魔法科高校の姫騎士~Alternative Order~ 作:無淵玄白
狙い通り(ニヤリ)
九校戦新人戦初日。
ある種の異様な空気を感じる富士の大会競技場に、遥々北の大地から小学生2人がやってきた。
現代の日本の交通事情に則して、2人の小学生はあまり大人を必要とせずとも、ここまで来れた。
とはいえ、遠く『北海道』から飛行機を始め、在来線キャビネットを乗り継ぎ乗り継ぎ、ようやくここまで来れたのだ。
本来であれば2人の保護者たる夫婦も一応、同行するつもりではあったのだが、急遽の患畜が入ったのだ。保護者は獣医だった。
世界的寒冷化によって、食糧生産が覚束なくなっていく世界。如何に太陽光発電で何とかしたとはいえ、それは穀物や青果生産などだけであり、他の分野にまで行き渡るものではなかった。
即ち、酪農・畜産―――放牧に関するものであった。掻い摘んで話せば、乳牛にせよ畜牛、養鶏であれ、彼らに回す食料が後回しにならざるを得なかった。
これは何度もシュミレートした結果だが、世界的寒冷化で耕作地域での作付けが上手く行かなければ、必然的に穀物は人間優先とならざるをえない。凍りついた大地を温めても、少ない日照時間を太陽光発電のエネルギーで賄えたとしても……全てが上手くいくとは限らなかった。
本州はともかく、北海道はその地理的な特徴と地政学的リスクから悲惨な目にあったのだ。
そんなこんなありつつも、北海道にて獣医という職業が無くならなかったのは、そこに生きる多くの人たちに、フロンティアスピリッツ溢れる開拓者魂があったからだ。
無論、それとはあまり関係のない―――『研究所』を出身とする両親から生まれた女子にも、それは宿っていた。
生まれ育った大地…そこにある風土が、歴史が、魂が―――彼女を育てていた。
「やって来ました本州―――静岡県!! 富士山は大きいなー!!!」
「ミーナ、声が大きいよ。抑えて抑えて」
「けれどアーシュ姉が、『でっかい声で叫べばゴーレムのような男子が案内に来てくれるよ』って言っていたし、アーシャも案内は欲しいでしょ?」
「まぁ端末で分かるといっても道案内は欲しいよね。一日、二日の散策も出来ない。十日間も滞在できる旅費はないのよね……」
「ゴメン。ウチの経営が思わしくなくて―――」
「どんな診療であろうと、お医者様が千客万来なのはどうかと思うよ」
言い合う金髪と黒髪の小学生女子―――高学年で、見ようによっては中学生にも見えるのは金髪の方。ハーフゆえなのかは分からないが、苦笑するように言う。
本当の所は、遠上家に世話になっている身であるアーシャこと伊庭アリサは、そこまでのお金を貰うわけにはいかなかったからだ。
遠上夫妻――――その娘である遠上茉莉花にも遠慮はあったのだ。お互いが姉妹も同然に思えていても、アリサは、母の選んだ結論を尊重するゆえに―――未だに正式に遠上家の養女になれなかったのだ。
(中途半端だよね。甘えだとは分かっている……)
茉莉花ことミーナのお兄さん―――遼介との関係も―――。
などとシニカルに、小学生高学年にしては『らしくない』悩みを持っていたアーシャの前。九校戦会場の前に、居並ぶ出店に食欲をもたげた茉莉花の前に―――
ぬっ、と出てくる巌のようなゴーレム―――。
アーシュラの教えてくれた呪文が効いたのか―――現れたゴーレムはこちらに声を掛けてきた。
「失礼、衛宮アーシュラと藤丸立華の招待客、伊庭アリサ君と遠上茉莉花君かな?」
「は、はい―――その名前をご存知ということは?」
「アナタが私達の道案内役?」
姉貴分として時々、遊び相手になってもらっている2人の名前が出てきたが、それでも警戒心は持っておく―――アーシャとミーナだったが……現れた男。
魔法大学付属の制服―――白地に緑の『一高』カラーを身に着けた大柄の巨漢は―――驚くべきことに、『高校生』なのだった。
「はい。北海道からやって来られたお二人の案内役の『十文字克人』です。以後よろしく―――と言いたいところですが……」
あの十文字!? という驚愕の声が出た2人の『JS』に苦笑しながらも、克人は―――。
「とりあえずお腹が減っているのかと推測する。適当に買ってから行きたい競技会場に案内しよう」
「アーシュ姉さ―――アーシュラさんの開始時刻は大丈夫なんでしょうか?」
完全に食欲満たしたいモードに入った茉莉花に代わって問いかけるアリサに、克人は『大丈夫ですよ』と『優しげ』に応える。
「むぅ……リッカ姉の試合に遅れるのもアレだしね。それじゃ十文字さん。屋台で適当に買ってアーシュ姉の試合に案内よろ♪」
十文字の名乗りに驚いたが、それでも切り替えの早い茉莉花の人懐っこい笑顔で、十文字は警戒とかをやめて―――そう言えばあの四人に奢った時もこんな感じだったなと想い。
(こんな時にだけ建築会社社長の息子であることに感謝する自分が、ちょっとだけ恨めしい)
一番最新の女の子への奢りがJSであるという世知辛さを少しだけ押し殺しつつ、克人は久々の兄貴面をするのだった――――。
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(完全に克人さんが、鎧砕かれ放題のいつまでも死ねない『結婚しよ』さんになっている―――)
アーシャとマリカから送られてきた自撮りの後ろで、電子マネー残高に落ち込む克人の姿が印象的であった。
端末に送られてきたそれを一読して―――。
最後にあった『GOOD FIGHT』『Grand Order Start』という言葉に、『ありがとう』と返してから、自分の中にいる『竜』を呼び醒ます。
傍目には瞑想か居眠りしている風にしか見えなかったアーシュラが目を覚ますと、目の前には何処かの魔法科高校の選手がいた。
「随分と余裕なのね、一高さんは?」
「余裕……まぁそうかもね。負ける必要もない。可能性もないから」
アーシュラを見下ろすモジャモジャした髪をヘアバンドで止めた女に返す。
どうやら居眠りと見られたようだ。どうでもいいが。
その言葉を挑発と受け止めた女が、顔を怒らせながら口を開く。
「先輩は助けられたけど、それはそれ! 新人戦でのボード優勝は、七高のこの浜田がいただくわよ!!」
それが捨て台詞なのか、選手控室から出ていった浜田なる女―――。そして時間だと気付き―――立ち上がる。
決戦の場に出ることにするのだった。
控室から出て、会場に着きスタート位置に―――行く前に係員から渡されたボードの確認。
間違いなく指定したボードであると確認して、水の上に設定されている所定の位置にボードを走らせる―――。
ボードの上に立ち上がる姿一つ取っても絵になる美少女に歓声が起きる。その中に『アーシュ姉ちゃん!! ファイトー!!』『ファイトでーす!!』というマリカとアリサの一際大きい声に、手を振って答えておく。
そんな会場内の様子に呑まれることもなく、緊張することもないアーシュラに誰もが驚く。
「すごいなぁ……アーシュラさん。こんな大舞台でも緊張しているようには見えません」
「まるで何処かの国の高貴な血筋を感じるね」
北山雫のシューティングではなくアーシュラのボードに来たのは、柴田美月と吉田幹比古の2人であった。アーシュラ自身は―――。
―――ワタシの戦いなんて見てもつまんないし、『学ぶもの』も無いから北山さんの方に行きなよ―――。
などと、観戦スケジュールを決めかねていた友人一同に対する発言もあって―――見られたくないのかなと邪推しつつも、それでもその言葉で応援観戦は北山雫に多くが集中することになった。
昨日の五十嵐のアクシデント、摩利の不調などから『ゲンが悪い』という気分も手伝ったが、どこの世界にも『天の邪鬼』というものはいるわけで、この2人はボード会場にやってきたのだった。
アーシュラの着ているウェットスーツは、かなり特徴的なものだ。
確かに一高の八枚花弁は入っているが、カラーデザインがかなり凝っている。
明確な規定があるわけではないが、それでも大概のボードなどの水上魔法競技では、それぞれの高校指定のスーツを着るのが通例だが……。
それでもそれは、暗黙の了解か面倒くささ程度のものだ。つまり―――。
(そんな私用のスーツで出て、負けたならば大恥。敵からも味方からも嘲笑を浴びせられることになる)
そういう覚悟を持って一高の姫騎士は立ちふさがっているのだった。
白地に蒼色と黄色のアクセントが刻まれたウェットスーツは彼女の見事な肢体を包み込んだ上で、その魅力を存分に引き出していた。
俗に一高ではアルトリア先生やアーシュラの戦闘衣装の色合い、未知の紋様刻印から『ペンドラゴンスタイル』と言えるウェットスーツを着ている姫騎士は注目の的だ。
そんな姫騎士の周りに、水精と言えるものが、自然と『加護』を与えているのを美月は見て―――。
違う場所で同じようにそれを見ていた三高
……九島老師ともアレコレ言い合える、衛宮アーシュラのことが気がかりであった一条将輝と吉祥寺真紅郎を見つけた沓子は―――。
『やはり観るべきはエミヤか……いつ出発する?ワシも同行しよう』
『『四十九院』』
などというやり取りの後に、親衛隊が羨む美少年二人を傍に置いての観戦となったのだが……。
「ううむ。ま、まっずいのー。アイツ完全に『勝ち』を決めるぞ……」
「そんなにまでもスゴいのか、衛宮は?」
「まぁ……ワシには見えるが、お主らには見えない。それが伝わればいいのじゃがな―――とにかく出走を見届けるぞ。正直、対策など見つから無さそうだが」
疑問を呈する一条に返すビビりまくりの沓子だが、目に見えて水精が衛宮アーシュラに味方するのを見て更に驚愕する。
あれは自分のように『呼びかけて』いるわけではない―――自発的に精霊たちが、アーシュラにチカラを与えているのだ。
そしてその走り―――風精までもが、味方に憑くだろう状態―――会場アナウンスで名前を呼ばれて、手を挙げるアーシュラの姿に沓子は目を釘付けにされていたのだった。
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『用意』
言葉と同時に全員が各々のスタートフォームを取る。多くは陸上競技でいうところのクラウチングスタイルだが、アーシュラだけはスタンディングのままで少しだけ前傾して構える―――。
そして係員による空砲が上空に鳴らされた音に応じて、全員が読み込んでいた起動式を魔法式として投射した。
瞬間、飛び出す四人の内の三人―――。
明らかにスタートに遅れたと思しき衛宮アーシュラだが、次の瞬間にはボードの動きが
緩から急にというレベルではない速度で動き出して―――あっという間に三人を追い越したのだった。
「「「――――――」」」
速すぎる加速。そこからは加速。加速!!! アクセラレートが止まらないアーシュラのボードは水を割り砕きながら、『爆走』という表現が似合うもので水の上を走っていく。
それが昨日の暴走と同じかと想いきや、違うのだ。
あの速度域で全てが制御されている―――。速すぎるというのに何もかもが規格外の走り―――。
身体を振り回しながら速度域を制御しているわけではない。金と白の色彩の軌跡が水上に残像を刻んでいく……。
「ば、バカな! あ、あんな速度で動き続ければ、ボードからふっ飛ばされるのがオチだってのに!! どうなっているんだ!?」
「どんなトリックなんだよ!? もう……レシプロ機とジェット機との差にしかならない……」
一高以外の担当エンジニア達の怨嗟の声が、一条と吉祥寺の耳にも届く。
汗を掻く一条は、唇が乾き喉が張り付いていたのを無理やり開けて相棒に問いかける。
「ジョージ、衛宮の走りの『理屈』は分かるか?」
「……正直、僕にも―――ただ、あの速度域で『水上』を走るためには、ダウンフォースを発生させておく必要がある。ボードだけでなく『自分』にも、けど、あれだけの速度で動くのに、どれだけのダウンフォースを発生させればいいんだか。しかも、それだけ上方から空気で押し付ければ、そんな速度で動くことなんて不可能なのに……ゴメン、将輝―――全然分からない……」
一つの事象を解決させたとたんに『違う事象』が足を引っ張る。
あのボードが駆け抜けている理由はよく分かる。恐らく今日の魔法師の界隈では廃れた『魔力放出』という技法だろう。
莫大な『魔力』を利用して様々な器物や己の身体を加速させる技法……もっとも、現代魔法の発展に伴い、これらは―――時代の彼方に消えた。
そもそもサイオンを放射するだけでは、それだけの『物理現象』を発揮できなかったことがある。
いや、そういったことが『出来なくなりつつあった』……正確に言えば、そういうことだ。
そして、あのボードがあんなオートバイ以上の速度で駆け抜ける理屈は―――更に不明だった。
「四十九院は分かるか?」
「ううむ……単純にボード自体を動かしている理屈は、魔力放出でよい。もうそれだけで四発エンジンを積んだ戦闘機も同然じゃが、その上で前に進むことで発生する空気抵抗は、風精―――風の結界というべきものを鏃型に広げて正面へと突き出しておる」
「―――目を凝らせば、ようやく分かる程度だが……確かにそういうものが発生しているな。それで身体ごとボードも包む……巨大な圧縮された気圧の傘か」
「これが地上で『バイク』などを使う『騎乗』ならば、魔力放出でタイヤを地面に圧迫させるなどもしていたじゃろうな……」
顔を青褪めさせながらも応える四十九院。それ以上の理屈もあるという……。
「水中にいる水精と風精たちを動かすことで推進力も得ている―――つまり衛宮は、地力で動くと同時に、水面の動きも得ているのじゃ」
「「―――――――」」
理屈は分からない。だが、良く見ると本人の荒々しい疾走の割に白波が立つことはなく―――確かに衛宮アーシュラが選定した『航路』は、水面が自走しているのが分かる。
(あの身体の振り回しはバランスを取るのと同時に、自らが速められる
そんな三高の分析の間にもアーシュラはコースを一周して、それでも速度は緩まない。
後続集団の『後ろ』に現れた『先頭』のアーシュラの姿に、他校が青くなる。
「周回差を着けて勝負を決めるつもり、か」
一縷の望みも与えない疾走で衛宮アーシュラは勝負を決めようとしてくる。だが、ここに至るまでに『疑問』も生まれる。
「しかし、如何に衛宮が速いとはいえ、水面干渉の妨害魔法でも何でも仕掛ければいいのに、まぁ本人の投射距離とかCADのスペックとかあるんだろうけど………」
「それが出来ればじゃがな……」
将輝の分かっていない理屈に渋面の沓子は、悪態を突くように言う。
衛宮アーシュラという
つまり疾走するだけならばともかく、『悪意ある魔力』を通すことを許さないのだ。ある種の『粛清防御』がかかるのだ。
そこまで深い理屈は分からない三高一同だが、それでもバトル・ボード女子新人戦の難敵は決まった……。
試合の推移は、他の選手が二周目をようやく終えた時に、三周目のフィニッシュを終えた衛宮アーシュラにゴールエリアでのチェッカーフラッグが振られて、今大会のレコードタイムが更新されたのだった。
スキージャンプの選手のようにしばらくコースを走って、大歓声の中、慣性力を消費していたアーシュラは、突然ボードを急反転して、観客席に向けて波しぶきを『打ち上げた』。
決して大水量ではないが、それでも全員の熱気を覚ますほどの水掛けを受けて更に、楽しい
「随分と粋なことをするやつじゃのー……」
「ビビリタイムは終わりか?」
先程まで震えていた沓子のいつもどおりの不敵な笑みを見て、将輝は問いかける。
水を吹っ掛けられたことで、沓子の中で何かは決まったのかもしれない。
「当然じゃ。ここまでスゴい実力差ならば、開き直って挑めるというものじゃ―――燃えてきたぞ!!」
そうして四十九院沓子は決意をした。
だが、解説役に回っていた彼女が2人に言わなかったこと―――。
恐らくだが、男子2人が気付いていない事実、ボードの上に立ちながら笑顔で観客席に手をふる姫騎士は、CAD―――術式の補助器具など一切持たずに、あれだけの疾走を行ったのだということを……。
それを言わずに沓子は決戦に走るのだった―――。
……たとえ相手が『竜を従える女神』であろうと、簡単に負けは認めたくないのだ。