その憧れを身に纏い   作:一ノ原曲利

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 一人称の物語
 虚空に呟くその言葉
 虚しき独り言の聞き手とは 配点:未来の黒歴史




ポエムを詠ませろ、自語りしてやる!

 

 

「みーんみんみんみん、蝉のやかましい声でオレは目覚めた。

 まだ倦怠感が残る体だが、それでも起きにゃあ一日は始まらんだろう。いや、別にベッドで寝転がってても一日は終わるがな」

「ねぇ、いま夕方よ」

「オレの名前は麻宮バド。いたって変わらず健全で品行方正な普通の高校生だ。

 両親と劇的な別れを経験している訳でもなく、かといって生き別れの兄弟がいることを知らないというドラマチックなバックグラウンドがあるわけでもない。とりあえずそんなく、く、く…くそげー? な、かったるい人生のおはようと侮蔑を込めて挨拶して、オレは学校の制服に身を包み、家を出た」

「…ねぇ、もう大学帰りなのだけど」

「おっと、このオレ様に声を掛けてくる読モ年齢詐称系美少女は…やよいだな。相変わらず綺麗な声してやがる。惚れ惚れしちまうぜ嘘だけどな。

 やよい「おはよう、今日もいい天気ねムッシュマドムアゼルトレビア~~~ノ」

 バド「お、そうだな。てめーの頭にところてんが降ってきそうなくらい最悪の天気だ」

「………やちよよ、そして私は年齢詐称系でもないしそんなこと言わない。あなたさっきからなにやってるの…?」

「ん。最近よく見かける自語り大好きプロローグを声に出して言ってみた、台本形式でな! 流行ってんのかね?」

「あなたね…そんな恥ずかしいプロローグの物語が存在するわけないでしょうに。そもそも台本はドラマや演劇の脚本に名前を付けているだけであって、本や小説に用いるものではないわ。もしかして昨日どこかで事故ったの? いよいよ頭打っておかしくなったかしら」

「な訳あるか。いいか? バイクは2ケツまで事故らねぇんだよ、ヘルメット被ってりゃ。3ケツは事故るけどよ。昨日は不良に絡まれそうになってた子掻っ攫って家に送り届けてやっただけだ。最近物騒だからな」

「……はぁ」

 

 神浜市立大学の玄関を抜けて帰路に就く中、七海 やちよは溜息を溢す。

 遠巻きに見てくる学生たちがひそひそと2人には聞こえないレベルの声音で話しているのは、十中八九自分たちのことで間違いない。

 新一年生の中でもとびきり女性らしい、端正な容姿の代表格がやちよだとすれば、やちよの隣で乙女の欠片もない大あくびをしているバドは最も()()()()()容姿の代表格である。

 やちよと同じくらいに伸びた髪はポニーテールで一本に結わえられている。髪の艶はやちよでも見事なものだが、本人はそういった女らしいケアには一切心得がない。自前の体質に妬ましさを感じずにはいられない時もしばしば。

 

 やちよがバドと知り合ったのは、中等部からだ。魔法少女になる前でも、バドの奇行と噂はやちよの耳に度々届いていて、

 

「……まぁ、人生の中にはそういう人と出くわすこともあるわよね」

 

 程度の認識はあった。

 遠回しに「関わり合いたくない」という認識でもある。

 

 曰く、コンビニ前で屯ってる男子高校生を病院送りにした。

 曰く、料金以下のメニューを出したレストランで食い逃げした。

 曰く、同じ学校の生徒を誘拐しようとした犯人に自販機を投げつけた。

 曰く、車に轢かれそうになった女の子を助けるために車を殴って跳ね飛ばした。

 曰く、曰く、曰く、etc。

 

 しかもこれらは、バドが魔法少女になる()の話。

 

 むしろ、魔法少女になってからというもの、バドの暴れっぷりは鳴りを潜めたようにも思える。単にストレス発散の対象が魔女に移っただけなのか、それとも神浜市でバドの目につく不届き者が減ったからなのか。

 その理由は分からない。

 

(ま、考えるだけムダね。あのバドだもの)

 

 なんだかんだ、やちよ自身付き合いが長いのはバド一人。

 『好き』なんて感情は小指の爪先ほど存在するものではないが、『嫌い』という感情も同等にあるわけではない。

 ただ、魔法少女として出会い、その繋がりを手放すつもりがないだけ。

 

(いえ、むしろバドが積極的に固結びに固定してるんじゃないかしら)

 

 どちらかといえば、バドが離れようとしない。

 ただ、それだけ。

 

「春は別れの季節、出会いの季節。

 てんてんてん、かといってそれが万人に等しく降り注ぐわけでもなく、当然このオレ様に適応されるほど世の中甘くない。

 世の中ってどこまでも救いようがねぇな。勉強して、大学入って、一流企業に就職するなんてて、てて、てんぷれぇと、オレはもう飽き飽きだ。人生くそげーだよくそげー。ご丁寧に攻略するほど無駄なものはねぇ。

 オレはこの神浜市に住んでいる麻宮バド。賢い選択をした男の名だ。

 そしてオレ様は自殺と言う名の人生のこ、ここ、こんていにゆーを成功し、今に至る。目の前に広がる白亜の輝き。目の錯覚か? いいや違う、これが転生を迎える上で訪れる伝説の空間…!

 え、ちょっとまて、神様ってなぁそんな簡単に会えるもんなんか? あいどる、みたいなもんでてっきり存在しねぇ偶像みたいなもんだと思ってたんだが。つーか、死んで新しい理想の世界に行けるとかそんな寝言寝たって言わねぇよ人生の価値自分で下げてんじゃねぇよダボが」

「まって、まって。あなた本当に何言ってるの」

「べっつにー? さっきすれ違った奴がスマホに打ち込んでた文章がそんな感じだったから、いざ声に出して自己紹介風に画面の前のキミに紹介しただけだっつの」

「「え」」

 

 端末に顔を近づけてにらめっこしていたであろう生徒の一人の声と、やちよの声が被る。

 当然ながら、動揺で目が揺れてる生徒の顔はやちよにはまったく見覚えがない。同じ大学の生徒だろうが、明らかに学部はおろか、学年さえも違う。

 街中でも、電車の中でも、バスの中でさえも。不特定多数の誰かと話そうという気のない人は、皆こぞって自身の端末とにらめっこする。電車の向かい側の席の人と目が合うなんて近頃では滅多にないことだ。それがこの日本では当たり前の日常。

 

 しかし麻宮バドに、その当たり前は無い。

 

 度の過ぎたお節介とでも言えばいいのか、誰も気が付かない気にも留めない人でさえも気軽に声を掛け、親しい友のように、息をするように接する。

 100人中99人が右と選択するような道を、左に行くわけでも来た道を戻るわけでもなく。

 ただひたすら一直線に、思うがままに突き進む。それが、麻宮バドという女。

 

 否、魔法少女。

 

 また余計なことを、と頭を抱えるやちよなど目にも留めず、バドはたった今知り合ったばかりの学生に肩を組む。たわわに実った乳房が学生の腕にむっちりと密着して、学生の眼が白黒に瞬いた。

 

「いやいや、アンタも人生相当苦労してんのかもしんねぇけどさ、もっと現実に目を凝らして見てみろよ。案外アンタに合う生き甲斐ってのも見つかるかもしんねぇぜ。まだ人生を諦めるのは早い。アンタ男だろ? カッコいいぜ、何事も気合だ! それがダメでも、このオレ様が信じる。オレが信じるアンタを信じろ!」

「…え、は、へぇ!?」

「ちょっと! ああもうすいません何でもないですご迷惑をおかけしましたそれじゃさよなら―――!!」

「あ、おい。安心しろ青年、今までの人生は辛ぇもんかもしんねぇけどさ、これからの人生はきっと明るい。アンタがそう思う限り、その大志を胸に抱いて頑張る限り、絶対な。

 よく言うだろ? すべては心一つなり! ってな!」

「ちょっとっ、もう!」

「おぉー、青年元気でなー」

 

 やちよに手を引かれながら。まるでまた明日、と言うように。

 再会することが約束されたような態度で、バドは初見の学生に別れを告げる。あの様子ではバドの言葉など耳にも入ってもいない。あのうら若き青年には、バドのコミュニケーション力と瑞々しい体肢でいっぱいいっぱい。

 

 女性として、同性でさえも羨むべき恵まれた体。

 しかし肉体の主たるバドには、その肉体を忌避することはあれど、自慢することも見せつけることもない。

 寧ろ、歳を重ね女らしくなることを、バドは嫌悪すら抱いていた。

 

「あぁァ~~~…男になりてェ~」

「あなた…さっきまでとことんダメ出しした異性に対してよくそんなこと言えるわね」

 

 寝そべるように組んだ手を後頭部に添えてぼやくバド。

 てくてくとキャンパスを歩む姿はガサツで、男っぽくて、女っ気は微塵も感じられない。

 それでも。

 生物学上、女という性を違えることはない。

 

「オレさ、ああいう自堕落でダメダメな面を併せ持つ点を考慮しても、男に憧れてんだよ。そうだな…『玩具物語第三章』に出てきた『ケン』みたいな。

 …さっきオレが言った台詞、覚えてるか? あれ、本来オレみたいな女々しい女なんかじゃなくて、もっと頼れる背中の男が言うモンなんだよ。背中どころか肩までナヨっとしちまってさ、胸肉あるだけの女が何言ったところで説得力なんかねーのさ」

「……そんな、ものかしら」

「お? お? 惚れちゃった? オレに惚れちゃったか? いいぜいいぜ夜ならいつでもばっちこい。オレの男らしさ、魅せてやるぜ?」

「バカ言ってないで、帰るわよ。そもそもあなた」

 

 キャンパス内の駐輪場に辿り着く。

 周りには誰もいない、持ち主が誰かもわからぬ自転車、バイクが延々と置かれているだけ。

 目の前を歩くバドが、振り向く。

 

「もう男に、なれるじゃない」

 

 長い髪は、そのままに。

 女っ気のない私服は魔力に包まれ、ふくよかな胸は平坦に。丸みを帯びた肩は幅を増し。

 背丈こそそのままに、骨格は男性的なものへと変化して。

 魔力で編まれた黒革のライダースーツと、駐輪場にはなかった漆黒のバイクが生き物のように唸っていた。

 ゴーグルを嵌めたバドは、ぽいと、やちよの手に魔力で新たに生み出したヘルメットを乗せる。

 

「乗ってけよ。みかづき荘まで送ってやるぜ」

「…お言葉に甘えさせてもらうわ。あと、前にも言ったけどあまり街中で魔法少女に変身するのやめなさい。見つかったらどうするの」

「見た目は一般人とあんま変わんねぇんだからいーじゃねーか。それに、オレの場合は魔法少女なんてカワイイもんじゃねーって」

 

 スカート巻き込まないでね、わぁってるよ、と慣れた小言の応酬を繰り返し。

 腹の前でやちよの手が組まれ、振り落とされぬよう、しっかり身体を抱きしめられたことを確認すると、バドはグリップを回す。

 

「魔法少年、だろ」

 

 

 

 △ ▼ △

 

 

 

「ありがとう。それで、今日はどうするの?」

 

 バドは、みかづき荘には住んでいない。依然変わりなく、みかづき荘はやちよたった一人の住まいだ。

 昔とは、違って。

 勿論、以前はバドも住んでいた。でも、バドはやちよから距離を取った。

 それは、心理的なものではなく、あくまでも物理的な距離。

 自分は、やちよの心を癒すために寄り添える人柄ではないと。共にいても、やちよをどうにかできるわけではないと。自分の力不足を悟って、離れた。

 ただ、

 

「オレは、待ってるよ」

 

 その一言を最後に、バドからみかづき荘の話を持ち掛けることはなかった。

 つまり、やちよの中で整理がつくまで、待つ。

 放置でなければ放棄でもなく。

 ただ、待つ。

 いつか、答えを見つけ出す、その時まで。

 

「んー、ウチ戻る前に会う約束してるヤツがいてな。なんか、友達が仲違いしちまったみてーなんだが、全然仲直りすることもなくってやきもきしててな、相談持ち掛けられた。この後待ち合わせ。なぁに、ちょっとしたカウンセリングさ」

「ふぅん……その仲違いって、『絶交』だったりする?」

「うん? あ、あー……いや、そこまでは聞いてねぇ。やべ、そっか、調整屋もその『噂』の話してたな」

 

 

アラもう聞いた? 誰から聞いた?

 

 みかづき荘の前でバイクから降り、やちよは被っていたヘルメットを脱いでバドに渡す。それはバドの手に収まるよりも前に、魔力に還元されて空に消えた。

 近頃、異常なほどに神浜市に蔓延する『噂』。それに追従するように現れる『ウワサ』の化け物。

 バドもその話は聞き及んでおり、何よりもやちよとほぼ同期。七年間も神浜市で魔法少女をやっていれば、以前との違いは分かりやすい。故に、バドはフットワークの軽さを活かして神浜市中を駆け巡り、魔法少女とコンタクトを取っては『噂』の蒐集活動に勤しんでは、やちよと情報を共有している。

 

「『絶交』ってぇと…えーっとえーっと、なんだったか」

「『絶交ルール』よ。『絶交階段のルール』」

「あ~…『絶交ルール』ね」

 

 

絶交階段のそのウワサ

 

「確か…喧嘩して絶交って言ったのに謝ると嘘つき扱いされて神隠しに遭っちまう無茶ぶり理不尽系の『噂』だったか」

「違うわよ。絶交の後の謝罪、という一連の行動によって現出する特定行動条件型の『噂』よ」

 

 

フンだ! キライだ! ゼッコウだ!

 

って言ったら見えないけどそこにある!

 

「……なんか、こうして聞くと…アレだな。小っ恥ずかしいな」

「え?」

 

 

もしも仲直りしようとすると、連れて行かれてサータイヘン!

 

友達を落とした黒い少女に捕まると、無限の階段掃除をさせられちゃうって

 

神浜市の少女の間ではもっぱらのウワサ

 

ヒーコワイ!

 

「だってさ、その『噂』よぉ…若気の至りじゃねぇか。思春期なら、気の合ういいダチと喧嘩することだってあるだろ。一時の感情に身を任せて、行き場のねぇ激情を、親しいダチ公にぶつけちまうことだってあるだろ。仲のいいダチだからこそ、吐き出せる気持ちだってあるしな」

「……それ、は」

()()()で吐き出した唾を飲み込むのは、大人だって難しいんじゃねぇか? でもよ、そんな仲のいいダチなら…詰まらねぇことで切れる縁でもねぇ。八つ当たりしたことを思い返して、自分を省みて、後悔して、頭下げて、謝りたくなくても謝るだろ。

 それをよ、詫びて謝ったってのに攫って行っちまうって、なんかさ」

 

 バドは、ゴーグル越しにみかづき荘を眺める。

 たった一人、やちよしかいないその建物。かつての仲間たちが、玄関の戸を叩いて入っていく姿が、瞼に浮かぶ。

 ふと、やちよも振り返ってみかづき荘を眺める。

 そこには矢張り、誰もいない。

 

「ずるいじゃねぇか」

「……ずるい?」

「ああ。人間、生きてりゃ過ちの一つや二つや三つ、犯すこともあるだろ。『絶交』――なんて、いい例だ。それなのに、せっかく仲直りしたってのにその過ちを許さず攫っちまうなんてよ。

 ……赦せねぇよ」

 

 バイクのエンジン音が、唸りを上げる。

 しかしそれはバドの感情を反映しているというより、むしろバイクがバドの怒りを宥めているようにも思えた。

 それだけ、バドの感情が荒々しく、ふつふつと沸き立ち、荒ぶる魔力が可視化してしまっている。

 

「腹が立つ、腹が立つ。ああ…腸が煮えくり返るってのは、こういう気持ちなのか」

 

 それは、憤怒。

 それは、嚇怒。

 決して、温室育ちの手弱女が抱ける感情ではない。

 理不尽を憎み、不条理を恨み、人を弄び不幸に陥れる大いなる力を忌み嫌う、益荒男が抱く感情だ。

 『噂』が生む『ウワサ』の化け物に対する魔法少女のスタンスは、魔女と異なるとはいえ罪なき人間にとって驚異であり、魔女と同じレベルの危険な存在を排除する、といったものだ。その事実と考え方に違いはない。

 だが、バドは違う。同じようで、ベクトルが少し違う。

 バドは、人々の尊き心を揺さぶり、へし折り、絆を台無しにする『噂』そのものが許せない。被害に遭う人間が増えれば増えるほど強大化していく『ウワサ』の化け物を見るたびに、関わらなければ不幸を重ねなくても済んだ筈の人間の末路を思い出す。彼らの悲嘆を薪にして、怒りという焔の中へ焚べて、燃やす。

 その焔が、愛馬(バイク)を、バドを突き動かす。

 

「『絶交ルール』の『噂』…クソだな」

 

 地を蹴り、バイクに跨ったバドはみかづき荘を去った。

 バドが吐き捨てた怒りの残滓は空を漂った。陽炎のように空間を歪曲させるその魔力。みかづき荘を去るバイクから立ち上る煙、それは裡に眠る(いかり)に内側から焼き尽くされているように見えた。

 

「…男でなくても、あなたは頼りになるヒトよ」

 

 だから、と続けて。

 

「早まらないで」

 

 その言葉は、バドには届かなかった。

 

 

 

 

 

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