人というのは住んでいる環境だったりDNAだったりで育ちが変わると言われる。作法に厳しければしっかりした子に、そうじゃなければそれなりの子に……。
でも、果たして全部が全部そうだろうか? 『反面教師』という言葉もあるように、両親がルーズでもその子供はしっかりしていたり、教育者の子供が反動でグレたりなんてこともある。
結局、人格形成に大事なのは、環境でもDNAでもなく、愛なんだろう。
「みうちゃん、今度の土曜日って空いてる?」
レッスンの休憩時間。隣に座るみうちゃんに話しかける。
入った当初は休憩時間は息を切らしてへたり込んでいた彼女も、こうしておしゃべり出来るくらいに体力がついたようだ。善哉善哉。
「あ……ごめん。その日は家族と過ごすから」
「うわっちゃぁ~」
額に手を当てて嘆く。みうちゃんの誕生日は平日で、その日はレッスンもあるから、それなら少し早いけど土曜日に……と思っていたがブッキングしたらしい。
「う~ん……じゃあ仕方ないね」
別の日にするか、プレゼントだけでも渡しちゃうか……手元にスマホが無いから日程を確認出来ないんだよね。
「あ、でも……」
ここでみうちゃんから1つの提案がもたらされる。
「お母さんが1度凛子ちゃんとお話したいって……だから、凛子ちゃんさえよければ家に来ない?」
「ふぇん!?」
予想外の言葉に変な声が出た。
みうちゃんからお誘いが来るとは思わなかったし、みうちゃんのお母様が私にO☆HA☆NA☆SHIしたいって……何故だろう。声を聞いたことはないのに、田○ゆ○りさんの声が聞こえた気がする。まぁ、冗談はさておいてーー
(私、何か粗相をしました!?)
私自身、お母様にお会いしたことはないはずーーライブにはいらしてたらしいけど、私は分からなかったーーだし……
(まさか、『娘をブラック企業筆頭のアイドル業界に引き込んで!』と言われるのかな?)
事実なだけに何も否定は出来ない。
(れれれ、冷静になれ、私)
まだ怒られると決まったわけではないし、みうちゃんも『O☆HA☆NA☆SHIしたい』って言ってたってだけで……とりあえず、失礼があってはいけないね。うん。
「凛子ちゃん? ダメだった?」
私が黙りこくっていたからか不安そうな顔をするみうちゃん。
「だ、大丈夫。うん。大丈夫だよ。お母様にお返事しておいてくれるかな?」
そう言って私は、みうちゃんに断りを入れて離れる。
「麗華麗華! お母様にご挨拶に行くんだけど、何着ていけばいいかな!?」
「!!?? ゲホッゲホッ!!」
私の質問に、飲み物を飲んでいた麗華はむせてしまった。
「大丈夫? 落ち着いて? 背中擦ろうか?」
「まずはあなたが冷静になりなさい!」
涙目でこちらを睨みながら麗華は言った。
「え? 私は特にーー」
「白雪さん!」
そこへ騒ぎを聞きつけたのか、ニコルんがやって来た。心なしか怒ってない?
「あなた、アイドルの自覚は無いの!?」
「はぇ?」
え? 私、何かやらかした? 最近はポテトもアイスも控えているし、体型が崩れないように毎日ランニングを欠かしていない。
むしろ走らないと気分が優れない気までする。
「あなた、駆け出しとはいえアイドルなのよ!? それがデビューして間もないのに結婚なんて!?」
「ん?」
今、変なこと言ってなかった? 結婚? 誰が?
「そもそもこのタイミングでってことは交際してたってことよね!? いつからなの!? 相手は!?」
交際!?
「誰が?」
「あなたがよ!」ガッ
凄い剣幕で私の肩を掴んでくる。
「誰と?」
「とぼけないでちょうだい! 結婚を前提にお付き合いしてる方がいて、実家にご挨拶に行くんでしょう!?」
「え? 結婚を前提に? 誰が?」
「だから! あなたがよ!!」
「へ? 結婚? いやいや、なんでさ」
急に何を言い出すのさニコルんは。
「だって、さっき『お義母様にご挨拶に』って」
「あ、あぁ~。みうちゃんの『お母様』にね」
「「え?」」
「え?」
「「「え?」」」
会話を聞いているみんながみんなポカーンとした顔をしている。
「一旦、情報を整理してみましょう」コホン
「そ、そうね」
フリーズ状態から一足早く復帰したあかねの提案でひとまずみんな冷静になる。
「えっと……まず、みうちゃんが今度お誕生日をむかえるわけなんだけどーー」
「ホントに!?」
「ジュン。……続けて」
ジュンが反応するも、話が進まないので、とりあえず制してから先を促す麗華。
今度の休みにお出かけに誘ったこと、予定がブッキングしてしまったこと、みうちゃんからご自宅に招待されたこと、みうちゃんのお母様が私とO☆HA☆NA☆SHIしたがっていることを説明した。
「「最初からそう言いなさいよ!!」」ウガー
麗華とニコルんに怒られてしまった。
「だから、『お母様にご挨拶に』って」
「説明端折りすぎでしょ!」
「えぇ~……」
「『お義母様にご挨拶』って言ったら結婚報告だと思うでしょ!?」
ニコルんと麗華のタッグに私は防戦一方。
「ねーねー、何でりんりんは怒られてるの?」
「言葉足らずでみんなを混乱させたからやで」
「沈黙は金雄弁は銀と言いますが、今回の白雪さんは明らかに説明不足ですね。河野さんほど……はさすがに喋りすぎですが、その10分の1ほどでも絶命していればこうはならなかったでしょう」
「……え? なんて?」
あそこの4人は援護してくれそうにない。絢香に至っては無言で笑い堪えてるし。
みうちゃんと桜もなにやら話していてこちらに気づいていない。
その後、トレーナーさんから休憩終了を告げられ事なきを得た。
レッスン終了後に脱線した話を戻し、服のアドバイスを得ることが出来た。
あかね、麗華は『失礼の無いよう華美でないもの』を。
みゃーこからは『爪痕を残さなアカン!』と言うことで目立つものを。
絢香からは『持ってるものを最大限に使えばいいんじゃない?』と。
ジュンからは『いいなぁ! 私も行きたいなぁ!』と。
ニコルんは不満そうに睨んでいた。
うん。あかねと麗華を信じよう! 爪痕どころか悪い印象を残しそうだし、絢香は純粋に楽しんでる。ジュンに至ってはアドバイスでも何でもないし……麗華とあかねに宥められてたけど。
ニコルんは……見なかったことにしよう。うん。
「凛子ちゃん。お母さんは大丈夫だって」
「あ、本当に? じゃあお邪魔させてもらうね」
帰りしな、お母様に聞いてくれたようで了承を得ることが出来たらしい。
「楽しみだね、凛子ちゃん」
「そうだね」
……ん?
ニコニコ笑いながら、今から楽しみでしょうがない、とでもいうようにソワソワしている桜。
「あれ? 何で桜?」
「私もみうちゃんのお家にいくんです。みうちゃんからOKはもらってます!」
いつの間に……と思ったけど、さっきの休憩時間にそういう話をしたんだろうね。
(まぁ、みうちゃんとみうちゃんのお母様が許可したなら私からとやかく言うことではないね)
「あ、そうそう。みうちゃんのお家、凄いんですよ! モンスターハウスなんですよ!」
「へぇ~、モンスターハウス……へぇっ!?」
確か団地だった気がするけど……え、そんななの?
私の後頭部辺りから血の気がサァーっと引いた気がした。
「モンスターハウスって、あのモンスターハウス?」
一縷の望みをかけて桜に尋ねる。私とニコルん以外は行ったことらしい。今は桜の情報が頼りだ。
「うん。あのモンスターハウスだよ」
「あ、そうなんだ(白目)」
マジかぁ……ガチのヤツかぁ……。みうちゃんがそういうところを好むとは思わなかったけれど、実はそういうのが好きだったりするのかな。
むしろ日常的過ぎて、好き・嫌いすら超越してるのかな?
「り、凛子ちゃん? 大丈夫?」
「な……何がかな? 大丈夫、大丈夫だとも! あはははは」
ちょっと、ほんのちょっとだけ早まったかなぁと後悔した。
*
よく海外の人は『日本語は難しい』という。
理由としては、表記にひらがな、カタカナ、漢字がある。主語が省略されている。1つの言葉にいろんな意味が含まれているなど。
例えるなら『すみません』に対して何かを尋ねるときの『失礼します』のほかに『ごめんなさい』も含まれていたりかな。
でも、私としては英語も似たようなものだと思う。
「凛子ちゃん、ここがみうちゃんのお家だよ! モンスターハウスでしょ? 『団地』って言うんだって」
「あ~……うん。そうだね。分かっていたよ」
桜の案内でみうちゃんのお家に来たのだけれど……
(モンスターハウスって、『大きいお家』って意味だったのね……)
てっきり、モンスター→怪物、ハウス→家で怪物の家→お化け屋敷だと思っていたけど、そんなことはなかった。
(いや、でも、昔見たアニメに出てきたお化けなんかは団地に出ていたような……)
女子トイレの3番目の個室に出てくる女の子。その女の子と同じ名前の子が色々な幽霊、お化けを浄化して彼らから(主に子供を)守ってくれるお話。時には被害者が出てしまうこともあった。私のトラウマは自転車に乗った包帯男。『名前を呼べ』と呼ばせるくせに、勝手に呼ぶと刀で斬りつけてくる。斬られると包帯男になっちゃうという理不尽。
閑話休題
「桜……私変なとこないでござりまするか?」
「ん~……しゃべり方以外は大丈夫だと思うよ?」
みうちゃんのお家……というかお部屋のある棟の前で今更ながらも身だしなみを整える。
「え?」
「そんなに気にしなくてもいいと思うなぁ~。いつも通りの凛子ちゃんでいいと思うよ。気取らず、着飾らない、いつも通りの凛子ちゃん」
「いつも通りの……私」
「じゃあ、Let's go!」
「え、ちょっ!」
先を行く桜に着いて階段を上る。少し高さのあるコンクリートの階段を2人で上っていく。人が来ればギリギリすれちがえるか、といった狭さの階段だ。
幸い、他の住人とすれちがうことなく目的の部屋に着いた。
(ここがみうちゃんのお家……)
ひとまずお化け屋敷じゃないことにホッとしたものの、こうして部屋の前に来ると、今からみうちゃんのお母様にお会いするという現実でまた緊張してーー
ピンポーン
心の整理をする前に、桜がインターホンを押していた。
「ちょっ!?」
ガチャッ
桜に突っ込もうとしたらドアが開いてしまいーー
「あ、凛子ちゃん、桜ちゃん。いらっしゃい」
部屋着に身を包んだみうちゃんが顔を出した。
「 」パクパク
何かを言おうとしたけれど、心の整理がついていなかったのも相まって口からは声が出ず、エサを求める金魚な如く無様に口をパクパクさせるだけだった。
「Hey! みうちゃん。遊びにきました~」
「うん、あがって」
「おっ邪魔しま~す」
「凛子ちゃんも」
「はっ! あ、うん。お邪魔しまーー」
ようやく再起動を果たし、みうちゃんに促されてお部屋に入ろうとすると
「だーれー? ねーねのお友達?」ヒョコ
「はうっ!?」ズキュン
小さな存在に胸を射たれた。
大きくクリクリした目、小さく柔らかそうなお手々、髪はみうちゃんそっくりだけれど、両側で縛っていた。
ミニチュア版みうちゃん、というか幼い頃のみうちゃんそっくりなのだろう。ただ、みうちゃんから引っ込み思案なところを引いて、好奇心(小さいからかな?)をプラスしたみたいだ。そんな子が向こうの部屋から覗き込んでいた。
ようやく再起動した私は再フリーズした。
「Very cute! みうちゃんの妹さん!?」
「は、はる!」
感嘆の声をあげる桜と、妹ちゃんを諭すみうちゃん。それを無視して『てってってっ』と妹ちゃんは寄ってくる。
「たきがわはるです!」ニヘッ
(か、かわいい!)
それは現世に降臨した純粋無垢な天使。自分の周りが世の中の全てであり、この世に汚れがあるなんて知りもしない。それ故に相対した私自身がどれだけ汚れているか思い知らされる。
(ダメだ、
「自分の名前言えて偉いね! 私は藤間桜。お姉ちゃんのお友達だよ」
寄ってきたはるちゃんの目線に合うように桜はしゃがむ。
「んと……ちゃくらねーね?」
「Yes! Yes! Yes!」
○ー○"ルエッセンスのCMよろしく連呼しながらガッツポーズする桜。ーー分かる人いるのかな?
そんなはるちゃんと、はるちゃんの頭を撫でている桜をみうちゃんと2人で見ていると、はるちゃんと目があった。
(あ、私も名乗らなくちゃ)
「白雪凛子です。よろしくね」
「りんねーね?」
「うん。はるちゃんの呼びやすい呼び方でいいよ~」
と、言いつつも妹がいたらこんな感じなのかなと思ってしまう。
「こんにちは」
と、奥からみうちゃんのお母様も登場。優しそうな雰囲気はみうちゃんそっくり……いや、みうちゃんがお母様そっくりなのか。
病弱とは聞いていたけど大丈夫なのかな?
「こんにちは、本日はお招きいただきありがとうございます」
桜が立ち上がり、お母様に一礼。そういうところは本当にお嬢様なん」だなと感心する。
(っと、私もボーッとしてる場合じゃないな)
「お邪魔……します」
「対しておもてなしも出来ませんがゆっくりしていってください」
「「ありがとうございます」」
私たちはみうちゃんのお部屋に通された。私とみうちゃん、桜とはるちゃん。
『お姉ちゃん達の邪魔をしないように』とはるちゃんを隔離しようとしてくれたお母様。
それでも私たちははるちゃんと一緒でもかまわないと言った。
今は慣れたのか、桜の膝の上に座っている。ちなみにさっきまでは道中で買ってきたお菓子を食べさせあいっこしていた。
「それでね、ねーねがね~……」
「うんうん」
こうしてみると親戚のお姉さんみたいだなぁ。
「あ、みうちゃん……ごめん。お手洗いお借りしていい?」
「うん。この部屋出て左側ね」
「ありがとう」
スッとみうちゃんの部屋を出て、向かったのはお手洗い……ではなくて
「何かお手伝い出来ることありませんか?」
向かったのは台所。みうちゃんのお母様が料理をされていた。
最初はみうちゃんがやると言っていたのだが、私たちが来たこととみうちゃん自体が主役ということ。加えてお母様の体調も良いとのことだった。
「そんな……お客様にそんなこと……」
「いえいえ、こちらのわがままで来たのにただ座っているのも落ち着きませんので。それに、お母様とお話したいなぁって」
「じゃあ、お手伝いお願い出来る?」
「喜んで」
お母様からエプロンをお借りして身につけ、手を洗う。
トントントンと包丁の音が台所に響く。
「手際が良いわね。お母様の教えかしら?」
みうちゃんのお母様に誉められ、少しくすぐったいが
「ありがとうございます。……ですが、祖母の教えなんです」
「おばあ様の?」
「ええ。家事は全て祖母に仕込まれました」
「失礼ながらご両親は?」
「今はいません」
「……ごめんなさい」
察したのか、申し訳なさそうな顔をしてお母様が謝る。
でも、たぶん勘違いをしていると思う。
「いえ。祖父母や父方の叔父のおかげで特に不自由はありませんから」
これは本当。祖父母のお陰で一人暮らししても苦労しないし、上京してからは叔父さんのおかげで学校にも通えた。
「……私はみうに不自由な思いをさせているのよね……」
顔を伏せるお母様。
「そんなこと無いと思いますよ」
あの日、2人でハンバーガーを食べながら話したけれど、みうちゃんの口から恨み言の1つ出ることは無かった。
逆に彼女の口から出たのは『家族を守りたい』、『お母さんのためになりたい』という強い思い。
「むしろ、私がお母様に謝らなければいけません」
「え?」
私の言葉にお母様は顔を上げてこちらを見た。
「アイドルに興味がなかったみうちゃんを丸め込んで引き込んで……彼女にとって大事な家族の時間を奪ってしまった」
しかもやりたくないのに引き戻し、レッスンのあとの居残りで帰りも遅くなる。みうちゃんのためと言い聞かせながらも結局は自己満足なんじゃないか、みうちゃんに恨まれているんじゃないか……そう思う日もあった。
(その事でお母様に呼ばれたのかもしれない)
「申し訳ありません」
包丁を置いてお母様に向き直り頭を下げる。
先ほどまでとはうって変わって沈黙が支配する。
判決を待つ被告のようだ。それとも閻魔様の前で沙汰を待つ亡者か……
「……あの子に聞いた通りだわ」
どうやら判決が出るようだ。
「凛子ちゃんは自分のことを後回しにしてでも、周りのことを考えているって」
「へ?」
「まだ知り合ったばかりの自分の話に涙したり、自分のために何度も何度も、出来るまでレッスンに付き合ってくれる心優しい子だって」
思い描いていた結末と違って、ポカンとしてしまう。
怒られ、罵倒されると思っていたのに実際に起こっているのは逆の現象でーー
「凛子ちゃん……これからもみうが迷惑かけるかも知れないけど……仲良くしてあげてくれないかしら」
逆にお母様に頭を下げられてしまった。
「そんな! お母様、頭を上げてください」
そんな姿を見て、
(これが親の愛か……)
お互いにお互いを思い合う親子の愛を目の当たりにして、自分の視界が歪むのを感じた。
(私には
お母様が顔をあげる前に、ごまかすように私も上に顔を反らす。
「すみません……玉ねぎが目に染みたようで……むしろ、私なんかでよければこれからも仲良くしてくれると嬉しいです」
玉ねぎのせいにするために、必死で玉ねぎを切り続けた。
次回は桜のお当番回予定