収入が無くなって困っている。なんて人間は割とありふれていた。
まあ何しろ謎の侵略者みたいなのが海から次々やって来ては建物を崩したり道を破壊したり人を殺したりして行くご時世である。海に面した地域に住んでいた人間が生活をそのまま維持なんてできるはずもなかったし、島国な日本な訳なのでその数がまた多いものだからどうしようもない。仕事に関しては些細なものでも募集人数より応募人数の方が多いのが常となっていた。
そんな中にあっては、その作家はまだ恵まれた方と言える。自分が被災したわけではなく、仕事を任せてくれていた出版社の方が物理的に消滅しただけだったからだ。本人は怪我の一つもなく、持っていた財産を失うような事にもなっていなかったのだ。
とは言えだ。そもそも欲しい物の多い趣味をしている上にやれ取材だイベントだと散財する機会が多く、元々の貯えが多い訳でなかったところに不意打ちで収入が無くなれば、それなりにヤバいなぁという気持ちにはなってくる。
雑誌に掲載された自分の原稿は、ネット上での評判を見る限り刺さる人達からはそれなりに高評価を受けていて、担当さん――災厄が始まったあの日以降連絡が取れない――からも問題起こさにゃ続けて行けると太鼓判を押されていた程度には出来が良かった。なのでそんな予想外な方法で命脈を断たれるとは想像だにしてなかった訳で。
食費はまあ、そこまで食べる方でもないため何とかなったが、とにもかくにも家賃が不味い。大して高い所に住んでる訳でもないのだが、こうなると状況が落ち着くまで実家に居させてもらった方が誰にとっても安心じゃなかろうか。振るわない就職活動の成果を眺めつつそんな事を思っていた所に。それは来た。
最初にその概要を知った時、彼女は自分はいつからフィクションの世界の自分と入れ替わったんだろうと薄ぼんやりと考えた。それくらい、その現実は創作染みていた。
適性を持った女性だけが動かせる、物理的な攻撃を無効化する謎の異形への、有効な兵器。そんなものが現実に開発され、しかも一般市民から適性者を探して強制的に召し上げるなどと政府が言い出したのである。
正直に言えば、それなんてエロゲ? って感想しか浮かばなかった。
尤も、それで自分が登場人物の一人になる可能性なんてのは全く考えなかったし、旅行程度の外出はしてもまともな運動なんかをやって来た訳でもないのに条件に引っ掛かってしまうとも到底思えない。だから検査には軽い気持ちで行ったし、実際、採血も面接も流れるように終了した。
やっぱこんなもんだろうとちょっとだけあった緊張も肩から降ろし、適性検査レポ漫画なんかを産み出して数日経ったある日。滅多に押されないチャイムが鳴って、普通のスーツっぽい姿の人から色々書類を渡されて、その漫画家は秋雲になったのだった。
収入にだけは困らんなーと現実逃避しつつ、アパートを解約し家財一切を実家に送り付け、持てるだけの荷物と共に車に揺られ訓練所の寮なる場所に入居すれば、なんか知らんが同居人が美少女だった。
聞けばまだ中学生の少女であり、一緒に受かった友人と共にこんなところまで来てしまったのだという。それにしても顔が良い。体もしなやかそうでありながらいい具合に引き締まり、一見してスポーツをしていると理解できる。色々と自分と差があり過ぎて、秋雲はかなり不安を覚えてしまった。
ちょっと自分への不信感が芽生えた翌日、起きるのも支度も速かった凄い格好になったその子を追って朝食へ赴けば、なんか知らんが全体的に顔面偏差値が高かった。いや、普通レベルもたくさん居る。でも、普通じゃないレベルもたくさん居たのである。
やっぱエロゲじゃね? と辺りの様子を窺っていると、なかなか主の来ない席を見て教官が厳しい顔をしているのが見えた。まさか一日目にして既に問題児みたいなのでも居るのだろうかと一通り訓練生が揃うのを待てば、最後に入って来たその女の子は、やはりというか、美少女だった。
一見して酷く目を惹く訳ではない。むしろ、その造形美に反して印象は驚くほど薄い。ただ一度注目して捉えてしまえば、明らかに整ったそれが神工鬼斧たる造形をしている事は芸術方面に才ある秋雲にはよく分かった。そうでなければ両立し得ない素朴さと秀麗さだったのだ。
秋雲は何かしらの物語的なものに巻き込まれているのではないかと疑ったが、その妄想はすぐさま頭から打ち消した。流石に現実にそんな事がある訳はない、という常識は持ち合わせていたからだ。なお現実にはほぼその通りなのであるが、それを知る由はなかった。
訓練が始まると顔の良い連中はすぐに頭角を現した。突き抜けているのは三人程だが、全体で見ても明らかに適性が高い者が多く、もう生まれからしてモノが違うのであろうと『普通』な秋雲は思っていた。
秋雲は集合無意識への接続こそ最も早かったがそれ以外は平々凡々、良くもなければ悪くもない。普通でなかったのなんて、精々訓練所の様子を漫画として書き留めておく情熱くらいのものである。この頃は自分が最前線で最大戦功を挙げ続ける最強の艦隊に配属され、その中でも一部の異常な連中を除いた最高クラスに分類されるなどとは夢にも思っていなかった。
秋雲にとっての風向きが変わって来たのは、やはり吹雪との交流が始まってからだろう。派手ではなくとも目を見張るような美少女であるその娘がオタク趣味を持っているなどと最初は信じられなかったのだが、一度ちゃんと話をしてみればその印象はガラリと変わった。良くも悪くも吹雪は普通のオタクだったのである。
吹雪はある意味、もの凄くバランスの悪い少女だった。口で表現するのは難しかったが、まるで人格形成に自分の容姿の良し悪しが反映されていないかのようだったのである。自分の顔や体が美しい事に自覚はあるが、自分が美しいとは思っていないように秋雲には感じられたのだ。
オタクでありアウトプットのためのインプットも欠かさなかった秋雲には、そういった手合いについて心当たりがあった。本来創作上の存在であり、現実には存在しないはずのそれ。
即ち転生者である。それも仕草や好み、圧倒的が過ぎる実力などから類推するに、チート持ちのTS転生者であろう。
とはいえ、訓練所時代はそんな馬鹿げた妄想は笑い話に変えてしまっていた。そんなローとはいえファンタジー染みた事が現実にある訳ないと秋雲は判断したのだ。そうなると残るのは漫画の描ける自分を先生と慕う超絶美少女である。それはそれでとてつもないファンタジーであるのだが、現実に目の前に居るのだからそれは実在の物だった。
こんな夢みたいなことがあるのか、と秋雲は自分の感覚を疑った。だが何度確認しても、目の前に居るのは自分の作品を楽し気な雰囲気で堪能している、非実在と言われた方が納得のいく美少女である。それが敬遠されがちな漫画書きという趣味を肯定して、良い部分を褒めてくれたりもするのだ。自分の承認欲求が満たされる音を秋雲は初めて聞いた。
そうしてドハマりとまではならないよう自制しながらも交流を続けているうち、秋雲はだんだんと強くなって行った。案外才能があったのだろうかなどと思いつつ訓練所を卒業し、嬉しい事に、そのまま吹雪や敬愛する姉貴分と同じ鎮守府に配属されたのだった。
宮里艦隊員として働き始めてから、吹雪はその特異性をどんどん発揮して行った。ともすれば人外のような扱いをされそうなほどにその能力差は隔絶していたが、秋雲的には訓練所とあんまり変わった印象は持てなかった。
ただ、召集以前から世界記録を突破するほどの意味不明な実力者であった事が判明したため、フィクション世界の住人説は秋雲の中で濃くなっていった。明らかに存在が普通に比べて大きすぎるため、不自然でないように思えてきたのである。
そんな中、何故か秋雲は適性検査を再度行われた。結果は教えてもらえなかったが、同時に受けた面子や流れている噂、自分自身の状態などから察せる事は多く、適性値が上がっているのだろうという事はなんとなく理解できた。
その原因が何かと問われれば、まず間違いなく吹雪であろうことも秋雲は理解していた。明らかに、自分は仲が良いから宮里艦隊に回されたのだろう。周囲の認識とすり合わせてもそれは間違いが無さそうだった。
そうして吹雪の能力……体質と言っていいだろうそれをほぼ理解した時、秋雲は、さらに吹雪への好感度を上げた。下がる事は無かった。色々と厄の詰まった存在である事は分かったが、ある一点が秋雲にとって非常に重要だったのだ。
その一点とは、秋雲が吹雪から好意を抱かれていて、その好意が、自身の描いた漫画を起点とするものだったという点である。
前提として、艦娘は非常に数が少なく、必要数に対して足りているとは到底言えない人数しか存在していない。そうなると、秋雲がさほど強くなかったとしても、戦えなくなるまで残りの生涯を捧げさせられる事は想像に難くない。そしてその戦いにおいて、秋雲が人生を通して培ってきた漫画家としての腕は、本来一切役に立たないものなのである。
完全に結果論的なものであるが、そうなると秋雲は日ごろから運動でもして身体能力の向上に務める事こそが正解で、夜を徹して原稿を仕上げるなどという行為は、秋雲自身のためにも公益的にも無駄でしかなかった事になる。例えば原作知識持ちのオリ主様なんてのが居た場合、強化プランと称して全体の効率化を計ろうとしたら、真っ先に是正されてしまっていただろう。
それは秋雲にとって己のそれまでの歩みが無駄であったと宣告されているに等しい。秋雲は描きたいから描いている人間であり、描かずにはいられない人間でもある。漫画を書く事が人生の根幹に関わっている人間なのである。それが無意味と言われるのは、ほぼ人格を否定されるのと同じだった。
それが、どうだろう。吹雪と接して仲良くなれば強くなれるとして、そのきっかけが、仲を深めるための重要な要素が、自分の積み上げてきたものであるとしたら、どうだろう。これまでの秋雲の人生は、この先艦娘として生き続ける事になったとしても大きな意味を持つようになるのである。
趣味も嗜好も生き方も肯定してくれる奴を、根が一般的なオタクでしかない秋雲は嫌えなかった。そこに最強美少女という付加価値まで付けば猶更だ。嫉妬とかそういうのはないでもないが、そんな物は些事だと言い切れた。
まあそれはそれとして自分の生きてる世界が実は完全にファンタジー世界だったと分かってきてやっぱこの子TS転生者じゃないかなあという疑いは増していたのだが、吹雪は二次専だったので事無きを得た。
この世界で適性値が増すという事は、ほぼイコールして体に対する影響も大きくなってくるという事である。秋雲もその例に漏れず、出せる膂力がおかしな事になっていた。
そもそも出撃に次ぐ出撃と体の疲労をポンと取ってくれる不思議なお食事のおかげで体付き自体がだいぶ変わっているのだが、それを差し引いても秋雲の筋肉は既に一般的な人間を超えている。試しに海面を殴ってみればパワーゲイザーが発動してしまい、冗談抜きに隔離が必要なのだと妙な納得をしてしまったほどだ。
幸いな事に握力などが増してもそれを制御するのに問題が出る事はなく、ペンタブを握り日記漫画を記すのに支障なんかは現れなかった。だが仕様上、集合無意識の艦娘から受けてしまう影響が増せば当然のように近づいてくるものもある。そう、改二である。
それを告げられた時、最初に秋雲が相談したのは頼れる姉である夕雲だった。アドバイスをするというよりは心の整理をするために話を聞いてくれたというのが近かったが、秋雲的にはそれで良かった。夕雲も察していた事だが、腹は最初からほとんど決まっていたからだ。
この秋雲、深海棲艦には並々ならぬとまでは行かないまでも普通くらいには恨みがある。そのため滅せるのなら滅してしまいたいというのが本音であった。それもあり、少しくらいのデメリットなら飲み干してしまおうという覚悟は既に出来ていたのである。
問題だったのは集合無意識の秋雲の伝え方である。彼女は言ったのだ。
「二度と漫画が連載できなくなってもいい、それ程の決意と覚悟ができたらまた来てって」
向かいで話を聞いていた文月が顔を背けて可愛らしい笑いを漏らし、川内は何やら納得した風になり、その横で吹雪が少し表情を歪ませた。背後には『草』と書いてある。ような雰囲気になっている。何故ここまで感情が分かり易いのに顔にはあまり出ないのだろう。秋雲は不思議に思った。最初はこれほど表出している訳ではなかったため、気を許した相手に囲まれているが故の発露かもしれなかったが、その辺りの詳細は不明である。
朝方、到着したばかりの楠木提督の事を眺めつつ何やら話していた三人に、秋雲は相談を持ちかけた。その三人が三人とも改二に到達しており、何か参考になる事を誰かしらが漏らさないだろうかと期待したからだ。主に戦闘能力以外は非常に隙の多い特型の長女辺りが。
「ええと、秋雲先生的にはどうなんですか? 連載」
「そりゃあねえ~。できるもんなら再開したいわけですよ」
ですよねぇ……と吹雪は呟いた。少しだけしょんぼりしているように見える。強制終了を喰らった秋雲の心境を想って少々気分が落ち込んだのかもしれない。秋雲は実の所、そこに関してはそれほど気に病んではいないのだが。
「ただねぇ、ほら、こないだ特定されちゃったわけでね」
「追加されてたねぇ。まとめwikiとかに」
「あんなマスクとサングラスじゃバレバレだよ。やっぱ特殊メイクくらいしとかないとさ!」
秋雲は先日録られた動画からその素性を特定された。おそらくは同業者か友人辺りに気付かれたものと思われるが詳細は分からない。ただ、どこぞに晒された個人情報や作品情報に関しては間違いがなく、今後社会復帰するとなった場合に悪影響は避けられないと誰もが確信していた。よりによって
「ちょ~っとあれは不味かったね~。表紙に何書いてあってもさ。未成年にしか見えない絵柄だし」
「え、あれって別にエロ本とかじゃないでしょ? 滅茶苦茶痛そうではあったけどさ」
「川内さんや、忍者感覚では普通かも分からんけれども、一般的にショタが苦しみ抜いてるのはアウト寄りのアウトよ?」
秋雲は二次限定でショタコンである。しかも、明らかに未成年である彼らが肉体的・精神的苦痛に悶える様を読むのも描くのも大好物としている。ちなみに最後には逆転するまでがワンセットだ。見ようによっては王道の少年漫画に見えなくもない。ちょっと中身の9/10くらいのコマが凄い表情になっているだけで。
「雑誌連載してたのは普通の一般向け…………だったからセーフという事になりませんかね?」
「溜めたなコヤツ……っていうか読んだの? 単行本もまだだったのに」
「取り寄せました」
面白かったです。などと言いつつ吹雪は背景を輝かせた。嘘は全く無さそうだ。たぶん性癖的にはまったく刺さっていないはずなので、純粋に漫画として評価されたものと考えられる。全年齢で普通に雑誌で連載されたそれが、ある少年が追い詰められて闘志を胸に立ち上がる、完全に王道を往くロボット漫画だったからだろう。
それにしても、これは丁度いい、実に丁度いい。秋雲にとっては、本当に丁度いい状況だった。ちゃんとそれを読んだ人間の生の声が、秋雲はずっと聞きたかったのだ。
「続き読みたい?」
「えっと……できれば」
ああ、と秋雲は嘆息した。それだ。その反応の全てが何よりの答えなのだ。そう言われてしまえば秋雲は漫画家として、自分の信念――とまで言えるかは分からないけれど、それに従って、その道から逸れようなんて気が一切無くなってしまった。最初から無いといえばそうなのだけど、ファンからそう言われちゃあもう仕方がないだろう。
「はー、デメリットの事とかも聞きたかったんだけどねぇ……必要無くなっちゃった」
「お、決まった感じ?」
「まーねー。私も続き描きたいからさあ」
尤も、法律的に書けない可能性もあるのだが、その辺りの事は秋雲は詳しくない。出版社が物理的に消滅した場合の版権がどうなるのとか全く分からなかった。それにそれ以前の問題として、改二になろうがなるまいが解放されるわけではないのではあるが。
「と~りあえず、秋雲さんに伝えてくるかぁー」
また後でねーと三人に手を振って秋雲は工廠へと向かって行った。後に残された吹雪は、頭上にずっといた猫吊るしに今のどっちに決めたのか分かったかと質問していた。なお普通に分からなかったらしい。
――あれま、早い再会だったね~。
にひひと笑って、集合無意識内の艦娘、秋雲が手を振った。なにせ許可を与えてもいいと言いだしたのが昨日の事である。実時間にして十二時間も経っていなかった。
おいでおいでと招かれるまま甲板の端に腰を下ろせば、向かいには動きを止めた何かが見える。夜闇の中にぼんやりと浮かぶそれの全容は、この空間では隣の少女の持つスケッチブックに収められているだけで、今の所は適性者の誰一人肉眼で捉える事はできていない。
「そんな延々悩む事でもないからね~」
暗い海を見渡せば、そこには機能を失った何かが一つ鎮座しているだけである。ここにあるのはその一つだけと駆逐艦秋雲のみ。何か一つの事に夢中になれる性質を現してたりするかもしれないし違うかもしれない。秋雲のアバターはこの場所をそう評していた。
――ま、こんな空間だからさ~、大体もう伝わっちゃってるんだけどもぉ……どうするよー?
自分より少し年下に見える少女が、挑発でもするような笑顔を向けてくる。ちょっと、いやかなりウザい。顔が良いからウザカワイイで済んではいるが。
「ちょっと恥ずかしい事言うけどさー。私にもファンの子って居る訳よ」
元々若干ニッチ……というか、かなり人を選ぶ趣味をしているが、それでも固定客は居たし、プロになってエゴサをすれば毎回感想を書いてくれてる人も見受けられた。叩きみたいな意見もそこそこあったが、ネット上なんてそういう物だ。プラス意見の方を前向きに受け止められる、そういう気質を彼女は持っていた。
「今回特定されてさー、そしたら、続き読みてぇ~! なんて言ってくれてる人も居た訳よ」
真っ当な方法で読んだのかとか、そもそも本当に読んだのかとか、その辺りは分からない。でも言われたら嬉しくなる。当然の心の動きだった。
――続き描きたい?
「描きたい!!」
――だよねぇ!
二人でイエーイと声を合わせて手を突き上げる。なんでかは知らないが、気はかなり合うのだ。影響を受けているのもあるのだろうが、最初から他人の気がしない相手だった。適性とはそういう事なのかもしれない。
「やっぱりさぁ、描きたいものを描いてるのが一番楽しくて一番苦しいんだけど、それが求められてるって格別だよねぇ」
――いいねえ~。じゃ、そのためにどうしよっかね?
「そうだねぇ~。迷うね~」
言って、お互い笑い合う。迷いなんてそんなもの、全く無いと二人とも分かっているが故だ。その事が完全に伝わるくらいには強い想いで彼女はこの空間へとやって来ていた。
そのまま少し落ち着くまで待って、集合無意識の秋雲は切り出した。
――そいじゃ、答えを聞こっか。
「あ、改二なりまーす」
――軽いなぁー……
「重く言う意味とは」
最初から心が通じている相手である。分かり切った答えを確認する作業なんて重くなりようが無かったのだ。儀式的な意味合いがある訳でもあるまいし。
――ま、無いわよそんなん。
秋雲アバターは持ったスケッチブックを甲板に置くと自分の膝に頬杖を突き、憮然とした表情で自分の適性者の事を見た。その視線には少しだけ羨望や妬心が混じっている。
――理由聞いていい? 言っとくと、二度と連載できないかもってのは嘘じゃないかんね。
分かってる。問われた漫画家はそう言いつつ立ち上がると、仁王立ちするように少し足を広げ、海に佇む空母のようなものに目をやった。
「私の載せて貰ってた漫画さあ、『戦える力が手元に来ちゃっただけの一般人』が『強い意思を持って』『世界や仲間のために勇気を持って脅威に立ち向かってく』王道中の王道の話なんだよねぇ」
一部自分の性癖がにじみ出ている所を除けば捻った所のない、真っ当過ぎる作品である。それで真っ当な評価を受けられたのは、捻ったものが氾濫しすぎて逆に刺さる人間にしっかり刺さった結果であろう。
「これがまーだ序盤なのに結構難しくてさぁ。いくら戦えるって言っても、強制されるでもなく、大した見返りがあるでもないのに、滅茶苦茶痛くて怖いところに出て行けるなんて奴、説得力持たせて描くの大変なんだよ。担当さんと描写阿呆程話し合ったよ」
完全に子供向けならばただただ勇気ある少年で済んだのだろうが、残念ながらそんな内容にもかかわらず、連載雑誌の対象年齢はもうちょっとだけ上だった。ある程度しっかり描き込まなければ、誰も納得して読み進めてはくれなかっただろう。
――もしかして自分と重なったりしちゃった~?
「いんや全っ然」
これは当人にとっても意外だったのだが、その主人公と自分の心境は、まったく重なる事が無かった。でもこれは、考えてみれば至極当然の事だったのだ。
「だってさー、私は全部強制だったんだよ? 自分から戦いに行ってくれてるような主人公様と同じな訳ないっつーの」
――ああそれは納得。徴兵だもんねえ。
「召集ね。まあ同じだけど」
結局のところ、検査に受かってから、戦いについては何一つも選んではいなかったのだ。そこにはそもそも選択肢が無かった。意外と戦えたのは持ち前の精神性や艤装からの補助のおかげであって、何かを悩んだ末に乗り越えたとか、そういった手合いの事は彼女の内面ではまるで起きていなかったのである。
「でもここからは違うみたいじゃん?」
それがどういう訳か、今になって急に自身の決断を迫られる事になったのだ。そのために改二に対して警戒心を露わにする者はそれなりに多く、かん口令が敷かれているのは理解していても既になった人間から何かしらの情報が得られないかと腐心する者もまた多かった。
――あー……そっか。重なってなかったのに重なっちゃったのね。
「そゆこと」
ふう、と二人同時に溜息を吐いた。片や立ち、片や座り込んでいるが、心境的には同じだ。これはもう、しょうがない。
「私の描いてた漫画ってさあ。どこまで行っても妄想だった訳。現実にやった事ないんだから当たり前なんだけど」
――ロボット物だもんねえ。
「でもこれが、ちょっとスケール違うけど、現実問題として立ちはだかって来た訳よ。もうさ、絶望だよね」
しかも参考文献が自分自身になるのである。まったく頭がどうにかなりそうだった。
「もう私に、予定してた通りの続きは描けない」
――自分が説得力を感じないから。
「特に、背を向けちゃえば猶のことね。二度と納得のいく描写なんてできなくなる」
――逃げた奴の心情周りは上手くなりそうだけどね!
「だから、私は描きたかった物に近い方を選択する!」
――理由が違い過ぎて参考になるか怪しいのは?
「知らん!! そんなもんは行けば分かるといいなと思います! とにかく私は先へ進む!!」
漫画を描きたくて描いていて、それが生命活動にも等しい彼女にとって、自分が描きたくて読者も読みたいと言っている物に手を抜くのは、死と同義である。故に、最初からならないという選択肢は存在しないのだ。
吹雪達に話し掛けたのも結局の所、ならなくていい理由探しではなく、なっていい理由探しである。不純通り越して一般的には意味不明であるというのには自覚があったのだ。
その吹雪から『本来描くはずだった』連載の続きを読みたいと望まれてしまったため、その漫画家はじゃあちゃんと取材旅行行くか、くらいの感覚で改二になることを決めたのだった。その先に更なる戦いが待っていると、しっかりと理解した上で。
――まあ、進んだ先で連載再開に漕ぎつけられるかは分からんわけですが。
「連載できないだけで描けはするんでしょ?」
分かってますよと言わんばかりのにやりとした笑顔を向けられて、秋雲のアバターは観念したように首を落とした。その通りだったのだ。むしろ、待っているのは不老の人生である。解放されて連載を持つ事は困難かもしれないが、締め切りを気にしないのならむしろ完結まで行く可能性は上がるだろう。強化されて死に辛くなるというのも含めて。
――は~。秋雲さんもコミケ行きてぇ~。
「私も行きたい、去年無かったし。っつーかあれじゃない? 私が艤装背負ってけば秋雲も見れるんじゃない? 周囲見れるっしょ?」
異様な状態にはなるが、武装を外せばコスプレと強弁する事は可能だろう。重さや大きさの問題で特定区域から出られなくなるかもしれないという問題はあるが。
――じゃあそれのためにも、一緒に頑張りますか!
「お、それじゃ?」
――合格って事で。理由アレだけどまあ……方向性に文句言うほど野暮じゃないのさー。覚悟はちゃんとできてるしね。
気が付けば、視界の奥では動かなくなった空母――ホーネットが少しその像を結んでいた。
尚、大きな作戦がすぐそこだったため、改装はそれが終わるまで持ち越される事になった。
秋雲は漫画のネタが増えたと喜んだ。
問題起こして連載中断するの止めて♡止めろ(凄い続きが気になる所で打ち切られた漫画を眺めながら)
半分くらい秋雲の事にしようとか思ってたら長すぎて秋雲で終わる不具合。
ちなみに秋雲が秋雲適性があったのは探照灯使ってでも描こうとする謎の執念に感応したからです。