところでそちらの三人は?」
「ああ、こっちも夢の世界なせいかちょっと見た目が違うけど、ベイとほっぽちゃんと丹陽よ」
ベイ――護衛棲水姫さんは外の世界より血色が良く、かなり色白な人程度に収まっている。それと、私とは逆で短髪だ。ただ髪の色などは変わっておらず、全体的にはやっぱりなんか白っぽい。
ほっぽちゃん――北方棲姫も同じような状態で、特徴的な角が消えて代わりに髪留めが付いている。髪の長さなどは変わっておらず、ちょっとだけ育ってる気はするけど体型的に子供未満なのも変わらない。本人はなんか不満そうだった。
丹陽さんは、逆になんでか縮んでいる。年齢的に私よりも下に見え、服装も丈の短いワンピースのようなもので丹陽というよりは雪風――それも改装前の姿に近い。護衛棲水姫さんの表情がちょっと怪しい。
夢の中であることだし、それぞれ転生前の要素が現れているのだろうか。まあ私の髪も猫吊るしの状態も前世まったく関係無いからそういう話では全くない可能性も多分にある。夢って自分で操作してるけど自分の体じゃないとかまあまあ普通の事だしね。
ちなみにゴトランドさんは全くと言っていい程違いがない。一人だけ安定している、という事だろうか。私と十歳くらいしか変わらなく見えるけど……いや十年って大きいか。ともかく、傾向としては転生して長い方が姿が変わってない気がする。二年未満の猫吊るしと同じく深海棲艦が現れてからであろう二人の変化が著しい事からして。
「しかしなんで皆で来てるんだ? てっきりゴトランドだけで来るもんだと思ってたんだが」
「私もそのつもりだったんだけどね……」
そもそもゴトランドさんはお守り代わりに丹陽さんを置いておく以外、他の人を巻き込む気は無いようだった。私だって通り道になる以上の事を求められていないし、猫吊るしに至ってはそもそも呼ばれていなかったりする。でも他の転生者の皆はゴトランドさんに対して強い仲間意識を持っている様で、放っておいてはくれなかったのだ。
「付いて行った方がラッキーがおすそわけできるかもって思ったので!」
「私ならここからでもワープで一緒に帰れるかなって思って」
「『なんか』『つよい』ちゃんとゴトランドさんがちゃんと意思疎通できるか心配で……」
三人とも、それぞれ自分が役に立てるだろうと判断して付いてきてしまったんだそうである。つまり現実だと全員寝てるって事なんだが、一応浮輪さん達が見張りに立ってくれてるので安心してもいいそうな。っていうか、北方棲姫ワープ能力なのか、道理で突然現れてた訳だ。
ゴトランドさん的には危ないかもしれない橋を自分以外に渡らせるのはまったく本意でないようで、気遣いが嬉しくはあるが自分の都合に付き合わせている事がかなり申し訳なさそうだった。でも三人からしたら仲間を放って帰るのは心苦しいに違いないだろうし、そりゃあ一緒に来もするだろう。全員良い人っぽいし。
「船はこれ、ゴトランドか?」
「うん。私の改二、空母になったゴトランドを擬人化ならぬ擬艦化したものね。猫土下座が移動手段にって出してくれたんだ」
ああそれで多少違和感があったのか。空母化ってかなり無理矢理やってそうだし本来のゴトランドとはかなり形が変わっているのだろう、見覚えがない訳である。それにしても流石夢チートと言うべきなのか、普通にそんなの出せるんだなあ。便利。
ちなみに猫土下座自身は船内で舵を取ってるそうなのだが、閉じこもってて出て来ないとの事。ちょっと挨拶しておきたいけど本人が会いたくないんじゃ仕方ないか。
「……あー、一応、夢の中で時間経つのはかなりゆっくりみたいだけど、進まない訳じゃないから私達は行くね。付き合ってくれてありがとう、吹雪。それと猫吊るしも」
やはり時間を掛け過ぎるのはよろしくないのか、ゴトランドさんは急ぎ出発するという。手を差し出してきたので軽めにとって握手を交わす。猫吊るしとも同じ事をしたゴトランドさんはじゃあと言ってその場を離れ、艦にしっかりとした足取りで戻って行った。
その後を続く北方棲姫、丹陽さん、護衛棲水姫さん、猫吊るし、それと私。
「えっと……」
「自分の魂まで行く訳ですし、そこまでご一緒させてください」
ゴトランドさんは正直そんな気はしてた、という苦笑気味な笑顔だった。だってここで起きるの待ってても仕方ないし、私の夢と魂通るなら私の案内があった方が絶対いいじゃないですか。私構造全く知らないけど。
ちなみに猫吊るしは吹雪の魂とチートにめっちゃ興味あるとの事である。同じ立場なら私もそうすると思うから文句は無いけどちょっと色々見られるのは恥ずかしい気がせんでもない。
甲板から辺りを見回すが、やっぱり天から降り注ぐコスプレ衣装とその落ちる先以外に目立った要素などはなく、その大穴にしても全長100mを超えるであろう空母ゴトランドが入って行くにはちょっと大きさが足りていない。ここからどうやって先に進むのだろうと出発に揺れる艦上で丹陽さんを肩車していると、船体はみるみるうちに地上を離れ空へ空へと向かって行った。
ぐんぐん迫る夜の空、二つのつぶらな目の付いた星々の横を通り過ぎ、私達はたくさんのコスプレ衣装が出て来ていた天上へと吸い込まれて行く。そっちが順路だったのか……どうしても底の方にあるって印象だから下へ向かうのかと思い込んでたわ。っていうか甲板にめっちゃ服落ちて来るんだけど止まんないのこれ。
艦が降り注ぐ服で埋まらないよう纏めて船外に放り投げていると、突然ちゃぽんと水溜まりに投げ入れられたような感覚がして、世界の端か何かの境界を通り抜けたと直感できた。見ればさっきまで格闘していた布や鎧は跡形もなく消えていて、一面には背の低い草原が広がっていた。
芝生と言ってもいいくらいの草の海は遥か彼方まで続いており、空には眩しくない程度に太陽が輝いている。遠くからは温かな風が流れ、それに乗って何か呑気な鳴き声が聞こえて来た。見ればそこでは饅頭のようにデフォルメされた人間の頭のような生き物が日を浴びながらゆっくりしている。
空母ゴトランドは草原の上をかなり低い、座礁スレスレの高度で飛んでいた。今まで居た場所の痕跡は私と猫吊るしが着たままの服以外は何もなく、急にその場に出現した様な格好である。次元移動、というか階層移動でもした感じだ。こうして夢の奥へ行けば魂まで辿り着けるという事なのだろう。
別段外敵などは居ないようなのでみんなで地上を見下ろすと、そこでは多種多様な生き物がくつろいでいた。饅頭のような紅白と白黒、紫色の毛のような脚を持つタコ、同じような色合いのヤドカリ、エビフライが好きそうな赤いスライム、チョコミントが好きそうな青いスライム、ずんだが好きそうな緑の鳥、包丁のような角をしたキリン、明るい女の子の可愛らしい中にも優しさあふれる声を出しそうな草、のとのとワで顔が構成された三頭身くらいのリボンの何か、それによく似た水を被ると増えそうな二頭身くらいのナニカ、煙突や砲台のようなものを背負ったかたつむり。
「うわっ……私の脳内、平和すぎ……?」
「割とヤバいの混じってるんですが」
「普通の生き物が一匹も居ない……」
たぶん刺激しなければ大人しいから大丈夫。正直ちょっと降りて散策したくなったのだけど、ゴトランドさんを見送りたいので我慢である。
内部で操舵する猫土下座には往くべき道が見えているのか艦は真っ直ぐ進んで行く。速度的にはそれ程でなく、ゆっくりしている生き物たちに手を振るとたまに反応を返してくれる奴も居た。かわいい。
暫く……体感で十分ほど空飛ぶ艦に揺られながらみんなをあだ名で呼ぶ許可を貰ったりしていて、ふと、来た方を振り返ってみた時である。彼方まで続く緑の地平、その奥に、突然何か黄色の点が浮かび上がった。
それはみるみるうちに大きくなり、こちらの倍以上の速度で迫って来る。私が後方を見つめている事に気付いた他の皆もそれを目撃し、あれはなんだと甲板はにわかに騒がしくなった。
その頃には、私はそいつの正体を見極める事に成功している。それは長い四足で滑るように走る獣だ。黄色い体毛に茶色い斑点を持ち、各脚には兵器と思しき機械がそれぞれ装備されている。また、脚と同程度には首が長く、口部からは前歯のようなものが覗いていた。全長は大きく、空に浮かぶ私達より頭の位置が高い。そしてその背には、茶色い毛皮をした別の生命体が鎮座しているのだった。
そいつらは進む私達にあっという間に追いつくと並び掛け、首だけをぐるりと回してこちらを向いた。頭頂から伸びる角が光を放ち、私達をまぶしく照らし出す。あれなるはおそらく探照灯。なんでそんなもんが付いているのかは全く不明である。別段悪意で光った訳ではないようで、それはすぐに強さを調節すると、灯りをちかちかちかと点滅させた。
「あっ……こ、こんにちは……?」
はたしてベイさんが困惑した様子でそれに返事をした。どうやら言語……モールス信号か何かであったらしい。私分かんないんだけど私の夢の中の生き物は使えるのか……
「お前の脳内さぁ……」
「いやたぶん猫吊るしの脳内にも住んでるでしょ」
だってお前知ってたじゃん。最初に対面した時、片割れを。だったら絶対こいつも知ってるし住みついてるよ頭の中に。私はそう思いながらこちらを見つめるキリン改二と、その背に乗ったボクカワウソに手を振った。
表情の読めない二匹と楽しく並走していて、気が付いたら私達は世界の端にまで辿り着いていた。
草原は突然途切れ、その先には地面が無い。地面どころか何も無い。丁度3Dゲーのフィールド端まで来たような状態だ。まあ私達は飛んでる訳だしこのままでも進めるだろうが走ってるキリン改二は無理だろう。名残惜しいような惜しくないような気持ちだがここでお別れか。
って思ったら普通に虚空を走って付いて来た。なんだお前。
そのまま一分ほど行っただろうか。さっきも感じた水面に投げ込まれる感覚をまた覚え、気が付いたら私達は夜の山上から眼下の湖を一望していた。
湖は山に全面を取り囲まれ、月を背景に佇んでいる。水面に映る大きな月影、その光が岸辺に生える木々を映し出し、風の一つもないのに茂る枝葉をさざめかせていた。そのどこか既視感のある光景に見惚れていると、艦は一気に斜面を下り、湖の縁へと着陸した。
次いで斜面を駆け下りて来るキリン改二。あっ、階層超えられる感じなんだ?
空母ゴトランドはそこから動く気配を見せなかった。降りろ、という事だろうか。私達が少しの間迷っていると、ひょいとボクカワウソが甲板に飛び乗って来た。その両手には何か、メッセージウインドウのようなものが握られていた。
←順路
そこにはそれだけが書かれている。えっ、お前道案内なの? 困惑する私達をよそに、ボクカワウソは尻尾を振りながら板を渡して艦をゆっくり降りて行く。かわいいと素直に言いたくないのは何故だろう。
皆でおっかなびっくりその後ろに付いて行くと、ボクカワウソは湖の一歩手前で振り返り、ウインドウを高く掲げてこちらにそれを見せつけて来た。
↓順路↓
そして道を譲るようなジェスチャーで、さあどうぞと湖に向かって私達を促した。
「潜れって事?」
案内人は頷いた。いや、まあ私は全く構わないけど……
「みんな泳げる?」
「普通に泳ぐくらいならできるよ。でも、潜水はやった事ないね」
「ボクも……」
「丹陽泳ぎは得意ですよ!」
「俺は能力でできる」
「私は肺活量に自信は無いけど……ここ、夢だから」
普通の水じゃないんじゃないかとゴトランドさんは言う。確かに、普通月がこんなにくっきりとは映らないだろう。反射率100%超えてそうだもん。もしかしたら水じゃないのかもしれない。
ボクカワウソの横を通り、月の湖に手を浸す。普通に水の感触がするが、見た目に反してそれは温水のように暖かい。どうやら冷える事は無さそうだ。私はそれを掬い上げ、少し口に含んでみた。
何せ私由来成分であるからして、私にはとりあえず無害だろうと思っての行為だったのだが、それで一つの事に気が付いた。確かめる為、今度は顔を水面に付ける。成程。
「これ、水中で呼吸できますね」
振り向いてちょっと驚いていた皆に教えると、メッセージウインドウにそうだねと表示された。最初から教えてくれない?
>ここから さきは たましいの りょういき
>そこに わたしは ついて いけません
全部説明しろオラァンと私と猫吊るしとほっぽちゃんに説得された結果、猫土下座はなんでか全部ひらがなとカタカナでボードにメッセージを送ってきた。この期に及んで顔を出す気はないらしい。割といい根性してる奴である。
>みずうみの なかは もう ゆめのそと
>たましいの なか こころの ふかみ
>ふかく もぐれば おくそこまでは すぐでしょう
>そこからは ふぶきの チートに たのんでください
私の魂液体なのだろうかとちょっと思ったが、魂を疑似的に空間として把握できるようにしてあるだけでそのものって訳ではないらしいと後で猫吊るしから教わった。チート能力が不思議過ぎて創作物の知識が無かったら理解できなかったかもしれない。ありがとうオタク文化。
>ようが おわって めが さめたら
>わたしを リベッチオに もどしておいて ください
>リベが すねたら めんどう なので
「自分では戻らないのか……」
猫吊るしは呟いたけど、まあこっちは手伝って貰ってる側だから多少はね? っていうか猫土下座も夢の中に居るから当たり前だけど寝てるのか。そして私達より長く寝るつもりなのだろう。夢を操れるならやれる事とかいっぱいありそうだし楽しいのかもしれない。
>それと ふぶき こんやは あなたの
>ゆめに いさせて ください ませんか
「えっ、いいですけど、なんで?」
自分で言うのもなんだけどふわふわだったぞ私の夢。この階層はちょっと真面目っぽいけど他二つはなんかこう、アレだったぞ。正直割と恥ずかしいぞ。
>よどみの ない ゆめは きちょうです
>とくに こんな よのなか では
>くらい こころが たまり やすい
>それが ないのは とても のうてn
>すなおで すてきな せいしん こうぞうです
>やきつくす ほどに ひかりが つよくない
>のも みりょく です そうじて
>おひるね するのに とっても よさげ
「これ私馬鹿にされてるよね?」
「褒められてるんじゃないのか、一応」
>リベの ちょうみりょう ていどの よどみも
>ふだんづかいなら すごく おちつく けれど
>きゅうじつに くるなら ここは かくべつ
「ソムリエか何か?」
「私の事褒めてるように見せかけて相棒の事惚気てないこれ?」
「仲良しか」
「そうだね、リベとゲザは遠慮要らない仲だし……相性はかなりいいよ」
いやまあ、居心地がいいのならいくらでも居てくれて構わないのだけれども、面と向かって格別とか言われると照れる。でも私もあの一層目か二層目でごろりと寝ころんで午睡に浸りたいかと言われると凄くしたい。色々終わったら頼んでみようかな?
猫土下座はひらがなのまま、この先へは湖水を気にせず地面に沿って進んで行けば進めると教えてくれた。ただ、水面から先には力を及ぼす事が難しいらしく、実際に何があるのかは分からないという。感覚的には私のチート能力さんが迎合してくれてるのもあって魂の奥、自称魔法使いな子の所への道まで遠くはないだろうとの事だったが。
ゴトランドさんを先頭にして転生者達が私の魂の方へと潜って行く。不測の事態に備える為、この領域の持ち主たる私はそれを最後尾から見守っている。何も起きないとは思うんだけど、念のために。
最後のベイさんがおっかなびっくり全身を沈めるのを眺め、私もゆっくり水面に足を着ける。うーん温水プール。あったかい。そのままさらにもう一歩を踏み出そうとしたら、ぽんっとボクカワウソに肩を叩かれた。
>では わたしは しつれい します
>おきても おこさないで ください ゆめは
>しばらく このまま なので ねなおしても
>ここに これますよ やったね !
表情か感情か何か読まれてますねクォレは。やだ超恥ずかしい。私ってそんな分かり易いかな。外でも結構読まれたりしがちなんだけども。いやそもそも私の夢だから伝わってたとかそういう話だったりするのか? よく分からんがまた来ます。
私が頷くとボクカワウソはずっとこっちを眺めていたキリン改二に飛び乗って、空に向かって去って行った。普通に飛ぶのか……
その空を駆ける天馬ならぬ天キリンが姿を消して前の階層に戻る、その瞬間、背に乗ったボクカワウソのさらに後ろに、背中が大きく開き足腰も露出の多い大胆な衣装を身にまとった女の子の姿が薄っすらと見えた気がした。だいぶ危機管理できてなさそうな格好だったけど、もしかして一層の時にあの服回収してたんだろうか。
猫土下座withボクカワウソfeat.キリン改二を見送って、私もみんなの後を追おうと湖の方に振り返る。
なんかいる。
それは頭に黒いリボンを生やした白くて柔らかそうな生き物だった。丸い丸いつぶらな瞳でじぃっとこちらを見つめている。何処か顔文字めいた表情で私の方へ顔を向け、先端が錨のようになっている赤い縞模様の付いた尻尾をゆっくりと振っていた。
なんだこいつ。それは私が気付かないほどの一瞬の間にそこに現出していた。さっきまでは確かに居なかったと思うが何時から居たんだろう。お互い見つめ合いになり、そいつとの間に謎の緊張感が走る。そもそも私の索敵を外れるというのは尋常ではない。いや、単に今ポップしただけの可能性の方が高いんだけどさ。
思い出したように鳴かれても困るが。
一応敵意なんかはなさそうな声だったし特に動きもないので、意を決し私はゆっくり歩を進める。暖かな液体が脚に絡み付くが、波がある訳でもなく動き辛いという事は無さそうだ。
湖はかなり底が深いようで、最初の数歩までは殆ど傾斜も無かったのだがその先は自転車で下りるならブレーキを引きながらの方が安全だろうってくらいには急な坂になっている。おかげで先を行く皆の頭はもう月光に隠されて目では見えなくなってしまっていた。
私は靴を履いていないのだけれど、指の間に砂が入ってくる感じはしない。むしろ足下はしっかりしている。人工的な感じすら覚える……っていうか、人の魂のなんやかんやをなんやかんやで認識できるようにしてるとからしいから完全に人工物なせいだろう。天上の大きな月が実は巨大な宇宙船ですとか言われてもおかしくないのかもしれない。
顎まで湖に沈めるが、温めのお風呂にでも浸かってるかのような安心感はあっても不快感みたいなものは全く無い。まあ私自身が駄目だったら他の皆はもっとキツいだろうから良い事だろう。
視れば少し先でゴトランドさん達は歩を緩め、丁度ベイさんがそこに追いつくところだった。ちゃんと呼吸はできている様子で苦しんだりはしていない。どういう状態なのかは全く分からんが夢と魂と精神の話なのでそういうもんなのだろう。待たせるのは悪いのでさっさと私も進む事にした。
こっちみんな。
「なんか思ったよりなんもないなここ」
「夢の方はクリーチャーだらけだったからね……」
「可愛かったですね!」
かわいい(私の脳内が)になってしまうので止めて欲しい。でも丹陽さんの顔に悪意は全くなく、普通に褒めてるつもりのようだった。上機嫌なにっこにっこの笑顔の弾んだ足取りで進んでいる。
「三か所目だけぜんぜん感じが違ったけど、あれは魂に近かったから?」
「いやあれ吹雪のパソコンの壁紙だな」
「…………あっ、ほんとだ」
いわれてみればそうである。ぜかまざらしが生息してた以外ほぼまんまだ。私のPCは相部屋なのもありキャラクターなどは書かれていない湖のイラストになっているのだが、成程、たしかにああいう感じの雰囲気だった。ちょっとくらいは真面目な要素があったと思ったがそんな事はなかったぜ!
気付いてなかったのかよと呆れた目をされたが二次元を三次元化されると割と分かり辛いんだって。猫吊るしは図面書くのとか上手だしそういう変換も得意っぽいからすぐ分かったんだろうけどさ。
「以前ゲザに聞いたけど、夢の世界の形って日によって変わるらしいから……あんまり意味は無いかもね」
「じゃあ吹雪の夢もロボットがレーザー撃って追いかけて来たり戦争で荒廃した世界だった可能性が……?」
「なさそう……」
なんでだよあるかもしれないだろシリアス要素。いや自分でもロボットが出て来てもガンダムファイトしてそうだなって気はするけども。
水中を坂道に沿ってえっちらおっちら降りて行く。足下はいつの間にからか継ぎ目も何もない真っ白な床になっており、完全に砂や土は見られなくなった。
更に暫く進めば傾斜はどんどん緩くなり、終には完全に平な空間へと続いていた。ここが底なのかとも思うが、それにしては空間は四方八方へと伸びていてまだまだ先に進めそうに見える。
こうなると困ってしまうのが私達である。さっきまでは下へ下へと進めば魂の底にまで辿り着くだろうと軽い気持ちで歩けたが、道を間違える可能性を考え出すと少しだけれど足が止まる。みんなは私に分からないかと言ってきたけれど、そんなもん分かるなら最初から案内してるんだよなぁ。
何か違いが無いだろうかと辺りを見回してみるが、本当に地平線の限りまで水と白い床ばかりで他に差異は見受けられない。耳を澄まして観察しても特に何の音もしない――――いや。
またお前か。
なんか尻尾をすごい勢いで動かして軽快な速度でぶっ飛ばしている。そいつは後ろから私達をぶち抜くと、一回水平線まで消えて行き、AAのような顔でこちらに戻って来た。
そのまま私達の周りをぐるぐる回りつつ、こちらを見て鳴き声を上げた。煽ってんのか。
「あっ……この子、付いて来ないの? って言ってます……」
「道案内だったの!?」
勝手に泳ぎ回ってるだけかと思ったわ。割といい子だったのね。速過ぎて私以外付いて行けないと思うけど。
ぜかまざらしを先頭にして私達は再度出発した。みんな魂にもこんなの居るのか……って顔だったけど私が一番ツッコミたい気分だと思うので何も言わないで欲しい。
最初の速度で進まれると追えないため、ぜかまざらしに言い含めてゆっくり泳いでもらうようにしてもらったのだが、速度に不満があるのかたまにその場で大きな円を描いて一回転してみたりしている。こんなんでも島風派生という事か。かわいいんだけど私の魂や夢に生息してると思うと微妙な気分になってしまう。かわいいけど。
ゴトランドさんが少しくらい早くても平気よと言ったためちょっと張り切ったぜかまざらしに連れられて私達は進む。行った道は全く道にはなっておらず、案内が無かったら迷っていたと断言できる。案外どの方向でも良かったという気もするのだが、この白い大海原の中を最短ルートを行けたのは間違いないだろう。
雑談を挟みつつ進んで行けば、ある時、進んでいる方から少し逸れた方向にぷかぷか揺蕩う何かが見えた。それは私と同じ制服を着た女の子で、髪の色や長さなんかも外の私と同じくらいだと思われた。ただその子の半開きにされた瞼から覗く瞳の色は赤く、左手は異形のそれである。
一瞬何かと思ったが、あれはおそらく私の預かっている吹雪さんの魂の一部ではないだろうか。深海吹雪さん成分が強いが、見慣れた姿よりは人間に近い。あんまり極端な部分は渡さなかったって事だろうか?
吹雪さんは私達に気付く事もなくふわりふわりと水の中で微睡に沈んでいるようだった。力の抜けた表情で、暖かな水に身を任せている。
ぜかまざらしとゴトランドさんがどんどん先へ行ってしまうので、そんな吹雪さんを横目に私は皆と道を急ぐことにした。どうやら居心地は悪くなさそうみたいで何よりです。ゆっくりしていってね!!
たぶん二層をくまなく探せばダム作ってる雪風とかも居たと思われる。