魔法科高校の姫騎士~Alternative Order~ 作:無淵玄白
その光景はかつて見たものだった。
東京を騒がす一種の怪異による事件。その解決を任された克人。
中学に入ったばかりだが、父親譲りの体格と魔法力―――後者はともかくとして、前者だけですら上級生を圧倒する肉厚さ。そしてその下に溢れる筋肉。ある種の魔法を使った戦闘訓練もこなしていた克人は、当時、魔法師の探索隊……大人に混じって戦いに参加できることを誇らしく想っていた。
そう―――『慢心』していただけなのだが、怪異は再現された亡霊であった。
無邪気な少年の風貌で襲いかかる亡霊王子。
現代魔法が効かない道理を前にして、この世に対する怨念を呪詛としてあらゆる魔法師達を呪い殺した恐るべき存在に、敢然と立ち向かう四人の少女。
―――巨大な『恐竜』―――本人曰く『鬼』を使役して戦うもの―――。
―――『星』という道具を用いて『攻防補』の全てを再現するもの―――。
―――『邪霊』を具象化してしまう少女が放つ魔弾の射手―――。
―――『黄金の巨大剣』を振るい、数多の呪詛を切り裂く剣士―――。
どれもこれもが現実というものを覆していたのだが―――。
……過去への回想・述懐を終えて目の前を直視する克人の目には、あの日に見たものよりも凄まじい戦いがあったのだ。
(流石は、ケルト神話に輝く『光の御子』……
だが、打ち合う衛宮アーシュラも負けてはいない。
巨大剣『マルミアドワーズ』を振るいて、目にも留まらぬ速さで打ち合うその攻防を正確に見れるものなど、この場にはいない。
一合一合が、刻まれるたびに空気を撹拌して、常人ではありえぬ魔力のきらめきと共に、足元の舗装道路を砕いて、土砂を吐き出させる。
無論、力任せなだけではない。囮、誘いの手を両者が出して食いついた所を―――という風に釣られる2人ではない。
必然的に殺しの技と化したものばかりが合わされ、空を斬る。ハイレベルな達人―――否、超人が激突する現実を超越した時間。
肉食動物のような笑みを浮かべて激突しあう2人の戦いを彩るように、あるいは邪魔立てを許さないように傀儡仕立ての雑兵が生まれ出る。
「もう少し見ていたいのだが、そうも言っていられんな」
ここが激戦だと予測して出てきたのは間違いではないが、雲霞のごとき
『『『『『GOOOOOAAAAAAAAAAAA!!!!!!』』』』』
束ねられた咆哮は全ての『魔』を打ち払う効果があるのか、魔法を発動させようとした連中全てが、強制的な発動キャンセルに陥る。
自己の移動・加速系魔法を発動させた人間が、すっ転ぶかのようになっているのを見て―――
「音を遮断する防壁を貼れる人間と組になって遠距離攻撃を放て!! 防壁は崩れるだろうが、攻撃で縛りつけるんだ!!」
「咆哮一つで、こちらの魔法が崩れるなんて……」
「古来より犬狼の遠吠えには魔を打ち払う特性がある。人が獣性に『力』を見出したがゆえに、それを引き出した存在には破魔の加護があるのだよ」
受け売りだがな、と驚愕している五十里に話しながら、多層型の防壁を展開する十文字。音波遮断、対魔力、対物理などの層を組み合わせて広範囲に展開。
遠吠えを上げてからこちらに突撃を掛ける狼に率いられる形で雑兵達が、原始的な武器を構えてやってくる。機械的な挙動だが、その雑兵を抑えられなかったのが、自分たちなのだと緊張した時に―――。
軽妙な『弦楽器』の音が、怒号と爆音の中でも一際大きく響いたように感じた。
擬音表現で言えば―――『ポロロン♪』としか言えない音が響いた後には、雑兵―――コンストラクトの全てが、自分たち現代魔法師全てが難儀をした存在が、次から次へと見えぬ刃であり『矢』に斬り裂かれ、貫かれたように見える。
突撃を仕掛けたらば対人地雷で壊滅した歩兵のような様を見せるコンストラクトに、誰もが奇妙な思いだ。
「な、なにが起こったの……?」
驚く千代田だが、何気なく克人は下手人を察していた。
もっともどこにいるかは分からないので、どうしようもないのだが。
―――魔導生物に関しては、私の管轄だ。『姫』の戦場を穢すからな。しかし、意思を持ちキミたちを憎悪の目で見てくるワーウルフは、キミたちで決着をつけたまえ―――。
どこから聞こえた声。響くような声は、『お前達に味方をしたわけではない』という突き放したものに聞こえて、一部の生徒には不満が溜まる。
しかし、一方的に告げてくる相手が先程の攻撃の下手人であるならば、全てのエガリテメンバーは『輪切り』の『ソルベ』のようになることは、自然と想像が出来た。
いくら騒動を起こした人間であるとはいえ、そんな無慈悲なことを積極的にやってくれというほど、克人たちも『情のない存在』ではない。
「分かりました。そちらに聞こえているかどうかは分かりませんが、我々で何とかしてみます」
――― 私は哀しい。彼らの哀哭こそ人として正しいというのに……聞き届けるものがいなかった悲運を……―――
それが克人への『返事』なのかどうかは分からないが、その言葉の後にはコンストラクトを作り出していた機構と魔法陣が砕けた。
残されたものは獣の力を得て自分たちに挑みかかる存在。総勢にして四十頭、匹、羽……数え方もまばらな存在が、威嚇をして攻撃体勢に入っていた。
ここに至るまで、何も出来なかったのか。いつも自分は手遅れなのか……それでも―――。
「全員、気合を入れろ!! 腕の一本を噛み千切られても、絶対に退くな!! あの中には2科の連中で、ここまでの力で挑みかかっている連中もいるんだ!! 退けば―――俺たち魔法科高校全ての負けだと思え!!」
己の優位や優越を信じて、高をくくって挑まれて狼狽して、ここまでの被害が出たのだ。
恥知らずの
・
・
・
「アーシュラは、『クー・フーリン』と接敵したか……」
『そのようです。もっともその『クー・フーリン』とて、『何騎』いるか分かったものではありませんけどね』
「ごめんなさいね。アーシュラのフォローに行きたいのに連れ回して」
『お構いなくリッカ、アナタは私にとっても縁がある存在だ。見捨てて、姫のところには参れませんよ』
『盾持ちの騎士』は、言いながら藤丸立華の向かう戦場の様子を察していた。その戦場の様子を察して表情を曇らせることが、少しだけ辛い。
『……『同じ』であるからと、全てを認め合うことが出来ずに、結果として、こうなるか……嘆かわしいが、これもまた人の性なのでしょう』
―――だが、それは『獣』が見た夢だ。咲かせてはならない禁断の薔薇……。
未来の分岐点なんて見ようと想って見れるものではないのだろう。
だが見てしまったからには―――何とかしたいと想ってしまうのも、自分が藤丸の家でありアニムスフィアの家の人間だからかもしれない。
藤丸立華が向かう戦場。そこは―――図書館であった。
図書館前に広がるもの、それは惨すぎた……。
応戦していたのだろう。戦いに赴いたのだろう……。それでも『地力』の差は歴然であり―――。
多くの花持ちの生徒たちの倒れ伏した姿が多い。
「ッ!! 司っ……!!」
「実力で倒せると想っていたんだろう? 今さら情実に訴えるかのように、人の名前を気安く呼ぶなよ―――耳障り極まりない」
言葉と同時に振るわれたルーンの剣が、
「お、おおお!!!」
腕の喪失の現実感を感じたか、それとも出血多量での叫びかは分からないが、その光景を見た瞬間に立華は動き出す。
「スターズ、コスモス!!」
2小節の呪文で、『星』という魔導器を動かし、そこから魔弾を解き放つ。天球儀のラインであり、一度に多数の物体を動かすのに最適な円運動は、魔力の循環においても最良の結果を齎す。
その立華の放った魔弾は、張られた守護のルーンによって封殺される。
(現代魔法では2科生、しかし『魔術使い』としてはやり手だね)
「藤丸!!」「立華!!」
後ろからやってきたのは、大講堂に残してきた連中だ。あのまま落ち込んでいるかと思えば、存外疾い持ち直しである。
しかし、図書館前にて死屍累々の様子で倒れ伏す多くの一高生……1科生、2科生問わずのその様子に、追いついてきた連中は息を呑む。
流れ出た血の匂いが、この上なく不吉なものをはらむ…。
「司……お前が! 『これ』をやったのか!?」
「既に図書館棟に入った人間も含まれているけどね。まぁそこに転がる片足の『沢木』と隻腕の『吉田』は、先程俺がやったばかりだがね」
あちこちの床に刻まれた血の跡。そして、苦鳴や悲鳴も上げられずにいるのは、絶命しているのか、それとも……。
(仮死状態にされている―――)
何の目的が有るのかは分からないが、まだ死なずにいる連中がいることに、少しだけ気を楽にする。
しかし、これだけの惨状を作り上げたことに対して、何の呵責もない体で笑みを浮かべる司 甲は、魔法師からすれば異常者に思えるのだろうが―――。
「まぁ激突は『当たり前』だったわけだけど―――まさか、ここまで見事に引っ掻き回してくれるとは思いませんでしたね。全ての防衛計画が穴だらけになってしまったわけですからね」
ここまで来ると称賛するしかなくなるのだった。
「渡辺と十文字が慢心してくれたからな。『撃つわけがない』『そこまでやるわけがない』という『虚構』に『酔っていた』ツケだよ―――もしくは、そこまで『出来るわけがない』かもしれないけどね―――成田長親のフリというのも、結構疲れるものだね」
結局、石田堤なんて張子の虎じゃ彼らは止めきれなかった。忍城という難攻不落の城が太閤軍を押し止めたのだ。
単体での実力や武器ではこちらに分があったとしても、『利』で繋がった集団ほど脆いものはない。
追いついてきた三巨頭のうちの2人は、悔しさとも悲しみとも……どうとでも言える表情で司を睨む。
「別に私は魔法師の学生のショバ争いなんざどうでもいいんですよね。子分の勇み足で引っ込みがつかなくなって、頭に血が
「宮仕えというのは大変だね」
「これでも表の肩書は『国連職員』ですからね。私が仕えるべきは、『マシュ・キリエライト』の意思のみ―――」
意味がわかるようで分からない会話。だが、図書館棟の前に陣取る司甲にスキは無い。まるで弁慶のように仁王立ちをして通さないでいる。
そして『馬鹿な親分』は、自分の言葉もやってきたことも全て何の意味も無かったのだとして、悔しさだけで俯く。
「―――長話をしていていいのか? このままじゃ入り込んだ連中が、情報窃盗を悠々とやるぞ」
「そりゃキミたちの不利益であって、私の不利益じゃないしね。だったらば、あの骸の山に重なることを承知で挑めばいいじゃない」
「藤丸さん………」
誰もが怒りを覚えながらも、その言葉に反論出来ない。辰巳鋼太郎も、沢木碧もこの魔法科高校では一流どころの存在だ。
それを倒した司甲という2科生のレベルは尋常ではない。
だからこそ―――。
「そもそも、こういう暴力沙汰になった際に、なんでみんなして定形通りに動かないのかな?」
「だから何を言っているのよ!?」
「外部の人間が入り込んでいるとはいえ、これは最終的に『生徒同士』のケンカ。カレッジ総出での殴り込みみたいなもの―――」
状況の動きの無さか呑気な様子だと思ったのか、怒りで食って掛かるエリカに対して、悠々と返す藤丸は―――。
「最後には『本当の親分』に『手打ち』をしてもらうのみ―――つまり、『先生』!!! よろしくお願いしま―――す!!!」
まるでヤクザの組長が『用心棒』でも呼ぶかのように、『空』に呼びかけた瞬間―――
『どぉぉぉれぇぇぇぇいいい―――こんな感じですかねシロウ?』
『
『成程、生臭い癒着ですね』
などと夫婦の会話が、聞こえてきた。どこから聞こえてくるのか、それは少し分からなかったが、段々とそれは『姿』を表す。
中天に至った世界に巨大な影がさす。それは―――白い巨大鳥を模したもの。
真っ白な身体に黄金の羽根を生やした、巨大な―――『船』が上空に浮かんでいたのだ。
誰もが呆然とする。司甲ですら『船の宝具か……!?』などと驚愕している。
すると―――『トラクタービーム』とでも言うべきものが船から放出されて、『仮死状態』となっていた生徒たち全てを船の中に移送したのだ。
「エイリアン・アブダクションも同然ですねー」
その様子に対して藤丸がつぶやき、それを聞いたのか、力なく登っていく生徒とは対称的に、勢いよく船から降り立つーーー船の舳先から黄金の柱が形成されて、それが地上にまで伸びて、そこから……。
「誰がエイリアンですか、誰が。どちらかといえば、それはピクト人とかセファールとかの領域ですから。それにリッカ、あなたとて『宇宙人』的な面を受け継いでいるのですよ」
「そ、それを言われると、将来の地球国家元首を目指す身としては、如何ともし難いものがありますね……」
その指差しのツッコミを最後に、降り立った衛宮夫妻は司の方を向いて口を開く。
「怒りとかそういう感情は無いですね。いっそ見事としか言うしか無いほどの策略です。兵法家としては、アナタは完全に勝利を得ましたよ」
「ありがとうございます。ですが、戦うのでしょう?」
「そうですね。戦とは本来は程々に勝って収めるのが普通です。が―――もはや『分水嶺』を超えていますよ。キノエ」
その言葉―――哀しみを込めて言うアルトリアの言葉に、苦しげになりながらも……司甲は戦う意思を込める。
「―――壬生ほか全ての同盟員は、図書館棟です」
握りしめた『棍』―――朱塗りのそれの両端には金色のオーブが象嵌されたものを向けて言う司甲の言葉に、嘆息をしてからアルトリアは告げる。
「シロウ、ここは任せました」
「ああ、壬生の所に行ってやれ。あの子に必要なのは―――キミなんだからな」
「ご武運を祈ります―――リッカ、アナタはアーシュラの元に」
『教師』アルトリアからの矢継ぎ早の指示に、それぞれが頷く。その意味を違えない、強者同士のやり取りの中―――。
「王よ。アナタの戦場にお供いたします」
いきなり現れた紫色の鎧を着込む銀色の髪をした少年が、跪きながらアルトリアに言ってのけた。その出現に誰もが驚く。
だがアルトリアは……。
「いいえ、ギャラハッド。私は既にアナタ達の王ではありません。アナタを呼び寄せた―――私の娘の盾となってください。お願いします」
王ではなく『母』として少年騎士に掛けた言葉。命令ではなく『お願い』を受けたことで―――。
「―――承知しました。ですが、姫に呼ばれた身とはいえ、我が忠誠はアナタにあります。王よ―――ご武運を。エミヤ殿、王のことをお願いします」
―――少年騎士は、その言葉に従い拝跪から立ち上がり藤丸立華を姫抱きして超速で図書館前から去っていった。
その速度に呆けるも、反対にアルトリアは魔力の猛りの限りで図書館に突撃を掛けた。
完全にカチコミも同然のそれを見送ったあとには、士郎先生から声を掛けられる。
「お前達も『行きたい所』に『行け』。ここで甲を止めることに尽力してもいいし、アーシュラの所でも、俺の細君のところでもな」
「士郎先生……」
「走り出さなきゃ何も変えられないよ。『いもしない敵』を作り上げて、戦えと焚き付けたとしても―――その
それは、先程の討論会で人の心を動かすことが出来なかった七草真由美に対する最大級の訓告であって、皮肉でもあった。
だからこそ―――。
「私は、ここで司君を止めます……今まで見てこなかったものを直視するためにも」
「会長……」
「あなた達も赴くべきところに行きなさい。それは義務感であっても、己の動機だとしても構わないのだから」
真由美のその言葉を聞いて、全員がそれぞれの場所に駆け出す。
もっと早くに気付くべきだった。こんな単純なことで、世界は変えられたはずなのに……。
「摩利は、ここでいいの? 壬生さんと……」
「―――今の私には、壬生に掛ける言葉も剣も無い……。ならば、せめて―――アルトリア先生の
違えていたのは、別に自分だけではない。取り戻すことは出来なくても、それでも―――何かに決着を着けることは出来るはずだ。
「三巨頭の内の2人と衛宮先生が、俺みたいな小者相手に挑みかかっていていいのかね?」
「そういう自分を卑下して相手を嘲るやり方は好かんな」
衛宮先生の警告のような言葉を受けても司甲は変わらずに……。
「力が無い人間は―――」
言葉を途中で途切れさせたのは、遅れて聞こえる音の元で振るわれた棍棒ー――油断なく回り込んでいた服部に対する打撃ーーー真っ直ぐに伸びた棍の片端が、間合いを埋める形で伸長をして、巨大化をして腹を打撃。
防御障壁も病葉として砕きながら直撃。10メートルは吹き飛ばされて動かなくなる。
その早業に驚愕する間もあらばこそ、眼鏡を投げ捨てて告げる。
「―――勝つために、なにごとでも必死なのさ!!!」
猛禽類のように鋭い目が殺意を滾らせて見てくるのだった……。