転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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真・艦これ無双

 撃って来ないんだけどなんでじゃろ。などと思いつつ相手の展開を待つ。

 こっちが先制攻撃しないのはチート能力さんのお仕事で能力を最大にしてもらうためなんだけど……あっちが撃って来ない理由はよく分からん。なし崩し的に始めたくないのか、勝利を確信して遊んでるのか、それとも別の理由か。思い当たる節がないでもないが、それだってすぐやらない理由が分からない。

 ウフフアハハと金属が軋むような濁りが混じっていなければ美しいとすら思える笑い声とともに連中は私を囲まんと展開を続けている。脅威があればホラーなんだけど無いからただの音質悪いゲームボイスみたいになっちゃってるのが悲しい所だ。

 敵はあまりにも混雑しすぎてて避けようがなくお互いに体をぶつけ合いながら、それでも私の視界いっぱいにどんどんどんどん増えていく。なんかたまにじゃまーとかしずむーとか聞こえてくるんだけど君等大丈夫? いや本当に沈む奴は居ないだろうけれども。

 海上がそんな調子なので、空の方なんてそりゃあ惨憺たる有様だ。数千数万の編隊が層になって飛んでるもんだからもう青空すら見えないし、当然太陽光も遮られてる。完全に届かなくなっている訳ではないが、青いはずの海も夜のように黒っぽく見え、気温も何となく下がったように感じられた。

 そんな状態なんだけど、視界は普通に確保できてるんだよね。というのも上から横から大量のライトで私の事を照らしてくれているからだ。これはまあ当然の話で、深海棲艦達は夜目が利かないからそうしなきゃ私の位置が分かり辛いのである。ちなみに私は光が無くても分かるので狙って墜とせば有利かもしれない。

 青葉さんの偵察機はここに至っても撃たれてはいない。それどころかむしろ基準にされてしまっているようで、敵機の大群の底をおっかなびっくり旋回している。たぶんだけど、あれは映像を保存するだけじゃなくて送信もしていて、それを奴等も理解しているのだろう。私が無惨に沈むところを見せつけてあげようという粋な計らいという訳だ。

 そうすれば最早人類にはこの状況はどうしようもないものだとはっきりと理解して、日本中が絶望してくれるかもしれないからね。一機残しとくだけでいいならそりゃあやるわ。だれだってそーする。私でもそーする。

 これ、可哀想なの青葉さんだよなぁ。間違いなく今世界で一番大きな絶望感を味わってるだろう。私から見ても百八十度の水平線まで敵でいっぱいなんだけど、上からの視点でもきっとそう見えているのだろうからね。物量だけで勝敗が決するレベルの相手だったって転生者以外で最初に実感しちゃった青葉さんはSANチェックです。

 なので、私がこれらをぶっ飛ばすのを見て貰ってちゃんと正気度を回復してもらう事にしよう。え? 余計削られるだけ? ですよねー。

 

 やがて私の後ろにも深海棲艦が敷き詰められ、百メートルくらいぽっかりと穴をあけて、真っ黒な包囲網は完成した。いやぱっと見た感じ「だけ」は完成してるって言う方が正しいか。まだまだ水平線の向こうからいっぱい来てるせいで押し合いへし合い隊列ぐちゃぐちゃになってるんだよね。君ら自分らで空遮って暗くしちゃったせいで色々歯止め利かなくなってるだろ、お互いの位置よく分かんなくなってるだろ。

 後ろ側の層は前に比べるとかなり薄く、私を逃がさないためだけに展開されたのが分かる。まあ踏んで超えてけちゃうんだけどね。ただその場合、そのまま陸地になだれ込まれると思うので絶対取れない選択肢ではある。っていうか絶対同士討ちすると思うんだけどいいんだろうか。いや私倒せればいいのか、どうせ人類が減れば最大出現数減るらしいし、許容範囲の被害って想定なんだろう。

 ともかく深海棲艦側の布陣は終わり、それに伴いだんだんと体の変質が緩やかになって来るのが感じられる。どうやらそろそろ強化ちゃんはおしまいらしい。まだまだ奥には居るっぽいけれど、一度に登場しないんじゃ数には入れられないのだろう。ジャンプして視界広げたら増えるかな? と思いながらなんの気なしにソナーで海中の数を見てみたらほんの少し強化量が増えたがまあ誤差だろう。

 実はちょっと異形化しないか心配だったんだが、どうやらそれはないっぽい。見た目そのまんまの方が意味不明だからだろうけど……あ、でもそうだ、リーチ伸びるし折角だからちょっと身長伸ばさない? 駄目? そっかー。

 まあそんな冗談はさておいて、実は私はさっきから、範囲攻撃覚えようぜとチート能力さんに具申してみていたりする。時間が掛かり過ぎるのはどう考えても良くないし、なんか青葉さんの偵察機を積極的に墜としはしなさそうだから私の尊厳の問題にも係わって来るからね。だがしかし、チート能力さんの返答はこうである。

 

 ――立ち合いは強く当たってあとは流れでお願いします。

 

 覚える気あるのか無いのか全く分からないんだよなぁ……翻訳能力、マジで欲しいわ。連装砲ちゃんとかとも話せるらしいし。

 しかし強く当たれというのならそれはまあ構わんよ。どこに当たるかは私が選ぶが、どの道弱い立ち上がりをする意味とか無いのだし。とはいえ、この状態だとまずは敵の攻撃をいなさないとだろうけどね。

 

「なあ吹雪、強化終わったみたいだから言うんだけどさ」

 強化も限界っぽいし、向こうが動かないならこっちから行こうかと考え出した頃、私と一緒になって群れを睨んでいた猫吊るしが、私の頭をぺしぺし叩きながら言い出した。うん、と返せば警戒は解かないように気を付けたまま、猫吊るしは至った考えを口に出した。

「あいつらさ……あんま弾持ってないんじゃないか……?」

「えっ」

 

 ――えっ。

 

 チート能力さんと私の心が一つになった。

「いや、普通に考えてなんだが、この大部隊に行き渡る量の弾薬と燃料がどっかで採れたのかってのが凄い疑問でだな」

 うん。

 うーん?

 そういやそうだな。北海道から来る連中、弾とか燃料とかギリギリでやってたもんな。それは今来てるこいつらに回すため、だったんだろうが、どう考えてもそれで浮く量は今の規模に対しては誤差である。

 そう考えるとそうか、基地を囮に使ったのはもしやあの基地が弾薬にも燃料にもならない大量の余りもので作られてたからとかなのだろうか。普通に廃棄物でしかなかったと、そういう事だったのかもしれない。

「広い海で百万千万単位の駆逐艦使って搔き集めたとかは?」

「まず無い。っつーか、人間の住んでるとこから遠すぎると殆ど湧かないんだ。だから大陸が沈んでるとかならともかく沈んでないはずの今だと無理だと思う」

 あくまで人間の霊的なもの由来、という事らしい。他の生物のは無いんだろうか。いや、車に軽油入れちゃ駄目みたいなノリかもしれんけども。

「そもそも産まれた時から持ってるもんじゃないの?」

「場合によるっぽいんだよなぁ。なんか悪意から生成されるときに元になった量で変わるみたいなシステムらしいんだが……深海棲艦が出始めてから二年足らずでこの数を揃えるなら、満タンで生まれた奴はだいぶ少ないと思う」

 当たり前だけど、深海棲艦の元になる悪意にも量的な限界はあるらしい。曰く、悪意を溜め込むダムにひびが入って漏れてるみたいな状態らしいんだが、逆に言えばひびの位置まで水位が溜まってなければ漏れようがないし、ひびから吹き出せる以上の勢いで出てくる事も無いのだそうだ。だから本体の強さや数と初期資材の量は天秤に掛けざるを得ないらしい。

 うん? それって現状はまだ末期症状じゃないって事では……いや、よそう。私の勝手な推測で私を混乱させたくない。

 さておきあれだな、シミュレーションゲームとかで例えるなら初期資金が多いけど能力低いか、能力高いけど初期資金カツカツか選べるわけだな。んで、深海棲艦の場合……そうか、制海権完璧に押さえて資源採り放題だったから能力高くて資源持ってない奴を産み出しまくった感じか。燃料も弾薬も採って来たの使えばいいもんな。本来。

「んでな、これ推測の裏付け……になるかは微妙なんだけど明らかにおかしな事が一個あってだな」

「あ、それは分かるわ、それ待ちかなって思ってたんだけどなんかやって来ないし」

 変色海域。

 私と猫吊るしの声が重なった。

「持久戦やるなら使った方が絶対有利なのになんで展開しないのかなって思ってたんだけど」

「たぶん、砕いて資材に変えたんだろうな。俺らもよくやるし」

 変色海域は核を海に浮かべるだけでも展開できる。なんか統計的にはちゃんと設置した方が広くなるっぽいとかそういうのはあるらしいんだけど、ともかく決戦のバトルフィールドに広げるだけならその辺に投げ捨てておけば大丈夫なのだ。だというのに、相手方はそれを全くやって来ない。普通の艦娘相手なら、逃げられないようにしておけば時間経過だけで勝利する事ができるのに、である。

「じゃああいつらが撃って来ないのって……」

「できないんじゃね? 無駄撃ち」

 この状況で全く弾が無いという事は有り得ない。でも、弾が満載って事も無いんじゃないだろうか。それが猫吊るしの予想だった。

 考えてみれば、あいつらは私が糞強いと知っていて人海戦術を採って来た。そうなると、殆どの奴……特に手前に居る連中が、弾を撃ち切らずに轟沈するくらいは織り込み済みなんじゃないだろうか。それこそ一体辺り全砲門で一発ずつ撃てればそれで良いくらいの認識の可能性がある。

 ふむふむ。超回避の私を相手にできる限り高い確率で攻撃を当てなければならない深海棲艦が、各々最小限の弾しか持っていない。当然ながら散発的な攻撃で何かを成せるかと言えば不可能だろう。我が事ながら無茶な性能してやがるし。

 深海棲艦にあるのは数の利だが、どうやら全員が万全に戦えるわけではなさそうだ。

 なのでできる限り効率的な初動で弾薬を使わなければならない。

 その状態で何が始まるかと言えば……?

 

 そうだね、一斉射撃だね。

 

 

 

 何が引き金になったのかはよく分からない。何か私には感知できない方法で指揮が行われたのか、単に時間が決まっていたのか。私を取り囲む深海棲艦達は突如一斉に構えを取り、非常にいい笑顔でその砲塔から、発射管から、銃口から、煮詰められた呪いを砲撃のように、雷撃のように、銃撃のように、私に向かって吐き出した。

 狙いなどほぼ付けられていない。いや、むしろ付けない方が良かったのだろう無数の抜き打ち。全ての弾が同一地点へ向かう軌道を描いたならそんなものはむしろ避け易いのだから、私を相手取るなら全くの無意味。それを連中も理解していたに違いない。

 四方八方、仲間の隙間から狙える者は真っ直ぐに、そうでなければその頭上を超えるように、上から横から斜め下から一斉に攻撃が飛んで来た。そこに出現したのは壁だった。数千、或いは数万の砲弾と魚雷と銃弾の壁。真上からは爆撃も落ち、唯一真下からだけは何も来ていないがそれ以外をほぼ塞ぐ、詰みの形。一部は互いに衝突し合いながらも、その殆どは意外なほどにしっかりと、私に向かって殺到した。

 実のところ、避けようと思えば避けるのは容易だ。なにせ足下が空いている。一旦潜ってやり過ごしてしまうのは本当に簡単な事なのだ。でも、今やるべき事はそれだろうか?

 否。私はこいつらを、できるだけ効率的に倒さなければならないのだ。尊厳云々もそうだけど、取り逃せば取り逃すほど犠牲者が増えるのだろうから、殲滅は早ければ早い程いいだろう。故にただただ大げさに避けて見せるよりは、もっとやるべき事がある。

 敵が発射する瞬間、私は真下の水面を掌底で打った。その衝撃がすぐには弾けないよう、しっかりと浸透勁の形にして。

 水中を広がっていく衝撃。それは一か所に向かうのでなく、比較的ゆっくりと海中に広がって行った。そこへ、もう一発。今度は震脚を見舞う。これにもやっぱり浸透勁、それもかなり速度のあるものを添えて。

 その時青葉さんは見たはずだ。水の中に消えていく私の姿を。と言っても私が沈んだわけではない。私を包むように水の方が立ち上がったのだ。海中から天に向かい、私を避けるような円筒形の海流が噴出したのである。

「そうはならんやろ」

「なっとるやろがい」

 猫吊るしと一緒に、天へと昇って行く水の柱を内部から見上げてぼやく。まあそんな反応にもなろう。傍目には本気で意味不明だろうし。

 私のやった事は至極簡単。速度の遅い浸透勁の衝撃にそれより速い別の浸透勁を叩きつけ、両者を海中で爆発させただけ。干渉し合った超威力の衝撃は弾けて完璧な指向性を持ち、上に向かって噴出したという訳である。いやだけってなんだよ。絶対やれる確信があったからやったら思ったより威力あるんだけどなんだコレ。壁作るつもりだったのにノックアップストリーム生まれちゃったんですけど!

 放たれた深海棲艦の砲弾は非常に数が多い。だがしかし、その一発一発はあくまで普通の一撃でしかない。故に、雲まで届かんばかりの勢いで重力に逆らう超強力な水流を、それらは貫通できなかった。立ち昇る奔流に飲まれ、混ざり、砲弾が砕けていく。見れば巻き込まれた魚雷も内部で破裂し、それらは細かな砂利となり、ただの海水だったそれは、あっという間に金属の破片が踊り狂う凶悪なミキサーへと変貌を遂げた。

 それが、空を覆う天蓋に風穴を開ける。本来ならその海流に深海棲艦を倒す力は全く無い。勿論押せはするので艦載機くらい墜とす事は可能だったろうが、物理無効を貫通しないただの海水でその装甲を傷つける事は叶わないはずだった。しかし、巻き込まれた深海棲艦の攻撃がそれを可能にしてしまった。

 日光を塞ぐ敵の大群に、上昇海流が突き刺さった。巻き込まれた敵航空機が引き裂かれ、哀れにもその一部として飲まれて行く。すこし辺りが明るさを取り戻した。

 それと入れ替わるように、水の無い私の直上には多数の、それこそ上面が塞がる量の爆弾が降って来る。中心部に居た連中が巻き込まれる前に落として行った形見の品だ。このまま行けば私に直撃する訳だが、うん、成程。いいこと思いついた。お前、私の頭上で爆発しろ。私は機銃でそれら全てを同時に撃ち抜いた。

 水流の中心で大きな爆発が起きる。それは水流そのものを内部から吹き飛ばし、真っ直ぐ天へと延びていた多量の海水を無数の弾丸と変え、広範囲の敵航空部隊へ重力と逆さに降り注がせた。蓄えた深海棲艦の弾薬諸共に。

 例えるならクラスター爆弾だろうか。円錐状に拡散したそれは、空を埋めていた深海棲艦の群れにぶち当たり、形成されていた膜に大きな穴を空ける事に成功した。吹っ飛んだ連中がさらに上を巻き込んで落ちて行くのも見える。航空機密集なんてさせたらそりゃあそうなるわ。

 同時に海から上がっていた水流が止まる。浸透勁で打ち上げただけなので当然長持ちはしないのだ。深海棲艦の目の前に、無傷の私が浮かび上がった。天からは日の光が差してくる。周囲からは誰の声もしない。どうしたのだ? さっきまでの勢いは……笑えよ深海棲艦。

 攻撃は無い。いや、きっと、それどころではないのだろう。私が生きてたのは予想通りかもしれないけれど、その方法が予想の埒外過ぎて。それと、飛び散った自分達の砲弾による真の被害が、まさに今これから降り注ぐところだったから。

 当たり前だけどここは地球の重力に囚われた海の上。昇ったものは落ちて来る。ついでにさっきまで飛んでいた、自分達の操っていた飛行機の残骸も一緒に。黒い雨が降った。

 深海棲艦へ深海棲艦をぶつけるのは有効だ。頼みにするのはどうかと思うが、今回もそれはとっても効果的だった。天より降り注ぐ多数の霊的金属が同質の艦船を傷つけていく。物によっては誘爆し燃え上がり、装甲の剥がれた人型の頭蓋を砕き、小型の魚のようなものの背を串刺しにする。

「……できたなぁ、範囲攻撃」

 ぽつりと私が零せば、頭上で猫吊るしがそだねーと相槌を打った。上空を視れば青葉さんの偵察機は無事のようだ。結構離れていたから巻き込まれなかったらしい。というか……むしろ、巻き込まれた機体の方が少数だった、と言った方が正しいか。

「んー、乱発できれば強いんだろうけど、条件厳しくね?」

「汎用性皆無すぎるし……威力低いから微妙だなこれ」

 空の穴が塞がって行く。押し寄せる航空機の群れが、一度突き通ったそこを埋めてしまったのだ。さもありなん、直径一キロにも満たない程度の大穴だったのだから、視界を何重にも埋め尽くす量に対しては雀の涙だったのである。

 やがて雨も止み、そして明らかになった事だが、海面の連中に対してもさして有効打になっていない。いや、範囲内の半分ほどは轟沈に至っているし、無傷の者は殆ど居ないのだが、それは全体数からすれば誤差である。倒せたのは百万に満たないんじゃないだろうか。総じて防御手段としては悪くないのだけれども。

「あくまで防御のついでって感じかな、これだと」

 銃弾以外無消費の返し技としては悪くないんだけどね。そもそも敵が斉射してくれないと成立しないのは発動タイミングが限られ過ぎである。まあ使えるタイミングがあれば使うけど……次があるんだろうか。

 見れば敵最前線の生き残りが急発進して、全方位同時に私との距離を詰め始めていた。撃って来ない辺りやはり弾が無いのだろう。だから、普通は、脅威になり得る最後の手段を奴等はとって来た。

 それ即ち、ラムアタック。要は突撃体当たりだ。それと同時にタイミングを合わせない弾幕も奥の方から飛んで来た。成程ね、つまりここから先は乱戦だと。本当に消耗を強いるのはここからだと、そういう訳であるのだろう。本当に消耗するかは私にも分からんけれども。

 

 聴覚で周囲から迫る無数の弾を全て見切りつつ、物は試しと全力で前へと水面を跳ぶ。たったの一歩で音を越え、私の体は大気の壁を貫いて対面の戦艦レ級の横を抜ける。遅れてレ級と進路上に居た深海棲艦達がまとめて盛大に吹っ飛んだ。

 密集している場所で勢いよく同僚が吹っ飛んで来たらどうなるでしょう? 答え、両方潰れる。

 本来物理攻撃を無効化するこいつらはただの通り抜けた衝撃波では押せはしても傷つける事はできない。だがその押された先に同じ深海棲艦が居る場合はその限りではない。互いに無効化を打ち消し合って、勢いそのままに傷つけ合うのだ。密集したのが完全に裏目に出た形である。

 レ級とタ級が、駆逐棲姫と軽巡棲鬼が、深海梅棲姫と深海重巡水姫が、その他多数の深海棲艦達がぶつかり合い、一対一で轟沈する。中にはさらにその先に居た個体も巻き込んで行く奴等も居た。特に腕を振るうでもなく、ただ移動しただけでこの始末。強化系極めれば最強論を体現するとこんな感じかもしれない。

 とはいえ、それだけと言えばそれだけだ。

 効率的にははっきり言って褒められたもんじゃあ全くない。むしろ悪い。まあ攻撃してないんだから当たり前なんだけど、一歩で数十体吹っ飛ばして同じ数巻き込んだとしていいとこ100体くらいしか倒せないのでは話にならない。いや一秒100体以上盛れるからついでにヤれる数としては十分すぎるんだけれども。

 

 さて既に一つ範囲攻撃っぽいものを習得した訳であるが、あれだとどう考えても殲滅できないので、できればもっと汎用性と威力と範囲に優れた技も欲しい所である。でもそれを実現するためには私は自分の今のスペックをちゃんと把握しないとならないだろう。大きく一歩を踏み出したのもその一環。浸透勁を二つ重ねて爆発させたら天に届いたのは私にも意外でしかなかったのだし、しっかりやらないと誤爆が怖い。この場で一番私を害せる可能性が高いのは、言うまでもなく私自身なのだから。

 最も近く最も速い敵駆逐艦の最先鋒よりさらに速い敵砲弾の隙間を抜けながら、足に力を込めて再び跳ぶ。方向はやっぱり水平に真っ直ぐ、直近無傷の戦艦棲姫。またもそいつの横を通り抜け、今度はすれ違いざまに拳で一撃。するとその姫級の深海棲艦は、それだけで全身を金属片に変え、後ろに控えた連中へと殺到した。ざっと150体ほどがそれで犠牲になったようだった。

 それを確認した頃には、私は殴った反動で次の獲物へ向かっている。そこに居たのは港湾棲姫、これを撫でるように叩き、同時に真横の北方棲姫も逆の手で撫ぜる。次の瞬間、そいつらは触れた場所を中心に二つに裂け、海の底へと沈んで行った。

 続けて水面を飛ぶように滑り、蛇行しながら通り道の脇の奴等を蹴り砕く。イ級、駆逐林棲姫、軽巡新棲姫、タ級、ナ級、ヲ級、装甲空母鬼、護衛棲姫、護衛棲姫、イ級。それら全てがばらばらになり、それぞれのパーツが砲弾となり飛んでいく。周囲一帯を巻き込んで、そいつらは全員滅んで行った。

 そして私は走り出し、進路の敵を全て一撃で砕き散らす。破片になったそれらがさらに被害を拡散し、後に残るは残骸のみ。うーん酷い大虐殺。半分以上見た目が美少女だから絵面がヤバい。撮らせていいのか不安になる。R-18Gだよ完全に。まああっちから攻めて来てるんだから私は謝らないけれど。

 閑話休題、実は私、現在ただ闇雲に殴っている訳ではない。さっきからしてる攻撃、大して力を入れていないのだ。今までも同じような事はできていたけれど、身体能力が上がりに上がったため必要な力のパーセンテージがむやみやたらに下がっているのである。だから、感覚的には本当に撫でただけで敵が死んでいく状態だった。

 とはいえ、調整が利かないとか手加減しているとかそういう話では全く無い。私は今、新技を試しているのだ。最小限の力で姫級だろうと一撃で倒せる新たな技を。

 姫級鬼級は艤装にダメージを押し付ける事で一撃は確実に耐えて来る。これは事ここに及んでも変わらないし、さっきの砲弾の雨で半分くらいが死ななかった一因にもなっているのだが、今、私はこれを破る術を思い付いたのだ。

 やり方は単純、速度の違う二種類の浸透勁を一遍に敵に叩き込む。それだけである。

 浸透勁は通常、打っても二回のダメージにはならない。これは衝撃の発生個所を変えているだけだから当然の事だ。表面と中心で別の攻撃とは扱われないのである。

 しかし今回のこれは違う。二種類の浸透勁が別々に敵の中枢に炸裂する事で、疑似的にダメージ判定が二回発生するのだ。そのために一撃で深海棲艦は爆発四散。周囲を巻き込んで哀れな鉄屑へと成り下がるというわけである。

 殴るのが一回で良いというのは素晴らしい。何せ手間が半分だ。移動があるから単純に効率二倍とはならないけれど、時短効果は結構高い。ありがとう龍田さん。ドン引きしながらも色々教えてくださって。

 そう、今回使っている技術の半分は、私が今まで使っていた浸透勁とは別の流派、龍田さんや天龍さんの使っている武術の物である。昨日、叢雲に棒術を教わった時に一緒に教えてもらったのだ。その流派の奥義の一部分を。

 実際に使ってみると川内さんの、ニンジャの浸透勁とは性質に結構違いがあった。私が今まで使って来たそれは伝達速度が速い代わりに複数の材質を貫通するのが少し苦手で、新しく習ったそれは少し遅い代わりに複数の材質で構成された物へ浸透させるのが大の得意だったのである。

 どういう事かと言えば、川内さんのはそもそも素手で発動するもので、龍田さん達のは手元で発動して武器を通して相手に炸裂させる技だったんだよね。ぶつかり合った時川内さん側が負けてたのもそれが原因で、龍田さん側のが物を通過するのに最適化されてたからだったらしい。ちなみに武器から直接出す流派もあるそうだが、それは使用者が未修得だったため詳細は不明である。

 複数種類ある浸透勁の技を同時に打ち込むとどうなるか。答え、相手は死ぬ。いや体の中心に鉄塊を砕く威力ぶち込まれたら当然なんだけど、細かい場所やタイミングの調整で割と死に方も操作できるとは私もやるまで思わなかった。

 例えば遅い方をかなり手前で爆発させれば後ろに破片がぶっ飛んでくし、残るように撃った速い方へ遅い方を貫通するように撃てばなんでか真っ二つになる。そして両方完全に同じ場所、完璧な敵の重心の中央へと撃ち込めば――

 標的は軽巡ホ級、なんとなく丸っこくって狙うべき位置が分かり易い。宙を、というか宙にあった砲弾を蹴り、くるんと回ってそいつの前へと華麗に着地。そのまま指先を突き刺した。一瞬の硬直。その後、軽巡ホ級は砂のように崩れ去った。

「どういう理屈?」

「さあ……?」

 胡乱な声に胡乱な声を返す。たぶん重なり合った衝撃が全身くまなく乱反射しまくった結果な気がするが、細かい事は私にも分からない。っていうか猫吊るしが分かんないのに私が分かる訳ないじゃん。只々理不尽な暴力って事以外。

 というかこの非人道技、なんかスタイリッシュな感じがしていかにも強そうに見えるけど、正直使い道が全く見当たらない。残骸飛ばないから巻き込みできないし、粉末飛んでるだろうから体にも悪そうだし。視覚効果としてはインパクトがあるかもしれないけど……そもそも、敵のほとんどが今の光景を目撃していない。そりゃあそうだ、なんか航空機の目で私の位置は把握してるっぽいんだけど、密集しすぎてて私を直接目に入れてない奴が多すぎるのだ。見た奴はぎょっとしてるけど。

 ただまあ、とりあえず今の自分が習った技でできる事は大体把握できた。飛んでくる砲弾を殴りかかって来ていた双子棲姫へと受け流し、その時ついでに浸透勁を流しておく。するとなんという事でしょう、双子の片割れにぶち当たったその砲弾から衝撃が溢れ出し、白いそいつが百に裂け、黒い半身を巻き込んで弾け飛んだではありませんか。四散したその艤装と体は周囲に無差別に襲い掛かり、最大半径百メートルくらいの連中にそこそこのダメージを齎した。

 ただ、やっぱり確殺には至らない。当たり前なのだが弾が拡散するから中心部以外はちゃんと当たってくれないんだよね。これなら普通に方向を絞って吹き飛ばした方がマシだろう。こちらを16インチ砲で狙う欧州妹姫に向かい跳び、叢雲よろしく懐直前でもう一回踏み込み、音を遥か置き去りにした拳でもって、艤装の口部をぶん殴る。崩壊した異形と人型を保った本体は、仲良く水平線まで飛んでいった。進路上の深海棲艦を撥ね飛ばし、諸共鉄屑未満の何かに変体させながら。遠くで水柱が上がった。

 これは小細工するより普通に殴った方がいいかも分からんね。上空から特攻をかけて来る爆撃機や艦攻に向けて空振りの蹴りを放ち、生まれた気流でそいつらを海上の敵へとぶつけながら思う。動いた空気に攻撃力は無いが、進路を操るだけなら十分可能なのだ。大気くんは私の味方である。

 敵は空から誘導弾のように移動する私を追いかけてきている。瞬間移動のようにほぼ目で追えない高速移動を連続して行い先々で艦を撥ね飛ばしている訳なのだが、どうも見失うような気配は感じられず、その辺りの同期は完璧なのだと感じられる。たぶんスポットして居場所を発信している個体が空にいると思うのだが、当然ながら私にはどれか区別が付かない。まあ大雑把な狙いで撃ってるせいで同士討ちもかなり発生してるから別にいいんだけれども。

 ちょっと思い付き、私に体当たりしようとしてる航空機連中を誘導して、一直線に並ばせる。まるで水面に平行な真っ黒い柱のような状態になったのを確認して、その場で反転。水面を両の脚でしっかりと捉え、全身の力をねじ込む様に集中させる。私はただの拳を思いっきり、今出せる全力を込め、鋭くつよい回転を加えて突き出した。

 轟。と世界が揺れた。空気が猛り狂い、真下の海水を吸い上げながら回転する。無理矢理捻じ曲げられた大気が破壊の力へ新生する。それは直進する渦だった。深海棲艦を傷つける能力の無い、ただの気流。それが殺到する飛行物体を飲み込み、押し返し、全てを巻き込んで水平線へと向かって行く。例えるならば、横倒しにしたトルネード。持続は一瞬だったが、それは進路上にあった全てを消し飛ばした。

「殺傷力は優秀……なお範囲」

「幅十メートルから二十メートル、距離一キロくらいだな。無消費遠距離攻撃って考えたら破格じゃね?」

 艤装要る? と猫吊るしが本気で疑問そうな声を上げるが、無いと立ってるのが大変だし絶対要る。

「でもこれも空中に弾とか無いと深海棲艦にはダメージ出ないんだよなぁ」

「空気に物理無効貫通付与できれば楽なんだろうけどなー」

 なお普通の人間にやったら肉塊を越えた何かになる模様。深海棲艦相手だと巻き込める軽いのが居ないとただ吹き飛ばして終わるので使い所が難しい。一応同じような事を続けてやってみたら巻き込まれたの同士でぶつかり合ってくれるため倒せない事もなさそうだったが、普通に殴ってショットガンした方が効率的だろうと思われた。

 

 一旦高速移動を止め、普通に滑走しながら敵の攻撃をいなしてタイミングを見計らう。空から降ってくる敵機と横から飛んでくる砲弾と、ついでに殴りかかって来る戦艦の位置。それらがいい感じになるのを待ちつつ周囲の連中を薙ぎ払う。

 大きめの奴は使い易い。腕を掴んで振り回せば使い捨てのこん棒に早変わりだ。私の腕は女子中学生程度の長さしかないのでリーチを補えるのは有難い。難点は一回使ったら壊れちゃう事だけど、まあこれに関しては贅沢は言えまい。どうせその辺にいっぱい落ちてるんだから勿体なくもないし。

 たまに息を合わせたのか最初ほどではなくとも纏まった弾が飛んでくるが、それらを海水や空気の渦で返してやっても大した被害になりはしない。なんせ母数が酷いから、空いた穴もすぐに塞がってしまうのだ。

 もっと広範囲かつ常時撃てる攻撃をしたい所だが、ただの物体に貫通付与ができないために難しい。海水とかにそれができれば楽だったのかもしれないけどね。

 そうこうしているうちにいい配置になったので、溜まって来た潜水艦連中に向けて、海面を擦るようにかなり思い切った蹴りを放つ。

「そぉいやっさい!」

 案外腹筋に力の入る文言を唱えつつ気合を入れて足を振り切ったらば、少し遅れて鳴動するような低い音がして、足下の海が二つに割れた。

 幅にして五メートル程だろうか。大した大きさではないが、蹴り出した場所から水平線に向けて一直線に、凸凹とした海の底のラインが引かれたのである。真上に居た敵船が重力に従い落下を始め、押し出された水の圧力で断面から見える潜水艦達は無軌道な回転を始める。

 私はそれを空中から見下ろしていた。蹴り抜いた勢いそのままに宙へ跳んで、寄って来ていた攻撃機を踏み台にして落ちるのを防いだのである。そこから階段状に並んだ敵機を踏んで、踏んで、また踏んで。私は空へと一気に駆け上がる。その間に割れた海は元に戻ろうと運動を始め、内部の深海棲艦は滅茶苦茶に撹拌されてゆく。私の耳には何かと何かがぶつかり合い磨り潰される音が聞こえた。

 

 陸の方に影響出たりしないよね? などとやってから思いつつ、私は深海棲艦の飛行機でできた天蓋へと辿り着く。当然連射された弾丸が右から左から前から後ろから飛んでくるが、残念ながら突然上がって来た私へ射線を合わせられたのはごく一部。少し体の軸をずらせば当たらない程度の密度である。

 回避と同時に艤装から錨を引っ張り出し、鎖を持って一回転。同時に無効化貫通を停止、その状態でさらに一回転。そしてもう一回転。一回りするたびに加速する錨、その速度はあっという間に速くなり、四回転目に入る頃には音速を越える。鳴り響く金切音。一回転ごとに巻き起こる気流。それに飲まれる敵航空機。ついでに空飛ぶ私。

「せめてマグヌス効果で飛ばねえ?」

 言葉の意味は分からないが別にいいじゃん、錨プロペラ代わりにしても。いや私もなるとは思わなかったけど。むしろなんでなってるの? 怖。

「いやそもそも飛びたかった訳じゃなくてね?」

 回転力で鎖は千切れない。物理ダメージが効かないんだから当然の事なんだが、一応それを確認しときたかっただけだったんだよ。やったらなんか浮けちゃっただけなんだよ。本当にしたかった事はそれじゃあないんだよ。

 態勢の崩れた敵機に向かって錨の先端を打ち付ける。航空機にダメージは無い。貫通は切っているので当然だ。でもそれはそれとして、その状態で押し出す事は可能である。そうなれば当然、絡め取る事も。

 細かく鎖を動かして、錨と敵機の凹凸が組み合うように衝突させる。どちらも砕けたりしないよう繊細な制御が要求されるが問題ない、そこの所も強化済みだ。錨が攻撃機一機分、延長された。

 続けてすぐ隣の爆撃機にその攻撃機を叩き付ける。これもまた、どっちも壊れないよう慎重に。そうしてでっぱりとへこみが噛み合って、また少し錨の全長が伸びた。その先端に、さらに別の敵航空機を繋げて行く。

 私の錨は鎖の長さが結構ある。振り回したなら攻撃範囲もそこそこ広く、つまりはそこそこ程度にしか届かない。普通ならそれで十分なんだけど、今回ばかりはそれじゃあまったく間に合わない。だから私は思いました。足りないなら足せばいいじゃないと。

 次から次へと深海棲艦同士が組み合って行く。一回転ごとに十から二十、十回転すれば百以上、千回転を越えれば万を越えた航空機が数珠繋ぎになった超長の鞭の完成だ。種類によるが一機で20cmくらいは伸びてるはずなのでたぶん長さは2kmを超える。

 飛んでくる弾をいなしつつ、それを私はぶん回す。敵に叩きつける事はしない。それじゃ一回で壊れてしまう。空を覆う飛行部隊の、少し数の減った群れの真下で全長数キロ規模の金属の大繩がうなり声を上げた。

 音速を数倍は超えた先端が空気を擦り、辺りの大気が赤熱する。巻き起こるのは天変地異。回転するたびに吹き荒ぶ嵐より酷い超高温の熱風が空を焼き、上昇気流というのも烏滸がましい、単なる気体の大渦が空に向かって打ち出された。

 襲い来る熱波、乱雑かつ不規則に回転する空気の渦。その衝撃に耐えられず、損傷の全くない航空機たちが堕ちて行く。その身に有り得ざる熱を宿したまま、海面の仲間に向かって。

 衝突、誘爆。熱を持ちすぎた体が無効化を貫通する物体――即ち同じ深海棲艦と衝突してその相手に致命的な打撃を与える。最初の水流よりも威力も範囲ももっと酷い、火炎弾の嵐。海が煮立ち、湯気が上がるのが目にも見えた。

 うん。

 

 うん。

 

「これ私、陸で全力出しちゃ駄目な奴だな?」

「今更?」

 天井が取り払われ顔を覗かせた太陽に照らされながら私の体は落下を始めた。錨を回せば飛べるみたいだけど、実際の所空の上での戦いは効率はあんまりよろしくない。大技出すなら別だけど、基本は地上で殴ってた方がやっぱり早い。ちなみに繋がってた連中は回転を止めたら慣性でぶっ飛んで行った。

 空は遠くからやって来る航空機の群れにまた蓋をされようとしているが、その密度は明らかに今までよりも減っている。さもありなん、長くなった錨のようなものをぶん回す時、角度を変えてできるだけ広範囲が巻き込まれるように腐心したのだから。

 そんな惨状だけど、青葉さんの偵察機は無事である。居る場所には向けなかったというのもあるけれど、さっきの無茶苦茶な嵐を乗り切ったのだからやはりその操縦技術は一流以上なのだろう。青葉さんのなのか乗ってる妖精さんのなのかは分からんけれども。

 落ちながら自分の齎した被害状況を確認すると、範囲内の敵船はやっぱり五割くらいは致命的な損傷を受けているように見えた。さっきより範囲がだいぶ広いためかなり持って行けた気がするが、それでも遠くの方まで続く深海棲艦の海と比べるとまだまだ沈んだのは少数派。私の予想着地点に向かって凄い勢いで吶喊してる連中もいるし、明らかに私を休ませてくれるつもりもない。マジかよこいつらさっきの見て一切戦意が挫けてねぇ。きっとまだまだ私に勝てるつもりなのだ、こちらにとって非常に都合の良い事に。

 確かに普通に考えたらあれを連発できるはずがなく、相応の消耗を強いた筈だと判断できる場面ではある。現実は残酷だけど、概ね人間サイズの生き物が出せる被害を大幅に超越しているのだから当然の帰結だろう。実際、消耗がないでもない。おなかすいてきた。

「カロリーバー食う?」

「たべりゅー」

 私の体調は猫吊るしがリアルタイムで診てくれている。チート能力のちょっとした応用だから『力』に弾かれるかもしれないと思ったのだがそうでもないらしい。もしかして例外設定とかされてたりするんだろうか。

 後頭部までてとてと走って艤装の中に手を突っ込み、猫吊るしは積み荷の食料を引っ張り出した。包みを開けて肩の方へと飛び乗ると、それを口元に差し出してくる。歯で受け取るとじんわりと甘味が舌に広がった。

 そうしながらも飛んでくる多数の銃弾を捌いて行く。空を埋めようとしてる連中の一部が撃ちながら宙に浮く私に突っ込んできているのだ。ちょっと思った事があり、そいつらに機銃の弾をくれてやる。いつも通りの手応え。当然というか、肉体スペックと関係のない艤装の性能は別に上がっていないようだった。

 目でもしっかり観察するが、単純な威力も貫通力も集弾性も連射力も普段と一切変わらない。適性値に変化は無いようだ。530000は固定で動かないとそういう事だろう。あれ創造主の悪ふざけだしな……

 その時。

 銃弾の細かな動きを測るために目を凝らしていた私は見た。絶望的()な数の群れの奥の奥、真っ黒なその海面で、私とまるで関係なく、複数の深海棲艦が、突然海へと消えるのを。

 今まで気付かなかったのは流石に数が多すぎたのと、空が覆われ暗かったからか。あと飛んだり跳ねたりしてたからソナー使えなかったのもあるかもしれない。位置も悪く、海上に立ったままでは見えないくらいには遠かった。

「えほふうひ! へんほうほふ!」

「飲み込んでから喋って頂きたく」

 包装紙を艤装に投げ入れながら猫吊るしは神妙な顔で答えた。まだ三回くらいしか噛んでないんだけど、まあこの際仕方ない。ちょっと大きめな欠片となったそれらをぐびりと無理矢理飲み下した。

「前方奥! 要観測!」

「了解!」

 一瞬で定位置に戻ってきた猫吊るしが真面目な顔で熟練見張り員の顔をし始める。それに合わせて真上まで来ていた奴に錨を投げ、引っかけ体を引き上げた。ついでに突っ込んでくる奴等のうち真っ直ぐ並んでるのを連装砲で纏めて貫く。こっちも特に異常無し。扱い易いいつものだ。

 復活していく飛行機の覆いにまた日光が遮られて行く。見辛くなっても困るので腕で風を起こしてちょっと妨害。踏ん張れないため竜巻までは起こらないが、多少進路は曲げられた。太陽が顕わにしている黒さがちょびっと減った気がする水面に、飛び交う砲弾が悪意の輝きで煌めいた。

 そして私達は見た。遠くに見える深海棲艦の艦船が、何かに飲み込まれて行くその決定的瞬間を。

 それは口だった。何体もの深海棲艦を中に納められるほどの、大きな大きな口。それが海中から歯を覗かせて、そこに居た姫を含んだ群れを一飲みにしたのである。

「深海棲艦を……食ってる?」

「S2機関とか搭載してないはずだけどな?」

 見ればそいつは犠牲者を咀嚼もせずに喉の奥へと流し込むと辺りの深海棲艦達をも次々襲い、それらも胃へと納めている。時折引っ掛かった装甲を磨り潰す以外には生え揃った歯牙を使う事もなく、海水ごと進路上の全てをそいつは飲み込んでいた。

 だが異様なのは、むしろ飲み込まれて行く深海棲艦達の方だ。全力を賭して来たという事なのか、人型の上位種が占める割合が普段のそれよりかなり高い、その顔だけを見れば美しく劣情すら誘うかもしれないそいつらは、まるで表情を崩す事なく、狂暴な笑顔そのままに開かれた大あごの中へと消えていたのである。

「ボス個体、かな、あれが」

「だろうなあ。まあ最後に倒せって指示は納得だわ」

 私達はボス個体は最後まで残すようにと楠木提督に指示を出されている。何か条件でも揃えないと倒せないタイプなのかとか思っていたが、どうやらそういうのとは違ったらしい。

「実質仲間だなアレ」

「数減らしてくれるからほっとけって指示だったのか……」

 当然だけど、食べたら減る。現在進行形で勝手に数が減って行っているのである。ペース的にはさほどでもないが、もしかしたらこれからペースアップして行くのかもしれない。無意味に食べてる訳ではないだろうし。

「食えば食うほど強くなるみたいなノリかね。お前相手に意味ある?」

「ないです」

 食べた奴の倍だけ強くなるとか言いだして強さの総量が増えたりしない限り無意味だろうなあ。集約は進化ではないよ。それが相乗効果を生み出してこれが友情パワーかとか思わされる展開になればまた別だろうけれどもね。

 それはともかくとして、こっちに利のある事をしてくれるなら確かに急いで倒すべき相手ではないだろう。むしろ巻き込み事故に気を付けなければいけないかもしれない。複数の深海棲艦を艤装ごと飲み込めるくらい大きいため掠るくらいなら問題なさそうなのが救いか。っていうか、食った分だけデカくなるのかなもしかして。明らかな巨体だもんなあ、普通のよりも。

「戦意落ちないの不思議だったんだが、アレが居たからか」

「この状況だと滅茶苦茶強いんだろうねえ」

 何せ喰い放題である。口を開ければ食料の方から飛び込んでくるレベル。実際にどういう処理をされるかは分からないが、食べる事に意味があるなら効率は極めて高いだろう。深海棲艦共は数で確実に潰しに来た上で、さらに質でも圧倒できるはずの鬼札を用意していたという訳だ。どんだけ私殺したいんだよ。

 初手で私を潰せなければ消耗を強いつつあの食いしん坊を強化する時間を稼ぐ。思うに、それが深海棲艦側の真の作戦じゃなかろうか。やだ……滅茶苦茶殺意高い……おそらく強化上限もちょっとやそっとではあるまい。状況的に上限無しもあり得る。超多数の姫級や鬼級が自身を生贄にする事を躊躇わないのだから相当だ。倒しちゃったら撤退される可能性すらあるだろう。

 うーん、いやしかし、なんというか……上位種としてはそれでいいんだろうか。いや、割と群体というか軍隊的な部分があるからその辺りには頓着しないのかもしれないけれども、こっちとしては、一つ気になる点があるのだが。

「イ級だよねあれ」

 なんか水中に潜って口だけ出すとか器用な事してるけど、そいつは明らかに、この世界で下級と呼ばれる深海棲艦の中でも最も弱いとされる種類。駆逐イ級だったのである。

 やってる事がサメ映画の面白シャークだから人型じゃ映えないとかそういう理由で自称魔法使いに選出されたとかなのかもしれないが……まあ深海棲艦の内部事情とか分からんからそれは置いといて、そいつは腹側を上にして下顎の方だけを海面に突き出し、多数の仲間を喰らっている。まあ魚っぽい形状だしできても不思議じゃないけれど、駆逐艦としてそれはどうなんだ。私が言うのもなんだけど。

 

 ともかくネタは割れた。私はあのイ級と協力……というか利用してこの群れを殲滅すればいいのだ。誤って殺してなくて良かった。概ね事態は把握できたので地上に降りて私は戦いを再開する。いや観察中も攻撃は飛んできてたけどね、一発も貰わなかっただけで。

 着地点はルンガ沖重巡棲姫の頭の上、貝のような尖った殻をすり抜けて眼鏡ごと顔面を踏み砕く。ついでに足首を捻って浸透勁を二発。粉砕されたそいつの欠片が海面を跳ねつつ周囲の深海棲艦に突き刺さった。

 衝撃を敵で殺した私が海面に着けば、読まれていたのかその場には魚雷が殺到している。下から横から襲い掛かってくるそいつらを前に、私は震脚をお見舞いした。

 海底に広がって行く衝撃波。それは魚雷を爆発させ、迫る潜水艦を圧殺する。続けてもう一発放てば姫級だって粉々だ。海より上の連中に比べて水中のなんと楽な事。やっぱり私は対潜特化、衝撃が伝わる方が悪い。届く範囲は直径一キロをゆうに超え、耳には着底の音が響いてくる。

 走って滑って水面の敵を薙ぎ倒しつつ、海中に攻撃を加えて行く。一キロくらいの間隔を空けて、上は線、下は面で制圧するつもりで。一つ、二つ、三つ四つ。海中の敵は分かり易いくらいに減って行った。だが、それはやっぱり一時的なもので、暫くするとまた補充されているので始末が悪い。数多過ぎるだろいい加減にしろ。

 そんな作業の間中、音速を越えた速度で飛び回る私にも、しっかり砲弾は飛んできていた。移動経路や距離や速度なんかが完璧に割り出されてるっぽい。行く先に攻撃が置かれているのだ。これが観測射撃ちゃんですか?

 と言ってもそれが当たるかは別問題であり、私に効果があるかと言われると全く無いのが現状である。むしろ多い時は吹き飛ばして範囲攻撃に変えられるからお得まである。高速回転しながらのアッパーで上昇気流を巻き起こし眼前に居たヲ級を空の飛行隊にぶつけながらそんな事を思った。

「なあ吹雪、なんで水中は行けて空気中は駄目なんだ? その浸透勁みたいだけどどう考えても浸透勁じゃない奴」

 猫吊るしから当然の疑問が投下されたのは、五十回くらい同じ事を繰り返し、それでもまだまだまだまだ敵の終わりが見えない事に辟易として来た頃だった。横から複数の下級が飛び掛かって来たのでそれを一纏めにぶん投げ、海面を転がっていく玉に弾き飛ばされて行く姫級鬼級を空中で蹴り殺して散弾に変え、水面の敵に二発ずつぶつけながら私はそれに回答する。

「川内さんの浸透勁が海波斬で、龍田さんの浸透勁が大地斬だからかな」

「この世界アバンストラッシュ撃てんの?」

 いや打撃であって斬撃じゃないから撃てないんじゃないだろうか。っていうか物の例えみたいなもんだしね。実際にはあれとはかなり違う。ただ三つの技に分かれていて、その先に何かあるっぽいだけで。

 お気づきかもしれないが、川内さんのカラテと龍田さんの武芸、それと叢雲の杖術は本来全て、妖怪変化を退治するための技である。人外の勢力が衰退して行くと同時に対人向けに最適化されて行ったらしく、特にニンジャに伝わるのは人体特攻みたいになってたけどね。

 実は一番妖怪退治に向いている、古代の技をそのまま引き継いでたのは叢雲のところだったらしいんだけど、肝心の叢雲自身が奥義に手が届いてなかったんだよね。だから私も空裂斬相当は習得できていないのだ。ちなみに手に持ったものから空気を通して遠距離をぶん殴る、所謂遠当ての技だそうである。

 この辺りの歴史は天龍さんが知っていた。なんでも叢雲のお爺様とも面識があるとかで、流派の詳細もしっかり把握していたのである。ちなみに龍田さんは妖怪云々はまったく信じていなかったらしく知らん何それ怖みたいな顔をされていた。ついでに一緒に聞いてた叢雲と浦波と東雲の頭上にも?がいっぱい浮かんでいた。

 不定形の液体のような存在をぶん殴れる技、硬い個体の外皮を完全に貫通して内部を殴れる技、気体を介して距離不問で遠くの弱点を殴れる技。この三つを合わせたら……まあ、たぶん天地のどこに居る相手も撲殺できるようになるんだろうなと思う訳ですねはい。

「つーか浸透勁は良くて気流作ってぶつけるのは駄目って判定どうなってんだ……?」

「さあ……?」

 言われてみれば確かに。気流だって浸透勁の衝撃だって、言っちゃえばどっちも波な訳で。そこに何の違いがあるのかと言われると私にもちょっと分からない。なまじ弾に流して着弾点で浸透勁だけ炸裂させるのは可能みたいだから判断に困る。

「なんていうか、力が実在する一個のものとして定義されてて、直接それをぶつけてるかどうか……みたいな感じはする」

 魔力は使ってないけれど、魔力でぶん殴ってるイメージだと分かり易いかもしれない。あくまで気流は付与された手で押されただけだから力が乗っていない……のだと思われる。だから直接浸透勁の衝撃を流せる海中は普通に範囲攻撃が可能なんじゃないだろうか。薄く広くなってしまうから今の身体能力になって初めてまともなダメージが出るようになった訳だけどね。

 んー、しかし、そうなると、直接空気中に衝撃そのものを流せれば、普通に無効化貫通の範囲内として処理がなされるんだろうか? いやその方法が無いから難儀しているんだけれども、突き詰めれば自力で閃いたりできるかもしれない。空裂斬相当のなにがしかを。

「私にいい考えがある」

 猫吊るしが技に関して一つの案を出してきたのは、そんな折である。

 

 体表以外からも浸透勁は撃てるか、という問いに部分的にそうと答えると、猫吊るしは私に知啓を授けてくれた。いや知啓って程の物ではないにせよ、それは確かに可能ならかなり有効そうな技であった。

 とりあえず念のため、猫吊るしは背負った艤装に避難してもらう。おそらく制御はできるけど、何があるかは分からないし。

 そうして心身ともに調子を整え、止まない銃弾と砲弾の嵐の隙間を抜けながら、私は息を吸い込んだ。

 息を吸う。息を吸う。息を吸う。

 吸って、吸って、吸って、吸って、吸って。

 吸って、吸って、吸って、吸って吸って吸って吸って吸って。

 吸って吸って吸って吸って吸って吸って吸って吸って吸って吸って吸って吸って。

 いやどんだけ入るんだよ。なんて思いつつまだまだ空気を吸い続ける。なんか肺の方で何かが圧縮されてる感覚がする。え、何? 肺が強靭過ぎて内部で圧縮空気作られてたりする感じ? どういう理屈? 予想外過ぎるんだけど、大丈夫だろうかこれ。

 吸って吸って、さらに吸って。どうやら限界が無さそうだったので適当な所で切り上げる。なんか溜まってる感触はあるけどどうやら問題は無さそうだ。問題が無いのが大問題な気はするけれどもまあそれはそれ。そのまま少し息を止め、正面の一番的が多い所に向き直った。

 射角良し、体勢良し、集中良し。完璧な状態が揃った私は、力いっぱい浸透勁を繰り出した。

 

 

 削れて行く。宙を舞っていた砲弾、弾丸が。私に向かい急降下していた戦闘機が。カニのような鋏を突き出し突撃してくる南方戦艦新棲姫が。私の側から、磨り潰されるように削れて行く。

 追従する戦艦新棲姫が、隣を直進していた離島棲鬼が、跳ねて飛び掛かろうとしていたロ級が、水面下から魚雷を咥えた艤装で殴りかかろうとしていた潜水棲姫が、両の脚で水面を走りつつ撃ち込んで来ていた深海千島棲姫が、その合間に居る他の戦力諸共に、その身を削り取られて行く。

 伝播する破壊。それは波及するように空気中に広がり、進路に塞がる全ての物を押し削り、霧状の粒子へと変えていく。

 恐るべきは鉄より硬い深海棲艦を塵芥へ堕す威力と、真っ当なものでは認識すら不可能なその速度。性質上視認すら不可能なそれは、文字通り、音速で世界を蹂躙した。

 届く。海上を進む数多の悪意が消滅した。届く。空を三度埋め尽くしていた害意が消滅した。届く。海中に潜んだ殺意が消滅した。放たれた破壊力が全ての意を無へと変える。まるでそんなものは無かったと言わんばかりの、無慈悲な波紋。

 海が消える。削られて行く深海棲艦と同様に、海水も外へと弾かれて行く。私の眼前に横向きの、円錐状に削り取られたような大穴が空いた。

 届いてしまった範囲には最早何も残っていなかった。

 

 

 粉骨砕身(物理)

 うん。えー。いや。

 なんだこれ。

 私、全力で浸透勁撃っただけなんだけどな。

 喉で。

 そう、このちょっとした非人道技の実態は、少し出し方を捻っただけの、ただの大声である。

 私も猫吊るしに提案された時は流石に無理なんじゃないかと思ったんだけど、結果はご覧の有様で、物理無効貫通の異能は見事、喉から発される音の振動に乗っかっちゃったのである。

 人外としか言いようのない肺活量で、蓄えた空気を一度に吐き出し自分の声帯を震わせて、同時に喉で内側に向けて浸透勁を撃ったその結果。私の口を起点として破壊の音波がほとばしり、扇状の前方範囲全てが消し飛ぶ事に相成ったという訳だったのである。

 勿論、被害に遭われた深海棲艦の方々は範囲内に居た一部だけだ。しかし素晴らしいのはその殲滅率、数値にして脅威の100%。届いた数キロメートル圏内には、塵の一つも残らなかった。

「まさか本当にできるとは……」

 発案者の猫吊るしもこれには苦笑い。頭の上に戻って来ると被害状況を確認して、今度は辺りを見回した。

「うん、たぶん全体の1%くらいは削れたな…………今までの全部合計して」

 あ、そんな行ったんだ。意外。何せ見えてる光景がおかしいものだから、一時的にはともかく全体数が減ってる気がまったくしてなかったんだよね。これだけやって1%は色々とおかし過ぎて止めて頂きたいところではあるが、実はペースとしては悪くない。だってまだ戦い始めて10分経ってないからね。殲滅速度が変わらなければ1000分程度で終わってしまう。なんとたったの17時間弱で帰れる計算である。まあ数が減れば密度も減るだろうからもっと掛かるかもしれないけど、一日で終わる可能性が出てきたのは素直に有り難い。それくらいなら色々我慢も利くからね。

 とはいえそれは、これを続けられればという前提なのだが。

 む、と私に引っ付いた猫吊るしが呻る。一旦剥がれて中断した私の体調監視を再開したのだろう。いやあ、マジで分かるんだなぁ。私の状態がちょっと悪くなってるの。

「んん……? これ大丈夫か?」

「タ゛メ゛み゛た゛い゛て゛す゛ね゛」

 主に喉が痛い。出血とかはしてないけれど、正直転生してから一番痛い。

「八時間くらい一人でカラオケした後みたいな声になってんな……」

「な゛に゛そ゛の゛く゛た゛い゛て゛き゛な゛す゛う゛し゛」

 もしや実行した事がおあり? 今の猫吊るしは能力で喉使いこなして防ぎそうだし、前世でだろうか。

「うーん……怪我って言うような状態でもないけど、もう使わない方がいいなこれ」

 なんかスマン。猫吊るしはしょんぼりした顔で頭を下げた。いや別に謝るような事ではないんだけども。範囲攻撃としてはかなり強かった訳だしね。言っちゃえば自傷ダメージのある範囲攻撃。体にはともかく戦況的には悪い物ではない。

「の゛と゛あ゛め゛あ゛る゛?」

 普通のドロップならと取り出されたそれを宙に放ってもらい、後ろから果敢に飛んで来た17インチくらいの弾を避けつつ口でキャッチ。ラムネ味。お口に弾けるしゅわしゅわ感で意識もスッキリである。喉に良いかは不明。

 前方一部を薙ぎ倒されても後ろの敵は特に変わらず、私を狙って攻撃を続けている。一瞬だけ呆気にとられたのか砲撃が止んでいたので予想外ではあったらしいが、それでも攻めるの自体を止めるつもりは連中には一切無いらしかった。

 さっきのを見ても退く気を起こさないのはとても有難い。これで連発できる技だったら最高だったが、喉の調子的にちょっと無理か。今の状態でももう一回くらい使えそうではあるけれど、それじゃあ雀の涙だし。

「の゛と゛の゛タ゛メ゛ーシ゛は゛き゛そ゛う゛に゛か゛た゛か゛わ゛り゛さ゛れ゛な゛い゛の゛ね゛」

「小数点以下にも対応してますってプログラムに虚数ぶち込んでまともに動くわけないんだわ……」

 それでクレームになったから対応してくれとか言われたら担当者はキレていいと思う。なんて猫吊るしは妙な例えをした。まあ元々の仕様に無い事したらそりゃあそうか。吸収してくれたらギリギリまで使えたんだけどね、部位がピンポイントでダメージ受けてるだけで被害そのものは大きくないから何百発でも耐えてくれそうな感じだけど、できないものはできないから仕方ないね。

 飴を口内で転がしつつ、空いた穴を塞ぐように流れ始めた海水を蹴り、真後ろに向かって跳躍する。丁度最大船速で水中から飛び出して来た潜水鮫水鬼を背面飛びで躱しつつ、その背に伸びたリボンのようなものを引っ掴み、そいつを横薙ぎにぶん回す。同じく体当たりしようとしていた連中と潜水鮫水鬼の持った剣のようなパーツが激突して、それらを真横に両断する。ついでに潜水鮫水鬼は粉々になった。

「刃゛物゛た゛と゛あ゛ん゛ま゛り゛効゛率゛良゛く゛な゛い゛な゛」

「殴って散弾にした方がいいわな」

 逆立ち状態になったので腕で水面を捉え、そのままくるりと一回転。開いた二本の足で上下が泣き別れになった連中を蹴り飛ばす。弾かれたそれらは音速を超え、各々深海戦艦を貫通しながら水平線まで消えて行った。

「こ゛っ゛ち゛の゛方゛が゛よ゛っ゛ほ゛と゛速゛い゛っ゛て゛い゛う゛ね゛」

「どうして蹴っただけで貫通弾になるんですかね?」

 浸透勁表面に流すだろ? その衝撃が消える前に蹴り飛ばすだろ? そうすると障害物に当たった衝撃を浸透勁の威力が相殺して本体は無事っていう状態になるだろ? そういう訳だよ。

「どういう訳だよ」

「正直私に゛も゛分か゛ら゛ん゛」

 分からんけれども、やったらそうなったんだから仕方ない。使えるから使うけど詳しい原理は私の管轄外である。猫吊るしも分かんないならおそらく世界が終わるまで誰も分かんないだろう。

 貫通弾で開いた直線の内の一本に向かい、自分の体を腕の力で射出する。スライディングのような態勢で敵のど真ん中に滑り込んで、そこに居たタ級を蹴り上げる。次いで私も空中へと舞い上がった。

 上昇するタ級、追いつく私。横に並んでそいつを掴み、独楽のように回転を掛ける。そして超高速で回りつつ地球の重力に垂直に立ったそいつをもう一度蹴り、天の航空機群へと叩きつけた。ぶち当たった編隊が回転に弾かれ他の奴等を巻き込んで海へと落ちて行く。

「効率は゛良く゛ない゛な゛ぁ」

「ハリケーンミキサーみたいな……何?」

 いや海に叩きつけるよりは効果的かなって思ったんだけどね。普通に上に蹴り飛ばしたのとあんま変わんなそうだわ。

「結局、あ゛んま゛り奇を゛てら゛わな゛い方が早いの゛かね゛」

「…………なんかお前、喉治ってきてね?」

 言われてみれば、さっきより遥かに痛みが和らいでいる気がする。成程、さてはこの飴玉、ちゃんと給糧艦製だな?

「これ喉特効だった゛っぽい?」

「いや体力回復効果はあるだろうけども」

 普通の食料と同じじゃねーかなと猫吊るしはぼやく。成程、それはつまり。

「喉以外無事だから効果が喉に゛集中したと」

「効果出るの早すぎなんだよなぁ」

 肉食ったら刀傷でも治るんじゃね? と猫吊るしはぼやいた。冗談抜きで治りそうだから困る。もう一個食っとけと言われて口に放り投げられたので噛み砕いて甘さを一気に味わいつつ、大きく一歩を踏み込んで、その先に居た深海重巡水姫に肩口から背中の方を使っての体当たりを仕掛けてやった。形としては鉄山靠に近いが全然できてはいないと思う。まあそれでも、やられた相手は四散して巻き込み事故を起こしつつ海底へとその姿を消して行った。

 それを視ずに足下に浸透勁を二発撃ち、その場から大きく跳び退く。すると一瞬前まで私の立っていた場所から海が噴き出して、降下する爆撃機を抱えていた爆弾ごと空に向かって跳ね返した。ついでに水中に居た潜水艦達も空に放り出されて各々どっかに散らばって行く。私は粉々になった飴玉を唾液で喉へと流し込んだ。あーあー喉を震わせば、いつも通りの普通の声がすんなり素直に出てきてくれた。

「治ったな! ヨシ!」

「絶対お前が再生能力持ってるだけだと思うんですけど」

 名推理である。まあ普通に考えて飴舐めただけでこんな短時間に喉が修復されたりはしない訳で。再生力もきっちり強化されてたって事だろう。一応猫吊るしに診てもらったが全快にしか思えないらしいしこれなら大きな問題はないかな。

 お食事中のイ級と青葉さんの偵察機はどっちも範囲に入っておらず普通に無事。両者お仕事を続けている。青葉さんからどう見えてたのか気にならないでもないがそこは戦闘終わったら聞けばいい。ともかく、この二つは巻き込まないよう気を付けつつ、これを主軸に戦うのが最善かな。

 私は再度、大きく息を吸い始めた。

 

 

 

 殴り、蹴り、跳ね返し、掻き混ぜ、叫び、跳び、叩き付け、裂き、滑り、壊し、撥ね、撃ち、叫び、砕き、回し、打ち、刈り、崩し、叫び、潰し、絡め、巻き、振り、重ね、圧し、叫び、殴り、殴り、殴り、殴り、殴り、殴り、殴り、叫び。

 そうして敵を千切って投げる。千切って投げて千切って投げて、千切って投げる。でも、敵さん全然減らないんだよなぁ。

 いや一応減ってはいる……はずなんだ。私の目にさっぱり変化が分からないだけで。まだ一時間ほどしか戦っていないので十パーセントも削れておらず、成果が見えないのは致し方ない所なんだろうけども、感情的には納得が行き辛い。さっさと全滅して♡

 深海棲艦は減った傍から補充される。あまりに数が多いせいで私を襲っているのに私が見えてすらいないというおかしな事になっているが、纏めて叩くのには丁度いい。埋まり切った所に範囲攻撃をぶちかまし、喉の修復の合間に他の部分をぶん殴る。喉の回復には大事を取って都合一分くらいは掛けるので、ペース的にはそこそこ程度。やっぱり数秒に一回使えるような技が欲しい所だけれど、流石にそんな都合の良い技はそうそう思い付かない訳でね。もし文月なら喉を傷めずに使えるのだろうか。いや文月は浸透勁できないから無理なんだけども。

 

 そういう訳で徐々に徐々に成果が出ているはずの戦いを隔靴掻痒の感を得ながら続けていたら、ある時。空からこちらを映していた青葉さんの水上機に、跳んだ私から逸れた流れ弾が向かって行く事態が発生した。それも一つや二つでなく、複数機から撃たれたたくさんの機銃の掃射がである。

 私が水上に居たならそっちには行かなかったんだろうけど、定期的な上の連中のお掃除をしてたのが仇になった。足さえ付いていれば対処も楽で、銃口が向いた時点で処理してしまえたのだろうけれども、空の上では難しい。っていうか私狙ってるはずなのに的確に300メートル以上離れてる水上機に飛んでくのやめてくだち!! 流石に範囲外なんですけお!!

 こうなると対処法は限られてくる。撃ち落とされるのを許容して下で水上機を回収するか、爆発物で弾を根こそぎ吹っ飛ばすか。一瞬にも満たない逡巡。私は後者を選択した。

 咄嗟の事に全力で撃ち出されてしまった魚雷をソフトタッチで蹴り飛ばす。私の魚雷は炸裂範囲内の物体を塵すら残さず吹き飛ばせる。範囲は狭く持続も非常に短いが、それは的確なタイミングで起爆すれば絶対の盾となり得るのだ。

 当然、私は狙いを外さない。数も一つで十分だ、命中する軌道の奴はほんの数発だけだったから。なので救出は確実に成功するし、絶対に青葉さんの水上機には傷一つ付かないのである。

 

 でも、何故だろう。

 

 私が――いや、チート能力さんが、とても、何かとても嫌な予感を、そこから感じ取ったのは。

 

 それは敵の攻撃からだろうか。いや、違う。それはただの機銃の弾丸である。

 それは味方のはずの水上機からだろうか。いや、違う。それは無双シーンを映していて戦後どうなるか不安ではあるがそれ自体は無害な偵察機である。

 それは落下する私を海上で待ち受ける姫や鬼からだろうか。いや、違う。それは拳の一振りで潰える儚い悪意である。

 それはだんだんと大きさを増しながら味方を食い荒らしているボスイ級からだろうか。いや、違う。それはむしろ捕食速度を増して深海棲艦殲滅に大いに貢献してくれている。

 

 

 では、それは、どこから感じる予感だったのか。

 答えは簡単。それは、私の放った魚雷からだった。

 

 

 目標に到達した魚雷が弾け、周囲の物体が消滅する。狙い過たず、偵察機に向かっていた弾丸も全てそれに巻き込まれた。

 一見いつも通りの、普通ではない小爆発。明らかに高すぎる適性値の齎した、バグのような、というかバグそのものだろう馬鹿げた挙動。

 違ったのは、普段一瞬で消え去るそれが、その場に残り続けた事だ。

 いや、正確にはそれも違う。爆発自体はやはり一瞬で消えている。あれは……なんだろう? そこには黒い何かが残っていた。

 嫌な予感は消えない。むしろ、それは一瞬ごとにいや増している。

 

 ――ア艦これ。

 

 などとチート能力さんが言い出す始末。とりあえず、私は地面に着いた足を全力で蹴って、偵察機を回収するため錨をできる限り素早く投擲した。

 その錨の軌道が、私の予測とズレていく。具体的には、その黒いナニかの方へと、ほんの少しだけ。

 錨が鎖に繋がっていて良かった。ちょっと引っ張れば調整が利く。ぐいと持った手で軽く引き、できる限り柔らかく偵察機を絡め取る。そしてそれを引き寄せながら、予感に従い私はその場を全速力で離脱した。

 

 予感が薄れ霧散したのと、それが始まるのは同時だった。安全な場所まで逃げ切ったのだと理解して、周囲から飛んでくる砲撃の嵐を紙一重で避け続けつつ、手元に落とした偵察機から妖精さんを救い出しておく。正直これから私の超機動に付き合わされるこの子が助かったのかは微妙だがそこは死ぬよりマシと我慢して頂くしかない。

 そして振り向いた目線の先の、魚雷が生んだ黒い何か。その何かの周りには何故か、敵航空機が集まって来ていた。

 否、集まっているのではない。それは明らかに、その黒い何かに吸い込まれていた。宙を舞っていた編隊が急速に速度を失い、もしくは急速に速度を上げ、同じようにその黒い場所へと次々に身を捧げているのだ。

 不可思議なのは明らかに黒いそれより多くの物体がそこに殺到しているというのに、その黒が見えなくならない事だろう。明らかな不自然。まるで元から何も無かったかのように、黒いものに触れた物体は何処かへと消え去っているように見えた。

 当然、それは航空機だけの話に留まらない。周囲に存在する空気もまた、全く同じ憂き目に遭っていた。

 黒い何かに向かうように、私の後ろから強い風が吹き出した。いや、逆か。これはそう、手前側の空気が消えたから、後ろ側の空気が仕方なく移動を始めたのだ。

 風は加速度的に強くなり、あっという間に暴風に変わった。予感の教えてくれた通り、ここなら体が飛ばされるほどの強さではないが……黒いもの近辺はそうは行かない。直下の海水と、そこを泳ぐ深海棲艦の群れが、すぐに宙へと浮き始めた。

 吸い込まれて行く。姫級も鬼級も下級も、魚型も人型も区別なく、その黒いのに喰らわれて行く。悲鳴は聞こえない。たぶん、それすらも一緒に飲まれて消えた。

 それは時間にしたら数秒程度の事だった。そのたった数秒の間に、黒いそれの周辺は一変していた。

 そこには何も無かった。空を飛んでいた飛行機も、海を行く船も、その船が浮いているはずの海すらも。空には太陽が輝いて、遠すぎた雲は呑気に流れていた。

 気付けば風も止んでいる。満足したかのように、黒いそれが食い尽くすのを止めたのだ。そしてそれは満足したが故か、そこに留まるのを止めて、ゆっくりゆっくり地へと向かって降りてくる。先ほどまでただただ黒かったそれが、少し光ったように見えた。

「撃て! 撃て吹雪!! アレを地殻に到達させるなァーーー!!!」

 はっとして猫吊るしが叫んだ。それが何であるのか私には理解できなかったが、猫吊るしには分かったのだろう。思考がその結論に到達する前に、私の連装砲は指示通りそれの中心を正確に打ち据えていた。

 私の貫通弾は膨大な適性値の産物だ。それはほぼ間違いなく仕様外の数値をぶち込まれた艤装が起こしたバグの結果であり、まともな物理法則を超越した何かだ。

 そして今回形作られた黒いもの。これもまた、バグから産まれ落ちた物である事は疑いようもない。

 辺り一面の物を飲み込んだそれと、超高速であらゆるものを貫通してくそれ。

 バグとバグとがぶつかり合った。

 結果。

 黒いそれは、私の連装砲から発射された貫通弾に耐えた。

 いや実際の所、耐えたという表現が正しいのかはだいぶ怪しい。私はそいつの中心に正確に撃ち込んだつもりだったが、当たった砲弾は右斜めに跳ね上がり、空の彼方へと消えて行った。完全に中心を捉えた軌道に見えていたのに、真っ直ぐに当たってはいなかったのだ。

 だが、貫通弾もただ跳ね返されただけでは終わらない。貫通こそしなかったものの、その威力を遺憾なく黒いそれへと伝えていたのである。砲弾と逆方向、海に向かって黒いそいつは弾き飛ばされた。

 その先にあったのはボス個体と思われるイ級の大口である。

「あ」 

「あ」

 私と猫吊るしの声が重なった。その砲弾は勢いのまま、私達の動体視力でなきゃ見逃しちゃう速度でイ級のお口にシュゥゥゥーッ! 超エキサイティン!! してしまったのだ。

 やっべえ。私と猫吊るしの心がシンクロしたのが言葉にしなくても分かった。あのイ級は倒すのを最後にしてくれと頼まれた個体である。それに謎の物体が高速貫通弾並の速度で思いっきり命中してしまったのだから最悪だ。食事を続け巨大化しているため急所に当たる可能性は普通より低いかもしれないが、よりによって口内に飛び込んでくれやがったので望み薄である。

 沈黙が下りる。嫌な汗がじんわりと染み出すのを感じた。

 イ級が動きを止める。私は飛んでくる砲弾を打ち落としながら食い入るようにそれを見つめた。一秒、或いは二秒、その程度の短い時間が流れた。

 

 ぼむん。

 

 そんなくぐもった爆音のようなものがイ級から発された。

 同時、通常のそれを遥かに上回っていた巨躯が、大体二倍くらいにまで膨らんだ。

「えっ」

「えっ」

 またしても私と猫吊るしの声が重なった。そりゃそうだ。どういうわけか私達が見つめていたそのボスイ級は、比率そのままに二倍拡大されていたのだから。

 今やイ級のおっきなお口は横幅50メートルをゆうに超え、体積に至っては2×2×2の8倍。流石にいつかの鯨よりはだいぶ小さいが、それでも下級深海棲艦としては間違いなく過去最大サイズの巨体となってしまっていた。

「どういうことなの……」

 イ級は巨大化の瞬間は動きを止めていたけれど、またすぐに仲間の捕食を再開した。そのペースはかつての倍以上、特に不具合も発生していないらしく、すくすく育ってくれそうである。

 困惑しながら一時殲滅を止め、弾をよけ突っ込んでくる奴だけ塵に還しながらイ級の事を見守っていたが、本当に只々大きくなっただけっぽい。これには猫吊るしも苦笑い。細かく高速移動を繰り返しているせいで既に目を回してしまった水上機乗りの妖精さんが哀れな呻きを上げていた。マジでごめん。

「猫吊るし、結局あの黒いのなんだったの?」

 艤装の中で苦しむ妖精さんが振り落とされないようにと艤装の奥に固定して戻って来た猫吊るしに質問を投げる。まだ手に持ってた水上機を折り畳んで仕舞いつつ、猫吊るしは予想だぞと前置きしつつ答えてくれた。

「あれは超圧縮されて超質量になっただけの金属と水と空気……だと思う。たぶん、高かったんだろうな。栄養価」

「栄養価」

 いやまあ、確かに深海棲艦食ってでっかくなってるあのイ級にとっちゃ完全栄養食みたいなもんなのかもしれないけれども。あの勢いの吸収できるとか消化力高すぎるだろなんなんだあのイ級。

「普通に消化してるんじゃなくて口に入れたのを自分の肉に変えるみたいな能力なんだろうな。たぶん、貫通弾直接撃っても食うぞあいつ」

「なにそれこわい」

 それが事実だとしたらアレに喰われたら私でも死ぬんですけど。いや普通は喰われたら死ぬんだからそれでいいのか。そもそも横から撃てばいいだけではあるんだけども。

「まああの黒い玉、周囲の重力が歪むレベルの圧縮率だったから丁度良かったわ」

「ブラックホールかな?」

 だから地殻に行かせるなとか言ったのか。確かにどんな悪さするか分かんないもんな。っていうか、もし破裂とかされてもそれはそれで不味かったんじゃないだろうか。

「なんでそんなのが生まれたの?」

「生んだのお前定期」

 そうなんだけども。今まで平気だったのになんで急に。午前中に穴掘った時は普通だったんだけどなぁ。違いがあるとしたら、普段通りに撃ったか咄嗟に全力で撃ったか、くらいのものなんだけど。

 いや、まあ…………うん。本当は心当たりが無い訳でもないけど、流石にそんなんなると思わないじゃん。だってあったとして1だよ? 数値的には。

「これ関係あると思う?」

 頭の後ろを軽く振る。風に乗り、ふわりふわりと海の色をした傷一つないリボンが踊った。

「ある方に花京院の魂を賭けるぜ」

「賭け不成立じゃないですかヤダー!」

 やっぱりあるよなぁ。効果雷装+1と装甲+1だもんなぁ。上がっちゃってたかぁ、魚雷の威力。

「この子、やっぱり世界の仕様外?」

「少なくとも俺は存在を知らなかったかな……」

 集合無意識から情報を集めてからこっちにやって来た猫吊るしが知らないリボン。風香、マジで何やったのあの子。いや何も糞もたぶん一個しか理由無いと思うんだけども。

「『力』使ったっぽい?」

「うむ。たぶん世界の構成設定に干渉して存在ぶち込んだと思われる。無意識で」

「怖」

 え、何その……何? 世界くん大丈夫? バグって滅んだりしない? お前のプレゼントで世界がヤバい。冗談抜きで。

 まあでもその辺りは流石に、いかなファッキンゴッドたる自称魔法使いでも完全に駄目なら修復くらいしてくれる……といいなぁ。一応楽しんではいるっぽいから変な終わらせ方は許容しないと思うんだけど……逆にそれはそれで面白いとか言い出しそうなのがほんと糞。

「まあ、上書きとかじゃなくて仕様の追加だろうからよっぽど変なやり方してない限り大丈夫なはず、だと思うぞ」

 たぶん没アイテムの領域に追加して出現フラグONにしたくらいじゃないかと猫吊るしは言う。まあプログラムって訳じゃないからイメージでしかないらしいが、それならまあ大丈夫、なのか? なんか別の所バグりそうな気がするんだが。

「だから能力上昇装備として世界全体に実装されてる可能性があるんだよな……現状製造条件分からんけど」

「まあ、普通に使えるならむしろ有難いか」

 +1でも上がって悪い事もあるまい。装甲も上がるから生存に繋がる可能性もあるし……っていうか、いやそれはそうなんだけど、そういう話なのこれ?

「威力上がってもああはならなくない?」

「それについてはマジでなんの根拠もない予測しかできないんだが……」

 聞く? と問われたので軽く頷きつつ、直近の深海竹棲姫の顔面を引っ掴んでぶん投げる。飛び掛かって来るんじゃあないよ。猫吊るしは私が促したのを見て、神妙な顔でその推測を語り出した。

「あれたぶん数値がオーバーフローしてマイナスになったから爆発が外じゃなくて内に向いた結果じゃないかなって」

「世界設定さん!?」

 私の適性値は530000である。

 対して、この世界本来の適性値限界は、例の少女の言った通りであるのならば、99999である。

 一応数値的には受け容れられていたが、これが許容範囲だったかどうかは正直かなり怪しい。もしかしたら、そこに1でも加えてしまえば溢れてしまうくらい、実はギリギリの数値だったのではないだろうか。

「詳しい計算式は分からんけど、どっかでおかしくなるんじゃないか。それで爆発じゃなくて吸引するようになると、そういう事だと思う」

 なんでも、最初に生まれた黒いのは通過しようとする光を吸い込んでたから黒く見えてただけで物体ではなかったらしい。そこに空気と水と深海棲艦がぎちぎちに詰め込まれた結果、ゆっくり落ちて来た時には黒い塊が産まれていたという訳だ。

「魚雷が撃ち分けられるなら、消滅弾の方投げつければ普通にあれも壊せると思うぞ。圧縮されてるせいでサイズは見たまんまだからな」

 逆に貫通弾は密度が高過ぎて貫通できないっぽい。との事。ついでに言うなら周囲の空間も若干歪んでるっぽいから真っ直ぐ撃っても中心に当たらないってのもあるかな。成程なぁ。

「つまりこれ範囲攻撃として使えるな?」

「まあ……お前なら処理失敗しないだろうし、私はいいと思う」

 輸送艦たる私の艤装には魚雷も結構積んである。でも魚雷くん、威力過剰で範囲狭いから今回はあんまり出番無いはずだったんだよね。でもそれがここに来て、突然存在意義が裏返った。

 これ、風香のおかげと言っていいんだろうか。声の攻撃と合わせて大幅な時間短縮になるから私の尊厳はほぼ確実に守られる。ありがとう風香。マジでありがとう。代わりに世界が危なくなってる可能性があるが、まあそこはなんとかなるだろう。たぶん。

「あ、そうだ、新しくできたのもイ級に食べさせればもっと殲滅捗るな?」

「狙ってできるならまあ、そうだな」

 栄養価たっぷりらしいそれで大きくしていけば食事スピードが向上してさらなる時短が見込めるだろう。流石に倍々に大きくなりはしないだろうけど、かなり成長速度は違うはずだ。

 でもそれ正確にできる? って顔を猫吊るしはしている。うん。たぶん弾く方向は操作できるから、やろうと思えばできると思う。私というかチート能力さんを舐めてはいけない。弾が曲がるなら曲がるなりの当て方をすればいいだけなのだ。

「やってみる?」

「絶対落とすなよ?」

 こっちを覗き込んで来た猫吊るしと視線が合う。別にできなさそうとか思ってる感じではなく、本当に何が起きるか分かんないから落とさないでほしいだけっぽい。でも、これ使って殲滅速度ぶち上げるの良いと思うんだよなぁ。吸引してくれるからもし相手が三々五々に逃げ出してもなんとかなるし。

 集中して、全力で魚雷を一本撃ち出す。それを宙で引っ掴んでみれば成程、そいつからは何か危険な気配を明確に感じる。それはつまり、この魚雷は私を害せる可能性が高いものだという事だ。やっぱり私、自分の能力で事故死する確率が一番高いんじゃなかろうか。ほんとあれだよね、私チートあるからって調子乗って破滅するタイプの転生者ムーブしてるよね。効率が良いからではあるんだけどさ。

 ともあれ、ネタが上がっているこの子はもう怖くはない。むしろ力を貸してくれる良き友人だ。後方に広がる艦載機の蓋と深海棲艦蔓延る海上のど真ん中へその魚雷を放り投げると、私は連装砲でそれを撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 わあでっかい。

 陰る夕日を背に育ち切ったイ級の巨体を眺めて出た感想がそれだった。

 時刻的にはそろそろ日暮れ、茜色に照らされた雲が澄んだ空で輝き、鉄屑一つ浮かばない海にただ二人、私と、超ド級を越えてなんかよく分からないサイズになったイ級だけがぷかぷかと浮かんでいた。

 大きさはとっくにいつかのクジラを越え、島、それも大きな都市一つが丸々収まるくらいにまでそいつは成長してしまっていた。ぶっちゃけ聴覚で何となく分かるだけで視覚だとまったく規模が分からない。

 いや、成長してしまったも糞も私が育てた訳なんだけどね? 進化した魚雷で深海棲艦を黒くて丸い魚の餌に変えてあげ続けた結果なんだけどね?

 正直、調子に乗ってあげすぎたかなって気もしなくもない。あの黒い玉、深海棲艦だけじゃなくて空気と海水も混ざってるから、深海棲艦だけ食べ続けさせた場合よりたぶん大きくなっちゃってるんだよね。いやあ、食べさせれば食べさせるほど育ってくれるもんだから途中から楽しくなってたよね。なんか本人も喜んで食べてくれてたし、餌のやりがいがあり過ぎたのが良くなかったわ。

 と言うのもだ、どうもこのイ級、私が餌をくれてるって途中から理解したみたいで、基本自分は海底で私の倒した連中の残骸喰い漁ってたんだよね。それで魚雷による収縮が始まったの察知したら自分から顔出して口開けて待ってるの。正直ちょっと可愛かったよね。サイズは可愛くないけど。

 でも呆れ返った後開き直って敵の密集率が高い場所を的確に教えてくれて最終的に自分もノリノリでイ級を育ててた猫吊るしも悪いと思うの。途中から戦闘じゃなくて効率的に餌作ってイ級育てる育成ゲーになってたからね。大声で喉壊しつつ砂に変えた連中も結局海中でイ級に直食いされてたのが色々酷い。

 最後の方なんて逃げようとした連中も嬉々としてイ級が喰いに行ってたからね。口開けたら浮いてる海水ごと飲み込まれるんじゃ飛べないあいつらにはどうしようもない。結局最後の一匹までイ級が全部平らげたのだった。

 

 そう、全部だ。

 私を狙ってきていた深海棲艦は、今さっき、イ級を除いた最後の一匹を、そのイ級が飲み込んだ事で全滅した。

 

 まあ、なんだ。楠木提督が全てを賭けて必死の思いで積み上げてようやく行われた、人類救済計画のための、この一大決戦。日本側は、そんな感じでシリアスさの欠片も無く最終局面まで進んでしまったのであった。

 

 

 

「いやー……夜が来る前に終わるとは思わなかったわ」

「そうだねあと一匹だね!」

 眼前の一頭のみになり、随分とスッキリしてしまった空と海を眺めつつ感慨に浸る。いや前方は超巨大イ級で塞がってるんだけれどもね。

 でっかい口のでっかい牙……は無いな、人間の歯みたいだから精々犬歯と言ったところだが、ともかくそれを剥いてイ級はこちらを睨んでいる。なんだよう、あんなに喜んで餌食べてたくせに用済みになったらポイするのかよう。まあこっちもするからお相子だけど。

 イ級は大口を開け海水ごと私を飲み込もうとしている。でも私はその場から全く動かない。相対的には。私は足下の海水が飲み込まれて行く速度と等速に後ろに滑る事でその場にとどまっているのである。

 ただ、私は動かないがイ級の方はゆっくり動いているので距離はだんだん詰まっている。どうやら大きくなったせいで加速がだいぶ悪くなってしまったようで、旋回はなんとかなってるもののなかなかこちらに到達しそうにはない。最高速はそこそこありそうな感じがするので普通に世界の脅威ではあると思う。実際波がかなり酷く、北海道に届いてないかちょっと心配だったりする。津波ではなく高波だから大丈夫だとは思うけども。

 なんでそんな奴を撃たずに眺めてるのかと言えば、理由はただ一つである。

「こいつ急所何処?」

「普通のイ級と同じ……じゃねーのかなぁ。そのまんま拡大しましたみたいな見た目してる癖に」

 いつかの鯨、太平洋深海棲姫と同じ大問題、弱点の位置が分からないという事態に直面していたのだ。

 一応ね、もう貫通弾で何発も撃ってるんだ。でもこいつ、蚊に刺された程度にも感じてないらしく何のリアクションも起こさなかったんだよね。ちゃんと普通のイ級なら死ぬ位置に撃ち込んでるはずなんだけどなぁ。

「もしかして中枢自体が巨大化してて貫通しても意味無いとかか?」

「直径が足りなさ過ぎる説、あると思います」

 だとしたらこいつ倒すの、大砲じゃ無理だわ。それに流石に大きすぎて浸透勁もほぼ無意味なんだよね。砂に変える技も重心にまで届かないんじゃ使いようがない。魚雷も使い切っちゃったからこいつ圧縮するのも無理だし。

 そうなったらもう、こいつを倒す方法なんて超単純なやり方しか思い浮かばない訳で。

「殴るか」

「うむ」

 猫吊るしもそれが良いと頷いた。結局、単純な圧倒的暴力にはそれを超える単純な圧倒的暴力が一番なのだ。

 

 殴り殺すと私達が決めた直後、イ級の方も突然方策を変えて来た。海水を呑むのを止め、大きな口をさらに大きく開きだしたのだ。巨大質量が天に向かって持ち上がり、烈風が吹き荒れる。そして露わになった大きな大きな口内から、これまた大きな大きな、大きな大きな大砲が姿を現した。

「なんだあのでっかいモノ……」

「あー、武装の比率もそのまんまなのか」

 それはイ級の主武装、5inch単装砲だった。ただその口径が、5インチを遥かに超越して50000インチくらいはあるように見えるんだけども。直径一キロ超えてるんですが……?

「猫吊るし、あれって撃てると思う?」

「まあ……撃てるんじゃね? じゃなきゃ出さないと思う」

 そうだよね。え? あれもしかして飛距離とかも大きさ比そのまんま? ウッソだろお前。

 待て待て待て、私の後ろ北海道あるんだけど? え? 届く? アレもしかして北海道まで届く? 壊滅するよ? その大きさの弾が普通に砲弾の速度で飛んでったら、衝撃で北海道壊滅するよ? 下手したら大陸まで届いて謎の大陸間弾道弾として伝説に残るよ? 間違っても個人殺すための兵器じゃないよそれ? 本当に最後に残しといて大丈夫だったのかこいつ? もしかして黒いの食べさせない方が良かった? あ、嫌な予感来た。マジか。これ私にダメージ入る奴?

 その衝撃波だけで海面が吹き飛ぶほどの轟音が鳴った。

 

「阿呆かァ!!」

 見えたのはやはり50000インチくらい有りそうな砲弾。推定その重さ、実に300億トン超え。

 それがしっかり私を狙い、海を引き裂きながらぶっ飛んで来る。

 私はそれを、揃えた腕でレシーブした。

 仕方なかったってやつだ。あんなバカでかいもの後方に逃すわけにはいかなかったんだから。

 空へぶっ飛んでいくでっかい砲弾。思ったよりも衝撃は来なかった。見れば私にぶち当たった箇所からひしゃげ、空中でぐちゃぐちゃにひん曲がって潰れて行く。どうやら超巨大砲弾くん、中身は空洞だったご様子。まあ流石に億トン越えとか飛ばせないわな。口径に大きさを合わせただけだったのだろう。

 

 いやそれでも数千トンはあったけどね???

 腕くっそ痛いんだけどどうしてくれんのこれ???

 

「艤装にダメージないんだけどお前衝撃全部殺したの?」

「今浸透勁になって海中疾走してるよ!!」

 当然ながら、レシーブしても当たった衝撃は消え去りはしない。だから私は仕方なく、腕から体に、体から足に衝撃を流し、そのほぼ全てを海中へと逃がしてやったのだ。衝撃が通ってはいるので痛いは痛いんだぞこれ、体と足はそこそこ大丈夫だけど直接ぶつけた腕はマジで痛いんだぞ。痛いだけで害とかないけど。ちなみに浸透勁にしたのはそうじゃなきゃ足下大爆発しててんやわんやになるからである。なおその衝撃がどこへ行くかは私も知らない。地殻にダメージ行ってたらごめんね。

 砲弾が通り過ぎる衝撃波で荒れに荒れた水面を滑りながら前を向けば、そこには未だ喉の奥から砲口を覗かせるイ級が居る。上空から落ちて来た砲弾だったものが頭に直撃してもこゆるぎもしやがらねえ。数千トンの質量でもあの巨体には誤差なのだろう。まあデカすぎるもんな、たぶん倒したら新しい島が誕生すると思われるんだがいいんだろうか。

 イ級からはかなりの低音で何かが動く音が響いている。何せ全長がキロメートル単位なものだから、私ほど耳が良くなくても聞こえるくらい、ただの稼働音もでっかいのである。

「あれ第二射あると思う?」

「そりゃお前、普通の単装砲っぽいしそれなりの連射はしてくるんじゃないか?」

 デカいから装填にちょっと時間かかるかもしれんけども、と猫吊るしは補足したがあんまり救いになってない。私なら弾き返せる事は分かったけど、あれが北海道や本州を狙い出すと不味いのだ。曲射されると足が付いてない状態で対応せざるをえなくなる。そうなると、たぶん私は打ち落とす度に何処かへ吹っ飛ばされてしまうだろう。

 そしてあの巨体だ、クジラの時のように何度も何度もぶん殴って削って行く戦法だと、間違いなく何度も何度も発射を許す。その内一発でも対応に失敗して、それが陸地へと飛んで行ったら本当に不味いのだ。思ったより重くはなかったけれど、それでも砲弾の速度で本物の駆逐艦がぶっ飛んで来てるような質量だからね。普通に陸地削れるわ。

 かと言って、大砲を先に壊すためにとあれの口の中に突っ込むのもよろしくない。あのイ級はなんかよく分からない特殊能力のような物を持っていて、飲み込んだものはなんでも消化してしまう。どう考えてもゲームの仕様再現するために付加された物なのだろうけど、性能的にはかなり酷い、あれにかかったらたぶん私でも死ぬ気がする。ついでに私の進化術式習得されたりするんだ。流石に妄想だけれど。

 満たさなきゃいけない条件は三つ。

 一つ、陸地を撃たせない。

 二つ、口の中に入らない。

 三つ、痛いのやだから私もこれ以上受けない。

 いや最後は別に満たさなくてもいいけどできれば満たしたい。まだ腕ちょっとだけ痛いし。別に動き鈍ったりしないけど、雪ちゃん痛いの嫌い。

 これらを満たす最善の方法、そんなもん有るのか、と言われると、ある。糞ほど単純で、それができるなら最初からやれとしか言いようのない方法が。

「よし、顔面ぶん殴って一発で殺ろう」

「急所の位置的に最善だわな」

 イ級の中枢機関がどこかと言うと、左右に付いた一対の目と目の中間、その少し上辺りだったりする。口の中に大砲を仕込んでるって構造上、その辺りしか空きが無かったんだろうなぁと思われるのだが詳細は不明だ。単に脳の位置ってだけかもしれないが、そのために実は後ろよりも前からの攻撃の方がこいつらには効きやすかったりする。今回の場合デカすぎるのでそこまですら浸透勁が届かないのが問題だったのだが、それならもう普通に殴って普通に威力をそこまで届かせりゃいいだろと。私はそう思いました。

 

 前方からクソデカ砲弾を装填する異音が耳の奥まで響いてくる。それはどうやら今にも終わるようだった。次弾発射まであと一秒かそこら。まあ、それだけあれば十分ではある。

 一旦全身の力を抜き、自分の魂の奥の方から放たれる何かを想像する。それは魔力とか霊力とか呼ばれる代物のはずで、私には認識できないものだ。確かにそこにあるはずなのに、相変わらず欠片の気配も感じない困った何か。でも今の状況を解決するためにはそれが必要なのだ。それも、できるだけいっぱい。

 

 ――力が欲しいか!!

 

 このチート能力さん、ノリノリである。あっあっあっなんかが熱くなってきた。これあれか消費が認識できないから代替で感じる例の熱さ。まだ答えたりもしてないんだけど逸り過ぎでは。全身を存在しない感覚が駆け巡って行く。腹を、脚を、指を、頭を、心臓を、何かがぐるりぐるりと跳ね回る。肉体のありとあらゆる部位にそれは注がれ、即座に消費され、一瞬ごとに全てがなんかつよくなって行く。

 

 ――力が欲しいのなら……

 

 別に、見た目に何か影響が出る訳ではない。チート能力さん的には人間サイズで見た目も人間の伊吹 雪ちゃんがそうである方が、『なんか』『つよい』気がするからだろう。有難い事に、どこまで行っても私は人類の域を出る事はないのだ。

 だがそれは、外見上だけの話である。これだけ大暴れして傷一つ無い奴の外皮が、内臓が、骨格が、筋肉が、ただの人間のそれと同じであろうはずがない。人ではない、と言われたら否定する要素の方が薄いだろうほどの、異形の身体能力。

 それに今、さらなる強靭さが加えられた。体に残った内のどれだけかは知らないけれど、明らかに過去最大の魔力が強化の術にくべられて、その火勢は最早天をも焼かんばかりである。

 

 ――くれてやる!!

 

 

 完成する。ぱーふぇくとゆきちゃん。

 

 強化率――なんかわかんない。

 最大出力――なんかすごい。

 心身への負荷――なんかない。

 持続時間――なんかみじかい。

 

 たぶんそんな感じの、ただの、理不尽(チート)

 私はただ思い切り水面を蹴った。

 

 きっと巨大イ級には何も見えていなかっただろう。只々突然、自分が海に叩きつけられたと感じたのではないだろうか。

 海を蹴り飛び立った私が向かったのは、口を開くために持ち上げられたイ級の鼻先だった。大きすぎて死角になっているであろうそこに、それとはまるで関係のない、速すぎるという理由で気付かれる事なく到達する。見失った、などと判断する暇すら、彼にはきっと無かったろう。

 私は跳躍の反動で振り上げられる足を、それに任せて高く掲げた。高く、高く、限界まで。真っ直ぐに伸びる洗練され過ぎた美脚。その芸術品と揶揄される神の被造物を、私は一息に振り下ろした。

 イ級の鼻先に私の踵がめり込んだ。儚い抵抗。そこに衝撃を叩き付けながら足をそのまま真下に振り抜く。真っ黒い巨体は一瞬たりとも堪える事ができず、頭を弾かれ、その上顎と下顎を強かにかち合わせた。歯が砕ける音が水平線に響き渡る。

 イ級の全身が、半分ほど海へと沈んだ。その反動で見た事が無い程の高い、高過ぎる波が噴き上がる。宙を落ちる私はそれに足を付け、艤装の機能で滑り出した。イ級に向かい、そのスロープとなった海を、真っ直ぐに。

 落ちる速度に暴力的な適性値の齎す、通常の六倍以上の航行速度が加算される。私はそのまま波に乗り、無理矢理口を閉じられて、上半身だけを海面に晒すイ級の眼前へ滑り込んだ。

 当たり前の話だけれど、地に足がついてた方がぶん殴るにも威力が出る。吹雪さん、やっぱり艤装は必要だったよ。

 体中、全ての力を集約する。足から、脚から、体幹から、胸から、首から、肩から、腕から、指から。ありとあらゆる筋肉を稼働させ、その力を無駄のないよう慎重に、拳の一点に纏め上げる。

 併せ、肺から空気を絞り出す。力を撃ち出すのに合わせ、体中の細胞が燃え上がるように。

 陽が落ちる。でも落日を迎えるのは私達じゃあない。それで始まる深海棲艦にとっての夜もいつかは明けてしまうのかもしれないけれど、ともかく、今日勝ったのは私達だ。国民の皆々様には、枕を高くして眠っていただく。

 肺から押し出された呼気が喉を震わせ、それが音へと変わって行く。変なあだ名で呼ばれたせいか、気付けば、私は自然に叫んでいた。

 

 

 

 SMAAAASH!!

 

 

 

 私は全ての力を込めて拳を解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったなぁ……」

「お疲れー」

 日が暮れると途端に寒くなって来る。私は真っ黒な地面に寝転びながら、シェイクされまくって気絶した水上機乗りの妖精さんを猫吊るしが介抱するのを眺めていた。いやもう、この子に関してはマジで謝るしかない。帰ったらなんか美味しいものでもご馳走しよう。丁度初雪から貰ったお菓子とかもあるし。

 作戦名『次の作戦』は無事、一人の怪我人も出すことなく終了した。私の放った最後の一撃は無事に超巨大イ級の中枢機関を打ち砕き、想定外に威力があったため尻尾の方までぐちゃぐちゃに押しつぶしてその体を完全な鉄屑へと変える事に成功したのだ。

 謎の捕食能力が継続してたら困った事になっていたんだけれど、流石にその辺りは死んだ瞬間消失した様子だった。顎や口に仕込まれていた大砲なんかも普通に吹き飛んで、海へと大波を引き起こしながら沈んで行くのを確認している。陸の方大丈夫かな……今更だけど……

 そうしてバラバラになったイ級の体はどんどん海底に積もって行き、最終的に海面にまで顔を出した。崩れたりしないのかと思ったがそれは結構ぎっちりと詰まっているのか頑丈で、押しつぶして平らに均したのが私がゴロゴロしている現在地になります。

 一応耳を付けて叩いて反射音を聞いてみたりもしたんだけどね、なんか滅茶苦茶安定してるんだよなぁこれ。縁起の良いものではないけれど、日本列島に新たな島が誕生した瞬間であった。国土が増えるよ!! やったね!

 

 さて、こうなったからにはもう私が今する事はなんにもない。まあ、ちょっと表面がギザギザした金属だから下手に上陸すると危ないここを整地しておいても良いかもしれないが、それより帰投して報告の方が優先すべき事柄だろう。でも今、私は軽い問題を抱えていて、あんまり動きたくなかったりするのだ。

「ねっむい……」

 欠伸が出る。長い時間、かつてない出力で戦った反動なのか、単にちょっと寝不足気味だったからなのか、私は今、死ぬほど眠かった。

 いや、元々私って睡眠欲には強くないんだよね。必要ならばっちり起きられるんだけど、それはそれとして割と眠くなりやすい。数日間ぶっ通しで戦えたかと言われると実はかなり怪しかったりする。まあ、その場合でも私は寝てその間だけ猫吊るしに体の操作代わってもらえばいい話なんだけど。回避に集中すれば効率は下がっても被弾はしないだろうから、きっと行ける。猫吊るしも寝る必要はあるから交互に寝る事になるかな、たぶん。

 閑話休題、ともかく私は今物凄く眠いのだ。動きたくない。寝てたい。ちょっと寝ていい? まだ戦ってると思ってるだろうし、ちょっとぐらい寝ても……バレへんか。

「まあ、迎えに来てもらうくらいならバチも当たらないと思うけどな」

 連絡は俺が入れとく、と猫吊るしが言ってくれたので、お言葉に甘える事にする。ああ、しかも艤装から毛布まで出してくれた。冷えるもんね、ありがとう。おやすみなさぃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹雪が戦闘を始めて数時間。帰投し、補給を終えた艦娘達は、事が動くのを焦れながら待ち続けていた。

 完全に無の表情で、あ、心配とかする必要無いと思いますよ。と実況を放棄しつつ周囲に伝えていた青葉が偵察機との接続が切れたと報告してからは情報の入りようがなく、鎮守府全体には重苦しい雰囲気が漂っていた。

 当然偵察機は出されたが、厚すぎる敵の層を抜けず、それらは撃たれ逃げ帰る事になっていた。艦娘本体などは近づけば即死だったろう。他ならぬ、宮里艦隊の吹雪を除いては。

 猫吊るしから通信が入ったのは、そんな折である。

 勝ったし殲滅した。吹雪の事を知らなければ、否、知っていたとしても到底信じられないその報告を聞き、楠木はすぐに指示を出した。吹雪は待機、こちらの出す部隊と合流し、他の艦娘と一緒に帰投せよと。

 一鳴きして、すぐに立候補したのは島風だった。同一艦隊でもあり、合流の速さを考えても妥当である。

 ただ当然、島風を一人で行かせるわけには行かない。そのため同行者として白羽の矢が立てられたのが、医官を兼ねる皐月だった。その場で診察が行えるため適任だったと言える。本人も諦めたように背負子を用意した島風の背に収まって行った。

 

 そうして操作する本人以外で初の慣性制御装置の体感者になりながら、本日艦娘の中で一番死にそうな表情をした皐月が辿り着いた黒い島で見た物は。

 誰も知らない海岸で、無駄に美しい顔を覗かせながら、小さな寝息を立てて眠りこける、呑気な人類最強の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹雪がイ級を叩き潰したのと同時刻、南極海の戦場で、楠木 多聞丸はそれを感じ取った。

「ふむ……ふむ……! 吹雪くんの方は、終わったようだね」

 通信機で全体にそれを伝えつつ、目を閉じ、深い感謝の念を込めて多聞丸は息を吐く。

 ありがとう。本当にありがとう。

 これで一つの区切りが付く。多聞丸の仕事がまだまだ終わる訳ではないが、計画に横たわっていた大きすぎる課題の一つが文句の付けようもない結果で片付いた事は、確かな歓喜をその胸に呼び起こした。

 同時に沸き立つ罪悪感を、今は奥歯で噛み殺す。そんな物に浸るのは、頑張ってくれた功労者たちに失礼だから。

 そうして次に目を開けて、飛び込んできたのは、まだまだ尽きる事の無い、深海棲艦の大群の姿だった。

「ウソダロ多聞丸!?」

「こっちまだ20%も終わってないんですけど!?」

「Хорошо」

「早スギンダロ……」

「予想終了時刻、我々と同時刻でしたよね?」

「何日前ノ予知ノ話ダソレ。最新版確認シテネーノカヨ!」

「弾尽キター次頂戴次―」

「リベー! 突っ込みすぎだよー!」

「私も負けてられないし! ゲザ! 次弾装填! はーやーくー!!」

「吹雪、撃チ漏ラシドレクライナンデスカ?」

「0だねえ」

「おかしいですよ楠木さん!」

「夕飯モッテキタヨー」

「チクショウメ! コッチアト何日カカルト思ッテンダ!」

「いえ吹雪さんこっちの事知らないですよね?」

「あっしばふ芋ですね! 丹陽これ大好きです!」

「我々」「吹雪ノ」「手伝イ」「シ」「テ」「ナイ」「ケド」「ヨク勝テタネ」

「あ、修復間に合わんから一回吸引切ってもらっていい?」

「エッ船ノ方大丈夫?」

「アッアッ流レ弾クライナラ百発ハ耐エマス」

「イヤジャアコッチデ引キ受ケルワネ」

「私もこの芋は何か惹きつけられる物を感じるんですよね……」

「そりゃ宗谷はそうよ」

「おーっほっほっほ!!」

「ああ、姉さんがあまりにも戦力外で自棄になって高笑いし始めた!」

「だから待ってろと言ったのに……」

「自分で吹雪と比較される可能性作ってたら世話ないよ……」

「ペース上ゲンゾオラァ! 吹雪ニ負ケテラレッカ!!」

「モウ勝負ツイテルカラ」

「リベッチオが死んだ!」

「この人でなし!」

『ごめーん、生き返らせてー』

「オ前、マジデソレドウヤッテンノ?」

「みんなー三十秒戻すよー」

「はーい」

「あ、お芋一口食べるから待って」

「駄目です」

 

 

 

 ゴトランドによる過去改変で三十秒、吹雪による討伐完了直後に戻されて、多聞丸は微妙な気持ちになったが、それはさておき。

 愉快な仲間達は騒いでいたが、実の所、こちらも別に進捗が悪い訳ではない。むしろ良い。時折吹雪側の状況を伝えていたのが良い刺激になったのだろう。あけっぴろげに対抗心を燃やす者もいたが、ほぼほぼただのポーズである。

 それはともかく、ちょっと思い付いたので、多聞丸は一つ、さらに波紋を投じてみる事にした。

「なんだったら、吹雪くんに援軍を頼むかね?」

 もう向こうは終わったし、北方棲姫の能力であれば出迎えも一瞬だ。やろうと思えば、できない事はない。

 返って来た答えは一色だった。

『絶対やだ!!』

 頼もし過ぎる連中は、自分達でしっかりやり切る責任感をも持っていた。吹雪に絶対負けないとの、自尊心もあるだろうけども。

 自分は本当に恵まれている。楠木は穏やかに微笑んだ。

 

 

 




一瞬、
青葉「奴は勝った!!(笑)」
にしようかと思ったのは内緒。それで説明できちゃうからね仕方ないね。
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