岩場の陰で海面に右の手の平を付け、精神を集中する。思い出すのは結界に行く手を阻まれたあの時の、あの心を燃やす感覚。腕は動かさない。あくまでも使うのは別の力だ。
こうしていると、周囲の事がよく分かる。基地から飛行機が飛び立つ音、浅く打ち寄せる波の音、ちょっと不吉な金槌を振り下ろす音、明るく話す年少組のみんなの声、既に酔ってる大人達の笑い声。軽く全身に纏わりつく冷たい風。生き物が居ないせいか妙に薄味な海の香り。晴れた空から注ぐ太陽の熱。
研ぎ澄まされた五感。チート能力によって齎されたそれらを、できる限り自分の内側へと向ける。吸った空気を処理する肺が、鼓動し血液を送り出す心臓が、さっき食べた昼食を溶かす胃や腸が、体を固定するために緊張している筋肉が、エネルギーを産み出し消費し生きるサイクルを続ける全細胞が、しっかりと稼働する様を意識する。
そうして己が魂を覗く。物質的な生命である肉体を完全に理解すれば、心霊的な生命である魂や精神の形は自ずと知れる。
ああ私が居る。肉体に比べ矮小な、ただの私がそこに居る。欠片であるはずの駆逐艦吹雪の魂が、完全に揃っているはずの私の魂の中でひときわ輝いている。その近くでは集合無意識へと繋がる経路が働き、仲間に無効化貫通の力を届けている。
その横を抜けさらに奥。そこに、『なんか』『つよい』ものがいる。それはそれを見ている私の事を見ている。不思議そうに。そして無邪気に。
さあ私は私に分かる私を構成する要素を把握できた。だからそれらを視界から排し、残ったものを見つめ直す。そこには二つのなにかがあるはずだ。この世界にも元より存在し、私も多量に抱えているもの――魔力と、この世界の外から持ち込んだ、私が少量のみ有しているもの――『力』が、そこに。
そこに。そこに……そこに、そこに…………
うん。
わかんないんです><
あの、マジで一切何も分かんないんですけど、私本当に持ってる? 他人の魔力割と分かるようになったのに自分のだけ本当に分かんないんですけどなにこれどうなってんの? いや分かってるけどさあ。チート能力さんがそういう能力なんだって事は。
その証拠にね?
――チート能力さん、ちょっと右手に思いっきり力篭めて貰っていい?
――かしこまっ!
海に浸された右手に熱のようなものが篭る。実際に体温が上がっている訳ではなく、おそらくは魔力が消費されているのを自分じゃ捉えられないからって、疑似的に他の感覚で代用して認識しているのだと思われる。
そして消費された分だけの多量の魔力で私の腕は強化され、その余波が周囲に影響を与え始めた。具体的には海面が波打ち、向かってくる波と少し先で打ち消し合っている。
ハッと短く息を吐き出し、腕は動かさず、篭められた力のみを打ち出すようなイメージを海へと叩き付ける。熱が燃え爆ぜるようなそれに変わり、掌から噴き上がり、一瞬で鎮火する。代わりに、触れていた海面が弾け、海水が正面上空へと盛大に吹き飛び、五メートルほどの範囲で浅い海底が顔を覗かせた。
まあこういう事ができちゃうわけだねうん。
うん。
うん?
え、できるんだ……そんな事……
てっきり前の時みたいに余波でおっきな波が出るくらいかと思ってたんだけど。これ人に触れながらやったら死ぬ奴じゃん。怖。
まあ、できたものは仕方がないし、溜めっぽいのが要るから暴発しそうになったら他所に向ければいいだけだろう。そもそもチート能力さんが暴発させるとも思えないし、問題ではないと思う。逆に殴った方が早いから使い道もないけれども。
でだ、私これをチート能力さんに頼らないで自力でやれるようにならないといけないんだよね。いやここまで露骨な発露じゃなくてもいいんだけど。
ちょっとさっきの感覚を思い起こしながら、波に押されて戻って来た海の水に再び右手を浸した。今度はチート能力さんにお願いはしない。腕に何らかの力が回り、力を入れるのではなく入れられる力を増すイメージで、腕に感じた熱をしっかりと想起する。でも、私の体はうんともすんとも言わない。まったく何も反応が無い。あれだ、前世でちっちゃい頃に漫画の真似して色々やった時のアレそのまんま。あの頃と違って実際に可能なはずなんだけどなあ。
私は今、思い立ったが吉日と魔力を扱うための修行を行っている。まだ始めたばっかりな訳だが……既にどうしようもない感が私の中に漂っていたりするんだがマジでどうしたらいいんだろう。明らかに何かが物理的な影響を与えたのに、その何かをまったく認識できていない。何かが何かをしたというのは理解できるんだけど、その何かを観測できないから操作もできない状態である。
違いを肌で感じるために、水面を掌で思いっ切り押してやる。すると海は音を立てながら爆発し散弾のようにバラ撒かれ、複数の水の塊となって吹き飛んで行った。うーんこっちは簡単にできるのになぁ。しかもちゃんと立ってる岩場とか海底とかには被害が出ないように加減もした上でさ。
やっぱり明確に最初の奴とは感覚が違うので、あっちを何度もやって貰いながら方法を盗み取っていくしかないだろうか。チート能力さんはどういう訳か好意的にワンモアセッって言ってくれてるし、暫く続けてみようかなぁ。
でもまあ、今日はもうお終い。これ以上続ける事はできないのだ。何故って?
「吹雪! 大丈夫!?」
爆発を見てこっちに人が来たからです。うん、まああんな事してたらそりゃあ目立ちますよねー。
「え、自分で海面を叩いたの……?」
「はい……」
ちょっと魔力関係の事をぼかして何をやっていたのか伝えたら、その軽空母艦娘――飛鷹さんは呆気にとられた顔になった。私の事を心配して駆けつけてくれたのだろうし、なんだか酷く悪い事をした気分である。
どうやらさっき飛んで行った機体は飛鷹さんの物だったらしく、空からの目で私を発見し、謎の爆発も観測したという事だそうで。もしや襲撃か何かかと現場に急行してくれたんだそうな。
飛鷹さんは安堵と困惑の中間くらいの様子で通信機に向かって事の次第を報告した。どうやらちゃんと司令官とやりとりしながらここまで来てくれたらしい。やだ私ってば各方面に大迷惑。大淀さんも何がどうしてそうなったのか訳が分からなそうな声色だった。
「なんでそんな事してたのか聞いても大丈夫?」
「訓練……というのが一番近いです」
「ええと、それは個性強化訓練的な……?」
「もしかして最近ヒロアカ読んだりしました?」
聞いてみたら、やっぱり読んでみたらしかった。転生者ごとに固有の性能をしているという点で似たようなものという気がしなくもないですけどもね、確かに。
なお訓練()に関しては個人的な物であっても艤装を使って良いと大淀さんから許可が頂けた。まあ動向を把握できるからとかそういうのもあると思うけど……それ以上に見た感じ危ないもんね。私的にも海の上でやった方が周囲に被害が出ないので有難い話である。
「例の風評だったら気にしなくてもいいと思うわよ。私が言うのもなんだけど」
「実は昨日もやらかしまして……」
飛鷹さんはまだ動画は見ていなかったらしく、概要を話したらあちゃあと小さな声を漏らした。二回目は色々と言い訳が利かないですよねえ。
「責任の一端がある身としてはかなり申し訳ないわ」
「いえ飛鷹さんが悪い訳ではないですし、役に立つと分かったのでいっそ使えそうな場面では使って行こうかなと思ってます」
まあ、人前で堂々と戦うとかそんなのあんまりないだろうから、機会は少ないと思うけど。あと、あれ私単体でどこまで意味があるかはちょっと疑問だったりするんだよね。文月が居れば大丈夫だろうけど、居ない場合の効果は半減どころじゃ済まないだろう。まあ1/3でも意味があったらやるけどさ。
「ただ、その時に力をコントロールできてなかったりすると問題なので、色々試してるんです」
「ああそういえば、制御できてないとかなんとか……」
おや、と思う。私は見かけ上、自分の持っている力を制御できているように見える。だけど実際には、魔力という目には見えない力の制御は一切できていない。その話を飛鷹さんにした覚えは無いのだけれど……いつの間にか通達されたんだろうか。
「ご存知だったんですね?」
「ああ…………」
口が滑っただけだったのか何なのか、飛鷹さんは少し目を伏せた。そうしてちょっと言い辛そうな笑顔で、事の下手人の名前を声にした。
「長門はね、あんまりお酒強くないのよ……」
「機密情報とか漏れてませんよね……?」
飛鷹さん曰く、基本的には大丈夫、らしい。どうもご自身が練習中の物だったせいで魔力云々の事が少し口に出てしまっただけ……のようだ。本当にそうなのかは私には分からない。っていうか飛鷹さんもあんまり強い印象無いんだけど、長門さんの方が弱いのか。
「ま、長門が言わなくても今更だけどね。私が使ってるこの艤装って陰陽術ベースなのよ? 魔力とかが本当にあって、吹雪がそれで強くてもおかしいとは思わないわよ」
なるほど、言われてみれば軽空母組がその辺り一番理解し易いのかもしれない。霊的資源で燃料を代用してるだけで、陰陽術の一種ではあるのだろうし。魔力、この場合霊力とか巫力かもしれんが、それさえあれば艤装無しでも使えるのかもしれな…………ん。あれ?
「飛鷹さん、つかぬことをお聞きしますが、軽空母の皆さんって艦載機を出す時に手が光りますよね? あれって、艤装を付けてない状態でもできたりしますか?」
「え? いや、それは無理よ。試した事はあるけど付かなかったわ」
ガスコンロの元栓からガスが来てなくて着火できないような状態、と飛鷹さんは形容した。確認したら、着火のための機構とかは艤装無しでも持ってる状態であるらしい。まあ当然と言えば当然か、それは私が駆逐艦吹雪を使えるのと一緒で、感覚として体にか魂にか覚えさせられたものなのだろうし。
なのでつまり、これはおかしい。
「これって、飛鷹さん達の使っている物と同じですかね……?」
手を差し出し、私はそれを光らせた。無効貫通能力を圧縮したものではなく、中で下手糞な勅やら令やらの文字が踊る、軽空母の皆さんと同じ物のように見えるそれ。それを見て、飛鷹さんは目を丸くした。動揺しつつ自分も掌を私に向け、達筆な勅令の文字を光と共に宙に浮かび上がらせた。
「同じ……に見えるわね」
明らかに私の奴は洗練されていない。練習もちゃんとはしていないのだから仕方がないのだろうけど、宙に浮かぶ文字は形も並びも崩れてしまっている。へただなあ伊吹くんへたっぴさと自分で思うくらい字が汚い。けれど、二つ並べるとそれらは明らかに同じものであるように思われた。
いや汚いのは仕方ないんだよ。私のこれって飛鷹さんのを見様見真似でやってみたらできちゃっただけで誰かに教わったとかじゃないし、まして脳だか魂だかに使うための感覚をぶち込まれた訳でもないんだから。
でも、だからこそ。これはチート能力さんの学習能力の適用外だと考えられるんだよね。汚いままだというのがその証拠なのだ。影響しているのであれば、もっと綺麗になっているんじゃなかろうか。現状だと、本当にやったらなんか出た以上の物ではないのである。
チート能力さんは感覚的にできる事は完全に使いこなせるようにしてくれる。まあ多少の練習は必要だし、技術的な事は見ただけでは覚えられない。代わりに指導さえされれば阿呆みたいな速度で習得してくれるし、場合によっては派生技まで習得できたりもする。
でも何故か、脳を使うのは同じなはずなのに、勉学なんかの所謂頭を使う事柄に対してはチート能力さんは一切補正をくれないんだよね。まあ他のチートとの兼ね合いとかもあるんだろうけど……ともかく、私は知力はバフして貰えないのである。
そしてその理由であるが、それはおそらく、チート能力さん的には私が頭が悪い――即ち、バカな方が『なんか』『つよい』感じがするからという割とどうしようもない理由である。まあ能力的に重要な事っぽいのは確かなんだけどさぁ。
さて、ここで私は思いました。今この手の中にある光って文字の浮かんでるこれ、ゲーム的に言ったら、どの能力値で判定や威力の計算を行う技術でしょうか?
答えは魔力――もしくは知力か、それに相当する能力値である。
ゲーム的に考えると分かり易いよね。私は近接して自分の身体能力を自己バフしてぶん殴るタイプの戦士キャラ。魔力を使っていると言っても、その強化スキルの成功判定や効果威力の判定に知力を参照したりはしないだろう。
対してこの光。これはまず間違いなく、知力かなんかが必要な事柄なんじゃあないだろうか。だってこれ陰陽術だぜ? 学問だろあれ。私が光は出せるけど下手糞だし何度かやってるけどそれ以上にならないのは、取っ掛かりは魔力操作っていう感覚でできたけど、そこから先は学ばないとどうしようもない……即ち学術的な取り組みが必要になって来るから……なんじゃあないだろうか。
つまり、チート能力さんは感覚的な部分だけは一応できるようにはしたけれど、そこから先は専門外であり、強化も管理も制御も行えないんじゃないだろうか。していたらきっと私の出した文字はもっと綺麗で、それこそ『おいおいできるようになったばっかりの奴の練度じゃねえぞ』みたいな天才オリ主様ムーブが可能だったと思われる。格闘面に関してはそんな感じなんで自重する気も無いだろうしね。
それでなんだが、これの何が大事かって言うとだ。この光るのは明らかに何らかの燃料……おそらくは魔力を使っていて、強化も管理も制御されていないのに、私の意思で使用が可能だって事である。
うん。つまりだな。
私最初っから……それこそ訓練所の時からもう自分の意思で魔力使えてるんじゃねーかと。
そういう話になるんだが。
え? 今まで何度も使ってたのに全然気づかなかったんだけど? なんなら練習練習ーとか言ってこれもやってみたりしてたんだけど?? それで全く能力として伸びないから、いやーこれ進歩しないなー消費してる感もないなー関係ないのかねーみたいな感じだったんだけど??? え? っていうか待って? 私これ伸ばすべきなの? これ陰陽術、体系化された技術……学問の一種だよ? 本来そこから使えるようにするような感じのもんだよたぶん。えっ……嘘……じゃあ私がまずやるべき事って、修行じゃなくて、勉強だったりとかする??? 真っ当に陰陽術の使い方習って、そこから制御法とかも理解して行くべきだったりとかする訳?????
なんというか、私は根本的な勘違いをしていたんじゃないだろうか。周囲に自力で魔力を操作したり何かに使ったりできるようになった人達が居るから仕方ない部分もあるかもしれないけれど、よく考えたらそいつらは全員天才って言われる連中だった。そして私はただのチート転生者であって、別に天才ではない。だから……そもそも、私が感覚的に魔力の扱いを覚えるのは、ただ単に才能が足りなくて不可能だったとか、そういう話だった可能性がここに至って現れた。
つまるところ、理解が足りない。私は魔力の何たるか、根本的にどういう存在であるかすら知らない。そもそも魔力は仮称だし、初春は霊力って呼んでいた。風香の魂から湧き出てたのは視たけれど、どうして湧いてくるのかはまったく理由が分からない。
元から感覚として持っているのなら一つの気付きでそれを使えるようになるのかもしれないが、私がしなきゃいけないのは無い物を生やす作業である。そもそもの形を理解してないのに、そんなものを作れるはずがあるだろうか?
逆に、自分以外の魔力が分かるのはチート能力さんの恩恵だろう。これはそういう能力だから、ついでに私にも理解できるようにしたのだろうと思われる。他人の外傷は目に見えても自分の内臓の不調は目に見えない。そんな感じなんだろうたぶん。
飛鷹さんに断って、ちょっと自分の掌の光を付けたり消したりしてその感覚に集中してみる。魔力が流れる感覚は分からない。ただ、本当に、ほんのちょっとだけれども、さっき爆発させたときのような熱の幻覚が、一瞬だけ皮膚を掠めた。ような気がした。
「吹雪? 大丈夫?」
黙って光を付け消しする私に、飛鷹さんから心配気な声が掛けられた。じっと……と言っても三十秒くらいだけれど、押し黙ってチカチカやり始められたらそりゃあ何かあったか気にもなろう。本当に申し訳ない。
「はい、大丈夫です。お陰様で少しだけ掴めた気がします」
飛鷹さんにはどういう経緯で何が掴めたのかは全く分からなかったのだろう。どういたしまして……? と思いっきり疑問符の付いた声が返って来た。そりゃそうだ。
なので一応、私が魔力を身体強化以外に使ったり強化を止めたりする方法を探していた事、私は陰陽の光を魔力で出しているっぽい事、その事から陰陽術を習得すれば同時に魔力も制御できるようになるかもしれないという事。そして、全部推論だから合ってるかは全く分からないし、どこかしら確実に間違ってるだろう事なんかを説明しておいた。
「なので飛鷹さん、陰陽術に詳しい自衛隊の方が居られたら紹介して頂きたいんですが……」
「いや、知り合いには居ないわよそんな人」
ですよねー。そもそも猫吊るしが失伝してるって言ってたもんなぁ。うーん……初春に聞いてみるかなあ。ただ風香もなんだけど、感覚的にやってるっぽいからどうだろう。私には分からない可能性が高そう。
「オカルト関係なら国が必死に収集してる……なんて噂は聞くけど、正直眉唾よ」
「艤装の性能が性能ですからね……」
物理攻撃無効化するわ巻物から飛行機取り出すわ見た目より遥かに物が入るわやりたい放題である。原理が分かったら戦いもだけど物流に大革命が起きるしそりゃあ調べてはいるだろうなあ。それが実るものなのかはまた別問題な訳だけど。
「資料くらいは本当に各地から集めてるでしょうけどね。偽物も多いでしょうし、信用できる情報元なんてそう無いんじゃない?」
そうなると……もしかせんでも楠木提督経由で見せてもらうのが一番手っ取り早かったりする? 真贋も分かるだろうし、仕分け自体もうやってそうだし。いや、それより転生者にそういうの分かる人とか居たりしないだろうか。魔力を扱うための学問とかなら陰陽術じゃなくてもいいんだけど……うん。そうなると今じたばたする案件じゃあないわな。
「まああれです。本当に正しいのかも定かじゃないので、とりあえずは明日の作戦に切り替えていきます。急ぎの話ではないですし」
私の言に飛鷹さんはちょっと心配気な表情を見せた。使えてるのに制御はできてないのは不安じゃないかとか聞かれたけれど、暴発したりする類のものでもないので大丈夫ですと答えておく。まさか別人格が常時発動してくれてるみたいな状態だとは思わないだろうからね。仕方ないね。
「明日の作戦、気を付けた方が良いかもしれないわ」
ともかく大丈夫ならこんな所からは引き上げようという話になり、徒歩で岩場を渡っていると、飛鷹さんはあまり大きくない声を漏らしだした。
「何か気になる事でも?」
先行していた飛鷹さんは軽くこちらを振り向いて頷くと、海の向こうに目を向けた。私もつられてそちらを見たが、特にそこには何もない。波も静かな生き物の気配がしない海である。
「今日、こっちに攻めてくる敵が一体も確認されなかったのよ」
それは確かに珍しい……というか、私達がここに来て初めてじゃないだろうか。飛鷹さんが偵察機を飛ばしてたのもそれが理由だったようで、大淀司令官はかなり状況を怪しんでいるらしかった。
「こっちの動きが読まれてる……とも考え辛いんだけど」
「深海棲艦ってそういうのあるんですかね?」
「どうかしら。通信の傍受だとか、そういう事をしてる印象は無いけど……」
向こうが妙な作戦を執って来る事はあるけれど、どちらかと言うとやりたい事を押し付けようとしてくる傾向に思える。そもそもこっちの情報を抜いて対応してくるとか、そういう事をやれる基盤を持ってるんだろうか。
いやそれ以前の問題として、楠木提督の事を知ってる私には、なんかあっても計画通りなんだろうなあ……って感想が先行しちゃって危機感を抱き辛いというか。たぶん予定調和というか調整の結果そうなってるだけだと思うんですけど、それを飛鷹さんに言う訳にも行かないからどうしたものか。
「まあ、楠木提督は予定通りみたいな顔をしてらしたから、ただの杞憂かもしれないわ」
まったくどこまで視通していらっしゃるのやら、と飛鷹さんは嘆息した。チート能力の事とか知らなくてもそういう扱いなんだ……
ちょっと邪魔をしてしまったが任務の最中だった飛鷹さんと別れ、私は工廠へと向かっていた。自分の説が合ってるかはともかく、普通に興味があるので猫吊るしに陰陽術の事を聞いてみようかと思ったのだ。
さして遠くもない距離を手以外も光らせられないだろうかなどと試行錯誤しつつ歩いていると、あまり聞き慣れない、何かが空を切る音が私の耳朶を揺らして来た。はてなんぞやと建物一つ向こうの側を覗いてみれば、そこには艤装を背負って向かい合う、槍のような物を構え隙を窺う叢雲と、頭上で錨をぶん回しじりじりと間合いを詰めて行く浦波が、互いに鋭い眼光を絡ませていた。
叢雲の視線が一瞬、私の方を向いた。それは最前線で戦ってきて身に付いた、周囲を警戒する癖のようなものだったのだろう。私だと気付くとすぐに割いた意識を浦波へと戻していく。だが既にその時、この一瞬を隙と見て放たれた呻り猛る錨が、叢雲の側頭部を砕かんと砲弾のごとく迫って来ていた。
回転で付加された速度とその二乗の威力を乗せた錨が直撃すれば、ただの砲弾が的中するより酷い事になるのは火を見るより明らかである。浦波は改二にこそなっていないがどう見ても筋力は人間のそれを凌駕していたし、そこから生み出される回転力は下手をすれば音速すら超え得るものだったからだ。
私も体感した事であるが、浦波の錨捌きは並大抵ではない。回転からの一撃である以上軌道は限られ、錨だけであれば捌くのはそう難しい事でもないだろう。反射神経さえ足りていれば、武術の経験などは無くとも躱すくらいはどうにかなりそうだと感じる。しかし、彼女を相手取るのにそれだけでは不足である。錨を躱した先には、当然蛇のように体をうねらせながら獲物が掛かるのを待ちわびる、自在な動きを見せる鎖が待ち構えているのだから。
故に、叢雲の動きは本来なら悪手である。叢雲は迫る錨を躱すため、一歩前へと踏み出してみせたのだ。
かかった、と浦波が思ったかどうかは定かではない。ただ普通に考えれば、私の出現というアクシデントに反応したせいで咄嗟に避ける事しかできなかったようにも感じられただろう。
まあ――当然、敵のひしめく変色海域に自分達から突っ込んで行って、近接攻撃主体で戦った挙句大きな怪我も無く生還しているような奴が、たかが急に障害物が一つ増えた程度の事でそんな隙を晒すなんて事は有り得ない訳なんだが。
叢雲の前進に合わせ、浦波の鎖がその身をよじらせ、獲物を締め上げんと動き出す。その時にはもう、叢雲は次の一歩を踏み出していた。
だん、と重い音が辺りを打った。その音に反し軽い動きで叢雲の体が前方に向かって打ち出される。それに合わせ構えられた槍が前方に、渾身の力でもって放たれた。
叢雲の突きが鎖の合間をすり抜ける。既にそれは四方から叢雲に迫っていたが、踏み込む速度と突き出す速度が合わさり、先端が明らかに音速を越えている叢雲の一撃に対して、その動きはあまりに鈍重過ぎた。
音より速く。槍の穂先が浦波の右眼前数ミリメートルに突きつけられる。遅れて衝撃波が辺りを揺らし、土埃が舞い上がった。鎖が制御を失い地面に落ちる。浦波は動けないようだった。うん無効貫通を使ったりはしていないはずなので安全なのだろうけれど、普通に怖いよねそれ……
叢雲の勝利、と横で審判をしていた東雲が突然我に返って宣言した。気が抜けたのか浦波が地面にへたり込む。叢雲は残心を保ちつつ数歩引き、そのまま私の方を向いた。
「吹雪」
叢雲からは何か、殺気の様なものがゆっくりと立ち昇って見えた。
「東雲の次はあんたよ。艤装取ってきなさい」
いいよこいよ。いや私が行くんだけども、ともかく模擬戦しようっていうならやってやんよ。でもそれはそれとして、東雲はえっ……って顔してるんだけど大丈夫? ちゃんと意思確認した?
舗装された地面に転がる二人を尻目に私と叢雲は向かい合った。許可はすぐに出たのだけれど、一応取っている間に浦波も東雲もだいぶ揉まれてしまったようだ。
レギュレーションは一本勝負。一撃致命打を入れられたら負けで、武器は近接の物のみ使用可能。明らかに槍持ってる叢雲の方が有利なルールなんだが、その顔はどう見ても有利な側のそれではない。
殺気の様なものは闘気に変わり、叢雲の体に纏わり付く。眼光にもそれが現れ、何の心得もない人間ならそれだけで戦意を喪失しかねない程の圧力となって相対する私に注がれている。うーんこの武術家。さては世界観おかしい勢の一人だったか。
開戦の狼煙は妖精さんが引き受けてくれた。妖精さんサイズのピストルを持った子が東雲の艤装から身を乗り出して空に向かって掲げている。その空砲が撃ち鳴らされたなら、それが戦いの始まりの合図である。
私と叢雲はそれぞれに構えを取った。私は川内さんに習ったカラテの構え、叢雲はさっきと同じ最速の突きの構えだ。ただし、その身から何かが噴き出すのを抑え込んでいるような気配がする辺り、実態はまるで違うように感じる。
あ、これ一撃で終わるな。私は直感した。勝つにしろ負けるにしろ、叢雲は最初の一撃に全てを懸けてくるだろうと確信できた。
であれば正面から受けてみようか。大きく避けてしまう事も可能だろうが、なんだろう、それはそれで対応してきそうな気がしなくもないし。
叢雲の内部の気配が増して行く。内功とかそういう事できたりするんだろうか。いやそれはともかくとして、私も何が来ても対応できるよう、目の前の艦娘に意識を集中させていった。
ぱん、と軽い音が鳴った。その瞬間、私目掛けて叢雲の体が前進を始める。走るというよりは跳ぶように、あっという間に私達の彼我の距離が縮まっていく。
叢雲の狙いはやはり突き。神速の一撃でもって獲物を仕留める腹積もりであろう。であれば私はそれを躱すか止めるか、もしくはそれ以上の速度をもって打倒するかである。私は止める事を選択した。
迫る叢雲、その速度は、既に人間のそれではない。真っ当な武術のそれに、さらに艤装による身体強化と艦娘の影響による身体強化が二重に掛かっているのだから当然か。
一歩で距離の半分を詰め、二歩目でその穂先が音速を超える。艤装無しで直撃を貰えば、人間であれば即死だろう。さもありなん、それは深海棲艦の金属染みた頭蓋を破壊し通すだけの威力を持っているのだから。
それが私の体に届くまでまばたき一つの時間もない。私は構えた両手を胸の前へと持ってきた。やる事は決まっている。白刃取りだ。
別に余裕があっての選択って訳ではない。叢雲は明らかに一撃で終わらせる気概で迫っているが、それはそれとして、二の矢三の矢が無いはずもない。ただ避けるだけでは確実にそれらが飛んでくる。だったらそもそもできない状態にしてやる方が有利だろうと、そういう判断である。
迫る槍の一撃。鉄板どころか鉄塊ですら大きさ如何で貫くそれが、私の目の前に迫ってくる。私の手がそれに合わせて動き出す。その時に、叢雲の動きがほんの少し、鈍った。
それは要するに特殊な歩法だったのだと思う。加速を付けて前進する突きの一撃を、最大威力で敵対者にお届けするための――おそらくは、筋力が元々の術理では対応しえない領域まで至った叢雲が自分で作り出した、特殊な技。私の目の前で、叢雲はわざと失速し、もう一歩だけ踏み込む余地を生み出した。
叢雲の態勢が低くなり、地面にその足が少し、めり込んだ気がした。瞬間。今までの倍……までは行かずとも1.5倍くらいの速度で、叢雲の槍が私の心臓目掛け驀進する。その軌道は私の構えた両手を完全にすり抜けていた。
金属と人体のぶつかり合いからは通常出なさそうな怪音が辺りに響き、闘気と音速の衝撃波が周囲を打ち据えた。
「ほんと、無茶苦茶ねあんた」
「自分でもそう思う」
動かせなくなった槍を引き抜こうとして無理だと悟った叢雲が、その手を柄から離しながらぼやいた。槍はそのまま落ちる事もなく微動だにもしない。それもそのはず、その先端は私の右の肘と膝に挟まれて、完全に固定されていたのだから。
まあつまり、ちょっと想定とは違ったけれど、私は白刃取りを達成したのである。振り下ろした肘と振り上げた膝で挟む事で。自分で言うのもなんだが頭がおかしい。
「続ける?」
私は槍を自分の手に転がして構えを取りつつ叢雲に聞いてみた。実は私、ちょっと教わった事があるから多少なら使えない事もない。素手の方が慣れてるから強いだろうとは思うけど。
「こっちが無手で? ふん……いいわよ、やってやろうじゃない!」
この後滅茶苦茶白刃取りし合った。
「思った以上に気にしてなさそうね、深雪が変に騒いでたからどうかと思ったんだけど」
「動画の事? まあ、実際撮られてるの分かっててやったからそんなに」
十回以上は私の突きを防ぎ切って神経を削り切り、艤装を放り出して建物を背に座り込んで休憩を決め込んだ叢雲から、ええ……と隠す気のないドン引いた声が聞こえて来た。興奮した様子で私達の攻防を観戦していた浦波と死んだ目で見つめていた東雲も似たような反応である。
「っていうか、立ち合いでそういうの分かるんだ?」
「結構判るわよ。隠すのが上手いとか全部放り投げて武に集中できる奴とかならともかく、あんたはそうじゃないし」
叢雲に言わせれば深雪の方がよっぽど分かり辛いらしい。いや深雪も普通より遥かに分かり易いらしいんだけど、それ以上に。
「昔から表情が硬いって言われ続けてるんだけどなあ」
「表情以外から全部漏れてんのよあんたは」
最初の一撃も驚きはしたけど脅威には感じなかったでしょ。呆れ返った様な叢雲の言葉からは、隠し切れない悔しさが滲み出てしまっていた。うん。なんかごめん。
「ま、いいわ。死ぬまでには一本取ってやるから、覚悟しておきなさい」
「そんなに杖術に拘りあったんだ……」
「そこそこにね」
別に極めているとか皆伝を貰っているとかでもないらしいのだけれど、それでも鍛えて来た技術が通じないというのはそこそこに無念であるらしい。なまじ深海棲艦にはしっかり通じているというのも問題なのだろう。いやむしろそっちには通じてるのがびっくりなんだけどね? 例のあの子の言ってた妖怪と戦ってたっていうサムライの技だったりとかするんだろうか。
「ところであんた、この後暇?」
「別に予定とかは無いよ」
猫吊るしと話してみようかとは思っていたけど、それは今度でも大丈夫だしね。それにまた風香となんかやってたから邪魔するのも悪いだろう。ちなみに連装砲ちゃん達はぴかぴかになってた。かわいかった。
「それなら久々に教えてあげるわ、構えからね」
叢雲は体の重さを感じさせない動きでスッと立ち上がると、自分の艤装からただの鉄の棒を取り出した。おそらくは予備の武器だと思われるが、深海棲艦に通じるのかはよく分からない。防御専用かもしれない。
私の方へと本来の装備である槍の方を押し付けると、自分は棒――というか杖を構え、叢雲は私の横に並んだ。以前よりさらに研磨されより実戦的になった構えを取ると、それを真似た私の体に触れつつ細かい修正を行ってくれる。たぶん、以前の指導から特に変化のなかった私の杖術を、今の自分ならもっと洗練させられそうだと気付いて放って置けなくなってしまったんだと思われる。技術が吸収される音がした気がした。
「私が強化されると一本入れる難易度上がると思うけどいいの?」
「それで取れなきゃそれまでよ。分かるのを放置して、強くなる機会を逃した相手に勝つのは手加減されるのとどう違うのかって話」
そんなもんだろうか。私は別に武人とかじゃないのでその辺りのこだわりはなんとなくしか分からない。でもたぶん、相当プライドの高い行為なんだろうなというのは理解できた。
「そもそも、これであんたが強くなるのかって言われると疑問よ。手札は増えるでしょうけど……」
それはそうね。私基本素手格闘だもんね。まあ知識が増えれば似たような攻撃手段の相手を捌きやすくなるから無駄にはならないだろうけど……そんなの叢雲以外に居るかな?
叢雲から教わっていたら浦波と東雲も混ざって来たり、途中天龍さんと龍田さんがやって来て流派違いの浸透勁を伝授してくれたりと色々していたら、すぐに日が落ちてしまった。
なんか途中から吹雪に詰め込めるだけ詰め込んでみようぜみたいなノリになって行き、最終的に私は素手で飛んでくる砲弾を二つに切り裂いて左右に散らすとかそんな技まで使えるようになってしまった。いや似たような事は元々できるけどさあ、剣の技を手刀で再現可能とか龍田さん辺りたぶん内心ドン引きだったよ。
そんなこんなで艤装を置きに行ったらまだそこに居た島風とも合流し、皆で夕食を取った後、流石に明日に備えて休もうとその場で解散。私達は各々部屋へと帰って行った……のだが。消灯の時間がやって来ても、私の下には眠気さんがさっぱり来てくれなかった。
それもそのはず、私が今日目覚めたのはお昼頃。まだそんなに大した時間活動していないから、眠くなんてなるはずもなかったのである。
いや寝ようと思えば寝れない事もないのだけれども、気になる事があるせいで検証したい欲が溢れてるんだよね。そういう時って寝つきも悪いじゃん? だから私は灯りの消えた部屋から音を殺して抜け出すと、窓からひょいっと跳んで行き、寮の屋上まで足を運んだのだった。
無人のそこは多少の光は当たれど薄暗い。でも私は自前で光れるから関係ない。監視カメラも普通にあるが、入り口の上のスペースまでは流石に映していないので、そこに飛び乗れば解決である。
鎮守府内でもかなり高い場所に位置するそこからは周囲の景色が一望できる。今日は出撃が少なかったせいか工廠が静かでいつもとちょっと雰囲気が違う。たぶん明石さん達も明日に備えて休んでるんだろう。いや稼働してはいるから誰かしら働いてるんだろうけどね。そんな訳なので今ならここで落ち着いて検証ができるだろうと思われた。
先ほどまで私は色々と技術を習得させてもらっていた。その最中、ちょっと気にしてみたんだが、私は初めて使う術でもただの物理攻撃ならかなりの練度で扱えた。チート能力さんは体を動かす事に関しては超超つよい補正を齎してくれる。それはもう習得にも研鑽にも実践にも、私にすら訳の分からないほどのレベルでつよさが加算されるのだ。
髪を一本引き抜いて、それを宙へと投げ上げる。ふよふよと不安定に舞うそれ目掛け、私は立てた指を一本、普通じゃ見えない程度の早さで振り切った。
落ちて来る二本の髪。それぞれの長さは抜いた時と全く一緒で、太さはきっちり半分だ。まあつまり、指で縦に切断したのである。習った技のちょっとした応用だね、別に難しい事でもない。
当然ながらやってみたのは初めてで、チート能力さんはふんすふんすと鼻息が荒い……ような雰囲気を出しているように感じる。やっぱり新しい技の取得や開発の際には活発に働いているのだろう。なんとなく楽しそうだしきっと体にもいいと思う。
次に私は逆の手の指を一本立て、その先端を光らせた。これは飛鷹さんに見せたのと同じものだ。文字もちゃんとド下手糞なのが浮かんでいる。さっきまでは掌で発動してたので、これも一応新技である。しかし、チート能力さんはと言えば、さっきとはうって変わってなんだかスンッと大人しかった。
しごく分かり易い反応である。明らかにこっちは補正する気が無いのだ。いや、気がないっていうかただ単にできないのかもしれないけどね。チート能力って成長するらしいし、育てばやるようになるのだろうか。
感覚でできる所までは補正の対象、そこから離れれば対象外。光らせるまでは対象だったけど、それで何かをするのは対象外だと、きっとそういう事なのだろう。例えるならこの光は、電気を産み出したはいいけどそれを使うための回路がないからスパークしてるだけでなんにも起きてない、とかそういう状態なんじゃないかと思う。回路自体はチート能力さんでは組めないのだ。たぶん。
まあそれが分かった所で現状どうしようもないんですけどね! だって光らせる事は自力でやれるけどどうして光るのか全然分かんないんだもん!! 出せるのに出してる感覚すら無いんだもん!! なにこれ? 飽和でもしてるの? 大丈夫? 刺激で爆発したりしない?
ああでも文字を消すくらいはできそうな…………うん。できるわ。ただの光になったわ。これさては色変えてただけだな? 中身の意味が分かってないから表面だけ真似てたせいで無意識に文字っぽい光出してただけだな? 見た目にだけは飛鷹さんのと同じに見えてたのが厄介極まりない。飛鷹さんも術に詳しい訳じゃないからよく分かってなかったんだと思われる。ややこしい。こうなると陰陽術って仮定すら怪しくなってくる。実は掠りもしてないんじゃないかって気すらして来たわ。困る。
うーんしかし今更だけど、何か消費してるはずなのにその燃料を全く認識できないのって怖いなあ。一応光る場所を変えたり色合いを変えたりは結構できるみたいなんだけど……原理はまるで分からない。強さはあんまり変えられないので、光るのは副作用かなんかっぽい気はする。主作用なんなんだろう。まあ、便利は便利だから必要な時は使っていこうと思うけど、無効貫通能力を圧縮した光の方が安全なんじゃあなかろうか。いやあっちはあっちで原理は分かんないんだけども。
私は屋上で光っていた。赤青黄色緑白黒、色とりどりに体の各所が輝いていた。
そんなに強い光じゃないし、下からは見えもしなかっただろうけれど、それでもきっと目立ったろう。特に、さらなる高みから見下ろしてる奴からしてみれば。
聞き慣れた風切り音が聞こえてくる。それは最初は下の方で鳴っていて、だんだんと上に登って来た。そして私の高さを超えるとそこで一旦停止して、オウッと鳴いてこっちの方へと跳んで来る。
そいつは私の横に軽い足取りで降り立つと、五指爆炎弾ごっこをしていた私の手元を覗き込んだ。そしてすぐに指が燃えている訳ではないと理解すると、胡乱気な瞳で私の顔を見つめて来た。
「雪、なんで光ってるの?」
偉大な相手というのは輝いて見えるものだヨ。などと、ネタの分かる相手なら返しても良かったのだけれど、残念ながら読んだ事がないと思われるので断念した。仕方がないので魔力の練習と本当の事を言っておく。
「それより風香、今、普通に飛んで来たよね」
「うん」
「危ないよ?」
「大丈夫! もう安定するようになったし、今更これくらいなら落ちても怪我もしないよ!」
えっへんと自慢げに腰に手を当てる島 風香さんじゅうよんさい。確かに体も強化されて頑丈になってはいるんだろうけど、数十メートル落下して無事でいられるほどなんだろうか。まあ寝巻姿なので大きな露出もなく、むしろ普段よりはかなり厚着だから少しマシかもしれないけれども。寝るだけなのに動きやすさ優先で選んだらしいから邪魔にもならないんだろうけども。でもそっちの問題だけじゃなくってさ。
「生身で飛べるのはまだ皆知らないんだから無暗にやっちゃ駄目じゃない?」
「雪が光るのもね」
ジトっとした目で見られてしまった。うん、その通りだわ。一応隠れてはいたんだけど、風香に見つかってるから説得力はないだろう。
「それに雪も艤装無しで海割ったんだよね?」
いやそこまではやってない。ちょっと海底が見えたくらいだよ。
「雪は今日何やってたの?」
「なんだろう……修行?」
風香は屋上の端で腰を掛け、持ってた小袋を膝に置くと、私にも横に座るよう促した。特に拒否する理由もないので足を地面に向けて垂らすと、二人揃って海へと向き合う形になった。
「おうっ? 雪って修行要るの?」
「少しはしないと流石に覚えられないからね」
そもそも割と川内さんとやってるじゃん。って思ったんだが、どうも川内さん側のスキルアップに付き合ってるだけに見えていたらしい。風香的には私の練習になってるとは思えていなかったようだ。別にそんな事もないはずなんだが。
「まあ、武術はともかく魔力の扱い方はね。全然上手く行ってないよ」
「さっき光ってたのは?」
「あれも何で光るのかよく分かってない」
「おうっ!?」
なのでいきなり爆発する可能性が否定し切れない。私の全魔力で爆発したらどれくらいの被害になるんだろ、総量よく分かんないから想像がつかないなあ。
「風香みたいに発射できるようになれば便利そうなんだけどね」
「便利だよ! 埃も払ったりできるし!」
何に使ってんだお前は。エアダスター? エアダスター代わりなの? 連装砲ちゃんのお手入れに使ってたりとかする? 隙間に入りやすそうだもんね。磨いてるのは結構見るけどそんな事までしてたのか……
「でも私のは光らないけどなー」
そう言うと風香は掌から軽く魔力を噴出させ始めた。出したり止めたり結構自由にできるようで、勢いや量の調節も簡単そうである。代わりに光は出なかった。
「どうやるの?」
「聞かれると困るんだよなあ。光らせようと思ったらなんか光っただけだから」
そっかーと風香は納得した。私への印象がよく分かる。
「一応、飛鷹さん達の真似なんだよこれ」
「あっ、空母の人達って光るよね。艦載機飛ばす時とかに。あれ?」
それ。と返して実際に文字の浮かぶ光を見せてみる。それで風香はイメージが固まったようで、隣でちょっと試行錯誤をやり始めた。出すんじゃなくて留める感じ? とか聞かれたけれど、私にはよく分からない。だって何出してる感じもしないんだもん。
「つまりこう……っ」
オッと風香が力を入れる。それも血管がはち切れんばかりの圧力で。その瞬間、風香の手元は一瞬金色に輝いた。でもそれは本当に短い時間で終わり、辺りはすぐに元の薄暗さを取り戻した。言われてすぐできるのか……うーん天才。ちょっとだけ叢雲や龍田さんの気持ちが分かった気がする。
「雪……これ飛ぶより辛いよっ!?」
「えっ」
そうなの? あれか、風香の様子からして魔力に滅茶苦茶圧力掛けないと駄目とかそんな感じなのだろうか。
「これが簡単にできるなら、雪もすぐ飛べるようになるよ!」
「どうかなあ、使われてるはずの筋力強化すらオンオフできないし」
まあ、これに関してはできてもできなくても変わんないけどさ。そもそもオフにしないし。
「あ、それ。前に聞いた時よく分かんなかったんだけど、雪って魔力で体強くしてるんだよね?」
「そうだよ」
大別してそういう方向性の話なのでその認識でいいと思う。一応風香には私の体質の事は言ってある。転生の事とかチートの事とかは言ってないからあんまり詳しくではないけれど、一応の納得は得られている……と思ってたんだがそうでもなかったらしい。
「雪があんまり記録会行きたくなさそうだったのって、そのせい?」
「お前分かってて連れてったの???」
あの日なんで迎えに来たのかよく分かってなかったんだが、さては私が逃げようとするのまで読み切ってやがったな? いや確かに逃がさんお前だけはみたいな事言ってたけどさあ……
「気にしてたんだ」
「そりゃそうでしょ……」
人間の限界を無視した力を出せる私が蹂躙するのはなんか色々不味いだろう。何が不味いのかと具体的に言われると困るが少なくとも心情的には。
「大変だね、雪も」
他人事みたいに言うけれど、今は風香もその枠なんだよなあ。風香の方が大変じゃないのか、私は元々あんまり興味がある訳じゃないし。いや風香も大会自体にはあんまり興味なさそうだけども。
「走るの好きなのに」
「えっ」
ん? うん? なんて?
「私走るの好き?」
「おうっ? 好きでしょ?」
お互いに見つめ合い、クエスチョンマークを飛ばし合う。風香は当然そうだと確信していたようだけど、私は正直言われてもよく分からなかった。
うーん……? どうだろう? あんまり考えた事なかったな? 少なくとも嫌いではない? まあ前世よりかなり自由に動くもんね? 特に厭う理由はないかな? そうなると好き? いやでも私どっちかって言うとインドア派では? いや別に外に出たくないって程ではないかな? そういえば艤装を使って全速力で航行するのとかは確かに悪くないような気がしなくもない? でも走るのはどうかな? あんまり自分がどう感じてるかとか検分なんてやらないし、ちょっと見当つかないな?
「…………よし、風香、走ろうか」
思考が詰まった私は、思い付いた。どうもこうも試してみれば良いのだと。
風香はちょっとだけきょとんとして、すぐ満面の笑みに変わった。疑問は一瞬でどっかに行ってしまったようだ。
「うんっ!」
私達は屋上を飛び出した。
夜の運動場は思いの外明るかった。別にここそのものが照らされている訳ではないのだけれど、周囲の光が折り重なって、ちょっと動き回るのに不便しないくらいにそこは光で溢れている。周りから見たら私達が居るのはバレバレで、もし見つかったら怒られるかもとちょっと思ったりもした。
屋上から飛び出して、二人して中央に無事着地。うーん超人。人間辞めてる。風香は着地の時に魔力で勢い殺してたけど、私はそれすら必要無い。周囲に被害が出ないよう、衝撃だけは散らしたけども。
誰も居ないのを確認して、ちょっと軽ーくストレッチ。体を壊しちゃなんにもならんしそこはやっとかないとだね。そうして準備を整えると、私達はどちらからともなく走り出した。
別に、記録を取ったりするわけじゃあない。お互い全力をふり絞るような、気合を入れた走りでもない。ただただ友達と遊んでいる、子供みたいな追いかけっこ。だいたい服装寝巻だし、実際子供な年齢だ。ルールも決まりも特に無い。コースも別に決めてない。闇雲に足を振り回し、私と風香は光になった。
いや実際、人が見てたら目を疑う光景だったと思う。どちらも世界陸上でも見れない速度で駆け回り、時には魔力で筋力で、瞬間移動みたいな事までやってたから。勿論朝に影響は出ない程度に抑えてではあったけれど、まあ、自重は全くしてなかった。
体が心地よく風を切る。寒いくらいの夜気が高まる体温に心地よい。足を一歩進めるたびに、飛んでく景色が小気味良い。時に私を追い越して行く隣の奴を、再度抜かすのはすっきりする。大地を蹴って着地する、その振動が胸の鼓動と合わさって、やけに鼓膜に響き渡る。入れる力は変えないで、向きや角度を調整し、速さの違いを見つけ出す。上手く嵌るとどういう訳か、全身にそれが伝わった。
なるほどなあ。
「楽しい?」
「よく分からん!」
「よく言うね!」
普通じゃ考えられないくらいの高速でそこそこ長く走り続け、流石に風香の息が切れて来た。私は余裕があるというか、回復の方が早いので既に万全なのだけれど。
ああ、寝間着の裾が砂まみれだ。寝る前に着替えた方が良いだろう。っていうかお風呂も入りたい。シャワーくらいなら許されるかな? そういえば今何時だろう? あんまり遅くなったら不味いかな?
「ちょっと休憩!」
風香が備えられたベンチに寄っていく。私も釣られてそちらへ行くと、風香は持っていた小袋の中を漁り、自分のスマホを取り出した。ちゃんと持って来てたのか。いやむしろ携帯してない私の方に問題があるか。
横のボタンを押して電源を入れ、オウッと軽く一鳴きすると、風香はそれを消灯した。時間を見たかっただけらしい。時計は既に0時を回り、本日は作戦の決行日。日の出とともに開始である。
風香は手早くスマホを仕舞うと、袋の中身を引っ張り出した。風香の大きくない手の平に、小さな箱が転がった。
「雪!」
風香がこちらに振り向いて、小箱を私に差し出した。不意の事で、私はちょっと硬直した。
「あげる!!」
「えっ、ああ、ありがとう?」
押し付けるようにぐいぐいと手元に寄越されたそれを、しっかり両手で受け取ると、風香はなんでか満足気になった。
「誕生日おめでとう!」
あっ……そうか。そういや色々あって忘れてたけど、今日は私の誕生日だっけ。決行日と被ったせいでぜんぜん覚えてなかったわ。
「ありがとう」
それだけ返して手元を見れば、そこには渡された箱がある。それも何か、とても見覚えのある形の箱が。ん~? これって、中身もそうなのか?
「開けてもいいの?」
「もっちろん!」
自信有り気に風香は言う。まあ、そうだよね。ネックレス貰った時に約束されたし、きっと言ってた通りの物なのだろう。そう、予想は付くけれど……私にかあ。
軽く箱に力を入れて、ゆっくりそれを開けて行く。目に入ったのは小さな輪っか。銀色のそれが、箱の真ん中で淡い光に照らされ輝いていた。
取り出してみれば、それは案の定指輪だった。風香が自分の首元から、ネックレスに繋がったそれを取り出してくる。見比べてみれば成程それは、全く同じデザインに見えた。
「あー……私、寝るとこで出て来たから、それ付けて来てないんだよね……」
枕元らへんに着替えと置いてあるんだよね。風香はオウッと鳴いた。
「それにしてもどうしたのこれ」
「猫吊るしに教えてもらって作ったんだよ」
えっ、何それ。そんな事できるの? そういや工廠に居たけれど、これの準備をしてたのか。え? じゃあ手作りなのこれ?
「結構資材使うんじゃなかったっけ……?」
適性値上昇効果のあるケッコン指輪は、案外作るのに資材を食うものなのだと猫吊るしは言っていた。廉価版……というか、正式版の低コストなのもあるらしいけど、その辺り大丈夫なんだろうか。
「それがね、ガワだけのなら廃材とかからでも作れるからって。明石さん達にお願いしたらちょっと分けてくれたから、それで作ったんだよ」
嫌? と風香は問うてくるが、別に嫌って事は特に無い。成程、適性値上昇機能を付けなければそんなに材料費は掛からないのか。そもそも風香は提督じゃないし、機能持たせる意味もない。それなら重要なのはそこじゃあないし、何の問題もないだろう。
私は自分の左の手を広げ、その中の一本に右手で指輪を落としてみた。ピッタリだった。流石オーダーメイド、そつがない。風香はオウッと鳴いた。今日は多いなあ。
「……ねえ雪、なんで付けたの?」
「いやチェーンないし、箱に戻すのもどうかと思って」
「そっかー、あ、そうだ、雪、こっちもあげるね」
ちょっと早口気味に言うと、風香はもう一度袋に手を入れて、今度は長くて細くてひらひらした物を取り出した。それは陸地の外ではよく見られる、海の青さを溶かしこんだような色をしていた。
「リボン……?」
差し出されたそれを受け取れば、それは深い青色をした、そこそこ頑丈そうなリボンだった。っていうかこれはまさか……海色リボン?
え? 嘘だろ? そんなんあるなんて聞いてないぞ? いや普通に買ったのが被っただけか? あのなんでかステータスの上がるリボンと、色が。
「これはどうしたの?」
「これね、不思議なんだよ!」
風香は少し興奮した様子だった。聞けば、どうやら当初は指輪だけ渡すつもりだったらしいのだが。
「猫吊るしと文月と楠木提督に会いに行ってたでしょ? その時、一人で指輪作ろうとしてみたら、なんか出来たんだよ!」
どうして指輪を作ろうとしてリボンが出来上がるんですか? 妖精さんと同じ仕様なの? あいつらも作る艤装選べないって謎のガチャ方式なんだけど。
ええ、あれかな、妖精さんの仕事を人間がやったからバグったとかかなぁ、艦これ世界だしこれがあってもおかしいとは思わないけれど……猫吊るしが何も言ってなかった辺り、こいつもガワだけで効果は無いとかなんだろうか。安く作れるなら皆に配ってるだろうし。
聞けば、一応猫吊るしに大丈夫なものか聞いてはみたらしい。猫吊るしも困惑していたようだが、鑑定結果自体は白。体に害があったりは全くしないだろうとの事だったそうな。まあ、それならいいか。
今、私は髪を結んでいない。普段は吹雪さんに合わせて頭の後ろで括って纏めているのだけれど、寝る前に出てきたから外してしまっていたのである。
手にしたそれを使って、いつも通りの位置で髪を結ぶ。ゴムで纏めてないのですぐ解けてしまうと思うし、結び方も適当で、ちゃんと映えるようにはなっていないと思うけれど。
「どうかな?」
風香は満足気にオウッと鳴いた。
吹雪は雷装と装甲が+1された!