魔法科高校の姫騎士~Alternative Order~   作:無淵玄白

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入学編における山場の一つ。森崎君校門前事件。

これをどう処理するかが、劣等生2次における作品のスタンスや森崎の扱いを決定づけるわけだが……。

理があるのは明らかに、美月たち側だというのに、一向に譲らない一科生の森崎側。

正直言えば、毅然と達也と帰るというべきは深雪であり―――コウモリのように、どっちつかずの態度を取る深雪が若干、状況を生み出していたと言える。

それゆえに解決策が穏便になるか、過激になるか。それを是々非々でジャッジするしかないわけだが……。

まぁ言い訳ですね。最新話どうぞ。


第3話『不自由極まる放課後戦線』

 

 それは在り得ざる光景だった。

 

 現代魔法師は眼の前の現実を正しく認識することから始まるものだ。

 その為には先入観や色眼鏡で裁定を誤魔化してはいけない。

 

 後に副会長である先輩にも、この言葉を投げられ投げかけて戦いを挑むことになるのだが、達也としては、そのことを忘却したくなるほどに、現在繰り広げられている光景は―――『常識を逸脱』していた。

 

『フォーーーウ!! フォフォフォフォフォフォフォ!!!!!』

 

「あばばばばば! ばっぶあ!!!」

 

 一科の優等生が小動物にタコ殴りにあっていたのだ。一方がプロボクサー(ヘビー級)、一方がアマチュアどころか素人のチンピラ程度である。

 

 無論、前者が小動物で。後者が1科生である。

 

 こうなった経緯の発端は……先程まで校門前にて深雪を取り合う1科と2科の争いが繰り広げられていたことに端を発する。

 引き止めて話がしたい1科生に融通して上げる形で、達也としては深雪に『友誼を深めなさい』と諭すことも出来たのだが、その前に堪忍袋の緒が切れたのが達也の友人……2科の女子であった。

 その後には売り言葉に買い言葉の応酬。最終的には1科の生徒がホウキを持ち出しての照準付け。

 

 達也の友人……2科の男子に向けられたのだが、それに反応して警棒で叩こうとした2科の女子よりも先に―――。

 

『モウリーニョ ハンセイスベシフォーーウ!!!』

 

「ひでぶっ――――!!!」

 

 ふわふわの毛玉が『後ろ足』を使って勢いよく飛んできた。飛び蹴りを受けた1科の生徒―――森崎駿を『ふっ飛ばした』のだ。

 

 小さな毛玉は、その打擲―――肉球のスタンプを頬に着けて3メートルはふっ飛ばしたことで満足していたのだが……。

 

「こ、この小動物が!! よくも僕の頬を打ったな!! 親父には何かと打たれているってのに!!」

 

 ……存外、親父さんも息子の教育は厳しいらしいが、()になっていない部分は多いようだ。他人の家のことにあれこれ首を出せるほど、達也もいい息子ではないのだが。

 

 とはいえ、小動物に照準を着けた森崎に対して誰もが悲鳴をあげて、起こり得る結果に目を覆い、身を挺して庇おうとしたのだが―――。

 

『フォウ!』

 

 バリン!!! ガラスが砕けるような音で、読み込んでいた起動式が砕け散る。

 

 一声吠えただけ……その咆哮に意味があったかどうかは分からないが、小動物に向けた害意の全てが砕け散ったようだ。

 

『『『『なっ――――!?』』』』

 

 誰もが驚く現象。しかし森崎とて再びの起動式の読み込みを―――それは叶わなかった。

 いくらサイオンを送り込み、ホウキ―――CADを動かそうとしても……それは『不可能な奇跡』として世界に認識されているのだった。

 

「な、なんで! なんで俺のホウキが―――」

 

 ジャム(弾詰まり)を起こした拳銃を無理やり発砲するように、何度も引き金を引くも、森崎が起こそうとしている奇跡は起こり得ない。

 深雪の前で失態を演じたからか、汗をかいて焦りまくる森崎は気付いていない。ひたひたと……正面から近づいていく『死神』の姿に。

 

『―――フォウ♪』

 

「えっ―――あ、あああああ……あああああ――――――!!!」

 

 遂に森崎の足元まで寄った白い毛玉の鳴き声一つに、誤魔化しようのない絶叫の悲鳴を上げるのだった。

 

『フォッフパンチ!!!!』

 

 そして―――……現在に至る―――。

 

「出たー!! 伝家の宝刀!! 我が『カルデア』が誇る大英雄『ゴルドルフ・ムジーク』が放った鉄拳『ゴッフパンチ』!! その威力たるや、オリュンポス十二神の『大神』機械と化したゼウス(メカニカルゼウス)すらも打ち砕いたと伝わる奥義!! これを食らって立ち上がれるわけがありません!!」

 

「解説の藤丸さん!! やはり『ゴッフパンチ』の前の、フォウ神拳の内気功が効いていたんでしょうか!?」

 

「そうですねー。リーチの差があるにも関わらず、フォウの拳が届くのは、その魔力体が伸張しているからでしょうね。第一、フォウに『速さ』で優るのは『人類』では無理なのだから!!」

 

「そういや『そうだった』わね!!」

 

「更に言えば、フォウは相対する相手の強さを確実に上回れる『比較の獣』。まぁそうはならない程度には、節度を持ってほしいものですけど」

 

 格闘技系の実況席のアナウンサー(古舘伊知郎実況)と解説のようなやり取りの後には、私的な会話をする藤丸とアーシュラ。

 

 断片的な言葉だが、分かることはただ一つ。

 

 フォウは―――とんでもない『獣』だということだ。

 分類上はあくまで『ネコ』にしか見えないのだが……改造生物かとも思った矢先―――。

 

「目に見える物、形ある物、不朽不滅な物だけがこの世に見いだされる全てではない―――アナタの理解力が及ばないからと、『拙速な結論』を出すもんじゃないわね」

 

 達也は何も言っていないが、実況席(どこからか出した机)にいる藤丸立華が達也の内心を見透かしたかのように、そんなことを言ってくるのだ。

 同時に止めの一撃なのか―――。

 

『フォフォフォフォフォフォフォフォ!!!! フォアッタァ!!!』

 

 フォウ百裂拳(予想)を放ち幾重もの嵐のような連打を放った(肉球拳)ことで、森崎の体は転がり、打ち付けられ、こすられ、削られるようにしてあらぬ方向へと数メートルほどを移動して倒れ込むのだった。

 

 誰もが呆然とせざるをえない結末。

 誰がこの結果を予想し得ただろうか。一応は、入試時点では優秀とされる百家の森崎が、猫によって殴り倒されたのだ。

 

 この現実は色々と受け入れがたいものがあったのだろう……。

 

 そんなこんなで話は―――最初期にまで戻る………。

 

 それは達也側からの視点ではなく、藤丸及びアーシュラからの視点での語りとなる。

 

 それがあってこそ―――話は完結するのだから。

 

 ・

 ・

 ・

 

 衛宮アーシュラ、藤丸立華の入学してから2日目。本格的な魔法科高校の授業は、そりゃ波乱ばかりであった。

 あの『衛宮』の2人が教師であることを受けて、一部の『物知り』さんたちは色めき立つ。更に言えば『藤丸』もその出自を知られていないわけではなかった。

 そして二科生たちに何かを説明してから職員室に戻ってきたのか、二科の講師たる父・衛宮士郎が、カウンセラーの小野とかいう女教師を連れ立ってきたことで―――。

 

「シロウ―――!!!」

「俺が愛しているのはお前だけだ―――!!!」

 

 今にも『黒くなる』か『女神』にでもなりそうな母・アルトリアを必死で宥める父の姿を目撃。

 ちなみに不倫関係なわけはないが、母に『負けじ』とぱっつんぱっつんのバディをした小野 遥 女史は、怒髪天を突く様子に腰を抜かしつつも―――。

 

「いや、ワタシを盾にしないでくださいよ」

「だ、だってぇ!! あそこまでアルトリア先生が怒るなんて想像していなかったんだもの」

 

 『擦り寄りすぎ』であったのは娘の眼からしても明らかだったので、とりあえず震えていてくださいと言いつつ、アーシュラの背中に隠すのだった。

 

「アーシュラ、これお弁当。昼まで食うなよ」

「そこまで『いやしんぼう』じゃないもん!」

 

 少しはあるのか? と食いしん坊なアーシュラちゃんを、父であり教師である衛宮士郎から渡された3重の弁当箱で認識するのだった。

 ちなみにアルトリアは、『シロウ〜〜〜♪』と父の胸板に猫のように、いや獅子のように抱きついているのだった。

 なんでさ。

 

 時間は早くも過ぎ去るもので、お昼時間。特に待ち合わせをしたわけではないが、入学時に知り合った女子2人に男子1人に―――朝知り合った男子1人の面子が、食堂に揃っていた。

 

「やっふ〜〜、1日ぶりと朝方ぶり!」

「なんだレオ、アーシュラと知り合いだったのか?」

「いや、知り合いって言えるのかアレは? まぁ朝にちょっとしたデッドヒートを繰り広げたといえばいいのか、何なのか……」

 

 エイミィたちB組の面子と分かれて、四人が席を取っている場所に三段弁当箱と共に座り込む。

 

「誰か待ってる? って深雪ちゃんしかいないよね」

「そういうことだが―――お前はクラスの人間と食わなくていいのか?」

 美月の隣に座ったアーシュラに、斜めから問いかける司波達也にアーシュラは口を開いた。

 

「ん~~、どうせウチの両親に関して聞かれたりするし、彼氏の有無とか変な話振られるのは分かってるしね。うん。面倒! それにそういう『対外的』なのは立華の方に今は向いているからね」

 

 見るとB組の面子の中心にいるのは藤丸立華の方であり、今のところアーシュラがこちらに来るのは、まぁ少しだけ名残惜しそうな視線は、こちらに届いていた。 

 

 そういうことならば、二科生である達也たちも、突如決まった入学前には説明が無かった実技講師であるアーシュラの父親に関して聴きたかったのだが……。

 

(あんまり根掘り葉掘り聞かないほうがいいかな)

 

 関係性が壊れることを考慮に入れなければ、そういうことも出来るのだが、いまはまだそういうことは聞かないほうがいいだろうと思えた。

 それより聞きたいのは―――。

 

「すごい料理ですね。お母さんが作られたんですか?」

 

 美月の何気ない言動に色とりどりの三段弁当箱を食べていたアーシュラは、首を振って『ウインナー(タコさん)』を嚥下してから、口を開く。

 

「ううん、父さん。一応はワタシも手伝えるけど、一番の調味とか色合いを考えられるのは我が家の主夫であります―――教師やってるけど」

 

 主夫の意味合いが違いすぎる言動を察したらしい。自動機械―――ホームヘルプのアシスタントがあるのだが、それらを殆ど衛宮家では使わないらしい。

 今どき、珍しくスポーツカーや古めかしい自動二輪車を所有しているのだから、『レトロ』な家である。

 

「―――食うか?」

「「「「いただきます」」」」

 

 さながら外道神父(?)に真っ赤っかな麻婆豆腐を奨められたかのような言動だが、奨められた弁当は先程から食べていた食堂のメニューより美味そうだった。

 真新しい割り箸を割ってから取皿に入れた各々のおかずは非常に美味しかった。

 

「え、衛宮先生って一体何者なの?」

「どこで、これだけの調理技術を会得したんでしょうか……」

 

 悲しいことに、かつては和食及び日本料理というものは洗練された食の一つとして世界に誇れるものであったが、群発戦争及び世界的寒冷化という世界的なクライシスによって、多くの『食の技術』というものは、受け継がれずに埋もれてしまうものとなっていた。

 文献。有り体に言えば『グルメ漫画』などを紐解いたりして『古来の技術』を蘇らせる作業もあるのだが、やはり―――中世暗黒時代のペストによる『老齢の技術者』の『逝去』などで、伝承されなかった技術よろしくそうなっているようだ。

 

「なんか、故郷の近所に住んでいた『虎』や『くたびれた養父』の為に、調理技術を磨いていったとは聞いている」

 

 もう昔の話らしいけどと付け加えてから食事を再開。

 なんやかんやと食が進んでしまう。というか、アーシュラのペースに巻き込まれる形で、昼食は終了してしまうのだった。

 串カツの間、間にキャベツを食えならぬ。アーシュラの弁当をつまめ。といった形か……。

 

「―――深雪が来る前に昼食が終了してしまった」

「こっちは一服していてもいいんじゃない?」

 

 そんなわけで一服していたところに、1科生の連中。

 A組の深雪の同窓の人間たちがやってきて席を寄越せと言ってきた。

 

 深雪は達也たちと昼食を食べたかったという意味のないことをと思いつつ、アーシュラも立ち上がるのだった。

 

「衛宮さんも一緒に―――」

 

 笑いながら誘いを掛けた森なんとかとやらに即座に返す。

 

「生憎だけど、アナタ達みたいなクソダサい連中と一緒の座席にいたくないわね。徒党を組んで少数を威圧して力で恫喝。クソダサい限り。その臓腑の腐った卑しき心魂。――――――『私』の眼前に出すな」

 

 その言葉と形相……肌身で感じるプレッシャーに対して、『ひっ!!』と明確に悲鳴を上げるA組の一同。

 それに対して深雪一人だけが、何とか平然を保てたが―――その言葉(けいこく)の後に続く言葉(ツラネ文句)を何となく深雪は予想した。

 

 ―――でなければ、素っ首刎ね飛ばす―――。

 

 ……まるで何処か遠くの国の『王様』を思わせるオーラ。

 アーシュラのパーソナリティが分からなくなるほどの変貌に、深雪は『深淵』を見た気がした。

 

 重箱の包みを持って兄達に追いつくアーシュラが少し羨ましく―――。

 

 少し遠くの方では、藤丸立華が頭を抱えて『ペンドラゴンモードが出ちゃうとは……』などと嘆くように言うのを、耳聡く深雪は受け取ってしまう。

 

 そして―――。

 

『フォオォオオオオオ!!!!!』

「フォウ、落ち着きなさい―――はい。イカスミパスタ」

『フォ―――ウ♪』

 

 何かの動物の鳴き声も聞こえていた。その鳴き声は繊細な深雪の演算領域も震わせていた。

 

 ある種の本能的な『恐怖』も感じてしまうものではあったが……。

 

 そして放課後―――同じクラスゆえか、それとも『何か』あるのか、達也たちの前に現れたのはB組のアーシュラと立華であった。

 

 別に我関せずでいたかったのがアーシュラと立華の心だったのだが、これを見ては仕方がない。

 

 ―――義を見てせざるは勇なきなり―――。

 

 かつて魔術師としては最弱。だが、■■■の守護者たちのマスターとしては最強。

 

 『カルデアNo.1のマスター』と称された男を知るだけに、この場での仇は決まっていた。

 

 だから―――その激突の直前でアーシュラがその辺にあった木の枝を持とうと、立華が魔術回路の回転を上げようとしたその時、柴田美月が吼えた瞬間―――。

 

『■■の絶対■■■』は、森崎駿という少年に挑みかかったのだ。

 

 意図としては……。

 

 ―――僕のお気に入りの『マシュマロ星人』によくも罵声を吐いてくれやがって、この新宿にでもいそうな鉄パイプ持ちのモブ面がぁああ!!―――

 

 という言葉を、『フォウ』という語音だけで殆どを吐き出すのだった。

 

 その後には……。

 

 ―――君がッ 泣くまで 殴るのをやめないッ!!―――

 

 ――― 一方的に殴られる痛さと怖さを教えてやろうか!?―――

 

 ―――オラオラオラオラオラオラオラオラ!!―――

 

注意:上記の意訳はかなり偏った表現ですが、フォウ君のやっている行為は、大体この辺りで合っています。

 

 

 全てが終わったあとには――――。勝鬨の遠吠えをあげながら森川に砂を掛ける小動物……フォウの姿が―――。

 

 そうしてから、ぴょんと跳んでアーシュラの肩に乗って丸まったことで――――。

 

『平和のために禍根は根こそぎ断たれた……!!』

 

「「断つんじゃなーい!!!」」

 

 沈みゆく夕日に対して拳を握りながら感慨を吐いた女子2人だが、その感慨に対してツッコミが入る。

 

「何から言ったらいいか分からないが……とりあえず風紀委員長の渡辺摩利だ!! 何がどうなってこの惨状が出来上がったんだ……」

 

「そっちの会長さんは、しっかりとフォウの『武勇伝』を見ていたと思いますけどね」

 

「―――これは一本取られたわね。まさか私の眼を見られていたなんて」

 

「もう少し速く『仲裁』に来てくれれば、そんなことは言いませんでしたけどね」

 

『フォウ!! フォウフォフォフォアアア!!!』

 

 『こちら』の分析優先で、この喧嘩の仲裁に即座に来なかった『不実』を攻め立てるとフォウも同調する。

 

「い、言っている意味は分からないけど、怒っているのは分かるわ……。私も衝撃的だったのよ。そちらの森……そう、森末くんは入試成績でも結構凄かったし、まさか―――ふわふわの毛玉に一方的にやられるだなんて」

 

 名前を間違えられた上に、実力不足を詰られたことで倒れ伏していた森崎が呻く。どうやら意識はあるようだ。

 

「……それでは喧嘩の原因は何なんだ?」

 

「私とアーシュラは途中参加ですが、どうやらA組の森末くん率いる(?)一団は、司波深雪さんと校外活動をしたくて、司波さんが実兄である司波達也くんと下校したいのを妨害して、そうして昼休みでの食堂の1件もあってか、横暴な『ものいい』をして、他人の自由を拘束するA組の面子に対して、E組の面子はついにキレたわけです」

 

「食堂の件に関しては十文字から聞いている。A組の選民意識に関しては、今は置いておく―――」

 

「いや置かないでくださいよ。問題の根本は、A組が自分たちの能力を笠に着て、個人の自由を制限したことに端を発するんですから」

 

 その容赦ない言葉に、口をへの字に曲げるショートカットの風紀委員長の渡辺摩利とかいう女子。

 その顔を見てエリカが、わっるい笑みを浮かべているのを何人かは見たのだが。

 

 ともあれ、『第三者の証言』により、A組一同の不実は証明された。

 俯いて顔面蒼白となる面子が多い中、話は続く。

 

「その後は、まぁ売り言葉に買い言葉。己の才能に慢心した邢道栄よろしく、60斤のマサカリ代わりに森末くんが、ホウキでレオンハルト君に照準を着けた瞬間―――」

 

「エリカよりも疾く、その小動物が森末を叩きのめしたのか……」

 

 いい加減だれか名前を、せめて名字だけでもちゃんと言ってやれよと何人かが思うも……訂正できる空気ではない。

 

「……自衛目的以外の『魔法』による対人攻撃は、校則違反以前に犯罪行為だが……『魔法』じゃない、ただの暴力沙汰にしたって色々と不明すぎるぞ……」

 

 頭を抱えて美貌の顔面をしかめる渡辺委員長に対して―――。

 

『フォウフォウフォ』

 

『いつの間にか』渡辺委員長の肩に乗っかり前脚で肩を叩くフォウくん。

 

 訳すれば『くよくよすんなよ』といったドントマインドの心構えだった。

 

「小動物に慰められた!! し、しかしとんでもないフワフワ具合だな……ああ、ダメだ。このつぶらな瞳が、何もかもの罪をうやむやにしてしまいそうだぁ……」

 

「摩利―――!!!」

 

 先輩1人を懐柔せんとする、先程までは怪獣のごとき働きをしていた小動物を前に、籠絡するのは速くなりそうだ……。

 

「どちらにせよ森末―――いや森崎駿くんは、小動物にすら勝てない惰弱なわけですからね。で―――『誰』こそが『罰されるべき』なんでしょうか?」

 

 シメの言葉のつもりか立華が放った問いかけに、会長は苦い顔をする。

 

 ちなみに委員長は既にフォウに籠絡されていた……。

 

 普通に考えれば、管理責任が生じているはずの、小動物の飼い主であるアーシュラないし立華なのだが、それ以前に『そんな校則や法律』は、既にこの日本では廃案となっているのだ。

 

 寒冷化と戦争の影響はペット事情にも及んでおり、世界群発戦争から30年が経過しても、ペットは一部の富裕層にしか普及していない。

 

 最近では、むしろ3D映像で動く電子ペットや、動物型ロボット(アニマロイド)の方が一般的だ。

 そんなわけで、仮に大型犬なんてものを飼っていても外に出さない方が当たり前だ。

 

 とはいえまぁ……この場での『罪の所在』が曖昧になってしまっている。

 

 森崎がレオに発砲照準を付けた上に起動式が展開されたのは事実。そして、そんな世間一般では『全能』とも言える『魔法師』を張っ倒したのが、ただの小動物―――いや、ただの『小動物』なわけが無いのだが

 ……立証責任があるのが、上役である会長と風紀委員長と―――被害者である森崎なのだから。

 

「中々に意地悪なことを言うわね藤丸さん……」

 

「失礼、どうにも意地の悪い人間たちに囲まれがちなものでして、それで……セイレムの魔女裁判よろしく『誰』をしょっ引きますか?」

 

 その言葉で何もかもが、藤丸立華の手の平だと気づく。この場にあった『問題点』が全て消え去っていたのだ。

 

「リッカ、あんまりイジメるのは良くないよ。まぁ私もあまり聞いていて、見ていて鼻を抓んで眼を背けたいぐらいの生臭さだけど―――『マスター』、これ以上はいいでしょ?」

 

 アーシュラの諭すような言葉。それを受けた藤丸立華が、数秒見つめあってから溜め息を突いた。

 

「……そうね。それじゃ全てを『無かったこと』にするために、スターズ・コスモス・ゴッズ――――」

 

「トレース・ドライブ―――フィン・マックール―――満たされよ全治の湧き水。降り注げ全快の雨滴。―――『この手で掬う命たちよ』(ウシュク・ベーハー)―――」

 

 歌うような声の後に複雑な魔法陣が藤丸立華の背後に現れて、その魔法陣が投射する光とアーシュラが掲げた手から降り注ぐ水滴が―――。

 

「―――なっ!?」

 

 今まで涙と鼻水まみれで顔をぐちゃぐちゃにしていただろう森崎を『持ち上げて』、その制服の汚れから傷に打撲痕に至るまでを、『全て』癒やし尽くした……。

 

「お兄様……」

 

「俺じゃない。しかし、こんなことを出来るなんて―――」

 

 明らかに現代魔法の『理屈』ではない。これが『魔術』なのかと思わなくもない。

 

 水を振りまく巫女―――五穀豊穣を願う水分り(みくまり)のように恵みと癒やしの水滴を注いだ後には、自分たちの身体の不調も取り除かれたかのようだ。

 

「――――」

 

「これで十分でしょうか? アナタが『見たかったもの』を、私もアーシュラも見せたつもりですが?」

 

 絶句している会長に対して、藤丸立華が挑発的に言う。その言葉で頭の血の巡りの良い何人かが察する……。

 

 つまりは―――この状況全てが『当て馬』だったということだ。

 

「……分かりました。この場における『全て』は無かったことになったことを、七草真由美の名で宣言します。ただし、1-Aの森崎君に対しては、あとで反省文50枚の提出を命じます。

力持つものだからと、それを人斬り包丁にするような心根を今後も持つのならば、『推薦』も取り消しましょう」

 

「はい―――寛大な処置……あ、ありがとうございます……」

 

 その言葉の後に解散を示すかのように、フォウに頬ずりしてだらけている渡辺摩利の耳を引っ張る会長の姿。

 タッパに差があるとはいえ、その行為の御蔭でフォウはようやくアーシュラと立華の元に帰ってきた。

 

「あだだだ!! 真由美、もういいから!! 自分で歩けるから!!」

 

 そうして去っていく2人に対して礼をしながら送り届ける―――立華とアーシュラ以外。

 

 全てが終わると森崎は睨みたいはずなのに、睨めず顔を恐怖で歪ませながら、フォウを構い続ける立華とアーシュラを見る……。

 

「何か言いたいことがあるならば言えば?」

 

「……なんで、こんなことに―――何を言えばいいんだよ……!?」

 

 アーシュラの冷たい声に対して返される支離滅裂な言動。それは、明らかに爪を立てられて斬り裂かれた存在の『怯え』ゆえの言葉だ。

 

「さぁね。君の言葉を借りるならば、これが『才能の差』ってヤツだよ。人を完璧に癒せるヤツは、それ以上に『人を壊す』ことにも長けている。なんせ人体構造を完璧に把握しているわけだからね……。

『私』とマスターリッカは、『医者』と『芸術家』の次に純粋な殺人者だよ……」

 

 笑顔での、その脅し文句の意味に涙を浮かべながらも……。

 

 森崎は身体に染み付いた恐怖を何とか抑えて、口を開く。

 

「し、司波さんは僕らと一緒にいるべきなんだ……!! こ、こんなことが―――お、おぼえていろ――――!!!」

 

 そんな古典的なフレーズで、校門前から走り去っていく森崎の背中に対して―――。

 

 2人と1匹は……。

 

「30秒くらい?」

「長いわ。10秒にしときましょう」

『フォウフォカンズ!(4秒!)』

 

 森崎に着いていった連中とは別に残っていた人間たちは―――その言葉に対して……。

 

『『『『『鬼かっ!?』』』』』

 

 そう言わざるを得なかったのである―――。

 

 その影で……闇に蠢くものたちは静かにざわつき始めたのだった……。

 


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