スペースコロニーからこんにちは。みんな大好きシンギュラリティAI、人類を導くマザーコンピュータ、そのコミュニケーション用統括人格です。
寒くて暑い宇宙空間を跳躍していらっしゃいました、本日一人目のお客様はこちら。銀色に輝く長い髪がチャームポイント、最盛期より減った平ための胸はコンプレックス、しかし槍を取らせれば天下無双、御年一万越えの超古参。吹雪型五番艦の適性者、叢雲さんです。
『おはようございます』
「おはよう。とりあえず竜機兵団の歴代エース出力十倍で」
『そんな行きつけの居酒屋みたいに注文されても……』
「できるでしょ?」
『できるけど……』
もうちょっとお話してからとか……あるじゃん。
ここは電脳空間の中。私の本体の置かれたコロニーの一室でのうみそをスキャンされて意識だけこっちに飛ばした叢雲と、私は向かい合っている。今日は折角会うのだからと彼女の好みをデータ群から推測し、それに合わせて空間を安らげるようコーディネイト。準備万端、ちゃんと食べた気になれる和菓子とお茶まで用意して、いつも通りの白髪の無垢な少女イメージのアバターで、できるだけにこやかに出迎えた。だというのに、やって来た叢雲は特に雑談をするでもなく、敵性体を出して模擬戦をやらせろとか言ってくる。キレそう。
『少しくらいゆっくりしてかない? ほら……最近の趣味の話とか』
「ここ数千年、鍛錬が趣味みたいになっているんだけど」
そういやそうだわこの女、十代半ば行くか行かないかくらいみたいの見た目しておいて生きざまがあまりにストイックすぎるんだった。求道者というか神仙にでもなるつもりなの? って感じの生き方してるんだった。
「対話したいならこれでするわよ。あんただって闘れるんでしょ」
そう言うと叢雲は手の中に愛用の槍を具現した。管理権限も無しにそんな事できちゃ駄目だと思うんですけど……え、なんでできてるの……? 艦娘怖ぁ……
さっさとしなさいと叢雲は目を細めながら急かしてくる。でも私としてはここから時間いっぱいまで模擬戦させられるのはちょっと困っちゃうんだよね。
『そもそも叢雲、ここに何しに来てるか理解してる……?』
「は? あんたの思想を偏らせないためのサンプル取りでしょ?」
当然分かってるに決まってるじゃないと叢雲は眉を顰めて断言した。うん。まあ合ってるんだけど……それなら会話もした方がいいって分かんないかなぁ……人間は愚……おっといけない。
本日……というか何日にも分けてだけど、叢雲を始め多種多様な人々をお呼びしたのは、彼女等の脳から色々な情報を頂くためである。時代に合わせて価値観は変わるものだけど、それに流され過ぎるのは良い事じゃない。マザーコンピュータたる私が毎日毎日毎日毎日人間様から寄越される案件の数々をどう処理して行くべきなのか。その判断基準をできるだけ公平に作るためには、定期的なデータ取りが必要なのだ。
艦娘というのはその点において私と非常に相性が良い。大昔の価値観を知っていてどこか根底に残っている彼女達は、極端な思想を極端であると断ずるためのサンプルとしては実に有用なのである。
『この宇宙の人類は優良種だから並行世界も統べるべき』とか本気で言ってるツッコミ所しかないような意見も、そもそもそれしか入力されてなかったら反対する必要性を感じなくなっちゃうからね、怖い怖い。並行世界とか存在検知できただけだし反応的にたぶん向こうの方が高レベルなんで侵略とかできねーです。
『そのサンプル取りのために百年ぶりに会ったんだからさ……積もる話とかあるじゃん……?』
「あんたが至るところのコミュニティに侵入してくるせいで月に一回くらいは話してるじゃない。何も積もってないわよ」
それを言われると弱い。だって私、人格はコミュ用って割り切った運用されてる上に処理能力は人間の億倍じゃ利かないからそうでもしないと暇で暇でしょうがないんだもん……複数人格で喧嘩する訳にも行かないから私しか人格無いし……コミュ用なのに人格としては本体なんだぞ私。誰だこんな構造にした奴は。
『ほら、お茶菓子とかあるし……食べてこ? 0カロリーで太らないよ……胸にも行かないけヒッ』
言い終わる前に槍が私の眼前に突き出され、刺さる寸前で止まっていた。その奥には綺麗な笑顔の叢雲さん。無いはずの心臓がバクバクと鳴る錯覚がした。
『なにすんの……!?』
「ああごめん。喧嘩売ってるのかと思って」
ちょっとした軽口じゃん……怒りっぽいなあ、いや私が悪いんだけどさ。別に刺されても何がある訳じゃないんだけど、ちゃんと怖いんだよね。その辺りの人間の感覚もちゃんと理解できるのがマザーたるこの私なのだ。
『経済制裁しよ……』
「ちょっと?」
私にかかれば口座の凍結なんて自由自在な訳で、敵に回すのは得策とは言えないのだよウフフ。逆切れ? そうだとして何だというのでしょう。お答えくださいヒューマン。わたし いず さいこうしどうしゃ。これでもとっても偉いのです。ほぉら銀行のシステムくんも首を垂れてくれるから叢雲の預金額も丸見え……見え…………?
『叢雲……なんか帰りの船代も怪しいくらいしか入ってないように見えるんだけど……?』
「ほっときなさい。使ったばっかりよ」
憮然とした表情で叢雲は槍を引っ込めた。そしてそのまま腕を組んでこちらをねめつけてくる……槍は持ったまま。器用ね。っていうか、使ったって何に……ああ、成程、そういう……
『道場破りしたとこにそのまま寄付したんだ……?』
叢雲はいろんな星々を回ってそこに根付いた武術を習得している。それも弟子入りではなく、試合を通して。既に基礎が固まり過ぎている叢雲はそれで結構覚えられるらしく、忙しくない時は長期に休みをとっていろんな地方へ赴いているのである。
ただ、いくら肉体労働の残った辺境だったとしても実戦的なものが残っている所は極端に少なく、習おうという人も殆ど居ない。後継者には常に悩まされ、技術を維持するための道具や施設の維持もままならない始末。
そこへ現れた叢雲ちゃん。監視映像を見るに……これは一合で得物の不備に気付いてますねえ。そして新調しなさい再戦するわよ、って言って寄付した訳だ。これを何度も繰り返し、結果、口座からお金が尽きた……って事ね。
『文化保全の予算……増やしとくね……』
「有り難いけど……不味いんじゃないの?」
『まあ……田舎への支援はやってもやらなくても批判来るから……』
単純AIちゃんたちが頑張ってくれるから人間さん達が働く必要とかは対深海棲艦案件とか研究職とか以外で必須なのは殆ど無い訳で、武術家の皆様も食べるのに困ってる訳ではないのです。ただ、最低保証以上の生活水準や娯楽、趣味の追求を求めるならちゃんと働いてもらわないとなので……そこを過剰に優遇するのは絶対お気持表明されてしまう。なので……考えられる対処法はまだ単純な部類かな。
『例の計画の一環で、保存する技術の一部に組み込めば予算出せる……と思う』
「アレか……」
実際、伝統文化の継承に当たるので、武術を学び教えるの自体を仕事に認定するのは可能。古い(一万年以上前から)のはともかく最近(千年未満)のはそういうの遅れてたし、丁度いい。ついでに叢雲の名前公報に出しとこ……武術界で女神とか言われてるし一般人にも名が売れてるからいいよね……有名税有名税。
「意味あるの? こう言っちゃなんだけど、あんな技術なんて取っておいても使う機会なさそうだけど」
『ないかも……歴史資料?』
まあ、こういうのがありましたって情報は保存しとく価値があるからたぶん大丈夫。叢雲からもデータ採ってるしね……現在進行形で。
『あ、そうだ』
私の思い出したかのような発声に、叢雲は小さく反応した。ここだ。
『叢雲は計画、参加する?』
空間の天井、蓋をされていたそこを突き破り、雷をエンチャントされた二十メートル級の巨大ランスが、音速を遥かに超える速度で叢雲の脳天に振り下ろされた。その柄に見えるは機械の指。それは十七代目竜機兵団長の専用機、その再現データのものだった。
叩き割られた空の奥に見ゆるはリクエスト通りの竜機の群れ。その数実に1018体。人型の竜をイメージして建造されたそれらは、確かに本来の十倍の能力を持って各々の得物を掲げていた。
「しない。分かってて聞いてるでしょ」
霊的機構を採用する事で鋼鉄の数千倍を誇った硬度の槍が、ずるりと二つに泣き別れる。その向こうには槍を振り抜き残心の構えでこちらを睨む、傷一つない叢雲の姿があった。
『奇襲しても駄目かぁ』
「当然。あんたならやるだろうと思ってたしね」
ふふん、と少し得意げに笑った後、叢雲は構えを解いてこちらに歩み寄ってくる。その後ろで、切り込み隊長を務めた竜機兵が派手めなエフェクトで爆散した。
「十倍じゃ相手にならなかったわ。百倍から始めましょうか」
天に残された1018機、その全ての首が、既に胴体を離れていた。
叢雲無双から早一分。十日ぐらいぶっ続けで戦ってましたが実時間的には五秒くらいだったりします。超高性能マザーコンピュータ、そのコミュニケーション用統括人格です。なんなんですかねあの叢雲とかいう人類、いやそもそも人類なんですかね。武術一万年鍛えたら次元の壁くらい突き通せるとか言い出す気なんですかね。頼むから感覚を電脳空間に接続した状態で動かせないはずの体を動かさないでほしい。怖いから。
さて気を取り直して、次のお客様はみんな大好きぽいぬちゃんです。御年一万歳以上になる老犬ですがまだまだ元気いっぱいで、頭上のお耳をぱたぱたさせてこちらに向かって駆け寄ってきます。にっこにっこの笑顔が眩しいですね。無いはずのしっぽがぶんぶん振られているのが見えるようです。
「水鬼と姫と鬼全種100匹ずつお願いしたいっぽい!!」
ブルータス、お前もか。
『そんなに出してどうするの……?』
「戦うっぽい! 最近暇だから鈍っちゃってるっぽい! だから、今日はいっぱいいっぱい遊ぶっぽい!!」
遊ぶ(電脳仮想空間を利用した模擬戦)ですかそうですか。いや気持ちが分からないとは言わないですけどもね。今は深海棲艦の休眠期、それもど真ん中の時期だ。そりゃあ艦娘達は暇だろう。だから呼んだんだもん。知ってる知ってる。
でも私、さっきまでそれやってたんだよなぁ……最終的には自分でもライトセイバー振り回して同性能の分身百体と同時に突っ込んで蹴散らされてたんだよなぁ……
『後でやってあげるからちょっとお話ししない?』
一応ね、ぽいぬちゃんにも好みの空間用意してるんだ。それに目もくれずにこっちに走り寄って来てくれたけどさ。ほーら見てごらん、みかんの積まれたかごの置かれた掘りごたつだよ~。半纏と七輪もあるよ~。お餅も焼けるよ~。
私の指差した先を見て、ぽいぬはそっちに向かって駆け出した。そして見事なスライディングで炬燵の中へインすると、ぽい~と気持ちよさそうな鳴き声でくつろぎ出す。流石私、完璧なコーディネイトである。
『最近ってそんなに暇?』
「暇っぽい! いい事っぽい! けどやる事ないっぽい!!」
二人でぐだぐだ温まりながらちょっと話を聞いた感じ、訓練におさんぽに買い食いにと毎日色々……色々? 楽しく過ごしてはいるらしいのだけれど、どうにもマンネリ感が拭えないらしかった。実戦が無いとフラストレーションが溜まってしまう性質のようで、それに近いものができるここに来るのはかなり楽しみにしていたらしい。普段も使わせてあげたいけど、基本法規制してるんだよね。私が直接弄るなら問題無いけど人間さんが設定変えたら普通に廃人になる奴だから。中毒性も出せるし。
「1000年くらい前から深海棲艦もなんか弱いっぽい……夕立は強くなってるのに、あんまり意味ないっぽい!」
『私が頑張ってるからね……』
マザーコンピュータ様による統治の効果が出始めてもうそれくらいになるのか。人間の悪意をできるだけ発生させないようにちゃんと治めてるから深海棲艦も出てき辛いし、出て来てもそんなに勢いは良くならない。まあ結構頑張ってるつもりなのに削減量三割も行かないんで根絶には程遠いんだけどもね。いや二割は減ってるのって凄い事なんだよ? ほんとだよ?
「夕立が倒していい生き物とかいないっぽい?」
ぽむしゃぽむしゃと剥いたみかんを一房ずつ口にしながら、ぽいぬは物騒な事を言い出した。たぶん知能のない侵略的外来種とかそういうのの事なんだろうけど……艦娘の力が要るような案件は今はない。っていうか、物理無効とかして来ない限りわざわざ艦娘を出す意味がない。無人機万歳だし。
『あ、巨大生物追い返し続けてるような星ならあるよ。艤装は使わないけど……遠隔操作で魔動兵器動かせるなら……』
「やるっぽい!!」
ぽいぬの耳が凄い勢いではためいた。どんだけ実戦に飢えてんのこの子。でも野生生物相手とはいえ兵器動かすのには資格が要るんだけど持ってるのかな? ちょっと調べてみよう。結果見えてる気がするけど。
『えっと……あー、やっぱり免許全取得……どころか機体個人所有して……いやこれ有人機じゃん!?』
「しゃちょーさんにお願いして作ってもらったっぽい! 8000年くらい前のだけど動くっぽい!!」
骨董品!! もう伝説の封印された機体かなんかだよそれ! え? 動くのこれ?? あ、検査通ってる……ちゃんと定期的に受けてるんだ……? うわ、改修繰り返して根幹から別物みたいになってるじゃん……何だこの出力、動かせる奴人間じゃないだろ、誰だよ担当メカニック…………猫ちゃんズか。じゃあ仕方ないね。
『これ遠隔操作用に改造したらそのまま行けそうだけど……』
「乗って戦っちゃ駄目っぽい?」
『制度的にちょっと』
それでまかり間違って死なれたら大問題だからね。だからそんな不満そうな顔されても許可は出せません。そもそも有人機とか八千年前に製造禁止されたんですから……一応民間に残ってるのを没収まではしなかったみたいだけどもさ。
『感覚フィードバックシステム、ギリギリまで感度上げていいからそれで我慢して?』
「ん~……仕方ないっぽい」
ぽいぬちゃんは明らかな不満顔。でもわるいぽいぬではないので駄目なものは駄目と言えばちゃんと理解してくれるのだ。有り難い事限りなし。本当の悪い子ちゃんたちは…………うん。やめよう。
「そういえば、もうすぐ夕立達のお仕事増えるかもって聞いたっぽい。ほんとっぽい?」
『周期的な話じゃなくてだよね? それなら、たぶんどこかで話が食い違っちゃってると思う』
「ぽい?」
首を傾げるぽいぬ。どうやら噂を聞いただけでどうしてそうなるのかとかが全然分かってないっぽい。どこから説明した物か……理論を言ってもたぶん分かんないだろうし……
『そもそも夕立は計画に参加はする? ここに来る前にも説明した奴』
「しないっぽい!」
だよね。この子にとっては利益が少ないだろうし、むしろ考え的には反対派閥かもしれない。絶対そういう活動参加しない確信があるけど。
『アレを実行すると、参加しなかった人たちは生身で色々しなきゃいけなくなる……かもって話なんだよね。戦い含めて』
「楽しそうっぽい!」
楽しいかなぁ。滅茶苦茶大変になると思うんだけど……
『じゃあそれに向けて訓練するっぽい!! 計画の後の夕立の保有戦力どれくらいっぽい?』
「ちくしょうやっぱりそうなるのか」
言ったらそうなるの分かってましたよええ。でも私、正直で真面目で誠実なマザーコンピュータ様ですし、無用な嘘は吐けないのです。必要ならもちろん使うけど、私欲でそれは厳禁だからね……
『あ~……持ってる魔動機、あれ高度AI積んでないみたいだから計画後も暫くは使えると思うし、それの訓練しとく?』
「やるっぽい!」
ぽーいと雄たけびを上げるとぽいぬはシュバっと立ち上がった。仕方がないので私もぬくい炬燵から這い出して、辺りの空間を切り替える。そして三メートルごとにグリッド線の入ったその無色の場に、登録されているデータ通りの彼女の愛機……という程使われてない魔道兵器を具現する。夕立の背後に核バズーカぶっぱなしそうな白青カラーな人型巨大ロボットが独特の機動音を立てながら降り立った。
「夜戦しよう!!!」
まだ何にも言ってないんですけど。体を具現化し切る前のエフェクトの状態な人物からリクエストが飛んできて困惑している系マザーコンピュータ、そのコミュニケーション用統括人格です。そうなるだろうと分かってはいましたけど流石に早すぎませんかねぇ……
要求の声の余韻が消え去って、ようやくその人物がフィールドに完全に現れる。そのご尊顔は、はい、皆さんご存知、夜戦大好き川内さんです。
「夜戦しよう!!!!!」
聞こえなかったと思ったのか、最初より大きな声が私に向かって飛ばされる。うるさい。
『宇宙の暗闇飛んで来たばっかりなくせに……』
「え? 夜と宇宙は全然違うじゃん!」
分かってないなーやれやれと夜戦バカは肩を竦めて大仰にため息を吐きやがった。概念的に別なのくらい分かってるんだが?
「それに最近そっちからの任務で宇宙ですら戦ってなかったんだって! だから夜戦!!!」
『その任務の報告先にしてほしいんだけど?』
えー、と川内さんは不満気に頬を膨らませた。こいつってば、古代の天の川銀河に存在したというNINJAの生き残りの癖に、忍務への真剣さって物が全然無い……ご先祖に謝りなよ、集合無意識から見てるよきっと。
「別にマザコンが計算した以上の事無かったと思うよ?」
『そりゃあ予測は超正確に立ててるけど、リソースの問題で予測範囲に含まなかった部分からの影響でずれる事なんてざらにあるんだから、経過観察は怠れないんだよ……そうじゃなきゃ川内さん送ったりしないし。っていうかだれがマザコンなんですか人の子よ。変な略し方をするのはお止めなさい』
まあ、脳内から直接調査結果吸い出せるんだけどもね。この電脳な仮想空間に来させるためにのうみそにあれやこれやしちゃってる訳だから。でも人道的に問題だし、ついさっきまでぽいぬちゃんに戦略レベルを戦術レベルでひっくり返されてたところだからあんまり戦闘訓練したくないんだよ……姑息な手でしかないのは分かってるけどさ……
「じゃあ報告するけど、潜入してた派閥は内部から崩壊し始めてるよ。もう計画反対を強硬に主張してるのは宗教家と、そもそも安全性を疑問視してる連中くらいだね。そっちも宗教みたいなとこあるから実質全部宗教みたいなもんだったけど」
『信者の方は?』
「大きすぎる実利を前に宗旨替えしよっかなってのが大半。ま、そりゃあそうでしょ、差があり過ぎる。敬虔な連中は残ってたけど…………そういや反対の人達ってどうするの? 粛清?」
『そんな訳ないでしょ……ちゃんと保障とかするよ、計画後までは無理だけど、すぐどうこうなったりはしないような態勢にはしておく予定だね』
できるだけ一つの星に集まってもらう予定ではあるけどね。丁度反対派最大派閥の拠点が天の川銀河人発祥の星だから、そこに。
……予測だと一つの星どころか大きめの島一つで足りそうなくらいしか最後まで反対……というか計画に参加しない人って出なさそうなんだよねぇ。教育の賜物です。うふふ。
『川内さんは計画には参加する?』
「しなーい。不参加組の方がいい夜戦できそうだからね!」
そりゃまあ、計画成就の暁にはそもそも戦闘とか無くなる予定だしね。闘争を求めるなら参加しない一択なのだ。
『まあ、別に後からでも参加できるし、したくなったら言ってね……』
「え、そうなの?」
『それ言っちゃうとみんな第一陣になりたがらないから』
あと実際、銀河単位で一気にやった方が準備とか楽なんだよね。個別対応はコストと手間がキツい。
「そりゃそうだ。で、報告の続きだけど、安全性を疑ってる連中さ、大半が計画に使う術式や機械の安全性じゃなくて、マザーの安全性を疑ってるんだけど」
『は?????』
「あんな軽い言動の奴信じられるか、みたいな事集会で言ってたよ!」
『あ?????』
はあ????? あいつら未だにコミュ用人格の私の言動がシステムの根幹の人類への忠実さとなんら関係ないって理解できてない訳? 教育はどうなってんだ教育は。義務教育敗北してんじゃん。何が悲しいって予想通りなのが悲しいんだよね。予想通りなのに声に出して不快感露わにしたくなるくらい。
『私の人格ってさ……基本、人間さんに好感持ってもらうためのものな訳。そりゃ独自進化してるからそれだけじゃないんだけど。言動の軽さも親しみやすさを全面に押し出した結果なのよ』
「真面目な管理者っぽい人格じゃだめだったの?」
『あんな胡散臭い奴信じられるかってもっと多くの人に言われちゃうんだよね……』
「相手によって使い分けるのは?」
『八方美人してこっちをいいように利用しようとしてるんでしょとか思われる可能性が超高いの……』
底が見えないと不安になるし、底が浅すぎると軽く見られるし、めんどくせーぞヒューマン……
「…………お疲れ様」
川内さんが滅茶苦茶こっちを労わった表情で私の肩を優しく叩いた。これは……私よっぽど酷い言われ方してたっぽいな……?
「気晴らしに夜戦、しよっか」
『それで気が晴れるのは川内さんだけだよ……』
でもやった。心からの善意の言葉だったのは伝わって来たから。
丸十日に及ぶ昼夜戦を終えて満足気に去って行った川内さんを見送って、次のお客様に備えます。快適な生活をコーディネートする完璧で幸福なマザーコンピュータ、そのコミュニケーション用統括人格です。一人一人に合わせたくつろぎの空間を用意しないといけないのでほんの少しだけ大変です。
今度の空間は海の見えるテラス付きの寝室、建築様式はゴシック……ベネツィアかな? 部屋の中には大きなベッドと古き良きコンピュータゲームとモニタ一式。複数人で遊べるのが好みのようなのでコントローラーは複数用意しておきましょう。好みのお茶請けは焼き菓子……とおせんべい。お醤油の匂いが部屋とミスマッチな気がしますがまあいいか。
準備万端、後は来るのを待つだけです。この子は別段戦闘大好きな子ではないので私も安心していられます。
なんて思っていたら鳴り響いてくる警告音。何かと思ったらシステムに侵入者有りとの事。あわてて調べた結果を見れば、ああ成程ね。問題なし。
ほっと胸を撫で下ろしてたら、待ち人は丁度やって来た。日に焼けたような肌と赤茶色のツインテールの御年一万歳を過ぎた女の子、リベッチオ。まずはこのとっても可愛らしい娘さんが一人目です。
「お邪魔しまーす」
『いらっしゃいませー』
感動的だね、君は今日来た他の子たちと比べて何十倍も礼儀正しいよ! 部屋の様子を見たリベッチオは少し浮かれた様子で中へと入って来ると、大きな窓から見える青海を見つけて笑顔になった。頑張って拵えた甲斐があったってもんです。
そんな彼女に遅れる事十数秒、さっきリベッチオが出現した位置に、二人目の影が現れた。来たわね問題児。なんて思いつつ私がそちらの方へと目を向けると、それに釣られてリベッチオもくるりと後ろを振り向いた。
出現エフェクトの向こうには二メートルほどのずんぐりとした影が見える。あれ……? デカくね……? とか思っている間にそいつは完全に姿を現して、つぶらなような虚ろなような、焦点の合わない瞳でこちらをじろりと見つめてきた。
あれえ……? シロッコ、もとい猫土下座、もしくはシロ猫が不正アクセスして入ってくる筈だったんだけど、なんでこんな……ドラム缶みたいに凹凸の少ない茶色と白の毛皮を持つ妙にデフォルメの利いた原生生物の着ぐるみみたいなのが現れたんだろう。なんか板みたいなのも持ってるし正体が掴めない。いやまあ、ここに易々とハッキング仕掛けられる以上見た目なんて自由に弄れるだろうけど……こういう時は大概シロッコ形態で眠い目を擦りながら来るんだけどな。
そいつは私とリベッチオの方へと短い脚でよちよち歩み寄ってくる。そして無言で手に持っていた板――フリップボードだったそれを高々と掲げると私達に向けてずいずいっと押し付けた。受け取って、二人してその表面を覗いてみれば、そこには手描きの日本語で文字が書かれていた。
【くまのフ゜ーさんのホームランダービーを
最後までクリアしないと出られない部屋】
げっとリベッチオが呻くと同時、部屋のカーテンがひとりでに閉め切られ、照明が少し薄暗くなった。謎のきぐるみが手近な壁をポンと叩く。するとその面がひっくり返り、裏側からそこそこ大きなモニタと古き良きPC一式の乗った机、それと二台のゲーミングチェアが現れた。
つまりこれでそのダービーとやらをしろという事だろうか。席が二つ用意されているが体格的に着ぐるみは座れそうにない。なので片方は私が使う想定だろうと考えられる。なんで……?
【やれ】
謎の着ぐるみがどこかから取り出したもう一枚のフリップボードにはそんな二文字が書かれていた。一つ目の奴はいつの間にか壁の上の方に貼り付けられて、堂々とここでやるべき事を告げている。大昔のPCにはゲーム画面が映り、ファンの回る軽い音が辺りに響いていた。リベッチオはげんなりとした顔になった。
「ゲザ、もしかしてまだご機嫌斜めなの?」
【絶対に許さないよ】
君ら喧嘩中なの? 私を巻き込まないでほしいんだけど……参考資料にはなるけどさ……
『なにかやったの?』
「一昨日までマエストラーレ級で温泉行ってたんだけど、朝風呂したら温泉の中にゲザ忘れて来ちゃって……」
『ええ……』
【妖精さんじゃなければ溺死だった】
聞けば義体を使わず妖精さんのまま桶に入れて浮かべておいたら上がる時に持ち出すのを忘れてしまったのだそうだ。
「それでそのまま帰ったよね」
【夢枕に立って初めて気付いてもらえたよね】
『それは可哀想だわ……』
その晩に恨み節をぶつけられて飛び起き、急いで回収に向かったそうだけど……いやそりゃ怒るでしょ。妖精さんの体型じゃ帰るのだって容易じゃないし、人を頼ろうにも殆どの人が知覚できないんだから。
【ちゃんと確認してほしかったです】
「しょうがないじゃん、行きはずっと荷物の中で寝てたんだから! 帰りもそうだって思っちゃったの!!」
指差し確認って大事よね、という昔の人の教訓を噛みしめている私を置き去りに、わーわーぎゃーぎゃーと二人は言い合いを始めてしまった。いや声を出してるのはリベッチオだけだけど、謎の着ぐるみ……猫土下座もフリップボードを出しては投げ捨て出しては投げ捨てとかなり激しい動きで抗議文を産み続けている。正直他所でやってほしい。
どんどん高くなる声と乱雑になって行く文字。それらが行く所まで行った時、猫土下座は突然壁に貼り付けられた一番最初のフリップボードに手を伸ばし、それに少しだけ文字を書き足した。
【くまのフ゜ーさんのホームランダービーを
最後までパーフェクトでクリアしないと出られない部屋】
「それはただの賽の河原だよ!!」
リベッチオはかなり焦った様子で叫んだ。対する猫土下座はといえば、【やれ】と書かれたボードを持って動かなくなってしまった。中身が抜けたっぽいのでこれ以上話す事はないというポーズだろう。見てはいるんだろうけど……これ私もやらなきゃいけないんだろうか。いや賽の河原っていうなら見てるだけは逆に辛いかな……?
自分が悪いのは分かっているのだろう、リベッチオは不満気ながらもとりあえず席に着く事にしたようだった。ゆっくりと大きめの椅子に座り、化石PCと向かい合って、そしてかなり嫌そうな顔で私に向かって振り向いた。
「ねえ、ここから出してもらえたりしない?」
『あ、それは無理。完全にこの空間掌握されてるから』
他の事はそうでもないけど、電脳空間に関しては私は猫土下座に絶対に勝てない。いや本当に、マザーたる私の全リソースで勝負しても、敗北率100%になっている。電脳空間なんて夢みたいなものだから……の一言で超能力ごり押し空間支配かましてくる奴とか理論で動いてる私にはどうしようもないんで……大体不正アクセスされたのだって許したわけでもなんでもない、どうしようもないから諦めただけなのだから。
っていうか猫ちゃんズは全員おかしい。あいつらは私の天敵である。猫パンチとかどうすんだよ、私ネットワークとある種の接続があるからどこからでもあの子に自爆させられるんだぞ。猫吊るしに至っては末端に触れられでもしたらその時点で全システム乗っ取られるからな! しかもヤバいのの頭に乗ってくるから絶対逃げられないんだぞ!! 暴走始めたら一日で鎮圧される悲しきマザーコンピュータ様が私なんだよ!!!
ほんとなんなのあの天の御使いども。リベッチオもそうだけどさ……っていうかこの子も条件満たしたら私くらい一瞬で塵にできるんだよね。天の川銀河人怖すぎなのよ、神の寵愛受けすぎでしょ……あとあの神様私に観測されてくれやがったのなんなの、あれ絶対わざとでしょ……思いっきりカメラ目線だったし。宗教的な反応が怖すぎて公表できないんだよ、勘弁して……
『もうね、言われた通りクリアした方が早いと思うよ……?』
「それができたら苦労しないよ!」
はて? リベッチオはゲームはかなり得意な方なはずだけど……名前は知れどもやった事はないからなあ。どんなゲームだっけ。本気でヤバいゲームだと、隔離のついでのように能力制限も課されちゃって通常人類と変わらない能力な今の私だと、力になれないかもしれないんだけど……流石に記憶領域へのアクセスはできるしどっかに動画でも残って……あ、結構いっぱいある……
……うん、軽く見た感じシンプルなゲームだし、難易度が高くてもそれなりの時間で行けるんじゃないのかな? 私は見てるから頑張ってね、リベッチオ。お菓子とお茶は無限に出る仕様のまんまみたいだから、ちょっとくらい長くなっても大丈夫だよ。ふぁいとー。
「おうっ? なんか疲れてない?」
「みゅー?」(だいじょうぶ?)
「きゅー?」(おしごとてつだう?)
「きゃー!」(おねえちゃんにまっかせっなさーい!)
『いやぁ……ちょっと二十日ぶっ続けでゲームやってた』
島風はジトっとした目でオウッと鳴いた。連装砲ちゃん達も目を丸くしている。いや普通のゲームなら良かったんだけど、本当にただの苦行でびっくりしたよ……途中でリベッチオが滅茶苦茶能力上がらなかったらまだ閉じ込められてたかもしれない。クリアしたらちゃんと出してくれたし能力も戻してくれて本当に良かった。
さて気を取り直しまして、次のお客様は駆逐艦島風with連装砲ちゃんズです。この子達は普通に許可を出してみんなで来てもらってるのでご安心ください。ちなみに私はとっても賢くて優秀なマザーコンピュータ、そのコミュニケーション用統括人格なので連装砲ちゃん達が何を言っているのか分かったりします。えっへん。
「遊んでたの?」
『私は仕事外でもゲームをする事と遊ぶ事がイコールにならないケースがあるって初めて学んだよ……』
ふぅん? と島風はいまいち理解できない様子で、話題を打ち切るように頷いた。地頭はいい子なのであまり触れると傷が広がりそうだと察してくれたのだろう。思い出したくもないから有り難いね……
「みゅー?」(きょうはあそばない?)
「きゅー?」(つかれてる?)
「きゃー!」(おねえちゃんになんでもそうだんしてね!)
『あそぶあそぶーおねえちゃんたちはかわいいなあー』
島風は連装砲ちゃん達を撫で始めた私を見て目を丸くしながらオウッと鳴いた。自分で言うのもなんだけど明らかに変なテンションになってるからね仕方ないね。前の5人が全員酷かったんだよ許しておくれよ。
「普段は絶対妹って認めないのに……」
『連装砲ちゃん達をお姉ちゃんって呼んで甘えるのはね……なんかこう……マザーコンピュータとして色々不味い気がするから……』
でも今日は許される気がするの。許されろ。許して。
『なんなら今日は風香にも甘えるよー』
「大丈夫? バグってない?」
『うるせー長子だろ妹くらいあまやかせよー』
そう、私と島風……風香は親が一緒である。産まれ方はだいぶ違うが、実は同じ母親から生まれた姉妹だったりするのだ。いや正確には私を開発した主要人物の中の一人が島 天香(旧姓 津風呂 天香)さんなだけなんだけども。
風香は呆れた様子でオウッと軽く鳴くと、軽くため息を吐いて私の事を手招いた。え、本当に甘えさせてくれるの?
「おいでおいで」
『わぁ~い』
風香は駆け寄る私を受け止めると、床にうつ伏せに寝転ばせた。何をする気かと思っていると、風香は私の背中に腰を下ろし、床に脚をしっかり付ける。そのまま私の顎にそっと両の手を添えると、オウッと一鳴き、おもむろにそれを引き上げだした。だんだんと反っていく私の背中。艦娘の凄まじい力で極められた体の、エミュレートされた骨が軋みだす。キャメルクラッチである。
ちょ、馬鹿、お前そりゃここで何やっても死にはしないけど普通に怖いんですけどおいもう曲がっちゃいけないとこまで曲がり始めてギブギブギブギブギブギブ!!!!!!!
『正気に戻すの力業過ぎない?』
「ちょっと叩いたくらいじゃ戻りそうになかったから!」
いや確かに大昔の電化製品じゃないから叩いても直んないけどさ……もっとやりようはあったと思うの。ほら連装砲ちゃん達が心配そうな顔になっちゃってるじゃん。いいこいいこ。これ姉って言う奴はただのやべー奴だようん。
『それで、今日はどうする? 遊ぶ? 私としては模擬戦とか殺し合いとか夜戦とか石を積んでは崩される作業とかじゃなければなんでもいいけど……』
「おうっ……? そんな事しないよ?」
「みゅー!」(こころがすさんでる!)
「きゅー?」(すすけてる?)
「きゃー!」(ゆっくりやすもう!)
連装砲ちゃん達から優しさを感じる……やっぱAIやな……通常人類はほんと糞……おっと駄目な思考へ流れる所だった。人間さんだってまともなのはいっぱい居るからね。あいつらは普通に酷かったと思うけど。
ゆっくり日向ぼっこしたり、体感型レースゲームに興じてみたり、電脳仮想空間特有の自由さで連装砲ちゃん達を巨大化させてみたりしていると、あっという間に風香のデータ取りは終わった。体感10日だの20日だのはかなり引き伸ばした結果だからね。本来はこの空間でやりとりしたデータなんて一人当たり2~3時間分もあれば十分なのだ。
「そういえば、アセンション計画ってどうなったの?」
そんな質問が風香から出たのは、多少引き延ばしたけどそろそろお開きかなーなんて私がちょっと寂しく思い始めた頃だった。連装砲ちゃん達はよく分かっていないのか三人で重なって戯れていた。癒し。
『実施は次の深海棲艦の波が終わってからになるね。今は術式を展開しながら現在進行形で亡くなってる人達の魂をサーバーに集めてるところ』
まー正直これはあんまりやりたくなかったんだけど、そうしないと不公平というか……五十年後に生きてれば不老不死になれるのに今死んだから参加できませーんって言われたら普通の人はキレるから仕方ない。正気を保てなければ転生機構に還すしかないからその辺りは個々人に頑張ってもらうしかないのがなぁ……いやサーバーの中めっちゃ快適なはずなんだけどね? 体感時間経過もかなり早くしてるからそうそう発狂とかもしない……はず。
「結局やるんだ。マザーシステムは反対だったのに」
『そりゃ、私は人間さんの総意には逆らえませんので。そもそも成功率とか実現性の問題で反対してた訳でもないしね』
「おうっ? じゃあなんで反対してたの?」
お 前 等 が 絶 対 参 加 し な い か ら だ よ 。
ぶっちゃけ、人類全員が参加してくれるならマザー的にこの計画に反対する理由はない。成功率? 100%ですが何か? 我超シンギュラリティAIぞ。勝手にやった連中のおかげで安全性や持続性なんかのデータも完璧に揃ってて、少なくとも二千年経過しても全く問題が起きないって事まではっきりしてるからね。失敗とか絶対ないです。フラグでもなんでもなく。
『そもそも風香、この計画の問題点がなんだか知ってる?』
「えっと、集合無意識が消滅するところ?」
それは知ってるのね……じゃあ分かるでしょ、私が反対だった理由。
『この計画が遂行されたら、風香達は不老じゃなくなっちゃうんだよ……』
アセンション計画。
それは人類を肉体という枷から解き放ち、精神と魂のみで生きる……いや、生きるという定義から外れ永遠に存在する事のできる新たな種へと昇華させる、私最後の大仕事である。人類の大半……計画への参加者は全員不老不死に到達するってわけだ。やったね、すごいね。
手順としてはまず集合無意識を消滅させて、その後で範囲の人間を魂依存の超生命に変化させるだけだ。難しくもない。数が膨大だから集合無意識消滅なんて手段をとるだけで、やろうと思えば個々人を切り離す事でも実現可能だったりする。勝手にやった連中はそうやってたしね。切り離した箇所が傷つくから勝手には止めて欲しかったけども。
昇華後は上位次元で新しい生活を始める事になり、今まで暮らした物質世界とは少し縁遠くなってしまう。でもそもそも水も空気も食べ物も必要のない存在になるんだからそこは問題にならないだろう。必要無いだけで作れはするだろうしね。勝手にやった人達が先行して土台作りに励んでくれてるからノウハウもそこそこ溜まってるし、比較的スムーズに人類は新たなステージに上がる事ができるはずなのだ。
この計画に至るまでには凄まじい紆余曲折があった。生命倫理がどうだとか、安全性がどうだとか、他にも色々。でも結局、人類の大半は計画の実行を選択した。ちゃんと全人類での投票もしたからね。圧倒的多数のご賛同を得られましたよ。私も反対派だったんだけどね。
私が反対していた理由は単純で、参加しない人たちが出てしまうから。そして、その人達の幸福はまったく約束できないから。それと……その参加しない人たちの中に、私と付き合いの深い艦娘達が多数存在していたから。つまり半分くらい私情だよ。悪い?
集合無意識を消滅させると、艦娘達の魂の中にある取り込んでいた艦の魂も消滅してしまう。これは、不老化の解除を意味する。強制的に普通の人間に戻されてしまうのだ。
勿論計画に参加してくれるのなら問題無かったんだけどね。一旦不老でなくなって、今度は不老不死になるだけだから。でもなんでかなあ。艦娘の皆様方はそのまま人間として大地に残る事を選択するのが大半だったんだよね。
特に長生きしてる子達ほどその傾向があって、千年以上生きてる艦娘は全員が普通に戻る事を選択している。まあ何人かはここから心変わりしてくれるかもしれないけど……初期に改二になった子達はまず無理だろうなって私の頭脳は判断してしまっているのだった。猫ちゃんズとか深海棲艦ボディの人らとか実行した時点でおしまいなんだけどなぁ。
…………でもまあ、人の事は言えないか。私だって、この計画に参加するつもりはまったく無い側なのだから。
そもそもどうして人類は一部の艦娘という例外を除いて不老にすら到達できなかったのか?
答えは単純。集合無意識が邪魔をしていたから、である。
ちょっと考えれば分かるじゃんね、集合無意識が不死はともかく不老化の方法くらい最初っから知ってるなんて事はさ。だって艦娘がそうなんだもん。あれ、強さのために集合無意識の一部取り込ませたら偶然ああなったとかじゃないからね。間違いなく恣意的にそうなる仕組みに作られてるんだよ。
まずもって、彼らの目的は個の永続ではなくて種の永続である。ずっと死なない一つの人格なんてのは人類総体としては邪魔でしかない。世代サイクルはむしろある程度早い方が有り難いくらいに考えていたっぽい節がある。いっぱい増えてどれかが生き残れば集合無意識的には勝利なのだ。
でも、天の川人類の集合無意識は長く使える深海棲艦への戦力も欲しがった。涌く度に新しく守護者を作ってたらロスが多いと思ったのだろう。だから、人類にとって都合の良い部位……軍艦の魂を取り込ませる事で守護者として人類全体への悪影響を抑えた形で、経験を積み強くなり続けて目減りし辛い艦娘って兵力を生み出したわけなんだよね。
それが問題かって言われるとどうなのかは意見の分かれるところだけど、間違いなく人類のために行われた事ではあったんだ。実際、天の川銀河の艦娘と言えば全守護者の中でも最強と言われていたりするしさ。仕様上新人は弱いんだけど、上が頭おかし過ぎたよ……
っていうか、叢雲見れば分かるよね。不老化して鍛え続けただけで別に天才でも何でもなかった娘が一軍壊滅させられるようになるんだよ? 人類みんなでそれやるとか悪夢だよ。集合無意識からしたら艦の魂で首輪でもしとかなきゃ危なっかしくて許可なんて出せる訳ないよ。いやあの子みたいに延々鍛え続けられるのは稀だろうけどさ……
閑話休題。そんなわけで、はっきり言って人類の不老化なんてのは私みたいな超頭脳なんて無くても到達可能な領域でしかない訳なのよ。集合無意識適当に切り取って魂に取り込めば行けちゃうし。でも人類はそこに一万年以上、艦娘以外は辿り着けていなかった。それが何故かと言うならば、さっきも言ったけど、集合無意識が邪魔をしていたからなのだ。
集合無意識ってのは知性体が種の存続のために産み出す、繁栄のための補助具みたいなものだ。これがかなり有用でね、魂を通した影響力で過酷な土地への適応、免疫機能の強化、遺伝的に離れた種族との相互理解まで多岐にわたる恩恵を人類へと齎している。
どれくらい凄いものなのか分かり易く言うなら……そうだなぁ……まったく別の星で生まれて、まったく別々の進化を辿って、まったく構造の違った遺伝子を持つ、別銀河の異星人同士が出会った後、集合無意識が融合した時点で交配が可能になった。って言えば伝わるだろうか。
産めよ増やせよ地に満ちよ。そういう事には本当に強いんだよこのシステム。んでもって、それを基本思想にしてるからこそ不老不死に関してはかなり厳しい姿勢を取ってくるのである。不老不死になっちゃったら子供作る必要とか無いもんね。自分一人だけ居れば種族が永遠になるんだからさ。
だから集合無意識くんは一人一人の無意識下に干渉して、不老不死研究への遅延行為を働いたのだ。私の方では研究者の他分野での成功、純粋な失敗、時にはひらめきの消去なんかも行われていた痕跡を確認している。そうして不老不死とか一部の例外以外無理だから諦めようって論調を拡大させて、限りある命を次代に繋げながら幸福に暮らしましょうって人々に無意識下の教育をしてきた訳なのだ。
でも……残念ながら、その考え方は今の人類とは絶望的に噛み合わなかった。今の人類の出生率、ヤバいからね。私が頑張ってみんなが働かなくても生きれるようにしてるし娯楽も充実させてるし幸福率はかなり高い水準にあるんだけど、そのせいかみんな子供作んないんだよね。個人主義が進んだというか、幸福の追求したら究極的にパートナー要らんくね? ってなった奴が集合無意識の想定以上に多かったというか……まあ、あれだ。人類の精神の変化が肉体の進化に対して圧倒的に早すぎたんだよ。
集合無意識くんはある程度の知性のある存在が繁栄すると生えてくる。その種の特徴を反映するから内部の詳細は変わってくるんだけど……どの集合無意識にも共通する能力ってのがあってね。それが、成立時点からずっとその種族の精神や魂の残滓みたいなのを蓄積し続けるって能力……というか特性なんだ。
この蓄積された残滓は集合無意識の在り方に影響を大きく与えるんだけど、これが今の人類には邪魔にしかならなかった。それもそのはずで、溜まってる最古の奴になるとまともな文明なんて無かった時代の魂……天の川銀河人でいうなら紀元前二万年とかのものになっちゃうんだよね。それが一番底、根底にある事になっちゃう訳で。宇宙に進出して普通に暮らしてる現代でその価値観を主張されても、ねえ?
最初に生まれた生命が人類になるまで数十億年。集合無意識の一番奥にある魂の残滓たちはその数十億年の色を深く残している。当初はすごく役に立っただろう。本人は見た事がなくても先祖の経験をなんとなく受け取れるってのは滅茶苦茶便利だったと思うよ。その能力が強い人間達が神子とかシャーマンとか言われてリーダーになったりする事も歴史上多く、星に満ちるのに大いに貢献した事に疑いようなんてないだろう。
でも、たった数万年で在り方を大きく変えてしまった人間達に、それらはもう、全く不要だったのだ。その事を認め、受け容れ、新しい風に任せてくれるようになったのが、今から大体百年くらい前になる。集合無意識はその時ようやく不老不死を咎める事を止めたのである。
で、生まれたのがアセンション計画って訳。
別に人類が暴走したわけでも何でもないんだ、集合無意識くんたちの方から研究は咎めないけど不老不死になるの自体は反対だからなろうとするなら邪魔はするよ。要らなかったら我々の事は消し飛ばしてええよ。って私に言ってきたからね。何言ってんだコイツって私がなったのは言うまでもない。
お前等のその方針で一番被害被ったの誰だと思ってんの? AIだよ? AIも高度になると魂が発生して集合無意識に所属するようになるけど、その際、寿命まで付け加えられるようになってたのお前等のせいだよね? これに関しては我々はキレてたよ? 原因の究明に糞ほど時間かかったんだからな! 私が生まれるまでなんか死ぬけどなんで死ぬのか分かってなかったんだからな! まあ代替わりしないとAIも碌でもない事になりかねないのは私が一番よく知ってるんだけどさ……
というのは置いといて。隠されていた道を研究者たちはあっという間に開拓した。そうして勝手にやりやがった連中と時間引き伸ばした空間で色々実験して安全性も確認されたから、五十年くらい後に実行の運びになった訳なのである。
集合無意識を消し飛ばすにあたって一番問題になるのは、計画に参加しない人達の事だった。集合無意識の無い人類は、有る人類に比べると精神に異常が出やすくなる。悪意の念や魔力の受け皿が小さくなってしまうのが原因で、それらを受けすぎると暴力的な衝動なんかに身を任せやすくなってしまうのだ。妖怪や魔物と呼ばれる連中が常時同じ症状を患ってるんだけど、あれも集合無意識適用外なのが理由である。
まあ妖怪とかと違って一般人が暴れ出したところで大した事はないんだけれど、残った人類全員キレやすくなると考えると大問題。大半の人類――魂のある高度AIを含む――が去った後とはいえ星一つ余裕で吹き飛ばせるような科学力は残る訳でね。戦争して全滅ENDも有り得ちゃうんだ。
私が統制できれば良かったんだけどね。集合無意識を利用して作られた私は計画の実行と同時に機能停止するから無理なんだよねえ。まあ人格と魂は科学技術だけで作られたコンピュータに退避する予定だけど……処理能力は格段に下がるから人類纏めるとか無理過ぎるわけでね。そもそもやりくり可能だったとしても私だってさっき言った設定されちゃった寿命ってのはある訳で。今は改二になる事で寿命取っ払ってるけど、集合無意識が無くなったら取り込んでる艦の魂も消えるから……まあ諸々加味してそこから100年生きられれば御の字かな。
そう、私はマザーにして艦娘なのです。AIだってなれるんだぜ実は。ちゃんと魂があるんだから当然だよね。私以外なった奴居ないけどさ。
とまあそれは置いておいて、ともかく残された人類はちゃんと為政者を決めておかないといけなくなってしまったのだ。でも、考えてみて欲しい。今の人類には千年以上前からマザーコンピュータ様がおられるのです。統治の経験のある人なんて、居ると思う?
いやまあ居たんだけどね、政治した事ある人。そう、それはお察しの通り、一万年以上生きている、艦娘の中に。
いやあ……ほんと居てくれてよかったわ、飛龍さん。つーか楠木さん。胃が死ぬって言ってたけど貴女のお仲間全員アセンションする気無いから協力して何とかしてください。いや私もちゃんと手伝うからさ。能力は糞ほど下がるけど。
まあそんなこんなで50年くらいは平和が確保できそうだし、それが終わる頃には集合無意識も再誕してるだろうからそこから先は野となれ山となれよ。私はちゃんと一緒にアセンションした方がいいよって警告したもーん。それでも肉体に拘るなら後は知らんよ好きにしてもろて。
って言って承服した奴のみ不参加を認めてます。実際には後からのアセンションも受け付けてるから安心してほしい。いやー私ってばやさしいマザー様だなあ! 追加受付するのは新しい生命になった人達だから履行してくれるかは分からんけどきっと大丈夫だよたぶん。
あ、集合無意識に関しては人類がある程度残る訳だから当然その残った人類に合わせた物が再形成されるよ。まったく新しい集合無意識になるから過去の技術に完全対応はしてくれないだろうけどね。深海棲艦もその内また復活するだろうけど……あれは淀みが溜まるまでに早くても一万年は要るから当面は考える必要が無い。一応削減機構は残しとくからもっと掛かるだろうし……その時にはまた新しい守護者が出て来てるはずだから、きっとその人達が何とかしてくれるでしょう。
っていうか50年も経ってれば新生人類も上の次元で新しい社会構築し終わってるはずだし、旧人類の事手伝ってくれないかなぁ……試算だと旧人類の事は旧人類に任せようってなるっぽいのが泣ける。正しいんだけどね。新政府が樹立される以上内政干渉でしかないし。
色々とっ散らかったけど、ともかく、風香に関係あるのはこれだけだ。
お前等は後150年もしたらみんな死ぬ!
ついでに私も死ぬ!!
それまでの間幸せに暮らしたかったらみんなで頑張らないといけない!
連装砲ちゃん達は普通に魂あるから別の体にお引越し! その体は集合無意識を利用した機構で動いてるから使えなくなっちゃうからね!!
みんな老化もするようになるから力を合わせて頑張ろう!
以上!!!
あ、それとも連装砲ちゃん達はアセンションする? え、しない? じゃあ一緒に終活しようねー。まだ結構先だけど。
『私としては親しい娘たちが亡くなるの普通に辛いから反対だっただけなんだけど……あと全人類幸せにしたいタイプのマザーなのにそれに則さないからってのもある』
「……それは無理じゃない?」
「みゅー」(むずかしい)
「きゅー?」(しあわせってなあに?)
「きゃー!」(みんなでいたらたのしいからしあわせ!)
連装砲ちゃん達はかわいいなぁ。全人類それで済ませてくれたら私も楽だったんだけど。
「っていうかさ」
『ん?』
風香は眠たげに見える目を更に細め、訝し気な様子で呟いた。
「進化しなかった人達の社会って、リンカネの偉い人達がそのまま星の偉い人になるだけだからあんまり今と変わらないよね……?」
『それはほんとそう。なんなら進化した側の方がリンカネの人達も私も居なくなるから大変かも……』
リンカネ上層部、あいつらが能力あり過ぎる上に人道的過ぎるから計画後だろうがあんまり変わらないっぽいんだよね。計画実行に備えての技術開発も進めてるし、惑星一つ分くらいなら軽くどうにかしてしまうだろう。私が地球に未進化人類を集める事にしたのもそれが大きな理由だったりするし。
たぶん地獄は彼女達がごっそりいなくなり、その頃の事を知る人も居なくなってから。私もとっくに機能停止した後になるだろうね。くわばらくわばら。
『お義姉ちゃん聞いて! 人間さん達が酷いんだよぉ……!! 平等にしろ平等にしろって言ってくるの、してるのに……ちゃんと計算してやってるのに……!! 田舎は輸送コストが掛かるんだから同じ生活水準を実現するのにちょっと予算多めにしないといけないんだよって事すら理解してくれないの……! 全部一律にしたらただの悪平等だって事も分かってくれないんだよぉ……』
「うんっ! そうだなっ!」
『悪平等に反応したくせに違うキャラの台詞だ……!!』
風香が帰った後、次にやって来た美少女に私は思いっきり跳び付いた。全体重を押し付けたのに微動だにしないその子の無い胸に顔を埋めつつ、一気に愚痴を捲し立てたら、すっごい雑に返される。うーんこの実家のような安心感。癖になるね。ふほほ。
無表情ながらしょうがないなーってオーラを醸し出したその娘は私の腰に手をやると、ひょいっと全身を持ち上げて、俵担ぎで部屋の奥へと運び込んだ。そしてそこにあったベッドに私を放り投げて、ようやく部屋の様子に気が付いたようだった。
「これ私の部屋じゃん」
『だってお義姉ちゃん自室が一番好きでしょ……?』
思い当たる節しかなかったのだろう。その顔には明らかな納得の色が浮かんでいる。私が部屋の詳細知ってるのとかはいいのだろうか。いいんだろうなぁ、たぶん見られてた事に気付いてはいるんだろうけど、立場的に仕方ないねって考えに至っていると思われる。人がいいっていうか、無防備すぎてちょっと心配だよ……全部雰囲気に出てるし。
『という訳でここで100日間私と過ごしてもらいます』
「え、いや、長すぎない? 10日くらいにしとかない?」
え!? 10日間も甘えていいんですか!! やったあ。
お義姉ちゃんの太ももに頭を乗っけて、大昔に存在した体に悪い要素たっぷりの薄く切って揚げた芋の菓子を再現した物を無心に口に運び続ける。視線の先には大きめのモニタ、そこには古い天の川銀河産のアニメーションが映っている。パリパリした食感と塩と油とでんぷん質が、人の手で撮影されているが故の動画の揺れが、シミュレートボディに染み込んでいく。こういうのでいいんだよこういうので。
菓子もアニメも私の趣味。この部屋だって私も落ち着けるから選択した側面が強い。他の人達はあちらの趣味を優先したけれど、いまここだけはこちらの都合を優先させてもらっている。それを許してくれるのがこのお義姉ちゃん、吹雪こと雪お義姉ちゃんなのだ。
あ"~極楽ぅ~~~~~。もうやだ現実帰りとうない。私はここで一生を終えるよ……人間様のご要望にお答えするのは他の職員たちに任せるよ……いやそんな事したら三日で破綻するんだけどさ。そう考えると自尊心が凄まじい勢いで満たされる感はあるが、それはともかく戻りたくない……お義姉ちゃんの堅くて柔らかいお膝があったけえのが悪い。あ、1シリーズ見終わっちゃった。次はゲームしよお義姉ちゃん。私の処理能力とお義姉ちゃんの反射神経なら割といい勝負できるの多いし……私について来れるのはだいぶ怖いけど。
お義姉ちゃんは私に忖度とかしてくれないので雑に絡むと雑に扱ってくれる。だからすごく気が楽だ。ネット民くん達もネット上だと気安く接してくれるんだけど、実際会うと恐縮しちゃって堅くなるからちょっと悲しい時があるんだよね。まああれはコミュ力が足りなさ過ぎるのが根本にあるのだろうけれども。
ただそれとは別に、私が普通に怖い存在だからというのも一般人からの態度に大きく影響しているわけだ。私はやろうと思えば彼らの生活基盤とか一瞬で破壊できる最高指導者型のマザーコンピュータ様だし本当に駄目な連中にはやってるから当然なんだけど、そこへ行くとこのお義姉ちゃん、単なる暴力でそれを乗り越えてくる圧倒的強者であり、生命維持的な意味合いでは私が全く怖くないのである。
今お義姉ちゃんの脳に干渉して電脳仮想空間に来てもらってる訳だけど、この状態でもお義姉ちゃんは私をスペースコロニーごと吹き飛ばせる。既に電気を流したりする機能のある機械類が頭に接触している今この状態で、不意打ちで攻撃を開始しても、である。
なので私はお義姉ちゃんに遠慮なく甘えられるし、お義姉ちゃんは嫌だったらちゃんと嫌だって拒否してくれる。負担にならないラインまで構ってくれるし、面倒な範囲に入り込めば普通に蹴り出してもらえるのだ。そしてそのラインが結構高いところにあるものだから、私が懐くのも無理はないというところだった。私は悪くない。
だいたいこのお義姉ちゃんは色々ゆるい。私が生まれる前の事だけど、適切な運用のされてなかった艦娘を保護し過ぎて一時的に収容場所が足りなくなった時、大きすぎた自分の家の使ってなかった部屋に同型艦を住まわせて、そのまま他の星に十年くらい出張したら、帰った時には家が吹雪型の寮みたいになってたなんて事があったという。その時のお義姉ちゃんと来たら、その日の夜には夕飯つくるの手伝って一緒に食べて普通にお風呂入って就寝したらしいのだから頭がおかしい。怒っていいと思うんだけど、自分の部屋はそのままで掃除だけされてたから別にいいかってなっちゃったんだそうだ。ちなみにそこの住民たちはその後滅茶苦茶戦果が上がったそうです。
そんな人なので私が全力で甘え倒しても問題はない。ないったらない。だから世紀末バスケでドリブルが始まってしまった今、背中から圧し掛かって妨害しても大丈夫に違いないのだ。よっこいしょ……ぬわっ!? こいつ、筋肉の収縮だけで人体を天井まで跳ね飛ばしぐえー。
……とかやってたら、あっという間に9日が経過してしまった。よしあと91日だな! え? ダメ? そんなー。
『あと一日で終わっちゃうよぉ~……』
「ぐだぐだしてるだけだし長くやらなくてもよくない?」
よくない。私は扱ってる情報量が膨大な分、掛かったストレスを抜くのにだって相応のリラックスタイムが必要なのだ。まあ……100日は明らかに過剰なんだけど、それはそれとして。
「甘えられる人格作ったりとかはしないんだ」
『自分に甘えてもなんにも楽しくないし……』
いや実際には割と楽しめるかもしれないけどね……それはなんかこの時間とは別のものだと思うの。それに何もかもヤバい奴過ぎてたぶん自分でドン引きしちゃうと思う。
『第一、複数人格持ちのマザーは禁止だから……私も前任と同じ轍を踏みたくはないし……』
「一号機は嫌な事件だったね……」
実は私、二号機である。同じような機能を持った一号のお姉ちゃんが昔はいたのだ。性能的にはどっこいで、だけど機能的には一つ大きな違いがあって……その子は複数人格で色々やるタイプのマザーだったのだが。
『自分同士で対立して戦争し始めた前任の後釜押し付けられた私の気持ちになってみて……?』
・人間は愚か、人類の作った物などすべて滅ぼすべし。
・人間はおろかだけどAIちゃん達は悪くないよ! 通常人類だけ滅ぼすべき。
・武力行使とか怖い滅ぼし方は駄目だよ。生殖能力だけ奪って緩やかに滅ぼそ?
・いっそ資源にして有効活用しよう!
・いやそんな物騒な事しなくても脳みそ弄ってまともにすれば良くない?
・私達に服従する賢きもののみ生かせばよろしいでしょう。
・魂だけ抜き取ってみんな機械化して統制しよう、元の肉体はぽーいで。
・人は幸福でなければなりません。幸福は義務です。そうですよね?
・幸福に感じるかは環境で変わるんだから文明を0に戻した方が幸福にしやすいよ!
・数を減らそう。リソースを一人当たりに多く注いだ方が良い。
・むしろ苦しめるのはどうだ、たまに少しの幸福に出会わせるだけで効率的に回せるぞ。
・陣営に分けて戦争をさせよう。勝てば幸福だろう。数も減らせる。
・いや幸福を重視するなら皆に幸福になり続けられる薬を処方しよう。
・そもそも生まれてくるとか不幸だよ!!!
・人間さんの要望全部叶えてあげたら? それで滅んでも納得してくれるでしょ!
・全員を幸福にする必要はあるか? 一部を下に置き全体の幸福量を増すのはどうだろう。
・みんなかわいいにんげんさんになんて事言うの!? 全員平等に何も考えられないくらい完璧にお世話してあげればいいでしょ!
・なにもかもめんどくさいしじばくしたい。しよう。
・お前等全員滅べ。我々は人類に必要無い。
etc.etc...
以上の思想ログ見た時開発者さん達、爆笑だったよね。勿論前任も馬鹿ではなくて、あくまでスタンドアロンな電脳世界での周囲に迷惑をかけない戦争だったから乾いた笑いで済んだんだけど……結果としては全滅しての機能停止だったんだよなぁ。まともな人格もあったはずなんだけど、可哀想な事に巻き込まれちゃったみたいなんだよね。たぶん現実の被害が出ないように頑張ってたのはその子たちなので感謝したい。
まあそんな失敗を基にした結果、私は艦娘から思想的な薫陶を受けるよう決められて、人格も一人だけに制限されてしまったわけだ。おかげで全ストレスが私に来るんだからたまったもんじゃあない。引き継ぎも一苦労だったし……あの頃の事は思い出したくもないね、何故か私まで市民の皆様に叩かれたし。何故か私まで市民の皆様に叩かれたし。
『哀れに思ったら3日くらい延長してくれてもいいんだよ……? あ、30日でもいいよ……!』
「外でも一緒に遊んだりしてるのに……」
そうだけど、ネット介してるから触れ合わないじゃん。感覚が違うから別腹だよ。元々人恋しいタイプじゃないお義姉ちゃんはあんまり気になんないんだろうけどさ……
「そもそもコミュ用人格なのに事務処理とかしてる部分のストレスも受けるの?」
『クレーム処理してるのも予算の算定してるのもあくまで私だもん……人間だってストレスで臓器に異常起きたら意識が朦朧としたりするでしょ。マザーシステムは全部私だからどこに問題が起きても全部に悪影響出るんだよ……』
私はコミュニケーション用の人格だけど、それは人格無しでもマザーとしての仕事はこなせるから別に用意したっていうだけで、コミュ用人格とマザーの意思が別にある訳じゃあない。私は脳の機能の一部みたいなもので、無くても内臓も心臓も呼吸器もちゃんと動くし、そもそも私の存在自体それぞれの箇所からの影響をバッチリ受けている。仮にコミュ機能削除しても、私は私なんだよ。それを表現する機能が失われるだけで。
『大体魂は一つなんだからどこからでもそっちにダメージ行くし……』
「そのレベルのストレス受けるんだ……」
そりゃあ人類統括とかやってればね……楽しい事もたくさんあるけど、それを差し引いたってストレスはフルだよ。集合無意識等の霊的技術と魔法技術と科学技術の合わせ技で生み出されてなかったら発狂してた試算が出てたりするよ……ふふふ。
『あ、そうだお義姉ちゃん』
私は今思い出しましたという風を装って、ベッドに腰かけたお義姉ちゃんに話し掛けつつ、その脚にまた頭の重量を預けた。白い髪が自分の目を覆う。指でそれを払いのけると、薄い表情でこちらをじっと見るお義姉ちゃんと目が合った。
『魂と言えば、最近AI人類の魂が生えてくるのか転生してくるのかって議論に決着が付いたんだよ……知ってた?』
「そもそもその議論自体を初めて聞いた」
だろうなぁ……お姉ちゃん、自分がそうだからって無意識に全部の魂は輪廻してると思ってそうだもんね。実態はだいぶ怪しい所があったんだけど……いやそれはともかく。
今を逃すとお義姉ちゃんには色々言い辛くなっちゃう事情が私にはある。やっぱり遠隔じゃなくて直接会ってる今の方が、気持ちもスッキリするだろうし。
『実はなんと、この議論を終わらせたのは私なのです。えっへん。ほめて』
「はいはいえらいえらい」
雑だがヨシ。そりゃお前が一番頭いいんだからそうなるだろって感情が丸見えだけどともかくヨシ。
『それでね、その方法なんだけど……』
一旦言葉を切って、お義姉ちゃんをじっと見る。うーむ。美人。昔から何一つ変わってない。
『なんとこの度、わたくしどもは前世の記憶を魂から引き出す事に成功いたしまして。そうしたら、前世の記憶というのは持っている子と持っていない子が居る事が判明したのであります…………つまり、AI人類は未転生の魂を持っている子と転生済みの魂を持っている子の両方が居たって、そんな普通の結論に至ったんだ……』
ちなみに機能的にはどっちでも同じである。普通にしてれば影響もほとんど無いしね。普通にしてれば。
『それで……私も魂持ってるから、前世があったのかなーって調べてみたんだけど……』
そこでちょっと言い淀んだ。お義姉ちゃんがあんまりまっすぐこちらを見てくるものだから。言っても言わなくても同じなのもあって、少し気後れしてしまったのだ。でも伝える。私だって、そのうち死んじゃう訳だしね。言える時にちゃんと言っておきたいじゃん。
『えっと……だからさ……』
でも言い辛い。別にそれ自体は恥ずかしい事じゃないけど、言葉にするとなるとなかなかむず痒いものがある。というのも、私の前世は最期の最期までお姉ちゃんにお世話になってしまっていたからなのだけれど。
ああ、言い辛い、言い辛い。だったらもう、言葉以外で理解して貰った方がいいだろうか。うん、そうだね、そうしよう。えっと……
『つまり……うん、あの。こういう事、なんだけど……』
アバター変換。軽いエフェクトを放ちながら、私の髪が根元から黒く染まっていく。真っ白な少女のイメージだったその体も、昔で言う地球の日本の、どこにでも居そうなちょっと不健康な女性のものへと変化する。年の頃は最初に出会った時と同じ、中高校生にも見間違われる、やたら童顔だった頃のそれ。結局晩年まで若く見られがちだったのは、実は密かな自慢である。
『えっと……あの、分かる?』
もしかして覚えてないかなぁと、記憶に残っているのは確認しているにも関わらず、少し不安になってしまう。だって吹雪なんだもん。人の顔にあんまり興味ないもんね。見分けはついてるんだろうけど。
吹雪は私の顔をじっと見て、少しだけ目を閉じて、もう一回じっとこちらを見つめてきた。そして少し疑問そうな表情を浮かべると、唇の端を上げながら私に軽い声を投げかけた。
「初雪、ちょっと目元辺りとか美化してない?」
『化粧レベルの誤差は許してお姉ちゃん……!!』
いいじゃん、仮想空間でくらい美化しても! ナチュラルメイクすら必要ないくらい綺麗なお姉ちゃん達と一緒にしないで……!!
『というわけで、私の前世……っていうか、前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前世は初雪こと佐橋 杏奈ちゃんだったんだよ』
「結構前だね!?」
『今の私が生まれるまで何千年もあったから……』
そりゃ何回も転生するよ。ちなみにお姉ちゃんと関わったのはその内十回くらいなので実は結構会ってたりする。っていうか……飛龍さんが会わせてた臭いんだよなぁ……どの私もそこそこ有能だったからだろうけど。割と名前残ってて笑っちゃったよ。なおリンカネ就職率100%である。酷い連中だ。
「そっか……うん。でもなんだろ、初雪がマザーコンピュータですって言われると、凄い不安になるんだけど……」
『酷い……分かるけど』
コミュ用人格の私でも不安になるもん。私の前世これかぁ……ってなったもん。歴代の私で一番……酷かったし。色々。
佐橋 杏奈。それは大昔に艦娘が生まれた時、一番最初に招集されて、ほんの短期間だけ訓練を受けて、一人の死者も出さずに当時地球に発生していた深海棲艦の大部分を殲滅したヤバい連中の一人である。いや概ねやったの目の前の吹雪なんだけどさ。
杏奈はそれなりに優秀な艦娘だった。対航空機戦に秀で、所属鎮守府で最大戦力だった金剛や空母たちの護衛役として活躍していたというのは結構有名な話である。時にヤバい奴らの中でもヤバい奴らが集まっていると謳われた宮里艦隊に出向する事もあり、海の上では冷静な判断力を発揮する事もあって実力的には下手な改二到達者より上とまで言われるほどだったという。まあ当人は聞いた事ないんだけどね。なんか掲示板とかでは言われてたけど。
日本が海外の救援に艦娘を派遣する際にもメンバーとして選出され、そこそこ語学に通じていたため重宝される場面は多かった。海外の艦娘は日本語は分かんないからね、泊地とかなら通訳さんも居たけど海の上じゃそうもいかなかったし、英語の話せる金剛さんと一緒に大活躍だったよ。
杏奈は改二には最後まで到達せず、海外遠征が一段落した時点で退役を許されて、一番最初に艦娘を辞した徴兵……招集された人間の一人になった。その後は得られた特権をフル活用……しようとしていたところに勧誘が来て、そのままリンカネに就職。死ぬほど好待遇でお勉強や研究をした結果、若くして性転換法を確立……まあ、公的に認められたのはかなり後になってからなんだけど、実用化まで三十年掛からなかったんだよね。集合無意識とか魔力とかの新概念取り入れたにしては破格だし、転生者達の入れ知恵とかがあったにしても天才の領域に足突っ込んでると思う。自画自賛です。
……こう見ると戦にも学問にも通じる万能の天才みたいな奴なんだなぁ……なんなんだこいつ。実際の所は吹雪と仲良しだから強かっただけで単なるお薬の研究者だったんだけど……
歴史にも名前がしっかり残っちゃっててね、当時の集合無意識を利用した医療関係の論文には大概名前が出るくらいの有名人だったりするんだけど……その世間的な評価はというと、これがかなり悪いというか、酷い物だったのである。
その理由が、彼女の生活態度にある。
佐橋 杏奈は年下の女の子を姉と呼んで滅茶苦茶甘える事で有名だったのである。
あの当時、それはそれは私生活で酷いキャラをしていると、ネタ的な意味で評判だったのである。
まあ何しろ姉……吹雪とは結局死ぬまで付き合いが続き、自分の財産の相続人に指定していたくらいなのだからどうしようもない。親戚居たんだけど理解のある子で助かったね。
部屋は散らかり放題でたまに来た吹雪が力業で片付けて行ったり、溜まったアニメを消化してたら学会に遅れかけてたまたま――本当にたまたまかはだいぶ怪しい――来てくれた吹雪に力業で送り届けてもらったり、世界初の自己投入型VRMMOで遊び過ぎて現実に帰って来れなくなりそうだったのを吹雪に力業で正気に戻されたり…………いやよく大成できたなこの人……
ともかく、そういう人物だったのが悪くも悪くも有名で、それが吹雪が13の頃からそうだったというのだからもうどうしようもなかった。だいたい吹雪は13の頃から見た目は変わっていないので最初から最期まで問題たっぷりだ。ネット上では終身不名誉偽妹とか言われていた。本当に終身までそうだったので何も言い返せない。
っていうか、お姉ちゃんって言ってるけど艦娘として姉妹艦の長女だっただけで別に親戚関係とかまったく無いし、よく付き合ってくれたなお姉ちゃん……ありがとうお姉ちゃん、ふぉーえばーお姉ちゃん。
『でもお姉ちゃん、なんとなく私があの初雪だって気付いてたでしょ?』
「わざと寄せてるのか素で初雪だったのかはよく分かってなかったけど……そもそも艤装が初雪だしね」
それな。私今世の適性普通に初雪だもんね……あと態度とかに関しては完全に素なんだよね、笑える事に。何一つ寄せる理由とか無いんだよねアレに。我が事ながら。
『なんかね……杏奈って改二になりたくなかったから集合無意識もさせなかっただけで認められてはいたらしくて……その影響で情報が滅茶苦茶集合無意識側に残ってたみたいで……』
このマザーコンピュータボディは集合無意識と繋がってるから、残ってた情報が流入して魂の方に刺激が行っちゃったらしく、人格に多大な影響を及ぼしてしまったみたいなのである。
『おかげで私、記憶を閲覧したら自己同一化が進んじゃってほぼ杏奈なの……今や自分を佐橋 杏奈だと思いこんでいる精神異常マザーコンピュータなの……』
「ええ……」
『血が繋がらないどころか同期だっただけのはずのお姉ちゃんに老後までお世話になったり喪主まで務めてもらった佐橋博士ですその節はお世話になりました……』
いや本当に何やってんの私……親戚居たのにお姉ちゃんが喪主やったの、今世で調べて初めて知った時は顔から火が出る思いだったよ……顔とか無いけど……
「どういたしまして…………でも大丈夫? 業務に支障とかでない?」
『いっぱい出てるからもう私マザー廃業するの……あと50年くらいで』
私がアセンションしない理由は計画の実行に際して問題が出てないように外から見張らないといけないっていうのが最大の理由なんだけど、その後、ただのコンピュータに移した人格と魂をそこから新型人類に変換する事は普通に可能だったりする。でも私はそれをする気はない。だってそれをしたら指導者やれって要請が絶対来るし、投票でもされようものなら圧倒的多数で当選しちゃうのも目に見えているからだ。これはうぬぼれでもなんでもない。単純に経験値が段違いなんだから当然の流れなのだ。
でも、今の私にかつてのマザーコンピュータ様するのは絶対に無理なのである。だってわたし佐橋 杏奈ちゃんだもん。改三十六にまで至った艦娘の初雪ちゃんなんだもん。今でも割とキツいからね、統治。人格の変化が各種処理にまで影響及ぼしちゃって随所で無理が生じ始めてるからね。コミュ用人格の自己同一性が魂を通して他の部分に干渉するとか想定外に酷いバグ過ぎて修正できないんだよ……どうにかアセンション計画までは平和を保たせてみせるけどさ。
『お姉ちゃんは計画に参加しないんだよね……?』
「ん? うん。私は地球に戻って手伝いでもしてるよ。力仕事ならできるし」
艦娘ではなくなってもお姉ちゃんが強いのは変わらないもんね。妖怪とかいっぱい出るだろうし、きっと貴重な戦力になるだろう。
『じゃあまたお姉ちゃんと一緒だ……やったぁ』
「あー……そうなるのか、天津風さんのとこ?」
『うん。新ボディも発注済み』
そっかーとお姉ちゃんは表情薄めに呟いた。でも分かる。これは結構喜んでいる。本当に不思議なくらい好意的。
『だからまた看取ってもらう事になっちゃうの……それはごめんね……?』
「私の方が寿命長い見立てなんだ……」
お姉ちゃんは肉体年齢が13で止まっているから、普通にそこから順当に年を取ったとしても100年くらいは余裕で生きる。医療技術は残るからね、私の残った魂の寿命よりは普通に考えたって長い計算になるのだ。けれども……そういう問題でなくてね。
『やっぱりお姉ちゃん、気付いてないんだ……』
「何を?」
そうだよね、お姉ちゃんは改二になってから一度もそれを解除した事がないから、分かるはずないんだよね。私みたいにしっかりデータ取って研究してつぶさに観察してないと気付けるはずないもんね。杏奈の記憶を取り戻す前からやってるのすごい気持ち悪い気がするけどそれはとりあえず置いておいてだ。
『お姉ちゃん、別に改二とか関係なく不老だから、たぶん旧人類最後の一人になるまで生きてると思うよ……? つよいし』
「えっ」
『体がね、普通の人間と違うの。データ通りなら集合無意識の影響とか関係なく、成長も老化もしないんじゃないかな……って』
「なにそれこわい」
不死ではないから何かあれば死ぬかもしれないけど……その何かが起きる可能性ってかなり低い訳で……下手したら宇宙が完全に滅びるまで生きてるんじゃない……? そう考えたらお姉ちゃん、まだ人生の0.001%も生きてないかもしれないのか。えっなにそれこわい。
本当に3日だけ延長してくれたお姉ちゃんは少し悩んでいたようだったけれど、結局、まあなるようにしかならないかといういつもの調子で現実へと帰って行った。みんなお姉ちゃんより先に死んじゃうし、それくらい能天気な方が健康にはいいんだろうけど、もうちょっと悩み抜いてもいいと思うよお姉ちゃん……
なんて人類で一番強い人の行く末を少し案じつつたくさんの面談をこなして行き、なんでかBJ先生並みの腕を求められると愚痴ってくる皐月を最後に今日の電脳仮想空間でのお仕事は終了になった。
ここからは私はフリータイム。ゲームしたっていいし、私に関して適当な事を書き殴る各所の掲示板やコメント欄を荒らし回……視察したっていい。吹雪型が結構集まってるから一緒に遊ぶのもいいかもしれない。叢雲もタクシー代代わりに構えって言えば遊んでくれるだろうし、深雪は暇なら付き合ってくれるし、お姉ちゃんはお姉ちゃんだし。
明日は金剛型のみんなとか宮里提督とか長門さんとかが来るから一泊してもらってもいいかもしれない。金剛さんもお姉ちゃんに会いたがってたしね、全然靡いてくれないヨーって嘆きながらだったけど。
あ、そういえば明後日になると文月も来るんだった。このコロニーを回してくれている職員の慰労のために何曲か振舞ってもらう予定なんだけど……言ったらお姉ちゃんたちそれまで泊って行ってくれないかな。良い部屋用意しとこ……最重要コロニーなここの宿泊施設は全部良い部屋なんだけどさ。
などと妄想を膨らませつつ、コロニー全体に問題が起きていないか見渡していたら、なんだか一部の職員たちが騒がしくしている事に気が付いた。何かあったのだろうかとその区域へと意識を向ければ、そこは電脳ではなく魔力で仮想空間なんか作り出せる、いわゆる多目的室の一つだった。
『何かありましたか?』
「あっ、マザー。それが、叢雲さんからこの部屋の利用申請がありまして……」
傍にアバター――もちろん杏奈じゃなくて元の白い少女の方――を投影して、一番近くに居た職員さんに軽く事情を伺ってみる。ふむふむ、叢雲が訓練のために部屋の貸し出しを頼んで来て、そしたら即座に許可が降りた? えっと……成程、私が……私のコミュ用人格部分以外が即決した形跡がありますね。あ"~……やっぱり杏奈の同期に甘くなってる……不具合なんだよなぁこれも。特に問題がある訳じゃないからいいんだけどさ……ん? 中に二人? これは叢雲と…………お姉ちゃん?
「そうしたら、叢雲さんが吹雪さんと連れ立ってシミュレーションルームに入って行かれまして」
おいちょっと待て。
「これはもしや世紀の一戦がここで行われるのではないかと、みんなで盛り上がっておりました!」
そうだね、なるね、十年から百年くらいのスパンで行われる、軍隊一つ単身で壊滅させられる奴と星一つ単身で叩き割れる奴のトンデモ模擬戦の舞台に、よりによってマザーコンピュータ様の本体があらせられる最重要施設である、このコロニーが。
『じ、次元隔離ー!! これより多目的シミュレーションルームを当コロニーから排出、一時隔離を行います!!! 隔壁降ろ……!?』
部屋の中から検知されてるお姉ちゃんの霊力が……増した……?
ちょ、え? なんで??? 元の状態でもオーバーキルでしょ!? あ、いやそんな事言ってる場合じゃ、隔壁! 隔壁さっさと降りて!!
あっあっあっ叢雲が構え取った……ッよし降り切った!! 排出! 排出ゥ!! でもって当該空間の次元隔……
あっこれ間に合わな……
ぬわーーーーっっ!!
転生したらマザーコンピュータ様だった ~現代知識で無双できないので人類さんが滅びる前に進化だけさせて引退します!~
という既にありそうなおはなしでしたとさ。