ふつう~な人生でしたわねえ。
四回目の現世において月と書いてライトと読む何処かで見たような名前を授かる人間が、一番最初にその少女に遭遇して一番最初に掛けられた言葉がそれであった。何も無い空間、見た事のないほど耳の尖った少女、まともな形を成していない自分の体。状況が全く分からなかったためか、物言いに対して特に怒りは湧いて来ない。むしろ、全くもって同意見だと思えてしまう始末だった。
その元男の人生は本当に、よくある普通の人生としか言いようのない物だった。幼い頃から夢を持ち、その夢に邁進し、叶う事がなかった大多数の一人であるという意味で。
彼は最初の生において声によって糧を得る職業を目指していた。いや、ある程度の銭を得る事はできていたため、その職に就いていたとは言ってしまってもいいのかもしれない。ただ大成する事はなかったし、それだけで食べて行けた訳でもない。知る人ぞ知るですらない、木っ端にすらなれない何かであったのだ。
そもそもの話だが、その男の声はそれ程質の良い物ではなかった。演技に関しては同世代でも良い方ではないかという自負はあったが、突出はしておらず、さらに言えば、容姿も見れる方とはとても言えない程度。それを補えるほどの世渡り上手である訳でもなければ、何か大きなコネクションを持っている訳でもない。何一つ、名の上がる要素は無かったのである。
それでも一度の人生、やりたいのだからやれるだけやってみようという気概で取り組み、そしてそのままあっさり死んだ。死因は少女曰く、災害による外傷での失血であるという。花は咲かずとも前向きに取り組んでいた男にとってはなんとも残念な結末であった。
だから、次の人生を差し上げようかと思いまして。
などと、やたらと髪の長い少女はのたまった。何故そんなよく居そうな経歴しか持たない自分がという疑問はあったが、親類縁者も演者としての需要も無かった前の自分に未練などはそれ程なく、彼はその提案をすぐに受ける事にした。
そうして振らされたダイスの結果が『こえが』『(・∀・)イイ!! 』である。なぁにこれぇと思った事は言うまでもない。
しかし、その能力は男にとっては喉から手が出るほどに望んでいたそれそのものであった。何せ碌な結末など待っていなかったであろうにせよ、行こうとした道を半ばで中断された身である。夢は彼の心からまるで色褪せていなかったのだ。それ故にターゲットにされたというのは本人は知らない事実である。
男は滅茶苦茶に喜んだ。元々、叶いそうにない夢でも追い続けられるくらいには真っ直ぐな気質をしているために欠点を埋めてくれると言われて素直にただただ嬉しかったのだ。少女の方も純粋に喜んでくれる人間は少ないので、笑みを深くして顔も良くしておきますわねーと更に特典を重ねて行った。
だが不思議なもので、話が美味くなるに従い、逆に男の心では不安な気持ちが首をもたげて来たのである。死の前夜に読んでいたネット小説の内容が良くなかったのかもしれない。もしかしたら、この女の子は自分を喜ばせておいてちょっとした罠にかけるタイプの転生神ではないだろうかという疑いの気持ちが生まれてしまったのだ。
だから、男は少女に確認を取る事にしたのである。もしかして、声優が存在しない時代とか世界に送ったりしようとしてないよね? と。その質問に少女はきょとんとした反応を見せると、くすりと笑い、そして言った。
正解っ!
流石に男もでこぴんに走った。見た目小学生以下の子供を殴ったり怒鳴りつけたりはする気になれなかったのである。割とリアクションは良かった。
その後に彼は頼み込んだ。現代で、オタク文化が盛んで、できれば日本っぽい所に生まれ変わらせてくれないか。割と頼みが多いのは自覚していたが、ある程度以上には豊かな時代でないと職業自体が存在しない可能性が高く、譲れない所である。
じゃあ、私と契約致しますか?
擦り付けんばかりに不定形の頭を存在しない地面に向かって下げ続ける男に対し、少女はそんな提案を持ちかけて来た。
転生と能力の付与は少女の勝手でする事。即ちサービスである。故に対価は必要がない。だが、少女に何かを望むのであれば、それは即ち契約の申し込みなのだ。先払いか後払い、既に死している男に選べるのは後者だけであった。
契約内容はごく単純。少女がサービス以外で男に対して使った分の万能たるその『力』を、利子を付けて返済する事である。少女の正体は金貸しならぬ、『力』貸しであった。
付与するチート能力を使用し、研鑽し、練磨すればその『力』は増して行くと聞き、男はその条件を呑む事にした。元々普通に使う気満々であったので、デメリットは無いように感じたのだ。利率が期限無しの10%とそれ程高くない事も決断を後押しした。
――世界を丸々一つ容易に作り出せる存在の振るう『力』を唯人の身で生み出し還せるようになるまでにどれほどの生が必要になるのでしょうね?
なんて、意地の悪い少女の考えをよそに、二人は話を詰めて行った。そうして概ね男の願いが叶う形で転生する事になり、二回目以降の転生に掛かる費用はサービス外ですわよ、と囁かれながら彼は次の世界へと旅立ったのである。
一度目の転生。彼……いや、彼女は瞬く間にスターになった。子供の頃から大人顔負けの演技力を発揮し、それでいてそれ程は調子に乗る事もない。容姿も優れ、トークスキルもそこそこにある。
そして何よりも声が良かった。本当に、どうしようもなく、声が良かったのである。
それは彼女のその他の良さを覆い隠すほどに強い個性だった。そのまま順当に行けば彼女が腐ってしまいかねない程に。
実際、その世界が声の演技だけで老若男女を問わずの存在しないキャラクターを脳裏に浮かばせる男性や中学生にして十年以上の芸歴を持つ少女、それに天使のようと揶揄されるソプラノボイスを持つ男の存在がなければそうなっていたのは間違いなかったろう。
声の良さだけに叩き潰される程度の存在ではない彼らとの競い合いは彼女の心を燃え上がらせた。世間からの評価は既に異常に高かったが、演技力でも認めさせてやろうとその生では試行錯誤を繰り返す事になったのである。
時にぶつかり合い、時に引き上げ合い、彼女の技術は前世のそれより遥かに磨かれて行った。返済の事などはさっぱり忘れてしまっていたが、その頃の事は後に思い返しても後悔など一片もない思い出となっている。
成長した彼女はその世代の女性声優の双璧の一人として君臨し、片割れの戦友と世界中のオタクの耳を幸福にし続けた。そして前世と同じある日、同じ時間に、同じ死因でその世を去る事になるのだった。なお死後に再会した少女には災害の日時が同じとはいえ因果も弄ってないのにと笑いをこらえた表情で迎えられた。
そのまま彼女――三回目の生も女性だった――はまた違う世界に生まれる事になった。今度はちゃんと能力の研鑽もしないと転生のたびに借金ならぬ借力が嵩むと若干焦りながら。そのため今世は幼少期に業界に入る事は避け、自由な時間を能力を使いこなす事に費やすと彼女は心に決めたのだ。
静かに真剣に、粛々と能力と向き合い続けた小学校時代。技術として様々な事に使えるというのは分かったが、どうもチート能力として成長している気がしない。仕方がないので中学でも同じように平穏かつ集中して修行しようと彼女は普通の公立校に進む事にした。演者の仕事はしたかったが、あと三年なら我慢もできるはずだった。だが、誤算は向こうからやって来た。
アイドルに、興味はありませんか。そう言ったどこぞの社長に名刺を渡されてしまったのである。
三度目のこの世界はどういう訳かやたらとアイドル文化が活発だった。その事は知っていたし、彼女自身歌に関しては推しの一人も居たのだが、自分がその道にというのは思考の埒外の話である。尤も、二回目の転生においても彼女の体はかなり顔形が良く、美しい声も相まって知る人が知れば放っておかれないのは自明の理ではあったのだが。
そうして彼女はプロダクションに所属する事になった。声優の仕事も探してくれる事を条件にしてみたら、二つ返事でOKされてしまったからだ。そうなればもう我慢もできず、彼女は破茶滅茶に張り切った。十年以上ぶりの仕事に全力を投じてしまったのである。
気が付いた時には彼女はその事務所の若手で最も推されるアイドルとなっていた。何せ最初からあらゆる点が高レベルに纏まり、特に声を使う能力に関しては誰がどう評しても天才のそれであったのだから、否を唱える者は居なかったのである。
そうなってしまうと当然忙しさは小学生時代とは別次元となったのだが、彼女の考えに反し、自身のチート能力を振るう機会は多かった。例えば友人アイドルの熱心なファン(迂遠な表現)を普通のファンに変えてしまったり、例えばメンタル不調に陥った同僚のケアをしたり、例えば社長の悪行を事前に止めさせて真っ当に正面から勝負させたり、例えば不調な音響機器を声で調整したり、例えば銀行強盗を前後不覚に陥らせて同士討ちさせたり。
ライバルの多いこの世界ではあるが、前世の経験と全開にした能力で彼女はアイドル坂を駆け上がって行った。楽な道ではなかったし、やっぱりチート能力なんて問題にしないような輝きを持った娘達に並び掛けられるような事も多々あったが、その時代の顔の一人として異様とすら言える早さでその脚は進む。進んで進んで既にそこに居た同事務所の先輩ともぶつかり合い、やがて、その頂へと手が届いた。
その時ふと後ろを振り返ってみて、初めて、自分がどこに立っているのか気付いたのだ。
この世界ではアイドルの活動が活発で、ライバルも多い。それは、最初の人生とも一つ前の人生とも比べ物にならないくらいに。
夥しい夢の残骸。深い努力の爪痕。消えぬ憧憬に焼かれた魂。そこに居たのは一回目の自分だった。
たくさんの視線が自分に向いていた。嫉妬ではない。羨望でもない。絶望なんかでは断じてない。
だから、彼女はその頂に華麗に飛び乗って、完璧な笑顔を振りまいた。視界いっぱいに広がるそれらを絶対に無価値にしたくなかったから。
そうして忘れてたもんだから前回前々回と全く同じ理由で命を落とし三回目の人生は終了した。少女には流石に呆れられた。
割と雑に次の世界に投げ込まれ、迎えたのが四回目の人生である。
まるで新世界の神のような名前を与えられた彼女――最早女性として過ごした時間の方が長い――は迷っていた。前回の人生においては一度立ったその座を無下に扱う事が許せなかったから立ち続けたが、そもそも立っていいのかという迷いが(今更)涌いて出て来たのだ。
(チート能力と前世の経験で無双してちやほやされるって、あたし痛くない?)
かつての自分に相談したら間違いなくSEKKYOUされるような悩みではあるのだが、彼女、文 月にとっては真面目な問題である。そういう迷いは演技に(二回頂点取った奴の感覚的には)明確に出てしまうからだ。
能力を高めるためにチートをこねくりまわしつつ小学校へ通い、そこで完璧な外面で学友の性癖を耳から破壊しつつ月は真剣に悩んだ。チート転生者である自分が競い合いが確実に存在する声のお仕事に就いていいのか、毎日毎日深く考え込んでいた。
その世代に限定した話でしかないとはいえ頂点にも手が届いた事のある月は、既にそこへの執着心は殆ど無くなっている。傲慢に聞こえるかもしれないが、今の自分が表舞台に出れば真剣にそれを目指している人達の邪魔にしかならないだろう。多少の才能と努力など一蹴どころか一歩を踏み出した際の風圧だけで掻き消える。チートというのはそういう理不尽極まるものなのだ。
(でもお仕事はしたいんだよねぇ……)
結局の所、そこに尽きる。月はそもそも声の演技が大好きなのだ。我慢できるかできないかと言えば絶対にできない。いっそVにでもなればとりあえず顔の恩恵は最小限で済むのではなどと色々舐めた思考まで飛び出る始末であった。そうして将来の事に悩むという、結果的に学生として正しい事をしていたら、奴らが来た。
深海棲艦。それらがあっという間に海を制圧し、日本の首をゆっくりと絞めに襲来したのである。
(アイエエエ!? 艦コレ!? 艦コレナンデ!?)
月は恐怖した。戦いのある世界は転生三回目にして初めてだったのである。確かに思い返せば仕事の有無はともかく戦いの有無は指定していなかったかもしれない。しかも自分の名前はどう見ても文月で、声もものっそい良い。ああ逃れられないと確信し震えて政府の発表を待ったが、幸いというか、一度目の適性検査では自分の家は範囲外だった。セーフ! 月は両親と妹と一緒にほっと息をついた。そうして第一期の適性者達が召集という名で戦に取られる中、特に問題も起こらずに月は中学に上がったのだ。
その日、月は家で真剣にスマホを覗いていた。何せ転生者で名前も意味深過ぎるものだから、次かその次かは知らないけれど、絶対戦いに行かされると確信できてしまって、情報収集に全力を出さざるをえなかったのだ。だから、その配信を見つけてしまったのは偶然ではなく、必然である。
戦えない艦娘、襲い来る深海棲艦、受け止める少女、呻る拳、爆散する敵性体。
月は首を傾げた。
理解が追いつかなかった。
目を閉じ深呼吸。
目を開き、誰かが上げた動画でその出来事を見返す。
もう一度首を傾げる。
頭の中で情報を整理する。
そしてようやく理解した。
(もしかして →転生者)
混乱しすぎて思考はまともに文章の体を成していなかった。前世と前々世と前々々世を含めてもここまで頭が鈍くなるのは初めてだったかもしれない。ただ分かった事も一つある。
(転生者が複数居る世界かぁ)
前回も前々回も、少なくとも彼女の知る限りでは転生者は自分一人だけだった。だからてっきりそういう物なのだろうと思い込んでいたのだけれど。
(契約者が私だけ、なんて事はなさそうだもんねぇ)
考えてみれば最初は無料サービスで転生させてくれようとしていたのだから、同じような立場の人がたくさん居るのは何もおかしい話じゃない。むしろ自然だろう。自分のように契約までするのかは人によるのだろうけど。
(たぶん戦闘向けの能力……だよね。あ、でも艤装? の力って可能性もあるのかな?)
考えながら穴が開くほど動画を見つめるがその辺りはよく分からない。しかし何度も見返せば気付く事もある。過去三度の人生全てで声の道に進んだ彼女であるから、映像ではなく、その音声から伝わる特殊な情報を読み解けた。
(この子、ぜんぜん嘘ついてない)
月は数十年に及ぶ合計芸歴と実はそっち方面に突出していた己の才によって、他人の声の調子や表情などからその言葉に裏や誤魔化しがあるかどうかがかなり分かるようになっていた。直接向かい合えば五割以上は分かり、動画などでも三割くらいは分かったりする。その程度と言えばその程度なのだが、この子はどういう訳だかやけに分かり易かった。
その転生者と思しき娘は明らかにいつかに読んだのであろう漫画の真似をしながら参上している。人によってはふざけてるのかと思うだろうし、月も初めはそれは余裕の表れなのだろうと考えていた。プロパガンダという意見も散見され、それにある程度賛同する気持ちすら抱いていたのだが、そのまるで不快でないように調声されたものを完璧な発声で練り出しているような声を聴いている内に、どうやら動画の子の内心は全く違うようだと気付かされたのだ。
(殴ったのはそうするしかなかったからで、パロったのは安心させるため……かな、たぶん)
かなり急いでいたようなので思い付いたのをそのまま実行したのだろうと推察される。見れば見るほどその犯行に計画性は無いように感じられた。つまるところ、普通に良い子。状況が整い過ぎているのは引っ掛かるが、少なくとも当人は本当に知り合いの危機に全速力で駆けつけただけなのではないだろうか。
それが分かって、月は逆に相手の正体が分からなくなった。理解できたのも前世のおかげなら、分からなくなったのも前世のおかげである。
(あれ……転生者じゃなくて主人公的な人……?)
一つ前にも二つ前にも、そういう連中が跳梁跋扈していたのだ。自分が何度転生を繰り返そうが覆せない魂の輝き。演技の実力で勝ろうが対面すればその差が歴然としてしまう存在感。拙い歌唱から脳に直接理解らせられる希望の光。
原作キャラ。後々聞けば、彼ら彼女らこそがそれだったのだという。直接人間として接した月にとってどうでもいい情報ではあったけれど。
(いやでも艦これでオールマイトする原作キャラとか居る訳ないし……)
もしや自分の人間性イズお糞なだけで平均的な転生者ってこうなんだろうかと思わされ、ちょびっとだけ月は凹んだ。
そうこうしているうちに次なる燃料が供給される。それは全く毛色の違う動画で、そこには圧倒的な速度で一般短距離選手を叩き潰すお馬鹿の姿が映っていた。
ただ、倫理的にどうなのかとかそういう話は置いておくとして、月はその子の走る姿から悪意や名誉欲は感じとれなかった。喋っている訳でもないから精度としては酷い物だったし、何度見てもその娘――伊吹 雪は終始ほぼ無表情だったのだけれど。
(楽しそう)
他人を蹂躙するのが、ではない。走る事そのものが、である。変わらない表情からどういう訳だかそれが伝わって来る。演技だとしたら凄まじい才能だろう。
(もしかしてあたしと同じなのかなあ?)
以前あの転生神みたいなのは付与する相手に合う能力しか渡していないと言っていた。つまり、自分が声の演技が好きだから良い声にして貰えたように、彼女は体を動かすのが好きだから力強くなったのではないか。仮説だったが、そうだとすると結構酷い。好きであれば好きであるほどその道に進めないだろう。
(お話ししたら友達になれるかな?)
案外状況としては自分と似ているのかもしれない。どうやら転生一周目なのか周囲の男子の性癖をぶっ壊しちゃってるらしいというのも含めて。
暫くして放送された生放送で本州全土に詳らかにされたトンデモ戦闘能力にやっぱり転生者だと確信を深めつつ迎えた二回目の適性検査。月の家は当然のように対象に入り、気が付いたら月は訓練所に送られていた。
教官長が替わっていたおかげで左遷されたんだなどという噂が立ちながらも、滞りなく始まった訓練は順調に進んで行く。件の伊吹さん――吹雪のプロパガンダの効果は絶大で、ちょっと心の防壁を崩して聞き出したのだが、二期生達は一期生よりは全体にやる気が高かったらしい。実力はともかくしっかりと取り組んでいる子は驚くほど多いのだそうだ。
と、電教官はそうおっしゃっていたが、そうなったのは実の所、月――文月が主原因である。文月のチート能力は声だ。本当に声が良くなるというそれだけのチート能力だ。それはもう、吹雪の圧倒的な暴力と等価な程に、文月の声は良かったのだ。
(吐きそう)
耐性のない一般人を前向きに戦場へ行かせるのは、文月の声と技量の合わせ技にとっては簡単な仕事である。よほどの声フェチでなければ一過性の効果でしかなく数時間で切れるような影響ではあるが、訓練であればそれで十分。まるで輝きが見えるほどのやる気に満ちた表情で、みんな艤装を背負ってくれた。
勿論、同期の仲間たちの事を想ってやった事ではある。文月の経験上、反復練習というのは大事なのだ。それこそチート転生者であるならともかく、一般的な範囲の才ではどれだけ台詞を暗記しようが練習を積まずに舞台に上がるのは無謀以外の何物でもない。一か月という短い時間でどれだけ体に染みつけられるか、それが生存に直結するのだとある種の戦場を駆け抜けて来た文月には断言できた。
(毎日掛け直しちゃうと不味いんだけどなあ……一か月なら残らない……といいなあ)
人それを洗脳という。悪人になら平気でやるタイプの転生者である文月だが、罪もない無辜の子供達の思考を誘導し都合のいい行動を取らせるのはちょっと精神にクるものがあった。元々やる気のある人間ならいい、迷いがなくなって頭がスッキリするくらいの効果しか出ず何が残るという事もない。だが元々やる気のない娘を操るのには気が滅入った。おめめきらっきらになって怖いし。
(っていうか、あたしが一番強いってどういう事?)
二期生は何というか、弱かった。仮想敵として呼ばれた那珂ちゃんに纏めて蹴散らされるのも日常茶飯事で、生放送から垣間見えた一期生の最上位クラス(吹雪を除く)と比べて明らかに実力が劣る。これも電教官から聞いたから間違いない。教官は文月レベルというのはそうとうに強いのだと言うが、過去に戦闘経験のない文月の実力など知れている。トップの成績を保っていれば声を聞いて貰い易いのはメリットだけれども。
(こういうお仕事は望んでないよぉ……)
しかも無報酬である。勝手にやってるボランティアなので当然ではあったが。
楠木という提督に提督としての能力を教わり、はえーすごい演技力と感心しながらも転生者とは気づかずに別れ、文月は宮里艦隊に配属される事になった。正直に言って配属先が書かれた紙をバラバラに引き裂きたかった。
文月は戦うのが怖い。債務のおかげで次の生が保障されているとはいえ意識のある状態で終わりを迎えた経験はなく、死への恐れは普通と大差なかったのだ。だから希望用紙にも遠征にでも回してくださいと書いたし、常々教官達にもそう言ってきたのだが、結果はご覧の有様である。
なお教官達からしたら文月は成績優秀でリーダーとして動ける上に提督としての資質も持つ天才児の一人であった。ぶっちゃけ一期生の島風や夕立と同じ枠に入れられていたので当然の結果と言える。
戦いに関しては胃が痛くなるほど心配だったが、もう一つの問題、吹雪に関しては文月は迷っていなかった。正体は言う。どういう流れで言うべきなのかは分からなかったがそう決めていたのだ。
人数が少ないためか文月達は乗用車で送迎された。車内は配属される三人全員が自分の姓名に使う艦の名が入っている事に首を傾げたりしつつも終始和やかで、最前線に回されるだけあって文月以外の二人は戦意も十分。転生者以外も何かあると勘付くには十分だった。
そうして到着した鎮守府で先輩の曙と画面越しに何度も見た龍驤に施設を紹介され、工廠へと足を踏み入れた時である。
「世に文月のあらんことを……」
印象を良くしておこうと笑顔で美声を振りまいていた文月に向かって、突然それが唱えられた。振り向けば、そこに居たのは妖精さんである。それも、何処かで見た事のある格好をした。
こんにちはと挨拶すればその子は笑顔で返事をする。仕事に関して聞いてみれば、大変だけどやりがいがあって楽しいよと妖精さん特有の可愛らしい高音を響かせた。
(なるほどねー)
転生者だこの子。めっちゃ猫被ってる。声の出し方が、仕草の自然さが、向ける目線の先が、普通の妖精さんとはまるで違う。こちらの事に気付いた風ではなく、ひとり言を聞かれた事をなんとなく恥ずかしがっている様子だった。
(そっとしといてあげるのも優しさかなぁ……)
だから、その時正体を追求するのは止めておいた。気まずくなるし、それに転生者が吹雪以外も居るとなるとちょっと身の振り方を考えなければいけないだろう。派閥争いとかあったら巻き込まれたくない。深海棲艦を砕く吹雪の力で殴られたらばらばらになる自信が文月にはあった。
そのまま工廠を出て施設を回り、再度外に出た時。急にすごい勢いで駆け寄って来た露出の多いうさ耳が、新人だーと喜色の声を上げながら辺りを跳ね回り始めたではないか。さらにはそこに金属質な小動物のようなものも加わってミューキューキャーと騒ぎ出す。辺りは一気に騒がしくなった。
「わあっ、本物だあ!」
果たしてそれは島風と連装砲ちゃん達である。本当に動いている連装砲ちゃんを見て文月は思わず声を上げた。往年のファンとしては心が踊らざるを得なかったのだ。
そうしていると近くに居た曙が誰かの名前を呼んだ。その声の向いた方向をつい、文月は見てしまった。そこに。それはいた。
見た目には派手な印象は受けない。例えば前世のアイドル達と並べれば明らかに目を惹く方ではないだろう。だがよくよく見れば明らかにその顔立ちは美しく、肉体のバランスも素晴らしいの一言である。こちらに向かって歩いてくるその所作に淀みはなく、全身に良質の筋肉が付いている事がはっきりと分かった。
(綺麗な子……)
そう端的に言ってしまうのがしっくりくる。顔面偏差値だけで言うのなら今世の文月は同程度と言っていい。だが、全身を見比べられた時どう評価されるかなど火を見るよりも明らかだった。唯一声に関しては間違いなく勝っているのだろうが。
「こんにちわ、駆逐艦の吹雪です。よろしくお願いします」
人見知りでもするのか多少の緊張は見られるがしっかりとした声。悪くない、どころか、発達した腹筋に支えられ恵まれた肺機能から生み出されたそれはどこぞの女優や声優の類であると紹介されれば疑う余地が無いだろう程度には質が良い。
(はー? かわよ)
文月は転生者である。最初の人生ではオタクで、その後の人生でも変わらずオタクである。そして別に文月は、二次専ではない。その上で、文月は最初の人生の影響を強く受けた人格をしている。
即ち、今世の肉体を主眼に置いて言うのであれば、同性愛者である。
だから、飛び切りの美少女を前にすると普通に緊張するし、見た目にだけは可愛らしく顔を赤らめたりもしてしまうのであった。中身はだいぶアレである事は言うまでもない。だがしかし、それで舌を噛んだりするかというとそれは無い。有り得ない。
「睦月型駆逐艦7番艦の文月ですっ。よ、よろしくお願いますっっ!!」
故に、上擦ったのもちょっとつっかえたのも全て演技である。ちょっと恥ずかしくなっちゃったのは素だが、声に関しては全て計算ずくでやってしまえるのが文月だった。聞かせたい声を聴かせるのは得意中の得意なのだ。
第一印象を良くするためチート能力も全開にしている。吹雪がオタクなのは当然知っていたから、可愛らしい声だって大好きに違いないと思っていた。そしてそれは間違いではなかった。
吹雪の反応は他と文月の時で明らかに違った。表情は変わらなかったが、感じ取れる雰囲気が段違いに好意的なものに変わったのだ。どういう原理かは知らないが、どうやら変わらない表情に反し凄く分かり易い子なのだと新人三人が気付いた瞬間である。一人だけ漫画的な表現で背景のトーンでも変わっているのかもしれない。
ともあれ、想像以上に実物が可愛い事も手伝って、ちょっと暴走気味な全力で魅了しかねない美声を文月は放った。他には効かないように、吹雪だけに焦点を絞って。結果。
「世に文月のあらんことを……」
その結果がこれである。妖精さんと全く同じ反応をしていて流石に笑いを堪えられなかった。
打ち合わせなどしていないだろうにその同調率なのが気になって、もしかして流行っているのかと聞いてみれば、吹雪の様子が明らかに変わる。声は震え、寒気でも感じているのか体も震え、どことなく大気も震えているように感じた。
(えっ……あっ、やり過ぎた?)
文月の能力は声が良くなるだけである。だが、その力を自身の育て上げた技術と組み合わせると、結構恐ろしい事が可能だ。やり方を間違えればおそらく廃人を量産できる。そんな自分の全力の声を、オタク少女に聞かせるのは不味かったのかもしれない。
なんて、一瞬文月は考えたが、吹雪の状態はそれとはまるで関係が無く、迷った末に正直に妖精さんの事を言ったら、その瞬間に吹雪は姿を消したのだった。
(全然効いてなかった……っぽいかぁ)
脳の奥まで自分の声に犯された人の反応は知っているが、吹雪のそれとは全く違う物である。気に入ってはくれた様子だったが、あの様子だとそれだけだろう。
(よかった)
文月は円滑に友好関係を築きたいとは思っていても、吹雪を支配下に置きたいわけではない。そもそも手段として可能ではあっても全くやりたい事ではなく、有効活用するような才能も豊かとは言えなかったりする。他チート転生者なんて絶対手に余るし、なんとなくだけど、そういう邪な感情を向けたら叩き潰される予感しかしなかった。
(それにしても変な反応だったな)
自分もやったくせに、他人がやったと聞いてショックを受けているようだった。まるであの妖精さんがやる可能性はまるで考えていないような、そんな印象が伝わって来ている。存在を知らなかったか、艦これを知っている事を知らなかったか、知っていてもまさかやるとは思わなかったか、候補としてはそんな所か。どれにしろ文月としては悩ましい事態と言えた。
(これ……正体明かして大丈夫なのかなあ?)
転生者なのは間違いないと思う。でも、なんだか他の転生者への対応が極端な可能性が見え、文月にちょっと躊躇いが生まれた。
(死、死んでる……)
少し後、提督の執務室で再会した吹雪の頭上では転生者と思しき妖精さんがお亡くなりになっていた。そして明らかにおかしい状況だったために提督にその異物について質問され、吹雪が返した答えが、これである。
「死ぬほど疲れてたんだと思います」
(処されたんだ……!)
文月の褪せる事のない一度目の人生の記憶が正しければ、そういう時に使う台詞である。あの妖精さんはおそらく、不用意な発言をしたために吹雪によって制裁されてしまったのだ。嘘も隠し事も無さそうな吹雪のお言葉は、直前に猜疑を抱いていた文月にはそうとしか捉えられなかった。
その上降ろして安静にさせた方が良いのではと提言してみれば張り付いてて無理だと返され、提督の方もじゃあしょうがないですねと流す。吹雪は暴力的な対応が日常的なのだと受け止めてしまうのも致し方のない所であった。
(正体明かすのまた今度にしよう!!)
文月は方針を転換した。実際の所は頭上の妖精さんは生きていたし、たぶん本当に疲れて寝てただけっぽいのだが。今、自分が転生者だと告白するのはちょっと怖すぎた。
その後暫く文月は吹雪達の様子を観察した。勿論出撃しながらな上に違う戦場へと行っているためあまり効率は良くなかったのだが、それでもチート転生者というのは凄く目立つ。文月自身もそうだが得意な事について優秀極まりないのだ。結果、宮里艦隊で転生者っぽいのは最初に確認できた二人だけで、その二人は共に善良な性格だろうと文月はすぐに結論付ける事ができた。
吹雪は基本、凄く単純にいい子である。動画から抱いた印象の通りかなり素直で、命令にはちゃんと従うし誘われれば友達付き合いも悪くない。妹を名乗る不審者の世話も焼くし、明らかに空手ではない謎の拳法の鍛錬もしっかり行っている。文月にも好意的で、やっぱり声は凄く気に入られている様子だった。
妖精さん――猫吊るしも吹雪に比べると猜疑心強めではありそうだったが、やっぱり凄くいい子である。見かけた時、吹雪と一緒に居ない場合はいつも働いていて、陣頭指揮から開発まで何でもこなし工作艦娘とのコミュニケーションも円滑だ。この損耗具合で全艦の修理が終わるのかと心配になる様な日でも、徹夜で完璧な仕事を行ってくれる。世話になり過ぎて正直頭が上がらない。
初日に見た吹雪のアレは見聞きしたミームが口からこぼれ出るという一部のオタク特有の性質が強かったせいであり、単なる勘違いでしかなかったと文月は納得した。全く大丈夫な人達だったため、そうなれば後はもう自分がいつ白状するかである。だが困った事に、これが案外難問だった。
(言い出し辛いし言う機会が全く無い……)
根本的に、宮里艦隊は忙しい。特に配属初期だった文月は、日中は命のやり取りをして神経を削り、死にたくないので帰り付いた鎮守府では教官長の指導を受け、夜は疲れの溜まった体を休めなければならなかった。すれば気まずくなること受けあいの告白を行う気力など早々湧いて来なかったのだ。
逆に吹雪の方から確認をしてくれまいかと思い自分の声の異常性を大胆に伝えてみたものの、やり方が悪かったのか迂遠過ぎたのか天然の天才だと思われてしまい普通に応援されてしまった。その際チートで活躍する事の是非も問うてみたが、違う個所を鍛えて己を高め続けるしかないだろうというまったくもって普通な、でも活動は肯定されてちょっと嬉しい答えが返って来ただけだった。
そんなこんなで声援を送ったり陸戦で敵の臓物をブチ撒けたりしてるのを見てドン引きしたり本名を教えても笑われたりはしなかったが一瞬敬語だったりしつつ、文月は吹雪達と仲良くなっていった。文月が思っていたよりも二人の転生者とは相性が良く、頻度はそれ程でもないがたまに時間が合えば遊んだりもするようになり、気付けば文月的には一緒に居て落ち着ける相手になっていたのである。
声こそ気に入られているもののそれ以外、特に容姿に関して興味を示されなかったのも大きかった。文月はモテる。素で甘ったるい喋り方であり、それが愛らしい外見と相まって非常に男受けするのだ。しかし吹雪は公言の通り二次専で、そういう目はまったく向けて来なかった。
猫吊るしの方も妖精さんであるためかそういう感情とは無縁のようで、文月も初見こそ吹雪に見惚れたがその明らかに男性的な所作のおかげで次第に美貌にも慣れて行き、二人とは実質男同士の友人付き合いという三度の転生でも貴重な関係性になっていたのだ。
また、文月は二人に対しては転生者としても尊敬すべき部分を見出していた。文月は声がいい。そして、その声が最大限に活かされる口調をしており、振る舞いもその愛らしさを損なわない物になっている。だが実は、これは意図してのものではない。最初の転生以降それらは自動的に行われ、意識せずにいると勝手に出てくるようになったのだ。それはつまり、文月はチート能力に無意識の一部を支配されているという事である。
別に名前を言ってもいいあの子曰く、珍しい症状ではあるらしい。そういう能力に調整したわけでもないのに影響受けすぎじゃあありません? と呆れたような目をされた事を覚えている。要するに、ただそこにあるだけのその力に耐えられないくらいに自分が凡夫であったというだけなのだろう。同じような異常は同じくチート転生者であろう二人には見られなかった。
例えば明らかに戦闘力チートで強い吹雪が同じ状態であればもっと粗暴で高慢であったろうし、支配能力と思われる猫吊るしなら他者を操ろうとしてもおかしくない。しかし現実にはまったくそのような様子はなく、どっちもだいぶ善良側である。一人だけ影響の著しい自分の不甲斐なさに文月はちょっとだけ身悶えした。
そうした理由でだんだん親しくなってくると、言い出し辛さはさらに増して行った。時々遊んだりする程度とはいえ距離を置かれたら正直辛い。騙すような形になっているので完全に自分が悪いのだけれども。
(もう終戦してから実はそうでしたって驚かせる方向で行こうかなぁ……)
なんて、そんな事を考えつつ、たまに未来のネタに反応して正体を仄めかしていたら。思っていた以上にザ・ファッキンゴッドだった女の子に正体を盛大にバラされたのであった。
「えっえっえっ!? あれ……スーちゃん!? えっ、死んだ!? あたしまた寝てる間に死んだの!?」
落下してきた文月が大声を上げた。スーちゃんって誰だよ。いや、目線からして自称魔法使いの少女の事だろうけれども。当たり前だけど名前あったのか……いや、それとも偽名か? メアリー・スー的な? んな事無いか。
文月の見た目は殆ど普段と変わりない。就寝時間で髪を下ろしていたはずなのにポニーテールになってる所はちょっと影響が見えるけど、それ以外はパジャマな服装含めそのままだ。存在としてはかなり安定しているのかもしれない。どういう条件で外見が変わってるのかは知らんけど。
「死んでねーですわよ。ちょっと用事があったので呼び出しただけですわ。終わったら戻して差し上げますからご安心なさいな」
そっかーと文月は胸を撫で下ろした。ほふぅと可愛らしい息が漏れる。そして辺りを見回して、私達に気付くと、文月は硬直した。そのまま数秒私と見つめ合い、こてんと不思議そうに首を傾げる。
「吹雪さん……?」
「あっはい」
髪が長いから一瞬分からなかったのかもしれない。私が返答すると、文月はまた硬直した。その体にみるみるうちに冷や汗のようなものが湧き出してくる。流石謎空間というべきか、漫画的表現は標準搭載であるらしい。文月は滅茶苦茶焦っているようだった。
「あ、こっち猫吊るしだよ」
「いえーい」
分かんないだろうと思って隣を指して教えてみたら、猫吊るしは何故かノリノリで両手を挙げた。なので私も倣って、揃った両手でハイタッチ。それを見た文月の発汗はさらに加速した。
観客席の方には頭痛が痛そうなレ級と苦笑が止まらないゴトランドさん。そもそも誰だか分かってなさそうなベイさんとほっぽちゃん。丹陽さんは笑顔だけどやっぱり知ってはいなさそうに見える。持ってる情報量の違いがなんとなく分かるなあ。
転生者諸君らの観察をしていたら、文月の方に動きがあった。こちらにちょっと寄って来ると、右手の指を二本立て、困ったような笑顔で口を開く。喉からは無茶苦茶可愛い声が広がった。
「許してヒヤシンス」
「ヒヤシンスどっから出てきたんだよ」
「また懐かしいとこ行ったな……」
文月は指を広げてピースサインにしつつ舌を出した。うーんこの転生者。いや私達に合わせた結果なんだろうけども。まあガチ謝罪とか泣かれるとかよりはいいんだけどさ、怒ってないし。
「私達の事には気付いてたんだ?」
謝るって事は知ってて故意に隠してたって事なんだろうけど、いつ気付いたんだろう……いやどう考えても初対面で気付かれるわな聖句唱えたもんな私も猫吊るしも。今更だけど恥ずかしいんだが。
「吹雪さんの事は動画見た転生者は全員気付いてると思うよ……?」
うん、まあ、それはそう。
「えっ、じゃああっちの人たちもみんな転生者なのお!?」
私たち以上に事情を把握していなかった文月に状況を説明したら、目をまん丸くして観客席の方を振り向いた。手を振る丹陽さんによろしくねーと愛想を振りまき、諦観気味になったゴトランドさん達にも頭を下げる。所作は丁寧……というか、手慣れているように感じる。もしかしなくてもあいさつ回りする経験とかは豊富なんだろう。っていうか、一部の対応がファンサっぽい。既に声優経験してそうだなぁ。
「なんで文月には今後の事を内緒にしてたんだ?」
猫吊るしが純粋に不思議そうな声でレ級に向かって質問を投げた。確かに私達に言うのなら文月にも言いそうなものだけれど。存在は把握してたみたいだし。
「あー……言わねェ方が精力的に働くから、っつッてたな」
レ級の言葉とゴトランドさんからの補足によれば、文月は未来が拓けているか分からない方が努力できるタイプであるらしかった。余裕があるとつい緩んじゃうというか、逃避力が高くて目標以外の事を締め切り前にやらせると成果がめっちゃ上がるとかなんとか。
「あたしそういうとこあるよねえ」
しかも自覚があるらしい。楽な方に流れがちだからなーと苦い顔をしていたが、むしろ分かんないから精一杯やっとこってなるの努力家の考え方だと思うの。
「貴方も大概怒りませんわね」
「スーちゃんみたいに騙そうとしてきた訳じゃないしねえ。それにあたし、口調程頭お花畑じゃないから最高効率でやらないといっぱい死んじゃうって事くらい分かるよお」
「本当ぉ?」
にやにやとしながら自称魔法使いの子が文月の顔を覗き込んだ。これ現在進行形で騙されてたりとかしない? 大丈夫?
「ほんとだよぉ。それで、なんだっけ。クイズ? するんだっけ。賞品とか出るの?」
そういえば文月って参加する理由ないな。楠木提督も正体話してない訳で、交流がそんなにあったとも思えんし。平和のために付き合ってくれたりしないだろうか。
「あー……まあ、私が呼んだ訳ですし、参加賞くらいなら用意いたしましょうか」
「わぁい」
私と猫吊るしとは経緯が違うからか、少女の方もそこはちゃんとやってくれるらしかった。態度はむしろフランクというか、私達に対するそれより雑な感じが若干あるんだけれど。
「はいこれどうぞ」
ぽん、と手元に出現させて渡したのは紙切れ一枚である。訝し気に受け取った文月はナニコレと可愛いながらも知り合いに対するような取り繕わない声を上げた。
「改二確定チケット……?」
それかぁ……いや悪いもんじゃないけど、使うとデメリットも齎すから賞品としては微妙じゃなかろうか。っていうか、そんな簡単に渡していいもんなんだそれ。実質不老招待券なんだけど。
「へ~。これで改二になれるの?」
「私も使ったから効果は保証できるよ」
吹雪さんも? 文月は驚いた様子で目をしばたたかせた。まあ、自力でなったと思うよね。私ってそれくらいには目立ってるし。
「あっ、それ、必要無かったら売れますよ!」
「需要凄いもんね……」
「最終的に三十億行ッたからなァ、アレ」
「三十億!?」
文月が観客席とチケットを交互に五度見くらいした。効果が効果だしそりゃそんな値段にもなるわなぁ。というか、私以外も入手してる人居たのね。
「……安くね?」
「あ、三十億ってあれだよ、米国で売ったから、三十億ドル」
「三十億ドル!?」
文月の手がわなわなと震え出した。猫吊るしはそれでも安い気がすると言っていたが、庶民感覚的には頭おかしくなりそうな金額である。私の獲得した賞金額でもそんな行かない。比較になるのがアレなんだけども。
「えっ、あっ、今一ドルって、何円?」
「為替市場がまともに機能してないからなんとも言えないけど、百円は下回らないと思うよ」
「つーか上がるんじゃねェの? アメリカほど深海棲艦に対抗できてる国殆どねェからな」
まぁ日本も安定している方らしいので円に変えるならそこまででもないかもしれないらしいけど、海に面してない面積比で考えたら被害少ないだろうし復興も楽だろうしやっぱドルは上がりそうな雰囲気らしい。円が高かったとしても三千億円くらいか。不老の対価としてはどうなんだろ。一般人に出せるもんではないけど、富豪から見たらそんなん親兄弟の分まで買うわって程度なのかもしれない。そもそも一部の女性にしか使えないんだけどさ。
話を聞いた文月はストンと表情を無くした。そのまま私達の隣の回答席へとてくてく歩いてくると椅子にしっかりと腰を掛け、こっちを向いて、一拍。次の瞬間には、文月の顔は見た事ない程のとびっきりの輝く笑顔に変わっていた。
「がんばろうねっ! 二人とも!!」
くっっっっっっっっっっっっっっっそ可愛らしい、営業用の顔と声であった。結構現金だな君!?
「それでは気を取り直しまして、クイズの方に戻りましょうか」
私と猫吊るし、それに文月を加えた三人に挑む様に少女は全く無い胸を張った。いや問題に挑むのこっちなんだけどね。
「さてでは、まず第一問……の前に、まず貴方たちの暮らす世界の成り立ちのお話をいたしましょうか」
「お前が作ったんじゃないのか?」
「勿論、そうですわよ。ですから、何故作ったのか、というお話ですわね」
微かに笑って少女が指を鳴らす。すると私達と観客席の間に球体のようなものが浮かび上がり、そこから光が溢れて人影のようなものが映し出された。それはなにやら立体的で、どうやら肉眼で視れる3D映像であると窺い知れる。しかも360度全方位対応の。即席……なんだろうなぁこれ。
「さて、時をさかのぼる事三千那由他年のお話ですわ」
「仏教みてーな桁しやがッて……」
「単位大きすぎてよく分かんないね」
那由他って桁数幾つだっけ……? 阿僧祇の後なのは覚えてるけど。いや放置ゲーみたいなインフレでもしないと見ない数字でまず使わないから数字で見たとしても全く理解はできないんだけども。
「私がある世界のある国の、同人誌の即売会へと行ったときのお話です」
「君そんなの行くの???」
とんでもねえ先輩オタだったわ。っていうか那由他年前に存在してたのオタク文化。いやまあ、異世界の話だから私たちの生きてた世界とは時間が始まった時期自体が違うんだろうけどさぁ。
「その時の私は、その世界で社会人エミュをして遊びつつ仕事の合間にオタ活に精を出しておりましたの」
中央の映像では髪の長さと耳の長さが一般的なそれになった少女が、立ち並ぶオタの列の一番後ろで最後尾と書かれたプラカードを持っている。いや身長とかそのまんまなの? そういう状態で社会人やる遊びとかなんだろうか。
「実はその頃、ネット断ちして同人誌だけ見てどれだけ楽しめるかみたいな遊びをやっておりまして」
「邪道だねえー」
「否定はしませんわよ。結構新鮮で面白かったりするのですけれど……ま、それはいいですわ。ともかく、その時に出会ったジャンル。それがそう、艦隊これくしょんですわ!」
映像の少女がたくさんの薄い本に囲まれて笑っている……あ、私の知ってる本あるわ。え。あれ?なんであるの? 相当前の映像なんじゃないのこれ。
「ふふ、お気づきになられた方も多いみたいですわね」
私が疑問を感じたように、周りの皆も不可解な点を見出したようだった。並行世界……で説明が付くのだろうが、少女の反応的にたぶんそれだけじゃないのだろう。
「そう、私の行っていた世界。それが貴方達が最初に、転生前に暮らしていた世界のオリジナルですわ!」
つまり私達の生まれ育った世界はそこのコピーであるらしい。ついでに言えばそのオリジナルとやらは少女が作ったものではないのだそうだ。なんでも少女が神を名乗らないのは、少女自身無数にある世界の一つの出身の一人でしかなく、その大本を作った存在とは会った事もなければ影を見た事すら無いからだという。故意に作られた物か自然発生なのかすら知らないそうな。不思議。
「ま、でもこれは今はあんまり関係ありませんのよね。使いやすいモデルで趣味に合う世界ができやすいからコードをお借りして量産してるというだけの話ですし。ともかく、そこで私は艦これに出会い――どちゃ糞嵌り込みましたの」
なんで所々単語がおかしくなるのかは知らないが、映像の中では少女が仕事そっちのけで二次創作を漁っているのが見える。まあ仕事は大事な部分ではなかったんだろう。たぶん。あ、ちゃんと原作もプレイしてる。イベントで発狂してる。確率弄ったりしないのね。
「さてそうしていると、私クリエイティブ気質な方のオタクなものですから、自分でも創作活動をしたくなってきまして」
あ、PCで作業してる。魔法みたいのでパッと作ったりしないんだ……それとも当時はできなかったのだろうか。まあただの縛りプレイって気がするけども。
「そうして出来上がったものが、今貴方達が生きてる艦これっぽい世界の設定の原型になりますわ。私が自分で作った二次創作を基に世界を創ったという事ですわね……という訳でクエスチョン!」
第1問
この時作られた二次創作とはどんなジャンルの物だったでしょう?
「ちょっと曖昧な問題になってしまいましたから、ざっくり合ってれば正解という事にいたしますわ! さあ回答をどうぞー」
いや……問題にするのそこなの? 世界の成り立ち的にはもっと重要そうなとこあったよね? 私達の生まれ故郷がコピーだったとか、二次創作から世界一個創っちゃったってとことかさ。っていうかみんな同郷なのね、実は並行世界の出身じゃないかとかも考えてたんだけどそんな事はなかったぜ!
しかし描いたののジャンルとか分かんないっての。ほぼ脳内当てじゃんこんなの。映ってた同人誌は私も知ってる大手の奴だったし大勢の列ができる新刊ってなるとどうしてもエロス方面のイメージになっちゃうんだけど、この子の容姿でエロ同人書いてるってのはちょっと……そもそもそれを参考にしたのかも怪しいし。
もう映像とかじゃなくて性格からどんなの作りそうか考えた方がいいかもしれない。それだとなんとなく軽いものになりそうな印象ではあるけど、この世界ってなんかかなりヤバい設定になってそうなんだよね……だったら……これでいいかな?
書き終わったのは私が最後のようだった。猫吊るしはちょっと迷っていたけれど私の半分くらい、文月に至っては問題を言われて即回答していたので頭の出来の違いを感じる。悲しい。
「出揃いましたので、答えを見て行きましょうか!」
はいどーん! と少女が言えば、後ろのモニタ……観客席の後ろにも出現したため振り返らなくても済むようになったそこには、私の答えが表示された。また最初かぁ。違ってるんだろうなこれ。なお回答は『シリアス世界で展開されるシュールギャグ漫画』である。
「ざっくりでいいって言ったのに詳細なジャンル指定ありがとうございます。不正解ですわ!!」
「ですよね!!」
そうだよね、この回答ならギャグ漫画だけでよかったよね。自分から範囲狭めてどうすんだかね!
「ハイ次ですわー。どーん」
次に映ったのは猫吊るしの回答だった。描かれた文字は二つ。
『小説』
あ、ジャンルってそういう? やっべ漫画しか頭になかったわ。
「ふむ、どうしてこの答えになったのかお聞きしても?」
「漫画にしては変な所の設定が細かかったからだな。なんかこう……描写のせいで発生した設定がありそうな気がした」
猫吊るしは集合無意識内で私の知らない情報を色々得ている。だからその中に、漫画なら要らないだろって設定がたくさんあったのだと思う。やだ私ってば情報弱者。
「まあ裏設定全部反映しましたって言われたらそれまでではあるんだけどな」
「成程ー。では次行ってみましょう。最後は文月の答えですわ!」
「あたし、これは自信あるよー!」
文月は笑顔で薄い胸を張る。たぶん私よりはある気がするけど誤差だろう。
「あら、では期待して行ってみましょう。どん!」
表示された答えは、これまた簡潔だった。
『ゲーム』
成程。成程……?
「たぶん吹雪さんと猫吊るしさんは参加してないから知らなかったんだと思うけど、スマホの方で情報交換してたらすぐ分かるんだよお、これ」
文月曰く、転生者じゃなくてもシミュレーテッドリアリティを疑ってる人は多いとか、そういうレベルで有名な話であるらしい。
「だってそうでしょ? 特定の人達の好感度で上下する戦闘能力。みんな美人な艦の名前の入った人達。条件を満たすと出て来るっぽい敵。レベルが上がると転職もできるし、こんなチケットもあるし、どう見たって結果が固定されてる創作物の設定じゃあないよねぇー」
あー成程。チケットは関係なさそうな気がするけど、成程。ゲームが原作だったから、じゃなくて、ゲームだったから、だと文月は言いたいわけだ。成程。え、でも、これ、艦これだよね?
「解説ありがとうございますわ。ええ、ええ。中々皆さん考えてらっしゃいますわね」
少女は嬉しそうに笑った。ちゃんと取り組んでもらえるのが本意だったのだろう。楽しいなら何よりである。
「では正解発表です」
周囲の照明が掻き消え、ドラムロールが聞こえだす。低い音。長く続くそれに交じって、少女の方から小さな声が聞こえてきた。
「そう。私はあの時、楽しんで、全力で、一つの作品を生みだしましたの」
それは本当に淡々と、ただただ事実だけを述べている様子だった。
「音楽も立ち絵も、拘りに拘りましたわ。勿論原曲や元絵なんて一切使っておりません。全て自作でした」
いやもうそれ答え言ってるじゃん……
「キャラクターモデルも会心の出来で、特に主人公なんてずっと見るものですから、見続けて疲れない、それでいて見目麗しい可愛らしい物に完璧に仕上げましたのに」
他もみんなそれぞれ流用無しでしっかり組み上げた、と少女は言う。同型艦も全部一からなの? それは凄いかも。
「バグ取りだって自力でやりましたし、進行の導線やチュートリアルにも気を使いましたのよ。難易度は、まあ、そこそこありましたけれど」
一人で作ってくと難易度上がってくらしいけど大丈夫だったんだろうか。
「その時点の技術だけを使うという縛りで、当時の物としては最高峰のクオリティで作り上げたそれは、本当に、絶対、皆を楽しませられるものだったんですわよ。たぶん」
最後だけ若干自信が無さそうだった。断言できないんかい。
「だというのに、ああ、だというのに!」
段々と少女の声が大きくなり、感情も乗り始めた。そして、ドラムロールが止む。文月の回答席が輝いた。
「艦これはゲーム要素のある作品は頒布禁止だったんですのよ……!!!!!」
「最初に確認しとけよそンなもん!?」
艦隊これくしょん-艦これ-
良識ある二次創作にはそこそこ寛容で、ほのぼのから凌辱、音楽のアレンジなど幅広い創作が行われている作品であり、それが爆発的に広まった要因の一つであると唱える識者も多いという。
ただし艦これは、良識のない活動や、ゲームシステムのある創作物を配布販売する事は、明確に禁止されている。アナログゲームも駄目だから気を付けようね!!
ここから先全部作者の脳内当てだぞ☆
当たったらマジで凄いと思います。