転生チート吹雪さん   作:煮琶瓜

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10年以上後の話

 化野 水連は上機嫌で街を往く。行きずりの友人たちと談義が弾み、たいそう楽しい時間を過ごせたが故、まだまだ人通りの多い駅前を軽い足取りで、ほんの少しだけ急ぎながら。

 もうそろそろ日も陰ろうかという頃合いで、予定していた帰宅時刻を大幅に過ぎるだろう事は間違いなかったが、本日は父母共に用事があるとかないとかで出払っている。遅くなると言っていたので怒られる以前にまずバレない。そも遅くなると言っても電車に揺られて夕飯まで食べて帰った所で深夜になったりするほどでもなし、今夜の推しの配信にだってきっと間に合うくらいだった。

 向かいくる人波を華麗に躱し、思い返すのは数時間前。本日晴天の下で行われた観艦式の様子である。遠くに浮かぶ勇壮な海上艦と空をも征する最新鋭の飛行艦、そしてなにより波間で列を成して進む優美で可憐で秀麗な艦娘達の姿。ああ、今思い返しても全てが素敵な時間だった、と水連は一人顔をほころばせた。

 数十年前から定期的に開かれるこの観艦式という催しは、艦娘オタク達にとっては年一番の重大イベントだ。艦娘を含めた日本の国防組織によって執り行われるこの行事は、普段は見られない艦艇や艦娘達が並んでその姿を露わにする数少ない機会なのである。基本的に艦娘達は礼砲を撃ったり並んでの行進と航行する様を見せるだけなのだが、人によってはファンサービスまでしてくれるとあって、観覧者達は毎年かなりの熱狂ぶりを世界中に晒していた。

 勿論、全ての艦娘が鎮守府を離れるという訳にも行かないため参加する人数は限られるのだが、それでも滅多にメディアに顔を出さない娘も生で見られる数少ないチャンスである。その高名故に毎回確実に参加させられている娘も居るが、元々供給の多い彼女等よりも少しマイナー寄りの艦娘が好きだという人間にとっては絶対に外せないお祭りなのであった。

 そして水連もそんなオタクの一人である。事前に発表された参加艦娘の中に一番大好きなその人が居たものだから、取るものも取りあえず母に行かせてくれと頼み込んだのは記憶に新しい。たまたまその日に用事のあった二親は難色を示したが、水連も今年から中学に通っている身、もう子供ではないと子供らしい我儘を言って、最新セキュリティ搭載の端末をフル稼働させる事を条件にお許しを勝ち取ったのだった。

 そうして迎えた当日の今日、港に集まった見物客にもみくちゃにされながらもちゃんと見やすい位置をキープした水連は、しっかりと推しを目にも写真にも納める事に成功したのである。併せて行われたパレードや楽隊の演奏も素晴らしく、お年玉を引っ張り出してお小遣いも前借して来た甲斐があったと日中は感激し通しであった。その場で知り合った同じ趣味の人々と歓談に励む事になって帰りが遅くなったのは、それ故の当然の成り行きというか、どうしたって仕方のない事だったのだ。

 

 そうして上機嫌に駅へと到着した水連だったが、入り口手前で自分の携帯端末に潜むAIに確認したところ、乗るべき電車は今しがた発進したばかりだと告げられてしまった。見れば家の方角に向かって最近新型になったとかいう十両編成の後ろ姿が音もなく遠ざかっていく。次が来るのは二十分後。何をするにも中途半端な時間であった。

 今日の観艦式を語り合う場がネット上にもある訳で、大人しくそこに出入りして時間を潰しても良かったのだが、生憎浮かれ切った自覚のある水連にその選択肢は取れなかった。最悪没入しすぎて電車を逃す危険があったからだ。

 ならばとびきり甘い珈琲でもテイクアウトできる店はないかと辺りをちょっと見回せば、そこにあったのはカフェではなく、今どきとても珍しい、紙媒体を取り扱った書店である。欲しければ通販で済む上に電子媒体に圧し潰されてほぼ見られなくなっているのだが、駅前だからかしぶとく生き残っているらしかった。

 興味を引かれふらりと入店してみれば、その並びは図書館のごとくである。右を見ても左を見ても本の山。オタク気質のありすぎる水連はその中でも漫画のコーナーに惹きつけられ、その新刊コーナーで、それを見つけたのだった。

 新装版『あきぐもえにっき』第一巻

 かつて深海棲艦に海を支配されていた短い時代の少し後から始まって、今も時折更新されるWeb漫画。当時から現役で働き続ける艦娘によって記され、一部は歴史資料として教科書にすら載るそれ。それを纏めて書籍化したものにちょっとおまけのページが追加されただけの、マストなコレクターアイテムだった。

 実の所、これの旧版であれば家にある。水連は何度も何度も読み返したし、当時から今に至るまでかなり滅茶苦茶かつほぼ誇張の無い(作者の実力がかなり抑えめに描かれてる以外)事実であるらしいその漫画は今でも私的ランキングTOP5に入る。ただそれは母の所有物であって、水連自身は一冊も持っていないものだった。

 そういえば出るという広告を何度も目にした記憶はあるなと一冊手に取り、眺め、手触りを確かめ、書き下ろしの表紙を見返し、踵を返し、気付けば会計へと足を運んでいた。

 

 耐衝撃のリュックに本を詰め、水連は書店を後にした。足取りは先ほどまでよりさらに軽い。これは新品だが、古書店巡りが趣味だという友人の言葉が少しだけ分かった気がした。

 時間も丁度いい具合になったのでこのまま駅へとなだれ込もうと歩道を蹴る。表はそろそろ日も沈む頃で、暗くなった通りを街灯が明るく照らし出していた。それでも人波が衰えそうな雰囲気はなく、むしろ増えているのではないだろうかというぐらいごった返している。みんなお家に帰るのだろう。水連もその一人として群衆に混ざり込んだ。

 ふと、その人波の中に、見慣れた顔を見た気がした。はっとしてそちらに目を向ければ、その影は大通りを逸れ路地へと入って行く。その横顔は明らかに、仕事関係の用事があると先に出かけた、若作りした母のものだった。

 生来の運動神経の良さで反射的に後を追えば、母と思しき影は丁度何かの建物に吸い込まれるように消えて行く所だった。少し慎重な気持ちで木枠の入り口を見れば、そこにはOPENの掛札が主張弱めに下がっている。外見上はどうやら個人経営の喫茶店かなにかのように見えた。きっと周辺の住民向けの店なのだろう、ただ横を通り過ぎたら存在に気付かないのではと思わされるほど、その建物は自然にそこに建っていた。

 成程、と水連の中学生脳は母が何かしらの密会にここを選択したのではないかと直感した。普段より少し念入りに化粧をしていた気がするし、知らなきゃここを見つけるのも難しそうだし、今日は人に会うって言ってたし。

 浮気……ではないだろう。滅茶苦茶堂々としてたし、何らかの事件の参考人にでも会うのかもしれない。水連のお母さんは現役の警察官、その中でも刑事とか呼ばれる人種なのだ。その割には楽しそうにしていた気がするが、元々かなりノリの良いひとであるため誤差の可能性が否めない。

 ただ、水連には気がかりな事が一つあった。それはこの喫茶店に漂う、不自然な気配についてである。常人ならば分からない。それはある種の魔力の気配だった。

 化野 水連、中学生。見鬼の才に恵まれた、一般艦娘オタクである。

 

 十字に四等分された窓からこっそり中を覗き見れば、明らかに母なその人は奥の方の席に普通に着き、こちらに背を向けなにやらメニューを眺めている。幸い窓の方を見る素振りは無く、こちらに気付かれる事は無さそうだった。人に見られたら水連の方が不審者であるが、おそらく大通りの方からは気にもされないだろう。そういう認識を阻害する力が働いている。ように思われる。

 不審な店ではある。人払いの結界的なものが実在しているのは知っているし、実際に見た事も何度かあるが、喫茶店にそれを張る意味がよく分からない。密会専用なんて割には場所も駅前だし、なんだかちぐはぐな印象だった。中には店員さんが一人と数人のお客さん。母はすぐに席に着いていたし、普通に入れるっぽい感じではある。知っていれば普通に認識できるとか、そういった類であろうか。

 水連は少し悩んだ。母に水連ほどの霊能は無い。棲艦島の巫女さんからラブコールを受ける水連が特殊なだけでオールドタイプの中じゃ分かる方だとは言っていたが、新世代の霊感持ちに比べて霊的防御力はあんまり高くないはずなのだ。たぶん大丈夫な気はするけども、これで母が帰って来なかったなどとなれば一生モノの後悔になる。そう思うとこのまま放っておいて帰るのもなんだか心地が悪かったのである。

 ヨシと一大の決心をして、水連は慎重に木の扉を開け放った。母に見つかる危険性はあったがそれならそれで問題ない。ちょっと話して大丈夫そうなら安心して帰ればいいのである。でも、できれば、なるべくなら、後ろからこっそり見張りたい。そう思っての行動だった。

 実際の所、仕事柄荒事になり易いという母が心霊への備えをしていないはずがなかったし、水連もそれに気付いていた。なのにわざわざ踏み込んで行ったのは、結局の所、母の普段見せない仕事中の顔を見てみたい、そんな好奇心の賜物であった。その比率、実に七割。三割くらいは本気で心配しているので許してほしいと水連は内心独り言ちた。

 

 拍子抜けな事に、水連はあっさりと母の背後を取る事に成功した。さり気なさを装って近くの席に座ったのだが、そもそもこっちを見ていなかったのである。どうやら入店直後に家族用のメッセージアプリに送った漫画購入報告に気を取られてくれたらしかった。

 そのまま十五分ほど、水連はちょっとした緊張感を味わいながら母の動きを待つ事になった。小声と指差しで注文したオススメ品と書かれていたいなりずしを頬張りつつじっと横目に観察してみるが、母は優雅に珈琲をすするばかりで特に何をするでもない。もしや結構長い事待つつもりなのだろうかとカモフラージュに広げた漫画のページをめくっていると、入り口が小さな音を立て、新たな客がご来店になった。

 その娘は水連とそう変わらない年頃のような気がした。気がしたというのは、黒い帽子を目深に被り、黒いゴーグルのような厳ついサングラスを掛けていて顔がよく分からなかったためである。多少水をはじきそうな服で腕も脚も覆われて、前面に幾つもポケットの付いたベストも着込んでいるため体型もよく分からない。その背には何か長いものが入っていそうな大きなバッグを背負っていて、その一番上には妖精さんが引っ掛かっていた。

 そいつはあからさまに釣り人だった。きっと海が近いため帰りに寄ったのだろう。妖精さんは普通の人には見えないため、置いた時にでも引っ掛けてそのままなのだと推測される。本人は諦めたように力なくぶら下がっていた。

 たまにあるんだよなぁと水連は苦笑い混じりの溜息を溢した。提督の数は少ないため誰にも気づいてもらえなかったのだろう。艦娘関連の施設の近くでないとあんまり居ないのだけれど、母の鞄に入り込んでた事もあるし、海釣りなら普通にあり得る事なのだろうと思われた。

 アレが待ち合わせの相手って事は無いよなぁと思いつつ、漫画に目を戻しどうやって妖精さんを助け出すか頭の中で算段を付ける。普通に提督適性持ちだと言えばわかってくれるとは思うけれども……などと考えている間に、件の人物はどんどん水連の方へと近づいてきた。

 不審に思い少し目線を上げてみれば、その娘はそのまま前を通り過ぎ、一番奥の母の方へと近づいて行く。そしてその肩に手をかけると、何処かで聞いたような気のする声で喋り出した。

「あんたここ利用していいの?」

「証拠が出ないからタイーホに踏み切れないのでありまーす」

 聞こえたらしく、店員が密かに笑う声が漏れ聞こえた。ここやっぱヤバいとこなの? 水連は不安になった。

 

「あんたの読み、当たりよ。奴さん棲艦島に入ったって」

「当たらんでほしかったんですがねぇ……!」

 一番奥の席に着きながら繰り出された釣り人の言葉に母は頭を抱えている。どうやらやっぱり、何らかの情報提供者との密会だったらしい。格好とかは色々と、予想外ではあったが。

「治外法権みたいなとこに自分から行くとか馬鹿かな?」

「馬鹿なんでしょ、藤さんからのリークだからもう捕捉もされてるし」

「うちの面子とか……」

「どう考えても手遅れよ。まあ、生贄にされたりはしないんじゃない?」

 ぬあーと母がテーブルに突っ伏した。釣り人も苦々しい声である。水連には意味が全く分からなかった。

「本州に居れば法に守ってもらえたのに」

「せめて北海道まで行ってればね……」

「なーんで自分から喰われに行くんすかねー。あそこ私らも危な過ぎて捜査できんのに……」

 漫画に目を落としたまま、水連は内心首を傾げた。棲艦島が危険だという話は今まで聞いた事がなかったからだ。何度か行った事があるが、変わっているのは西と東に大きな社が一つずつある事くらいで、比較的最近できた島にしては発展しているが、別段おかしな場所ではなかったはずなのだ。さる超巨大企業の寄与で最新技術が多数導入された市街は過ごしやすく治安も穏やかで、和の要素を取り入れつつ計画的に作られた街並みも国内外を問わず評価が高い。何か目に見えた問題のある土地ではなかったと思うのだが。

「吹雪が常駐できればいいんだけど……」

「それはそれで他所に攻め入られそうだから困る」

 戦争でもしてるの? 水連の脳内は疑問符で埋め尽くされた。

「海魔に喰われる前にお猫様に保護されるといいんですが…………どっちにしろうちの面子は死にますがね」

「連続呪殺犯の確保なんて他にやられちゃね。ま、犠牲者が増えるよりいいでしょ。最悪なのは海神の方に霊力が流れる事なんだし」

 連続呪殺犯については水連も知っている。少し前に連日ニュースにされていて、最近は聞かなくなっていたのだが、成程、母を含めた警察に追われて逃げ回っていたのだろう。そこは得心が行った。そこ以外は何一つ理解ができなかったが。

「……やっぱまだ怒ってらっしゃるんです?」

「秋月曰くね。海ごと滅ぼされそうになったんだから当然と言えば当然だけど」

「矛さえ収めていただければ祀る準備もあるのに……」

「あっち視点で正義執行しに来て封印されたんじゃ許すも許さないもないでしょ。あと鉾はご神体として納めてるわよ叢雲が止めに使った奴」

 封印て何。オカルト事情には多少強い水連だが、神がどうの封印がどうのと言われると流石にゲームか何かの話としか思えなかった。

「ご神体というか封じ目じゃないすかアレ……壊されたら解けちゃうタイプの奴」

「猫雨は有事には使おうって言ってたけど。神様によく効くんだって」

「なんで特効武器みたいなの作ってんですかね宮里艦隊」

 神様封印するのに使ったから概念付与されちゃったのか、と呟く母の声を聞いて、水連は現実な話をしてるのか創作の話を真面目にやってるだけなのかよく分からなくなった。母の態度が友人や家族にするような(年の割に)軽いそれであり、通話時に垣間見せたりする真っ当な社会人の口調でないのもそれに拍車をかけている。

 相手の正体は水連も何となく勘付いた。吹雪、秋月、叢雲、それに宮里艦隊。まず間違いなく、艦娘の関係者だろう。背格好の幼さからして本人もきっと艦娘。それも、改二に到達したエリートに違いない。距離的に今日の観艦式にも参加して、そちらの後片付けを済ませてから母に会いに来たものと思われる。

 声に聞き覚えがあったのもそのせいだろう。よく顔や声を出す艦娘であればすぐに分かる自信があるので、あまり前には出ない娘に相違ない。吹雪だとか文月だとか、そういう主だったところ以外で水連が薄っすらと覚えてるくらいには声が聞けて、改二以降の艦娘。となると数はかなり限られる。観艦式に出ていたという条件も加えるならさらに候補は絞れるだろう。

 まさかともしやが水連の頭で渦を巻きだした。水連には猛烈に推している艦娘のグループ……艦型が一つある。特型II型駆逐艦。それは艦娘界隈では綾波型と呼ばれる娘達だった。

「封印が解けた時にでも吹雪か叢雲か……あとは龍田さん辺りが使うんじゃない? 吹雪なら封印じゃなくて討滅できるって初春も言ってたし」

「お魚守ってくれてたありがたい海神様討滅したくないんですけども」

「深海棲艦と私達の区別付いてないんだから、仕方ないじゃない」

「まあ、結局あいつら人間霊の一種らしいんでしゃーないんだけどさぁ……」

 しゃーなくねぇよ。水連は口に含んだ珈琲を噴き出しそうになった。初耳である。一般的には深海棲艦の正体は未だに不明という事になっている。今更だが、聞いていい会話なのかと言われるとたぶん駄目な奴だろう。どうしてこんなに堂々と声に出してしまっているのか。水連には分からなかった。

「だから、水連にもスカウト行ったんでしょ? 巫女増やすために」

「そうなんだけどもねー。でも流石に裏の治安が平安京なところへ娘を嫁に出したくないわけでね」

 急に自分の名前が出て、水連は心臓を掴まれたような動悸を感じた。親しそうだとは感じていたが、娘の自分の事まで話す間柄なのは予想外だったのだ。どういう繋がりの縁なのかは分からないが、もしかしたら付き合い自体がかなり長いのかもしれなかった。

「一般人には被害出てないらしいけど……そういえば、結局あの子って抗体とか言われてたのの影響受けてるの?」

「それはたぶんそう。めっちゃかわいいでしょあの子。私に似て」

「そうねにてるにてる」

 棒読み!! 母がわざとらしいショックな声を上げている後ろで水連は訝しんだ。抗体とはなんだろう、めっちゃかわいいのはそうだけど。水連は少しうぬぼれやな所があった。

「自分の意思で名付けたつもりだったんすけどねえ。集合無意識怖すぎて笑えない」

「自分の意思ではあるでしょ。その意思そのものが影響下なだけで」

「もっと怖いってそれ」

 珈琲を口にして一旦落ち着いた母は軽くため息を吐き出した。水連も何か笑えない話をしているのが分かり、母とは逆に少し息を殺した。

「ちょっと変形気味ですけどね。あの子は変色海戦当時の超適性の人達と同種……まー、いわゆる? 名前に入ってる側ですわな」

「適性者なのはほぼ確定か……」

「こっちで確認する限り、年に数人は同じような娘が出てるんですが……まさか自分の子供がねえ」

 ふぁーと母は溜息を吐いた。釣り人も口元が歪んでいる。ぶら下がった妖精さんは目が死んでいた。

「吹雪とか今8人くらい居るのよね。たぶん何人かはうちの吹雪にあやかって付けただけだと思うけど」

「どうなんかな、普通に艦が被るのはあるあるですし。響も3~4人居ませんでしたっけ」

「ヴェールヌイ含めると5人じゃなかったかしら」

 多ッ。母は少し苦笑気味に笑っていた。

「水連もねえ。来年検査ユクゾーって意気込んでんですよねえ」

「消防隊とか救助隊は?」

「本人が海行きてーなーってなってるからなぁ……親としてはせめて提督の方になってほしいんだけど」

 水連は来年、艦娘の適性検査を受けられる年齢になる。知らせが届いたら最速で行くつもりだったし、なれるとなったら絶対になるつもりではあった。つまりまだ受けた事は無いのである。だというのに、何故釣り人は確定と言えたのか、水連には全く分からなかった……という訳でもない。

 水連は艦娘オタクであるが故に、それにまつわる噂にも詳しかった。これはおそらく、『かつて最強と呼ばれた艦娘達の本名には、何故か使用する艤装と同じ字が入っている』という有名な話の事だろうと予想が付いた。ただ、水連の名前には直接それっぽいのは入っていないはずなのだが。

「提督適性もあるのか……まさか吹雪達みたいな……?」

「や、あの子達みたいにぶっ飛んではないんで大丈夫です。近いのは榛名さんやそれこそ初春様かな」

 日本であれば宮里艦隊の吹雪が代表的とされる、超異能者。かつての深海棲艦の大襲撃に呼応するかのように世界に生まれていたヤバい美少女軍団。彼女達はその全員が提督の能力すら保有しているという。成程、と水連は納得した。確かに共通点は結構ある。伝え聞くその暴威に及ぶ力を全く持っていないという点を除けばだが。

「初春並に視えるんだっけ?」

「ここだけの話、視る事と識る事だけに関しちゃ昔の初春大先生ぶち抜いてるらしいっすよ……?」

 こんなちゃっちいの貫通しちゃうくらい。そう言って母が懐から取り出したのは、何らかのお守りのようなものだった。本を持ち上げ少し顔を隠して注視する。デザインまでは分からなかったが、水連の目はそれが周囲の空間に何らかの作用を齎している事を正確に見抜いた。おそらくは認識阻害系の術具。それを持っているから堂々とヤバい内容をくっちゃべっていたのだろう。効力を抜ける奴ならこれくらいの事はそもそも知っているだろうという前提で。

 っていうか、もしかして喫茶店じゃなくて母から呪物の気配がしてただけ? 水連は少し脱力した。

「危なくない?」

「危ないのよ」

 危ないんだ。水連は初めて知った。

「霊感リミッターの外れてない世代がまだまだ多いんで今はまだ平気っぽいけど、十年二十年先はちょっと……実際妖怪とか怪異とか霊障とか、現在進行形で増えまくってますし」

「科学一辺倒で戦争してた時代とどっちが平和なのかしらね」

「集合無意識も心霊現象封印したら物理で終末戦争やれるようになるとか予想外だったでしょうしねえ」

 昔は全人類的に霊能力を抑えられ、一緒にお化けやなんかも出辛くなっていた。というのは水連も知る所である。深海棲艦に対応するためにその封は解かれたと学校で習うのだ。ただ、一般的には実感できるほどの差は出ていないのが現実であり、大手を振り始めた霊能力者達への差別の低減のためだとか言われていたが。

「今日も観艦式見に行ってたんすよあの子。まあブッキーや猫吊るしが来てるんで海は問題ないけれども、行き帰りがねえ。視えると興味惹かれちゃうみたいなんで」

 ゴメンナサイと水連は若干頭を下げた。何度かそれで怪現象に巻き込まれた事があるのだ。解決もしちゃったので危険だったという実感はあまり無かったが。

「そういうのから護る為にあんた達が居るんでしょうに」

「こちとら案件多過ぎて細かいのは通報されるまで動けんのですよ。霊感あるお巡りさんてめっちゃ少ないから予防も難しいし」

 圧倒的、人手不足……! と母は嘆く。呪術やら霊障やら妖異によって起こされた事件を専門に取り扱う、少し前にできた新しい部署で働くが故の悩みであった。

「大体私が実働のトップな時点で何もかもおかしいんですよ。私、なりたかったの町のお巡りさんなんですけど」

「あんた後遺症で居るの分かるんでしょ? 人手不足で駆り出されるの分かり切ってたじゃない……っていうか、刑事になるのって試験とかあるでしょうに」

「どっかからの無言の圧力に折れた弱い女が私です」

 はーしんど、と伸びをする母に釣り人はゴーグルの下からじっとりとした視線を向けた。それが分かったのだろう、母はちょっと取り繕うように笑うと話題を少し転換し始める。ふへへと微妙に情けない笑い声がした。

「視えると言えばさ、そのグラサン付けっぱだけど見え辛くないのん?」

「えっ? あー…………うん。忘れてたわ、付けてるの」

 釣り人は少し焦ったような声色を出した。その次に行われた指先で顔に付いたそれの弦や縁を撫でるように触れるその仕草は照れによるものだろう。見えない母の表情が水連には容易に想像できた。

「これ猫雨の義体パーツとかで凄く軽いのよしかも内側からは色見えないから付けてて違和感全く無いのそれでいて日光和らげる効果はちゃんとあるんですって明石達が貸してくれたんだけど高性能すぎて怖いわね水も弾くから釣りにも良さそうで売ってたら買いたいんだけど特注しようかしらとか思ってたんだけどまあ忘れてたのよ文句ある?」

「ないです」

 一息でお出しされた釣り人のお言葉に母は笑いを堪えた一言で返す。返された側は少し不満気な息を漏らすとゆっくりゴーグルを持ち上げて、その薄いすみれ色の瞳を露わにした。

 その形に、色彩に、水連は見覚えがあった。

「お久しぶり、ぼのたん」

「はいはい、久しぶりね世理亜」

 宮里艦隊所属、駆逐艦曙。

 水連の最推し艦娘である。

 衝撃で水連は手に持った本を思わず取り落とした。その端がカップソーサーにぶつかって、がちゃりと小さくない音が鳴る。反射的にか音源へと目を向けた釣り人、曙と目が合った。次いで母も振り返った。

 えっと小さく声を漏らす母、化野 世理亜。まずいと思ったのか、水連は自分でもよく分からなかったが、ともかく。次に取った行動は完全に反射的な、理性を越えた物だった。

「サインくだしあ!!」

 噛むどころか言語中枢がおかしくなった愛娘を目の当たりにして、母は盛大に噴き出した。

 

 

 

「マジで貫通しちゃったかー」

「それ本当に効果あるの?」

「あ! それはあると思います!! ちゃんとなんか……なんか出てるので!!」

 母に尋問され軽く叱られたせいか、水連は語彙力が残念な事になっていた。取り調べ中も気はそぞろで、その視線はちらちらと珈琲を注文する曙の方を伺っており、目の前の刑事の言葉にまったく集中できていないのは誰の目にも明らかだった。母の指先に摘ままれたお守りくんはどことなく無念そうな気配を垂れ流している。きっと悪い子ではないのだろう。水連の才に敵わなかったというだけで。

「はいこれ。私より秋雲のを貰うべきだと思うけど」

「あっあっ、ありがとうございます!! あっ、秋雲先生のは色紙で持ってるので大丈夫です!!」

 手渡された漫画の奥付部分には、曙のサインがしっかり書いてある。困惑する曙にどうしてもと頼み込んだ結果、本当にしてもらえたのだ。期せずしてただのコレクターアイテムからマニア垂涎のお宝へと変貌を遂げたその本を、水連は大事そうに抱きしめた。助け出された妖精さんも嬉しそうな水連の様子を嬉しそうに見つめている。

「この子、文月のプレゼント企画で普通に当てちゃったんすよねー。運いいんだこれが」

 耐衝撃性のバッグへ本を慎重に仕舞い込もうとしてやめてもう一回サインを眺めてだらしない笑みを浮かべる水連を、世理亜はじっとりと見つめた。色々と怒りたい事はあったのだが、まあ、家に帰ってからでもいいだろう。その喜色満面な顔に絆されて、自分も少し頬が緩んでしまった。娘には少し甘いお母ちゃんなのである。

「あっ、そうだお母さん、仕事の話するなら出た方がいい……?」

 水連は恐る恐るといった様子で、少し上目遣いに囁いた。盗み聞きなんてしてたくせに今更仕事の邪魔をしてないか心配になったのだろう。うちの子かわいいな? 世理亜は内心甘々だった。

「仕事の話は出会って十秒即終了だったんでだいじょぶよ」

「伝言伝えるだけだったものね」

 曙は実の所、ここまで来る必要性はあんまり無かった。盗聴やらなんやらをされるとよろしくないだけで、顔は突き合わせなくても大丈夫だったのだ。

「久々に話がしたかっただけだから、水連が一緒なのはむしろ歓迎よ」

 柔らかい、外見の年齢相応ではない笑顔が水連に向けられた。同年代の中学生くらいに見えるが、これでも曙は何十年も年を重ねた艦娘なのだ。

「母と曙さんて、付き合い長いんですか……?」

「え、うん。そうね」

 娘からしたら、まったく聞いた事のない意外な人脈である。仕事柄と言われれば納得は行く程度の事ではあるが、まさか最推しと母が友人関係だとか思いもしなかったのだ。だが、問われた側からすれば、その問い自体が意外なものであった。

「世理亜、あんた前職の事話してないの?」

「はい……」

 複雑そうに頬を掻く母に、水連は少し嫌な予感を覚えた。それは十余年培った、霊能者的な勘であったかもしれない。何かの前提が覆りそうな、そんな予感。

 曙はふむと一瞬考えこむと、スッと水連の、その腕に抱えられた漫画を指差した。

「その本の最初の方……訓練所でなんか、サイコロ転がしてるところあるでしょ?」

 広げられた本のページがめくられ、該当箇所が開かれる。曙はよく分かっていなかったが、それはTRPGという種類のゲームを何人かで遊んでいる風景だった。

「それの、秋雲でも吹雪でも初雪でも島風でもない奴」

 作者である秋雲、GMをしている吹雪、ファンブルして横になる初雪、膝に連装砲ちゃんを乗せている島風。そしてもう一人。そこには髪をツインに纏めて悪戯っぽい顔で賽を振る少女が描かれていた。

「それあんたのお母さん」

 

 

 ?

 

 

 水連は少し首を傾げた。その娘は水連の記憶が正しいのであれば、駆逐艦漣と呼ばれる過去の大戦における、かなりの功労者である。個人の実力もさることながら、コミュニティの構築による精神状態の健全化という当時の年齢に不相応な成果を残し、その頃の艦娘達から多大な信頼を寄せられていたとかそんな紹介文を読んだ記憶が確かにあった。

 ある時を境に一切メディア露出が無くなり既に艦娘を辞したという噂だったが、成程、それは真実だったのだろう。艦娘は辞めた後、各種の学び舎への推薦を受ける権利を得られる。それを利用して警察学校に入るかなんかして、しかる後に警官になったのだと推測できた。

 水連はちょっと頭がゆるい側だが、頭の出来自体は悪くない。それくらいの結論はすぐに出た。でも、そういう問題でなく、その第一期適性者の有名エリート艦娘で最強部隊に居たり居なかったりした配信のログ漁ると結構名前の出てくる人気投票やると地味に上の方に来るその人と、目の前の母の姿はまったく重ならなかった。っていうか、そうなると。

「お母さん今幾つ……?」

 深海棲艦が押し寄せて始まった大戦はもう何十年も前の出来事で、まだ産まれて十余年の水連にとっては遥か昔のお話であった。

 

「私は改三になってから辞めたんで実年齢と外見が合ってないのよ」

「そこまで行って辞められるんだ」

「現状唯一よそんな奴」

 改二までなら居なくもないらしいが、三は当時で前代未聞、今でも続く者は現れていないと曙は言う。それも当然の話で、せっかく改二にまで至ったのに艦娘を止めてしまえば、得られた絶大なメリットを失ってしまう事になるからだ。

「お母さん不老不死止めちゃったって事?」

「や、不死ではないのよあれ」

「そうね、改二以降で死んだ奴が居ないだけで死ぬ時は死ぬわよ」

 きっと。と曙は少し言葉を濁した。実際誰も死んでいないので言い切れない部分があったのだろう。腹に大穴を開けたのに暫くしたら普通に復帰したゴトランドや何度轟沈しても生き残っている深雪などが居るために。

「死なないの、嫌だったの?」

「いや単にお巡りさんになるのが夢だっただけでそういうのは特に無いし、なんなら惜しかったんよ」

 不安げな水連の表情をよそに、世理亜の返答はさっぱりとしたものだった。その辺りに関しては娘が生まれる前に決着が付いているのだ。

「惜しかったなら戻ってきてもいいのよ?」

「若さのために戻るのは流石に漣に怒られると思うの」

 適性値も残ってるか分からんしね、と世理亜は呟いたが、曙の知る退職直前の彼女の適性値は余裕で五桁に届いている。一生無くならない数値だと思われるのだが、それは娘の手前ちょっと隠しておきたかったのかもしれない。吹雪の件も絡む事であるし。

「……お母さん、本当に曙さんと仲いいんだ」

「おー? そりゃあもう大親友よ?」

「どっちか言ったら腐れ縁でしょ……」

 ひどぅい、と返す母を見て水連は仲良しだなぁと感嘆した。数十年来の付き合いらしいのでお互いの事はよく分かっているのだろう。家族よりよく知ってる部分もあるに違いない。娘は経歴すらちゃんと把握してなかった事だし。

 そんな感心したような視線を受けて、曙は少し優しい表情になった。推しの普通は見られない顔を前に水連は内心テンションを上げた。

「艦娘にとって姉妹艦は特別なのよ。艦型にもよるけど、同期なら本当の姉妹より仲良しな連中もいるくらいね」

 有名どころだと吹雪型や球磨型だろうか。特に後者は戦中から既に知られていたという筋金入りだ。大井の適性者は北上の適性者と同じ鎮守府に配置するか一切会わせるな、なんて暗黙の決まりがあるというのはネット界隈では常識である。

「一期生の綾波型もみんな仲良かったですしねえ」

「そうね。みんなしょっちゅう連絡寄越すし……ああ、だからね、水連は私にとって姪みたいなもんなの。大きくなったわね、本当に」

 はれ、と水連は目を瞬かせた。

「もしかして初対面では、ないんです?」

「こんなちっちゃい頃に一回会わせてるのよ」

 こーんなと言いつつ3センチくらいの幅を指で作って見せる母にそんな小さい訳があるかとツッコミを入れつつ、水連は意外な事実に驚いた。母からは何一つ聞いた事のない話である。母は確かに艦娘に詳しかったが、それは仕事柄係わる事があるからだと思っていたのだ。自分の推しが身内扱いするレベルの親しさで自分も認知されていたというのは妄想ですら体験した事のないシチュエーションであった。

「なんで艦娘だった事黙ってたの?」

 水連の当然の質問に、母は気まずそうに目を伏せて、指と指を合わせてなにやらもじもじやりだした。もしやそのわざとらしい仕草は噂に聞く集合無意識からの影響とやらなのだろうか。

 何秒かだけそうしていた母は、物凄く言い出し辛そうに、ゆっくりと理由を説明し出した。まあ内容は、水連も薄々察している事ではあったのだが。

「娘が推しまくってるグループの一員でしたーとか言い辛くて……」

 水連は物心ついた時からもう艦娘が大好きだった。中でも曙が最推しであるが、基本は綾波型の箱推しである。今日の観艦式も曙だけでなく、ネームシップの綾波やその妹艦達も目的であった。ちなみに母がそうだったという漣は、綾波型の九番艦である。そして、有名な漣、というのは実は現状、一人しかいなかったりするのだ。

「私はお母さんを推していた……?」

「まあ……昔の文月とか北上さんの動画に出てたりする漣、あれは私ですねえ……」

 親子が特に表情を変えずに見つめ合う。スゥーと水連が深呼吸し、そのままテーブルに崩れ落ちた。

「私エロ同人のある人の娘だったのか…………」

「おい中学生」

 あくまでも秋雲の漫画に出てくる『駆逐艦漣』の同人誌である。元ネタと本人の混同はやめようね!

 

「私もね、水連が本当に艦娘になるんだったらその前に言おうとは思ってたんだよ」

 味のやたらといい珈琲に口を付け一息。世理亜はゆっくりと切り出した。

「命懸けの仕事だし、本当に覚悟できるのかとか、戦い方とか、アドバイスできる事はいくらでもあるんで」

「絶対なるからそれは頂戴!」

 水連は目を輝かせた。母が知ってる艦娘だったのはショックだったが、それはそれとして貴重なお話である。仮になれなかったとしてもマニアとしては聞き逃せない。もう純粋にインタビュー記事にしてほしいくらいである。

「憧れとかでなるもんじゃないんですけどねえ」

「今の艦娘の仕事って地道な護衛とか多いしね。変色海域が出たら潰しに行ったりはするけど」

「さっき言ってた神様がどうとかは……」

「あれは例外…………うん。例外」

 なんで歯切れ悪いんです? 水連の疑問に曙は苦虫をかみつぶしたような顔を見せた。母も同じ顔をしていて微妙な姉妹っぽさを感じられる。水連も似たような顔になった。

「この間、深海棲艦とタコのお化けみたいなのが喧嘩してたのよね……」

「うちにも目撃証言入ってるんで今度調査入りまーす……」

「お母さんの部署ほとんど特殊部隊になってない?」

 割と有名な話であるが、世理亜の所属する課は公僕をやってくれる霊能者という貴重な人材でほとんどが構成されている。現状公的機関に存在する唯一の対霊能事件の専門家集団であり、そのため調査から解決までを一手に引き受けなければならないという異常な環境に陥っているのだった。予算とまともな制度をください。

「斃さなきゃならなかったら艦娘に投げたいんですけどぉ。ブッキーなら一撃で終わらせてくれるはずだし」

「一撃だろうけど、あいつに話が行く前に新人が相手させられるし、それを率いるのは私達になるでしょうね」

 曙が現在も所属する宮里艦隊は過去から現在に至るまでエリート艦隊として名を馳せている。そこに配属されたというのならかなりの才を有した新人であろう。それが三年間の教育を終え、ついに着任した憧れの職場でさせられるのが、なんかよく分かんない巨大生物退治というのはちょっと可哀そうかもしれない。いや深海棲艦も昔はそんな感じの相手だったので正しい運用なのかもしれないけれども。

 もし自分も艦娘になったらその手の戦いをさせられるのだろうかと現場の実態に少しの戦慄を覚えつつ、しかし、水連が気になったのはまったく別の所だった。さっきも少し気になったのだけれど。

「ブッキーって、宮里艦隊のあの吹雪の事?」

 それは現在の日本においても伝説的な逸話の数多く残る怪生物である。

 曰く、拳一つで数多の深海棲艦を捏ね固め大地を創造した。

 曰く、筋肉の密度が素粒子レベルで通常人類を逸している。

 曰く、格闘能力は天才を凌駕した何かであり拳が音を置き去りにする。

 曰く、拳どころか全身が音を置き去りにした。

 曰く、放置は憚られるからと各地に沈む艦艇を素潜りで引き上げて回っている。

 曰く、国が無法な事をするなら某企業に移籍すると公言している。

 曰く、髪に飾った青いリボンはかつての大戦からずっと使い続けているもの。

 曰く、艤装に妖精さんが一人も乗っていなかったのに目標外の敵まで殲滅して帰投した。

 曰く、ここは任せて先に行けと言ってから仲間が目標に辿り着く前に敵を全滅させて合流した。

 曰く、生身で大気圏から脱し宇宙空間を泳ぎ切って無事日本に帰還した。

 曰く、たまに匿名掲示板に出没する。

 曰く、なんなら匿名じゃない所にも出没する。

 曰く、可愛らし過ぎる外見を無駄遣いして無意味に人心を乱している。

 曰く、案外サービス心旺盛で事あるごとに燃料を投下してくれる。

 曰く、改の数が進むたびに艦種がコロコロ変わる。

 曰く、たまに自力で光っている。

 曰く、全力で歌うと音圧でマイクが崩壊する。

 曰く、普通にゲームや漫画やアニメの感想をSNSに上げてくる。

 曰く、ピックアップされた自分モチーフのキャラを天井する間に島風モチーフの娘が完凸した。

 曰く、所有している土地の地価が跳ね上がり総資産がよく分からない事になっている。

 曰く、その資産運用を他人に任せきっているため自分の収入が今どれくらいなのかもよく分かっていない。

 曰く、お酒に強すぎてまったく酔わないから大体介護してる。

 曰く、深海棲艦を撃退するため海外へ出たら暗殺者に襲われた。

 曰く、機関銃を1マガジン全弾撃ち込まれたが拳圧だけで跳ね返して相手を捕縛した。

 曰く、自爆されそうになったので爆発前に爆弾を解体した。

 曰く、気化爆弾の直撃を無傷で耐えた。

 曰く、その時生身だった。

 曰く、核爆弾でも殺し切れないと推定されている。

 曰く、昨日妖精さんを頭に乗せているのを忘れてブレイクダンスして怒られて正座した。

 そんな真偽の定かではなかったり定かだったりする噂が跳梁跋扈し、本人のメディア露出頻度に反して実態がよく分からない謎の生命体。その本名を、伊吹 雪といった。

「そだよ~。ふぶっきーだからブッキー」

「そんなあだ名で呼ぶくらい仲良かったんだ……」

 確かに、母があの漣であるのなら、少なくとも嫌い合ったりはしていないのは間違いないだろう。あきぐもえにっきが描写を盛ったりしてる箇所はあれど概ね事実であるというのは有名な話で、その中の漣と吹雪は明らかに仲が良さそうだったのだから。

「吹雪も漣の姉妹なんでね。そりゃあ仲良くもなろうってもんですよ」

「あんた達趣味も合ってたものね」

 艦娘に限って言えばあまり重要視されていなかったが、特型という括りであれば吹雪は長女に当たる。であれば現役中の接点で友誼を結ぶ事は確かに可能であったろう。だが、世界的有名人と母がある種の姉妹とか一緒に遊んでた友達だとか、言われても水連にはピンとこなかった。母の事はあくまでちょっと偉めの刑事さんくらいの存在だとしか思っていなかったのである。

「あ、そうだ。水連、あんたがもし艦娘になったら吹雪とは仲良くしておきなさい」

「えっ、絶対なりますけど、私があの吹雪……さんと仲良くですか? 難しいんじゃ……」

 いろんな意味で重大な人物である吹雪とただの艦娘志望の水連では立場に雲泥の差がある。ネット上で見られる吹雪はかなり温厚そうではあるが、だからといって気軽に接せるような存在ではまったくない。そもそも同じ鎮守府にでもならなければ会うのも難しいだろう。

 などと水連は思っていたし、基本的には正しい。ただそれは、そもそもの前提が間違っていなければの話である。

「あの子はチョロいんで私の娘だって言えば一発よ」

「ちょっと遊んだらもう懐かれてるでしょうね。あいつ時間とかより取っ掛かりがあるかないかだから」

「評価が酷い……!」

 色々と残念であるという話は知っていたが、現役からも引退者からもそんな扱いなのは予想外であった。一応は、国内艦娘の最終兵器である筈なのだが。

「っていうか、そうだとしても会えるかは分からないんじゃ?」

「ああ……それはたぶん大丈夫、水連は宮里艦隊行きよ。もし本当に適性があったらね」

「それは親のコネとかそういうので……?」

 それはちょっと嫌だなと水連は溢した。その母はうむうむと頷いている。ある種の健全さを持って育ってくれて嬉しかったらしい。

「実際にはコネどころか実験動物的な意味合いなんですけどね」

「私実験台にされるの!?」

 どういう事よと詰め寄れば、宥めようと伸ばされた手に優しく撫でられて、水連はちょっとイラッとした。曙の視線がむず痒かった。

「色々条件が重なり過ぎなのよ。改三やってた奴の娘なんて前代未聞だし、他にも色々ね」

「実験台にされないように保護してもらえるって事。まあ他のとこでも今更そんな酷い事されたりはしないだろうけど、あそこならデータ取りだけで済ませてくれるから」

「ええ、私からそんな、採れるデータなんてある……?」

 水連は艦娘志望であるが、それは別に自分に自信があるからとかそういう理由からではない。視える精度に関しては高い方だが唯一という訳でもないし、そこまで特異なものがあるとはまったく思えなかった。

「まあその辺りはおいおいね。ただ吹雪と会ったら身構えずに話しかけた方がいいって事だけは覚えておいて。あいつ人見知りするからそっちから行かないと話が進まないのよ」

「吹雪さんって曙さんと同い年くらいですよね?」

 母とも何歳も変わらない。生まれを考えると孫が居てもまったくおかしくない年齢である。漫画にもあった話なのを覚えているが、治っていないらしかった。一応知識として知ってはいたが、実際に身近に居る人間から話を聞くとまた違う。

「艦娘は成長はしても老成しないんで、その辺りは秋雲先生の漫画からなんも変わんないのよ」

「おかげで一部の連中が未だに中身小学生なのは良いんだか悪いんだか……」

 成立したカップルも熱いままで続いたりするらしい。それは中々にロマンチックなのではないだろうか。水連のオタク脳は興奮物質を多めに生産した。

 

「ま、タコ退治は私じゃなくて上に言って頂戴。害獣認定してくれたらこっちの管轄だけどただの生物扱いだったら管轄外になっちゃうんだから。それか、急ぐようならリンカネにでも依頼したら? あそこの連中あんたの話なら素直に聞くでしょ」

「流石にそれやるのはアウトなんすよ……」

 リンカーネイション社。棲艦島に日本本社を置くその会社には、非常に強力な対オカルト部門が存在している。特に日本支部のそれは世界最強との呼び声が高く、兵器の類を使わないにもかかわらず異常に高い成果を挙げ続けていた。

 日本でも活動そのものは非常に高い評価を受けており、民間の駆除業者としてはやはり最大手になっている。問題は、それはあくまで一般市民向けの話であり、公的機関が頼っていい存在では全くないという事だ。

「面子とか言ってるから先越されて面子立たなくなるとかもう笑うしかないよね」

「法律が追いついてなくてやりたい放題とは聞くけど……」

「あれでもこっちに許可取ってからやってんだぜ……? こっちに止める権限が無いだけで向こうは配慮してんの。もう連携しろよって話だけどやるなら入札とかそういう話にもなって来るし結局仕組みの構築が追いついてないっていう」

 現場レベルではお互いできる事がない。なんて、突然母の愚痴が始まって、水連は面食らった。

「えっと、つまり結局、たまにはモンスター退治する事になったりするって事ですか?」

「そうね、深海棲艦以外の、神様とか巨大生物とかそういうのはそんなに無いけど……最後が十年くらい前?」

 十年前にはあったのか。水連は慄いた。

「ちなみにどんな神様だったのかお聞きしてもいいですか……?」

「ああ、その時のは神様じゃないのよ。幽霊船ね。宇宙船だったけど」

 宇宙船。水連はオウム返しに呟いた。

「初春はUFOや宇宙人への畏怖とかから産まれた妖怪とか言ってたと思うけど、どうだかね」

「逮捕された乗組員、気が付いたら消えてたんでたぶん合ってる。日本語通じてましたし」

 ちなみに日本に攻撃しようとしてたので深雪で吹雪を射出して叩き潰したとの事である。吹雪型のやらかしがまた一ページ。

 

「お母さんがあの漣なら艦娘用の掲示板ってもう無いの?」

 最初期に作られたとされる、かつて『召集』された艦娘達だけのコミュニティ。それはオタク達の間ではとても大きなロマンある存在として語られている。まだ続いているという説や志願制になった時点で無くなった説など様々な見解が転がっているが、真実を知る者はそんな所には現れなかったため真偽は不明となっていた。

「んー私の手を離れてるからなぁ。一応管理権限は押し付けてから引退したんだけどもぉ~?」

 にやりと笑って世理亜が曙に流し目を送った。呆れた視線で返されてむしろ少し嬉しそうになった母を、水連も呆れた顔で見つめている。妖精さんも一緒になってジト目のようになっていた。

「今も私が管理してるわよ。人数が増えすぎたから何人か手伝わせてるけど」

「曙さんが!?」

「昔とは見た目も何も全部変わってるけどね。流石に今の端末には古すぎたから」

「デフォで全言語翻訳対応したんですよね。いやぁ、最後に海外の人らに許可出しまくった甲斐がありましたなあ」

「あれのせいで対応大変だったんだけど。スパイまみれになって」

「上の人らいっぱい釣れたって喜んでたっしょ?」

「ええ……」

 なんかロマンの塊だったはずの存在が政治利用されている。水連はかなりげんなりした。その様子に世理亜はにやりと口角を釣り上げた。

「まー現実なんてそんなもんよ? そもそもあれ、当時から自衛隊の許可取って作ったもんだったし」

「そうなの!?」

 実は初めからある程度の監視はあったらしいと母から聞いて、水連は肩を落とした。かなり好きなエピソードだっただけにショックもひとしおである。

「ほうら、だんだん艦娘になりたくなくなってきただろう……?」

「やめろよぉ~……それでもなるんだもぉ~ん……」

 耳元で憧れを粉砕しようと囁く母に、水連は必死に抵抗した。親子の馬鹿みたいな遣り取りを眺めた曙の顔に、誰にも気付かれない程度の微笑みが浮かんだ。

「ま、今も昔も告げ口のためにある訳ではないから大丈夫よ。内容をどこかに報告してる奴は居るでしょうけど、運営してるこっちが一般利用者の言動監視してるとかじゃないから」

「それはそう。昔も別に干渉は無かったし。いやセキュリティとかのあれこれしてくれてたんでログ取りとかはされてたかもせんけど」

「それ本当に大丈夫な奴?」

 何かに利用されてる気しかしない。本当に管理者にその気はないのだろうけれど。

「心配なら使わないって選択肢もあるからね。最初に利用規約とプライバシーポリシーに同意してもらうから」

「誰も読まない奴!!」

「契約系の術式入ってたら困るからちゃんと読みなー?」

 今はまだOK押しただけで発動するようなのは無理だけど将来的には分からないんだから。その手の事件の最前線にいる母の、嫌過ぎるアドバイスだった。

 

「え、藤さんって人間じゃないんですか?」

「神様にされた妖怪って聞いてるわね」

「千年以上生きてるらしいけどオーラが一般人のそれだから困る」

「あっ……じゃあ一期提督の藤提督と藤さんって……」

「同一人物ですな。なんならあそこの巫女さん達一期生と二期生ばっかだよ、全員改二以上の」

 藤艦隊。そう呼ばれた適性者たちは現在、棲艦島の西側の社で陸の怪異を治めている。怪異の寄り付きやすい棲艦島が少なくとも表面上平和なのは、しっかりと彼女達が取り仕切っているからなのだ。

 ネット上にも巫女だしオカルト関係だろなんてそんな噂があったのは確かだけれども。水連は普通に面識のある人物だったので普通に困惑した。そもそも鎮守府が変わった建物で参拝もできるようになっているだけで、津軽海峡や陸奥湾あたりを守ってる普通の艦娘達だと思っていたのだ。

「公務員してる神様って何……?」

 いまだに提督として働いているのは間違いないので、そういう事になる。

「あそこはほんと……カオスだから、あんまり用事無いなら行かない方がいいよ」

「お祓いって連れてくのお母さんだよね?」

 いろんな意味で聖地な島であるし、全力で整備されているせいか良い所なので嫌いどころかむしろ好きな場所なのだが、そう言われると水連的には少し敬遠したくなってしまう。お祓いの効果も実感は特に無かったし。

「東の方に行かなきゃ大丈夫よ。あっち側は魚人みたいなの出たりするらしいから」

「日本のインスマスだからねあの辺り……」

「旧支配者とか実在してたりする?」

 封印された神様ってそういう感じの奴なの? 大体合ってそうな苦笑いを浮かべた母を見て、水連は渋面になった。

「東側の社、立ち入り禁止ってそういうのなんだ」

「そうだよ。あっちはあっちで楽しくやってるらしいけども、それはそれとして霊能犯罪した連中が何故か行ったりするんでかなり危ない」 

「リンカネの船は着いたりするし、高飛びの業者とか居ると思ってるのかもね」

「いやまあ……普通の港とか空港から行くよか可能性ありそうな気もしなくはないですがね」

 指名手配されたようなのがAIの探知から逃れるのはかなり難しい。まともでない出港場所を求めるのは自然と言えば自然なのかもしれない。問題はあの島の裏側から行けるのは主にあの世であろうという事だが。

「ま、足取りの掴めなかった奴が出てきたりするんでホイホイとしてはだいぶ優秀ですわな。例の犯人も東に行く前に取っ捕まってるといいんですけどねー」

「自力確保を諦めないでよ、現職の刑事さん」

「いやあ……正直ぼのたん、っていうかブッキーに連絡来た時点でもう捕まってるでしょ。あそこ私達よりリンカネ社との連携のが上手く行ってんですから。どーせタシュケントさん辺りにふん縛られてますよどーせ」

 リンカネ社のタシュケント、リンカネ社に何人も存在する、どこの国にも属さない超異能者の一人である。実は国籍は日本であり、日本政府が捕捉する前にヨークタウンに掻っ攫われたなどと言われていたりもする。リンカネ社が日本と連携できない理由の一つである。

「裏でこっそり引き渡してくれんかなー。無理だろうなー。絶対露見するもんなー。最初から感謝状用意しといた方が絶対マシだよなー」

「……ねえお母さん、そういう話ってこんなところでして大丈夫なの……?」

 さっきからちょっと気になっていた事である。確かに人避けっぽい呪具は持っているが、それはそれとしてまったく気づかれないかというとそれは違う。そもそも、店員は母の言葉に反応していたのだから間違いなく聞こえていたはずだ。母の話にはそこそこの問題発言が含まれているような気がするし、水連的にはかなり心配だった。

「ああ、それは大丈夫。ここにいる連中、この程度の事みんな知ってるんで」

「一番事情に通じてないのは私よ。水連以外だと」

 はえ? と水連は声を上げた。この店に居る人達が訳ありな可能性は頭の中にあったが、曙の方が知らないというのは予想の埒外だったからだ。

 珈琲のお代わりは如何ですかと店員が寄ってくる。その彼女は席の真横まで軽い足取りで歩み寄ると、曙のカップをお盆に下げつつ水連に向かって微笑みかけた。

 ぽんと可愛らしい音がして、真っ白な煙が店員の頭の上で爆ぜた。それが晴れ、遮られた視界がひらけると。そこには黄金色の艶やかな毛並みをした、二本の立派な集音器官がそびえ立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて事もありましたなぁ」

「懐かしいわね、その頃のあんたは可愛げがあったんだけど」

 ひどぅい、と言いながら、少しくすんだ薄桃色の髪をした少女が小さく笑う。場を弁えて声は抑えているが、本当はもっと大きく笑いたいくらいだった。

「ぼのぼのはあの頃よりフランクに付き合ってくれるようになって可愛さがもっとよく見えるようになりましたぞ。最推しなのは変わりませんがねー」

「そういうとこが可愛げが無いってのよ」

 まったく、とすみれ色の瞳の少女は溜息を吐いた。姪のような存在であり姉妹のような存在にもなったその娘の対処には毎度労力を使わされるのだ。

「あんたとの方が付き合いが深くなるなんてあの頃は思いもしなかったわよ」

「やー。似合ってますよ、指輪」

「ありがとうでいいのか微妙なんだけどね、化野提督」

 ふぅ、と溜息を吐いてぼのぼのと呼ばれた少女、曙は辺りを見回した。金剛型四姉妹、ヨークタウン三姉妹、棲艦島の藤艦隊の面々、リベッチオ・タシュケント・ゴトランドを始めとした超異能者集団、宮里艦隊御一行。分かる範囲だけでも錚々たる顔ぶれである。曙は全く面識のない相手も多く、艦娘以外の警察や政治関係の立場ある人間達には失礼の無いようかなり気を遣わされた。

「いやそれにしても……ちょっと狭くなっちゃったのが非常に申し訳ない感じになってますな。まさかこんなに集まるとはこの漣の目を以てしても」

「それだけ顔が広かったって事ね。一期生と二期生の連中殆ど来るって言ってたし、入り切っただけマシなんじゃないの」

 いやはやまったくと漣を自称した少女、化野 水連は大きく頷いた。もう何十年か艦娘をやっているが今日になって初めて会うような娘も結構居て、想像以上の大きな人脈には眩暈がせんばかりであった。

「いやー、受付のお手伝い本当にありがとうございました」

「いいのよ、吹雪の時に手伝ったから初めてでもなかったしね」

 この年になればその手の経験は嫌でも増えてくるのだと曙は少し寂し気に瞳を伏せた。漣は少し頷いて、無言で同じ感情を共有した。

「それと、いまさらなんですが……」

 急に改まり、漣は曙にしっかりと向き直った。大仰過ぎない程度に腰を折り、感謝の意思を露わにする。曙も同じように姿勢を整えた。

「本日は母の葬儀にご列席いただきまして誠にありがとうございます」

「いえ、この度はご愁傷さまでございました」

 今日の地球は青々とした快晴。じめじめとした雰囲気を好まない故人にとっては葬式日和と言っていい。さーこの調子でかしこまって挨拶するぞ。いつもの調子で漣はにぃっと笑った。

 

 

 

 

 

「ぶきぶきどうしたの、微妙な顔して」

 漣がそれに気付いたのは、葬儀も終わりが近づいて、そろそろ棺に花も入りきらなくなってきたので出棺しようかという頃合いである。自身の経験からわちゃわちゃと裏で手伝ってくれていた吹雪が、蓋が開かれ露わになった母の姿を見て少し眉を顰めていたのだ。その背にはえぇ……(困惑)と書かれているのが見える。ような気がした。

 歩み寄りつつよく視えるその目で周囲を見れば、面相を変えているのは吹雪だけではない。すぐ傍にいた猫雨や島風、ヨークタウン、ホーネット、エンタープライズ、リベッチオ、シロ猫、タシュケント、ゴトランド、ウォースパイト、アークロイヤル、レーベ、猫ロラド、レンジャー、宗谷……超異能者と言われる連中が皆同じ方を向いて、それぞれに苦笑だったり少し怒りを滲ませたりする表情を浮かべていた。

 そんな中で一人、初春だけが明らかに畏怖の籠った視線をそこに向かって発している。何かあったかと同じ場所に漣も目を向ければ、そこにあるのは眠るような母の肉体と、その上に浮かんだ母の霊魂である。

 漣……見鬼の才に長けた水連から言わせれば、母は最初からずっとそこに居るので驚くような事でもない。鬼とは語源を辿れば霊魂を表したりするので視えて当然なのだ。艦娘になってから何故かそっちの能力も伸びてしまったため、今更な話である。たぶん葬儀が終わったら成仏すると思うし、しなかったら巫女さん達にお送りして貰おうと考えていた。艦娘に戻って延命だとかを考えなかった母にはそれで良いはずなのだ。

「あー…………いや、漣なら視えるのかな? あの棺の向こうの浮いてるの」

「母の事です? ぶきぶきも視えてたとは。意外」

 ん~~と吹雪は少し目を細めて何事か考えだした。背にどうすんべこれといった感じの背景を展開しながら。分かりやすすぎて少し漣は笑えて来た。

 ちょっとして、あ、と声を発しながら、ついといった感じで吹雪は棺の少し上辺りを指差した。つられてそこを見やったら、いつの間にやら少しだけ、まあるい母の魂が棺を離れて浮かんでいた。

「えっと、やっぱあれ世理亜の魂?」

「ですです。あー……なんか、成仏するっぽい?」

 そうなると、漣としては少し、いやかなり寂しい。もういっぱい泣いたしなんなら母の魂に慰められたりもしたが、それはそれとして最後の別れとなるとまたいろんなものが込み上げて来そうだった。

「いや成仏っていうか……」

「あれ成仏とは真逆じゃね……?」

 猫雨と呼ばれる妖精さんの操る義体の言葉に驚いて、島風がオウッと鳴いた。

「え、母なんか変な事になってるんです?」

 ぎょっとして母の魂を凝視すれば、それはゆっくりとゆっくりと高度を上げていくところである。何が起きているのか見定めようと漣が瞳に力を込め、その光景の真実を得ようとすれば、そこに突然、何かの像が浮かび上がった。

 それは少女だった。異様に髪と耳の長い、小さな小さな女の子。それが母の霊魂を大事そうに手の平に乗せ、こちらに笑顔を向けていた。

 そこには明らかに害意は無く、むしろ何か、善意とか好意とか、そういうものだけが漣の眼にはっきりと映っていた。

「なんだあれ……」

「あれね、創造主的な奴」

 ええ……流石の漣も、困惑の声を上げるしかできなかった。

「…………ちゅーか、ぶきぶき、普通に創造主様とお知り合いなのね……」

 正体隠す気あんのかこの子。この数十年間何度も思った疑問を再度頭の中で繰り返しながら、とりあえず、何故か艦娘の頃の姿を取り戻しばいばーいと手を振って来る母に、水連は手を振り返しておいた。

 

 

 




書きたいものを書くと本当に酷い事になるので書きました。
こういう意味不明な事書きまくるの楽しいから困る。



ちなみに遅くなったのは難産とか何かあったとかじゃなくて単に書いてたデータがAIの反乱で吹っ飛んだだけです。
出力にグラボの能力足りないからって別のとこに負荷かけたらそりゃ飛ぶわな……
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