おはようございます。
目覚めたらレ級やゴトランドさんから何故か謝罪されたりそのレ級の顔に『しれもの』とか落書きされてて笑いそうになったりしつつ転生者の皆と別れて、寮の屋根の上で猫吊るしと一緒に伸びをした。体は特に固まってないけど、毛布に包まってたとはいえ地面に寝っ転がったから気分的にね。
遠くからはまだまだ工廠の稼働する音や車の出入りする振動が聞こえてくる。鎮守府は当たり前のように24時間営業だ。なんかこう……ちょっと寝入って夢世界とか行ったりクイズしたりして来ただけのはずなのに滅茶苦茶久しぶりな気がする。なんでだろう。
時間的には寝入ってから何時間も経っていないようで、これから部屋に帰っても少しは休めるだろうと思われる。叩き起こされて怒りまかせにレ級の顔に落書きしてたみたいだから条件変わっちゃってるかもしれないけど、猫土下座の言ってたそのままなら私はまた明晰夢を見れるはずなので、ちょっと楽しみ。なんだけど、その前にやらなきゃいけない事があるんだよね。
部屋へ戻ろうと地上へと降り立ち、廊下の窓からこっそり寮へと入り込み、下駄箱に靴を置いてから踵を返す。できるだけ見つからないようひそやかに動こうとしていたのだけど、丁度その時玄関口がゆっくり開いて、去年までは見慣れていた顔が何かを小脇に抱えながら入ってきた。逃げ場はまあ、無くはなかったけれど、寮内なら見つかってもさほど問題ではない。なので私は堂々としている事にした。
目が合う。その人はパンツルックにコートの私服姿で、黄色いヘアバンドで茶色い髪を押さえている。常夜灯下で薄暗いが私の事は認識できたらしく、次の瞬間にはぱあっと花が咲くような笑顔になっていた。
「ユッキー!」
駆け寄り、跳び付いてくる、金剛さん。塞がっていない方の手を私の背中に回すと、あったかいネーと私の首筋に顔を埋めた。いや私さっきまで外に居たからあんまあったかくないと思う。あとそういうのは提督にやってさし上げろ。
「お出迎えありがとデース!!」
「いえたまたまです」
マジで偶然なんだよなあ。たぶん先に大淀司令官に挨拶に行ったりしてると思うから、私が寝てる間に到着してたんだろうと思われる。なので本当に気づいてなかった。つーか思ってたより来るの早いですね。連絡あったのが昨日……もう日付変わってるから一昨日か、とにかく昨夜だったから通達されて翌日にすぐ出発した感じかな。私達もやったけど本州縦断はかなり時間が掛かるからなあ。
「ああ……お姉ちゃんの幻覚が見える……」
ぬっと金剛さんの腋の下から抜け出して、背中側から金剛さんの持ってた荷物――初雪が覆い被さって来た。なんで抱えられてたのかは知らないが、こっちも私服である。黒髪なのも相まって金剛さんに比べると落ち着きがある……っていうか地味な色合いだが、そこは腐っても二十代か、ちゃんと自身に似合ったコーデになっていた。って思ったんだけど後から聞いたら選んだの金剛さんや同艦隊の如月だったらしい。お前……
「触れる……これはもしや幻覚ではない……?」
「こんなところまで来といて幻覚もないでしょ」
私の顔を後ろからぺたぺたしていた初雪はハッとした表情になった後、続く私の言葉でなんでか細かく震えだした。金剛さんもAhー……と苦笑い気味だ。あ、猫吊るしがいつの間にか初雪の頭上に避難してる。私の上だと潰されかねんと判断したか。
「ダッテココハワタシノヘヤノハズオネエチャンガイルノハリロンテキニオカシイ」
そっちが幻覚だよ。何? お前そんなに来たくなかったの? 精神に変調をきたすレベルで? 大丈夫? 面通ししてきたんだよね?
「挨拶とかちゃんとできてました……?」
「そこそこですネー。外面は結構ちゃんとしてマース!」
そういや初対面の時はまともに挨拶してくれてたっけ。いやでも中学生にそこそこって言われるレベルは普通に不味いような気もするが、まあ問題にはならないだろう。たぶん。
玄関で駄弁るのもどうかと思い、番号を聞いて二人の部屋まで案内する事にしたんだが、初雪はそこまでの長くもない距離を嫌がって私におんぶをせがんで来た。流石に面倒だったのでさっきまでの金剛さんと同じく小脇に抱える事にしたら、それはそれでと全身の力をくたぁと抜いて完全に体重を預けて来やがる始末。甘える方面のレベルが上がっているのは気のせいか。この体勢で痛くないように運ぶの結構大変なんだぞ。
面倒見がいいネーなんて金剛さんは笑ってそう言いますけれど、貴女も全く同じ事やっていましたよね? 改二になって筋力も上がってさほど大変じゃなかった? そういや言ってましたね。おめでとうございます。
いやおめでとうでいいのかなこれ。金剛さんは見事自力で不老に到達しちゃった訳で、その辺りのデリケートな部分に触れていいのかちょっと悩む。金剛さんもその辺りは同じなのかなんなのか、少しの間お互い無言になってしまった。
そんな空気を察してるのか察してないのか分からんが、初雪はそんなの関係ねえとばかりに喉から涙声を捻り出した。
「今日の朝からもう出撃なんだって……助けてお姉ちゃん……」
無理じゃないかな。決戦当日まであと四日な訳で、慣らしとか連携の確認とか入れたら足りないくらいだろうし、そりゃあ毎日出撃よ。前日はちょっと休ませてもらえるかもしれないけど、それまではねえ。
「さっさと休んで体力温存しときなよ」
「眠気無いの……すごい寝たから……」
車でも電車でもずっと寝てたからネーと金剛さんは苦笑いだった。大激戦区送りが決まって現実逃避を決め込んだ者の末路である。いや普通に嫌ってのは理解できるけども。
「だから構って」
「私これからやる事あるからまあ……それ終わってからなら」
まだ夜中だから、静かにならいいよ。なんて返したら、初雪はわあいと喜びの声を上げて笑顔を見せた。うーんこの。でも近くの住民が動き出す音がしてきちゃったから静かにしようね。そこまで五月蝿くはなかったし、起きてただけっぽいけれど……あそこは教官長や川内さんの部屋か。
「じゃあ荷解きして待ってますネー!」
「じゃあ私はひと眠りしてる……」
おい秒で矛盾したぞ。猫吊るしも頭上でずっこけている。その初雪の声が聞こえたのかそうでないのか、隣室の住民が素早くこちらに向かってくる音が聞こえた。
「話は聞かせてもらったよ! 暇なんだね!!」
ずばん! と自室の扉を開き、何故か制服で参上したのは川内さんである。着替えてる暇は無かっただろうからずっとその格好だったのだろう。常在戦場的な? うーんこのニンジャ。
「金剛も初雪も久しぶり! だから夜戦行っとこうか!!」
「理論の飛躍ですらない事言われた……!」
今は夜戦部隊が出てないせいか、川内さんはずっと欲求不満気味だった。でも現在滅茶苦茶敵のやって来るこの海域で、毎日疲れて眠る艦隊の皆を叩き起こすような真似をしないだけの良識は、流石に持ち合わせていたのである。けれども。
「あ、心配しなくても演習なら工廠に言っとけば大丈夫だから! 事後承諾でも行ける!」
「そこの心配はしてな……あっあっ」
明らかに疲れてない様子の会話を耳に入れた結果、川内さんの欲求は大爆発してしまったらしい。私の腰元に収まっていた初雪を淀みない手つきでぬるりと抜き取ると、ソイヤと俵担ぎにして、金剛さんの手も取って歩き出す。吹雪も来る!? とか言うけど私は用事があるのでちょっと。あと夜戦演習なのに戦艦の金剛さんも連れてくのか……金剛さんもちょっと困惑気味ですよ?
「待ちなさい川内!」
そんな川内さんを止めに慌てた様子で出てきたのは、同じ部屋に割り当てられている暁教官長だった。むっと呻って足を緩める川内さん。初雪は救世主を見る目で教官長へ熱視線を送った。
「闇雲にやるのは時間の浪費よ! ちゃんと向こうの司令官から貰ったデータあるから、それに沿ってやるべきだわ!」
教官長? もしかして寝不足で変なテンションになったりしてません? 初雪は瞳を曇らせた。
「あ。勿論金剛の分もあるわよ、二人ともちゃんと実態も見て修正してくから心配しなくていいわよ!」
「そこの心配はしてない……」
がっくりと項垂れる初雪に気付いているのかいないのか、じゃあ制服に着替えて玄関に集合ね! と川内さんは笑顔で教官長に返事した。流石に私服のままでは非効率だと気付いたらしい。持ってた初雪を立たせると準備しとくねーと窓から工廠へ向かって飛び出して行ってしまった。
「お姉ちゃん……助けて……」
涙目になった初雪がぐにゃりと床へ崩れ落ちる。そのまま私の方へとか細い声で手を伸ばしてくるが……うーん。
「教官長、寝なくて大丈夫なんですか?」
「ああ、私あんまり多く寝なくても大丈夫な体質なのよ。もう十分寝たわ。疲労は食事が何とかしてくれてるし、問題無し!」
そっかー。
「じゃあ大丈夫ですね」
「お姉ちゃん諦めないで!?」
いやでも、たぶん生存率上げてくれるしなあ。川内さんだけだとちょっと不安だけど、教官長が居るなら大丈夫だろう。初雪が適性値と才覚頼りで訓練がおろそかになってるってのは聞いてるから、丁度いいんじゃない?
「教官長……」
スッと前に出て立ちはだかったのは金剛さんである。何故だか好戦的で楽しそうな笑みを浮かべ、挑戦的な眼差しを教官長へと向けている。
「一度教官長とは勝負したかったデース! 二番目に強い艦娘の称号が私に相応しいのかどうか、確かめさせてもらうネー……!」
相手、駆逐艦なんスけどいいんスかそれで。っていうか夜闇の中だと金剛さん一方的に不利……あ、いやまさか金剛さんの改二って丙かそれに準ずる感じ? あれ確か夜戦得意だったような。
挑戦状を叩きつけられた教官長の方は一瞬虚を突かれた様子だったけど、こちらも不敵な笑顔を浮かべ、鈍ってないか見てあげるわと挑発的な語調で返す。案外ノリノリな二人を見て絶望する初雪。とりあえず、教官長には出撃に差し障りない程度にお願いしますとだけ頼んでおいた。
あ"ーと汚い声を上げて、ささっと着替えさせられた初雪が引き摺られて行く。金剛さんから見ても初雪は練習不足だったのだろう、夜中の演習にも肯定的で渡りに艦もとい船な様子だった。
荷物は二人の部屋に先に搬入されていたようで、制服もクリーニングされた状態で既に掛けられていたため着替え自体はスムーズだった。もしもの時はすぐ出れるようにという心遣いだったのだろう。そのもしもが突発的な演習とは思いもしなかったろうけど、有難いね!!
私が結局ここまで付いて来たのは初雪が着替え終わるまで放してくれなかったせいである。いやじゃーと泣き付かれて、流石に哀れ過ぎたのもあり、一人だけ部屋に戻るのは憚られたのだ。いや猫吊るしも居るから二人なんだけど私にしか見えてないしね。
いやしかし……うん、例の魔法使いを自称する少女にゲームの設定云々でヒロインキャラとかそれ以外について聞いてたから、やっぱり私もちょっとは気になっちゃうかなぁってちょっと思ってたんだけども……あんまそういうの無かったなぁ。
どうにも私、ゲームの設定って言われて思い浮かぶのが二次元美少女の、艦これの金剛や島風の方だけなんだよね。なんか三次元で動く目の前の金剛さんがそうだって言われても疑問符しか浮かばない。ヒロインって言われてまあ納得できる部分はあるが、そうでもない部分も多々知ってるからかなあ。おかげで気にならない通り越してピンと来ないというか。逆に無理に気にしようとしないと気にならなかった。横に酷すぎるのが居たからってのもあるかもしれないけども。
確かに容姿を比べた時、初雪と金剛さんなら十人中十人が金剛さんを選ぶだろうっていうくらいの美少女なんだよ。それは私もそうで、文月や夕立、加賀さん辺りもそう。流石にそれは私だって分かるんだ。でも、それはそれとして、その中で誰が一番ゲームキャラっぽいかって言われたらなぁ。
「初雪って名前に艦名入ってなかったよな」
「うん」
猫吊るしが私の上で呟いた。川内さんも教官長もそうだね。まあ川内さんは一応設定有ったみたいだけども。
「あれ入ってない側なのか……」
「まあうん。半分自暴自棄になってる所で甘えだしてそれが定着しちゃったっぽいから……」
猫吊るしは乾いた笑いを出しているけど、あれたぶん私のせいなんだよね。どうも元々対人上手じゃない所に私と同室にされて、人によっては甘え倒しても許されると覚えちゃったっぽいからなあ。金剛さんも割とそういうの気にしない所があって、強引かつ豪快にだけど構ってくれるらしいし。
ちゃんと相手は選んでいるみたいで、提艦隊だとお姉さんしてる時も割とあるらしいんだけど……選んでるが故に私はその姿をあんまり見た事がない。精々勉強教えたりしてるとこくらいである。頭は良いっぽいんだけどなあ。学習能力が変な働き方をしちゃった感じ。
そして私は、別に甘えられて嫌という訳でもないというか。特にあの程度なら負担にもならんというか。一応は召集の被害者だしそれくらい許されてもいいかなって思わなくもないかなっていうか。あと、本人もたぶんやっちゃ駄目な相手は分かってると思うんだよね。
つまり私はやっても大丈夫な相手。ああうん。思ったより妹扱いしてますねこれは。好感度も高めだな? 初雪もその自覚あるな? 吹雪さんソウルの影響……じゃないか。訓練所からたぶんそうだもんなぁ。
「金剛が一番普通だったの酷くない?」
「教官長は許して差し上げろ」
たぶん欠点埋めるプランはあるのに練習時間取れなさそうだなーどうしよっかなーとか考えてたんだろうからね。教官長が申請したら秒で艤装の使用許可が下りるとかいう噂だし、訓練法が確立してない現在じゃ上も頼らざるを得ないものと思われる。
「有能さが普通じゃなさ過ぎる」
「それはそう」
ショートスリーパーで睡眠時間も少なくていいとか弱点どこにあるんだあの人……集合無意識の暁さん大満足してそうだわ。改二になったらそっちに近づくんだろうか。想像がつかない。
自室に戻ると、暗い部屋で文月が床に正座して待ち構えていた。今の部屋割りだと私と風香、文月、曙が同室なので居るのはおかしくない。二段ベッドで曙の下に眠っていたはずだけど、あの何もない空間から戻る際に私達と同じく目も覚めてしまったのだろう。
おかしいのは入室して来た私達に向かって正座のまま真剣な表情でゆっくりと頭を下げ始めた事である。無言で。頭はどんどん下がっていき、文月の両手と額は床に付く。そして十秒くらいそれを維持するとまた緩やかな速度で元の体勢に戻っていった。
「黙っていて本当に申し訳ありませんでした……」
文月は暗い顔で謝罪を口にした。寝入っている二人を起こさないような小声だけれど、私や猫吊るしの耳にははっきりとその美しい音色が響いてくる。指向性でも持たせてるのってくらい反射波が小さく感じるんだけどどうやってるのそれ。私のエコーロケーションもどきくらいなら騙せそうなんだけど。チート? チートなの?
文月が謝ってるのは転生者であると黙っていた事についてだろう。というのはね、まあ分かるんだけど、それがそもそも謝る事なのかというと物凄く疑問である。猫吊るしも初対面の時言ってたけど私怪しいし、非戦闘能力な能力しか持たないらしい文月が警戒するのは当然じゃないだろうか。
っていうのはもうあっちから戻る前に散々お話ししたんだよね。それでお互い納得した……と思う。だからまあ、一応現実でも謝っとかないと収まりが悪いって事だろう。
そういう事ならこっちにも考えがある。私は文月の正面に立って、やおらにその場に座り込む。そしてそのまま深々と首を垂れて、床に額を押し付けた。
「こちらこそ、気付かなくて申し訳ありませんでした」
頭上で猫吊るしも一緒になって頭を下げている。私が下げた頭の上でさらに下げてるから変な方向いてるけど、まあ意味は伝わるだろうからいいか。面を上げるとそこには苦笑な表情の文月が居た。
「じゃあお互いさまという事で?」
私と猫吊るしは大きめに頷いた。隠されてた側と隠してた側の責任の所在とかそういうつまらない話は面倒なだけで得にならないから要らないのよ。っていうか特に損してないし、むしろ隠してた側が悩んでたっぽい訳で。気にする必要は全く無いのだ。だって私達みんな・・・仲間だもんげ!
ひっそりと頭を下げ合った私達はそれではと気を取り直して立ち上がり、同室の残り二人が起きていない事を確認した。どちらも寝息っぽい物を立てていて、たぶんしっかりお休み中だ。問題なし。文月はともかく私の声で起きてしまう心配はあったけれど、どうやら杞憂だったようだ。
大丈夫そうなので、目指していた用事を遂行する……もとい、猫吊るしに遂行してもらう事にする。私は物音を立てないように自分のベッドに忍び寄ると、伸びる梯子をちょっとだけ上り、眠っている風香の横に顔を出した。
もうとっくに11月に入っていて夜の気温はそれなりに低い。そのため風香はしっかり毛布に包まっているが、艶やかな金の髪を湛えた頭部だけはしっかりと外へと晒されている。横に並ぶ連装砲ちゃん達と一緒に。かわいい。
それはともかく、頭が出ているなら丁度いい。私は自分に乗っかった猫吊るしへ手を差し伸べ、ぴょんこと飛び乗ったその小さな体を、風香の枕元へと着地させた。
猫吊るしは目の前の豊かな毛量を誇る頭に取り付くとそのまま目を閉じる。特に音はしない。ひそやかに、その能力は行使された。
暫く後。
猫吊るしは瞳を開き、こっちに向かってぽんぽん跳ねて帰って来た。それをキャッチしてやって、私は音もなく床へと降り立つ。そこには心配そうな表情の文月が部屋に置かれた丸テーブルに着いて待っている。なのでそっと卓上に置いてやれば、寝ている二人には聞こえないのを良い事に、猫吊るしはそのまま報告を始めたのだった。
「ぜんっぜん分かんなかった!!」
なお結果は駄目だったっぽい。いや、まあしょうがないんだけども。
大きな作戦のための援軍も合流し始めてさらに忙しさを増しているであろう工廠の仕事を放り出させてまで猫吊るしを連れて帰ったのは、ひとえに風香の健康診断のためである。
例の少女曰く、風香は某所でお出しされたモノを完全に消化吸収し、その存在を強化・拡張する事に成功してしまっているのだそうだ。その結果、目に見えて起こった事は魔力や霊力と呼ばれるような力の増大となんか変な改二になっちゃった程度の事らしいんだけど……実際に起きてる事はもっと深刻なようで。
風香はケーキ二個分に仕込めるごく少量だけとはいえ、天地創造可能な超自由型の『力』を保有してしまっている。完全な消化っていうのはそういう事なんだそうだ。珍しい……っていうか、転生者でも何でもない事前の慣らし無しでのケースは初めてだとか言っていた。つまり近い前例はあったという事である。流石に私も浸透勁とでこぴんを組合わさざるを得なかった。
いやまあ、聞いた所じゃ別に暴発とかする性質のモノではないらしいんだけどね……心配じゃん。何もかも計画性や見通しが甘くて全部てきと~にやってるっぽいあの子の言ってる事全面的に信用するの。
だから猫吊るしに調べて貰ったんだけど、残念ながら猫吊るしにはその『力』の事は分からなかったようだ。猫吊るしの解説によると、猫吊るしの診断は、『猫吊るしがそれを使おうとする事でその全容を把握できる』という能力使用の副次効果的なものであり、そもそも猫吊るしがまったく扱えないモノや認識できないものについては効果の対象外になってしまうから、らしい。
『力』に関しては文月たち契約者がチート能力を入り口として複数回転生した自己研鑽の果てに目指さなければいけない領域であるらしいので、転生一回目の私達には理解できなくて当然……なんだと思う。たぶん。
「今自分の食べたの分析してるから明日くらいまで待って貰った方がいいかも」
なのでこんな事を言い出せる猫吊るしは転生者の中でも割とおかしい方なんじゃなかろうかと思わんでもない。
いや、お前そんな事できるの? そういや食べたばっかりだからまだ消化とかまともにされてないのか。私や文月もまだ体内に残ってるんだろうか。文月なんて食べたの目覚める直前なんだよね。私にも私にもって言ったら口に押し込まれてた。うーん、まあ……そういう事なら私も自分の中調べてみた方がいいのか……?
横では文月がびっくりした、けれども抑えたような表現力豊かな声で猫吊るしに方法を尋ねている。返済に関わる話だから必死なのだろう。でもチート能力前提っぽいから自力でどうにかできる範囲の話じゃない気がするなあ。実際、猫吊るしも言語化は難しいらしくしきりに頭を捻っていた。
そんな二人を尻目に私はちょっとベッドの方へと戻り、もう一度風香の所まで身を乗り出す。うん。まだ寝てる。なので遠慮なく布団から飛び出している風香の額に軽く触れ、念じる。
――チート能力さん、ちょっと力貸してくれる?
――やあってやるぜ!!
あら素直。ちょっと扉の前でしょげてたから心配だったんだけど、どうやら気を取り直してくれたみたいである。良かった。
快諾いただけたので掌を通してその先の体温高めな体と自分の深部に集中する。チート能力さんに声をかけたのは当然ながら、風香の頭を痛めつけてやろうとかそういう意図での事ではない。能力の仕様上、もしかしたら、私の能力で対応可能な事柄かもしれなかったからだ。
前に似たような事をやった時は全くそんなモノの存在には気付かなかったけど、私の中にもまだその『力』がある今なら、それと比べて見つけ出す事が可能かもしれない。高次元過ぎて理解できなかっただけで、同じものに触れながらなら実体を捉える事も不可能じゃあないんじゃないだろうか。そう思ったのだ。
でもそれをするには、前提として私が『力』を認識する必要がある訳なんだよね。だけど、自分の魔力すら観測できてない私にそんな芸当が可能だろうか?
……まあ、結論を言っちゃえば、可能なんじゃあないかと思う。
なんでかって言えば超簡単。だって、その方が『なんか』『つよい』でしょ?
あーあったあった。これか。
開始約三分。私は風香の中のそれを無事発見した。それはなんというか、例えるならそう、作業台である。もしくはパソコンのメモリ。成程、単体じゃ暴発しないわこれ。『力』なだけで作用するエネルギーじゃあない。むしろこれはエネルギーを無から製造できるような代物だ。ヤバいけどヤバくない……風香が無自覚なら稼働する事すらないだろう。当たり前かもしれないけど、扱うのに技術が要るんだ。
そして私の中にも全く同じではないけれど、似たようなものが存在している。消化されていなくて私の物になってないからかむしろ自分の魔力より分かり易い。なんか端っこだけ消化されて栄養になりかかってるけど。いや体の消化器官で溶かしてる訳じゃあないけれども、ともかく慌ててそれを止め、風香の中の物を参考にして組み直す。能力拡張用というのは伊達ではなく、それは言ってしまえば折り畳み式簡易作業台とでも呼ぶべきものだったのである。私の能力は感覚的な事に対する学習能力がおかしなくらいに高いけど、それを差し引いてもあっさり理解っちゃったのはそういった理由からだろう。
私達が食べたのは加工済みの『力』を魔力でコーティングしたような物体で、元々扱える人が上手い事消化できれば中身が組み上がって『力』となり、それが無理でも魂に溶けて魔力となる。きっと元々そういう性質のケーキだったんだと思う。風香の場合、たぶん本当に表面のケーキに擬態してた部分だけが魔力になっちゃって、だからチート転生者から見たら少なくて現地人より遥かに多いみたいな塩梅になったのだろう。
うん? これ、『力』部分まで全部魔力になっちゃった方が危なかったのでは? 魔力はたぶん暴発が有り得るよ? ほんと何食わせてくれてんだあの子。予想外の人間が来て嬉しかったから何も考えないでご馳走しちゃったって言われたら疑いようもなくそうだろうねと納得しちゃうくらいもう信用がないんだが? 悪意の有無とかそういう問題じゃないところだよもう。
組み上げた『力』はその瞬間に私からは認識できなくなった。うーん予想通りというかなんというか。魔力と同じ扱いか。研究とか練習とかできないじゃん。たぶんチート能力さんが管理してくれるんだと思うけど……
閑話休題。ともかく、風香の状態は安定している。むしろ現状だと私達の方がヤバいかもしれない。風香のを参考に安定化させられたと思われる私はともかく、現在絶賛解析中の猫吊るしや絶望的に可愛らしい小さな声でむむむと呻ってる文月はどうなんだろう。それと、一緒に食べた皆も。まあチート転生者なら魔力が増えるだけだろうから大丈夫かな?
とか思ってたらぱっちりと両の瞼を開けた風香とばっちり目が合ってしまったのだった。オウッ? って鳴いてた。
「うるさいわよあんた達……」
かなり機嫌悪そうな声で、寝てた曙が起き上がって来た。まだまだ眠そうな目を不快そうに歪めて二段ベッドの上側からこっちの方を覗き込んでくる。
果たしてそこから見えた景色は暗い部屋で猫吊るしを頭に乗せ奇跡のような美しさの声で外郎売を朗じながらノリで踊る連装砲ちゃんに取り囲まれつつ私と島風と手を繋いでいる文月である。状況がマジで一切分からなかったらしく曙は硬直した。
いや、どうしても感覚を掴みたい文月が試行錯誤してどうにか周りの皆からヒントを得ようとして最終的にこうなっただけだから深い意味なんて無いんだけどねこれ。猫吊るしに操作権限一部渡して消化を食い止める事で制限時間は伸ばしているから、きっと朝までは色々する事になるかな。私がアレを組み上げる感覚を伝えられれば良かったのだけど、残念ながらそういう機能は付いてないんだよなあ。
下りて来た曙が胡乱気な顔で声を掛けてくるが文月は一切気付いていない。なんか練習用の口上唱えると滅茶苦茶集中できるらしく、外郎売以外にも寿限無とかでも行けるとかなんとかでかれこれ十分はこうしていたりする。一応小声ではあったけどそりゃ曙も起きるわ。ペラペラ舌が回るもんだから風香ははやーいって喜んでた。
風香には魔力関係だって言って手伝って貰ってるんだけど、必要だったかと言われると正直分からん。寝ててもらっても良かったんだけど、目が覚めちゃったって言うから仕方ないね。連装砲ちゃんたちもさっきまでおててつないでたんだけど文月の節の付いたテンポの良い唄声に乗って踊り出してしまった。かわいい。
曙は状況に何か不気味なものを感じ取ったらしく、一歩後ずさって私の方へと視線を移した。反応のない文月より自分の方を見ていた私に話し掛けた方が得策と判断したか。
そして曙は私に向かって質問を投げかけようとした。寝起きで少し乾いた喉を無理矢理動かして、肺から押し出した空気で声を作り出そうとしたのだ。でもそれは、発される一瞬前に、窓から飛び込んで来た轟音と赤光に掻き消された。
夜を引き裂く爆発の音。それが寮全体を震わせたのだ。
すわ何事かと部屋の四人と三体が窓に向かって振り返る。その頃には、既に私は赤く光るカーテンと窓ガラスを引ききり、燃え上がる海を目撃していた。
鎮守府からさほど遠くない水面が猛り、弾け、噴き上がりながら、複数の爆発的な炎を上げている。範囲はさほど広くないが、燃え方からして幾つもの攻撃が同時に炸裂した感じだろうか。だとしたら、三式弾みたいな散弾? それにしては威力がおかしい。それと敵の侵攻にしては変な位置……陸に近いけど何の被害も出ないような場所に撃たれたように見えるんだけど。
というか、よく見たら下手人っぽいのはその近くで陸地に背を向けて立っていた。手を腰に当てどこか満足気な雰囲気を纏った、巫女服にスカートを合わせたような姿の戦艦艦娘……つまりは金剛さんだ。成程。初めて見たけど三式弾みたいなっていうか普通に三式弾撃ったんだなアレ。対空用であって対地用でも対海用でもなかったと思うんだけど、ひでぇ威力してんな……例のリーク通りなら適性値三万以上でさらに上がってるはずだからそのせいだろうけども。
どうやら他の部屋の住民たちも目を覚ましてしまったようで、にわかに寮は騒がしくなった。そりゃあ私みたいなのはともかく普通の視力じゃ金剛さんには気付き辛いだろうし、敵の襲撃かなんかに見えてしまうだろうから当然だろう。曙も既に寝巻から制服に着替えようとしている。判断が早い。
文月も流石に修行……修行でいいのだろうかあれ……ともかく精神集中を解き、掛けてあった制服の下へと駆けて行く。この辺りは四国や九州での経験が生きてるように思える。最前線で戦ってきただけあるよなあ。などと思いつつ、たぶん必要無いだろうけど私も一応着替える事にした。
只今の爆発は味方兵器の試射です、警戒態勢に入る必要はありません。と焦った様子の大淀司令から全館へ放送が入ったのは、曙を追い抜いて島風が制服を着終えた頃だった。ちょっと得意げにしてたが無意味と聞いてオウッと鳴いていた。
寮のあちらこちらから金剛さんかな? とか金剛かーという声が聞こえてくる。共通認識らしい。新兵器説より金剛さん到着説を唱えてる人の方が多いのが酷いんだけど、たぶん正解だと思う。
文月は爆音の衝撃で消化が進んでしまったらしく床に崩れ落ちていた。新しい感覚生やすようなもんだし私みたいな感覚能力増強してくれる能力じゃなきゃ一朝一夕とは行かんわな。例の少女も無理と思って食べさせたんだろうし、気長に頑張るしかないと思う。っていうか微妙に分かるようになってない? 案外到達までは遠くないのかもしれない。
「負けたデース!!!!」
みんな目が覚めてしまったのでもう寝るでもないだろうと曙も交えて修行してたら、気が付いた時には日が昇っていた。曙は初春の降霊術の事などを知っているためにその辺りの実在は把握していたようで、怪しい儀式みたいなのはともかく、島風の脚から何かが噴出する現象を見て自分もできないかと頑張っていた。猫吊るし曰く、なんか容量に対して保有量が釣り合ってないとかで才能は有るのか無いのかよく分からんとの事。
そうして進展は微妙なまま出撃に備えて朝食を摂りに皆で寮から出たら、突然横から跳んで来た金剛さんに泣き付かれ、慰めて欲しいヨーと頭を押し付けられた。撫でろと? いいけどさあ。
ぽんぽん撫でてみたらそれで満足したらしく、皆久しぶりネーと他の三人とも挨拶し合うと、島風にもハグを決める金剛さん。連装砲ちゃん達も抱っこして可愛がっている。本当に皆好きだなこの人。
「金剛、あんた演習でもやって来たの?」
「Yes! 教官長にぼっこぼこにされてきたヨー!」
何やってんのあの人。改二になってる上適性値も余裕で五桁だろう金剛さん凹ったの? いや他人の事持ち上げる傾向があるから言うほど一方的ではなかったんだろうけど、惜敗ならそう言うと思うので結構な差が付いたのは間違いなさそうだ。
「あの爆弾みたいの、教官長に撃ったの?」
「あれは的に向けて撃っただけですネー、新型で数もないから使わせてもらえなかったデース!」
許可あったら使う気だったのだろうか。っていうか、新型? あれ普通の三式弾じゃないんだ。流石にあの威力が平常運転ではないのね。
「改二の影響じゃなかったんだねえー」
「司令官は大本営から送られて来た特殊弾頭って言ってたヨー」
なんでも通常のモノより何倍も重くて飛ばない代わりに威力が従来の何割も増しているのだそうで、大淀司令官の想定より遥かに派手な爆発を起こしてしまったそうな。だから焦ってたのか。たぶん、金剛さんの適性と噛み合いが良すぎたんだろうなあ。
しかし大本営からか……猫吊るしも居ないのにそんなもん開発できるもんなんだろうか。もしかしたらなんだけど、日本製じゃないのかもね。金剛さんに扱えるのなら規格は合ってるのだろうけど、派手さも加味して米国製だったりしない? いや日本にも開発部はあるだろうけどもね? 数日後に迫った戦いのための露骨なテコ入れな気がしてならない。あれ基地にぶち込まれたらひとたまりもないだろうし。
「というか、あれは艦隊戦用じゃないですネー。範囲が広くて射程は短いから味方を巻き込んじゃうヨー」
なんか、飛ばな過ぎて下手な撃ち方したら自分ごと燃やしちゃう勢いであるらしい。使い辛ッ。金剛さんが先頭に立って開幕一発撃つかそれこそ陸地に向かって撃ち込むのにしか使えないそうな。
金剛さんは次は勝ちマースと意気込んで、私達に合流した。どうやら同じく朝食に向かう所だったらしい。まあそれはいいんだけれど、あれ? 一人?
「初雪はまだしごかれてます?」
「見学に来た子達と纏めて練習させられてるヨー!」
割と様子を見に来た人は多かったらしく、結局皆で朝練中だという。金剛さんは艤装のメンテにちょっと時間が取られるから先に切り上げただけのようだ。ずるいと泣きながら深雪と浦波、東雲達姉妹艦に引き摺られて行ったそうな。南無。
食堂へやって来てみたら、そこはもう鎮守府の人達でいっぱいだった。あのとんだ総員起こしでみんな目が冴えてしまったのだろう。あと、たぶん普通に交代前後の自衛官の方々と朝食時間が被ったっぽい。お疲れ様です。
ともあれ、五人分の席が確保できない程ごった返している訳ではない。連装砲ちゃん達を手近な席に置いて取っておいてもらい、私達はカウンターへと食事をとりに向かった。すると、何故かそこでは宮里提督が給仕係をやっているではないか。びっくりして目を合わせると、割烹着の宮里提督は困ったようにはにかんだ。
金剛さんが明るい笑顔でお久しぶりデース! と挨拶すれば、宮里提督は今度は僚艦としてよろしくお願いしますと頭を下げた。そして私達の後ろにも何人か並んでいるのに気づくと、慌ててお盆に朝食を並べだす。今日は焼き魚定食と……豚汁かな。具がやたら多いので食べ応えが有りそうだ。
いやそれはいいんだけど、あっ香ばしい炭火焼の匂い。じゃなくて。
「提督、どうして給仕してるんですか……?」
「大和さん……艤装からコンタクトできる彼女から、改二の条件を満たすのに良いかもしれないと言われて……」
それはあれか、大和ホテル的な意味でか。関係あるんですかねそれ。影響を深めるのに適性者側から合わせる意味があるんだろうか。やらないよりはいいのかもしれないけど、気休め程度のような。っていうか、大和さん的にホテルネタ擦られるのはいいの? 自分から言ってきたなら大丈夫なんだろうけど、内心複雑そう。
金剛さんが加わった普段よりちょっと賑やかな朝食を終え、私は工廠へ向かう事になった。いやなんだかんだ猫吊るし連れっぱなしだったんだよね。流石にちょっと状況が気になるとの事で、タクシー代わりに使われる事にしたのだ。
「いやっ、本当に怪しい者ではないデスよ……?」
そんな折、建物と建物の間から誰かが詰問される声が飛んで来た。なんだろうと視てみれば、そこに居たのは初春と、何処かで会ったような気がする黒髪ショートな女性である。初春は疑わし気な表情でその人を観察していて、されている側はちょっと怯えてしまっているようだった。
どうかしたのかと後ろから声を掛けると、ああ吹雪かと初春はちょっとだけ横に退き、その女性がよく見えるようにしてくれた。見た目には普通の美人さんと思われるが……やっぱりどっかで見たような? いや、あれは……そうだ、四国の時だ。うん。この人たぶん、ローザの所の提督さんじゃないだろうか。名前は確か、藤提督だったかな。
その彼女はと言えば、私と猫吊るしを視界に入れた瞬間ヒッと鳴いて縮みあがった。そのまま地面に腰を落とすと涙目になって震え出し、なんなのここぉと掠れた声で嘆きだした。
「陰陽師共の巣窟だったのじゃ……罠なのじゃ……もう帰れんのじゃあ……」
「いえ陰陽師ではないですが」
「嘘つけぇ!!」
そんな馬鹿霊力してる奴等が一般人な訳ないじゃろうがと藤提督は叫んだ。あ、そういうの分かる感じなんだ。
「そういう貴様も半分程は人ではなかろう? 憑いておるのか混ざっておるのかは知らぬがな」
ああ、怪しんでたのはそういう。初春ってば霊視でそういうの分かるのね。って事は、この人あれか。例の妖怪提督。マジで居るんだ……
「半分……? よく分からん……でも悪い事はしてないのじゃ……許して」
別段、初春は責める様な言い方をしている訳ではない。口調が口調なため少し威圧感はあるかもしれないけれど、本当に疑問に思って聞いているだけだろう。なんでここまで追い詰められてんのこの人。いやまあ、私と猫吊るしの霊力――つまりは魔力の大きさに腰抜かしただけっぽいけれども。
初春もどう対応した物か困った様子で、とりあえず立ってもらおうと手を伸ばす。勿論、それは立ち上がるのに手を貸すつもりでの事だったに違いないのだけれど、藤提督はそれにビクンと反応して、恐怖のあまりお漏らしをしてしまった。術か何かで隠していたのであろう、頭の上の猫耳を。
「あーっ!!」
不意に、私達の反対、藤提督を挟んで向こう側から小さな子供の大きな大きな声が響き渡った。
「てーとく見つけましたって!」
その娘はこちらに駆け寄ってきて笑顔で自分の提督に抱き着くと、その後で私達の姿に気が付いた。髪の間で銀色の指輪が煌めいている。つかの間の沈黙。お耳を出して震えている自分の提督とそれを見つめていた私達とを見比べて、その少女――ローザは何かを察したようにほふぅと軽く息を吐いた。
「ユキおねえちゃん、てーとくいじめたら駄目ですって」
言いながら、流れるような手つきで藤提督の耳をもふり始める提ローザ。えっ何、もしかして日常的にやってるの? 隠してないのかバレてるのか……普通に考えたら後者かなあ。指輪を髪飾りにしている辺り、ケッコンしているみたいだし。
藤提督はにげるのじゃろーちゃんとか細い声で囁いている。悪い人じゃなさそうだけど……この人妖怪率いて自衛隊襲うとか言われてなかったっけ? 別の人? え? 妖怪提督何人も居る? いや流石にそれは無いよね。なんかの理由で狂暴化してたらそうなるとかなんだろうか。
明らかに提督の耳の事を把握していたローザの様子に私も初春も猫吊るしもどう対応した物か困ってしまった。そうしている間にもローザはにっこにこでふさふさの猫耳を揉みしだいている。この状況でどっちの弁護もできるの君だけなんだけどなあ。
なんて、どう誤解を解いたもんだか考えていたら、ローザのさらに後ろから桃色の髪の女性が駆けて来た。たぶん大声での発見の報を聞いて今辿り着いたんだと思われる。提督に戯れてるローザとそれを眺めてる私達を見つけて、苦虫を噛み潰したような表情になった。
「提督、耳出てるでち……」
聞こえた言葉にはっとして、藤提督は慌てて両の手でその可愛らしいお耳を包み込んだ。そしてゆっくりと頭から手を降ろすと、その場から獣の痕跡は消え失せていた。どうやら何らかの方法で隠し直したらしい。私達を見上げると、えへへと愛想笑いで誤魔化そうとしてきた。
「あー……なんじゃ。何も見て、おらぬぞ。うむ」
「うん。まあそうね。見てない見てない」
初春は見なかった事にしてあげるらしいので乗っかっておいた。小学生にお耳モフモフされてる相手に警戒心を抱けと言われても難しいわな。ローザは若干不満そうだった。そういうもんだと受け容れちゃってておかしいとも何とも思ってないなこれ……
後から来てくれた女性、ゴーヤさんによると、二人は作戦に参加するローザを送り届けに来ただけだったそうなのだけど、工廠で手間取っている間にふらっと藤提督は居なくなってしまっていたらしい。本人曰く陽光に誘われたって猫かなんかですか貴女は。いやそういや猫だったわ耳的に。
「害のある存在でないのであれば、わらわは特に何もするつもりは無いが……」
一応除霊的なものはできるらしい。ビクッと藤提督は反応してちょっと目がキャッツアイになっていたが、ともかく退治はされないと知って一安心。私も同意しておいたのだが、私の一挙手一投足が恐怖を煽るっぽくて一言喋るたびに見えなくなったはずの耳がビクンビクンしているのが何となく分かった。淡路島で会った時はそんな感じでもなかったけどなぁ。あれか、あの時は上手く猫を被ってたとかそういう感じなのだろうか。
ローザはゴーヤさんと藤提督に手を繋がれて上機嫌に微笑んでいる。どっちも大好きなのだろうというのがとてもよく伝わって来るし、その感情を向けられてる藤提督が悪い人……人? まあ悪党じゃないっていうのは分かる。そもそも提督やって大丈夫だって楠木提督が判断している訳で、全く問題のある相手じゃないだろう。
「それじゃあろーちゃん、あちきはもう帰るから、しっかりやるんじゃぞ……」
「えっ!?」
精一杯目を見開いて、ローザは大げさに驚いてみせた。どうやら残ってくれるものだと思っていたらしい。ご一緒しましょー? と提督に纏わり付いておねだりを敢行し始めた。
艦隊の世話もあるからと言いつつ明らかに私達と一緒に居たくなさそうな藤提督と、我儘言うんじゃねーでちと言いつつ自分は残ってあげるらしいゴーヤさん。二人になんやかんやと説得をされているが……なんか漏れ聞こえてきた感じ、藤提督ってば艦隊指揮執ってるっぽいんだけど大丈夫か藤艦隊。司令官どうしたのよ。
まあでも、この感じなら私が何かする必要は全くないだろう。ないんだけど……帰っていいのかなこれ。いや、なんか離脱するタイミングを逃したというか、ローザの説得に加わった方がいいんだろうか。
ちょっと私が迷っていると、建物の向こう側から力強い足音が聞こえてきて、背の高い金髪の女性がこっちに向かって踏み込んで来た。そこそこに鋭い、明らかに怒っていますと主張している眼光と一緒に。
「ローザ?」
特に普通の発音であるはずなのに、それは圧倒的な絶望のオーラとなって藤提督の袖をつかんで困らせていた少女に届いた。ゆっくりと、明らかに顔色の悪くなったローザが振り返る。そして、見た。
「おかーさん……!!」
あっこれもう私帰っていいやつだな。察した私達は初春と一緒にそそくさとその場を後にした。
食事をしに行くという初春とも別れ、私はようやく工廠へと辿り着いた。とはいえ、猫吊るしを明石さんに受け渡してしまえば特に用もなく、艤装の横で死んだように横たわってた初雪を食堂にでも連れて行こうかと思いながらその場でマッサージしていた時である。
突如として、二つの奇怪な声が工廠の中に響き渡った。
「北上さあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「扶桑姉さま!!!!!!!!!!!!!!!!!」
誰が放った奇声なのかは言わずもがなである。見れば、各々艤装のチェックやなんかに訪れていたのであろう姉妹艦に絡み付いている所だった。
ローザもそうだけど、提艦隊以外の援軍も次々と到着しているようだ。結構会ってる北上さんはともかく、久々な扶桑さんには挨拶をしておきたいところだけれど……山城さんが凄い嬉しそうな顔で笑ってるから邪魔するのは悪いかな。
二人と二人はそれぞれ再会を喜び合い、各自の近況なんかを報告し合っている。中でも改二の話になると、いっそう大きな声で大井さんも山城さんも祝福の声を上げていた。
その風向きが変わったのは、改装した二人が制服も変わったと言い出した時である。どうやらこれまでお揃いだったものがそうでなくなってしまったと知って、妹艦の二人はそれはもう目に見えて暗い表情になってしまったのだ。そんな気にする~? と笑う北上さんと、服くらい違っても私達が姉妹艦なのは変わらないからとフォローする扶桑さん。でも、二人にとっては結構深刻な問題だったようで。
それぞれ突然自分の艤装へと走って行くと、叩き付けるように腕で触れ、一瞬硬直。そのまま同時に顔を上げると、異口同音に、司令官に許可貰ってきます!! と言って司令室へと駆けて行った。
どうやら集合無意識にまで突撃して、中の艦娘から許可をもぎ取って来たらしい。
え? 嘘だろ? 今の一瞬で改二の許可貰ったの? っていうかそんな理由で出るの? 大丈夫? 不老化しちゃうよ? あと事態に気付いて北上さんは爆笑してるけど扶桑さんは苦笑い気味だよ? 仕方ない子ねって感じだからいいのかな?
背中を中心に揉み解されている初雪も声は聞こえていたようで、若さって凄いねと感嘆している。初雪も見た目は若いんだけどなぁ。っていうか、そういやあんまり気にしてなかったけれど。
「初雪は改二どうなの?」
「私? 私は……拒否されちゃった……」
あら意外。なんか適性値高くなってるらしいから行けるのかと思ってたわ。でもまあ、そりゃあ普通は簡単には行かないか。
「体は……なんか、弱いけどたぶん耐えられるって言われたんだけど……」
なんでも初雪は筋力なんかはあんまり上がってないけれど、免疫力やら生命力自体は順調に上がっているのだそうだ。今年の秋は花粉症も出なくて楽だったってそんな遣り取りをネット上でしたような覚えがある。アレルギーにも効くのね艤装。便利だなあ。
「昨日ね、こっち来る前に初雪に聞いたら……」
やっぱり大きな作戦に参加させられるとなって、なれるもんならなっておきたくなったんだろう。だがしかし、である。
「イメージを損なわれ続けるのはちょっと……って……」
それは仕方ないわ。
悔い改めて。
本当の理由は、初雪はいつかは止めたいと思ってるから、その邪魔をしないように。
中の艦娘は分離装置の存在を知らないからね仕方ないね。