朝のミーティングを終え、私達は各々出撃のために動き始めた。この鎮守府は人数が多いため会議は旗艦と各艦隊の司令官と提督達だけでやって、艦隊員達には旗艦から作戦が通達されるって形式になっている。だから私はまず島風に今日やる事を説明しなきゃいけないんだが……その島風を探しているうちに、ちょっと気まずい場面に遭遇してしまった。
なんとも言えない表情で、しかし堂々とした立ち居振る舞いで水平線を見つめる金剛さん。そしてその横で嫋やかに微笑んでいる扶桑さん。一応は、恋敵に相当する関係のお二人である。あとその遥か後方で二人の事を覗いている山城さんも居るがそっちは置いておくことにする。旗艦やってるから説明とか行かなきゃいけないはずだけどまあたぶん大丈夫だろう。
金剛さんと扶桑さんは同じ男を好きになって、配属先の問題で明暗がはっきり出てしまったという関係だ。っていうか、ぶっちゃけ召集前からうん。相手が金剛さんレベルのアプローチしてもまともに進展しないヤベー奴なもんだから、たぶん扶桑さんは奴より私との方が仲が良いくらいだったんだよね……いや仲悪い訳じゃないしそれどころか良い空気になる事もあったけどさ。
ともかく、片や同じ鎮守府で働き指輪まで貰い、片やほぼ関われる機会もなく同鎮守府なら全員配布だったらしい指輪も貰えていないのである。その二人が、何故か並んで海を眺めていた。
勿論、二人はライバルだが友人でもある。どちらも人への悪意とかを、少なくとも表に出すタイプではないため相性も悪くないと思われるんだが……今の状況で揃って意味深な表情されるとなんかこう、修羅場的なサムシングを想起しちゃうんだよなあ。
ちらりと、扶桑さんが金剛さんの嵌めた指輪に目線を落とす。少し困ったような、何かを迷うような顔をして、でもはっきりとそれを口に出した。
「将来の、枷になってしまうのかしら」
金剛さんはそれに答えるように、指を自分の目線にまで持ってくる。そしてふふっと息を吐くと、扶桑さんへと笑いかけた。
「形なんてあってもなくても同じデース! この胸でBurningするLOVEは止められないから、ネ!」
何の話かと言えば、たぶん、改二で不老化した二人がそうでない提督と恋愛する事についての云々かんぬんについての事だろうと思われる。途中から耳に入って来ただけだから詳細はよく分からんのだけれども。
ただまあ、解除装置はある訳なのでそこまで深刻な話じゃあ……………………いや違うか。そんなの使うのが許可される未来が来るって確信できるの、未来予知とかまで駆使して頑張ってる人達が居るって知ってる転生者くらいか。
金剛さんは言わずもがな、扶桑さんもちょっと影に隠れてはいるが優秀で実力のあるとされる艦娘だ。北海道を取り戻せたとして、普通に考えたらその先にあるのは延々続く国土防衛戦ともしかしたらの海外遠征だろう。そうなった場合、どちらもまず解放して貰える可能性は無い。
たぶん二人とも、他の艦娘達と自分達の戦力差を私なんかよりよっぽど知ってるはずなんだよね。実際の力の差は私の方が離れていると思うんだけど、私の周りに居たのは宮里艦隊の皆な訳で、まあ私居なくてもなんやかんや何とかするだろって印象になっちゃうのだ。でも、普通の艦隊……特に扶桑さんのとことか、最初の内は扶桑さんが居ないとマジでどうにもならなかったと聞いている。やる気とかもそうなんだけど、鬼と姫がね。
なので私達以外の目線では、実力のある艦娘は最前線で戦わされ続けるものと考えられてるんじゃなかろうか。勿論、その辺りの話を飲み込んだ上で艦娘の魂を受け入れているはずではあるのだけれど……っていうかそう考えると改二になった人達滅茶苦茶覚悟決まってるんだなあ。私も一応先駆けになって心配を取り除いとこうとかそういう意図はあったけど、就職先悩まなくていいじゃんくらいの感覚でもあったのが否定できないので凄く眩しく感じる。
仲間を放って置けない、護りたい人達が居る、純粋な怒りから、理由は様々あるだろうけどきっと私より軽い気持ちで改二になった艦娘は居ない。何せ私の場合戦い続ける事に関してはほぼノーリスクだから。普通に働いてて事故で怪我するのと私が戦闘で負傷するのどっちの方が確率が高いでしょうって話である。
金剛さん達はやっぱり強いからその辺りはそんなに悩まなかったにしても、想い人と添い遂げられるかどうかは年頃の彼女達にとっては大きな問題だろう。だがこれも正直、選択肢としては成立しない。だって自分がちゃんとやらないとその相手が死んじゃうかもしれない訳だから、ならないって道は選べないだろう。
護るために力を手にして結果、先立たれるか自分が戦死するかになる訳である。酷い世界だなあ。本来分離装置とか無い訳だからその辺りの葛藤も個別シナリオに組み込まれてそうだ。男主人公での周回プレイ胃に悪そうだな例のゲーム。死にネタとか曇らせとか好きな人には良いのかもしれないけども。
閑話休題、金剛さんはそんなもの知った事かと恋に戦いに全力投球する気構えであるようだ。でも、対する扶桑さんはどちらかと言えば控えめな性質で、今もそれほどの気迫は感じられない。もしかしたらあっさり身を引いちゃうかもって思えるくらいの、すぐにでも手折れちゃいそうな笑顔で羨まし気に金剛さんを見つめていた。
ふと、少し遠くから、金剛さんを呼ぶ声が聞こえた。それは明らかに比叡さんのものだ。ミーティングでは名前を見なかったのでたった今到着したのだろう。金剛さんは妹の存在を知覚すると、扶桑さんにまた後でネーと手を振って、比叡さんへ向かって一直線にすっ飛んでいった。向かいからやって来た島風も大満足の速度である。釣られて飛び出て並走を始めた。どこいくねーん。
うっかり見送ってしまったが、私も島風と合流しなければいけないので比叡さんの方へと向かう事にする。歩いてね。流石に走らんわ。金剛さんと比叡さんの再会に水を差すのもなんだしゆっくり行くかと脚を向け、数歩踏み出したその頃に。ぽつりと、一人取り残された扶桑さんが水平線に向かって言葉を漏らした。
「それでも欲しいと思ってしまうのが、女の情念というものなのかしら……」
うお……急にすげぇ湿り気……! 加湿器かな?
今日の私達のお仕事は敵を殲滅しつつちょっと遠い所までの偵察である。というのも、敵さんが北海道からまっすぐじゃなくて、若干逸れた方向からこっちの横っ面をぶん殴りに来ているからだ。大作戦中に突然横から襲われるのとか嫌だから、今のうちに色々把握してできれば対処もしておきたいって事らしい。
そんな訳で今日は日本海寄りを捜索しつつ敵を殲滅壊滅撃滅していっている訳なのだ。まあつまりは普段通りなんだけども、許可が出ているのでいつもよりはちょっとだけ深くまで行っている。
基本的に大淀司令官は慎重派だ。私の性能ならもっともっと突っ込ませても問題無いと理解していて、その上で絶対に救助可能な位置までしか前進許可を出さない。まあ変色海域だと通信とか位置の把握もままならないから割と旗艦である私の匙加減な所もあるが、少なくともされた指示ではそうなっている。
そんな訳で行きすぎない、かつ成果は最大限あげられそうなくらい深くまで突っ込んで行ったのだが、まあ敵の多い事多い事。一回一回は3から6体+PT小鬼の小規模部隊でしかないんだけど、次々登場するものだから息を吐く暇もない。まあ小鬼が付いてわざと私にぶつけてるんだろうから仕方ないんだけどもね。
ちなみに私は小鬼は普通にぶっ倒している。私がやらなくても島風が殺っちゃうし、せめて痛みを知らずに安らかに沈んでもらう事にしたのだ。
というのもだ、今日最初に会ったPT小鬼が水上で脚を大股に開いて腰を落としたスクワットみたいな体勢で自分を両の親指で差し、WELCOME! とか言い出したもんだから。私が何やってんだこいつって思ってる間に声までは届かなかった島風に挑発と判断されて連装砲ちゃんの一撃で沈められたんだが、その際に親指を立てて沈んで行ったため、以降は私も遠慮なく成敗している。若干心が痛まんでもないけれども、覚悟を無駄にする方が失礼だろうしね。覚悟が要る事柄なのかは知らんけど。
そんな事を続けていたら、ある時私のソナーに変な物体が浮いているとの感があった。なんだろうと耳を澄ませて観察すれば、それは大きなでこぼこしたボールのような物体のようで、海の上で回転しながら私達の方へと迫って来ている様子である。
今までに無い反応に少し慎重な気持ちになりつつ視界に捉えてみれば、そこにあったのは大量のPT小鬼同士がくっ付き合ってできた直径五メートル程の球体だった。何してんのキミ。流石に島風も困惑気味だよ? どうするのあれって感じにオウッ? って鳴いたよ?
私もちょっと対応に困っていると、それらは敵の駆逐艦を発見! 俺は攻撃を行う! 駄目だ! 駄目だ! 駄目だ! などと騒ぎ始めた。うん。まあ……攻撃していいってサインかな。たぶん。
それならば遠慮する事もあるまい。私は足に力を籠め、彼我の距離を0にして、思いっきり腕力を解き放った。
「ひでぶ!」「うわらば!」「あべし!」「ちにゃ!」「たわば!」「たらばがに!」
浸透勁を併用して全体に行き渡るようにしたら、PT小鬼群は一体一体バラバラに吹き飛び、思い思いの断末魔を叫びながらその頭を破裂させた。いや私の拳にそんな効果無いんですけど。もしかせんでもまた爆薬仕込んだな? つーか殴るの読まれてたっぽいなこれ。怖。
まあでも、小鬼が何をしたかったのかは理解できた。何故かと言えば簡単で、全滅した小鬼玉の中から別の物体が転がり出てきたからである。それはなんとなく丸っこいシルエットをした、腹の中に何かがみっちり詰まっていそうな深海棲艦……即ち、輸送ワ級と呼ばれる深海棲艦だった。それが五体、変色海域の上にぶちまけられたのだ。
どうやら小鬼達にぎちぎちに固められた上に回転しながら移動してきたせいか、そいつらは既に目を回してふらふらな様子だった。そうでなくても輸送艦、上位個体はそうでもないけど普通の奴は抵抗も儚いものである。なので私達は労せず中身を回収する事に成功したのだった。
一体分で荷物が満杯どころか溢れてしまいそうだったので、私達は残りのワ級四体を引き摺って帰投して中身を預けてしまう事にした。折しも昼時で、じゃあ中身を出してる間に昼食を済ませてしまおうかと外に出れば、どういう訳かすぐ近くの海で白と黒の配色なニンジャっぽい人と槍を持った人が格闘戦を繰り広げている。近くでは剣を装備した艦娘がそれを見つめ、大淀司令官も陸から二人を見守っていた。
風切り音を立てながら音速なんてとっくに超えてるであろう速度で振るわれる槍を、ニンジャは徒手空拳で捌いて行く。上に下に、横に縦に、点でも線でもなく面で制圧するかのような手数で攻め立てられているが、それがまともに当たる気配はない。最小限の動きで避けて逸らして隙を窺っているようだった。
リーチの差があるせいか白黒な服のニンジャ――川内さんは中々攻撃に移れない。いや、移させて貰えないのだろう。捌いているように見えて、もしかしたら槍を振るう艦娘――四国でご一緒した龍田さんに捌かされているのかもしれない。お互いに牽制し合ってるだけのような気がする。
どちらも本命の一撃を全く繰り出していない状況だけど、見学の大淀さんは理解を諦めたような表情をしていた。うん、見えないですよねあれ。おそらくどちらも元から達人級の腕前なのに、さらに艤装で強化された身体能力でそれを振るっているのだから、もう行われている殺陣は人外の領域になってしまっているのだ。間違いなく普通の相手なら既に細切れになっているのだろう。本命の一撃出してないのに。
先に変化を見せたのは、攻撃し続けている龍田さんだった。続ければほぼ体力を使っていないであろう川内さんより先に力尽きるのは明白だったからかな。突然緩急の付け方を変えると、川内さんが一瞬対応を逡巡した次の瞬間、短く叫んで今まで以上に鋭い突きを片手で繰り出したのだ。
弾丸すら超えそうな速さで突き出される槍の穂先。しかし、川内さんの右腕は容易くそれに追いついてみせた。
ぶん殴られる、龍田さんの槍の側面。一瞬の事だけど、私には理解できる。あれは浸透勁だ。私に教えられるのだから当然、川内さんも使える訳なんだが……あんな咄嗟に叩き込めるのか。いや、初めから狙ってたのかな? 武器を通して本体に打撃を加えられる瞬間を。
槍を伝い必殺の威力が浸透して行く。普通なら、それはほぼ決まり手だ。腕をやられるか、武器が指を離れて何処かにぶっ飛んで行ってしまうだろう。でも、龍田さんはなんというか、普通ではなかった。
川内さんの打撃と同時に、龍田さんは艤装の力で一歩分くらい前進し、自分の持った武器の柄に、空いたもう片方の手で打撃を加えていたのだ。それもたぶん、浸透勁かなんだかを。川内さんや私のそれとは流派が違いそうだけど、効果は殆ど同じだろう。槍の中央で二つの力がぶつかり合った。
それが爆発したのは、川内さんの手元だった。一瞬の拮抗の後、槍を持った龍田さんの手の一ひねりでそれは容易く傾いてしまったのだ。対消滅もせずに帰って来た、浸透勁二回分が合わさった威力を受けた川内さんは、勢い良く斜めに海中へと叩き込まれた。
あっと大淀さんが声を上げる。慌てた様子で何かを言おうとしたが、戦場を見つめたままの天龍さんに手で制されてそれをぐっと飲み込んだ。そりゃそうだ。だって終わってる気配がないもの。龍田さんは油断なく槍を構え直している。たぶん、手応えがイマイチだったものと思われる。
そこから暫く。今までとはうって変わって動きのない時間が続いた。動きが無さ過ぎて一緒に目撃した島風がちょっと心配気にオウッ……? と鳴いている。連装砲ちゃん達も心なしか困り顔で水面を覗いていた。かわいい。
四十秒は経ったか。焦れた大淀さんがまた声を発しようとした時、龍田さんの正面の水中から白と黒のモノトーンカラーが飛び出した。丁度龍田さんの目に太陽が入り込む様に、それは完璧に計算された角度で空へと舞い上がったのだ。
槍が振り抜かれる。空中のそれではなく、同時に龍田さんの真後ろに音も無く上がっていた、人間大の水柱に向けて。そしてそのまま、龍田さんはその動きを止めた。その首筋に手刀を突き付けられていたからである。
「忍法水遁の術……なんてね!」
龍田さんの背で笑いながら告げたのは、服の殆どを脱ぎ棄てて、半裸に脚部の艤装だけを付けた川内さんである。しっかり水面に足を付け、問題なく海上に立っている。それで浮けるもんなんだ……
何が起きたのか解説するなら、まず川内さんは水中で服と艤装の殆どを脱いで、それを水面から飛び出るようにぶん投げたのだろう。空蝉の術だ。最初に水中から出てきたのがそれだった。ただ、龍田さんはそれを見切っていたようで、大きな反応はしていなかった。
そして、川内さんはそうなるだろうと予想が付いたものだから、もう一個囮を用意する事にした訳だ。それが龍田さんの後ろに出現した水柱である。魔法的な忍術って存在しないらしいから、たぶん浸透勁の応用か何かでやったんだと思われる。チート能力さんができそうって言ってたから間違いない。
脱いだ服を艤装と一緒にぶん投げる→浸透勁で水柱を立てる、と海中で忙しく動いた川内さんは、水柱に一瞬遅れて水面から飛び出てきて、そのまま攻撃を行ったばかりの龍田さんに手刀を突き付けた訳だね。水の中でそんなに動けるなら足下攻撃した方が安全かつ確実だと思うんだけど、もしかしたら息が持たなかったのかもしれない。
ともかく、結果としては川内さんの勝利である。艦娘としてのアイデンティティとか全部ぶん投げてるけど、一応は。つーかニンジャ凄いな。水中対応なのか。
龍田さんが槍を川内さんの後ろに向けて突き出した。その先端に、投げ上げられた服達が絡み付く。くるくると手の先を回してそれらを巻き取ると、曲芸のように全部のパーツが龍田さんの手に収まった。凄い器用。
手渡された服をサンキュと言って受け取ると、川内さんは陸の方へと戻ってきた。私達に気が付くと大きく手を振って勝ったぞーと明るい笑みを見せてくる。いやそもそもなんで戦ってたのかすら分かんないんですけどもね。島風は素直におめでとーございまーすって祝福してたけれども。
そのまま川内さんはコンクリで固められた陸地に飛び乗ると、小走りに駆け寄って来た大淀司令官に叱られた。さもありなん。やった事はとんでもない危険行為である。妖精さんも艤装の中で絶賛大混乱中だし、服とかもびしょ濡れだもん。メンテ入れなきゃだからもう今日は改二の艤装では出撃できないんじゃないだろうか。
そんな微笑ましい……いや川内さんが実は未成年だって知ってる私にはともかく他の人にはあんまり微笑ましくないかもしれないが、ともかくその様子を見て、龍田さんはくすくすと小さな声を漏らした。大淀さんもそれに気付くと川内さんへの説教を中断し、龍田さんへと声を掛けた。
「今のような模擬戦で大丈夫でしたか?」
「はい~。お陰様で、無事許可が頂けました」
やったな! と天龍さんが後ろから龍田さんに抱き着いた。許可か、成程。改二の許可を得るためになんやかんやしてたっぽい? 負けてたけどあれでいいんだ……艦隊戦ですらなかったんだけど、大丈夫なんだろうか。
なんて、そんな私の疑問を読み取ったのか、陸に上がった龍田さんは軽い挨拶の後、私と島風にも詳しい説明をしてくれた。それによれば、やっぱり改二になるために模擬戦をしていたようで。
「私が龍田ちゃんから出された条件はねぇ、『敗北を知る事』よ」
成程。成程? なんか島風のとは真逆なのが出てきたな。風香は島風さんに『全力の吹雪と競って勝って来たらいいよ!』とかって言われたらしいんだけど、龍田さんのはなんだか方向性が違いそうだ。
私の知る限りでは龍田さんは二期生のエース……それも一期生の金剛型や北上さん等に迫る勢いのスーパーエースの一人であると言われている。なので艦娘として負けた事がないっていうのは理解できる。実際あれだけの斬撃や刺突を連打されたら並の深海棲艦じゃどうしようもない。細切れである。
ただ、龍田さんの場合、それは艦娘としての話に留まらなかったようで。
「私はね~。今まである程度近い実力の相手と競って、負けた事って無かったのよ~」
川内さんは例の少女が言ってた通りなら、格闘能力は世界でも指折りの実力者である。それと正面からやり合って、リーチの差とかがあるとはいえある程度有利に立ち回れる辺り龍田さんも尋常な実力じゃあないのだ。むしろかなりヤバい。たぶんさっきのは人類近接格闘頂上決戦かなんかである。チート転生者除くが……まあ、どう考えても天才VS天才だった訳だ。そして龍田さんが負けた事がないのは格闘戦だけではなく、勉強やスポーツ、会社や株式の運用能力なんかでもそうだったらしいのである。
勿論、圧倒的に経験で勝る相手に負けた事がない訳ではないのだそうだけども、そういう強大過ぎる壁に跳ね返されたとして、それは競い合いや敗北にカウントできるのか。なんかそういう話だったらしい。年が近くて格闘戦が異常に強い川内さんは丁度良い相手だったみたいね。
「これが悔しい、という事なのかしら……うん。きっとそうね。次は負けたくないかなぁ~」
ニッコリ笑って、龍田さんは川内さんを横目で眺めた。見られた側は腕組みしてふふんと笑った。煽りよる。
「それでね。この感覚と対比したいから~、吹雪ちゃん、ちょっと相手してくれると助かるなぁ」
「今、工廠で艤装から荷物を取り出してもらってますので……お昼の後でなら」
つまり、壁に跳ね返されるのと同格に負け越すのとで感情的にどう違うものなのか実感したいという事らしい。私は別に構わない。なんかナチュラルに壁扱いされてるが、膂力とか明らかに人間のそれじゃないし仕方ないね。大淀さんに確認すると軽くであればOKとのお返事を頂けた。
「じゃあたまには俺とも戦ろうぜ!」
「お、じゃあ私ともやろう!」
そしたらなんか、3VS1になった。
水平に高速移動する未確認飛行人体を三つ製造してから、私と島風は午後の任務に出た。内容は特に変わらず、偵察と殲滅である。
順調に航海は進み、狭い青い海を抜けそろそろ変色海域に入ろうかという頃、割と穏やかで低めの波の上に二人の艦娘が立っているのが見えた。それは大井さんと深雪で、なにやらボロボロになった深雪を大井さんが曳航中のご様子である。変色海域を抜けてまともに繋がるようになった通信機で鎮守府と連絡を取っているようで、漏れ聞こえている声は大淀さんの物だ。
「やった?」
「今日はまだ大破だから!」
だからじゃないんだよなぁ。通信中の大井さんに会釈しつつ深雪に声を掛けたら、深雪は元気な様子で返事をくれた。それはいいけど状態は全く良くない。大破なら怪我は無いだろうけどさ。
「轟沈よりマシ程度じゃ明石さん達泣くよ」
「そこはマジでスマンと思ってる」
深雪の被弾率は高い。駆逐艦でそれなもんだから中破大破は多く、轟沈回数に至っては次点に対してダブルスコア付けて単独首位の超成績を誇っている。誇るな。それでいて怪我は殆どせず、一番ひどかったのでたんこぶ程度らしいんだよね。ちなみに付けたのは私。ごめんね。
かと言って弱いかというとそんな事は全く無く、むしろ砲撃の精度は全艦娘中でもピカ一で、砲戦が始まった直後限定で言うなら宮里艦隊でもトップクラスの成績を叩き出すんだとか。おかげで初動で敵戦力の損耗を加速させられるもんだから味方の被害も結果的に減るし、小規模な敵艦隊と連戦する羽目になってる現在では特性が生きまくるため、直近では戦果がヤベー奴の一角に挙げられている。被弾率大破率轟沈率もヤベーので総計してただのヤベー奴である。また吹雪型かって言われるの絶対私だけのせいじゃないと思う。
「改二になれれば変わんのかなー。もうちょっと耐久力欲しいんだけど」
「速くなって避けた方がいいよ!」
「まあ駆逐艦だしな。装甲より回避能力どうにかした方が建設的だと思うぞ」
島風と猫吊るしは耐えるより避けろ派らしい。確かに長門さんの改二みたいなのならともかく、駆逐艦の改二にああいうのを期待するのは酷だろう。言ってる島風は耐久力……というか超特殊な防御能力手に入れちゃってある程度受けられるようになってるけど、例外だし。
深雪は砲撃は得意だけれど、撃っている最中はそれ以外がおざなりになる。これはもう配属当初からの癖で、教官長達も改善を試みているのだけれど、治り切ってはいないようだ。
いや、正確に言うと能力の向上はしてる。してるんだけど、他の部分の伸びに対して今一つで、ついつい分かり易く上がっている命中精度や攻撃力で敵を倒す方に傾倒しがちなんだとか。たぶん性格の問題が大きいんだと思われる。実際、冷静に自分の力を全部出せれば普通に回避もできてたし。演習の時とかそうだった。
「深雪は改二はなれそうなの?」
「それがさー。体は調子いいのに深雪の奴はまだ駄目って言うんだよな」
深雪は両手を眼前に構え、シャドーボクシングをして見せた。その拳の鋭さは一女子中学生が出していいそれではない。めっちゃ影響出てる……最近は長良さんも100m10秒切れるようになってきたからなあ。治ると聞いてはいるけど、目の当たりにするとちょっと心配になるわ。
「大井さんが今朝しゅーごーむいしきから許可貰ったって言うじゃん? 理由が酷くてさー。あれで行けるならあたしも……」
「分かりましたすぐ帰ります!!!!!」
深雪の声を遮って、大淀さんとやりとりしていた大井さんが大声を張り上げた。私の耳には通信が聞こえていたが、どうやら大井さんに上層部から改二改装の許可が下りたようなのだ。午前中は判断待ちのまま出撃してたから、楽しみで仕方がなかったものと思われる。
大井さんはさっさと戻るわよ!! と深雪を曳いて急発進。深雪は海の上を引き摺られ、慌ててバランスを取りながらもこっちにしっかり手を振って、二人揃って陸の方へと消えて行った。索敵とか心配だけど……まあ私達が通ってきた後だから大丈夫だろう。今敵影無いし。
午後の任務を終えて鎮守府に戻ると、埠頭で大井さんが真新しい制服を着て膝を抱えて黄昏ていた。
見れば大井さんの新しい制服はしっかりとへそが出てはいるものの、色は今までと変わらない黄緑色をしている。クリーム色くらいの薄さになった北上さんとはどうやら色違いになってしまったようだ。かわいそうに。
後で聞いた話では、艤装の性能も全然違って、そもそも雷巡にならずに軽巡のまま上位互換になったんだそうな。運用を変えずに済むので司令部側は大歓迎だったらしい。本人はうん。かわいそうに。
大井さんの状態を察してそっとしておくことに決め、私と島風はお風呂入って夕飯にするべと艤装を置きに格納庫……というか艤装置き場へと向かった。今日も今日とて工廠は大盛況のご様子で、カーンカーンカーンと不吉な音が鳴り響いている。
猫吊るしを届けようと忙しくしている明石さん達の方へと足を向けると、ふと、曙が工廠の奥の扉を睨みつけているのが目に入った。横には大淀司令官と初春が控えている。何をしてるんだろうと思っていたら、丁度そこへ工作艦の朝日さんが鍵を届けにやって来た。お礼を言いつつそれを受け取る大淀司令、そのためにこちらへ振り返って、ばっちりと私と目が合ってしまった。
「丁度良かった。吹雪さん、少し良いですか?」
「アッハイ」
私に関係ある話なの? と思ったがどうもそういう訳ではなく、何やら提督適性のある女性に立ち会って貰いたかったらしい。宮里提督が居たらそちらに頼んだのだろうけど、まだ帰っていないようだ。
何かありましたかと近づいて行けば、それに答えたのは曙だった。どことなく緊張した様子の硬い調子で、ゆっくり噛み締めるような声だった。
「改二に再挑戦するわ。見ていて」
曙はかつて改二になるために艦娘の魂の一部を分け与えられて、体がそれを受け入れられずに失敗した事がある。その現場に私は居なかったのだけど、後々まで心身の不調が続いたのはまだまだ記憶に新しい。
確かその時は曙の魂から艦娘の魂を摘出して、それを艤装の中に封印してどうにかしたって話だったと思うけど……それを再び取り込もうって話だろうか。だから初春が付いてるのか。また失敗したとしても取り出せるもんね。私に声が掛かったのは提督だからっていうのと、霊力魔力的にクソ強いって大淀さんも知っているからかな。
島風を待たせているがまあ、そんなに長くは掛からないだろうし大丈夫だろう。私が了承の旨を伝えると、大淀さんは早速鍵を開いて無骨な扉をスライドさせた。入り口から電灯を付けると、そこには私達の予備を含めた様々な艤装と思われるものがシートに包まれた状態で並んでいる。立ち入るのは初めてなのだけれど、妖精さん達がうろちょろしながら用途不明な工具を振り回している工廠に比べて物珍しい物はそんなに無い。いや施錠された倉庫だから妖精さんとかが居たら困るんだけどね。閉じ込められてるもんそれ。
開けたのは大淀さんだけど、私達を先導したのは曙だった。ちゃんと置いてある位置を把握していたのだろう、一番奥まで歩いて行くと慎重な手つきでそこにあった艤装の覆いをはぎ取っていく。シートの下から現れたのは、何か紙垂のようなものとお札のようなもので封印が施された、かつての曙の艤装だった。
一見すればそれは何か変な飾りつけのされた妙な機械の類である。でも、私の第六感だか七感だかはそこに尋常ならざる何かが封じられていると告げていた。印象としては台風の日に出会った初春さんが近いだろうか。それよりかなり微弱な気配ではあったけれど、普通の人間などよりは遥かに強い存在が中に居るのだとはっきり理解できた。
「待たせたわね」
曙が艤装の淵をなぞる。一瞬、中の気配が濃くなった。曙もそれを感じ取ったようで、ごくりと息と唾液を一緒くたに飲み込んだ。
やって頂戴と曙が場所を譲り、少し後ろに下がっていく。頷いて霊力を整えながら前に出る初春。大淀さんは静観の構えだ……というか、監督はしなきゃいけないけど状況がオカルトすぎてやれる事がないのだろう。私も見守る以外できる事は無い。一応不測の事態のために構えてはいるけれど、霊魂の話に詳しくないからなあ。
初春は艤装の前まで来ると、目に見える程のオーラを自分の体に纏いながら何やら祝詞を上げ始めた。大淀さんはぎょっとしている。声は大きいものではなかったが、だんだんとその音圧のようなものを増して行き、どういう訳かそれに合わせてお札が端の方から焦げるように黒ずみその形を失っていく。辺りに強風が巻き起こった。
千切れ、塵に還っていく封印の札。それに合わせるように紙垂が踊り、周囲の艤装に掛けられたシートも煽られ激しくはためいている。でも一番凄い事になってるのはすぐ近くに居る初春の髪の毛だ。外圧と自分の霊力の滾りが合わさって天井にまで届きそうな勢いでうねっている。
そんな事を気にしていたら初春の祝詞は唐突に止み、それと同時に貼られていたお札も燃え尽きた。瞬間、倉庫内を暴れ回っていた強い風もピタリと止んで、辺りは静寂に包まれた。どういう訳か後ろからしているはずの工廠の音も聞こえない。何か特殊な空間にでも放り込まれたかのようだ。いや実際、結界のようなものの中に居るのかもしれない。どういう訳か周囲から集合無意識の艦娘の所に居るかのような気配を感じるのだ。
とはいえ、敵意なんかがありそうな雰囲気ではない。警戒の必要は薄いだろう。初春もそう感じたのか、艤装に一礼してからこちらの方まで下がって来た。代わって曙が睨むような表情で前に出る。いや睨んでるんじゃなくて、不安交じりで険しい顔になってるだけなんだろうけども。
曙が艤装に手を伸ばす。でも、特に何も起きない。眉間の皺を深くする曙。出て来なさいよと低めな声を出すが、曙さんは応えなかった。
おもむろに、曙は艤装に手を突っ込んだ。気配は中にあるのでともかく引っ張り出そうとしたのだろう。でもその手は何も掴めなかったようで、曙はさらに眉の角度を深くした。
今度は勢いよく腕を突き入れて、曙は激しく中を手で探りだす。これにはたまらず、艤装の後ろから慌てた様子で飛び出てくるものがあった。それは光り輝く球体のようなもので、現れた瞬間からもう耐性のない人であれば不調を訴えかねない程の霊的な圧力を放っている。
つまりあれが曙さんの魂の一片、曙がその身に――っていうか、私の魂の中に吹雪さんがいた事から考えてその魂に――宿す事が許された集合無意識の一部なのだろう。前提として曙は体が耐えられなかっただけで艦娘から認められてはいるのだ。曙さんにはあんたにはもう渡したでしょって言われたらしいから、あれが最も曙に、もしくは曙が適合する部分なのだと思われる。
それが何故か、曙の手から逃れ、ふよふよと宙を漂っている。曙はさっさと来なさいよくらいの表情になっていて、どうやら相手の態度のせいで不安はどっかに吹き飛んで行ったようだった。受け入れるからこっちに来い、と手を差し伸べる事で示して見せた。
光る球体が宙を滑るように曙の方へと飛んでいく。そしてその指先にまで到達すると、それをするりと回避して、二の腕辺りに激突した。痛っと曙が呻る。そのまま玉は脇腹の辺りにも体当たりを仕掛け、そこから背中、ふくらはぎ、太もも、肩、後頭部とつぎつぎにぶつかっていく。どうやら触れるたびに痛みが走るらしく、曙は何すんのよと怒っていた。
うーん。なんか思った以上に自我があるっぽいんだけど、あれって曙さんなんだよね? そうだとしたら、たぶん嫌がらせとかそういうのじゃなくて、こう……なんだ、素直の対極にある艦娘特有の反応をしているっぽい? 悪意が一切ないと考えるならきっと、そういう事じゃなかろうか。
「もしかして、曙の体が自分に耐えられるか確かめてるんじゃない?」
優しく触れるのなんか気恥ずかしいし一度苦しめてるのもあって素直に向かい合えないみたいな状態なんじゃないかなぁそれ。
「心配してるだけっぽい気がする」
そう言ってみたら、捕まえようと腕を振り回していた曙と、それから逃げ回っていた曙さんの動きがぴたりと止まった。そして、さっきまでの数倍くらいの速度で飛来した曙さん玉が、私の鳩尾に突き刺さった。図星か。
曙さんは何言ってんのこのクソ提督は!? って感じで私に何度か攻撃してきたが、残念ながらダメージはない。あっ、大淀さんがなんか優しい目をしている。照れ隠しだと理解したっぽい。こないだから思ってたけど結構適応力の高い人だなあ。
効いてないと理解して、曙さんはもう好きに言ってればいいわよと言わんばかりに艤装の方へと戻って行った。そして曙と向き合うと、十秒くらい見つめ合う。いや目はないけれどもそんな感じだったのだ。
「大丈夫よ。あの時とは違うわ」
曙は確信を篭めて、絶対大丈夫だと曙さんに伝えた。あれから数か月、色々と乗り越えたらしい曙は、心も体も以前とは比べ物にならないくらい強くなっているのだ。
言葉を受け取った曙さんは、そのままたっぷり二十秒くらいは宙にそのまま浮いていて、急に、曙の胸へと飛び込んで行った。予期していたのか、曙はそれをしっかり包み込むように、ぎゅっと受け止めたのだった。
事が済み、みんなで落ち着いてから倉庫を出ると、待たされて暇だったっぽい島風が帰って来たところらしい文月と一緒に私の事を探していた。何も言わなかった私の落ち度である。一言言っとけばよかったわ。
私達に気が付いたのは文月の方で、愛らしいを飛び越えた先にある声で島風を呼びながらこちらの方へと小走りに駆けて来た。ついで島風が連装砲ちゃん達を頭と両肩に乗っけて跳んでくる。どうしてそうなった。
「何かあったのぉ?」
文月は私達が出てきた場所が場所だったためか分かり易い疑問顔を浮かべていた。もしかしてかつての経験で身に着けた特技とかだったりするんだろうか。演技というか演劇っぽいというか、さほど不自然ではないんだけれども。
「改二の封印を解いて来たのよ」
端的に曙は説明した。基本的に皆事情を知っているのでそれだけで事足りるのだ。文月も島風もおめでとうと祝いの言葉をかけ、連装砲ちゃん達もミューキューキャーと嬉しそうに鳴いた。かわいい。
そうしていると、一瞬だけ、文月が思案に暮れた顔をした。本当に短い時間だったけれど、私のチート動体視力は見逃さない。はて何かあったのだろうかと思っていると、文月はつつつと大淀司令官に擦り寄って、小さなしかし透き通るようなはっきりとした声でその耳に囁いた。
「あたしも、改二の許可出ました」
目を瞬かせたのは大淀さんである。そりゃそうだよね。今日五人目だもん。って思ったら大淀さんは今日七人目ですよ……!? と呟いた。なんでも天龍さんと時雨も出てたらしい。ええ……
翌日。作戦の日まであと三日。私は朝一で工廠に呼び出されていた。
というのも、文月が改二改装の担当提督に自分自身ではなく私を指定してきたから、である。本人に聞いてみたら理由はごく単純、チケットの使い方がよく分からなかったからである。猫吊るしの方が分かるんだけど……なんかセットで考えられてる節がある。
「使っちゃっていいの?」
「うん。だってよく考えたら、まず生き残らなきゃだよ。死んじゃったら元も子もないもんねぇ」
文月はチケットの使用前提で認められたと大嘘を吐き、昨晩遅くに大淀さんから説明を受けたらしい。改二のデメリットに関しては面食らったみたいだけど、それで三十億ドルの正体には得心が行ったようだった。
「でもまさか寿命超越チケットだったとは思わなかったよぉ……」
「参加賞だったもんな」
「ほっといてもなれるかもしれないとはいえねえ」
最前線でしっかり戦って成果も挙げてる文月であるので使うまでもなく認められていた可能性は大いにある。でも、明らかに激闘が待ち受けている作戦の前に自身の戦力を強化しておきたいって生存意欲が、そこそこに強い金銭欲を上回ったらしい。
使い方は超簡単なので、自分の時と同じように文月を指定して猫吊るしにチケットを渡す。するといつも通りに叫んだ猫吊るしが私の上に飛び乗った。私の方に乗るのか……いいけどさ。
文月の改二改装は滞りなく執り行われた。何せ昨日から今日にかけてで七人目なのだ、工廠の方も慣れようってもんである。
そうして出来上がった文月改二は、なんていうか、大きかった。そして、改二としては前代未聞……ある意味では、島風すら超える超問題児だった。文月は前世の世界で、マスターなアイドルとして一世を風靡した一人である。おそらくはその性質が大いに出てしまったのだと思うのだけれど……
艦隊のアイドル、と言って思い浮かぶのは何であろうか? それは艦これのユーザーならば那珂ちゃんや桃だろう。でも、擬人化コンテンツを知らない人達なら、また違う回答が返って来るんじゃないだろうか。
「給糧艦ですねこれ」
中をじっくり検めて、猫吊るしが出した結論がそれである。高速給糧艦文月。それが私の横で唖然としている文月の改二だったのだ。
「ええと、それは……戦闘能力の方は……」
艤装を付けて妖精さんを認識できている大淀さんが猫吊るしに質問した。嫌な予感に眼鏡を曇らせている。どうやってるんだろう。
「ないですね」
ええ!? と叫んだのは文月だ。輸送艦と銘打たれた私の艤装でも据え置き程度の戦闘力はあったのに、なんとこの改二はそれをさらに下回っているのである。そりゃあ叫びたくもなる。
「かなり言い辛いんだが……まともな武装無いぞこれ。給糧艦としてはかなり高性能なんだが」
「あっ、装備! 一緒に出来る装備は!?」
必死な様子の文月に、猫吊るしは艤装から取り出した何かを差し出した。それは棒状の金属製の物体で、先の方が網状の球体になっていて、後ろの方がコードで艤装の中と繋がっている。
「…………ねえこれ、マイクに見えるんだけど」
「うん。まあ…………拡声器だからな……」
それはどこからどう見てもマイクだった。それもカラオケとかライブとかでよく見る、歌唱用の奴。
文月は最早無表情になり、それを猫吊るしから受け取った。じいっと手の中のマイクを見つめる文月。長い沈黙。大淀さんもどう声をかけた物か困り果てている。暫くして、文月はゆっくりとゆっくりと大きく息を吸い込み始めた。
『おはようございまあああああああああああああああすっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!』
超大音声で鎮守府中に響き渡る、超美麗なヤケクソの総員起こしだった。
なおチケットを使わなくても特に改二の中身は変わらない模様。