朝方の空気が体の熱を奪って行く。まだ日が出てさほど経たず、気温の上がり切らない11月の寒空が静かな基地の真上で粛々と広がっている。
周囲の音を聞き逃さないようしっかり聴覚を動かしつつ、私はその場で一番高い場所に立つ。黒いその尖塔は見張り台なのか一応手すりみたいなものが備え付けられているが、登るための構造は見受けられない。私は跳んで来ちゃったけれど、本来どう訪れる場所なのかはようとして知れなかった。
少し遠くに広がるのは青々とした海。私の背で風に揺れるリボンとよく似た色をしている。背後を見渡せばそこにあるのは広大な陸地……と言っても、別にここから地平線まで一望できるなんて事はなく、木々で遮られある程度までしか視線は届かなかったりするんだけれど。
音はしない。そよぐ風に揺らされる草木の音くらいは聞こえるけれど、虫の声すらここには届いて来なかった。島風が私のさらに上で魔力を噴出しながら飛んでいるのが唯一の異音である。
そして私の足下には、黒を基調としたというかほぼ真っ黒で後は赤々と光るはずの電灯らしきものがある程度な巨大基地が一つ。その中からも特に何の音も聞こえない。辺りは静まり返っていた。
そう、ここは北海道。私達が本日攻め入った目標地点の一つ。PT小鬼が誰かに反省を促していた、その場所の少し奥にあった、大きな基地の、屋上である。
「第十艦隊吹雪より司令室へ。目標基地と周辺に敵影無し……やはり放棄されているように思えます」
『了解しました。こちらでも変色海域の消滅は確認しています。第十艦隊は周囲を警戒しつつ基地の機能が復旧不能になるまで破壊してください』
「了解です」
私達は今、壮大な肩透かしを食らっていた。いやさ、なんか知らんが、私達の攻め入った北海道の基地……敵さん、一人も居なかったんだよねえ…………
北海道上陸作戦。
あまりにも広いために一度で奪還し切るのは無理だろうという事でとりあえず名付けられたっぽいその作戦を前に、私達は普通に目覚ましのアラームで起床した。総員起こしとかは特に無い。そもそも起きる時間が人によって違うしね。
少し前に風香と走り回っていたためどうかと思ったけれど、それでも四時間以上は眠れたためか案外二人とも調子は良く、むしろ根本的に戦うのが好きではない文月の方が憂鬱そうなのが印象的だった。とはいえそこは宮里艦隊員。身支度が整う頃にはその端正な顔をシャキッとさせつつ朝の透き通った空気に溶け込みながらもはっきりとその存在が鼓膜に染み込んでくるような深みのある声でがんばるぞいと己に活を入れていた。
一通りの朝の準備をしつつ服を着替えて指輪の嵌ったネックレスチェーンを首に掛け、ゴムでもっていつもの位置で髪を纏める。そして貰った海色リボンを手に、私は少し思案した。これ、どう結ぶのが良いんだろうか。
ゴムで纏めてその上からリボンを飾る、みたいなのを母がやってるのは見た事がある。でも、ちゃんと見てなかったからやり方まで覚えてないんだよね。当時の私は短髪で、まさか自分がやる機会があるなんて思ってもみなかったからさ。
もしかしたら母としては折角産まれた女児ともっとそういう事がしたかったかもしれないけれど、私はそういうのまるで興味がなかったからなあ。この雪ちゃんボディは非常に美しい造りをしているので大抵の服装は見れてしまうし、それを維持するための労力も掛からないという世の人々に知られたら最悪嫉妬を通り越して消さなきゃ……ってなる奴だ。今思うと『なんか』『つよい』のは戦闘力だけじゃないぜって話なんだろうけど、もうちょっと真面目にファッションの事とかも履修しておくべきだったかな。女子連中とも多少は話ができたかもしれないし。いやでもめんどくさいの方が勝るな……そんな事するくらいならゲームしながら阿呆みたいな動画見てたい。昨日修行してたから一昨日の騒動のやつまともにチェックできてないし。
そんな事を思いつつ、私はノートPCで結び方を調べ出した。すると出てくる情報の群れ。どれが良いのかよく分からなくなる私。動いても外れないようにしっかりと、かつ結構長いこのリボンが邪魔にならないような結び方ってのはちょっとハードルが高かったよ……
そうしてはーやーくーと急かしてきた島風と一緒に画面を見ながら小首を傾げていると、見かねた曙がやり方を教授してくれて、私の髪は完成した。ちなみに風香は私と方向性が似通っているため一緒になって感心していた。我々に女子力は無い。
朝食へ向かおうと思ったら金剛さんがやって来て、ハッピーバースデイ! と小さな箱を手渡された。ニッコニコの笑顔を前に開封してみれば、中身は結構良さそうな紅茶である。缶入りの、通常学生では手が出なさそうな。
高騰中なのもあってとんでもない値段してそうなんだが、金剛さんの月給なら問題無かったのだろう。なんせ私に次ぐ鬼・姫級の撃破者なのだから。人数割ゆえに億は行かなくても、場合によっては数千万稼いだりするらしいんだよなあ……なおほぼほぼ同時に出撃させられる初雪からの情報であり、同じだけ初雪も稼いでる事になるのでちょっと退役後が心配である。いや退役させてもらえるのかは分からんけれども。
その初雪であるが、目聡く私のリボンに気付いた金剛さんが島風にやりますネーと絡み付きに行ってる間にひっそり部屋へとやってきて、お納めくださいと色合いは地味だがどう見ても高級品な茶菓子を渡してくれた。どうやら金剛さんに合わせて消え物をチョイスしたらしい。あの人、誕生日にかこつけて布教したいだけっぽいから気にしなくても良かったんだけどね。想い人の提督や妹の比叡さん、友人の榛名さん辺りにも紅茶送ってたし。
まあ誕生日会とかはやらないけど親しい友人とプレゼントを贈り合うのは普通にやられている事なので、お礼を言って受け取ったら、初雪は自分の誕生日を告げて去って行った。いや普通にあげるつもりはあったからいいんだけど、ちょっと照れ隠しっぽかったのは気のせいだろうか。もしかしてあんまり経験がn……止めておこう。私にも致命傷になる。
賞味期限の問題もあるし、今日終わったら勝利祝いに開けちゃおうかなと考えつつ貰ったそれらを仕舞う私に、曙が指を突きつけて来た。その先をリボンの結び目に向け、冗談めかして笑みを見せ、曰く。私からのプレゼントはそれって事で。だそうである。
良いか悪いかで言ったら勿論良いに決まっている。そもそも誕生祝いとかするの、宮里艦隊じゃ本当に仲の良い人同士だけなのだし。つーか個人的には正直物貰うより気楽でいい。ちゃんと技術としてもチート能力さんが吸収してるしね。習得の境界線がどこだかさらに分かんなくなったけど、それはこっちの問題である。
じゃあ曙の誕生日には全身マッサージしてコリを全部無くしてやんよと返しつつ、私達は食堂へと向かった。朝食は腹が膨れ過ぎず、消化が早すぎない丁度いいくらいの量にしっかりと調整されており、この後に戦いを控える私達への最大限の配慮が感じ取れた。まあいつの間にか到着していたらしい赤城さんは凄い量食べていたけれども、あれはなんか例外だろう。
そうして皆が食べ終わると、私達は管制室や司令室みたいなのが入っている建物にある一番広い部屋にブリーフィングのため集められた。と言っても前日までにほぼほぼ作戦は伝えられているので、やったのは細かい所の最終確認と、楠木提督による短い演説くらいだったけど。
楠木提督は長々と話したりはせず、でき得る限り簡潔な士気の高揚に努めていたように思う。言葉選びも緩急の付け方も上手で、聞きやすく理解しやすく受け入れやすいというお手本のような語り口を見せてくれた。でもよく観察すると一瞬妙な間が入ったりしてたのはなんだろう。乱数調整?
それはともかく、そうして私達は号令と共に出撃準備に入り、各々手早く自分の装備を整えた。勿論お花を摘んだり水分補給したりするのも忘れない。弾薬類の最終チェックや整備された艤装に不具合が無いかもしっかり確認し、海に出れるようちゃんと妖精さんも乗っけていく。その間中。何故か私達の後ろでは文月がアカペラで歌い続けていた。
いやどうもこうも士気高揚のためなんだが、最初全然違和感なくスッと耳に入り込んできて、気付いた時には気分アゲられてたよね。私以外も全員。意識するとなんだな、全体バフ使えるのってやっぱスゲーわ。オタク趣味でない人にもちゃんと効くのでトラック走らせてた自衛隊の人とかも作業効率が上がっていると思われる。歌わせとくと鎮守府全体が強化されるってヤバない?
歌われた曲は聞き覚えの無い物で、調子としてはアイドルソングというか、かなり可愛らしい物だった。最初は私が知らないだけなのかと思ったけれど、よく耳を澄ませて五感全部で楽しんでみると、どうもただそれだけではない。今まで文月の歌っていたどんな曲よりも、遥かに練度や習熟度、それに理解度が高かったのである。
察するに、あれは文月の持ち歌――前世か前々世で歌った、声優兼アイドルとしての専用の楽曲であろう。いや本当に専用かは分からんけれど、少なくともライブでファンの心に叩きつけてやったのだろう事だけは想像に難くなかった。
給糧艦文月改二から放たれる、心の栄養素の過剰供給。それは良かったか良くなかったかで言うと、私と猫吊るしと連装砲ちゃん達と初雪と深雪と吹雪と秋雲先生と漣と夕立とポーラさんと響さんと青葉さんとイムヤさんとイクさんと隼鷹さんと皐月さんと多摩さんと東雲と暁とヴェールヌイと鈴谷さんと北上さんと那珂さんとごーちゃんとろーちゃんとビスマルクさんと霧島さんと金剛さんとガンビア・ベイさんとコロラドさんと明石さんと明石さんと明石さんと妖精さん達で三回くらいアンコールした。全部違う初耳の楽曲で返してくれた。
そうして我々はかつてないレベルでキラッキラに輝きながら海へと出る事になったのだ。知らないはずのコールアンドレスポンスを完璧にやり通せたのは今思うとちょっと怖いがチート能力併用だからね仕方ないね。
私達は定められた任務を達成するために海の上を超高速でぶっ飛ばし、やがて変色海域に入る。当然ながら北海道周辺の海は真っ赤っかで、この時点では青い所なんて一か所も無かった。それをどうにかこうにかして本州からの航路を繋ぐのが今作戦の主な目的である。
今回やる事は今までに比べると少しだけ複雑で、でも私達がやる事は非常に単純だった。まあ大した教育も受けてない我々に高度な判断を要する任務なんぞ与えるはずがないからそりゃそうなんだけど、本当にそれでいいのかは毎度少しだけ心配になる。
本日私や島風、宮里・賀藤・五十嵐連合艦隊+選抜されたエースの艦娘達がやるべき事は四国の時と同じで、敵基地を粉砕してその周辺を制圧する事だ。当然ながら変色海域の核を取り除くのも任務の内に含まれる。九州方式で目に付くのぶっ壊しても青く戻らない可能性もあるんだが、予知能力とかで誘導してるんだろうしそこは心配いらないだろう。分かるのは私達だけだけどね。
さて今回、みんなの調査で見つかった敵基地は三つだけだった。これは四国の時と比べて少ないのだけれど……問題は、その規模である。秋津洲さんが二式大艇ちゃんと見つけた例の基地は、他に類を見ない一大拠点として北海道の地にそびえていたのだ。
作戦目標、基地A。分かり易いように大きい順にアルファベットを振られたそれは、当然ながら、鎮守府の戦力を四つに分けた内で最強の艦隊に任される事になった。基地が三つなのに四つに分けられたのは居残って防衛にあたる人たちも居るからである。
さて問題の最強艦隊であるが――当然ながら、私が含まれている。今回、こっそり行って裏を潰すとかそういうの無いから、私も正面から行くのである。いや、私『も』行くっていうか、私『が』行くんだが。
うん。つまりそういう事なんだ。
最強艦隊ってのは要するに、ただの第十艦隊の事なんだ。
構成メンバー、私&島風。以上。
今回の私達の作戦、要するにこの二人で過去最大の基地に突っ込んで蹂躙して来いって、そういう話なんだよね。
他の部隊は連合って付く新しい名前貰ったのに、私達だけ特に変わってないし番号も変わらないから第十艦隊のまんまだし、扱い酷くない?
いや勿論理由はあってだね。なんかさ、分かり切ってた事かもしれないけど……集められた最精鋭全員の戦闘力合算しても、私一人より評価値低いんだってさ。
一応ね、数値化して評価して、推定される敵基地ABCの予想脅威度の比率と釣り合うように三つの艦隊を組んだらしいんだよ。その結果がこれ。むしろこれでもAに戦力集め過ぎって事になっちゃうそうです。
正直最初発表聞いた時笑ったよね。顔には出てなかったと思うけど。内心大爆笑だったよ。誰か助けてくれ。
気を取り直して細かい作戦の話をしよう。まず敵基地であるが、最大規模のA、それよりは小さいものの他所に比べたらかなり大きいB、そしてそれら二つと比べるとだいぶ見劣りするCの三つがある。
まず一番大きな基地A。位置的に対本州の最前線と見られ、規模的に千以上の深海棲艦が収容可能なんじゃないかとか言われていた。例の北方棲姫が積み上げた四国の奴を除いたら、過去に例のない超巨大基地として私達の行く手に立ちはだかっている。
これの破壊役はもちろん私が行く。そして正面からぶっ潰す。んで時間が余ったらBCの旗色の悪い方へ援軍に向かう。もし余らなかったらそれはそれだけの戦力がAに集まっているという事なのでそれもまた良し。その分他が楽になるって事だからね。私が退かなきゃならないような場所だったらそもそも作戦を練り直さなければならないが……まあ、それはまずないだろうなとみんな思ったそうな。
次にかなり大きな基地B。これは太平洋側にあり、深海棲艦の顔ぶれや施設・設備などから類推するに、直接侵攻するためではなく採れた資源の一時保管が目的の集積地ではないかと言われている。お察しの通り集積地棲姫が複数見られたため、常駐戦力も弱くないのが特徴だろう。というか、Aを除けばここも過去最大級なので、かなり多量の戦力が収容されていると見られている。居ないと思うのは流石に楽観し過ぎだろう。
このBへはかなりの数を割いて攻め入る事となった。私みたいなチート能力持ちを除けば日本最大級の部隊と言って問題のない面子になっており、文月もここに組み込まれている。改二の艤装は置いて予備だった普通の駆逐艦文月で出撃して行った彼女の背には年齢不相応の哀愁が漂っていた。
連合第一艦隊と命名されたその部隊を率いるのは長門さんだ。改二は正直、全く旗艦に向いていないのだが、どうも上やら横やらの思惑が折り重なった結果そうせざるをえなくなってしまったらしい。まあ、自衛隊員居るのに大きな作戦の一番大きな部隊の長を他に任せちゃうのは面子もそうだけど無駄な批判に繋がる事でもあり、これはもう仕方がないとしか言いようがないだろう。艤装の性能はともかく本人の指揮能力は非常に高いし、実績から来る信頼度も桁違いだから当然っちゃ当然だしね。
最後に基地C。これは基地っていうか、ただの中継地点って言う方が正しいかもしれないくらいの小規模な拠点なのだという。位置は大陸側で、日本海に思いっきり面した場所だ。他二つに比べて敵の数も少なく見え、向かう人数もBに比べたらかなり人数が絞られている。
ただしこのC、重要度は全く低くない。これがなんでかって言うと、このCのさらに北に、もっと大きな……最低でもBと同じ規模の拠点が存在すると類推されているからだ。日本海でなんやかんやしたのだろう物をCを出て北へと運搬して行く連中や、Cを経由して逃げ去る傷ついた姫級が目撃されている。我々は北海道への足がかりを建設しなきゃならないので、その邪魔がし易くなりそうなCを放っておく訳には行かないのだ。北にあるだろう仮名D基地に関しては位置も分かってないから警戒はしつつ対処は後日である。まあ、必要なら私でも突っ込ませるだろう。きっと。
このCを攻撃する連合第二艦隊を率いるのは武蔵さん。賀藤艦隊で戦い続けていた、元自衛隊の精鋭部隊の一人である。私はあまり付き合いは無いが、戦力としても旗艦としても悪い腕ではないらしいので安心してほしい。この人も背後の面倒なバランス調整とかでやらされるっぽいのだが、ちゃんと実力も加味しての選出だからね。むしろ私が旗艦やってる方がおかしいんだが……もしやこの辺りの反対意見とかそういうの減らすために私の知名度上げたのだろうか。
最後に防衛部隊であるが、これは元宮里艦隊で現賀藤艦隊所属の多摩さんが旗艦を務めている。戦闘経験数からすると大抜擢なのだが、これも政治的観点からの云々だろうなぁ。指名を受けた際、本人は猫っぽい目になってニャッ!? と叫んでいた。自衛隊の皆さんも大変だ。
ともあれ、そんな感じの編成で三か所とも同日中に制圧してしまおうって話な訳だね。Aだけ攻めてBCから横を突かれても困るし、BC先に攻めようとしたら最悪Aの連中が本州に突っ込んできそうだから全部同時に。まぁ、今回も私達前提の作戦になってるんだが、実際居るんだからそりゃ使うよねって話な訳で。文月バフも乗っかった私達は意気軒昂にそれぞれの目的地へと突撃して行ったのだった。
そしたらAには敵が一切居りませんでしたとさ。
草生える。
いや生えねえよ。なーんか近づいても敵の気配ないし音も聞こえてこないし上陸してもまだ居ないし気付かれてないとかそういうレベルじゃなくねとか思いつつ基地に近づいたらもぬけの殻。探してみたら核はしっかり設置されてたからまさかと思ってぶっ壊したらちゃんと海は青くなる始末。自爆とかの可能性も考えて基地の外から撃ち抜いたんだけどね、別にそういう罠っぽいのすら設置されてなかった。なんだこれ。
島風のレーダーにも敵影は無く、私がジャンプして辺りを見回しても怪しいものは何も無し。遠くから狙ってたりするかと思ったのだけど、投げた猫吊るしも何にも見つけられなかったのでそういうのでもないっぽい。地下に爆薬でも仕掛けてあんのかと疑って魚雷で掘ってみたりもしたんだけど、特にそういうのも見当たらない。空いた穴から浸透勁で全方位に衝撃流してみたりもしたんだが、本当に何も無さそうだった。
こうなると、私が何も考えずに気配のない所に突っ込んだせいで空城の計的なものに相手が失敗したとかそういう可能性も浮上する。あれ相手が警戒して足止めないと意味無いからね。でもそれにしては罠も伏兵も居ないんだよなあ。え、あいつらマジでこの巨大基地捨てたの? 建設だけで糞ほどコスト掛かってそうなここを?
いや実際の所、それはそれで不味いんだけどね。さっき述べた通りABC同時攻めなのは援軍とか防いだり、相手の反撃をこっちの拠点ができるまで遅らせる為な訳よ。なのにこの状況……既にAからBCに向かってるか、来るの分かって一旦退いていつでも反攻できるよう準備しちゃってる可能性が高い。一兵たりとも残してないんでここに居たはずの連中、まるっと戦力として残ってるはずだし。
一転攻勢の機会を窺ってるのならまだいい。来た瞬間私が蹴散らす。一番悪いのは、今この瞬間、既に戦闘が始まっているBかCに戦力が集中させられてるケースだ。私が行く前に全滅は無いと思うが……当然ながらそれぞれに核が設置されてるらしくて変色海域になってるから、連絡が取れないんだよね。
つーかこれ、間違いなく相手に情報抜けてるよなあ……最低でも襲撃日時はバレバレだったと思われる。飛鷹さんの懸念は当たってた訳だ。まあ私視点だとわざと流したんだろうって理解できるけど……大丈夫だよね? ガバじゃないよね?
ともあれ、ここに敵が居なかった以上、最低限再利用できない程度に基地をぶっ壊して、私はBCのどっちかに援軍に向かうべきだろう。元々そういう作戦だし、敵が行ってなくても制圧は早いに越した事は無いからね。
ただ、どっちに行くべきなのか。これが分からない。いや、それは司令室の皆さんが判断する事であって、私に出された命令はとりあえず基地ぶっ壊しとけ、なんだけどさ。たぶん私が思った事とか全部思い付いてるしそれ以上まで考えが及んでるだろうから、私は指示待ちするしかない。提督達の感知能力で分かる艤装の破損状況からある程度戦況の情報は得られるので、そういうのも材料にしてくれるだろうしね。破壊? もう終わったよ。魚雷で空けた穴から何度も何度も浸透勁斜め上に撃ったら粉々なった。
機能停止でいいって言われてたのに粉々にしちゃった私は、ともかく海の方へと戻るとそこで索敵を開始した。なんと言っても私はソナーの方が得意だから、そっちに集中する事にしたのだ。だけども敵は全くいない。今まではどこから涌いてんのってくらい探せば見つかる連中だったのに、今日に限っては本当にどこからもその気配はしなかった。
もう情報待ってるよりどっちか行って大丈夫そうならもう片方行く方が良くない? とか思い始めた頃、唐突に、私の通信機が電波を拾った。いや本当に電波なのかは怪しいのだが、ともかく、特定個人ではなくその周波に合わせてる全員が聞ける通信が入って来たのである。
『連合第一艦隊。長門だ』
話は変わるが、今回の作戦、深海棲艦にとって最も予想外だったのは何であろうか?
それは私……ではない。実の所、私は存在もその脅威も、四国時点でもうバレてるんだよね。だからこそ、相手も一番大きい拠点を捨てるなんて暴挙というか奇策に出て、嫌がらせのような手を打って来たんだろうし。
おそらくだが、私が肩透かしを食らったのは私がまったく隠されていなかったからなんじゃないかと考えられる。今回の敵の作戦、超強いのが来るぞ! 無駄に時間だけ食わせろ!! その間に他の連中ぶっ殺すぞ!!! って、そういう話だったっぽいんだよね。直近でもオールマイトしたし、きっとまともに私の相手をする気が端から無かったのだろう。
だから私が大暴れするのは予想外でも何でもない。深海棲艦にとっても既定路線である。じゃあ、誰の何が一番予想外だったのかと言うとだ……
『目標基地Bは、接岸に成功した金剛の特殊砲弾により、変色海域の核ごと破壊に成功した』
そう、超火力でありながら高速戦艦という提艦隊の最高戦力――金剛さんだろう。
転生者を除いた中では文句なく最大火力な金剛さんにアメリカンな威力を誇る転生者謹製超弾頭の爆発力を加えた二撃が、内外に蠢く陸上型ごと、敵基地を滅却し尽くしたのである。
勿論、エースとして活躍してる金剛さんだって存在は知られていたのだろうけどね。問題だったのはおそらく、直前で金剛さんを含めた複数の人員が改二になっていた事と、金剛さんと特殊砲弾の相性が良すぎた事だ。本来なら基地まで近づかせないつもりだったろうし、もし近づかれたところで姫級を複数擁する大基地が、まさか一瞬で壊滅まで行くとは思っていなかったんじゃないだろうか。
『敵の数が想定より多く、掃討には時間を要すると思われるが、現状こちらの被害は軽微だ』
長門さんの通信を纏めると、やっぱりAに居たはずの戦力の一部がBに送られていたっぽい。ただ、基地ごと滅んだ奴がかなり多かったらしく、それでも普通に勝てそうであるらしい。勿論、時間は相応に掛かるだろうけどね。
『司令室より、第十艦隊へ。第十艦隊は基地Cへ。第十艦隊は基地Cへと向かってください』
Aにはそもそも敵が居らず、Bの方はとりあえず問題がない。そうなれば、当然そうなるだろう。了解の旨を伝えると、私と島風は真っ当ではない速度で走り出した。
そうして制圧したのがこちらの基地Cと取り戻した青い海になります。
成程、確かに基地のサイズは小さい。小さかったが、思った以上に敵は詰め込まれていた。どうやらこっちにもAの連中が送り込まれていたらしい。完全に三か所に同時攻撃してくるって読まれてるの、事情知ってる転生者以外の皆から見たらくっそ怖かったんじゃないだろうか。予想されていた1.5倍以上の戦力が飛び出して来たらしいんで絶望感がヤバい。勝ち負けになる以前に生きて情報を残せるかすら怪しいところである。
まあC攻めの人達、私が来る前の段階で基地目前まで普通に押し込んでたんだけどね!
いや、連合第二艦隊って確かに人数は少ないんだけどさ、夕立とか嵐さんとかの賀藤・五十嵐艦隊のエースが面子に揃ってるもんだから普通に強いんだよね……宮里艦隊に勝てなかったのは彼女等が弱いからじゃなくて、宮里艦隊側が色々おかしいのが原因なのだ。変色海域故に連絡が取れなかっただけで終始優勢に戦いは進んでいたらしく、私達が合流して痒い所を掻き毟ったらそのまま制圧も完了した。
あれ? この作戦、私要る?
なーんてちょっと思ったけれど、よく考えると特殊な――ボスっぽい個体はまだ出現していない。だからつまり、これで終わりなんて事はきっとないのだろう。
見つけた敵の潜水艦に爆雷を投げつけつつ、食い足りないっぽーいと懐いてくるぽいぬをあやし、私達は次の指示を待つ。Aの周辺と違って結構敵が居る為気は抜けないはずなのだが、隠れていても水中なら私には視えるから無意味である。
暫く周囲を探知していたが、Bの戦況も特に悪くはないようで、追加の指示は飛んでこない。高い索敵能力を生かしてのCの安全確認が優先されたようだ。それだけBは順調なのだろう。私達はとりあえずCの基地をぶっ壊す作業に勤しんだ。すぐ終わった。
感嘆も混じってるものの半分くらいは呆れた目で見て来る嵐さん、五十鈴さん、伊504の五十嵐三姉妹の視線を鮮やかにスルーしつつ、旗艦の武蔵さんに指示を仰ごうかと思ったら、司令室から通信が来た。曰く、弾薬と燃料を第二艦隊に補給して、一度鎮守府に戻ってこいとの事である。
そう、忘れがちだが私の今の艦種は輸送艦。戦うだけが私のお仕事ではないのである。超高速でみんなの下へ必要な物資をお届けして、補給に帰るのもとっても速い、すっごい便利な艦娘なのだ。どうやら第二への移譲が終わったら次は第一の居るBへ急行する事になるようで、その時持ってく配達物を鎮守府に取りに戻って来いって話だね。
第二艦隊に随伴していた杵埼さんと一緒に皆へ弾薬を配っていき、最後に残ったのを杵埼さんの艤装に詰め込んで、私と島風は一路、鎮守府へと向かうのであった。
そうして気が付いたら何故か私達は鎮守府を狙う敵艦隊を壊滅させていた。
いや、どうもこうも移動中に敵が発見されて近かったから退治しただけなんだけども。明らかに敵の移動ルートはこちらの拠点を狙っていて、位置すらとっくにバレていたらしい……のはまあ、予想通りだからいいんだが、なんかその数が酷い。
私達が倒したのは姫級だけで二十体。取り巻き入れたらさらにドン。辿り着かれてたら防衛部隊ごと鎮守府が壊滅してた可能性が高い敵部隊だった。どうもAの連中、BCに行ったのだけじゃなかったっぽい。
防衛部隊も既にまた別の部隊と交戦したとかで、そいつらとの戦いは順調に推移してるらしいんだが……うん。なんだろう、これマジで楠木提督居なかったら負けてんだろうなって確信が凄い。敵の展開力が酷すぎて私一人でどうにかなる話じゃなくなってる。あれだ、完全耐性持ちの攻撃力糞高モンスター場に出してんのにプレイヤーのライフには限界があったのSA☆とか言われてる気分。つーか鎮守府の位置普通に割れてんのな。予想はしてたけどさ。
ともかく敵は倒したので予定通り鎮守府への帰路に就き、道すがら多摩さん率いる防衛部隊に加勢して、私達は港へと帰り付いた。待っていた明石さんや朝日さん達に艤装を受け渡すとすぐに資材の積み込みが始まり、私と島風は一時休憩を取る事になった。
間宮さんの出してくれたお茶でしっかり水分を補給しつつ、そわそわと艤装の準備が終わるのを待つ事暫し。座る場所をという事で閑散とした食堂で待機していた私に、何故か名指しの放送で呼び出しがあった。声の主は楠木提督、行くべき場所は司令室である。
いってらっしゃいと島風に送り出された私が早足で目的地へと辿り着くと、室内は絶賛修羅場っていた。いや、喧嘩してるとかではなくて、漏れ聞こえた感じだと、どうやらBで戦ってる連合第一艦隊の背後を突くように100体近い鬼・姫級が率いる部隊が出現して交戦状態とかなんとか。
ヤバくない?
「状況は聞いての通りだ。質問があるなら受け付けるが」
「いえ、特に無いです」
突っ込んでぶっ倒してくればいいんですよね、分かります。と目で伝えると、せやな。と目で返って来た。お互い心は読めないはずなのだが、結構判るものである。大淀さんは頼もしい通り越して名状し難い物を見る目になっているが、まあ仕方ないだろう。問答してる時間の方が勿体ないしね。
「ではこれを。もしかしたら、必要になるかもしれないからね」
もしかしたら(大淀さんと提督たち向けの説明)と言って渡してくれたのは、押印された蝋で封をされた茶封筒である。なんだこれ? と両手で拝領しつつも疑問符が頭の上に出ていたらしい私に対し、楠木提督は苦笑を浮かべつつ、内容を箇条書きした物も差し出した。
読んでみれば成程。転生者なら納得の内容であり、これから起こる事を私に理解させるだけのものではあった。読む人が読んだらキレそうではあるんだが、まあ、私がやる事が変わる訳ではないのでご理解いただきたいところだ。
「これはやはり、長門さんに?」
「うむ。彼女なら分かってくれるだろう」
感情的にはどうあれねと楠木提督は言外に伝えてきた。私にちゃんと伝えられる辺り凄まじいコミュ力である。
「……程なく補給も終わるだろう。急ぎ、出発してくれたまえ。ああ、弾薬や燃料は吹雪くんが使ってしまって構わないよ。流石に、輸送艦として仕事をする暇は無いだろうからね」
「了解しました」
まあ、予想通りなら暇がないというか意味がないというか……ともかく、使っていいなら使わせてもらおう。私だって砲も銃も使えた方が楽なのだし。無いと戦えないとは言わないけれども。
「それでは、よろしく頼む」
楠木提督は頭を下げたりはしなかった。でも、それが、今日という日のために積み重ねてきた全てを礎とする、万感の想いの籠った言葉である事は私にもなんとなく理解する事ができた。
私と島風は鎮守府から基地Bまでの道をひた走った。行く手に阻む物は無く、青い晴空も相まって、まるで窮地の味方の救援に向かっているなどと信じられないような軽快さで。
鎮守府と基地Bまでの距離は何百キロもある訳ではない。なので私と島風の速度なら実際、そこまで時間は掛からない。猫吊るしのナビゲートも完璧なので、迷う事なんかも有り得ない。だからその現場に辿り着くのはすぐで、敵の第二波が押し寄せてからそこまで時間は経っていないはずだった。
最初に私が見つけたのは敵艦だった。駆逐ロ級、それが私達ではなく、何か別の物を狙いながら前方を通り過ぎようとしたのだ。なのでそれを蹴り殺して狙っていた先を見れば、そこではかなり制服が破損し素肌を日に晒している味方艦娘が、連装砲を構えつつ前方を睨んでいた。
「深雪!」
名前を呼び掛けつつ横に着地すると、少しだけ飛んだ海水が掛かってしまったようで、深雪はうわっと叫んでこちらを振り向いた。続いて島風が私の横に到着すると、さらなる追撃を喰らって冷たッ!? と悲鳴を上げる。そして私達を見つけると、人懐っこい、とても明るい笑みを浮かべた。
「あ、吹雪と島風じゃん、援軍?」
軽っ。深雪の語調は状況と自分の状態に反して非常に明るかった。いや、お前大丈夫なの? あれか、被弾率高いから制服が脱げるのくらいもう慣れたとかそういう感じ?
その場から辺りを視渡せば、少し向こうに他の艦隊員達も居るようだった。隊を組んでるのだから当然かもしれないけど、一人孤立していたとかではなさそうだ。いやちょっと離れてる辺りまた集中し過ぎてたとか有りそうだけど……まあそれはともかく。
「深雪、状況は?」
実は私、第一艦隊の状況はちゃんと把握していない。いやさ、どうも長門さん、司令室とだけ無線でやり取りしてるっぽくて私の方には情報が入らなかったんだよね。味方全方位の通信と特定の人員間での通信があるんで仕方ないんだけど、まあ必要なら私にも掛かってくるだろうと思ってこちらからも通信繋がなかったから、現状がよく分かってなかったんだよ。
「そりゃあ勿論、勝ったさ!」
「勝ったの!?」
やー大儲けだね、と自慢げにサムズアップする深雪と、びっくりした私。島風もオウッと鳴いている。連装砲ちゃん達はその背でミューキューキャーと鳴きながら拍手のような音を立てた。かわいい。
「やーサンキューサンキュー。あ、敵なら大型のはほとんど倒したから、今細かいのを掃討中だよ」
「ええ……人型だけで百匹居たとか聞いたんだけど」
「うん。なんかそんくらい居たらしいよ。でも、金剛型とかの集まったみんなが滅っ茶苦茶強くってさあ」
金剛さん、比叡さん、榛名さん、霧島さん、扶桑さん、ビスマルクさん……それに赤城さんやろーちゃん、那珂さんに北上さん。漣や初雪、それに吹雪。今作戦のために集められたみんなは確かに第一艦隊に固められていたのだけれど、どうやら私が思っていた以上に彼女達は強い艦娘だったらしい。集まると普通に百匹とそのお供を殺っちゃうくらいには。
まあ言われてみたらそりゃそうだって話ではあるんだけどね。彼女達は一人一人がエース級。所属艦隊で姫や鬼の率いる部隊を一人の死者を出す事もなく叩き潰してきた強者揃いなのである。勿論、仲間の援護あっての事ではあるのだけれど、今回その仲間が宮里艦隊の面々な訳で。
連合第一艦隊は派遣エース組と宮里艦隊の悪魔合体で産まれてしまった素敵極まる艦隊である。レベルが下がるどころか合計されてそうなその所業の結果、哀れ遭遇した深海棲艦は爆発四散。海の藻屑と相成ったのだった。
深雪を連れて残った敵を掃討している皆と合流すれば、深雪は叢雲にべちんと頭をはたかれた。どうやらやっぱり離れすぎていたらしい。その叢雲も多少制服に裂け目ができていて、無傷では済まなかったようだと知れる。深雪は軽く言ってたし私が辿り着くまでの短時間で大勢は決したようだけれど、戦闘自体はかなり激しかったのだろう。辺りには航空機の残骸が散見され、かなりの削り合いになったのが分かった。
実際、見渡すとみんな多かれ少なかれ傷ついている。長門さんは本体こそ無事だが盾が片方使い物にならなくなっているし、金剛さんも袖が片方無くなっている。龍驤さんのサンバイザーからは黒い煙が出ていて妖精さんが頑張って消火しているし、天龍さんは眼帯が外れてしまっている。轟沈まで行っている人はいないし、ぱっと見では深雪が一番酷い状態で大怪我をしてる人も居ないように見えるけれど、無傷の人は一人も……一人も……いや教官長無傷だなあれ。
閑話休題。こちらに気付いた長門さんがこちらへやって来て、私達に索敵を要請した。当然断る理由もなく、私はソナー島風はレーダーで探知に入る。海中に敵影は……うん。成程。そういうね。とりあえず近くには3匹くらい居たけど今居なくなった。空の方は私より島風や夕雲さんの方が得意だからお任せである。
一旦海中の敵への対処を終え、私達は情報を交換し合った。私からはAとCの詳細な情報を。長門さんからはここ、基地B周辺の情報を。長門さんはAに敵が不在だった事に驚きつつ、同時に納得の顔も見せていた。
「途中から察しは付いていたが……おそらく敵の狙いは挟み撃ちだったのだろうな」
あー成程。Bの兵隊いっぱい増やして手こずってる所に100体以上後ろから来たらきついとかそういうレベルではない。大きな基地であるBが一瞬で壊滅とか普通は考えられない訳だから、確かに成功率は高かっただろう。本来なら。
でも残念ながらここには金剛さんが居て、挟むはずだった片面がもう片方の到達前に消滅していたものだから作戦は大失敗。それでも普通の艦隊なら轢き潰せるだけの戦力だったのだろうけど、ここに居たみんなはまったく普通ではなく、それすらも失敗して現在に至る。と。
「こっちの戦力を把握した上で、北海道の一時奪還を許してでもこちらの数を削ぎに来た……って感じか」
「ああ。その後ここに回した戦力が吹雪に殲滅されるのも織り込み済みで、私達を殺すのを優先したのだろうな」
うわー有効。私の頭の上で猫吊るしがぼやいた。やはりというか、こっちの艦娘に限りがある事を見越した上で、その頭数だけ減らしてやるぜって話なのね。確かに私一人にでもなったら戦術的にはともかく戦略的には絶対勝てないもんなぁ。まあ失敗してるし…………実の所、それだけではなく、その次もあるっぽいんだけど。
「B基地は完全にぶっ壊した?」
「金剛の砲撃で跡形もなくなったよ。あれは……非人道兵器に分類されてしまうかもしれないな」
そんなレベルなんだ。まあ試射の時も少し遠くで撃ってたのにカーテン越しに光で室内が照らされてたもんなあ。人の居る所に撃ったら骨も残るまい。うーんアメリカン(偏見)
しかし、それなら次の指令も問題ないかな。必要なら殴り壊しに行こうかとも思ったけれど、どうやら殴る壁が残っていないみたいだし。
おうっ?
私達が情報を受け渡している間に周囲の索敵も進み、海上に残っていた雑兵がどんどん駆逐されて行く。そんな中で突然、空と海上の探知を続けていた島風が何か不審なものに気付いたような声を上げた。
次いで、同じくレーダーとソナーにかかりきりだった夕雲さんが、厳しい目で艤装の機構を何度か弄り、それが送ってくる返答を読み返し、震えた声で長門さんに大声で叫んだ。
「レーダーに、感あり…………っ! 敵数、不明……!」
「不明?」
不明、というのはかなり珍しい表現だ。艦娘のレーダーは結構感度が良く、密着しているのでもなければある程度ちゃんと数える事が可能である。ちなみにソナーだと曖昧になりがちだけど、私ははっきりと分かる。えっへん。
夕雲さんの声に不審気な声で返した長門さんが、詳細な報告を求めて夕雲さんの方へと振り向く。その間に、私は島風の方へと移動した。たぶん夕雲さんと同じものを見たのだと思うのだけれど。
「敵、居た?」
「あ、吹雪……………………知ってたでしょ」
集中していたのかちょっとびっくりした様な反応でこっちを見る島風。そしてすまし顔のつもりな私の表情から察したのか、ただでさえ眠たげな目をさらにジトっと細め、私の事を不満気に睨みつけて来た。別に、そういう訳じゃないんだけどね。
「私の索敵範囲にも入ってるからさ」
「おうっ? 報告しなくて良かったの?」
たぶん良くない。良くないんだけど……次の事を考えると、言うタイミングがね。
今からするよと島風に告げ、私は艤装から例の封筒を取り出した。なんか思ったより苦戦してなかったのでいつ渡すべきなのか迷ってしまったのだけれど、間違いない。これを渡すタイミングは、今だろう。
「長門さん!」
夕雲さんの報告を聞いて動揺していた長門さんに、私はそれを差し出した。見覚えのある封印だったのか、長門さんは一瞬で事態を察したようだった。私から慎重に茶封筒を受け取るとそれを手早く開き、間違いないようしっかりと、そして素早く目を走らせる。その間に、事態はゆっくりと進行していた。
私よりも手前側に居た人たちが、水平線の彼方に違和感を覚え、何事かと声を上げ始める。私もそちらに目を向ければ――そこにあったはずの青い空と青い海が、いつの間にか、少しずつ、黒に浸食されだしていた。
――燃えてきたぞ。
チート能力さんが囁く声が聞こえた。
楠木 多聞丸は吹雪を送り出した後、厠へ行くと偽り、自身の影武者と入れ替わった。そうして実際に男性用の個室へと足を踏み入れると、そこで待っていた北方棲姫と共にその場から何の痕跡も残さず飛び発ち――次の瞬間には真っ赤な海の上に浮かぶ、腕の生えた巨大魚が船と融合したような異形の艦上に降り立っていた。
足下の生き物のようでも金属のようでもある甲板を踏み締めながら周囲を見回せば、その広い船上には複数の人影が確認できた。小さな卓を囲み真剣な顔でその中央に向かい手を伸ばす者、厳しい表情で船首のさらに先を睨んでいる者、いっとう高い角のような突起の先端に立ち創作のお嬢様のような高笑いを上げている者、その下で無造作でありながらかなりのハイペースでスナック菓子を胃に流し込んで行く者、生やした炎の翼で上空を緩く飛び回り火の粉を撒き散らしているのを咎められている者、まるで貨物のように船尾近くに大量に積み上げられている者、楠木の到着に気付きウィンク混じりに手を振って来る者……等々、総勢二十といっぱいの、転生者の仲間たちである。
自由にしていてくれと言ったらこうなるのは分かっていたが思ってたよりもっと自由だった連中から、多聞丸が最初に話し掛けたのは、船の中央で自身と繋がったコードの様な物を弄っている女性だった。非常に長い白い髪と、同じくらいに白い肌を持ち、スイムスーツの上にセーラー服を着たような格好をして、頭の左右に前後に長い黒色の角を有した、人の形をした者。五島沖海底姫である。
「やあ、今日は世話になるよ」
「アッ……ク、楠木提督。ヨロシクオ願ッ、オ願イシマス……」
お願いするのはこちらの方だけどねえ、と楠木が笑えば五島沖海底姫も釣られたようにうへへと笑った。それに合わせ、赤い海に浮いた船、それそのものが笑うような低い音で鳴動する。
「オ、オ陰様デ、コンナニ立派ナ船ニナッタノデ、アリガトウゴザイマス」
五島沖海底姫がぺこりと頭を下げると同時、船尾の本当に尾となっている部分が持ち上がり、緩い速度で海面へと叩きつけられる。左右ではなく上下に動かしやすい辺り、魚ではなく海生の哺乳類か何かの仲間なのかもしれないが、所有者本人もその辺りはよく分かっていなかった。
多聞丸達が乗っているのは五島沖海底姫の艤装である。元々船型であった彼女の艤装に資材を投入し、二十人以上を収容できる大きさにまで拡大拡張を施し、移動手段や拠点として運用しているのだ。
「目標地点ニハ、既ニ到達……シテイマス! 『きっと』『いない』ノデ、ッ捕捉モサレテマセン……タブン」
五島沖海底姫が船として選ばれたのには艤装の形状の他に、その身に刻まれたチート能力にも理由があった。生半可な存在では彼女とその周囲の存在を知覚する事ができないのだ。その隠蔽能力は転生者の中にあっても高い強制力を誇り、彼女が本気で力を行使している場合、多聞丸であっても視る事は不可能となる。そんな能力であるので、当然ながら深海棲艦達もこの船の進軍を見咎める事はできなかった。どれだけその船上が騒がしい事になっていたとしても。
「僕ハ、僕ハ降リナイゾ……! ココデ引イタラモウ吸イ尽クサレルダケダ……!!」
「ヲッ、ソノ意気ヤ好シ。デモ、通ルカコレ?」
「狂気ノ沙汰ホド面白イ……!」
「僕なら降りるけどなぁ……」
「振リ込メ……振リ込メ……」
卓を囲む四人と、その後ろから様子を窺う三人。立直した一人は和了らせろと念を送り他の二人は手番の戦艦棲姫の出方を窺っている。
タン、と軽快な音を立てて、WとMが組み合わされたような牌が場に放出された。全員の目線がそれに注がれる。
くっと悔しげな声が、放銃するよう呪いを掛けていた駆逐古鬼から漏れた。戦艦棲姫は安堵した。通ったのだ。自分は賭けに勝ったのだと。
「あっ、それロンです!」
「ファッ!?」
声と一緒に手を上げた少女が、自分の手牌を倒していく。そこにあったのは、一対六組の麻雀牌と、出されたものと同じ柄の一つ。
「チ、七対子!?」
「今マデ散々高イノ連発シテオイテ!?」
「2翻かあ、なんとか飛んでないけど……」
「次は私の親番ですね!!」
ぐにゃあと戦艦棲姫の顔が歪む。まだ次はある。次はあるが、逆転の目はほとんど残されていない。自分の親番は終わり、ラス親は超幸運の持ち主、丹陽である。絶望。これが、圧倒的、絶望……!!
「いえ、それには及びません」
そこに待ったをかけたのは、参加者最後の一人だった。
「ロン。私も和了です」
牌が倒されて行く。そこにあったのは成程、捨てられたのを合わせれば和了りの形である。その場の全員が驚きの声を上げた。
「ダ、ダブロン!?」
「うわ、ドラ三つもあるよ怖いなあ」
「ヲッ……!? ア、コレ飛ンデンジャン」
「流石ダイソン、滅茶苦茶被弾スルノナ」
「はい、これで戦艦棲姫さんは点がマイナス。ゲームエンドです。そして、私はこの点で二位に浮上……つまり」
「わあ……! 今回も生き残ったんですね! 凄いです、宗谷さん! 丹陽、今回も殺せませんでした!!」
「三位四位交代なのに全然離席しないね君等……」
「二人ダケ違ウゲームシテナイ?」
「幸運パッシブ二人相手ニ麻雀勝負ハ無理ガアッタナ」
「天和連打シテ来ナイダケ有情」
「人和連打はあったけどね」
「ソッチノガアル意味酷クナイ?」
和気藹々と、特に何を賭けるでもなく友人と遊戯に興じるその姿は、どう見てもこれから命懸けの戦いに赴く者たちの姿ではない。だがそれも致し方のない所だろう。何せこの場の全員が、日本で最強と呼ばれる転生者のそれに準ずるか、それを超えるほどの生存能力を有しているのだから。真剣に戦うつもりではあるが、死ぬ気は誰一人していないのである。
「あれだけリラックスできているのも君のおかげだろうから、もっと誇ってくれていいんだよ?」
「アッ、アザーッス……!」
五島沖海底姫は照れくさいを通り越してしまい、にやけ顔を隠し切れない様子だった。それと同時に挙動が不審になって来ている。多聞丸は一時、賞賛の言葉を打ち切ることにした。褒め過ぎると使い物にならなくなるが適度に肯定の言葉を掛けないとそれはそれで使い物にならなくなる。割と扱いの難しい子なのだ。
これ以上褒められると溶けると察し、五島沖海底姫はじゃあ最終調整を終わらせちゃいますね、と自分とケーブルでつながっている艤装と格闘し始めた。何せ本来の姿よりかなり肥大化している物だからチューニングが難しいのだ。某鯨ほど大きくなることはできないのが残念なような助かったような不思議な気持ちであった。
「Admiral!」
船上の面々と挨拶を交わし各々準備に取り掛からせていると、赤毛の女性が船首から小走りに駆け寄って来た。多聞丸の到着前からずっと周囲の海を見つめていたが、その有り得ざるべき光景を前に、一人危機感を募らせていたのである。
「聞いていませんよ、これ程だとは」
多聞丸に詰め寄ると、今作戦の難易度について厳しい表情で問いかける。説明が無かった訳ではない。むしろちゃんとされていた。されていたが、具体的な数字は把握していなかったのである。
「すまないね、君は結構緊張する性質のようだから、少々気が楽になるよう説明していたのだが……」
「ええ、そうでしょうとも! 確かに、私は無駄に緊張して意味不明な勘違いを産み出す大馬鹿者です! おかげで国内では扱いが完全に何処かから帰還した王ですし、それを鑑みての対応であるのも理解できます!!」
勘違いされてるのは言動どうこうより英雄的な態度で前線に立ち聖剣で敵を殲滅するからである。という事実を飲み込んで、多聞丸は不満気に腕組みする彼女と向き合った。腰に下げた剣の鞘が鈍い日光を受けて眩しく輝いていた。
「ですが、私の耐久力は普通の人間程度ですよ!? 無防備に一撃受ければそれだけで死にますよ!?」
「いや君の剣は再生能力もあるから大丈夫だよ」
「そうなのですか!?」
知らなかった、とそのアークロイヤルの艤装を扱う英国の女性は驚愕してみせた。剣というか鞘になのだが、二つでワンセットであるため同じ事である。伝説と違って本人の能力であるため紛失もしないので普通に戦って死ぬような事はまず有り得なかったりもするのだが、そもそも被弾した事すらなかったため気付かなかったのだ。
「…………失礼しました。はぁ、恥ずかしい」
アークロイヤルは自分だけが騒いでいた事へ忸怩たる思いを抱き、顔に出やすければ真っ赤にでもなっていただろうくらいの大きな感情を溜息として吐き出した。そしてそれって死なないだけで痛い事は痛いのではないだろうかという事に思い至ったが、死なないのなら許せる範囲内だと受け容れた。普通に器は大きい方なのだ。
「だいじょぶだいじょぶ、死ぬくらい大した事ないよ」
一回やれば慣れるよー、生き返らせてもらえるし。と横から声を掛けてきたのは普段は帽子のように被っている方位盤を腕に抱いたリベッチオである。同じく生身で攻撃を受ければ痛いで済まない人種なので、何かしらのアドバイスをしてあげようと思ったのだ。
「ンナモン慣レレンノオ前ダケダロ」
「死んだから修正してって自分で頼みに来るのはもう、慣れるとかそういう問題じゃないと思うなぁ……」
その後ろから発言の問題点を指摘したのはレ級とゴトランドだった。最近変な方向に能力が伸びがちなリベッチオの人間から遠ざかっていく死生観と曖昧になっていく死と生の境界にアンデッドかなんかにでもなるつもりなのかと各々心配を募らせている。
「ですが確かに、失敗しても修正が可能であると思って戦えるのはとても心強い」
「だよね! リベ達範囲火力担当だから防御なんて考えてる暇ないし! 近接戦とかしたら死んじゃうよね!!」
「いえ私は対応していますしむしろ得意距離ですが」
クソが。リベッチオはやさぐれた。
「じゃあいいじゃん。近づかれてもスタミナ切れるまでバッタバッタと切り伏せて頭が高い控えおろうってすればいいじゃん」
不満そうに早口で告げると、その辺の段差に座り込み、不機嫌そうに両足で甲板をバタバタと叩き出す。その年齢相応の態度と仕草にアークロイヤルは困惑した。
「……何かありましたか? どうも、妙に不機嫌そうに見えるのですが……」
リベッチオはどちらかといえばやる気はある方で、昨日まではいっぱい倒してやるぞーと意気込んでいるくらいだった。それが今日になって情緒不安定になっているのは少しおかしい。当日になって緊張が出てきた、というだけならあまり問題ではないのだが。
何かあったのだろうかと本人ではなく、何故か保護者のような顔で見守るゴトランドに聞けば、同じく年下の面倒を見る様な態度だったレ級の方から返答があった。実際の年齢についてはアークロイヤルは考えない事にした。
「リベノ奴、出発前ニコナイダノ吹雪ノ動画ミテヤガッタカラナ」
「何故自分から調子を下げる様な真似を……」
「なるかもしれないじゃん! 参考に!! なんなかったけど!!! 全然なんなかったけど!!!!」
吹雪が多数を相手取って無傷で帰還できたのだから、そこから何らかの教訓が得られるかもしれないと思ったのだ。結果的には意味不明でしかなかったし、自分の戦闘力と対比してしまってちょっと落ち込む羽目になった訳だが。
「まあ……理解はできるよ。この景色を知ってたら、少しでもって思っちゃうのは仕方ないかなって」
ゴトランドが多聞丸とアークロイヤルを通り越して、その先の赤い海を見た。それに釣られ、他の仲間たちもそこへと目線を向ける。
「ええ。それは、確かにそうです。私もここに至って、ようやく理解できました」
苦い顔で睨みつける。それは割と、どうしようもない部類の物だった。転生者では、ではなく。まともな人類では、であるが。
「勝てない訳です」
「うむ」
多聞丸も同じくその光景を直接視界に入れる。それは知っていた絵面であり、直接的には、初めて見る眺めだった。
「深海棲艦は、人類にとって脅威だ。では、具体的に、どういった部分が脅威なのだろうか?」
騒ぎ声に釣られて集まって来た仲間達に、多聞丸は問いかける。その答えは、この深海棲艦の支配域――南極海にまでやってきた時点で、全員が理解させられていた。
「物理攻撃が効かない事か? いや、それは脅威ではない。あんなものは、やろうと思えばいくらでも対抗手段は講じられる」
物理無効化は本当に物理攻撃以外を無効化できない。その上、無効化属性を付与された攻撃に対しては全くの無力である。極論、真っ当な物理法則以外で攻撃してしまえばその辺りの通行人ですら貫通し得る程度の物でしかない。
「では、個々の強さか? いいや、それも違う。あれらは……そう、原作の艦隊これくしょんと比してすら、非常に弱い」
この世界の深海棲艦は、弱い。適性値が高いとはいえ、一カ月しか訓練を施されていない素人に蹴散らされる程度の存在でしかない。姫や鬼ともなればそれなりの戦力を備えてはいるが、それでも改二にすらならない駆逐艦一人に討伐される程度である。
「それでは、変色海域を展開してくる事か? まあ、悪い手だとは言わないがね。悠長過ぎるよ。真の効果が出る前に対策は打てる」
実の所、多聞丸が何もせずとも各国ともある程度の対処は行えたのだ。ただ、それができた所で大陸が沈むのは回避できなかっただけで。
その理由が、目の前の赤い海にあった。単純で、誰でも思い付いて、達成されてしまえば通常はどうしようもないそれが。
「この世界における深海棲艦の最も恐るべき点、それは――」
前後左右、三百六十度、全方位に、その答えは存在している。全く以て、現行人類には本来どうしようもない。総勢一億を超える、深海棲艦の群れ。
「――数だよ」
最大出現可能数まで既に現出を終えている、人類の総数と同じだけの悪意の、ほぼ半分がそこに居た。
出現最大数まで出て来れるだけ出て来てるけど、普通に集合無意識内にまだまだいっぱい悪意は残っています。人類産まれてからの全部だからね仕方ないね。
ちなみにここまで大規模になったのは、最初だけ一度に最大値まで出現できる術を使ったからなので再度使われない限りこんな事にはなりません。
使える本来のラスボスみたいのも今から絶対命中+絶対貫通のチートコンボで死にます。
いやあ安心ですね。