翌日昼。私は完全にオールマイトにされていた。
作戦決行日は明日に迫り、昨日深夜まで働いていたので今日はお休み。同じような状態の子らは割と多く、戦いに備えて大体の艦隊員が半休くらいは取れる事になっていた。
鎮守府に帰り着いたらもう明け方。そこからお昼まで寝て、目が覚めたら、私はオールマイトだった。ネット上で。いや寝る前にもう動画は上がってたんだけどね。流石に眠かったから寝てたらこの始末。
分かってたけどさぁ。分かってたけどさぁ。高速移動からの素手格闘でぶっ飛ばしたり砕いて撒き散らしたり周囲に飛ぶ砲弾も打ち落としたり投げ返したりしてたら当然なんだけどさぁ。もう完全にこいつ普段から素手で戦ってるだろって扱いになっちゃったんだよなぁ。なんか自衛隊側からも吹雪以外はできませんって三度目の声明出ちゃってたしさぁ。そりゃ真似されても困るんだろうけどさぁ。
でも、別に私はヒーローの器じゃないんだよ。滅私奉公とか自己犠牲とか咄嗟には無理なタイプだと思うんだよ。ステインみたいなのが聞いたらブチ切れ案件だよこれ。いやまあ皆私が召集されただけって分かってるだろうから、ネタにして遊んでるだけだとは思うんだけど……ネタにしてるだけだよね? 本気で言ってないよね?
「あんたこれで被弾は?」
「してないよ」
「相変わらずコスパが凄い」
曙も漣も姉妹揃ってジトっとした目で私を見つめて来る。なんだよぅいいじゃないかよぅ。変色海域内じゃなかったからむしろメンテは楽だったりとかするんだぞ。一切壊れてないからね今回。ずっと陸に居たもんだからdotダメすら無かったからさ。
私達は深海棲艦の群れを粉々にした後、通報を受けて駆けつけた自衛隊の人達に現場を任せ、奴等がどこから現れたのかを追う事になった。いや粉々にしてたのは私だけだけども。
文月と合流して避難した皆さんの様子を伺いつつ車で来た三人とも合流。学校のグラウンドだったのでちょっと集まってもらいつつ皐月さんが軽い検診を行っていたが、特に大きな怪我なんかをした人は見受けられなかった。いやあ凄いなあ洗の……思考誘導。気分が悪くなったりもしないみたいだから自分達が何をされたのか、そもそも何かをされたのかすら分かってないだろうと思われる。野に放って大丈夫なのかちょっと心配な力なんだけどまあ悪用はしないだろう。たぶん。
私にオールマイトさせたことに関しては、文月はだいぶ申し訳なさそうだった。別に怒ってなかったんだけどね、本当に。むしろ開き直って隠す気0でぶん殴りに行けたから良かったんじゃないだろうか。あれ? もしや私も精神に影響出てる? まあそれはそれでいいだろう。よく考えたら毎日毎日挨拶振りまいてるし、みんな文月バフで常時キラ付けされてるんだろうから誤差だよ誤差。むしろ有難いわ。
そういえば島風は人里だからか四国で天津風さんに貰った白衣を羽織っていた。なんか常時艤装に入っているらしい。羽織るだけだと普通にセンシティブな気もしたが、まあ素の制服状態よりマシだっただろう。たぶん。
調査に関しては私達に振られた理由は簡単で、まだ敵が残ってる可能性が普通に考えられたからだ。文月音波で周囲に気を配りつつ見つけたら私が即倒しに行けるってのはやっぱり強みだよね。
自衛隊の調査グループも組まれていて、現場から改造車に同乗したのだけれど、まあ視線が凄かった。いや好意的な物……っていうか滅茶苦茶頼もしそうな感じの奴ではあったんだけど、正直居心地は良くなかったよね。悪意じゃないからどうにもし辛かったんだけど、皐月さんがあんま吹雪ばっか見てないでよーと注意してくれたので事無きを得た。有難し。
そうしてそんなに騒がしくもせずに私達は痕跡を辿って行った。って言っても特に苦労は無かったんだけどね。どうも隠す気すら無かったらしく、奴等が通ってきた道は誰から見ても一目瞭然で、何処から現れたのか判明するまでに、そんなに時間は掛からなかった。
私達が見つけたその穴からは線路が出ていた。開いた大口に遠くまで続く真っ暗闇。入り口はともかく中は傾斜があるのだそうで、下り下って海の下。そんな地下を渡って向かいの島まで続く。それはそんな人工の道。
つまりは青函トンネルである。
そんなとこ警戒してなかったんかいって話になると思うんだが、当然警戒はしていた。というか、していたはずだった……っていうのが正しいのかなこの場合。
いやね、実はこの青函トンネル、潰れてたんだ。埋まってたの。完璧に、完膚なきまでに。通ってたら自衛隊側だって使用を検討したかったくらいなんだろうけど、エコーとかそういうので調べても、ちょっと突貫工事は無理っすねくらいには崩れ去っちゃってたらしいんだよね。
だというのに深海棲艦達と来たら、そこを掘って突撃して来やがり遊ばされたらしいのである。物理無効だから多少埋まってもどうにかなるさの精神で押し通しちゃったんだろうなあ。たぶんだけど、私の倒した体の大きめの奴ら、あれは陸戦用じゃなくて土木工事用だったんじゃないだろうか。地道に掘って来たんだろうと考えられる。私も大概だけどお前等も艦これするつもりがないのは意外過ぎだったよ……
勿論、埋まってたはずだからってまったく警戒されてなかった訳じゃあない。場所が場所だから陸上自衛隊の人達の管轄として管理されてたんだ。うん。されてた……はずだったんだけどね。いつの間にか人員配置無くなってたらしいんすよねぇ。どういう事だってばよ。
なーんかこの一件、敵の戦力や資材削りと同時に味方の綱紀粛正というかただの粛清みたいなものの臭いを感じるんだよなあ。どういう経緯で見張られなくなったのかは私じゃ分かんないんだけど、敵の出所とかはすぐに口外禁止指定されたし。まあずっと黙ってもられないだろうから良いタイミングで公開するんじゃないかな。知らんけど。
閑話休題。深海棲艦はトンネルの中から出てきたと確認した私達は、ともかくそれを上に報告。そしたら追加の調査人員が送られてきて、その人達が奥の埋まってたはずの所に穴が開いてる事を確認。その事を上層部に伝えた結果――青函トンネルは早急に埋め直される事に決まった。
まあこれはしょうがないんだよね。どの道一度埋まったのをまともな技術無さそうな連中が無理矢理掘って繋げましたーなんてのを再利用とかできる訳ないし、また敵がそこから出てくる可能性もあるんだから放っておくのも危ない。なので青函トンネルは念入りに発破をかけて崩され、その生涯を終わらせられる事になったのでした。
元々深海棲艦が来た時点で崩されてたとはいえ、自分達の手でもう一回止めを刺さなきゃいけないってのはなんとも筆舌に尽くしがたい感覚に襲われた。とりあえず、何になる訳でもないのだけれど、みんなで手だけは合わせておいた。
そんなこんなで警備に私達が必要だったから、鎮守府に帰り着いたのは朝方になった訳なのだ。特に反射音で敵が居ないのちゃんと確認できた文月が凄く役に立ってた印象で、なんと閉所でそれ用に調整して耳の良い艦娘と組めば、空気中でも数十キロ先まで視える事が判明した。まあ奥の方はだいぶ精度が落ちるんだけどそれはしょうがないだろう。
っていうか組織のはずなのに相変わらず状況確認から決定までが凄い早い。発破も調査段階でもう持って来てたし、最初から場合によっては埋めようって話になってたんだろうなあ。うーん、どこまで転生者……っていうか楠木提督の手が回っているのやら。怖すぎて昼までぐっすり寝ちゃったよ。
そうして昼。目覚めたら私はオールマイトになっていたわけである。
明け方まで色々あって感傷的な気分になってた所にオールマイトである。酷くね?
ちなみに起床原因は出撃を終えて帰って来てスマホ見たら話題になってたらしい動画を見て笑いながら部屋に飛び込んで来た深雪の大声である。またやったのかよーって凄い笑顔だった。おうやってやったぜ。もっかい寝ていい? ふて寝だけど。
「あたしも改二になったらこうなれるかな?」
「ない」
「ない」
「ありません」
「ありえないでしょ」
口々の否定に、えー、と深雪が口元を尖らせる。まあ深雪も本気で言ってる訳ではなかろうが、改二になった曙と文月からしたら酷い風評被害だろう。
部屋の中では私と文月、深雪と曙と漣が揃って動画を視聴中だ。島風は起きたら居なかったのでどっかに出かけていると思われる。そもそも私よりかは社交性があって早起きなのでそういう事もあろう……連装砲ちゃん達も居ないからメンテかもしれない。昨日は朝まで一緒に働いてたしね、出番はなかったけど一緒に手を合わせたりはしたし。かわいかった。
大画面表示したためだいぶ画質の粗くなった動画を皆で一緒に見ているが、無双しちゃった私もだけど文月の評価もやたらと高い。っていうかどの動画にもかわいいってコメントが付くんだけど大丈夫? 画面越しに洗脳されてない?
「案の定ふみふみが声優デビュー求められてますな」
「広報でもやらせてもらおうかなぁ……」
それはそれで需要はありそうだけど、こう、文月が本気でやると強制力とか発生しそうで怖い。まあ有効だったら楠木提督ならやらせるかな? 今は難しいと思うけど……っていうか、一期から文月が居たら生放送の時に間違いなく出演させられてたよねきっと。
曙はこの大群がどこから来たのかが気になったらしく防衛体制を心配していたけれど、私達が経路自体を潰してきたと説明したらある程度の納得を見せてくれた。潰せる経路って時点で海路じゃないのがバレそうだけど、まあ気付かれて何がある訳でもなし。問題はないだろう。たぶん。
いやあそれにしてもこの短時間でMADやら切り抜きが増えちゃったからこれはチェックのし甲斐が有りそうだ。私だけじゃなくて文月のもあったからかなり内容が気になるんだけど……皆の前で堂々とチェックするのは流石に憚られる。いや漣は笑ってくれそうだけど、曙は私が私のを見てるだけでも微妙な表情になるからさ。こっちの心配してくれてるだけなんだけれどね。
一個一個の動画だと私が何をしているのかはちょっと判り辛いんだが、文月の方はしっかり地に足を付けて行動してたせいで一つの動画だけで大量の素材が確保できる。しかも明らかにカメラ慣れしてるというか、自分が他の人目線でどう見えるかを熟知した動きをしてるもんだから、たまたま避難民が撮ったとかそういう次元でなく、そういうプロモーション映像だったんじゃないかってくらいそれぞれの場面で絵面が安定してるんだよね。
なので文月はその……青背景の素材にいっぱいされるかなって思います。なんか一動画しかない秋雲先生ですらされてたからな! なんだよ手押しする秋雲先生BBって。
私? 私は既にいっぱいあるよ! 深刻な素材過多だよ!!
「んーちょっと考えたんですがこれうちの……竹下の艦隊員だとどうにもなりませんなぁ。道なりに来てくれてるんで榛名さんなら地上の連中はどうにかできるかもせんけれども……制圧する前に航空戦力であぼんしそう」
「やっぱそっちがキツいよなぁ。見てる連中絶対分かってないけど、吹雪が最初に落とし切ってなかったら避難してる人ら全滅してそうだもん」
「やっぱり地上戦はきつい?」
私の言葉に漣が大きく頷いた。まあ、そりゃあそうだよね。艦娘が地上で戦う場合、空飛んでる連中が本当にヤバい。回避力に差があり過ぎる。移動力もかなり落ちるから下手すると空母一隻に艦隊が全滅させられかねない。そして今回の敵艦隊、空母はかなりの数が居た。
「ちなフブッキー除いた宮里艦隊だと?」
「倒せる。けど、町への被害が酷い事になると思うわよ」
「隠れて狙撃でもして数減らして行きたいよなあ。数多過ぎて普通に戦っても弾が足りないだろうし」
「一当りで終わらないよねぇ。相性的にはあたしたちより提艦隊……っていうか、金剛さんと初雪さんが有効じゃないかなぁー」
私除くと対空最上位な初雪と高範囲殲滅が可能な金剛さんは他に比べれば地上戦に向いているらしい。歩くより滑走する方が楽だって言ってた初雪は絶対嫌がるだろうけども。
「……誰も勝てないって言わないのほんとにヤベーと思うの」
「絶対に住んでる人達を守り切れないのを勝利って言えるならだけどね」
曙は苦虫を噛み潰したような表情だった。いやまあ、ここまで入り込まれた時点で敗北みたいなもんなので後から派遣された人たちがどんだけ頑張ってもって話ではあるんだよね、本来なら。チートする以外で覆しようがないわこんなもん。
「ぼのたん、勝つ前提で被害をどう抑えるかまで考えだすのは皮算用みない?」
「否定はしないわよ。ただ現実に吹雪が出て被害0じゃ考えざるをえないでしょ……」
自衛隊の公式発表によると死者どころか重傷者すら0で済んだらしいこの一件。実は一番私に対してドン引きしたのは民間人でも自衛隊員でもない。同じ艦娘である。
いや実はっていうか明らかだけども。どう考えても自分達の実情知ってる連中の方がおかしさが良く分かるの当然だけれども。なんかお前絶対艦娘じゃねーよ別の何かだよってスマホの方で言われていたらしい。艤装関係ない能力なので大体合ってる。
あれだよね。全然態度変えずに接してくれてるみんなって滅茶苦茶有難いよね。そこまで気にする性質でもないんだけど、私だって傷つかない訳じゃないからさ。いやチート能力さんのおかげでノーダメージな可能性もあるが、メンタル強化どれくらいされてんのか自分でよく分かんないからなあ。
「吹雪と文月居るー?」
コンコンと部屋の戸が叩かれ返事も待たずにガチャっと開かれそこから中に入って来たのは誰あらん、秋雲先生その人だった。なんだか普段より身だしなみが整えられていて、髪とかいつもよりピシッとしているような気がする。いや普段がだらしないとかそういう訳でもないんだけれど。
「お、丁度二人とも起きてるねえ。おはよ」
おはようございますと挨拶を交わし、何用だろうかと伺えば、何やら呼び出しの伝言だった。放送じゃなく人づてな辺り、大っぴらにはしたくなかったんだろうか。
「楠木提督が二人をお呼びだよ~。なんか緊急じゃないからゆっくりでいいって言ってたけど」
うげ、と字面に似合わぬキュート極まる声で文月が呻いた。これは……本物が来たっぽいかな?
「私も呼ばれて行ったんだけどね。動画で特定されたじゃん? アレの話だったから、たぶん二人もそれじゃないかね~」
なんでも秋雲先生はこれまでとこれからのいろんな対応について説明や意思確認、何か希望はあるかなんかを聞かれたらしい。簡潔に言えば特に悪い扱いにはならなさそうだったらしいけど……まあ、たぶん冷遇されたりはしないだろう。っていうか、したら私が怒る。まあそうする意味も全く無いし、むしろ色々やってもらいたい事とかあるんじゃないかな。酷いやり方だけど知名度は上がった訳だしね。
そんな訳で手早く制服に着替えて身支度も整えた私と文月は、まず工廠までやって来た。いやここに楠木提督が居るとかそういう事ではなく、猫吊るしを回収しにね。私と文月を同時に呼び出すって事は転生者関連のアレやらソレやらもあるだろうから、猫吊るしにもしっかり参加してもらうのだ。
猫吊るしは仕事をしてれば結構目立つ。リーダー役で意思疎通もしっかりできるんだから当然と言えば当然なんだけど、それを差し引いても存在感が全然違う。他の妖精さんはなんとなく希薄なんだよね。昔の兵隊さんの残滓とかそういうので構成されてるらしいから仕方ないんだろうけどさ。
ただ流石に寝てたりするとぱっと見じゃ分からないからその場合は探さなきゃなんだけど、今回はその必要はまったく無かった。どういうわけか、この空間で一番目立つ奴の頭上に存在していたからである。
私が工廠に足を踏み入れた時、最初に目に付いたのは白いうさ耳のようなリボンをぴょこぴょこと軽く左右に振る薄い金色の頭だった。そしてそのそびえる二本の柱の間には、何故か探し求めた猫吊るしその人が鎮座ましましていたのだ。
隣の文月はあれって顔をしていたが、同じ艦隊で一緒に出撃する二人である。別に仲は悪くない……っていうか、むしろ普通に良い訳で。特におかしな事でもない。それに、なんかみんな猫吊るしは頭に乗せるのが正しいと思ってるフシがあるんだよね。誰のせいだろうね不思議だね。
ともかく別に特別な事ではないので普通に歩いて行って普通に声を掛けたらば、なんでか島風はオウッと鳴いた。別に音殺して動くのクセになってたりはしないんだけど、結構集中してたっぽい?
近くには連装砲ちゃんが二体。もう一体は今明石さん達の手で砲塔を外してメンテナンスされている。なんか凄い違和感あるんだけど、別に不調とかは無いようで私と目が合うとミューと鳴いて手を振ってくれた。かわいい。
「ん、吹雪……と文月? なんかあったか?」
猫吊るしが振り向いて首を傾げた。私達はもう今日は出ない予定だったので工廠にも来ないと思っていたのだろう。実際用事が無ければ来なかったろうから間違ってない。
「楠木提督から呼び出し食らった。猫吊るしも一緒に来てよ」
「おっ……行く行く」
「おうっ? 私も行く?」
島風が地面に転がった工具なんかを脇に寄せながら聞いて来たが……どうだろ。一応島風も動画に映ってたけど、別に今までと何が変わるでもないからなあ。生放送と違って撃ったりとかもしてないし。それに転生者同士の話になりそうだし、悪いけど待ってて貰った方が良いだろう。
「昨日の事報告するのに猫吊るしが詳しく分かるとこ説明してもらうだけだから、あんまり大勢で行かない方が良いかも?」
嘘である。いや完全に嘘って訳でもなく、実際島風連れてく意味はあんまりないんだよね。旗艦は私で、他者視点の情報が欲しいなら皐月さんや球磨さんっていう大人で自衛官な人達が居る訳だから。
「文月は?」
「あたしは昨日のあれでいっぱい撮られちゃったから、それどうするかお話しなきゃらしいよぉ」
これは嘘ではない。ただそれ以外もあるって事を言ってないだけである。っていうか文月、知ってる私から見ても何一つ嘘っぽい感じ無いんだけど演技上手くない? そういうのも培った経験からなんだろうか。
島風はそっかーと納得した。まあ連装砲ちゃん達のメンテに立ち会ってる……っていうか、工具持ってた辺り自分でもなんか弄ってたっぽいし、それを放置させるのはちょっと悪いしね。親が艤装開発に携わっているし、もしかしたらそっちへの関心もあるのかもしれない。ちなみに猫吊るしは技術指導的な事をしてただけだから離れても問題ないとの事だが……帰って来たら連装砲ちゃんがばらばらになってたりしないよね? 大丈夫だよね?
ドアをノックして、返事を待って、部屋の中へとゆっくり踏み込む。ここは会議室などのある棟のかなり奥まった方にある、偉い人が来た時に使われるという執務室みたいなところである。中には一人の人間の気配。それ以外はちょっと天井裏に一人が居るくらいである。ニンジャかと思ったけどサイズ的に小鬼かな。
失礼しますと入室した私達を出迎えたのは、魔法使いを名乗る創造主に主人公転生者としてこの世界に送り込まれ、私達という援軍の要請にも成功し、その持たされた能力でもって無辜の人々を億単位で救っている、成果だけ見れば救世主っていうか来歴がもう完全に救世主そのものである益荒男。楠木 多聞丸その人だった。
まあ中の人は女性らしいので益荒男扱いは不服なのかもしれないけどね、私と同じだとしたら自意識は前世のまま変わってない可能性が高いわけだし。ただ、外見的には完全に男性――それも評判によるとかなりの美形であり、私の知る限りはその仕草や振る舞いも威厳ある壮年以上の男性のそれである。それらしい振る舞いをしっかり身に着けているのだろう。私と違って。
今も部屋の中心で腕を後ろ手に組み、わざとであろうが、大物の風格を漂わせて私達が完全に入室するのを待ちわびている。昨日見た影武者さんではない。何が違うかと言われるとちょっと困るのだが、私のチート感覚はそれが間違いなく本人だと判断していた。
私と頭上の猫吊るしが部屋に入ると、その後ろに続いた文月が扉を閉める。そして一歩、楠木提督の方へと踏み出した。瞬間。楠木提督は、高く跳び上がった。
訓練所の時も思ったが、よく鍛え上げられた肉体である。その跳躍は非常に高い軌道を描き、頭部は髪が天井を掠める所まで到達した。そしてそのまま膝を曲げ、腹の側へと折り込みつつ、腰も曲げながら提督は床に平行な姿勢で降りてくる。突き出された腕も曲げられ、頭の横に添えられた。
何故か緩慢に流れる時間。私は楠木提督が何をしようとしているのか、その動作からなんとなく理解できた。うーん成程。それはちょっと許されない。
なのでその着地地点へと先回りして、かなり無礼だが、落ちて来る楠木提督の両肩を掴み、その頭がそこより下がらないよう手で固定した。普通に立った時の位置に固定したため、楠木提督の脚は降って来た勢いで普通に伸ばされて床へと付く。ちゃんとやったので痛めたりもしてないはずだ。
「楠木提督、貴女がそれをするのは問題しか起きないと思うので、できれば止めて頂けませんか」
その、ジャンピング土下座とか、そういうのはさ。
いや、ネタ抜きのマジで困るんですよね。される理由もないし、したのバレたら悪い噂にしかならない。立場考えてくだち!! なんで特に偉い訳でもない一兵卒が幕僚長に出会い頭のジャンピング土下座決められにゃならんのじゃ。焦るわ。いや対応自体は余裕あったけど、精神的にね。
まあ、それで何もかもが済んで全てが上手く収まるとかならしてくれてもいいんだけどね。土下座でもなんでもさ。ただ絶対にそうはならないだろうって不思議な確信が私の中に確固としてある。むしろ悪くなる予感しかしないんだよなあ、この場合。
「むう……不意を打っても駄目か」
「わかっていただろうにのう楠木」
ボクオーン。じゃなくて猫吊るしが呆れた声を上げた。ふっふっふ。楠木提督よ、私の前で軽率に頭を地面に擦り付けられると思わない方が良い。いくらでもインターセプトしてやんよ。
「頭を深くは下げさせてもらえないようだけれど……ともかく、一言謝らせておくれ。前世の事でなく、君達に事情を説明せず、転生者の共同体から弾いていた事についてね」
すまなかった。そう言って、楠木提督は頭を下げた。流石にそっちの事だけなら私も止めない。まあ、その方が最終的に効率良く人を救えたのだろうから別に構わないっていうか、特に気にしてはいないんだけどね。でも文月は知ってればもうちょっと安心して戦えただろうから私にではなく文月にはちゃんと謝った方が良いと思うし……あとDOGEZAではなかったからまあ、許容範囲という事で。
「あの、あたし達も今後は色々教えてもらえるんですか……?」
「勿論。明日の戦いが終わったら、時間の合う時に他の子達とも会ってもらうつもりだよ」
話によれば、この間交流した面々だけでなく、アメリカや他の地域に居る転生者達とも順次引き合わせる予定であるらしい。アメリ艦ってゲームに実装されてなかったのとかいっぱい居ると思うけど、私の知ってる艦に適性のある人はどれくらい居るんだろう。ヨークタウン級が揃ってるのは聞いたんだけど、私の知ってるのってホーネットだけだからなあ。
「明日の作戦、それだけ重要って事か。転換点になるくらい」
「そうだね。詳しくは……うーん。どうも説明しない方が誤差程度には良さそうなんだが、聞くかね?」
「じゃあいいです」
「長くなりそうだしな」
「分からないなりに精一杯頑張ります!」
即答する私に猫吊るしと文月も続いた。だってねえ、誤差(死者数下一桁)とかでしょそれ? 数字だと誤差でも実際には大損害じゃないですかヤダー。っていうか、遠慮するの分かってて聞いてますよね?
楠木提督に促されて私達は部屋にあるソファに腰かけた。私と文月が並んで座り、向かいに楠木提督が着いてお茶を淹れる。遠慮しようとしたらまあまあまあまあとごり押されてしまった。偉い人にやらせるのちょっと居心地悪いんですけど……
「さて……改めて、自己紹介をさせてもらうね。私は楠木 多聞丸。例の娘の手でこの世界へと遣わされた、普通のチート転生者だよ」
「普通とはいったい……」
「普通の法則が乱れる」
精神性は普通……だったりするんだろうか。でも成果が普通じゃないから普通を主張するのは無理があるのでは。極端に悪い人でも極端に良い人でもないって意味での普通なのかなあ。いや私殺しの事引き摺ってるらしいからかなり良い人寄りのような気はするんだけど。
まあそれはともかく、名乗られたからには私も名乗り返さないといけないだろう。なんて思ってたら、私が口を開く前に猫吊るしがスッと頭の上で立ち上がり、腕を組んで堂々と名乗りを上げだした。
「俺は猫吊るし、本名は忘れたからただの猫吊るしだ。どこにでもいる普通のチート転生者だよよろしくね!!」
「伊吹 雪です。どこへ出しても恥ずかしいふつつかな普通のチート転生者ですがよろしくお願いします」
「文 月ですっ! 三回も転生してるのにみんなに追いつかない普通のチート転生者です! ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしますっ!!」
「PT小鬼ダヨ。ドコニデモイル普通ノチート転生者ダヨ、ヨロシクネ!」
天井裏からぬっと頭だけ出した小さな深海棲艦が何故か私達に混ざって自己紹介を始めた。そしてそのまままたねーと手を振って階層の隙間へと戻って行く。いやなんか君のどこにでも居るは意味が違わない? 文月は誰!? ってびっくりしてた。
「先んじて色々とバラされてしまったようだけれど、私は今現在、他の転生者の皆の協力を得て、日本を含めた世界中の深海棲艦被害と、それに伴う世界大戦勃発の事前予防のために動いているんだ」
自己紹介を終え、楠木提督の来歴なんかも聞いたのだが、自称魔法使いの子の話と特に食い違いは無さそうだった。別段嘘だと疑ってた訳ではないのだけれど、あの子の場合わざと偏った視点で話してるとかありそうだからちょっと心配だったんだよね。まあただの疑心暗鬼だったんだけど。
そこからさらに言葉を重ね、少し前の事から現状の事へと話が進んだわけなんだが……世界大戦。世界大戦ってなんだ? それはあれか。現代兵器が飛び交いそうな奴の事か。具体的には核とか原子爆弾とかニュークリアウェポンとかそういうの。
「そんなの起きるんですか……?」
「無調整だとどうしてもね」
楠木提督は軽く語ってくれたが、なんでもこの世界、深海棲艦を放置して提くん任せにすると人間は百万人くらいは生き残るらしいのだが、何も考えずに駆逐した場合、ルート次第じゃ人類は絶滅するらしいのである。核戦争で。だが人類は死滅していなかったなんて事は無く、完全に誰も居なくなるとの事だった。
「まあ、それは最悪の場合だけれどね。ただ、戦争自体は結構な確率で起きてしまうから、それを防ぐのも私達のお仕事だね」
そのために今救えるけど救うと戦争に繋がる人たちは見捨ててるよ! と屋根裏から声がした。うわぁ。
「うん。まあ……そういうのもあって、基本的に予知内容は教えない事にしているんだ。勿論必要な事はちゃんと言うし、不味かったら止めるから、普段は思ったままに過ごしてくれていい」
それは完全に私達の精神的負担の軽減のためなのだろう。有難いんだけどその負担が楠木提督やリカバリーに動ける一部の人達へ全部行く訳で……うーん、思考で試行できる予知能力ってやっぱ糞だわ。理想を追求し出したらキリも無いだろうし、これで時間遡行とかできる人が居たら沼だなハハハ。
「国外へ行ったりしてるってのもその辺りの調整だよな? 俺らから逃げた訳ではなく」
「無論そうだとも。先日の一件で私の能力は以前よりさらに融通が利くようになってね、調整できる事柄が増えてしまったんだ」
聞けばしっかり眠れるようにはなったらしい。なったのだが、起きてる間はむしろ制御が利くもんだから大変になってしまったそうな。良かったのか悪かったのか分かりませんなあ。まあ予告通り猫土下座がケアに入るようになったみたいだから、総合的にはマシになってる。はず。
「影武者さんまで使って大変なんですねえー」
影武者さんは現在また別の任務に行ってるらしい。忙しくしてるんだなあ。ニンジャってだけでネタっぽくなってるけど、よくよく考えるとかなりの功労者である。まあ存在が機密だからお話もできないんだが。
「本当に逃げた訳じゃないんですよね?」
一瞬、文月の声色が変わったというか、圧力が増した。文月は現在笑顔だけれど、私でも分かるくらい演技っぽい。いやこれは演技っぽい笑いの演技をしてるのかな? チートなんて関係なくその手の能力高いなあ、前世や前々世で鍛えたのだろうか。
対する楠木提督は、スッと目線を逸らした。おいィ?
「逃げてないっすよ」
「あっ本当に逃げた訳ではないんですねえ。安心しました」
ふふっと文月は笑ったが、え、今ので分かるの? 対人スキル高そうな文月と読心能力持ちらしい楠木提督の遣り取りは私にはよく理解できない。なんだか茶化したみたいになってたから、本当にそっちの意図は……あってもちょっとだけだったとかそんな感じなのかな? 分かり辛い。
「まあ実際、開発してもらった新兵器を貰って来たり、同日に行う予定の向こうの決戦の打ち合わせなんかをしてきたんだよ。覚悟を決める時間が欲しかったのは否定しないけれどね」
新兵器、というのはたぶん金剛さんの撃った大爆発する砲弾の事だろう。やっぱ外国製かアレ。公的な文書じゃどういう扱いになってんだろ。まあ捏造とかいくらでもできるんだろうからそっちは重要じゃないか。
「外国でも大きな戦いがあるんですか?」
気になるのはやっぱりこっちだよね。成程、日本だけの話じゃないからターニングポイント的なものになるって事なのか。
「うむ。例の七体の事は聞いている……ようだね。そう、ボス個体だ。あれらの残りを明日、全て倒し切る」
と言っても残りは二体だけらしいけれど、確かにそれは大きな影響が有りそうだ。ラスボスが控えてるとかラスボス以上の強さの裏ボスが居るとかじゃなければ、海もかなり落ち着いてくれるだろう。たぶん。
「やっぱり強いんですか?」
「うんまあ、そうだね。強い事は強いかな」
文月の質問に楠木提督は言い淀んだ。私達はあっそっかぁってなった。察するよね、言い方的に。
「吹雪くんが当たると、ね?」
「アッハイ」
やだ、私の能力チート過ぎ……いや私以外でもどうにかなるんだろうけどね、リベッチオとかあれ以来会ってないけど余裕なんじゃないだろうか。元気かなあ。
「ふむ、これは後で個別に言おうと思っていたんだが、丁度いいから今言ってしまおうか」
楠木提督は一口無音で茶を啜ると、喉を湿らせてから続けた。
「そのボス個体は明日、複数の深海棲艦と共に現れる……これらは吹雪くんに対応してもらう事になるのだが」
「はい」
まあ、順当に行けばそうなるだろう。長門さんが対応した地中海弩級水姫が色々例外だっただけで、普通に考えたら余裕で倒せるらしい私が戦わない理由がない。っていうか、もしかしなくても一週間って指定は出現に合わせてだったのかな。北海道に常駐してるとかじゃあなさそうだ。
「それらを相手取る時、そのボス個体を倒すのを最後にしてもらいたいんだ」
ん? なんじゃそれ。もしかして四国の北方棲姫みたいに変な事してくる感じ? 取り巻きが居るとダメージ受けないような能力持ってたりとかするんだろうか。
「詳しい説明は要るかい?」
「『誤差』が出るなら要らないです」
「では、しない方向で行こうか」
出るのかよ。
ここがギリギリの説明って事か、怖いわー予知能力怖いわー。逆に増やせるタイミングとか無いのかなあ。いや、どう考えても今呼んだのがその最大値叩き出せるタイミングか。うへえ。
なんでもボスは明日、日本と南極近海に同時に……いや同時かそれ……? まあともかく、二体一緒に倒せるタイミングがあるらしく、それを一緒に叩いて大打撃を与えようというのが今回の作戦の本当の目的であるらしかった。北海道はついでにちょっと早めに解放されるらしい。まあ元々割と平和らしいけど、主目的じゃないのね。
「あのぉ、ボスって吹雪さんだけで戦うんですか……?」
何か納得の行かなそうな表情をしているのは文月である。勿論、私が異常に強いのは分かっているのだろうけどそれはそれ、聞いた感じだともう一体は転生者複数で当たるっぽいのにこっちは私一人でやるみたいだからそこに引っかかっているのだろう。
当然、私を心配してというか慮っての事である。ええ子やわぁ。でもなー。きっとこれ、むしろ私の事をしっかり考えての采配だと思うんだよね。効率的にも安全面的にも他の子は居ない方が都合が良いのだ。
「うん、そうなるね」
「まあ私的には一人の方が実際楽だしね」
「俺は乗るけどなー」
そこは仕方ないね。妖精さんは居ないと艤装がちゃんと動かんし、私の変態機動に付いて来れるのは猫吊るしだけだし、是非もないよネ!
「しかし……本当に謝らせてはくれないつもりなんだねえ」
暫く他の質問や雑談をしていたら、急に楠木提督は切り出した。うん。それはちょっとねえ。
私もそうだし猫吊るしもそうなんだけど、そもそも死ぬ前後の記憶の無い私達は何を謝られてるのか実感を持って受け止められない。それにねえ。
「俺は俺の自由でやった事に関して他人に責任持ってもらうつもりは無いぞ」
猫吊るしは前世において、完全に自分の判断で行った……物凄ぉ~~~~~~~~~~~く悪い言い方をしてしまえば軽挙妄動で命を失っている。咄嗟に体が動いたと言えば聞こえはいいし、実際善良な人格から湧き出た行動なのは間違いない。けどその行動は自発的なものであり、責任は猫吊るし自身が背負うしかないものなのである。
本人は死ぬ直前の事は覚えていないらしいけど、例のあの子に教えてもらった限りだと誰かに何かをされたとかじゃあない。むしろ加害者ぶってる楠木提督だって巻き込まれた側である。だから、猫吊るし的には当然、謝られる筋合いは一切無いと言い切った。
この辺り、私とは明確に差異がある。私の場合は何のかんのと言っても、楠木提督がやらかした側に所属してた人間である事に間違いは無いのだ。だから本来なら謝るくらいはした方が筋が通るのだろう。それは分かる。分かるんだけどね。
「楠木提督、私は謝られたらそれで完璧に、何の後腐れも無く許します。元々恨んでないので当たり前なんですけど」
許すの内容が無いんだけど、まあ、形的にはそういう事にできるだろう。私からしたらむしろ感謝しかない訳だからなあ。楠木提督が他転生者を呼んで貰わなかったら私なんて今頃魂のまんまどっかで塩漬けにされてたんだろうし。
なので当然、私は何の隔意もないし残るようなわだかまりもない。謝って終わってくれるのなら、それで全く構わないんだよね。
そう、終わってくれるのならね。
「でも私が謝罪を受け取るのは一度だけです。私は理由もなく謝られるのは好きではありません。だからその……その一度で楠木提督の中で決着が付けられるのであれば、お受けします」
なんかなー。勘なんだけど、ここで謝罪を受け取った場合、楠木提督は悩み続けそうな予感があるんだよなー。
頭を下げてスパッと切り替えられるのであればそれでいい。私達と文月の関係がそうだ。隠してた事、気付かなかった事、どっちが悪いかって言うと私の言動が明らかに悪いと思うが、それはそれとしてお互い謝ったらその話はもうお終い。後は笑い話が残るだけ。少なくとも、私はそう思っている。
でも、はたしてこの話の場合は、簡単にそんな風になれるだろうか? 転生して前世で関わった死の億倍以上の人々を助けてor助けられる見込みなのにまだ引き摺ってる人が、ただ謝っただけで?
無理でしょ。なんというか、一度変な所で区切りを付けてしまったら、そのまま残った淀みが処理されずに残り続ける、そんな気がするのだ。
謝るのと許すのは一つの区切りになる。そうでなければ被害者側が怒ってもいない現状でやる意味が全くない。私としては、その先は気兼ねなく――は立場上とかで難しいにしても、どちらかが大きな負い目を抱えているような関係ではなくなりたい。謂れも無く気を遣われっぱなしはなんかやだ。つらいもん。
「私は、前世のチェックしてた漫画やアニメが最後まで見れなかったのは残念ですけど、貴女に対して恨みはありませんので」
「その……例えば、前世のご両親の事などは?」
おっと言ったな? それを言ったな? 正解は簡単だぞそれ。
私が死んだ時、両親はまだまだ健在だった。私は産まれは二連続で非常に恵まれていて、前世も今世も父も母も尊敬できるし、大好きだ。だからこそ、絶対だと言えることがある。まあ、魔法使いのあの子から聞いた情報が確証なのも否定しないけど。
「二人が私が死んだことで心を病んだとか、そういった事は無かったでしょう?」
悲しみはしたと思うけどね。そんな事より明らかに気に病んでたであろう楠木提督の事を心配したんじゃないかなぁ、あの父と母なら。ふわふわゆるゆるな伊吹 雪ちゃんの下地になった前世からの人格は、そういう人たちの下ですくすくと育まれた物なのだ。
「聞いた話からの判断ですけど、あの状況で楠木提督を憎んだりする人たちでもないので、私が貴女を責めたりしたら怒られ……はしないかもしれないですけど、何故か貴女側の立場に立って私を諭そうとすると思いますよ」
たぶん傍から見たら全く意味不明な状況になるんじゃないかな。勿論、これで楠木提督の非が大きかったり、自分は悪くありませんみたいな態度だったら普通に怒ると思うし、病院に対してはそうだったと思うんだけどね。うん、そう考えると結構めんどくさいな。
楠木提督は何か心当たりがあるのか、少し遠い目になった。そっか、前世の――百年以上前の事だしここから見たら異世界の出来事だからチート能力でもどう思ってたのか正確には分からないのか。確実に分かっているのは何故か怒られなかったって事だけだったのだろう。被害者側の遺族相手にそんなに踏み込むとかしないだろうし。
「いや、それでも君自身がもう会えないのは……」
「いえ私とっくに成人して独り立ちしてたので悲しくはあれそこまで沈み込むような話じゃないです」
もしかして楠木提督、見た目に騙されてない? 私が中学生なのは見た目だけですよ? いや頭が残念だから幼く感じてる可能性もあるけれども。てか、それは置いておいても、私って根本的に悲しい事を引きずる性質じゃないんだよね。短期的にモヤっとする事は結構あるけどさ。
この辺りは創造主と契約してまで自分に会いに来た愛情深い、っていうかその創造主にすら深すぎて呆れられてたレベルなレ級が家族だからってのもあるのかもしれない。でも一般的にはそんなに滅茶苦茶嘆き悲しみ続ける話じゃないですからね? まして亡くなったのが両親の方ではなく私の方だし、普通より立ち直るのも早かったんですよ。いや悲しいは悲しいんだけどさ……
んー。んー。説明が難しいのぜ……あ、いや、っていうかアレだ。説明する必要なくねこれ?
「詳しくは心を読んで貰えれば分かると思うのですが……」
これで少なくとも私がどう思ってるのかは一発じゃんね。なんかさっきから使ってる感じじゃなかったし、制御できるようになったから遠慮してたんだと思うけど、私は別に隠さなきゃいけないような事はそんなにない。だからしっかり読んで貰って、あとは楠木提督ご本人の判断に委ねるしかないだろう。まあ、一度しか受け付けないって言ったのが嘘なのもバレるけどそこはしゃーない。本当は無意味な謝罪じゃなきゃ何度でも受け付ける所存である。
って思ったんだけどね。言われた楠木提督は何やら微妙な表情になった。嫌がってるとかそういう感じではなくて、何やら困った様な、それでいて納得もあるような、そんな難しい面相だった。
「いやそれなんだがね。君達があの子の空間から帰って来てからかな……どうも、吹雪くんの事が視えなくなってしまったんだ」
「えっ」
「ほう」
「あー」
えっ、なにそれこわい。
「普通に視力で見たり、透視するのは問題無いんだ。しかし、何故だか心を読んだり流れているはずの魔力の流れがまるで視えなくなってしまってね……」
楠木提督曰く、今現在も私の心だけが読めない状態になっているという。他の……例えば大淀司令官の心などは今ここからでも視えるらしいのに、私のだけ。
いや、うん? なにそれどういう事? ただ目で見るのは大丈夫なんです? じゃあ楠木提督のチート能力の効果だけが阻害されてる? なんで? 口振りからして前は視えてたんですよね? あの子の所から帰って来て以来って何かあったっけ? っていうか、それって問題しかなくない??
「えっ、予知とか計画とか大丈夫なんですか?」
「ああ、それは大丈夫。あれはあくまで世界を観るものだから、吹雪くんの動向も含まれるよ。まあ予知というか未来視なんだけれどね」
どうも、あくまで私自身を対象にした効果だけが無効にされているらしい。対象をとらない効果は効くとかそういう話? 裁定が難しそうだぜ!
「計画に支障は無いんだな?」
「うむ。それは大丈夫だよ。昨日の襲撃も完璧な形で退けられただろう?」
「完璧なオールマイトでしたね!!」
「ごめんなさ~い!」
まあ、怒ってはいないから大丈夫だよ文月。ほんとだよほんと。ちょっと恥ずかしさが凄いだけだからね。そもそも文月もオールマイトのサイドキックの一人とか言われ始めちゃったしむしろ被害者寄りだし。
でもそっか、もしや昨日無双させられたのは予知に悪影響が無いかの確認もあったからなのかな? だとしたら、リカバリーのために誰かしら待機してたのかもね。小鬼は普通に居たし。
っていうかあれか、なんか猫吊るしより私の方が質問されてたのは読めなかったからか。逆に猫吊るしは読めたから聞く事なかったのね。
「でもなんで私だけ……? 例のあの子の所に行ったのは猫吊るしも文月も一緒にだったのに」
「なんでってお前」
「間違いなく『力』のせいだよお……」
えっ、あっ、そっか。確かに。まともに取り込めたの私だけか。猫吊るしはまだ解析中かもしれないけど、文月は完全に消化されちゃったらしいし。
ん……? いやでもあれって何かしらやろうとしなきゃただの作業台だぞ。私あれの使い方なんて全く分かんないんだけど――もしや? おーい、チート能力さんや。もしかして何かしたのかね?
なんて、自分の中に語り掛けてみる。最近はレスポンスが良いので返事があるかもしれないと思ったのだ。
――またまたやらせていただきましたァン!
反応はすぐだった。うん。管理は任せっきりだったけど……ええ? 使えるようになったの?? うっそだろお前。あれ創造主の力だぞ……?
いやでも、それなら説明は付くよなあ。楠木提督のチートがあの自称魔法使いに効くかと言われると厳しいだろうし、量は少なくても同質の力なら読心能力とかを防げるのは別におかしくないと思う。予知に問題が出ないのは、あくまで私自身を護ってるだけで私の出した影響に保護をかけるとかはしてないからとかそんなノリかな? そもそも今の時点でそんな広範囲まで管理できるとは思えないしね。
っていうか、もしかしてチート能力さん、心読まれるの嫌だったりとかした? 確かに『なんか』読めない方が『つよい』感じがするから納得ではあるけれども。これ、任せっきりで大丈夫なのかなぁ。あんまり変な事しないといいんだけど……他の計画の邪魔になったらどうしよう。
私は皆に説明した。チート能力さんが少量の自称魔法使いの子が使ってる『力』で私の事を保護したらしいと。一応確認取ったら返って来たネタまみれの返答を読み解くと、やっぱりそういう事っぽかったのだ。詳しくはベイさんにでも聞かなきゃ分かんないわ。やっぱあの人の能力有用だよ……
話した結果、楠木提督はどこか安堵したような表情を見せた。一瞬の事で、気のせいだったかもしれないけれど。
「まあ、そういう訳ですので……申し訳ないですけど普通に話して相互理解を深める方向で行きましょう」
「いやいや、何も申し訳ない事など無いよ。それが普通だ」
確かに。それはただの健全な人付き合いである。やだ……私それやって好かれる自信ないんだけど。何話せばいいんだろ。
「うん。そうだね、『力』に関してはレ級くんやゴトランドくんの話で聞いているけれど、君を護るものなら問題はないだろう。一応、予知にも反映されるようだしね」
一応、と付けたのはいつか勝手にそこからも外れる機能が追加されかねないからだろう。たぶん今の所はそこまではできないと思うけど……できないよね?
「だから、話を戻すけれど……確かに吹雪くんの言う通りだよ。きっと私は今謝って、それで全てを過去の事にはできないだろうね」
「普通に難しい事要求されてるもんな」
めんどくさい奴ですまんな!! でもしょーがないじゃない。たぶんちゃんとした解決を見ないと私達また同じ世界に突っ込まれるからね。私は構わないけど、楠木提督には傷が増えるだけだもん。
「じゃあ私が基本、この転生に関して感謝しかないって話とか、しましょうか」
それはすっごいひっどいガバ創造主であるあの魔法使いを自称する少女を私が嫌っていない理由であり、楠木提督の事をまるで恨んでない理由でもある、割と大事な話なのだけど……
「いや、申し訳ないのだけれど、また今度にしよう。実はこの後も色々と調整をする必要があってねえ……」
残念ながら今日はお開きになってしまった。ここまで全部予知していたのかあえて予知はしなかったのか、全く分かんないんだけど、まあきっとまた話す機会はあるだろう。ドキッ転生者だらけの懇親会みたいなのもたぶんあるから、そういう機会にでもね。逃がさんぞふはは。
でも、いつかちゃんと和解できるのかなあ。ちょっと不安。楠木提督、長生きしてくれるといいんだけど。
私が止め刺しそう? 知らんな。
「むぅー……吹雪さんだけ覚えるの早いのずるい……」
「俺もすぐ解析できるといいんだけどなー」
「それもなんかずるいよぉ……」
楠木提督と別れ廊下に出るや、ぷーと文月は膨れてしまった。これ、転生三回目の男子(元)です。原形無くなってない? 大丈夫?
「まあ、たぶん私と文月は習熟難易度はあんまり変わらないと思うけどね」
えっ? と文月は廊下に響き渡って何度も耳を喜ばせてくれる素敵な疑問の声を上げた。私の感覚的な話だから、そりゃあ何言ってるのか分かんないよね。説明すれば簡単な事なんだけど。
「文月は『力』を得て認識できるようになる、その入り口までは長いかもしれないけど、扱いを覚えるのはまあ普通くらいの難易度だと思うんだ」
「その入り口がぜんっぜん見えて来ないんですけどぉー」
すんなり入って行っちゃった私に言われても説得力を感じないかもしれない。でも、私は私で問題があるんだよなあ。それも現状解決策が見当たらないのが。
「私は代わりに、まともに自分で扱えるようになるまで文月より遥かに掛かるんじゃないかなって思うんだよね」
「吹雪の場合前段階のチート能力も制御はできてないもんな」
そうそれ。結局、私は『力』どころか魔力の制御すらチート能力さんに丸投げなのである。そして、制御権を取り戻す方法は今の所無い。まあチート能力さんは根本的に私でしかないらしいので制御できてると言えない事も……いや言えないだろ。なんか知らんうちに新しい能力生えてた訳だし。怖。
私は『力』を管理してくれてるチート能力さんを制御するための魔力の管理をチート能力さんにしてもらってる状態だ。鍵が扉の中にあるみたいなもんなので、正直これもう詰んでない? なんて思わなくもないのだけれど……でも現状をそのまま放置するのはどう考えてもよろしくないだろう。でも何とかするためにはピッキングでもするか、スペアキーでも作らなきゃいけないんだよね。無から。どうしろと。
たぶんだけれど、この中で一番早く『力』を制御できるようになるのは猫吊るしじゃないかな。チート能力抜きでもいろんな事を器用にこなせそうな印象がある。まあ、明らかに厄の詰まったこれを本当に取り込むかは別問題としてだけど。
「んー……むー……でも、持ってれば使えるし、どうにかすると増えるんでしょぉ?」
「増えなきゃ返済も何も無いしな」
「ペースは分からないけどね」
数億年で一割とかそういうレベルの可能性も普通にある。なんせ単位が仏教だったから、まともな人間の感覚の範囲で済むとは思えないんだよなあ。もしかして精神保護ってそのためなんだろうか。
「やっぱりずるい!」
「えー」
文月は胸の前で両の拳を握り、むんと可愛らしく力を入れた。そして私の方を向く。
「ずるいから今度から吹雪ちゃんって呼ぶね!!」
「なんか既視感あるのは気のせいかな?」
単に呼び方変えたかっただけかい。いや構わんけども、曙や漣はちゃん付けなのになんで私だけさん付けなんだろうって思ってたし。
文月はじゃあよろしくねとニッコリと笑って、やたらと可愛らしい声で、私の事をわざとらしく吹雪ちゃんと呼んだ。シチュエーションボイスか何かだろうか。どこからスパチャ投げればいいのかな?
まあそれはともかく。楠木提督は大丈夫なんだろうか。扉を閉めて油断したのか、私の耳には大きくはない、でも深い深い溜息が聞こえちゃったんだよね。扉の向こうでどんな表情をしている事やら。うーん、ここに来て私にイレギュラーが出ちゃったし、心労凄そうなんだよなあ。どうにかしたいけど私が動けば動くほど負担にしかならない気もするし、素直にチート能力さんの制御を頑張るべきだろうか。難しそうだけど、やらない訳には行かないからね。
つーか今回何の解決にもならなかったなぁ。会う度にダメージ与えそうだから本当は早期解決が望ましいんだろうけど、その願いは私の力を超えている。本来なら大逃げ決めちゃうつもりだったの正解だったりしない? いや、あの自称魔法使いが駄目っていう以上交流しない選択肢は無いんだけどさ。
楠木提督の寿命を伸ばす手段はまだないけれど、解決しなかったら私達とまた転生させるって言われてたから実質時間制限は無い。でも、できれば今世でどうにかしたい所ではある。いや私の方は来世でもお付き合いさせていただくのはそれはそれで大歓迎なんだけども……
「なんか島風視点でNTRものみたくなってね?」
「お前は何を言っているんだ」
猫吊るしが至極真面目な顔でいうものだから、文月は顔を背けてぷふっと噴き出した。それだと文月は間女……間男? どっちなんだろう。いやどっちでも失礼だろ阿呆か。
でも、こういう馬鹿みたいな事言い合える関係に、いつか楠木提督ともなれたらいいな。って思いました。まる。
吹雪は超早熟型で猫吊るしは早熟型で文月は通常型。たぶん使いこなせるようになるまでの期間は似たり寄ったりです。
魔法使いに貰ったのを上手い事吸収してそれなのでチート能力さんは結構困ったちゃん。
なお一番習熟が早いのは間違いなく別の子。