魔法科高校の姫騎士~Alternative Order~   作:無淵玄白

97 / 138
第96話『俺たちに自由はない』

 

今日のアイネブリーゼの客たちは、いつもと違うことをマスターは気付いていた。

 

どことなく緊張をしている様子にどうしたものかと想いつつも、大食らいの美少女ちゃんこと『アーシュラ』からの、怒涛の注文をこなすべく、手は絶えず動かすのであった。

 

 

そして開口一番、アーシュラは……。

 

「まさか、接待をすることで会長就任を快諾してもらおうとか、単純なことを考えているわけじゃないですよね?」

 

「実を言うとその通りだ……」

 

あっさりと白状をする十文字克人。ここの持ち(アイネブリーゼでゴチ)は、全て自分である以上、なにかの好条件・好感触を手に入れないと色々とあれなのだ。

 

「そもそも何でワタシを会長にしたいとか考えたんですかね? 意味不明です。年功序列って、時には大事だと想いますけど」

 

「実力主義・才能主義を是としている魔法科高校だからこそ、そこを無視してもいいというのも一つの意見だ。だが……本当に矛盾だ。都合のいいときだけ『普通の高校生』であったり、『異常な魔法師』であったりと、節操がないと言えばそうとしか言えないな」

 

「ウチのお父さんの元カノ、地元の大地主の娘なんかは、『魔術師としての顔』と『尋常の世の少女』との顔を、ちゃんと使い分けていたとも聞きますけどね」

 

結局の所―――魔法科高校、魔法大学付属という『魔法師』ばかりが存在しているところでは、そういう『蝙蝠』な変節が存在してしまう。

 

そのコミュニティの価値観や空気だけを吸っていることで、世間一般の感覚からズレてしまうのだ。

だが、それは仕方ない話だ。隠れ潜んで、世間様に知られてはいけない魔術師とは違い、魔法師は既に尋常の世に知られてしまった存在なのだ。

 

要は……アマゾン細胞でありゴルゴムの怪人も同然なのだ。

 

閑話休題(それはともかく)

 

達也としては、なにげなく度々アーシュラの口から語られる士郎先生の女性遍歴に関して、物申したい気分を持つ。

 

「なんというか……士郎先生って結構アナーキーな人だったのかな?」

 

「色々と『壊れているヒト』だからね。そういう風に『異端な女性』を惹きつけちゃうんじゃないの?」

 

娘からのとんでもない結論。この場にシロウ先生がいなくて良かったと思う反面、あのいつでもにこやかで穏やかな先生に、そんな側面があっただなんて……。

 

ちょっとばかり意外な面を感じた。もっとも、人間の遍歴なんてそうそう分かるものではないのだが……。

 

そういう人生の『厚み』を知るには、まだまだということだった。

 

「まぁあずさ先輩を会長にすればいいじゃないですか。別に現在2学年の2科生からすれば、特にわだかまりがある相手でもないんですし」

 

ミルクレープを頬張りながら語るアーシュラに、真由美は苦笑する。

 

「そりゃそうだけど……けど、今の魔法科高校であーちゃん……あずさを会長にするのは、ちょっと酷な気がして」

 

真由美とて後進の教育を怠っていたわけではない。寧ろ、様々な仕事を渡すことで、多くのことを学ばせてきたつもりだ。

 

だが、所詮それは平時の治であり、乱世の治における在り方ではない。要するに……中条あずさという人間では、混迷する現在の魔法師を取り巻く状況下では、一高のまとめ役―――『顔』にはなれないとしてきた。

 

「んじゃ、ワタシじゃなくて、そちらの(ヤバい)兄妹の片方を会長、もう一方を副会長にでもよいのでは」

 

「それも考えなかったわけではないのだけど……」

 

なんというか、深雪を会長にすると、それは『危険』な気がするのだ。そもそも深雪は自分で考えることがない……というか、ある種ではあるが達也の人形な気がする。

 

自立した考えが無い。そういう風に感じるのだった。

 

達也のイエスマンというか、追従するだけの女子としか思えなかった……魔法師としては優秀な存在ではある。

 

だが、一つの組織のトップとしては、あまり据えてはいけない存在ともいえる。

 

そう……半年ほどの付き合いの中で、真由美はそう結論付けた。

 

「だからこそアーシュラさんには、今後の1科と2科の橋渡しのためにも、生徒会長になってほしいの」

 

「興味がない話ですね。そもそもワタシが一番、一高の在り方に興味を持てない人間ですし」

 

その返しの言葉に、遂に深雪はキレた。立ち上がり、涙目というか瞳を揺らしながらアーシュラに言い放つ。

 

「あ、あれだけ好き放題やっておきながら、アーシュラは、そんな風に……何なんですか!! アーシュラは私を超えて、一学年のトップリーダーに立てる実力を持ちながら、そんな風に力あるものの義務とかを放棄して!! 私は、あなたのそういう所が嫌いなんですよ!!」

 

威圧し黙らせることも出来ない相手。論でも力でも深雪では歯が立たない「天敵」が、このゴールドドラゴンなのだが……。

 

「別にアナタに嫌われたところでね。痛くも痒くもないし―――そもそも、ワタシはそういう考えが好かない人間なのよ。能力だの実力だの、それが長けているからと言って、何かの高位に就くことがいいことだなんて思えないわね。そもそも、そういった風な考えで己の在り方を決めるだなんて、ふざけるなと言いたい」

 

「どうしてだ?」

 

「それは本当に『己の意思』で行ったことなのかってことよ。誰かに誘導された結果かもしれない。一番有り体なのが、進学適性検査ってヤツね。今は、遺伝子構造やら高度な知能テストなんかで測れるから、『正確』だとする向きもあるかもしれないけど、こういう『ドイツ方式』の在り方は、時にヒドイものを作るわ」

 

アーシュラの言わんとするコトは、少しだけ達也には理解できた。結局のところ、魔法師の適正を見いだされたものは、魔法師になることを強要される。

 

かつてドイツで言われた『一般教育は支配者の教育』『職業教育は被支配者の教育』という揶揄のごとくだ。

 

無論、一般教育を受けたからと、いわゆる官僚や政治家、企業のCEOになれるわけではない。

 

ロシアと仲良しこよしだからこその『コネ』で、エネルギー会社に天下ったような「元首相」もいたぐらいだ。

 

10歳にして、将来を『適正』というあまりにも不透明なもので決めてしまう恐ろしさ。そしてその適性テストとやらも、『対策』さえ取っていれば、簡単に『企業経営者』などの適正数値を取れてしまうのだから、恐ろしく雑で。

 

結果的に、東ドイツなどというエゴイストの中のエゴイスト。赤軍ソ連に飼い慣らされたような無能が、連立政権の首相を務めることが多くなった。

 

「つまり、お前は―――成りたいやつに成らせろと言いたいのか?」

 

「魔法能力が高いからといって、魔法師になることを強要されているあなた達が、今度は学校で、相応しいと思っただけの一方的な思想で一人を選出するならば、それは自由意志の否定でしょ。世の中には、高い魔法能力の素質(サイノウ)を持っていても『魔法師』にはなりたくないという考えを持つ人間だっているんですから。そんな考えだけだと――――アリサは十文字の家には寄り付きませんよ」

 

「……ああ、フラれたことは事実だからな。だが、命の危険は……お前たちカルデアならば、何とか出来るのか? だとしても……」

 

堂々巡りの思考のループに陥った十文字を置き去りにして、アーシュラは告げる。

 

「一高という共同体が、ワタシという神輿を担いでくれる『ヒト』ばかりだとは思えないですからね。この際です―――いっそのこと『ウルトラデモクラティック』に、魔法科高校生徒会長選挙をやりませんか?」

 

「ウ、ウルトラデモクラティック……」

 

その言葉に、どういうことなのかを問いかけることも出来ない。

 

(だが、何故か面白いものを楽しみに思う心地だな)

 

あるいは怖いもの見たさとも言えるかもしれないが……。

 

それは……選挙方法からして違うものなのだろう。そのウルトラデモクラティックな手法が後日、とんでもない混乱を招くことになるのだが………。

 

今はその考えに対して物言いが付く。

 

「なんで……アーシュラはそうなの……別にいいじゃない……みんながみんな自由に生きられるわけじゃない! 押し付けられた責任だってこなさなきゃ、どんな共同体だって回らないことはあるのよ!?」

 

深雪の慟哭が少しだけ痛烈に響き渡る。責任―――確かに社会に出れば、それは当然のごとく付き纏うモノ。避けては通れないものだが、それ以上に深雪は辛く感じる。

 

「私だって……お母様から嫌になるほどにキツくてツライ魔法訓練を受けていたけど―――服飾デザイナーになりたいから、色んな洋服や、古典の裁縫術を再現したかったのに……! 逃げ出したくもなった!!」

 

支離滅裂ながらも言わんとすることは分かる深雪に対して、アーシュラは平素で告げる。

 

「だったらば逃げ出せば良かった。それは優秀な魔法師であるということを盾にして、挑戦しなかっただけよ。

そして―――ワタシはそういう押し付けられた役目をこなしたくないのよ。こればかりは生理的なものだから、どうしても受け容れられないのよ」

 

アーシュラは別に天の邪鬼な考えでそうしているわけではない。その理由とは………。

 

「……『王様』になるように『作られた』からと、辛く悲しい道を通ってまで王様になって、血まみれになるような人生なんてものを、送ることをしなければ良かったのよ。そんな風なヒトを―――聖剣マルミアドワーズから読み取ったからには、そうとしか考えられない」

 

「……それは―――」

 

その言葉に達也は戦慄した。彼女の秘密を知っている自分としては、それはマズイのではないかと想いつつも、話は続く。

 

「人が人として生まれるように。

竜には、竜に望まれた役割がある。

そんなもの捨てて、ただ単に普通に暮らすことだって出来たんだ。そういう風なヒト―――バカな選択(ミスチョイス)をしたヒトを知っているから、アナタたちの生き方が、『そのヒト』と被るのよ」

 

「……そんなこと……」

 

「カムランの丘で自分の『息子』を刺し貫く羽目になる最後を分かっていても、突き進むなんて―――まぁ兎に角、ワタシが本当に生徒会長という『王』に相応しいかどうかは、そんな風な実力ではなく、一高生徒という臣民が、『私』の統治を最低でも一年間受けるかどうか、その是非を問うべきでしょうよ」

 

結局の所、何層ものパンケーキ(枇杷蜜乗せ)を頬張るアーシュラの言いたいところというのは……真っ当な民主選挙をしましょうやということであった。

 

そしてその形式というのは……確かに民主主義的すぎる選挙であった。

 

 

「第一条 現在の魔法大学付属第一高校の生徒全てが『投票者』であり『候補者』であること。この条件に『推薦人』や『教師』の『太鼓判』は要らぬこととする」

 

「第二条 『投票率95%』以下の選挙の場合、その選挙上での結果は『無効』となり、当日中に『再選挙』の実施」

 

「第三条 『得票率70%』以上のものが今年度の生徒会長へとなる」

 

「第四条 『再選挙』に至り『投票率95%』を達成した場合、『得票率70%』の獲得者が居ない想定では、得票数での上位16名による『再選挙』となる」

 

「第五条 一日掛けても終わらぬ場合に備えて、一高内には、様々な施設を設置。休憩スペース、更衣、食事等々に関しては、エミヤ先生及びカルデア持ちなので、心配なく投票に至るべし」

 

「第六条 第四条における上位16名は、得票率70%の人間がいなかった場合、サドンデス方式で得票率が低い順に微減していくこととする」

 

 

2095年の秋季 生徒会長選挙―――それは魔法科高校だけでなく、全ての日本の高校でも類を見ない、いや『真っ当な』民主選挙を実施している全ての国々でも見たことがない―――本当に『ウルトラデモクラティック』なものとなるのだった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。