魔法科高校の姫騎士~Alternative Order~ 作:無淵玄白
勝負の分かれ目などどこで出来上がるかは分からない。
結局の所、分かりきっていたことだ。
まぁともあれ、クラウド・ボール新人戦決勝が始まろうとしていた。
「アーシュ姉は勝てるよね? 立華姉」
「まぁ特に問題ないでしょ。相手の金髪とアーシュラ、予選ではどっちが速かった?」
「「アーシュラ姉さん!!」」
「ならば、そういうことですよ」
素人目に見てもアーシュラの速度は、一目瞭然だ。そんな満足した答えを聞きながらも、問題事もある。
「クラウドと同時進行なんですよね。アイスピラーズブレイクは」
何気ないアリサの質問ではあるが、実際そのとおりなのだ。とはいえ、実情は違う。
「まぁね。ダークジェネラルが提案したエキシビジョンは、敗者たちへのボーナスゲームみたいなものだから、いま画面で戦っているフェンシングスーツじゃない方の女の子が相手になるかもしれないわ」
「ハードだなぁ……けれど!! アーシュ姉ならば、それぐらいは出来るよね」
茉莉花の言葉にちょっとだけ苦笑しながら立華は答える。
「まぁそうなんですけどね。寧ろ希望者が出ない方がいいんだけどなー……」
とはいえ、アーシュラはアーシュラなのだ。彼女が戦うことを望んだならば、自分はそれをフォロー出来るようにしておかなければならない。
(アッド―――『封印礼装』を持ち込むことは許してもらえた。口頭だけでなく、書面でも委員全てと
彼ら呼称のレリックに相当するものだとしても、そこに制限は掛けられないのだから。
ともあれ、ラケットを手に出てきたアーシュラと一色愛梨の姿に歓声が上がる。
どちらも映える金髪の美少女だ。男たちの熱のある視線も届くが、それを意に介する2人ではない。
透明な箱に入ると同時に互いに一礼をしてから、スタートを待つべく、最適な位置に移動をする。
特にこの戦いで思うところなど無いだろうが、それでも新人戦優勝の一角を取ることになるだろうアーシュラの姿に、誰もが期待を寄せる。
そして―――スタートランプが点灯を開始していき、ブルーランプになった瞬間、高速の戦いが展開されていった―――。
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「相変わらず疾いわね……」
「身体のベクトル放出だけでなく、目の良さもありますからね」
「シンプル・イズ・ベスト。基本性能が優秀ならば、小細工など要らないという典型だからな」
本戦クラウド・ボールで優勝を獲りきれなかった真由美の恨めしげな声と言葉を皮切りに、市原・渡辺が言葉をつなげる。
しかし、そんなアーシュラの速度に追随していけるように見える一色愛梨も、狭いコート内を縦横無尽に走りながら、アーシュラのボレーした球を返球していく。
とてつもない速度と力で繰り返すラリーの応酬は、見るものの眼を楽しませる。
だが、その均衡は徐々に崩れていく。
アーシュラが段々とネット前で球を処理していくのに対して、一色は段々と後方に下がって球を処理していかざるを得なくなる。
クラウド・ボールは、ボールを相手コートにバウンドさせた回数(一回1点)と、転がった秒数(0.5秒で1点)でポイント数が決まる競技だ。
つまり、自陣コートにボールを落とさなければポイントは無いわけだが、その対処法として大別すれば、運動能力で返すか、魔法の処理能力で返球するか―――この2つなのだ。
最近の傾向としては、一高の春日や七草のような後者で処理していくのが主流だが、衛宮・一色みたいなラケットで返すことも廃れていない。
結局の所、ボールを打ち返す上で一番いいのは、視認した上で身体を使っての返球。動体視力と反射神経の融合が一番だからだ。
そして後ろに下がって処理していた一色愛梨は気付いていない。
ネット前で全てボールを処理していたアーシュラの返球に変化が出たのを。
―――速度を遅くした。
―――スイングのモーションが遅くなった。
―――ストロークに変化が出る。
同時に一色の返球のリズムが『単調』になっていたのを気付く。返球された低反発ボール全てに対して、ドライブボレーのモーションではないものを見せていた。
((((ドロップショット!?))))
テニスにおけるネット際に落とす高等技術。
卓球における台上処理『ストップ』『ツッツキ』のようなものが披露される。
硬式テニスにおける硬球や、卓球における公式球ではない低反発ボールでそれが出来るのか。
上から下に向けて切り裂くように振るわれたラケットがコートに描く軌道。
低反発ボールが山なりの弾道でネット際に落とされていく。殆ど同時に横一直線に並べられた球の軌道に次から次へと打ち出していく。
誤差としては数秒程度で、横に高速でスライドしたアーシュラによるドロップショットが、ネット近くに落ちていく。
まるで分身の術か残像のように見えたが、何のことはない。アーシュラの動きが常人の動体視力を逸脱していたからだ。
「―――――追いついてみせます!!!!」
叫びながら姿勢を低くして、ラケットを目一杯に伸ばして飛んでいく一色愛梨の姿。
1,2球ぐらいは取れるかもしれないが、アーシュラによるドロップショットは7つ。
そしてドロップショットは―――。
『バックスピン』が掛かっており、相手コート上でバウンドすることもなく、ネット方向に戻っていくのだった。
「ぜ、零式ドロップショット……」
誰かが驚愕した声を上げていたが、名作マンガで見たその通りのことが目の前で起こっていたのだ。
「くっ!!!!」
用意していた汎用型CADで、へばりついたボールを跳ね上げさせる愛梨だが―――。
「スナ―――ッチ!!!!」
ロビングも同然に跳ね上がった高さのボール。
自コートに来たあからさまなチャンスボールに、スマッシュが決まる。
勢いよく叩きつけたボールに対応しきれない一色愛梨は消耗していき、第一セットはアーシュラが取るのだった。
「―――まだまだだね」
往年のテニス漫画(疑問)の決め台詞で締めたアーシュラに、特大の歓声が上がるのだった。
「いやはや、強烈な試合だな。真由美、衛宮とあたって勝てそうか?」
「あの音速の連続ドロップボレーなんか、ダブル・バインドじゃ無理よ……初見では多分勝てない」
「まぁお前、どちらかといえばチビだもんな」
「た、確かに摩利の言う通り、『視認』し辛い高さに放られたらば、結構難儀するけど―――複雑だわ。その言い方は」
現代魔法は、いわゆる有視界距離のものにしか効果を発揮出来ないわけではない。距離の制限というのが本来的にはないのだ。
やろうと思えば、ここから富士山の山頂の土を動かすぐらいは出来るだろう。
だが、その一方で、迫りくる時速150kmの剛速球を投げるプロ野球選手の球―――しかも膝下ギリギリ低めにコントロールされたものを、魔法で難なく弾き返せるかと言えば、不可能に近い。
初速と終速の関係。縫い目による変化などなど様々あるが―――要は、魔法師の目でも『追いきれない速度』のものに、『何となく』で魔法を効かせることは出来ないのだ。
「アーシュラさんのボレーした玉は、平均しても150km前後でリターンしていますから、一色さんが徐々に後ろに下がっていったのも当然ですね。しかもそのリターンは、『狙って』一色さんが『取りづらい』位置に打っていますから」
「そうしてネット前で処理してプレッシャーを掛けて、後ろに下がらせたところで先ほどのドロップショットか。結構考えてるんだな」
決勝までの試合、その全てで『波動球』じみたリターンで勝ってきたアーシュラだが、ここに来て技巧というものを見せてきたことに驚く。
能ある『竜』は爪を隠す。
そんなところだろうか。造語を作りながらも、あの速さの正体は何なのか―――摩利には何となく理解できていた。
「風と魔力放出を使った複合的な高速運動、か」
何気なく言っているが、この『風』というのが、これ以上無く様々なことに利用されているのだ。
風紀委員会の捕物でも、この風は大いに利用されてきた。殆ど飛翔しているも同然の機動を前にして、逃走を図ってきた違反者どもは、早々に諦めを図るのだ。
「一色さんの
現在の状況に対して市原のスゴくいい喩えが出てきたが、趨勢としては風神の方に有利が在る。
老竜・古竜のごときゴールドドラゴンの息吹の前では、全てが吹き飛ばされるのだから。
「さてさて1セット棄権となるか――――――」
前に後ろ、左右に、アーシュラのリターンであちこちに引っ張られてきた一色の様子は、こちらからでも分かる。
タオルを使って次から次へと吹き出る汗を拭って、ベンチ要員であるCADサポーターもタオルを上下に振って、熱気を取っているのだから。
サイオンと体力との関係性はいまだに不透明ではあるが、自身の内部にあるエネルギーを放出する関係上、疲労が溜まるようなのだ。
そのせいか息も絶え絶えだったが、ベンチから立ち上がりラケットを握る様子だ。
サポーターは少しだけ不安そうだが、それでも立つだろうことを理解していたアーシュラは、スポーツドリンク『ポカ○スエット』を煽るように飲んでから、コートに戻る。
軽快にラケットを指先で回す芸当をしながら、相手の前に立つアーシュラ。
「逃げないのね?」
「当然です。羽虫のように指先で潰されたくはないので」
不敵な笑みで言い合ってから、互いに通常のラインに陣取る。
第2セットが始まる―――。
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「アーシュラってば、随分と凄い戦い方をするのね」
「アイツの目的は、次にあるエキシビションマッチにおける棄権者を増やすことにもあるからな。一高以外の連中には、アーシュラは
積極的な現象改変が見えない限りは、その認識が改まることは無いだろう。それは近々行われるとしても―――今は。そう思っていると、深雪が目ざとくアーシュラの『変化』に気づく。
「あら? 珍しいですね。アーシュラがアクセサリーを持ち込むだなんて、しかも左手の薬指だなんて、例のUSNAでのコウマさんからの贈り物なんでしょうか?」
「俗な話だけど
「――――――」
新人戦アイスピラーズ・ブレイク出場の2選手、深雪と明智の言葉に、達也は心臓を掴まれた気分だった。
別に世俗的なことに関心が無かったわけではない。そういったことを知らなかったわけではない。
だが、エレメンタルサイトで必死に目を凝らした結果、一番魔力の通りがいいところが、そこだったのだ。
士郎先生とて……『ソーサラーリングは人差し指が通常だけど、まぁお前の好きにしろ』とか言ったから、そうしたのだ。
だが、いま考えれば、そういったことを理解して傍目にはハッキリと分からないが『微妙な表情』をしていたのだろう。
一瞬だけ見せたそれは……それでもーーー。
(それを上書きしてしまうほどの笑顔を見てしまったからな……)
アレは本当の意味で自分に向けたものではない。
だが、それでも―――嬉しかったのだ。
達也から失われた『ココロノカケラ』。それを埋めるほどの何かが彼女にはあるはずだから…。
そんな風に感じていた時に、画面の試合の様子に変化が出る。
「一色さんが、アーシュラの速度に着いていってる!?」
「―――ここに来て更に進化したか?」
モニターから見える戦い。凄まじい戦いの全てを、2095年の高精度カメラでとりあえずは取れているものの、やはり『コマ数』が足りないからか、その姿がブレブレで映し出される。
画面越しではあるが、どうやら一色の動きは、アーシュラのように風を利用したもののようだ。
俄仕立て―――と言うには達者に戦う一色愛梨の戦いに、達也は焦燥を覚える。
(アーシュラ、勝てよ。お前だけは負けちゃいけないんだ)
アーシュラを無敵の存在だと思っているわけではない。それでも彼女は今まで戦ってきたのだ。
一高で最強の存在として在り続けたのであれば、その在り方は崩されてはならない。
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己の技を模倣される―――なんてことは、この業界では『よくあることだ』。だが、目の前の少女の使う風と自分の使う風とでは、『質』が違うのだ。
(健気ね。けれど―――)
相手コートで動き回る一色愛梨は、確かに自分に追随出来るだけの速度がある。
けれど――――――。
(己の技に酔うなんて半人前、己の技を己で叩き破るほどの力があってこそ一流!)
猿真似程度の模倣で―――。
(贋作作りに長けた『エミヤ』であるワタシの前に立つんじゃないわね! 強者たるもの一辺の死角も作らず、強さに『幅』をもつものよ!!)
その内心の言葉通りに、アーシュラはいままで動き回っていたのに、不意にコートの丁度中央部分に陣取って返球をする。
その異変に、風による移動という沓子に教えられた技法で脚に負担が異常にかかっていた一色愛梨は、好機を見出す。
(私以上に、
そんなワケがないと愛梨は分かっている。だからこそ、何を見せてくれるのかを期待する。
ソレ以上に、このひりつくような勝負の時間が長く続いてくれればいいと思いながら―――。それでも決着のときは来るのだ。
渦巻く風、逆巻く風、全てが規格外の風が―――アーシュラのコートに吹き荒れるのだった。
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「脚を止めた!?」
「限界か?」
三巨頭の内の2人が、その様子に少しだけ怪訝な思いを抱いたが、それでもその様子に、一高作戦参謀である市原鈴音は、『経験』からそうではないと断言出来た。
ラリーは続く。止まった状態のアーシュラはそれでも返球をする。一色が簡単に返球出来ないのかアーシュラの周囲に玉が集まる。やってきた球をひきつけて返球。
バウンドもコートに転がることもなく浮いた状態での返球―――何かがおかしいことに気付く。
一色とて返しにくい場所に返そうとしているのだが―――。
「まさか、風でボールを集めているのか?」
「ええ、あれはアルトリア先生の技と同じです。強烈な魔風を自身から吹かせることで、相手の攻撃を自分に引き寄せる技法―――減速領域と違うのは、あらゆる敵性攻撃手段を呼び寄せる点にあります」
「そういえば、十文字が『護身術』の授業で随分とやられていたな。そういうことなのか?」
「相手の攻撃から自身を守るだけならば、障壁でも構わないでしょう。しかしながら、自分に攻撃を集中させなければならない状況―――特に多対一に追い込まれた状況における防衛術―――という触れ込みでしたね」
「そんなことが出来るんだ……」
二酸化炭素を使った『二段構え』の術を使える真由美としては、複雑な気持ちになる。
というか、アルトリアもアーシュラもそういった物理的な法則を意に介していないのだ。
「アルトリア先生によれば、現代魔法の『対象位置』に対する偏執的な制御を崩すには、自身の力で
確かにその通りだった。魔力量に対する多寡を取り沙汰されなくなった世代にとって、それは難儀な話である。
とはいえ、そういうことが出来る稀有な存在の一人である衛宮アーシュラは、全てのボールを自分の領域に引き寄せての返球をしていく。
手塚ゾーンならぬ、衛宮ゾーンを展開。一色愛梨のボールに
思った位置に返球できない一色愛梨は焦る。
とてつもない持久力。相対する愛梨には分かる―――。あれは『嵐の王』なのだ。
ドーバー海峡を渡ってフランス国土を脅かす、ブリテンの悪魔どもの通称。
伝う汗が目に入った瞬間―――愛梨の目には、アーシュラの姿に巨大な『竜』の群れが重なって見えた。幻にしては明確すぎるイメージ。
幻想の生物―――その姿が―――。
「勝負を決めさせてもらうわ」
竜の咆哮のごとき宣言。
不動でボールを捌いていたアーシュラが動き出す。嵐の王がラケットをふりかぶる。風を使って集めたボールが、アーシュラの眼前に集まる。
「ワタシこそはテメロッソ・エル・ドラゴ!!! 太陽を落とした女!!!」
両手でのバックハンドドライブボレー。力を込めた一撃が放たれる。
腰の回転と風の回転を加えたジャックナイフは、プロテニスプレーヤーですら感心するベストショットだろう。
ラケットのネットにあったボールの数は9つ。その全てが一直線に愛梨側のコートに放たれる。
「なめないでもらいましょうか!!! ドレイク船長!!!」
もはや疲労のピークを過ぎた一色愛梨だが、それでも全ての力を込めてその来た球を弾き返そうとする。
そしてこの時、一色愛梨は完全に勘違いしていた。
先ほどまでは速さ比べの技比べで戦っていたというのに―――この時点で単純な『力比べ』になっていたのだと。
腕が折れるんじゃないかという圧を感じて、それでも幾度か打ち返している内に―――限界は来るわけで、一色愛梨のラケットを弾き飛ばす圧力のドライブボレーが炸裂。
それでもかろうじてふらふらと自コートに返球されたボールに対して、アーシュラは静かなドロップショットを放つ。愛梨のコートで第一セットと同じくネット側に逆走した瞬間、時間切れとなる。
緩急を着けたアーシュラの作戦勝ちであり、地力での差が刻まれる結果となったのだ……。